第588話:そして、オブラートに毒は包まれ 作:◆5Mp/UnDTiI
最終的に、優勝を果たしたのはフリウ・ハリスコーという小娘だった。
何故なら彼女は最強だからだ。最強。即ち誰も敵う者がいないということ。
土台、小娘というのはそういうものだからな。大抵泣きながら何かそれっぽいこと言うと許される。許さないと何故かこっちが人非人扱いだしな。いまも自分の足で歩かず他人に自分を運ばせてるあたり、そうした法則は伺えるのではないか。
「そうは思わんか? 小娘2号」
「死ね」
長々と意味の分からない演説をぶっていた人精霊に、火乃香がただ一言で切り返す。
オーフェンの知り合いとやらの合流地点へ向けて歩き出してから数十分。火乃香も最初はぎゃーぎゃー言い合っていたが、どうやら論で捻じ伏せるのは無理だとようやく理解したらしい。
そんな光景を横目に、白髪の少女を背負ったヘイズは憂鬱な表情で苦鳴を搾り出した。
「……俺はこんな奴の口にした言葉をヒントにしたのか……」
「なんというか、今生きてることにこんなに感謝したのは生まれて初めてだぞヴァーミリオン」
同じくぐったりと疲れて果てた呻き声をあげるコミクロン。
フリウを担いで移動し始めると共にどこからともなく現れ、彼らに付いて回るこの青白い精霊は一行の精神力やらやる気やらというものを徹底して削ぎまくっていた。
ただひとり、その中でどこか底暗い笑顔を浮かべている人物もいたが。
「――苦痛が四等分。いま俺はすさまじく仲間の尊さを感じているぞ」
「見た目に違わず考え方も捻くれたんだなキリランシェロ……姉の血か、姉の血なのか!?」
「血縁があるということはその姉も黒かったのか。ならば仕方あるまい。見るがいい、主婦もびっくり洗っても落ちない的なこいつの黒さを。先祖代々濃縮還元されたそれはひとえに邪悪だ――むぎゅっ!?」
「ねえヘイズ、このチンピラ本当に仲間にして良かったの?」
スィリーをポケットにねじ込みながら半眼で訊ねてくる火乃香に、ヘイズは肩を竦めて見せ、そしてずり落ちかけたフリウを慌てて背負い直しながら、
「火乃香だって納得してたろーが。それに打算的な話になっちまうが、コミクロンの知り合いってことで信用できて、戦力にもなる人材は当たりの方だと思うぜ?」
「あたしが言いたいのはこいつの性格が死滅してるんじゃないかってことなんだけど」
「それはまあそうだが」
「いやそこは否定しろよ」
なにやら突っ込んでくる黒魔術士を無視して「それに」とヘイズは続けた。
「性格がアレってことならコミクロンも同類だろ」
「そいやそうね」
「よーしその台詞はこの天才に対する挑戦と受け取ったぞ。エドゲイン君の錆にして――」
「あ、それ俺が作った問答無用調停装置じゃねえか。支給品だったのか、これ?」
「なっ……これ貴様が作ったのかキリランシェロ!? ふ、ふん、どうりで野蛮で単純で創造性の欠片も無い発明だと思っていたぞ……!」
なにやら言い合いを始めた黒魔術士二人を尻目に、ヘイズはもう一度フリウを背負いなおした。気を失っている人間を背負うのは重労働だ。気を抜くとすぐに上半身が左右にずれていく。
「しかしこうやって背負ってると本当に軽いな。歳相応の女の子だ」
「……セクハラ発言?」
「なんでそうなる。俺が言いたいのは、あんな馬鹿げた戦闘能力を発揮するようには見えないってことさ」
ヘイズの視線の先には火乃香の携帯している騎士剣があった。先の戦闘で投擲され、破壊精霊の一撃を受けたものだ。一見、形状に奇妙なところは無いが。
「騎士剣に刻み込まれてた論理回路を一撃で無茶苦茶にしちまってたからな。一応、オーフェンの魔術で剣としての形状は取り戻しちゃいるが、それでも武器としての格は数段落ちてる。気をつけて使えよ」
「論理回路……って、ヘイズが指パッチンで造ってる奴だっけ」
「ああ。そういや火乃香には詳しく説明してなかったっけか?」
音声魔術と相克しあうという性質があり、また刻印関係で話す機会の多かったコミクロンには理論も軽く話していたが、火乃香にとってはほとんど初耳だろう。破砕の領域の効果を説明する際にちらと名前を出した程度の筈だ。
ふむ。とヘイズは考え込んだ。現在地からして、オーフェンの待ち人との合流地点まであと十分足らずというところだろう。人精霊の話を聞いているよりは有意義か、と呟き、
「丁度良いから、暇つぶしがてらに講義しちまうと――論理回路ってのは一言で言や馬鹿でかい情報をもった文字や図形のことだ。物質には物理的な強度のほかに情報としての強度が設定されている。論理回路はこの情報としての強度を強めたり、もう一歩進んで情報の面から物理的な効果をもたらすことができる。弾丸に刻んで速度を速めたり、建材に刻んで強度を高めたりって具合にな」
「ウィルド・グラフみたいなもんか」
オーフェンが口を挟んだ。
特に何かを意図しての発言ではなかったのだろう。ヘイズと火乃香の視線が向けられると、ばつが悪そうに口端を吊り上げた。
「おっと――悪いな。邪魔するつもりじゃなかったんだが」
「暇つぶしだからな、別にいいさ。なんなら講師役を引き継いでくれてもいいんだぜ? そのウィルド・グラフってのが役に立つんなら歓迎するさ」
言いながら刻印のある辺りを指で弾くヘイズに、その意図を理解したオーフェンは軽く首を振り返した。
「微妙だな。確かに黒魔術とは比較にならんほど強力だが、ウィルド――沈黙魔術は俺たちの魔術じゃないからな。支給品としてが魔術文字が刻みこまれた武器はこの島に存在してるかもしれんが――」
「ま、仮にあっても使えんだろう。あれは先生か、じゃなけりゃアザリーの領分だからな」
やれやれと肩を竦めながらコミクロンが後を引き継ぐ。
「……あたしにはそういう専門的な話は分からないけどさ」
口を尖らせながら、火乃香。結果として話題に置いてきぼりにされた形になったのが悔しいらしい。手にした騎士剣を掲げ、
「ならヘイズ、もう一回これに論理回路ってやつを刻んでよ。今度は剣から銃に変形したり対装甲ライフル弾撃てるようになる奴」
「また平然と無茶なことを言いやがる……二つの意味でな。そんな無茶苦茶な論理回路は刻めないし、そもそも刻める設備がこの島にあるとは思えねえ。論理回路は構成するパターンが原子一個分ずれるだけで意味を成さなくなるからな。まあメッセージを投影するくらいのちゃちなもんなら別だが……」
「ヘイズは指パッチンで気軽に造ってるじゃん」
「気軽じゃねえよ。これでも頭使ってんだ」
むー、と唸る火乃香。得物のグレードが下がったのが気になるのだろう。彼女は武器マニアの一面もあるらしい。まるでお気に入りの玩具が壊れた子供の如きその様子に、ヘイズは苦笑を浮かべた。
「そうしかめっ面すんなって。騎士剣は変異銀――情報操作で造りだされた結晶体製だからな。その状態でも並みの剣よりゃ斬れるだろうよ」
そう――騎士剣は情報制御理論の結晶だ。物理・情報的にもっとも強固な物質のひとつといっていい。
これ以上の強度を求めるなら、それこそ龍使いの絶対情報防御のように用途別に特化させなければならないだろう。
(その騎士剣をあの巨人は一撃で破壊した……か)
あのフォルテッシモの能力でさえ論理回路を破壊することはできなかった。ヘイズ自身、騎士剣を破壊しようと思えば一発限りの切り札を使うしかない。
それを、銀の巨人は拳の一振りで叩き壊した。それもおそらく、制限を掛けられている状態で。
(とんでもない"大当たり"だ。細かい制御はできないみたいだが、物理体・情報体への攻撃力は本職の魔法士を含めてもトップクラスだろうな。ヤバ過ぎる力だが、ここから脱出する際には必要になるかもしれない)
もとより、"この世界からの脱出"というのはかなり実現性の低い目標なのだ。
自分たちは抵抗もできずに拘束され、こうしてゲームへの参加を強制されている。その時点で主催側と参加者側の力関係には大きな隔たりがある。
それでもヘイズがそれを選択したのは彼の信念と、そして元の世界にいた頃からそういう"勝ちの目"の低い勝負事に巻き込まれ続けてきたからであるが。
そしてもうひとつ。もたらされた情報。
(精霊アマワ。"管理者"とは別に存在するこのゲームの"主催者")
情報と言うには断片的すぎる、しかし無視するには大きすぎるその名前。
自分の目的はこの島からの脱出だ。殺し合いに乗るには、もはやここにいる連中と交友を深めすぎた。
つまり自分はどうにかしてこの刻印を外し、その上で管理者達の目を欺き、この閉鎖された島の中から抜け出さなければならないわけだが。
(そもそも、この"殺し合い"の目的ってのは何なんだ? 異世界から大勢かっさらってきて戦いを強制させる。こうまで莫大な労力を払ってまで達成したい目標ってのは?)
