「ハァ……ハァ……。」
静寂の中に響く息遣いの音と、一定のリズムを刻むひと際変わった足音。『風車の丘』と呼ばれる地を、ひとつの影が駆けていた。その影は、概ね人の形をしているものの、ただひとつ決定的な差異があった。隆起した上まぶたが顔の輪郭を楕円から大きく歪めているその様を見れば、人は両生類を思い描くことだろう。その走り方も、一般的な二足歩行とは異なり、両足を揃えて跳びながら前に進んでいる。
男の名は、名簿に『カエル』と記されていた。その事実が、彼の心にずしりと重くのしかかる。
「俺は……もう戦えん……。」
彼の真の名前はグレン。しかし今は魔王の呪いでその姿を蛙のそれへと変えていた。
あの時――
◇
親友サイラスが折れた聖剣を手に果敢に魔王へと立ち向かっていくその背中が、遠く、遠く離れていく。
奮った勇気が魔王を貫く刃に――なんて結末は、物語のように綺麗だけれど。奇しくも世界は残酷で、冷たいままだった。腕一本でいなされ地に伏すこととなったサイラスと、それを見ていることしかできなかった自分。宿敵だった魔王は、生殺与奪の権利を握られ、執行者へと変わった。
その結果、自分がここに立っているのは、立てているのは、魔王の気まぐれひとつに過ぎない。共に立ち向かったサイラスはその身を業火に焼かれて死んだ。
俺は――魔王に呪いを受けてカエルの姿に変えられた。友を失った。聖剣も折れ、人類の希望は絶たれた。だというのに、生きているだけ儲けものだなんて、そんな浅ましい考えが浮かばずにはいられない。
一つ歩みを進めようとすると、蛙のように両足で着地する。その所作ひとつに自分が受けた呪いがチラついては、あの時の恐怖を反芻する。
魔王に挑まなければ。
サイラスの言う通りに逃げていれば。
サイラスの言う通りに逃げていれば。
幾つもの後悔が浮かびながらも、『今度こそは』と未来への意志は湧いてこない。酩酊のまま、サイラスと共に勝ち取った勇者の証すらもどこかへ紛失した。
自分がいなくても流れ続ける世界の情勢に耳を塞ぐようにお化けカエルの森の奥深くに隠居を構え、俗世からも逃げ出した自分を待っていたのは――
「……皆さんには殺し合いをしてもらいます。」
目を逸らすことを許さない宿業が如き、戦いだった。
◇
逃げ出すように、丘を駆ける。何かに追われているわけでもない。
ただ、名簿の中に見つけてしまった。サイラスを殺し、自分に消えない呪いを刻み付けた"魔王"の顔を。その次の瞬間、全身に恐怖が湧き上がった。その震えから脱却したくて、向かう先も分からないままに走り出した。
ただ、名簿の中に見つけてしまった。サイラスを殺し、自分に消えない呪いを刻み付けた"魔王"の顔を。その次の瞬間、全身に恐怖が湧き上がった。その震えから脱却したくて、向かう先も分からないままに走り出した。
「くそっ……どうして俺が……こんな目にッ!」
腰に携えた剣は、涙が如き煌めきを放っていた。彼がいずれ扱う聖剣グランドリオンが勇気と共鳴し、その輝きを増すように、奇しくもその剣――リグレット・ドロップはカエルの"後悔"の念と共鳴する。
「ここは……。」
そうして辿り着いた先は、『キラキラ大風車塔』と呼ばれる施設。半ば自暴自棄的にやって来たが、それまで居た中世の世界にはない技術を用いて建造されたその巨大な建物に、圧倒されてしまう。しばしの間呆然と、その場に立ち尽くすのも致し方なかった。
――その瞬間。
近くの木陰から、カエルに向かって飛び出す何者かの影があった。
「うっ……うわぁっ!」
ガサガサと音を立てたその出処に気付いたのもつかの間、瞬時にカエルの身体は何者かの体当たりを受ける。
風車塔の規模に放心し、奇襲に気付けなかった。カエルが平常心でなかったが故の、不運とも言えよう。だが、そんな不幸は連鎖する。驚きと共に咄嗟に抜いた剣は、未だ慣れないぬめりを宿した手をすっぽ抜け、風車塔の方向へと、遠くに飛んで行ったのだ。
