父と娘 > 2


出勤前。
タクシーの車体を拭いていると、声をかけられた。
振り向くと、このタクシー会社のオーナー ――つまり俺の友人だが――が、立っていた。

「なんだ?」

俺は彼に一瞥をくれ、作業に戻ろうとした。

「気を悪くしないでくれ、お前のプライベートを詮索するつもりはないんだが……」
彼は、言いにくそうに言った。

「だから、何なんだよ」
イラつきながら、答える。

「……お前、この前の日曜に、『能力』を使っただろう」

しばし沈黙する。

「ああ、使ったよ。だから、何なんだ」
「気を付けた方がいい。お前の能力は、訴えられる可能性がある」

それを聞いた瞬間、俺は怒りが湧いてきた。
「はぁ? なんで、訴えられなきゃなんねぇんだ」
ダスターをボンネットに叩きつけ、俺は彼に向き直る。

友人は怯まず、話を続ける。
「いいか、この国は訴訟天国だ。何でもかんでも、訴えた者勝ちだ。

お前の『能力』は、『作用する』、ないしは『操作する』系統の能力だろ。他人に影響を及ぼすことだってある。
つまり、他人がそれで受けた影響を、訴訟のタネにしてくる可能性があるんだ」

俺は、呆れ果てた。

――ふざけたハナシだ。

「おいおい、いつからこの国は『自由の国』じゃ無くなっちまったんだ?」

「お前がこの国を離れている間に、『自由』の意味が変質しちまったんだろうな」
友人は、あきらめ顔で呟いた。

――なんてこった。こんなことなら、妻の母国に留まっていたほうが良かったかもしれない。


「よその国じゃ、能力の『鑑定士』なんてものが存在するらしい。
鑑定を受けて、能力を役所に届け出て、公共に影響を及ぼす能力ならば、許可を受けないと発動できないという話だ」

「ギャグにもなんねぇぞ、そんなの。一体どこに、自分の能力発揮するのにお上の許可をいちいち受ける奴がいるんだよ?」


そのやりとりがあった頃から、俺は『能力』を使うのをやめた。

そんな下らないことで、訴えられてはたまらない。
その頃には娘も大きくなっていたし、能力の出番も少なくなっていた。


+ + +


「おとーさん、これなーに?」
娘が、紙切れを手にもって尋ねてきた。

「飛行機の切符だ。来月、行くぞ」
「どこに?」

娘はきょとんとして、首を傾げる。そんな些細な仕草一つひとつが、妻に似ていると思わせる。

「母さんの墓参りだ」
「おかーさんの……」
娘の視線が、宙を彷徨う。


娘の7歳の誕生日が近づいていた。
それはつまり、妻の7回忌が近いということである。

妻の母国で長く暮らしていたため、そういった風習や習わしは自然に身についていた。
俺は、娘を連れて妻の母国へ墓参りに行くことにした。


娘が生まれたのと引き換えに、妻はこの世を去った。
娘が、妻のことを覚えているはずはない。
にもかかわらず、仕草や話し方が、成長するにつれ似てきていると感じる。

そこで、ある考えが頭を過ぎった。
『鑑定士』なるものがいるというのは、ほかでもない妻の母国の話だったはずだ。

――鑑定を受けてみるのは、どうだろうか。

考えてみれば、娘にも『能力』は授けられているはずなのだ。
俺は、それを知らない。娘自身は、気づいているのだろうか。

『能力』がらみの事件や訴訟は、目に見えて増えていた。
自分が『能力』を使わなくとも、他人の『能力』のとばっちりを受けることもしばしばあった。

政府や、何らかの「組織」が、『能力』を取り締まる、あるいは組織的に運用する、ということは十分に考えられることだった。

だとすれば、自分の『能力』を熟知していないのは、危険だ。

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最終更新:2010年06月23日 02:01
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