ヘイズは首を捻る。実験、娯楽、宗教的意味合い。その他、考え付くことは無限にある。だがこれまではその中から特定するには情報が少なすぎた。
だがもしも"黒幕"の情報から、それを推察することが出来れば。
(その裏を、かけるかもしれねえ――)
残り人数からみても、ゲーム終了までの猶予は無い。
"24時間誰も死ななければ全滅する"というルールもある。今までは殺人のペースから気にしていなかったが、そろそろこのルールも視野に入れて行動しなければ不味い。
(つまりはこれまで以上に迅速に、ってことだが――最悪、あと24時間以内に刻印を解除できなけりゃその時点でゲームオーバーって線もあるわけだしな)
後でオーフェンにも刻印を見て貰うべきだろう。魔術士としての力量は、治療という点を除けばこの黒ずくめの方がコミクロンよりも秀でている。
そこに気になる点がないでもないが、とにかく今は時間が無い。追求は落ち着いた時か、あるいは必要に迫られた時にでも行えばいい。
と、その時、オーフェンが歩調を速め、列の先頭に出た。
気づけば続いていた木々の群れが密度を薄め、広場のようなものが形成されていた。その中心にひっそりと佇む様に小屋が建てられている。目的地に到着したらしい。
「……いるね。小屋の中に二人。ひとりは大怪我してるみたい。気の流れが変だから」
小屋の中を透視するように睨みながら、火乃香が呟く。
「二人か……クリーオウを見つけてくれてるか、別の奴と合流したか、果てまた偶然別のグループが根城にしてるか」
「まあどっち道、声を掛けてみんことには始まらんだろ。一応、魔術で即応できるようにしておくが」
オーフェンとコミクロンが態勢を整える。I-ブレインにノイズ。どうやら魔術の構成を展開し始めたようだ。
「ま、そうすると自然、俺が交渉役ってとこか」
魔術は声を媒介にする為、会話しながらでは息が足りずに咄嗟に呪文を叫べない可能性がある。
どの道、魔術が発動すれば『破砕の領域』も使い辛い。接近戦を火乃香に任せる以上、ここは自分が交渉役に徹するのがベターだ。
ヘイズは背負っていたフリウを地面に寝かせ、声を張り上げ相手に呼びかけようとして――
「――って、そういや我ながら間抜けだったが、待ち合わせの相手の名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「あれ、言ってなかったけか?」
オーフェンは首を傾げながら呟いた。そういえば確かに記憶に無い。
フリウの生存やコミクロンへの誤魔化しなど、バタバタしすぎていたというのが大きいのだろう。
ひとつ頷いて、オーフェンは待ち人の名前を告げた。
「ああ、ギギナっていうんだが」
「そうか。じゃあギギ――……ナ? ギギナぁっ!?」
「おまっ! ギギナってこの俺様の腕を切り落とし腐ったあの!」
叫ぶヘイズとコミクロンを尻目に。
小屋の扉が、ゆっくりと開いた。
何故なら彼女は最強だからだ。最強。即ち誰も敵う者がいないということ。
土台、小娘というのはそういうものだからな。大抵泣きながら何かそれっぽいこと言うと許される。許さないと何故かこっちが人非人扱いだしな。いまも自分の足で歩かず他人に自分を運ばせてるあたり、そうした法則は伺えるのではないか。
「そうは思わんか? 小娘2号」
「死ね」
長々と意味の分からない演説をぶっていた人精霊に、火乃香がただ一言で切り返す。
オーフェンの知り合いとやらの合流地点へ向けて歩き出してから数十分。火乃香も最初はぎゃーぎゃー言い合っていたが、どうやら論で捻じ伏せるのは無理だとようやく理解したらしい。
そんな光景を横目に、白髪の少女を背負ったヘイズは憂鬱な表情で苦鳴を搾り出した。
「……俺はこんな奴の口にした言葉をヒントにしたのか……」
「なんというか、今生きてることにこんなに感謝したのは生まれて初めてだぞヴァーミリオン」
同じくぐったりと疲れて果てた呻き声をあげるコミクロン。
フリウを担いで移動し始めると共にどこからともなく現れ、彼らに付いて回るこの青白い精霊は一行の精神力やらやる気やらというものを徹底して削ぎまくっていた。
ただひとり、その中でどこか底暗い笑顔を浮かべている人物もいたが。
「――苦痛が四等分。いま俺はすさまじく仲間の尊さを感じているぞ」
「見た目に違わず考え方も捻くれたんだなキリランシェロ……姉の血か、姉の血なのか!?」
「血縁があるということはその姉も黒かったのか。ならば仕方あるまい。見るがいい、主婦もびっくり洗っても落ちない的なこいつの黒さを。先祖代々濃縮還元されたそれはひとえに邪悪だ――むぎゅっ!?」
「ねえヘイズ、このチンピラ本当に仲間にして良かったの?」
スィリーをポケットにねじ込みながら半眼で訊ねてくる火乃香に、ヘイズは肩を竦めて見せ、そしてずり落ちかけたフリウを慌てて背負い直しながら、
「火乃香だって納得してたろーが。それに打算的な話になっちまうが、コミクロンの知り合いってことで信用できて、戦力にもなる人材は当たりの方だと思うぜ?」
「あたしが言いたいのはこいつの性格が死滅してるんじゃないかってことなんだけど」
「それはまあそうだが」
「いやそこは否定しろよ」
なにやら突っ込んでくる黒魔術士を無視して「それに」とヘイズは続けた。
「性格がアレってことならコミクロンも同類だろ」
「そいやそうね」
「よーしその台詞はこの天才に対する挑戦と受け取ったぞ。エドゲイン君の錆にして――」
「あ、それ俺が作った問答無用調停装置じゃねえか。支給品だったのか、これ?」
「なっ……これ貴様が作ったのかキリランシェロ!? ふ、ふん、どうりで野蛮で単純で創造性の欠片も無い発明だと思っていたぞ……!」
なにやら言い合いを始めた黒魔術士二人を尻目に、ヘイズはもう一度フリウを背負いなおした。気を失っている人間を背負うのは重労働だ。気を抜くとすぐに上半身が左右にずれていく。
「しかしこうやって背負ってると本当に軽いな。歳相応の女の子だ」
「……セクハラ発言?」
「なんでそうなる。俺が言いたいのは、あんな馬鹿げた戦闘能力を発揮するようには見えないってことさ」
ヘイズの視線の先には火乃香の携帯している騎士剣があった。先の戦闘で投擲され、破壊精霊の一撃を受けたものだ。一見、形状に奇妙なところは無いが。
「騎士剣に刻み込まれてた論理回路を一撃で無茶苦茶にしちまってたからな。一応、オーフェンの魔術で剣としての形状は取り戻しちゃいるが、それでも武器としての格は数段落ちてる。気をつけて使えよ」
「論理回路……って、ヘイズが指パッチンで造ってる奴だっけ」
「ああ。そういや火乃香には詳しく説明してなかったっけか?」
音声魔術と相克しあうという性質があり、また刻印関係で話す機会の多かったコミクロンには理論も軽く話していたが、火乃香にとってはほとんど初耳だろう。破砕の領域の効果を説明する際にちらと名前を出した程度の筈だ。
ふむ。とヘイズは考え込んだ。現在地からして、オーフェンの待ち人との合流地点まであと十分足らずというところだろう。人精霊の話を聞いているよりは有意義か、と呟き、
「丁度良いから、暇つぶしがてらに講義しちまうと――論理回路ってのは一言で言や馬鹿でかい情報をもった文字や図形のことだ。物質には物理的な強度のほかに情報としての強度が設定されている。論理回路はこの情報としての強度を強めたり、もう一歩進んで情報の面から物理的な効果をもたらすことができる。弾丸に刻んで速度を速めたり、建材に刻んで強度を高めたりって具合にな」
「ウィルド・グラフみたいなもんか」
オーフェンが口を挟んだ。
特に何かを意図しての発言ではなかったのだろう。ヘイズと火乃香の視線が向けられると、ばつが悪そうに口端を吊り上げた。
「おっと――悪いな。邪魔するつもりじゃなかったんだが」
「暇つぶしだからな、別にいいさ。なんなら講師役を引き継いでくれてもいいんだぜ? そのウィルド・グラフってのが役に立つんなら歓迎するさ」
言いながら刻印のある辺りを指で弾くヘイズに、その意図を理解したオーフェンは軽く首を振り返した。
「微妙だな。確かに黒魔術とは比較にならんほど強力だが、ウィルド――沈黙魔術は俺たちの魔術じゃないからな。支給品としてが魔術文字が刻みこまれた武器はこの島に存在してるかもしれんが――」
「ま、仮にあっても使えんだろう。あれは先生か、じゃなけりゃアザリーの領分だからな」
やれやれと肩を竦めながらコミクロンが後を引き継ぐ。
「……あたしにはそういう専門的な話は分からないけどさ」
口を尖らせながら、火乃香。結果として話題に置いてきぼりにされた形になったのが悔しいらしい。手にした騎士剣を掲げ、
「ならヘイズ、もう一回これに論理回路ってやつを刻んでよ。今度は剣から銃に変形したり対装甲ライフル弾撃てるようになる奴」
「また平然と無茶なことを言いやがる……二つの意味でな。そんな無茶苦茶な論理回路は刻めないし、そもそも刻める設備がこの島にあるとは思えねえ。論理回路は構成するパターンが原子一個分ずれるだけで意味を成さなくなるからな。まあメッセージを投影するくらいのちゃちなもんなら別だが……」
「ヘイズは指パッチンで気軽に造ってるじゃん」
「気軽じゃねえよ。これでも頭使ってんだ」
むー、と唸る火乃香。得物のグレードが下がったのが気になるのだろう。彼女は武器マニアの一面もあるらしい。まるでお気に入りの玩具が壊れた子供の如きその様子に、ヘイズは苦笑を浮かべた。
「そうしかめっ面すんなって。騎士剣は変異銀――情報操作で造りだされた結晶体製だからな。その状態でも並みの剣よりゃ斬れるだろうよ」
そう――騎士剣は情報制御理論の結晶だ。物理・情報的にもっとも強固な物質のひとつといっていい。
これ以上の強度を求めるなら、それこそ龍使いの絶対情報防御のように用途別に特化させなければならないだろう。
(その騎士剣をあの巨人は一撃で破壊した……か)
あのフォルテッシモの能力でさえ論理回路を破壊することはできなかった。ヘイズ自身、騎士剣を破壊しようと思えば一発限りの切り札を使うしかない。
それを、銀の巨人は拳の一振りで叩き壊した。それもおそらく、制限を掛けられている状態で。
(とんでもない"大当たり"だ。細かい制御はできないみたいだが、物理体・情報体への攻撃力は本職の魔法士を含めてもトップクラスだろうな。ヤバ過ぎる力だが、ここから脱出する際には必要になるかもしれない)
もとより、"この世界からの脱出"というのはかなり実現性の低い目標なのだ。
自分たちは抵抗もできずに拘束され、こうしてゲームへの参加を強制されている。その時点で主催側と参加者側の力関係には大きな隔たりがある。
それでもヘイズがそれを選択したのは彼の信念と、そして元の世界にいた頃からそういう"勝ちの目"の低い勝負事に巻き込まれ続けてきたからであるが。
そしてもうひとつ。もたらされた情報。
(精霊アマワ。"管理者"とは別に存在するこのゲームの"主催者")
情報と言うには断片的すぎる、しかし無視するには大きすぎるその名前。
自分の目的はこの島からの脱出だ。殺し合いに乗るには、もはやここにいる連中と交友を深めすぎた。
つまり自分はどうにかしてこの刻印を外し、その上で管理者達の目を欺き、この閉鎖された島の中から抜け出さなければならないわけだが。
(そもそも、この"殺し合い"の目的ってのは何なんだ? 異世界から大勢かっさらってきて戦いを強制させる。こうまで莫大な労力を払ってまで達成したい目標ってのは?)
