父と娘 > 17


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「くっ……警察!」

パトカーの音が、少しずつ近づいて来る。
早く決着をつけないと、いろいろ面倒な事になる。

フールは、煙がしみる目を押さえながら、“侵入者”の後を追った。

「……!?」

目を疑った。
ようやく煙が薄れてきた視界の向こうに見えたのは、フォグが、“侵入者”と対峙している姿だった。

“侵入者”は、散弾銃を構えている。

このままでは、フォグが――

すかさず部下のサブマシンガンをひったくり、照準を合わせた。

フォグに当たらないように。

フールは、いつになく緊張し、冷や汗すらかいていた。

そして――


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照準から目を外し、なおも標的を見つめる。

標的が、さらに被弾した様子が目に入った。

それを確認すると、ラツィームは踵を返してその場を後にした。


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川芝鉄哉は、這々の体でコンビナートから脱出した。

外に待たせてあったバイクには、バンダナで片目を隠した青年が跨っていた。

「あれ? 一人多い……」
峰村瑞貴は、ハーフキャップのメットを少し上げて、呟いた。

「バカ、『一人少ない』んだよ! いいから早く出せ!」
後部席に、アイリンを抱っこした状態で飛び乗ると、メットの上から部下の頭を叩いた。

「りょーかい♪」
峰村はスロットルを開け、予め決めてあった細い抜け道に入っていった。


「この娘を安全なところに届けたら、戻るからな」
鉄哉は、眠っている女の子を抱えながら言った。

「……ルジ博士なら、何とかしてくれる、かも」
峰村が、おずおずと言う。

その頭を、再びはたく。

「あんなイカれたババアに渡すとロクなことになんねぇ! そうならないように、戻るって言ってんだ、このバカ野郎!」

「バカバカ言わなくたっていいでしょー! 運転してんの、僕なんですけどー!」

ぎゃーぎゃー言いながら、3人を乗せたバイクは路地へ消えた。


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ラヴィヨンは、青ざめた顔でそこに立っていた。

「ちょっ……パウロさん? しっかりしてください!」

倒れている男を揺さ振るが、男は血塗れで、脇腹や頭部の周りには血溜まりが固まり始めている。
客観的に見て、どう考えても「しっかりして」いられるわけはない。

数分前の出来事を反芻しながら、彼はAutomataを操作していた。


シルスクとともにコンビナートから出たところで、ラツィームに会った。

「ラツィーム隊長。助かった、礼を言う」
シルスクの言葉に、ラツィームは目を合わせず、ふむ、とうなづく。そして、

「あれ以上勝手な動きをされては、我々の行動に支障が出よう。隊長とは、常に冷静に効果的な判断をするべきものよの」
と言った。

シルスクは唇を噛みながら、
「感謝する」
と、頭を下げた。

そのやりとりに、ラヴィヨンは唖然とした。
ラツィームが去った後、彼はシルスクに詰め寄った。

「ど、どういうことッスか!? まさか、ラツィーム隊長が」

「ラヴィヨン。彼の遺体を回収しろ」
シルスクはそれだけ言い置いて、クルマに乗った。


後には、寝癖のようなパーマの青年が残された。
その表情は、怒りとも悲しみともとれる、何とも言えない表情が浮かんでいた。


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本部に戻ったシルスクは、こめかみを抑え、ポケットから錠剤を取り出した。
2、3錠を口に放り込み、ミントタブレットのようにガリガリと噛んだ。

頭痛がひどい。

トリプタン系は効きが速いが、彼には今ひとつしっくりこないようで、麦角アルカロイドを使っている。

「……貴方のほうが正しいな、パウロ」

窓のブラインドを下ろし、呟く。

「貴方は自分を捨てて、愛する人間を、守った。オレとは……逆だ。オレは……」

彼は俯き、そのまま薬が効くのを待っていた。

その姿は、懺悔をする敬虔な教徒のように見えた。


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ラヴィの自動人形が、「彼」を“回収”しようとしていた。

オレはそいつをぶん殴って「彼」をひったくり、ガスを撒いてその場を去った。



できることなら、火葬にしてやりたい。

煙になって、いつでも娘を見守れるように。

知り合いには炎使いが居ることはいるが……、どうやってそれをさせるか、それが困難極まりない。
女子高生に、この血塗れの遺体を見せるのは、酷というものだろう。



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薙澤アイリンは、一ヶ月後にようやく目を覚ました。

自分がなぜここにいるのか、そして父親がどうなったのか、彼女は尋ねなかった。
言葉少なに、ベッドの上でペンダントと腕時計を見つめて過ごしていた。

この10歳の少女がどうやってここへ来たか、何者なのかは誰も知らない。
少女の周りの人間は、いつの間にやら入院していたと思っている。

彼女に関する記憶の一切が、周囲の人間の頭から“飛ばされて”いるためだ。

彼女と、彼女の父親に関して覚えていられるのは、このオレだけということになる。
峰村でさえ、不用意に日が暮れてから見舞いになど行ったものだから、記憶を飛ばされてしまった。
ま、おしゃべりなあいつはその方が良かったが。


アイリンは、もう少ししたら退院出来るだろう。

そうしたら幸助に頼んで、面倒を見てもらうことにしようか。



空を見上げた。

初夏の爽やかな風が吹き抜ける。

その風が、かすかにメロディを奏でたような気がした。




Fin

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最終更新:2010年07月16日 09:07
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