宮殿惑星の静謐な空気に包まれた新星神殿は、装飾の細部まで精緻に整えられ、神聖さと政治的緊張が交錯する場を形づくっていた。
その中心に玉座を占める皇帝トローネが目を向けると、そこに現れたのは連邦大統領
ヴァンス・フリートン。重厚な歩調を保ちつつ、非公式な会談の幕が静かに開かれていく。
「で、どうだった?
ピースギアだっけ?交渉してみた感想は?」
トローネは玉座の影から軽く問いかけ、真意を探るような瞳でヴァンスを見据えた。
その声は柔らかい調子ながらも、政治的な興味が滲んでいた。
「なんだ?いつもの冷やかしか?会談なら順調に終えたぞ。これから先、我が国の技術革新は更に加速することになる」
ヴァンスが不敵に応じると、トローネは軽く肩をすくめながら皮肉混じりの言葉を継いだ。
「相変わらず、我が国の余以外のお偉いさん方は慎重な姿勢でレトロ文化を突き進むみたいだよ。ピースギアも先にソルキアやツォルマリアに接触してるなら我々の印象はさぞ最悪だろうね」
その言葉に対し、ヴァンスは理知的な姿勢で応じる。
「まぁ、そのへんの評価に関しては謙虚な反応だったな。君たちのレトロ文化は最高だが、あまり近代化を遅らせると色々面倒なことになりかねんぞ。今は対オクシレイン関係でも緊張が生じている状況だからね。今更、私が言わずとも分かってることではあろうがな」
彼の口調は冷静で、戦略的判断が言葉の裏に透けていた。
そして話題は交渉時の手法へと移る。
「とりあえず、先方には反帝国的な言動をぶつけてみて、様子を伺ってみたのだけどね。彼女は乗らなかったよ。ふん……思いのほか賢明な態度で、最低限の教養くらいは身につけていると見た。妙にメレザに懐いていたのは気に食わないが」
メレザの名を聞いたトローネが苦笑する。
「ありゃりゃ。それは面倒だね。メレザさんがつきっきりだったなら下手なことはできないかな。帝国全体は乗り気ではないが、少なくとも余個人としてはある程度乗り気だよ。政府としてはあまり動く事はできないが、余としてはセトルラームを支援して存在感を出すくらいはするかな」
彼の発言は玉座からの直言でありながら、交渉意欲を隠さなかった。
「申し出はありがたい。だが、私としては貴国の近代化と、より踏み込んだ形での市場開放を望んでいる。これはこれまで述べてきた通りで、すぐにとはいかないことも承知はしてるがね。支援の中身について伺っても?」
ヴァンスの視線は鋭く、明確な構想を期待していた。
それに対し、トローネは頷きながら応じる。
「それが出来ればいいんだけど、まぁ余が出来る目立たない範囲から近代化は進めてはいるんだよ?とりあえず自身の管轄の軍装備品や企業の設備を貴国から購入して国中に配ったり。支援の中身ね…とりあえず、こんな感じかな。」
そう告げると、玉座の脇に控えていた騎士団が静かに動き出し、大量の資源箱を神殿中央に運び入れる。
内容物は金属インゴット、再生資材、そして通貨換算可能な証書が含まれていた。
「これは余の個人的なプレゼントだ。これでぜひ、貴国の企業を潤して更に支配下に…ではなく更に仲良くしてほしい。そして我が国の格安機械パーツを多用してピースギアに売る。我が国も潤い、貴国も潤い、ピースギアも発展する。どうかな?」
贈与の真意を測るように、ヴァンスが語る。
「なるほど。これは、外交工作費として使う方が得策ではあるな。ピースギアに関しては、現状、ソルキアとツォルマリアの方に友好感情が向いてるようだから、今後、敵対関係に転じた場合の保険を取っておくのが無難だろう。あくまでも私個人の考えだけどね。どう思う?」
話題はやがて帝国内部の懸念へと及び、トローネが苦言を呈した。
「我が国のお偉い方はピースギアに対して、疑念を抱いているよ。まぁ、いつもの事だね。転移してきた連中だ、
共立世界の技術を手に入れて逃げる可能性もある…とね。だから他国を経由した外交をして、もしそうなった場合の自国の損失を抑えるとかなんとか。全くうるさい限りだよ!」
それに対してヴァンスは深く息をつき、確信を込めた言葉を続ける。