ヘイズは首を捻る。実験、娯楽、宗教的意味合い。その他、考え付くことは無限にある。だがこれまではその中から特定するには情報が少なすぎた。
だがもしも"黒幕"の情報から、それを推察することが出来れば。
(その裏を、かけるかもしれねえ――)
残り人数からみても、ゲーム終了までの猶予は無い。
"24時間誰も死ななければ全滅する"というルールもある。今までは殺人のペースから気にしていなかったが、そろそろこのルールも視野に入れて行動しなければ不味い。
(つまりはこれまで以上に迅速に、ってことだが――最悪、あと24時間以内に刻印を解除できなけりゃその時点でゲームオーバーって線もあるわけだしな)
後でオーフェンにも刻印を見て貰うべきだろう。魔術士としての力量は、治療という点を除けばこの黒ずくめの方がコミクロンよりも秀でている。
そこに気になる点がないでもないが、とにかく今は時間が無い。追求は落ち着いた時か、あるいは必要に迫られた時にでも行えばいい。
と、その時、オーフェンが歩調を速め、列の先頭に出た。
気づけば続いていた木々の群れが密度を薄め、広場のようなものが形成されていた。その中心にひっそりと佇む様に小屋が建てられている。目的地に到着したらしい。
「……いるね。小屋の中に二人。ひとりは大怪我してるみたい。気の流れが変だから」
小屋の中を透視するように睨みながら、火乃香が呟く。
「二人か……クリーオウを見つけてくれてるか、別の奴と合流したか、果てまた偶然別のグループが根城にしてるか」
「まあどっち道、声を掛けてみんことには始まらんだろ。一応、魔術で即応できるようにしておくが」
オーフェンとコミクロンが態勢を整える。I-ブレインにノイズ。どうやら魔術の構成を展開し始めたようだ。
「ま、そうすると自然、俺が交渉役ってとこか」
魔術は声を媒介にする為、会話しながらでは息が足りずに咄嗟に呪文を叫べない可能性がある。
どの道、魔術が発動すれば『破砕の領域』も使い辛い。接近戦を火乃香に任せる以上、ここは自分が交渉役に徹するのがベターだ。
ヘイズは背負っていたフリウを地面に寝かせ、声を張り上げ相手に呼びかけようとして――
「――って、そういや我ながら間抜けだったが、待ち合わせの相手の名前を聞いてなかったな。なんていうんだ?」
「あれ、言ってなかったけか?」
オーフェンは首を傾げながら呟いた。そういえば確かに記憶に無い。
フリウの生存やコミクロンへの誤魔化しなど、バタバタしすぎていたというのが大きいのだろう。
ひとつ頷いて、オーフェンは待ち人の名前を告げた。
「ああ、ギギナっていうんだが」
「そうか。じゃあギギ――……ナ? ギギナぁっ!?」
「おまっ! ギギナってこの俺様の腕を切り落とし腐ったあの!」
叫ぶヘイズとコミクロンを尻目に。
小屋の扉が、ゆっくりと開いた。
◇◇◇
「つまり多次元論というのは完全ではないものの解明されている。基本相互作用の内、他の三種と比較すると重力だけが弱いのはその大部分が他の次元へ伝達されているからだ。いくつかの超定理系の咒式で次元の壁を破るのが可能であることは証明されている。
とはいえ、他の物理力が次元の壁を越えるには莫大な咒力に膨大な演算組成式が必要になる。よって人が通れる大きさの穴をあけるだけでも到達者級の高位咒式士を大陸中から掻き集める必要が――」
「……暇つぶしに何か話して、って頼んだのはわたしだけど」
ギギナの呟く奇妙な呪文を遮って、クリーオウはうんざりと呻いた。
「なんてゆーか、もっと聞いてて楽しい話とかないわけ?」
「私に弁舌の才を期待するな」
不愉快そうに顔をしかめてギギナが反論する。クリーオウを床に座らせ、自分はヒルルカに腰掛けた体勢の為、自然と少女を見下ろす形になっていた。
三十分ほど前に待ち合わせ場所に到着してからというもの、最初は大人しかったこの少女は段々と持ち前の姦しさを取り戻してきている。無論、ギギナが慰めの言葉をかけたわけではない。単に、時間の経過と食事をとったせいだろう。胃に血が集まることで襲ってきた軽い眠気を恒常咒式で脳物質の量を調整することで潰しつつ、ギギナは少女を観察した。体力的な疲労はともかく、精神面は少しだけ落ち着いたらしい。
それは、いい――ギギナは思う。沈んだ顔をしているよりはいい。泣き顔を見ていれば蹴りたくなる。それでさらに表情が歪めば次は蹴り殺したくなる。死線であってもなお笑みを絶やさずに下らない冗句を口にすることを、ギギナのような攻性咒式士は好む。
しかし、とギギナは思考の続きを口に出した。
「私が恩人に頼まれたのは貴様の保護であって暇つぶしの相手ではない。邪魔だから一人で遊んでいろ」
「別に、一緒に遊ぼうなんて言ってないじゃない」
ぶーぶーと口を尖らせるクリーオウ。
初対面の他人に対しても物怖じしないというのは彼女の素質のひとつだったが、それは相手がギギナという凶戦士であっても同じらしい。
「それに、いくらなんでもさっきの話は酷すぎるわよ」
「そうか。子供のあやし方など知らぬからな。知り合いの眼鏡の真似をしてみたのだが、まあ下らんというのは貴様に同意しておく」
「あ、ほら。そういう話でいいのよ。その眼鏡の人ってどんな人だったの?」
「既に死んだ。この島でな」
特に何も考えず事実だけを口にすると、そこで会話は途切れた。
ギギナが視線を動かすと、クリーオウが顔を俯けているのが確認できた。どこか震えているようにも見える。
「……ごめんなさい。わたし、無神経なこと言っちゃた……」
再び、出会った頃のような怯えの色が声に混ざる。
そのことに苛立ちを覚えながら、ギギナは面倒くさそうに腕を振った。
「先に話題に出したのは私だ。別に貴様が気にすることではない」
「でも……ごめん」
それっきり、黙り込んでしまった小娘を見つめて。
ギギナは溜息をひとつ吐くと、そのままゆっくりと目を閉じた。静寂――自分が望んでいたもの。それが手に入ったという満足感と、そしてそれを上回る苛立ちが胸中でせめぎあっている。
(なぜだろうな)
ギギナにとって、女とは暇つぶしの道具でしかない。
強き戦士であれば相応の礼を尽くすが、それ以外の女性はギギナにとってさほど意味が無い。抱くのに適当な年齢かどうか、という程度のことでしか判別しようとはしなかった。これまでは。
だがこの少女はどうか。
戦士ではない。それは先の一戦で理解できた。人を傷つけることに怯え、傷つけられることにも怯える。その際の行動力は認めるが、しかしそれをギギナは賞賛しない。彼女がやろうとしたことは無駄でしかなく、さらに庇おうとしたのがこの自分だというのだから、それを認めることなど出来ない。
では暇つぶしの相手としてはどうか。
それも違うように思えた。この少女を抱こうという気は起こらない。それは何故か。恩人の探し人であるからか、それとも――
(……アナピヤか)
その回答に辿り着き、ギギナは苦笑を浮かべた。
かつて拾い、共に旅をし、そして最後は相棒と二人掛りで惨殺した少女。
容姿が特に似ている訳ではない。年齢も一回りは違うだろう。
それでも、その力の無い肩の落としようは初めて出会った時のアナピヤと重なった。
(信頼していたクエロに裏切られ、さらにその前にも仲間を失ったのだったか……なるほど、もはや限界だろうな)
クリーオウ・エバーラスティンに折れぬ強さはない。
折れても再び立ち直る強さはあるのかもしれないが、それとてすぐに発揮されるものではない。
落ち着いたとはいえ、彼女の精神状況は張り詰めた糸のようなものだろう――オーフェンという希望があるからこそ保っているが、すでにいつ切れてもおかしくは無い。
(恩人と会うことで癒されれば良いが、な)
そう、思考の片隅で思って。
ギギナはさらに苦笑を深めた。まるで自分の思考とは思えない。
アナピヤの一件は、確かにギギナの心に影響を与えていた。それは精神操作咒式によって築かれた偽りの関係であったが、しかしそれでも確かにあの緩やかな時間を悪くないと思えていたのだ。
(しかし、それを切り捨てたのは我らだ)
それ以外に手段は無かった。しかし、あの眼鏡ならともかく、自分はそのような言い訳をするつもりは無い。
暴竜と化した少女を自分はドラッケンとして屠った。
それだけだ――それだけでいい筈だ。
だが、それでも胸のむかつきは取れない。
骨折の痛みではない。組織閉鎖と最低限の恒常咒式によって、痛みだけは消えている。
痛みのもとは問いかけだった。痛痒の芯にあるものが、ただ一つの問いかけを自分に投げかけてくる。
クリーオウ・エバーラスティンを恩人のもとに返した後、自分は再びオーフェンに挑むだろう。そうなれば恩人と知り合い以上の関係であろうこの少女もまた、自分に対して敵意を抱くに違いない。
――そうして、あの時のようにこの少女が己の敵と化した時。
――自分は、それを再び切り捨てることができるか?