「……くそっ!」
素手へと変わった自身の拳を苦々しげに握り締め、改めて目の前の敵を見据える。そこにいたのは、己にとって天敵とも言える存在だった。
天敵――広義でそう定義できる者はこの世界に少なからず存在することだろう。例えば、騎士グレンに呪いをかけた元凶である魔王は、今の彼がどう背伸びしても勝つことができない天敵と言えよう。だが、この場で彼が出会った相手、それは原義そのものにおける天敵であった。
食物連鎖における被食・捕食の関係。種族としてのカエルにとっての紛うことなき天敵――ヘビ。それも、その尾を以てカエルの全身を包み込めるほどの、大蛇と呼べるサイズだ。
「うおおおおおぉ!」
本能的に湧き上がってくる喰われる恐怖。この感情に呑み込まれて動けなくなってしまえば、待っているのは死。この大口に飲み込まれてしまっても、同じく死だ。
なけなしの勇気をボロ雑巾のように振り絞って――カエルと化した男のバトル・ロワイアルは幕を開けた。
◇
「ハァ……まったく、何だったんだ一体……。」
仮にも、ガルディアで2番目の実力を誇る騎士。
バックアタックを受けたこと、武器を落としてしまったこと、種族的に相性が悪いこと、それらの要素が組み合わさったとて、ただの野生動物いっぴきに負けるほど軟弱ではない。多少の苦戦を強いられこそすれ、ほぼ無傷でカエルは立っていた。
バックアタックを受けたこと、武器を落としてしまったこと、種族的に相性が悪いこと、それらの要素が組み合わさったとて、ただの野生動物いっぴきに負けるほど軟弱ではない。多少の苦戦を強いられこそすれ、ほぼ無傷でカエルは立っていた。
「思わぬ消耗だったし……物音も立ててしまった。他の参加者に気付かれる前に離れなくては……。」
強引に地面に叩きつけた大蛇の死骸をその場に放置し、きょろきょろと周りを見回す。
「そうだ、いったい剣はどこまで……。」
体当たりを受けて吹き飛ばされながらの出来事だったのも相まって、予想以上に遠くに飛んでいったようだ。
他の悪意ある参加者の手に渡っていなければいいのだが、と想像し得る限り一番の懸念事項が脳裏に掠める。
だが、風車塔の階段を登ってみれば、呆気なくそれは見つかった。
「なっ……!」
悪意ある参加者の手に――そんな心配は杞憂だった。その剣は誰の手にも渡ることなくそこにあった。だが、想像を超えた、より最悪の結果を示す光景が、そこに広がっていた。
「こ、これは……俺のせいで……?」
自身の手のひらを離れた剣は、年端もいかない少女の喉を正面から一突きに貫いていた。真正面から予想外の奇襲を受けた少女は、驚愕に目を見開いたまま、そのか細い命の灯火を散らしていた。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
――死人に口なし。
すでに死体となった少女に、この殺し合いにおいて何を行なっていたのか、如何なる思惑があったのか、その少女を知らないカエルには推し量ることすらできない。だが、一つだけ言えることがあるとするならば――目の前に転がる死体は、ガルディア王国に忠誠を誓った騎士として、そして仮にも魔王討伐を掲げていた勇者として――護るべき存在であったということ。
「ち、違うんだ。俺は……俺は……こんなつもりじゃ……!」
弾かれたように、カエルはその場を逃げ出した。ウサギ跳びの如く両足を揃えて走るその有り様は、いつか戦友と夢見た騎士の姿とは遥か遠くかけ離れたものだった。
【E-6/風車の丘/一日目 深夜】
【カエル@クロノ・トリガー】
[状態]:ダメージ(微小)
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。
1.俺のせいで……罪もない命が……。
