+ + +
「だっこ! だっこー!」
4歳にもなったってのに、いまだ甘え癖が抜けない。
「ちょっと待て! いま手が離せん! 危ないから離れてろっての」
セルフのスタンドでガソリンを入れている。
郊外の自動車道。
荒地が広がっているが、鳥や野生動物はけっこういる。
給油ノズルを見つめながら、耳を澄ます。
鳥の鳴き声、風の吹き抜ける音、ときおり通り過ぎるトラックの轟音。
――いい天気だ。
『Oleo』を奏でる。
むかし、コンボでよく演った曲だ。速いテンポで、ドラミングには切れ味が要求される。
娘が、ベースランニングにあわせて足踏しながら、それを聴いている。
――よしよし、そのままじっと聴いてろよ。
給油を済ませ、頭の中でシンバルレガートを刻みながら精算をする。
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「あ、天ぷら! おとーさん、天ぷら!」
改札を抜けて駅ビルの中を歩いていると、娘が嬉しそうに袖を引っ張った。
指さす先には、天ぷら屋の看板。他にもトンカツ屋、寿司屋……
「言われなくても見えてるっての……。だめ! そんなカネない! 志乃さんトコに着くまでガマン!」
「あーん、なんでー! おなかへったよぉ」
駅ビルには食べ物屋がありすぎるんだ。こうした展開になるのは予測済みだった。
とはいえ、妻の実家まではまだ距離がある。
昼を早めに済ませたから、8時ともなるとさすがに腹が減ってくる。娘がダダをこねるのも無理はなかった。
立ち食いそば……は、ちょっとカワイソウか。
だいいち、娘の背丈だとカウンターに届かない。7歳にしては、小柄なほうだ。
しかたなく、コンビニでチキンを買ってごまかすことにする。
「おいしー! ねぇ、これ何ていうの?」
「んあ? ……『ファミチキ』とかいうみたいだな」
「よし、覚えとこ!」
……あっちにゃ売ってねぇぞ。まぁいいか、喜んでるし。
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「お父さん、あたしのヘアゴム知らない?」
パンをかじりながら、クロゼットの中をごそごそやっている。
「なんで俺がお前のヘアゴムのありかを知ってるんだ」
上着に袖を通しながら、答える。
「おっかしーな……この前、ここに入れといたんだけどな」
Pig tailの片方だけが出来ていて、もう片方は束ねられるのを待った状態だ。
「いーから早く支度しろっての! 遅刻するだろーが(俺が)」
「待って、一昨日はたしかにあったんだよ?」
「Pony tailにしとけ!」
娘の首根っこを捕まえてPig tailを解き、髪をひとつにまとめてヘアゴムで束ねてやる。
「あ、その手があったー!」
ちゃっかり鏡でPony tailを確認すると、あっさりと探すのをやめた。
――くそ、また
ゴーリキに渋い顔されるんだろうな……
腕時計を見て、諦めながら家を出る。
+ + +
……
…………
………………
――ん……ぐっ……。
後頭部に激痛。
続いて、意識の混濁。
バラバラになったパズルを集めるように、記憶の断片を再構築する。
――ここは、どこだ。
――今は、何時だ。
――俺は……どうなった……?