(無論だ)
即応、即断、即決。ドラッケンは悩まない。悩まない故に強い。問われれば、すぐに屠竜の民としての答えを返すことが出来る。
それでも自分を苛んでいるのは、このような問いかけ自体が自分の中で生まれているという事態そのものだった。
(この煩わしい痛みを振り払うには――)
その手段を、ギギナはひとつしか知らない。
床に突き立てていたネレトーを引き抜き、ギギナは立ち上がった。
「え……ギギナ? どうしたの?」
「足音だ。四人。一人は何か重いものを背負っているので五人かも知れぬが」
「オーフェン、かな」
「さて、小屋の中だと話し声までは判別できぬが――」
その時、外から無遠慮な大声が響いた。
『――ギギナぁっ!?』
『おまっ! ギギナってこの俺様の腕を切り落とし腐ったあの!』
さすがにここまでの大声なら声の主を判別できる。
ギギナは獰猛な笑みを浮かべた。恩人がこのグループにいるかどうかは分からないが――
この痛みを禊いでくれる、強き者がいるのは間違いない。
とはいえ、他の物理力が次元の壁を越えるには莫大な咒力に膨大な演算組成式が必要になる。よって人が通れる大きさの穴をあけるだけでも到達者級の高位咒式士を大陸中から掻き集める必要が――」
「……暇つぶしに何か話して、って頼んだのはわたしだけど」
ギギナの呟く奇妙な呪文を遮って、クリーオウはうんざりと呻いた。
「なんてゆーか、もっと聞いてて楽しい話とかないわけ?」
「私に弁舌の才を期待するな」
不愉快そうに顔をしかめてギギナが反論する。クリーオウを床に座らせ、自分はヒルルカに腰掛けた体勢の為、自然と少女を見下ろす形になっていた。
三十分ほど前に待ち合わせ場所に到着してからというもの、最初は大人しかったこの少女は段々と持ち前の姦しさを取り戻してきている。無論、ギギナが慰めの言葉をかけたわけではない。単に、時間の経過と食事をとったせいだろう。胃に血が集まることで襲ってきた軽い眠気を恒常咒式で脳物質の量を調整することで潰しつつ、ギギナは少女を観察した。体力的な疲労はともかく、精神面は少しだけ落ち着いたらしい。
それは、いい――ギギナは思う。沈んだ顔をしているよりはいい。泣き顔を見ていれば蹴りたくなる。それでさらに表情が歪めば次は蹴り殺したくなる。死線であってもなお笑みを絶やさずに下らない冗句を口にすることを、ギギナのような攻性咒式士は好む。
しかし、とギギナは思考の続きを口に出した。
「私が恩人に頼まれたのは貴様の保護であって暇つぶしの相手ではない。邪魔だから一人で遊んでいろ」
「別に、一緒に遊ぼうなんて言ってないじゃない」
ぶーぶーと口を尖らせるクリーオウ。
初対面の他人に対しても物怖じしないというのは彼女の素質のひとつだったが、それは相手がギギナという凶戦士であっても同じらしい。
「それに、いくらなんでもさっきの話は酷すぎるわよ」
「そうか。子供のあやし方など知らぬからな。知り合いの眼鏡の真似をしてみたのだが、まあ下らんというのは貴様に同意しておく」
「あ、ほら。そういう話でいいのよ。その眼鏡の人ってどんな人だったの?」
「既に死んだ。この島でな」
特に何も考えず事実だけを口にすると、そこで会話は途切れた。
ギギナが視線を動かすと、クリーオウが顔を俯けているのが確認できた。どこか震えているようにも見える。
「……ごめんなさい。わたし、無神経なこと言っちゃた……」
再び、出会った頃のような怯えの色が声に混ざる。
そのことに苛立ちを覚えながら、ギギナは面倒くさそうに腕を振った。
「先に話題に出したのは私だ。別に貴様が気にすることではない」
「でも……ごめん」
それっきり、黙り込んでしまった小娘を見つめて。
ギギナは溜息をひとつ吐くと、そのままゆっくりと目を閉じた。静寂――自分が望んでいたもの。それが手に入ったという満足感と、そしてそれを上回る苛立ちが胸中でせめぎあっている。
(なぜだろうな)
ギギナにとって、女とは暇つぶしの道具でしかない。
強き戦士であれば相応の礼を尽くすが、それ以外の女性はギギナにとってさほど意味が無い。抱くのに適当な年齢かどうか、という程度のことでしか判別しようとはしなかった。これまでは。
だがこの少女はどうか。
戦士ではない。それは先の一戦で理解できた。人を傷つけることに怯え、傷つけられることにも怯える。その際の行動力は認めるが、しかしそれをギギナは賞賛しない。彼女がやろうとしたことは無駄でしかなく、さらに庇おうとしたのがこの自分だというのだから、それを認めることなど出来ない。
では暇つぶしの相手としてはどうか。
それも違うように思えた。この少女を抱こうという気は起こらない。それは何故か。恩人の探し人であるからか、それとも――
(……アナピヤか)
その回答に辿り着き、ギギナは苦笑を浮かべた。
かつて拾い、共に旅をし、そして最後は相棒と二人掛りで惨殺した少女。
容姿が特に似ている訳ではない。年齢も一回りは違うだろう。
それでも、その力の無い肩の落としようは初めて出会った時のアナピヤと重なった。
(信頼していたクエロに裏切られ、さらにその前にも仲間を失ったのだったか……なるほど、もはや限界だろうな)
クリーオウ・エバーラスティンに折れぬ強さはない。
折れても再び立ち直る強さはあるのかもしれないが、それとてすぐに発揮されるものではない。
落ち着いたとはいえ、彼女の精神状況は張り詰めた糸のようなものだろう――オーフェンという希望があるからこそ保っているが、すでにいつ切れてもおかしくは無い。
(恩人と会うことで癒されれば良いが、な)
そう、思考の片隅で思って。
ギギナはさらに苦笑を深めた。まるで自分の思考とは思えない。
アナピヤの一件は、確かにギギナの心に影響を与えていた。それは精神操作咒式によって築かれた偽りの関係であったが、しかしそれでも確かにあの緩やかな時間を悪くないと思えていたのだ。
(しかし、それを切り捨てたのは我らだ)
それ以外に手段は無かった。しかし、あの眼鏡ならともかく、自分はそのような言い訳をするつもりは無い。
暴竜と化した少女を自分はドラッケンとして屠った。
それだけだ――それだけでいい筈だ。
だが、それでも胸のむかつきは取れない。
骨折の痛みではない。組織閉鎖と最低限の恒常咒式によって、痛みだけは消えている。
痛みのもとは問いかけだった。痛痒の芯にあるものが、ただ一つの問いかけを自分に投げかけてくる。
クリーオウ・エバーラスティンを恩人のもとに返した後、自分は再びオーフェンに挑むだろう。そうなれば恩人と知り合い以上の関係であろうこの少女もまた、自分に対して敵意を抱くに違いない。
――そうして、あの時のようにこの少女が己の敵と化した時。
――自分は、それを再び切り捨てることができるか?
(無論だ)
即応、即断、即決。ドラッケンは悩まない。悩まない故に強い。問われれば、すぐに屠竜の民としての答えを返すことが出来る。
それでも自分を苛んでいるのは、このような問いかけ自体が自分の中で生まれているという事態そのものだった。
(この煩わしい痛みを振り払うには――)
その手段を、ギギナはひとつしか知らない。
床に突き立てていたネレトーを引き抜き、ギギナは立ち上がった。
「え……ギギナ? どうしたの?」
「足音だ。四人。一人は何か重いものを背負っているので五人かも知れぬが」
「オーフェン、かな」
「さて、小屋の中だと話し声までは判別できぬが――」
その時、外から無遠慮な大声が響いた。
『――ギギナぁっ!?』
『おまっ! ギギナってこの俺様の腕を切り落とし腐ったあの!』
さすがにここまでの大声なら声の主を判別できる。
ギギナは獰猛な笑みを浮かべた。恩人がこのグループにいるかどうかは分からないが――
この痛みを禊いでくれる、強き者がいるのは間違いない。
◇◇◇
かくして、彼らは二度目の対峙を果たした。
「久しいな、強き者たちよ。この再会を月と刃に感謝しよう」
ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。エリダナ最強の咒式剣士。
「別に会いたくは無かったが……会っちまった以上、コミクロンの腕のお返しはしねえとな」
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。世界に三隻しかない雲上航行艦の主たる欠陥品の魔法士。
「ふ――俺様は平和主義者だが、どっちにしても向こうはやる気満々みたいだしな」
家名無し、コミクロン。最強の黒魔術士チャイルドマン・パウダーフィールドに師事する《牙の塔》の最精鋭。
三人は互いの姿を認識した瞬間から、じりじりと間合いを調節し始めていた。ギギナは接近戦一辺倒、対してヘイズとコミクロンはどちらかといえば中距離戦闘向きの能力だ。ヘイズは演算で近距離戦闘にも対応できるが、ギギナ相手だと分が悪い。現状のヘイズの攻撃手段では、ギギナの突進を止められない可能性が高いからだ。
(とはいえ、俺が前に出ねえと前の二の舞か)
ヘイズはそう呟くと、演算効率を上げながら心持ち大きく距離を詰める。
前回の戦闘の反省点、そして風の騎士とのやりとりから既に対抗策はいくつか考えてある。
もとより相手のデータから未来を演算して戦闘を行うのがヘイズの十八番だ。この前のような遭遇戦で無い以上、そう簡単にやれるようなへまはしない。
「おい……お前らなんかギギナとあったのか?」
「今朝方、一度やりあったんだよ。問答無用で襲い掛かられてな」
突然の臨戦状態に戸惑うようなオーフェンの声に、短くそう返す。破壊的な構成を編みながら、コミクロンもそれに追従した。
「色々合って今は完治してるが、それでも腕を一本切断されてるんだぞ? というか、お前どうやってあんな暴力装置と交渉を成立させたんだ……脳筋同士、何か通じるものでもあったのか?」
コミクロンに言われて、オーフェンは小さく呻いた――確かにこれは自分のミスだ。最初に出会った時、ギギナは問答無用で襲い掛かってきた。他の参加者に危害を加えている可能性は十分考えられたのだ。
(……トトカンタ側の住人だって認識したのが不味かったか)
ギギナについて深く考えることを避けていた。そのツケが回ってきている。
「ギギナ……お前」
「オーフェン、我が友……まさかお前がこやつらを連れてくるとは思わなかったが」
説得の為に呼びかけようとして、しかしオーフェンは言葉を飲み込んだ。
ギギナの口元に浮かんでいるのは厄介ごとが舞い込んできたというような負の感情ではなく、ただただ目の前に立つ敵に対する殺意と歓喜でしかない。
「……あんたが仲間になってから、加速度的に厄介ごとが増えてない?」
「……正直悪いとは思ってるが、厄介ごとを進んで背負い込んだ君も同罪だろ」
なにやらぼやきつつ騎士剣を抜刀した火乃香に、オーフェンも冷や汗を垂らしながら言い返す。と――
ギギナの背後から、何かふわりとした金色の物体が覗いた。
「……オーフェン!」
「――クリーオウか!?」
見ればギギナに続いて小屋の中から少女が一人、歩み出てきている。
クリーオウ・エバーラスティン。彼女はすっかり見慣れた皮肉気な相貌の黒魔術士を認めると、そのまま走って駆け寄っていった。
「オーフェン! 良かった、無事だったんだ――」
「ああ、お前も――怪我はないみたいだな」
ざっとクリーオウの体を視線で検分する。見て分かる範囲に大きな怪我は無い。走る際の体運びにも不自然な所はなく、ほぼ健康体と断言できた。
手を伸ばせばふれあえる距離まで近づいて、そこで停止する。久方ぶりに交わす視線は、どこか湿り気を帯びていた。
再開を願っていた。だが実際こうして出会えたところで、何か気の利いたことが言えるわけでもない――それはクリーオウも同様のようだった。別れた時期が不味い。自分の記憶が確かなら、最後に会ったのは王都の病院である筈だった。オーフェン自身、この島に拉致されてくるまでは、クリーオウともう二度と会うことは無いだろうと思っていたのだ。
自然、何とはなしに見詰め合ったまま時間が停滞する。
「――さて、これで受けた恩は返したな、オーフェン」
その停滞を破ったのはギギナであった。しかも、声音からはそれまであったオーフェンに対する一片の親しみが抜け落ちている。
冗談のように長大な刃を流麗に一閃させるという、まるで不可視の何かを切り払うような動作をしながら、ギギナは獰猛に笑った。
「これでもはや思い残すこともないだろう――さあ、存分に殺しあおうではないか」
「……これ、どういうこと?」
結局、彼女の口をついて出た言葉はそんなものになってしまった。双方向に飛び交う敵意の応酬に戸惑いながら、クリーオウがオーフェンの顔を見上げるようにして呟く。
「……クリーオウ、お前、怪我は無いんだよな?」