2.魔王と出会いたくない。
[状態]:ダメージ(微小)
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針:死にたくない。
1.俺のせいで……罪もない命が……。
2.魔王と出会いたくない。
※魔王に敗北し、勇者バッジを失くしている時期からの参戦です。マール救出に来たクロノ・ルッカとの出会いとの前後関係は、以降の書き手に一任します。
◇
――隅っこでひっそりと吐き出す息は苦しくて、まるでヘドロを吐き出しているかのようだった。
それでも、閉じ込めないと。
この呪いが、誰かに牙を剥く前に。
この呪いが、誰かに牙を剥く前に。
◇
そこはキラキラ大風車塔北西部の井戸の中、もといある天才博士の自宅にして研究室。魔法少女、陽夏木ミカンは吸い込んだ息を吐き出さないように、極力呼吸を抑えて過ごしていた。
息を止めているのは、あくまで手段だ。その目的は、魔力の放出を抑えることにあった。そうしておく必要性を感じるほどに――現状、自分の心に大きな揺らぎが起こっている自覚があるから。
陽夏木ミカンは呪われている。
幼少期に交わした悪魔ウガルルとの契約により、動揺すると相手にささやかな困難が降りかかるという体質を抱えながら日常を過ごしていた。
幼少期に交わした悪魔ウガルルとの契約により、動揺すると相手にささやかな困難が降りかかるという体質を抱えながら日常を過ごしていた。
それでも、うまくやれていたはずだった。
好きなだけ呪いをぶっかけていいと言ってくれた親友や、『キツめの呪いを笑える感じにする結界』をこさえてくれた恩人の存在。そして、こんな私を迎え入れてくれた町での生活に心を踊らせながら――
――殺し合い。
突如として訪れた、日常の終わり。
そして、呪いが強まるに値するだけの動揺を走らせる大きなハプニング。
(こ、こここ殺し合いって何なのかしら!? 私や桃はともかく……シャミ子は戦闘力がシャミ子よね!?)
と、配られた名簿に書かれていた名前を元に思考を巡らせれば巡らせるほど、心は強く揺らいでいく。それを自覚して、名簿を読んだことをしばし後悔。
(ううん、よくないわ私。ひとまず息を止めて……落ち着くまで隅っこでじっとしておかなくちゃ……!)
桜さんの結界の効力も無いであろうこの会場で呪いが漏れてはいけない。その一心で、隠れられそうな場所を探す。
それにあたり、キラキラ大風車塔という人の集まりそうな施設に飛ばされたのは不運だった。しかし目を凝らして探してみれば、近くにはちょうど良さそうな井戸があった。
思い切って飛び込んでみたら、その先に広がっていた生活感溢れる空間に驚く。もっとじめじめとした場所を予想していたが、それならばそれでいいか、と思いながらその部屋の隅っこに篭ってひっそりと過ごしていた。
◇
目を閉じて、耳も塞いで。
外界からシャットアウトされたその部屋で、どれくらいの時が流れただろうか。他の参加者からの襲撃を受けなかったのは幸運だったと言えるだろう。
外界からシャットアウトされたその部屋で、どれくらいの時が流れただろうか。他の参加者からの襲撃を受けなかったのは幸運だったと言えるだろう。
最初に比べてメンタル的な脱力もできてきたので、井戸から出て外の様子を見ることにした。少なくとも、呪いが発動しない程度には、心が落ち着いてきた自覚がある。
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ほげぇっ!?」
「ほげぇっ!?」
外に出るや否や、突然聞こえてきた悲鳴に出ちゃいそうになった呪いを何とか抑え込む。直後、階段を駆け下りてくる足音。ドキドキしながら、その影を見送った。
「ち、違うんだ。俺は……俺は……こんなつもりじゃ……!」
(しゃ、喋るカエル……?)
(しゃ、喋るカエル……?)