周りに意識を巡らす。
どこかに寝かされているようだ。
目を開く。
灰色の床と壁。
じかに寝かされているので、身体のあちこちが痛い。
耳を澄ます。
遠くから足音……二人か。
若い男性、こちらに向かって歩いてくる。
まだ、気を失ってるフリをしていた方が良さそうだ。
ここは……部屋か。
壁か扉で隔てられた向こう側で、足音の主であろう人物が話をし始めたようだ。
『じゃあ、記憶処理班の方に持っていくんで』
この声は、聞き覚えがある……。
『シェイド、ご苦労だったな。あとは我々2班が請け負おう』
こっちは初めて聞く声だ……。
『……? っちょ、なんでそうなるかなぁ? ヤツをここまで運んできたのは、僕なんですけど』
戸惑いと抗議の色がこもった声。
『ああ、だからこれ以上そっちの手をかけることもない、というわけだ』
冷たく言い放つ。
『……』
『“手柄を横取りするな”とでも言いたそうだな』
『……』
『念のために言うが、隊長不在時は、所属でない隊の隊長以上の指示に従う規則になっていたよな? 3班副長シェイド』
口ごたえを許さない凄みを、隠しながら穏やかに話している……。
『……』
『クエレブレが何をやっているのかは知らんが……、
不在であるからにはこのオレの指示が、貴様の独断よりも優先する。そうだよな?』
『……おっしゃるとおりです、
シルスク隊長。もちろんですとも。じゃっ、お任せします』
明るく言うが、不満を無理やり飲み込んだような声。
そして一人の足音が遠のいていった。
怒りに満ちた、尖った足音だった。
ややあって、ドアがいささか乱暴に開かれた。
「おい、いつまでも寝たフリをしていても、しょうがないぜ」
気づかれている。
俺はできるだけ緩慢に身を起こし、まだ痛みの残る頭をもたげながら、声の主を確認した。
背の高い、30前くらいの若い男が立っていた。
ただ、その気配は……貫禄というのか、もっと年齢が上の人間のような気配がある。
「
薙澤パウロ。起き抜けに悪いんだが、ちょっと話を聞かせてもらうぞ」
男の眼は鋭く、有無を言わせない威圧感に満ちている。
――この感触、前にも味わったことがある。
そう直感したが、それが何であるかは思い出せなかった。
+ + +
「薙澤パウロ。先に断っておくが、貴方の生殺与奪は我々の胸三寸次第だ。
だが、我々は極力、貴方には紳士的に接しようと思う」
男は感情を込めず、腕を組み、機械的に話す。
「……あんたらは、警察か?」
俺の問いに、男は俺を鋭く睨んだだけだった。そして、
「こちらの質問に答えてもらうのが先だ。
知人を探しているそうだな。ならばなぜ、我々やキメラ、能力者犯罪について嗅ぎ回った?」
かたわらの粗末なパイプ椅子に掛けながら言った。
「行方不明になったのは――窓口では知人と言ったが――俺の、娘だ。
なんの手がかりもない。能力者による誘拐事件があると知って、もしかしたらと思って調べていただけだ」
後頭部の痛みで、目が霞む。
男は椅子に座り、肘を大腿に載せて手を組む。
「ふむ。
……本当に、それだけか? さっきも言ったが、隠すことは貴方にも娘さんにも、良い影響をもたらさない」
「それだけだ、とにかく娘の行方が分からないし、本国の警察はハッキリ言ってあてにならん、
自分で助けだすしか道はない」
声を出すたびに、自分の声が頭蓋に響き、頭痛を悪化させる。
俺が言うべきことは、無くなった。
あらためて部屋を見回した。
リノリウムの床に、パイプ椅子が3つ。うち一つは男が掛けている。
右手に木製の扉。左手に窓。カーテンが引かれているが、光は漏れ差し込んでこない。
男は黙って俺を見つめている。
俺が辺りを見回すのを、咎めることもない。
「……まあいい。貴方が必死に調べた通り、我々は警察組織の機密部署、
『バッフに関する犯罪を専門に扱う課』だ」
上体を起こして椅子の背にもたれさせ、男は鷹揚な口調で言った。
「そうだ。『バ課』でもいいが。隊員はバカばっかりだからな」
そういってシニカルに笑う。
「オレはシルスク。もちろん本名じゃあない。ここではコードネームで呼び合う決まりなのでね」
やはり、噂どおり存在していたのだ。
そして、俺の『取材』の内容は――どういう仕組みだかは分からないが――すべて見通されている様子だった。
+ + +
「さて薙澤パウロ、我々に協力する気はないか?」
シルスクと名乗った男は、ふたたび上体を前傾させ、下から俺を睨めつける。
「……どういう事だ」