「え? うん、一回危なかった時はあるけど、ギギナが助けてくれたから……」
確認をしつつ、オーフェンはギギナを見つめる。凶戦士。ギギナを一言で表すならばその単語が適当だ。誰彼構わず、強者と認めれば刃を交わさずにはいられない。
だが同時にオーフェンとの約束も守っている。
「ヘイズ、悪いが――」
「――少し待て、って言うんなら向こうに言って貰いたいね」
眼を逸らした瞬間に、切り捨てられかねない。そう言いながら、ヘイズは僅かに体を横に移動させた。
オーフェンの言いたいことはヘイズにも分かっている。ギギナは契約通りクリーオウを保護していた。それはつまり、交渉できる余地があるということ。問答無用で切りかかってくる戦闘凶としか思っていなかったが、もしもそれだけでないというのなら無理に戦う必要もない。
だが今朝方のこともある。皮一枚で命を繋いだが、正真正銘自分たちは殺されかけたのだ。簡単にそのイメージを払拭することは出来ない。
(だから交渉は無関係のあんたに任せるさ。我ながら狡いと思うが、俺はその結果に乗らせてもらう)
戦って受けた仇を返すか、それを忘れて協力するか――感情か、理屈か。どちらを選ぶことになってもヘイズは構わない。
オーフェンは目線だけで感謝を表意し、ギギナに向き直った。距離は詰めず、会話というにはやや大きすぎる声で呼びかける。接近すれば、ギギナはそれを戦闘の意思ありとみなして斬りかかってくるだろう。
「単刀直入に言うが、ギギナ。俺たちはお前と無理に戦う気はない。剣を収めてくれ」
「臆したか?」
笑いながら、ギギナは剣と戦意を引っ込めようとはしない。
「残念だがいまの私は機嫌が悪い。そちらに戦う気がなくともこちらにはある。そしてこちらが剣を振るえば、お前たちはそれに応じざるを得まい?」
「その場その場のテンションで人を斬ろうとするなよ。それに正直どの道、戦いにはならんと思うがな。こっちは四人で、おまけにそっちは怪我人だろうが」
火乃香曰く、中の二人の内、片方は怪我を負っているらしい。
だからこそオーフェンはクリーオウに負傷の有無をしつこく尋ねたのだが、彼女に怪我が無い以上、負傷者は消去法でギギナということになる。
オーフェンの指摘に、ギギナから余裕の表情が消えた。
「――それで?」
代わりに宿ったのは冷気だ。鋭く鍛えられた鋼の如く冷ややかな眼差しを、ギギナは対峙する全員に送った。
「それで、私が不利だから何なのだ? 誇り高きドラッケンが闘いから逃げるとでも? 否、逆だ。死と生の隙間にこそ闘争の愉悦は存在する――さあ、戯言を交わすのもここまでだ」
「お前、あれだ」
溜息をひとつ付くと、オーフェンは口元を皮肉気に吊り上げて見せた。
「俺がガキの頃に見た地獄四人衆とかいうのにそっくりだぞ。連中は俺の先生にのされるまで反省しなかったけどな」
「ほう? ならば今回は貴様がそれをやるとでもいうのか」
「安心しろ。先生よりは手加減してやるよ――その後でもう一回交渉しなきゃならねえからな」
言って、オーフェンは重心を落とした。交渉ではなく、次の瞬間に起こるであろう戦闘に備えて。
「……結局こうなるのか。まあギギナが相手だから期待はしてなかったけどな」
「キリランシェロに任せたのも失敗だと思うがなぁ。あいつ、基本的に言葉より先に手が出るタイプだし。結局は火力で解決することになるんだ」
次いでヘイズとコミクロンが再度、構えなおす。
「コミクロンとオーフェン、援護を――あたしとヘイズで前は抑えるから」
騎士剣を片手に火乃香がヘイズの横に並ぶ。既に立ち居振る舞いからギギナがかなりの使い手であることを察しているらしい。その精悍な横顔には緊張の色が伺えた。
咒力と気が無音で唸り、魔術の構成が空間を圧迫し、I-ブレインが未来を演算して。
その中で最初に動いたのは、コミクロンだった。
「――ごぶっ」
「……は?」
呻き声と疑問符が唱和する。
ばったりと地面に倒れ伏した白衣の少年に全員の視線が集中して、そしてすぐに別の人物に注ぎなおされる。
うつ伏せに倒れたコミクロンの背中を踏みつけるようにして立っている金髪の少女。右手には自身のバックパックをぶら下げている。どうやらそれで殴りつけたらしい。
「――やめなさい!」
夜空の下、クリーオウが吼える。腰に手を当て仁王立ち。突然の事態にぽかんとしている全員に、満足に散歩させて貰えていない子犬を連想する勢いでわめきたて始めた。
「なんなの、よってたかって怪我人いじめて! 違うでしょ。ここはなんかもっとこう、私とオーフェンが再会を喜び合うところでしょ! なんでこんなに殺伐としてるの!? ちょっとオーフェン!」
「お、おう」
急に名指しされ、思わず気の抜けた返事をしたオーフェンに向かってクリーオウはデイパックを投げつけた。
無論、直撃するはずもなくオーフェンの右手によって受け止められるが、伝わってきた感触にオーフェンはぞっとする――どうやら水入りペットボトルではない、なにか金属製らしい物体がゴロゴロ入っている。
そういえばこの娘はキムラックの殺し屋を背後から真剣で切りつけたこともあったが――
(コミクロン……死んでねえだろうな?)
「ねえ聞いてるのオーフェン! こっち向きなさいよ!」
「……なんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ! ようやく話し合い始めたと思ったら何いきなり殴り合おうとしちゃってるわけ!? そりゃオーフェンってば無意味に魔術で物壊したり、宿に放火したり、私のこと縄で縛ったりお腹殴ったりしたことはあるけど――」
と、そこまで言ってクリーオウの甲高い声が途切れる。
なにか悩むようなポーズを取りはじめるクリーオウを見て、ヘイズは首を傾げた。隣に立っている火乃香と顔を見合わせて、
「……どうしたんだ、あの子?」
「たぶん、自分で言ってる内にフォローのしようがなくなっちゃったんじゃない?」
「うるせえ、聞こえてるぞ! しかも一個は冤罪だ!」
「その他は本当なんだ……」
「まあ俺も外見は人のこと言えねえけど、ああはなりたくないもんだな……」
呆れたような声音を出す火乃香とヘイズに疑念の視線を向けられ、オーフェンは両手を戦慄かせた。
「黙って聞いてりゃお前ら――」
「こっち向いてなさいって言ったでしょ!」
バチンッ、と――ヘイズ達に向き直りかけたオーフェンの背後で何かが弾ける音が響いた。
その音に底知れぬ不吉さを覚えたのは何故だったのか――後から考えてみればそれは消えかけた記憶のお陰だったのだろうが、とにかくその時、オーフェンは考える余裕すらなく、予感に従って全力でその場に伏せた。と――
その背中ギリギリを、超高速で拳大の鉄球が掠め過ぎていく。
「……」
ゆっくりと起き上がってオーフェンが鉄球が過ぎ去った方をみやると、金属製の砲弾は地面に半ば埋まっていた。伏せた状態でも背中を掠ったことから想像できたが、かなり低めの弾道で打ち出されていたらしい。
それを確認すると、オーフェンは再びゆっくりと反対方向、即ち弾丸が射出された方へと向き直った。
「あれ……」
冷や汗のようなものを掻きながら、抱えているエドゲイン君を見下ろしているクリーオウが呟く。
「思ったより威力が……」
「なにが思ったより威力が、だ馬鹿たれ!」
クリーオウに怒鳴り返すと、オーフェンはずかずかと彼女との距離を詰めていった。ねめつけるように見下ろして、指を相手の鼻先に突きつける。
「こんなの当たってたら洒落にならんぞ! いっとくがエドゲイン君はレンガを粉々にできるんだからな!」
「な、なによ! だから当たらないようになるべく下のほう向けて撃ったでしょ! しゃがんだのはオーフェンじゃない!」
「咄嗟の危機にいちいち正しい反応ができると思うんじゃねえ! 言っとくが俺はそこまで人間辞めてねえんだからな!」
「少なくとも真人間じゃないでしょ! このヤクザ! 相変わらず目付き悪いったらありゃしないじゃない!」
「言いやがったな猟奇娘! てめえこそ哺乳瓶代わりに血痕付きのクリスタル製灰皿抱えて育ってそーな――」
「はいストップー」
と、どこまでもヒートアップしていく二人の会話に火乃香が割って入った。片手でオーフェンを押し退けながら、視線を金髪の少女へと向ける。
「クリーオウっていったっけ? そりゃあたし達も戦わないで済むならそれにこしたことはないけどさ」
言いながら、ギギナを顎でしゃくるようにして示す。
「見ての通り、やる気満々なのは向こうの方なわけよ。そこまでいうなら、あんたが説得してくれりゃ助かるんだけど」
「もちろんそのつもりよ! ギギナ!」
ぎろりと視線を向けられたギギナは、あからさまに不満げな表情でクリーオウを睨みつける。
しかし、クリーオウは怯みさえしなかった。
「喧嘩なんかやめなさいよ! 意味ないでしょ、こんなの!」
「喧しいぞ、小娘。そこを退け。私の闘争を邪魔するというのなら貴様も敵だ」
長大な、それだけで圧倒的な威圧感を持つ屠竜刀の切っ先を向け、ギギナがクリーオウの言葉を切り捨てる。
「無意味? それは貴様にとっての価値観だろう。私にとって闘争は全てだ。闘争こそが我が生きがい、我が生涯。貴様の価値観で意味を規定するな」
「だけど、ギギナは私を助けてくれたじゃない!」
クリーオウが食い下がる。
確かに数刻前、ギギナはクリーオウの危機を救い、そしてここまでの護衛を果たしている。
「本当に戦うことしか考えてないんなら、そんなことしないでしょ!?」
「恩があったからだ」
鬱陶しげに首を振りながら、ギギナ。
「オーフェンに私は一度温情を受けた。我らドラッケンは闘争を何よりも重んじるが、同時に誇り高き民でもある。ならばこそ、恩人を恩のあるまま斬ることはできぬ」
(……なるほど、そういうことか)
ギギナの言葉を聞き、ヘイズが胸中でひとつ頷く。
最初の遭遇、また風の騎士から聞いた情報から構築した戦闘凶のイメージと、オーフェンの頼みを果たしたという事実の相違。どうしてもその部分だけ重ならなかったのだが、今の言葉で理解した。
一応、ギギナは恩を知る人物ではあるのだ。情けをかけられることを良しとはしないのだろうが、それでも一度恩を受けてしまうとそれを意識してしまう。
その理由はひとつ。ドラッケン族というプライド。ギギナは自分の生まれに矜持を抱いている。というよりも、そのドラッケンという生まれを過剰に体現しようとしている。
それはギギナがドラッケンのハーフであり、コンプレックスを抱いているが故の反動であるのだが、ヘイズはそこまでは知らない。だがギギナがドラッケンという部族をほとんど神聖視しており、それに則した行動を取ろうとしていることは推測できた。
だからこそ――説得は難しい。
(つまりは恩を売れば相応に対価は返ってくるんだろうが、そりゃほとんど無理だろ。プライドが高いから受けた恩は返すが、同時にそのプライドのせいで容易く施しを受けたりはしない。価値観が戦闘行動に根ざしてんなら戦闘の意思を削ぐことも難しい。適当に痛めつけて見逃す、ってのも通用しないだろうな。これは勘だが、自分が死ぬまで戦うタイプの気がする)
さらに今朝方の戦闘データから、殺さずに無力化するのは難しいと判断する。
演算速度の低下した破砕の領域では情報強度の高いギギナの肉体を傷つけることはできない。剣の技量は火乃香と同等。だが重量の差からみるとギギナの方が優位だろう。そうするとオーフェンとコミクロンの魔術に賭けるしかないが、二人とも先ほどの戦いで大魔術を使った影響が抜けていない。下手に小技を使えばそれだけで体力が尽きる恐れがある。
結果として、通用する戦法はコンビネーションからの一撃必殺。自分と火乃香で抑えて黒魔術で制圧するか、自分が隙をつくって火乃香の斬撃を叩き込むか。
そこまで考えたところで、だがヘイズは声を聞いた。
多分に優越感を含んだ、少女の声を。
「ふーん。恩があったら、それを返すのね?」
クリーオウが、なにやらにんまりとした笑みを浮かべながら、確認するように問うた。
その笑みを見て、ギギナの脳裏に猛烈に嫌な予感がよぎる。数字ゲームをした時のジヴーニャ、あるいは郷里の許嫁を前にした時のような。
だがドラッケンが怯むわけにはいかない。動揺を表に出さず、ギギナは「無論だ」と冷静に頷き返して見せた。
クリーオウの笑みがさらに深まる。その表情を見て、オーフェンは口に沸いて来た苦い味の唾を吐き捨てた。あれと同種の笑みを浮かべたクリーオウに石鹸を食べさせられた時のことを思い出したのだ。
「じゃあ私から受けた恩も返してくれるのよね」
「貴様に、私が? 何を言って――?」
「ご飯あげたでしょ!」
飛び出した言葉に、その場にいたほとんど全員の顔に疑問符が浮かぶ。唯一違う表情を浮かべたギギナの顔は、苦い色に染まっていた。
