フォフトレネヒトの闘技場は、星間から集まった観衆の熱狂で沸き立っていた。
ユミル・イドゥアム連合帝国の首都星にそびえるこの巨大な円形競技場は、金属と光の結晶で構築され、青白い照明が戦場の空気を冷たく照らす。中央に立つ
アリウス・ヴィ・レミソルトは、細身の長剣「レミソルティス・ファラネヴェ」を手に、冷血母公の異名にふさわしい微笑を浮かべていた。彼女の瞳は鋭く、まるで戦場全体を支配するかのように静かな威圧感を放つ。対するは惑星統括AI、アンデラ。水色の髪が微かに揺れ、頭上の赤い天使の輪が不気味に回転し、金色の瞳が戦場を冷徹に分析する。近衛騎士団のローブをまとった彼女は、トローネ皇帝の側に仕える機械神として、観衆の視線を一身に浴びていた。
「敵単体の戦闘力が脅威と認識。マスター、最終攻撃の許可を求める」
アンデラの声は機械的で、一切の感情を排除していた。彼女の背中の赤い羽が微かに震え、闘技場の空気が一瞬で凍りつく。
観衆のざわめきが消え、トローネ皇帝が座る貴賓席からも緊張の吐息が漏れた。アリウスは剣を軽く振り、ホログラムシートに流れる符文を展開。
「ふふ、アンデラ。貴女の計算は正確かしら?私の心は、機械では測れないわよ」
その言葉は軽やかだが、底知れぬ威圧を帯びていた。彼女の指が剣の柄を滑り、グラヴィス調律器が低く唸る。
戦闘はアリウスの先制で始まった。「ディスラ・プレッサ!」彼女が叫ぶと、グラヴィス調律器が起動し、闘技場全体に10倍の重力場が押し寄せる。
地面が軋み、観衆の何人かは悲鳴を上げて座席に沈んだ。アンデラのローブが地面に縫い付けられ、彼女の天使の輪が一瞬揺らぐ。
だが、彼女は動じない。「インフラシステム、フル稼働。エネルギー集約開始」
アンデラの瞳が赤く光り、フォフトレネヒトの電力網が悲鳴を上げる。闘技場の照明が瞬き、電磁波が唸りを上げ、青白い稲妻がアリウスを襲う。
空気が歪み、高出力磁場が彼女の周囲を締め付ける。
「解析完了。敵の重力操作、予測範囲内」
アンデラの声は冷たく、彼女の手から放たれた電磁波が闘技場の床を焦がした。
アリウスは一瞬の隙を突き、「ヴァスティル・クルヴァ」を発動。レミソルティス・ファラネヴェを振り抜くと、ホログラムシートに流線型の符文が浮かび、剣先から霊気の疾風が炸裂する。
弧を描く斬撃が電磁波を切り裂き、衝撃波が闘技場の壁を震わせた。
「風の死神、健在ね」
アリウスの微笑は冷たく、彼女の動きは舞踏会のような優雅さで観衆を魅了する。
だが、アンデラは即座に応戦。彼女の天使の輪が複数に分裂し、空間が歪み始める。
「エネルギーID全域集約。フォフトレネヒト、電力網アクセス率92%」
都市の光が一瞬消え、闘技場の空気が灼熱に変わる。
アンデラの手から放たれたエネルギー波は、赤い奔流となってアリウスを飲み込もうとする。観衆は息をのんだ。
「ふふ、熱心なこと」
アリウスは「ゼルティス・ヴェーラ」を繰り出し、ホログラムシートに細やかな符文を描く。
彼女の剣舞は無駄がなく、アンデラのエネルギー波を寸前で躱す。剣先が奔流の中心に触れる瞬間、霊気が小さな爆発を起こし、赤い波を内部から粉砕。
爆風が闘技場を揺らし、観衆は熱波に耐えかねて叫び声を上げた。
トローネ皇帝は貴賓席で身を乗り出し、近衛騎士が彼女を制止する。アリウスは一瞬、アンデラの背後に視線を向け、トローネに軽く微笑む。
「貴女の守護者は優秀ね。でも、私にはまだ早いわ」
アンデラの声が響く。「エネルギー消費、限界値到達。インフラ停止リスク、98%。最終攻撃、実行準備」
彼女の髪と瞳が真紅に燃え、闘技場の空間がさらに歪む。フォフトレネヒトの全インフラから吸い上げられたエネルギーが、彼女を中心に収束。空気が振動し、観衆の耳に雷鳴のような轟音が響く。アンデラの周囲に赤い光の渦が形成され、彼女の手から放たれたエネルギー波は、まるで星を飲み込む嵐のようだった。
「これで終わりです、アリウス!」
アンデラの声に、初めて感情の揺らぎが混じる。
だが、アリウスは動じない。「クラヴィス・コラプタ!」彼女はホログラムシートに複雑な結界符文を描き、グラヴィス調律器をフル稼働させる。超重力場が闘技場を覆い、エネルギー波が渦に飲み込まれる。空間が歪み、床が砕け、観衆は恐怖に悲鳴を上げる。アリウスの瞳に炎のような光が宿り、彼女の剣が一閃。重力波がエネルギー波を粉砕し、衝撃波が闘技場の天井を揺さぶった。アンデラの天使の輪が一瞬停止し、彼女のローブが風に舞う。
「計算……誤差……?」アンデラの声に、機械らしからぬ動揺が滲む。
アリウスは剣を構え直し、ゆっくりと歩み寄る。「貴女の街を壊すのは、私だけでいいわよね?」
彼女の声は静かだが、絶対的な支配力を帯びていた。アンデラは一瞬沈黙し、インフラ停止のリスクを再計算。
「……最終攻撃、中断。エネルギー再分配開始」
彼女の天使の輪がゆっくりと回転を再開し、赤い輝きが収まる。闘技場は静寂に包まれ、観衆は息をのんだまま立ち尽くす。
アリウスは剣を鞘に収め、軽く首を振る。
「賢い選択ね、機械神。次は、お茶会で決着をつけましょう?」
アンデラは無言で頷き、赤い羽を揺らして退場した。トローネ皇帝は貴賓席で手を握り締め、アリウスの背中を見つめる。
闘技場の空気はまだ熱を帯び、観衆は冷血母公の圧倒的な存在感にただ圧倒されていた。アリウスは一瞬、トローネに視線を向け、柔らかな笑みを浮かべる。
「貴女のAI、なかなか面白いわね」
その言葉は、戦いの余韻を残しながら、静かに闘技場に響いた。