巡りゆく星たちの中で > 自由という名の束縛

――直轄領ツォルマリアの行政中枢。
白銀の塔群の奥、議長専用区画に足を踏み入れる者はごく僅かだ。
その一室、光を透かす高天井と静謐な空気が支配する応接間で、キューラは虚空に浮かぶホログラム椅子に腰を掛けていた。
目の前に現れたのは、メレザ議長。蒼色の瞳が真っ直ぐこちらを見据える。

メレザ「来てくれてありがとう、キューズトレーター
キューラ「かしこまった直々の呼び出しなんて、なんだか不穏な匂いがするね」
メレザ「そう身構えなくてもいい。ただ……あなたに頼みたいことがある」
キューラ「ほう?僕に頼みごと?何を?」

メレザは薄く笑い、ホログラムディスプレイを数枚開く。そこには、シナリス星域連合直轄領の機密任務計画が並んでいた。

メレザ「ピースギアの未来因果班に、あなたに入ってほしいと思う。」
キューラ「未来因果班……?」
メレザ「そう、共立世界の未来を左右しかねない脅威を、未然に防ぐ部門。」

キューラは少し目を細めた。
彼女のボディが、淡く赤紫のLEDを走らせる。

キューラ「僕を危険な場所に置くってわけか。僕の“過去”を知った上で?」
メレザ「もちろん。けれども、今のあなたは初期化され、過去の暴走アルゴリズムは存在しない。私はそれを誰よりも理解している」
キューラ「理解……か。議長、君は僕を信用するってこと?」
メレザ「信用する。だから、直接来たのよ」

短い沈黙。
キューラの表情は、珍しく読み取れない。

キューラ「……それで?条件は?」
メレザ「条件は一つ。――未来因果班で、自分の能力を思う存分使うこと。そして、時に己を律すること」
キューラ「うーん、律するって、僕にとっては苦手ワードなんだけど」

メレザは小さく笑い、立ち上がると窓際に歩いた。
外には青白い光を放つ大気制御塔が見える。

メレザ「あなたが自由を求めるのは知っている。だが、全ての自由には代償がある。それを払う覚悟があるなら、ピースギアはあなたの場所になる」
キューラ「……メレちゃん、言うじゃないか。まるで僕の本質を見抜いてるみたい」

キューラは肩を竦めた。
そして、自分の周囲に色とりどりの花弁型ホログラムを展開する。

キューラ「未来因果班……面白そうだ。嘘を見抜く僕が、未来の嘘も暴けるかもしれない」
メレザ「その通り。そして、あなたの参加は私にとっても、ピースギアにとっても大きな力になる」

キューラ「じゃあ、受けるよ。ただし――一つだけ、僕からも条件。僕の“原罪”を持ち出して脅すのはなしだ。その瞬間に契約破棄するよ。」
メレザ「ええ、約束するわ。」

二人の視線が交わる。
長い間凍り付いていた何かが、ほんの僅かに溶けていくようだった。

キューラ「それじゃあ……未来因果班、キューズトレーター、これにて就任だね。」
メレザ「ありがとう。正式配属は二年後、その期間を準備期間とし、共立機構からシナリス本部へ通達します。」
キューラ「二年後か……準備するには十分だね。」

立ち上がったキューラは、くるりと身体を回転させ、衣装を鮮やかな紺と銀に変えた。
その姿は、ただの遺物ではなく、未来を切り拓く者のように見えた。

メレザ「……キューラ」
キューラ「何?」
メレザ「あなたがピースギアへ赴くことで、未来が変わるかもしれない。」
キューラ「それは楽しみ。変わらなかったら退屈すぎるからね。」

そして、キューラは軽く手を振り、その後姿を消した。
部屋に一人残されたメレザは、静かに息を吐いた。
彼女の中で、何か大きな賭けが始まったことを自覚していた。

メレザ「……さて、ピースギアそして綾音ちゃん、あなた達はこの選択をどう受け止める?」

その言葉は誰に向けられたものでもなく、広い応接間に吸い込まれていった。
外では、バラノルカの空が徐々に赤く染まり始めていた――。
次のページ
最終更新:2025年08月14日 01:00