そう。先述の通り今から三十分ほど前、ギギナとクリーオウは小屋で食事と休憩を取った。
だが恒常咒式が働き始めたギギナは、常人の数倍の食事を必要とする。
残っていた4食分のパンをもりもりと平らげたギギナだが、それでもま満腹には程遠かった。
腹をすかせた猛獣のような目で自身の食料を見るギギナに、クリーオウはデイパックの中にあった缶詰を半分ほど差し出したのである。
正直、匂いも見た目も食べ物を冒涜しているとしか言えないような代物だったが、悪食のギギナは「カロリーが高い」と普通に食べていた。
「あれは……貴様が勝手に差し出したのだろうが」
「ギギナが物欲しそうな目をしてたからでしょ?」
「要求した覚えはない」
ぷい、と少女から目を背けるようにそっぽを向く。
しかし助かったことは事実だった。特に今は傷の鎮痛等にも咒力が割かれているため、かなりエネルギーを消費しているのだから。
「大体、アレは必要経費のようなものだ。護衛するのに体力が無くてはどうしようもあるまい?」
「そんなの私知らないもの。私を守るように、っていうのはオーフェンから頼まれたんでしょ? オーフェンから受けた恩を返すために」
「それは――」
ギギナがさらに反駁を重ねようとする。だがクリーオウはそれより早く、白けた視線と共に辛らつな言葉を突き刺していた。
「無駄飯喰らい」
「ぐっ」
喉にものが詰まったように呻く。
クリーオウはそれを好機と取ったらしく、さらに畳み掛けるように言葉を――
「そこまでにしとけ」
「むぐっ!」
――かける直前に、口元を押さえられた。
「ぷはっ。ちょっと何するのよオーフェン! もう少しで完全に言い負かせたのに」
「言い負かしてどーする……もう十分だろ、ギギナ」
肩をすくめて、オーフェンが声をかける。
「……確かに、闘争の空気ではないな」
憮然とした表情で、ギギナが応じた。掲げていた屠竜刀を背中に回し、刃と柄を分解。収納する。
応じて、ヘイズや火乃香も戦闘態勢を解いた。やれやれ、と首を振る。
「……振り回されたって感じだな」
「ま、あいつのそういうところは昔からでな……相変わらず俺に出来ねえことを軽々とやってのけちまうんだからよ」
溜息と共に呟かれたヘイズの台詞に、オーフェンが苦笑と共に返した。
と、その横で呻き声を挙げながらコミクロンがよろよろと立ち上がる。
「うう、なにやら頭蓋骨が陥没したよーに痛いのだが……そ、そうだ! ギギナはどうなった!?」
疲れたように、火乃香ががっくりと肩を落とした。なにやらきょろきょろとせわしなく視線を移動させている馬鹿の頭を叩きながら、呻く。
「誰でもいいから、あたしの代わりに一から説明してあげてくれる? ……で、この場は収まったわけだけど、この後はどうすんのさ」
「久しいな、強き者たちよ。この再会を月と刃に感謝しよう」
ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフ。エリダナ最強の咒式剣士。
「別に会いたくは無かったが……会っちまった以上、コミクロンの腕のお返しはしねえとな」
ヴァーミリオン・CD・ヘイズ。世界に三隻しかない雲上航行艦の主たる欠陥品の魔法士。
「ふ――俺様は平和主義者だが、どっちにしても向こうはやる気満々みたいだしな」
家名無し、コミクロン。最強の黒魔術士チャイルドマン・パウダーフィールドに師事する《牙の塔》の最精鋭。
三人は互いの姿を認識した瞬間から、じりじりと間合いを調節し始めていた。ギギナは接近戦一辺倒、対してヘイズとコミクロンはどちらかといえば中距離戦闘向きの能力だ。ヘイズは演算で近距離戦闘にも対応できるが、ギギナ相手だと分が悪い。現状のヘイズの攻撃手段では、ギギナの突進を止められない可能性が高いからだ。
(とはいえ、俺が前に出ねえと前の二の舞か)
ヘイズはそう呟くと、演算効率を上げながら心持ち大きく距離を詰める。
前回の戦闘の反省点、そして風の騎士とのやりとりから既に対抗策はいくつか考えてある。
もとより相手のデータから未来を演算して戦闘を行うのがヘイズの十八番だ。この前のような遭遇戦で無い以上、そう簡単にやれるようなへまはしない。
「おい……お前らなんかギギナとあったのか?」
「今朝方、一度やりあったんだよ。問答無用で襲い掛かられてな」
突然の臨戦状態に戸惑うようなオーフェンの声に、短くそう返す。破壊的な構成を編みながら、コミクロンもそれに追従した。
「色々合って今は完治してるが、それでも腕を一本切断されてるんだぞ? というか、お前どうやってあんな暴力装置と交渉を成立させたんだ……脳筋同士、何か通じるものでもあったのか?」
コミクロンに言われて、オーフェンは小さく呻いた――確かにこれは自分のミスだ。最初に出会った時、ギギナは問答無用で襲い掛かってきた。他の参加者に危害を加えている可能性は十分考えられたのだ。
(……トトカンタ側の住人だって認識したのが不味かったか)
ギギナについて深く考えることを避けていた。そのツケが回ってきている。
「ギギナ……お前」
「オーフェン、我が友……まさかお前がこやつらを連れてくるとは思わなかったが」
説得の為に呼びかけようとして、しかしオーフェンは言葉を飲み込んだ。
ギギナの口元に浮かんでいるのは厄介ごとが舞い込んできたというような負の感情ではなく、ただただ目の前に立つ敵に対する殺意と歓喜でしかない。
「……あんたが仲間になってから、加速度的に厄介ごとが増えてない?」
「……正直悪いとは思ってるが、厄介ごとを進んで背負い込んだ君も同罪だろ」
なにやらぼやきつつ騎士剣を抜刀した火乃香に、オーフェンも冷や汗を垂らしながら言い返す。と――
ギギナの背後から、何かふわりとした金色の物体が覗いた。
「……オーフェン!」
「――クリーオウか!?」
見ればギギナに続いて小屋の中から少女が一人、歩み出てきている。
クリーオウ・エバーラスティン。彼女はすっかり見慣れた皮肉気な相貌の黒魔術士を認めると、そのまま走って駆け寄っていった。
「オーフェン! 良かった、無事だったんだ――」
「ああ、お前も――怪我はないみたいだな」
ざっとクリーオウの体を視線で検分する。見て分かる範囲に大きな怪我は無い。走る際の体運びにも不自然な所はなく、ほぼ健康体と断言できた。
手を伸ばせばふれあえる距離まで近づいて、そこで停止する。久方ぶりに交わす視線は、どこか湿り気を帯びていた。
再開を願っていた。だが実際こうして出会えたところで、何か気の利いたことが言えるわけでもない――それはクリーオウも同様のようだった。別れた時期が不味い。自分の記憶が確かなら、最後に会ったのは王都の病院である筈だった。オーフェン自身、この島に拉致されてくるまでは、クリーオウともう二度と会うことは無いだろうと思っていたのだ。
自然、何とはなしに見詰め合ったまま時間が停滞する。
「――さて、これで受けた恩は返したな、オーフェン」
その停滞を破ったのはギギナであった。しかも、声音からはそれまであったオーフェンに対する一片の親しみが抜け落ちている。
冗談のように長大な刃を流麗に一閃させるという、まるで不可視の何かを切り払うような動作をしながら、ギギナは獰猛に笑った。
「これでもはや思い残すこともないだろう――さあ、存分に殺しあおうではないか」
「……これ、どういうこと?」
結局、彼女の口をついて出た言葉はそんなものになってしまった。双方向に飛び交う敵意の応酬に戸惑いながら、クリーオウがオーフェンの顔を見上げるようにして呟く。
「……クリーオウ、お前、怪我は無いんだよな?」
「え? うん、一回危なかった時はあるけど、ギギナが助けてくれたから……」
確認をしつつ、オーフェンはギギナを見つめる。凶戦士。ギギナを一言で表すならばその単語が適当だ。誰彼構わず、強者と認めれば刃を交わさずにはいられない。
だが同時にオーフェンとの約束も守っている。
「ヘイズ、悪いが――」
「――少し待て、って言うんなら向こうに言って貰いたいね」
眼を逸らした瞬間に、切り捨てられかねない。そう言いながら、ヘイズは僅かに体を横に移動させた。
オーフェンの言いたいことはヘイズにも分かっている。ギギナは契約通りクリーオウを保護していた。それはつまり、交渉できる余地があるということ。問答無用で切りかかってくる戦闘凶としか思っていなかったが、もしもそれだけでないというのなら無理に戦う必要もない。
だが今朝方のこともある。皮一枚で命を繋いだが、正真正銘自分たちは殺されかけたのだ。簡単にそのイメージを払拭することは出来ない。
(だから交渉は無関係のあんたに任せるさ。我ながら狡いと思うが、俺はその結果に乗らせてもらう)
戦って受けた仇を返すか、それを忘れて協力するか――感情か、理屈か。どちらを選ぶことになってもヘイズは構わない。
オーフェンは目線だけで感謝を表意し、ギギナに向き直った。距離は詰めず、会話というにはやや大きすぎる声で呼びかける。接近すれば、ギギナはそれを戦闘の意思ありとみなして斬りかかってくるだろう。
「単刀直入に言うが、ギギナ。俺たちはお前と無理に戦う気はない。剣を収めてくれ」
「臆したか?」
笑いながら、ギギナは剣と戦意を引っ込めようとはしない。
「残念だがいまの私は機嫌が悪い。そちらに戦う気がなくともこちらにはある。そしてこちらが剣を振るえば、お前たちはそれに応じざるを得まい?」
「その場その場のテンションで人を斬ろうとするなよ。それに正直どの道、戦いにはならんと思うがな。こっちは四人で、おまけにそっちは怪我人だろうが」
火乃香曰く、中の二人の内、片方は怪我を負っているらしい。
だからこそオーフェンはクリーオウに負傷の有無をしつこく尋ねたのだが、彼女に怪我が無い以上、負傷者は消去法でギギナということになる。
オーフェンの指摘に、ギギナから余裕の表情が消えた。
「――それで?」
代わりに宿ったのは冷気だ。鋭く鍛えられた鋼の如く冷ややかな眼差しを、ギギナは対峙する全員に送った。
「それで、私が不利だから何なのだ? 誇り高きドラッケンが闘いから逃げるとでも? 否、逆だ。死と生の隙間にこそ闘争の愉悦は存在する――さあ、戯言を交わすのもここまでだ」
「お前、あれだ」
溜息をひとつ付くと、オーフェンは口元を皮肉気に吊り上げて見せた。
「俺がガキの頃に見た地獄四人衆とかいうのにそっくりだぞ。連中は俺の先生にのされるまで反省しなかったけどな」
「ほう? ならば今回は貴様がそれをやるとでもいうのか」
「安心しろ。先生よりは手加減してやるよ――その後でもう一回交渉しなきゃならねえからな」
言って、オーフェンは重心を落とした。交渉ではなく、次の瞬間に起こるであろう戦闘に備えて。
「……結局こうなるのか。まあギギナが相手だから期待はしてなかったけどな」
「キリランシェロに任せたのも失敗だと思うがなぁ。あいつ、基本的に言葉より先に手が出るタイプだし。結局は火力で解決することになるんだ」
次いでヘイズとコミクロンが再度、構えなおす。
「コミクロンとオーフェン、援護を――あたしとヘイズで前は抑えるから」
騎士剣を片手に火乃香がヘイズの横に並ぶ。既に立ち居振る舞いからギギナがかなりの使い手であることを察しているらしい。その精悍な横顔には緊張の色が伺えた。
咒力と気が無音で唸り、魔術の構成が空間を圧迫し、I-ブレインが未来を演算して。
その中で最初に動いたのは、コミクロンだった。
「――ごぶっ」
「……は?」
呻き声と疑問符が唱和する。
ばったりと地面に倒れ伏した白衣の少年に全員の視線が集中して、そしてすぐに別の人物に注ぎなおされる。
うつ伏せに倒れたコミクロンの背中を踏みつけるようにして立っている金髪の少女。右手には自身のバックパックをぶら下げている。どうやらそれで殴りつけたらしい。
「――やめなさい!」
夜空の下、クリーオウが吼える。腰に手を当て仁王立ち。突然の事態にぽかんとしている全員に、満足に散歩させて貰えていない子犬を連想する勢いでわめきたて始めた。
「なんなの、よってたかって怪我人いじめて! 違うでしょ。ここはなんかもっとこう、私とオーフェンが再会を喜び合うところでしょ! なんでこんなに殺伐としてるの!? ちょっとオーフェン!」
「お、おう」
急に名指しされ、思わず気の抜けた返事をしたオーフェンに向かってクリーオウはデイパックを投げつけた。
無論、直撃するはずもなくオーフェンの右手によって受け止められるが、伝わってきた感触にオーフェンはぞっとする――どうやら水入りペットボトルではない、なにか金属製らしい物体がゴロゴロ入っている。
そういえばこの娘はキムラックの殺し屋を背後から真剣で切りつけたこともあったが――
(コミクロン……死んでねえだろうな?)