「お互い大変だな。まぁしかし、その懸念は恐らくあたらないだろう。ピースギアと直に交渉をしてみて確信したのだけどね。奴ら、自分達の技術の優位性を信じて疑わず、共立側のコントロール能力を疑って技術の出し惜しみをしてるのが現状でな。それに連中には帰る場所がない。ここから導き出せる想定では、できるだけ有利な条件で取引をしたいというのが本音だろう。私から言わせるとブラックボックス部分の開示ができない時点で信用問題に関わる。その共有を引き出すための第一歩として、段階的な提携強化を進めているところでな。つまるところ、持ち逃げの可能性はないってこと」
トローネは前のめりになり、興味を隠さず応じる。
「なるほどねぇ、その話を聞いた余はますます興味が出たな!けど、話を聞けば聞くほど帝国の貴族と合わなさそう…。最初の会談にはクロキルシを出すように調整をするよ。本来なら初見の国には外務省が対応するんだけど、この件は特殊な事例だからね。大太公ならなんとかなると思う。あと、最初の会談が終了した後、セトルラームからピースギアに我が国との交易強化の仲介を願いたい。」
交渉の流れが整い始めた中で、ヴァンスは静かに同意する。
「承知した。皇帝陛下の腕の見せどころになるだろうね。あえて尊大な態度を取り、帝国の余裕を演出し、様子を伺うのもアリかもしれんな。……ふん、奴らの真意がどうであれ、私はこの状況を変えてやるつもりだ。そのための外交基盤をこれから整えていくんだよ。この素敵な贈り物を使ってな」
玉座の下で騎士団の動きが再び整列し、空間に秩序が保たれる。
トローネは穏やかに返すが、その声には確かな野心がこもっていた。
「必要なら追加の贈り物を出す。余もなんとかしてピースギアに影響領域を拡げられるよう模索してみるよ。国内の事情をすぐに改善するのは難しいけど、それは少しずつ慎重に進めている。では、会談で得た成果に関しては後日クロキルシを交えて伝えようと考えている。その後の交易交渉を楽しみにしているよ!」
その言葉にヴァンスは頷きながら、未来を見据えて話す。
「現時点で約束はできないが、善処しよう。幸いなことにイドゥニア諸国の多くが我が国との提携を支持してくれている。共立同盟に関しては今後更に密な連携を期待できるだろう。問題はユピトルやオクシレインの動向といったところだが、これについても策がないわけではない。この金を対セクター・ツォルマリアに注ぎ込んで、最悪の事態を避ける構えだよ。エルカム対策も必要になってくるだろう。場合によっては……
メレザ・レクネール。彼女も排除対象に加えなければならん。親心として、やりたくはないがね」
静かに語るその言葉には、含まれた苦悩と冷静な決断の両面が潜んでいた。
トローネはそれを聞きながら、軽く意外そうに口を開く。
「大統領なら喜んで排除するかと思ったんだけど……余もメレザさんは少し頑張りすぎてる気がするんだ、少し休養が必要だね。連携に関してはラヴァンジェとの外交を強化してオクシレイン陣営からツォルマリアを切り離す事を考えているよ。場合によっては更に強固な同盟も、いずれは考えないといけないね」
そして、ヴァンスが低く一言。
「重要なのは、いざというときに一致団結して臨むことだ。時には冷酷に切り捨てる決断も必要になってくるであろうから。君も心の準備をしておくんだ。レクネールのことだよ。分かってくれるね?」
この言葉に、トローネの表情がわずかに引き締まる。
神殿に差し込む光の角度が変わり、影の位置が調律されるように移ろう中、彼は静かに答えた。
「もちろん、余が1番大切にしているのは余自身と帝国の事。必要なら問答無用で切り捨てるさ、共立公暦50年のあの大粛清のようにね!我が騎士団にもある程度の事態は想定させておくよ」
ヴァンスは最後に深く頷き、神殿の空気に再び緊張を走らせる。
「うむ。今は何が起こっても不思議ではない、重要な局面である。この上、我が国と連合帝国との間に齟齬があってはならんからな。気を引き締めて事にあたろうじゃないか」
最終更新:2025年07月30日 23:25