「我々と行動を共にすることで、捜査の過程で娘さんの手がかりが掴めるかも知れない。
早い話が、我々も捜すのを手伝おう、というわけだ」
「……」
「察しがいいな。もちろんこれは取引だ」
薄く笑い、続ける。
「じつは今、ある事件を捜査している。その事件は、娘さんの失踪とも関連している可能性がある。
貴方のバッフは、我々の作戦行動に役に立つ。そこで協力を願いたいわけだ」
しばし考えた。
もっとも、もう腹は決めていた。
娘の行方の手がかりが掴めるなら、何だってする。
俺は彼に、そう伝えた。
「よし。隊員用の寮があるから、そこで寝泊まりするといい。ちょうど3名ほど欠員していてね。
ラヴィヨンに案内させる」
シルスクは、にやりと笑って立ち上がった。
+ + +
「ラヴィヨン、薙澤パウロだ。我々の捜査に協力してくれる」
寝癖のようなウェーブがかった髪の青年が、パソコンのディスプレイから顔を上げて、俺を見る。
まだ20代前半くらいだろう。幼い顔立ちで、コンビニの店員が似合いそうだ。
青年が、戸惑った表情で俺とシルスクの顔を見比べた。
「ああ、どうも……って、隊長。民間人は――」
「許可はこれから取り付ける。我々とともに行動するから、さほど危険はない。ラヴィ、彼を寮まで案内しろ」
シルスクの口調は断定的で、もはや異議を差し挟む余地は無いようだった。
ラヴィヨンと呼ばれた青年は、まだ何か言いたそうだったが、口をつぐんだ。
そして俺を、何とも言いようの無い目で見つめ、
「じゃあ……行きますか」
と言って、デスクの上を簡単に片付けた。
+ + +
俺がいたのは、細い路地を入ったところにある小さな雑居ビルだった。
こんなに建物が密集しているところに機密組織の本部(というより事務所、という風情だったが)
を構えていて大丈夫なんだろうか……と余計な心配をした。
そのビルを出ると、すでに日は暮れていた。
ここが大都市であるせいだろう、夜空には街の灯が反射して仄かに明るく、
白夜のような様相を呈していた。
ラヴィヨンと呼ばれた青年は、俺の先を黙々と歩いた。
軍人が履くような編み上げブーツにチャコールグレーのパンツ、ブルーグレーのシャツの上から、
つや消し素材のようなグレーのベストを着ている。
レシーバや双眼鏡など、いろいろなものを腰にぶら下げているように見えるが、
不思議なことに、まったく音がしない。
道すがら、俺は尋ねた。
「バフ課というのは、秘密組織なのかと思っていたが」
「あ、自分らに関わった一般の人はみんな、記憶を消されてるッス。そういう班があるもんで」
――ということは、俺も用済みとなったら記憶を消されるのだろうか。
だったら、どんな質問をしても、このラヴィヨンという青年は、答えてくれるかもしれない。
俺は、頭に浮かんだ様々な疑問のうち、無難そうなものを尋ねていくことにした。
「他人がどんな能力を持ってるか、分かるものなんだろうか?」
「鑑定士ほど正確じゃないけど、ある程度能力に長けた人間は、『なんとなくカンで分かる』らしいッス。
うちのシルスク隊長とか、隊長クラスにはそういうヒト多いッス。……あ、でもそういや、
シルスク隊長のバッフ見たことないや」
俺は、3年前に鑑定を受けた時のことを思い出した。
あの時、ブースの席に座って鑑定士と机越しに対峙した時。
俺は、なんとも言いようのない、『居心地の悪さ』のような感触を味わった。
身体の裏側、頭の中までが見透かされているような……
おぼろげではあるが、それに似た感触が、シルスクや、俺がタクシーに乗せた妙な客からも感じられた。
あの煙草の青年もまた、俺の能力を見抜いた様子だった。あれは、『鑑定される』感触なのかもしれない。
「ここっス」
着いた先は団地のような建物で、かなり古びていた。
部屋まで案内されると、室内は片付けられてはいたが、家具や電化製品などは、
最近まで人が住んでいたように使いこまれていた。
――(ちょうど3名ほど欠員していてね)
シルスクの言葉が思い出された。
その隊員がどうなったのか……それは考えないことにする。
「明朝は10時頃迎えに来ますんで。んじゃ」
そう言ってラヴィヨンは帰っていった。
俺はこの部屋を拠点とし、娘を捜すために得体の知れない連中と、ヤバい仕事をしようとしている。
そんなことを、どこか他人事のように考え、床に就いた。
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登場キャラクター
最終更新:2010年07月11日 08:34