「ねえ聞いてるのオーフェン! こっち向きなさいよ!」
「……なんだよ」
「なんだよ、じゃないわよ! ようやく話し合い始めたと思ったら何いきなり殴り合おうとしちゃってるわけ!? そりゃオーフェンってば無意味に魔術で物壊したり、宿に放火したり、私のこと縄で縛ったりお腹殴ったりしたことはあるけど――」
と、そこまで言ってクリーオウの甲高い声が途切れる。
なにか悩むようなポーズを取りはじめるクリーオウを見て、ヘイズは首を傾げた。隣に立っている火乃香と顔を見合わせて、
「……どうしたんだ、あの子?」
「たぶん、自分で言ってる内にフォローのしようがなくなっちゃったんじゃない?」
「うるせえ、聞こえてるぞ! しかも一個は冤罪だ!」
「その他は本当なんだ……」
「まあ俺も外見は人のこと言えねえけど、ああはなりたくないもんだな……」
呆れたような声音を出す火乃香とヘイズに疑念の視線を向けられ、オーフェンは両手を戦慄かせた。
「黙って聞いてりゃお前ら――」
「こっち向いてなさいって言ったでしょ!」
バチンッ、と――ヘイズ達に向き直りかけたオーフェンの背後で何かが弾ける音が響いた。
その音に底知れぬ不吉さを覚えたのは何故だったのか――後から考えてみればそれは消えかけた記憶のお陰だったのだろうが、とにかくその時、オーフェンは考える余裕すらなく、予感に従って全力でその場に伏せた。と――
その背中ギリギリを、超高速で拳大の鉄球が掠め過ぎていく。
「……」
ゆっくりと起き上がってオーフェンが鉄球が過ぎ去った方をみやると、金属製の砲弾は地面に半ば埋まっていた。伏せた状態でも背中を掠ったことから想像できたが、かなり低めの弾道で打ち出されていたらしい。
それを確認すると、オーフェンは再びゆっくりと反対方向、即ち弾丸が射出された方へと向き直った。
「あれ……」
冷や汗のようなものを掻きながら、抱えているエドゲイン君を見下ろしているクリーオウが呟く。
「思ったより威力が……」
「なにが思ったより威力が、だ馬鹿たれ!」
クリーオウに怒鳴り返すと、オーフェンはずかずかと彼女との距離を詰めていった。ねめつけるように見下ろして、指を相手の鼻先に突きつける。
「こんなの当たってたら洒落にならんぞ! いっとくがエドゲイン君はレンガを粉々にできるんだからな!」
「な、なによ! だから当たらないようになるべく下のほう向けて撃ったでしょ! しゃがんだのはオーフェンじゃない!」
「咄嗟の危機にいちいち正しい反応ができると思うんじゃねえ! 言っとくが俺はそこまで人間辞めてねえんだからな!」
「少なくとも真人間じゃないでしょ! このヤクザ! 相変わらず目付き悪いったらありゃしないじゃない!」
「言いやがったな猟奇娘! てめえこそ哺乳瓶代わりに血痕付きのクリスタル製灰皿抱えて育ってそーな――」
「はいストップー」
と、どこまでもヒートアップしていく二人の会話に火乃香が割って入った。片手でオーフェンを押し退けながら、視線を金髪の少女へと向ける。
「クリーオウっていったっけ? そりゃあたし達も戦わないで済むならそれにこしたことはないけどさ」
言いながら、ギギナを顎でしゃくるようにして示す。
「見ての通り、やる気満々なのは向こうの方なわけよ。そこまでいうなら、あんたが説得してくれりゃ助かるんだけど」
「もちろんそのつもりよ! ギギナ!」
ぎろりと視線を向けられたギギナは、あからさまに不満げな表情でクリーオウを睨みつける。
しかし、クリーオウは怯みさえしなかった。
「喧嘩なんかやめなさいよ! 意味ないでしょ、こんなの!」
「喧しいぞ、小娘。そこを退け。私の闘争を邪魔するというのなら貴様も敵だ」
長大な、それだけで圧倒的な威圧感を持つ屠竜刀の切っ先を向け、ギギナがクリーオウの言葉を切り捨てる。
「無意味? それは貴様にとっての価値観だろう。私にとって闘争は全てだ。闘争こそが我が生きがい、我が生涯。貴様の価値観で意味を規定するな」
「だけど、ギギナは私を助けてくれたじゃない!」
クリーオウが食い下がる。
確かに数刻前、ギギナはクリーオウの危機を救い、そしてここまでの護衛を果たしている。
「本当に戦うことしか考えてないんなら、そんなことしないでしょ!?」
「恩があったからだ」
鬱陶しげに首を振りながら、ギギナ。
「オーフェンに私は一度温情を受けた。我らドラッケンは闘争を何よりも重んじるが、同時に誇り高き民でもある。ならばこそ、恩人を恩のあるまま斬ることはできぬ」
(……なるほど、そういうことか)
ギギナの言葉を聞き、ヘイズが胸中でひとつ頷く。
最初の遭遇、また風の騎士から聞いた情報から構築した戦闘凶のイメージと、オーフェンの頼みを果たしたという事実の相違。どうしてもその部分だけ重ならなかったのだが、今の言葉で理解した。
一応、ギギナは恩を知る人物ではあるのだ。情けをかけられることを良しとはしないのだろうが、それでも一度恩を受けてしまうとそれを意識してしまう。
その理由はひとつ。ドラッケン族というプライド。ギギナは自分の生まれに矜持を抱いている。というよりも、そのドラッケンという生まれを過剰に体現しようとしている。
それはギギナがドラッケンのハーフであり、コンプレックスを抱いているが故の反動であるのだが、ヘイズはそこまでは知らない。だがギギナがドラッケンという部族をほとんど神聖視しており、それに則した行動を取ろうとしていることは推測できた。
だからこそ――説得は難しい。
(つまりは恩を売れば相応に対価は返ってくるんだろうが、そりゃほとんど無理だろ。プライドが高いから受けた恩は返すが、同時にそのプライドのせいで容易く施しを受けたりはしない。価値観が戦闘行動に根ざしてんなら戦闘の意思を削ぐことも難しい。適当に痛めつけて見逃す、ってのも通用しないだろうな。これは勘だが、自分が死ぬまで戦うタイプの気がする)
さらに今朝方の戦闘データから、殺さずに無力化するのは難しいと判断する。
演算速度の低下した破砕の領域では情報強度の高いギギナの肉体を傷つけることはできない。剣の技量は火乃香と同等。だが重量の差からみるとギギナの方が優位だろう。そうするとオーフェンとコミクロンの魔術に賭けるしかないが、二人とも先ほどの戦いで大魔術を使った影響が抜けていない。下手に小技を使えばそれだけで体力が尽きる恐れがある。
結果として、通用する戦法はコンビネーションからの一撃必殺。自分と火乃香で抑えて黒魔術で制圧するか、自分が隙をつくって火乃香の斬撃を叩き込むか。
そこまで考えたところで、だがヘイズは声を聞いた。
多分に優越感を含んだ、少女の声を。
「ふーん。恩があったら、それを返すのね?」
クリーオウが、なにやらにんまりとした笑みを浮かべながら、確認するように問うた。
その笑みを見て、ギギナの脳裏に猛烈に嫌な予感がよぎる。数字ゲームをした時のジヴーニャ、あるいは郷里の許嫁を前にした時のような。
だがドラッケンが怯むわけにはいかない。動揺を表に出さず、ギギナは「無論だ」と冷静に頷き返して見せた。
クリーオウの笑みがさらに深まる。その表情を見て、オーフェンは口に沸いて来た苦い味の唾を吐き捨てた。あれと同種の笑みを浮かべたクリーオウに石鹸を食べさせられた時のことを思い出したのだ。
「じゃあ私から受けた恩も返してくれるのよね」
「貴様に、私が? 何を言って――?」
「ご飯あげたでしょ!」
飛び出した言葉に、その場にいたほとんど全員の顔に疑問符が浮かぶ。唯一違う表情を浮かべたギギナの顔は、苦い色に染まっていた。
そう。先述の通り今から三十分ほど前、ギギナとクリーオウは小屋で食事と休憩を取った。
だが恒常咒式が働き始めたギギナは、常人の数倍の食事を必要とする。
残っていた4食分のパンをもりもりと平らげたギギナだが、それでもま満腹には程遠かった。
腹をすかせた猛獣のような目で自身の食料を見るギギナに、クリーオウはデイパックの中にあった缶詰を半分ほど差し出したのである。
正直、匂いも見た目も食べ物を冒涜しているとしか言えないような代物だったが、悪食のギギナは「カロリーが高い」と普通に食べていた。
「あれは……貴様が勝手に差し出したのだろうが」
「ギギナが物欲しそうな目をしてたからでしょ?」
「要求した覚えはない」
ぷい、と少女から目を背けるようにそっぽを向く。
しかし助かったことは事実だった。特に今は傷の鎮痛等にも咒力が割かれているため、かなりエネルギーを消費しているのだから。
「大体、アレは必要経費のようなものだ。護衛するのに体力が無くてはどうしようもあるまい?」
「そんなの私知らないもの。私を守るように、っていうのはオーフェンから頼まれたんでしょ? オーフェンから受けた恩を返すために」
「それは――」
ギギナがさらに反駁を重ねようとする。だがクリーオウはそれより早く、白けた視線と共に辛らつな言葉を突き刺していた。
「無駄飯喰らい」
「ぐっ」
喉にものが詰まったように呻く。
クリーオウはそれを好機と取ったらしく、さらに畳み掛けるように言葉を――
「そこまでにしとけ」
「むぐっ!」
――かける直前に、口元を押さえられた。
「ぷはっ。ちょっと何するのよオーフェン! もう少しで完全に言い負かせたのに」
「言い負かしてどーする……もう十分だろ、ギギナ」
肩をすくめて、オーフェンが声をかける。
「……確かに、闘争の空気ではないな」
憮然とした表情で、ギギナが応じた。掲げていた屠竜刀を背中に回し、刃と柄を分解。収納する。
応じて、ヘイズや火乃香も戦闘態勢を解いた。やれやれ、と首を振る。
「……振り回されたって感じだな」
「ま、あいつのそういうところは昔からでな……相変わらず俺に出来ねえことを軽々とやってのけちまうんだからよ」
溜息と共に呟かれたヘイズの台詞に、オーフェンが苦笑と共に返した。
と、その横で呻き声を挙げながらコミクロンがよろよろと立ち上がる。
「うう、なにやら頭蓋骨が陥没したよーに痛いのだが……そ、そうだ! ギギナはどうなった!?」
疲れたように、火乃香ががっくりと肩を落とした。なにやらきょろきょろとせわしなく視線を移動させている馬鹿の頭を叩きながら、呻く。
「誰でもいいから、あたしの代わりに一から説明してあげてくれる? ……で、この場は収まったわけだけど、この後はどうすんのさ」
◇◇◇
――結局、ギギナも火乃香達についてくることになった。
「恩は返してくれるのよね? まさか逃げたりはしないわよね、ギギナ?」
堂々としたクリーオウのそんな言葉で、大勢は決してしまったような気もする。
ギギナは相当悩んだようだった。それはドラッケンの誇りを取るか――それともこいつら全員斬り殺して無かったことにしてしまおうか――という危うい悩みにも見えたが、とにもかくにも一時休戦ということになり。
クリーオウがオーフェンに同行する以上、自然とギギナもこのグループに組み込まれる形になったのだ。