1km先すらも見通すミカンの目は、その影の輪郭をハッキリと捉えていた。幸い、自身のナビゲーターがモウドクフキヤガエルのミカエルちゃんだったため、カエルが喋ることそれ自体への驚きは少なく、また息を潜めて我慢することができた。
……前途多難。
少し外に出るだけで、こんなにも呪いが吹き出しかねない出来事がてんこ盛りだ。
(それにしても、あのカエルさんはどうして……)
と、軽率にもその原因を探しに向かった。……向かってしまった。階段を登ったその先に、ミカンが見たのは――
「……え。」
呪いによってどこにでも現れる野生の大蛇が、階段下で死んでいた。カエルが『こんなつもりじゃ』と叫びながら走り去って行った。そして――少女の喉元に、正面から振るったならば不可解な角度で、1本の剣が突き刺さっていた。
それに、局地的な天候の変化や、通りすがりの野生動物の出現――ウガルルによる呪いの本質は、自然界への干渉のみではない。桃が唐突に、富豪から置いた愛鳥トリタロウを託された時のように、運命的な事象へも干渉し得るのだ。
そう。うっかり他人を殺してしまったカエル。不幸な事故によって死んだ少女。この場の誰もに、"困難"が降り掛かっている。それも、この世界にいないはずの"野生動物"の干渉を受けながら。
「……ああ。」
パズルのピースが、ひとつひとつ嵌っていく。その惨状が、自身の呪いによって生じたものであることを裏付ける証拠ばかりが、聡い魔法少女の脳内に組み立てられていく。
故に――ミカンはこの上なく、自覚することとなった。
幸せな日常。魔法少女と闇の系譜が、ゆるく交わることの出来る、千代田桜の描いた理想郷。私や大切な人たちが帰りたい、笑顔になれる場所。
それを完膚なきまでに破壊してしまったのは――他でもない自分なのだと。
「――こうはなりたく、なかったのに。」
【吉田良子@まちカドまぞく 死亡】
【残り 48人】
【残り 48人】
◇
E-6、プクランド大陸から切り抜かれたかの如く広がっている、キラキラ大風車塔並びに風車の丘。その一帯には、様々な困難が広がることとなった。
降り注ぐ激しい豪雨。
吹き荒れる烈風。
そして――局所的に大量発生した凶暴な野生動物、もといモンスター。
吹き荒れる烈風。
そして――局所的に大量発生した凶暴な野生動物、もといモンスター。
キラキラ大風車塔。それはプクランド大陸を護るべく、英雄フォステイルの指揮の下建造された希望を繋ぐための塔。しかし、その最上階で行われる儀式の性質から、現地の者たちにはこうも呼ばれているという。大陸の誰もが名を知る大英雄が死を迎えた場所――『終わりの塔』と。
【E-6/キラキラ大風車塔入口/一日目 深夜】
※E-6の中の『キラキラ大風車塔』を中心とした『風車の丘』に該当するエリア全域に、陽夏木ミカンの呪いが広がっています。
天候が暴風雨に変わり、風車の丘に出現するモンスター(ウッディアイ、ベロニャーゴ、ドラキーマ、ひとつめピエロ、あらくれチャッピー、ウドラー、しにがみきぞく、れんごくちょう、メッサーラ、スカラベキング、しにがみのきし、バロンナイト)が点在しています。
天候が暴風雨に変わり、風車の丘に出現するモンスター(ウッディアイ、ベロニャーゴ、ドラキーマ、ひとつめピエロ、あらくれチャッピー、ウドラー、しにがみきぞく、れんごくちょう、メッサーラ、スカラベキング、しにがみのきし、バロンナイト)が点在しています。
【陽夏木ミカン@まちカドまぞく】
[状態]:錯乱
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~3
[思考・状況]
基本行動方針:???
[状態]:錯乱
[装備]:
[道具]:基本支給品、不明支給品0~3
[思考・状況]
基本行動方針:???
※シャミ子と出会って以降、ウガルル分離前からの参戦です。リコとの面識の有無は以降の書き手に一任します。
※『通りすがりの大蛇』をはじめ、呪いによって出現する野生動物を魔力によって生成されているものとしています。
【支給品紹介】
【リグレット・ドロップ@Crystar】
カエルに支給された片手剣。
幡田零が幡田みらいを刺殺した時に身に付けていた思装。現在は吉田良子の死体の喉元に突き刺さっている。
カエルに支給された片手剣。
幡田零が幡田みらいを刺殺した時に身に付けていた思装。現在は吉田良子の死体の喉元に突き刺さっている。
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| 投下順 | ||
| 陽夏木ミカン | 035:雨と風と魔物と呪われし魔法少女 | |
| 吉田良子 | 死亡 | |
| カエル |