「勘違いするな。別に、貴様らに協力するわけではない。小娘に恩を返し終えたら、再び刃を交わすだけだ」
「はいはい、分かってるよ――いいかオーフェン。クリーオウはお前が守れ。絶対に恩を返すような隙を与えるんじゃないぞ」
「そーだぞキリランシェロ。あの刃狂、この天才の腕を斬り落としたことについて『闘争の産物であり、特に謝るつもりはない』とかぬかしやがった! せめて馬車馬のよーに扱き使わなきゃ元がとれんぞ」
「聞こえてるぞ貴様ら!」
そんな一幕もあったりなかったりしたが、まあ概ね平和的な協力関係と言えた。
――そう、平和的だったのだ。ここまでは。
「……んじゃ、そういうわけでオーフェンも探し人に合流出来たわけだし、改めてあたし達は例の放送を行ったグループに接触するわけだけど……」
火乃香は天宙眼によって気を察知し、人の接近を感知することができる。
だが制限下、ギギナに集中していたこの状態で、他者の接近を感知することは叶わなかった。
ぱきり、と枝が踏み折られる音が響く。
全員が、それに反応する――このグループには手練れが多い。事前の索敵こそ叶わなかったが、反応そのものは迅速だった。
だが、それよりも速く。
新たに現れたその人物は、すでに行動を終えていた。
「――戦う気は無いよ。ただ、話だけでも聞いてくれないかな」
両手をあげ、反抗の意思が欠片も無いことを示し、顔に悲哀を塗りつけた男。
「俺は、例の放送をしたグループの生き残りなんだけど――武器も、情報も全部提供する。だから、」
敵討ちを手伝ってくれないか、と。
そう懇願する男が折原臨也という名前であることを、この時の彼らはまだ知らない。
「恩は返してくれるのよね? まさか逃げたりはしないわよね、ギギナ?」
堂々としたクリーオウのそんな言葉で、大勢は決してしまったような気もする。
ギギナは相当悩んだようだった。それはドラッケンの誇りを取るか――それともこいつら全員斬り殺して無かったことにしてしまおうか――という危うい悩みにも見えたが、とにもかくにも一時休戦ということになり。
クリーオウがオーフェンに同行する以上、自然とギギナもこのグループに組み込まれる形になったのだ。
「勘違いするな。別に、貴様らに協力するわけではない。小娘に恩を返し終えたら、再び刃を交わすだけだ」
「はいはい、分かってるよ――いいかオーフェン。クリーオウはお前が守れ。絶対に恩を返すような隙を与えるんじゃないぞ」
「そーだぞキリランシェロ。あの刃狂、この天才の腕を斬り落としたことについて『闘争の産物であり、特に謝るつもりはない』とかぬかしやがった! せめて馬車馬のよーに扱き使わなきゃ元がとれんぞ」
「聞こえてるぞ貴様ら!」
そんな一幕もあったりなかったりしたが、まあ概ね平和的な協力関係と言えた。
――そう、平和的だったのだ。ここまでは。
「……んじゃ、そういうわけでオーフェンも探し人に合流出来たわけだし、改めてあたし達は例の放送を行ったグループに接触するわけだけど……」
火乃香は天宙眼によって気を察知し、人の接近を感知することができる。
だが制限下、ギギナに集中していたこの状態で、他者の接近を感知することは叶わなかった。
ぱきり、と枝が踏み折られる音が響く。
全員が、それに反応する――このグループには手練れが多い。事前の索敵こそ叶わなかったが、反応そのものは迅速だった。
だが、それよりも速く。
新たに現れたその人物は、すでに行動を終えていた。
「――戦う気は無いよ。ただ、話だけでも聞いてくれないかな」
両手をあげ、反抗の意思が欠片も無いことを示し、顔に悲哀を塗りつけた男。
「俺は、例の放送をしたグループの生き残りなんだけど――武器も、情報も全部提供する。だから、」
敵討ちを手伝ってくれないか、と。
そう懇願する男が折原臨也という名前であることを、この時の彼らはまだ知らない。
【E-5/小屋前/2日目・00:40】
【ヴァーミリオン・CD・ヘイズ】
[状態]:疲労。 軽傷。
[装備]:なし
[道具]:有機コード、
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。 軽傷。
[装備]:なし
[道具]:有機コード、
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:刻印の性能に気付いています。ダナティアの放送を妄信していない。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【火乃香】
[状態]:やや消耗。軽傷。
[装備]:騎士剣・陰 (損傷不明)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウに対して複雑な感情。
[備考]:『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:やや消耗。軽傷。
[装備]:騎士剣・陰 (損傷不明)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1400ml)
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウに対して複雑な感情。
[備考]:『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【コミクロン】
[状態]:疲労。軽傷。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。軽傷。
[装備]:エドゲイン君
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水1000ml) 未完成の刻印解除構成式(頭の中)
刻印解除構成式のメモ数枚
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認
[備考]:かなりの血で染まった白衣を着ています。
火乃香がアンテナになって『物語』を発症しました。 アマワに関する情報を得ました。
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml) デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウを警戒
[備考]:アマワに関する情報を得ました。
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1000ml) デイパック(支給品一式・パン6食分・水1100ml)
船長室で見つけた積み荷の目録
[思考]:ダナティアのグループがどうなったかの確認/フリウを警戒
[備考]:アマワに関する情報を得ました。
【フリウ・ハリスコー】
[状態]:全身血塗れ。全身打撲。気絶。
[装備]:水晶眼(眼帯なし)、右腕と胸部に包帯 スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)、缶詰などの食糧
[思考]:???
[備考]:アマワの存在を知覚しました。アマワが黒幕だと思っています。
ウルトプライドが再生するまで約半日かかります。
[状態]:全身血塗れ。全身打撲。気絶。
[装備]:水晶眼(眼帯なし)、右腕と胸部に包帯 スィリー
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)、缶詰などの食糧
[思考]:???
[備考]:アマワの存在を知覚しました。アマワが黒幕だと思っています。
ウルトプライドが再生するまで約半日かかります。
【ギギナ】
[状態]:肋骨全骨折。打撲。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分))
[思考]:クリーオウのいるグループに同行する
ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。
※ギギナがデイパック1に入っていたパン4食分と水全量を消費しました。
[状態]:肋骨全骨折。打撲。
[装備]:屠竜刀ネレトー。贖罪者マグナス。
[道具]:デイパック(ヒルルカ、咒弾(生体強化系2発分、生体変化系4発分))
[思考]:クリーオウのいるグループに同行する
ガユスの情報収集(無造作に)。ガユスを弔って仇を討つ?
強き者と戦うのを少し控える(望まれればする)。
※ギギナがデイパック1に入っていたパン4食分と水全量を消費しました。
【クリーオウ・エバーラスティン】
[状態]:右腕に火傷。精神的ダメージ。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック2(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン3食分・水800ml)
缶詰の食料(IAI製4個・中身不明)議事録。ピロテースからの手紙
[思考]:1.オーフェンと行動する/2.ピロテースを……?
[備考]:アマワと神野の存在を知る。
※IAI製缶詰(4個)はギギナが美味しくいただきました。
[状態]:右腕に火傷。精神的ダメージ。
[装備]:強臓式拳銃 “魔弾の射手” (フライシュッツェ)
[道具]:デイパック2(支給品一式・地下ルートが書かれた地図・パン3食分・水800ml)
缶詰の食料(IAI製4個・中身不明)議事録。ピロテースからの手紙
[思考]:1.オーフェンと行動する/2.ピロテースを……?
[備考]:アマワと神野の存在を知る。
※IAI製缶詰(4個)はギギナが美味しくいただきました。
【折原臨也】
[状態]:平常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5.5食分・水1800ml)、探知機、携帯電話、禁止エリア解除装置
救急箱、セルティとの静雄関連の筆談に使った紙
[思考]:ベルガー、クエロに何らかの対処を。
ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[状態]:平常
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5.5食分・水1800ml)、探知機、携帯電話、禁止エリア解除装置
救急箱、セルティとの静雄関連の筆談に使った紙
[思考]:ベルガー、クエロに何らかの対処を。
ゲームからの脱出(利用出来るものは利用、邪魔なものは排除)。
残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す