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父と娘 > 14


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「だっこ! だっこー!」
4歳にもなったってのに、いまだ甘え癖が抜けない。
「ちょっと待て! いま手が離せん! 危ないから離れてろっての」

セルフのスタンドでガソリンを入れている。
郊外の自動車道。
荒地が広がっているが、鳥や野生動物はけっこういる。
給油ノズルを見つめながら、耳を澄ます。

鳥の鳴き声、風の吹き抜ける音、ときおり通り過ぎるトラックの轟音。

――いい天気だ。

『Oleo』を奏でる。
むかし、コンボでよく演った曲だ。速いテンポで、ドラミングには切れ味が要求される。

娘が、ベースランニングにあわせて足踏しながら、それを聴いている。

――よしよし、そのままじっと聴いてろよ。

給油を済ませ、頭の中でシンバルレガートを刻みながら精算をする。





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「あ、天ぷら! おとーさん、天ぷら!」
改札を抜けて駅ビルの中を歩いていると、娘が嬉しそうに袖を引っ張った。
指さす先には、天ぷら屋の看板。他にもトンカツ屋、寿司屋……

「言われなくても見えてるっての……。だめ! そんなカネない! 志乃さんトコに着くまでガマン!」
「あーん、なんでー! おなかへったよぉ」
駅ビルには食べ物屋がありすぎるんだ。こうした展開になるのは予測済みだった。
とはいえ、妻の実家まではまだ距離がある。
昼を早めに済ませたから、8時ともなるとさすがに腹が減ってくる。娘がダダをこねるのも無理はなかった。

立ち食いそば……は、ちょっとカワイソウか。
だいいち、娘の背丈だとカウンターに届かない。7歳にしては、小柄なほうだ。
しかたなく、コンビニでチキンを買ってごまかすことにする。

「おいしー! ねぇ、これ何ていうの?」
「んあ? ……『ファミチキ』とかいうみたいだな」
「よし、覚えとこ!」

……あっちにゃ売ってねぇぞ。まぁいいか、喜んでるし。






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「お父さん、あたしのヘアゴム知らない?」
パンをかじりながら、クロゼットの中をごそごそやっている。

「なんで俺がお前のヘアゴムのありかを知ってるんだ」
上着に袖を通しながら、答える。

「おっかしーな……この前、ここに入れといたんだけどな」
Pig tailの片方だけが出来ていて、もう片方は束ねられるのを待った状態だ。

「いーから早く支度しろっての! 遅刻するだろーが(俺が)」
「待って、一昨日はたしかにあったんだよ?」
「Pony tailにしとけ!」
娘の首根っこを捕まえてPig tailを解き、髪をひとつにまとめてヘアゴムで束ねてやる。

「あ、その手があったー!」
ちゃっかり鏡でPony tailを確認すると、あっさりと探すのをやめた。

――くそ、またゴーリキに渋い顔されるんだろうな……

腕時計を見て、諦めながら家を出る。





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……


…………


………………



――ん……ぐっ……。

後頭部に激痛。
続いて、意識の混濁。

バラバラになったパズルを集めるように、記憶の断片を再構築する。


――ここは、どこだ。

――今は、何時だ。

――俺は……どうなった……?


周りに意識を巡らす。
どこかに寝かされているようだ。

目を開く。

灰色の床と壁。
じかに寝かされているので、身体のあちこちが痛い。


耳を澄ます。

遠くから足音……二人か。
若い男性、こちらに向かって歩いてくる。

まだ、気を失ってるフリをしていた方が良さそうだ。



ここは……部屋か。
壁か扉で隔てられた向こう側で、足音の主であろう人物が話をし始めたようだ。


『じゃあ、記憶処理班の方に持っていくんで』
この声は、聞き覚えがある……。

『シェイド、ご苦労だったな。あとは我々2班が請け負おう』
こっちは初めて聞く声だ……。


『……? っちょ、なんでそうなるかなぁ? ヤツをここまで運んできたのは、僕なんですけど』
戸惑いと抗議の色がこもった声。

『ああ、だからこれ以上そっちの手をかけることもない、というわけだ』
冷たく言い放つ。

『……』

『“手柄を横取りするな”とでも言いたそうだな』

『……』

『念のために言うが、隊長不在時は、所属でない隊の隊長以上の指示に従う規則になっていたよな? 3班副長シェイド』
口ごたえを許さない凄みを、隠しながら穏やかに話している……。

『……』

『クエレブレが何をやっているのかは知らんが……、
不在であるからにはこのオレの指示が、貴様の独断よりも優先する。そうだよな?』

『……おっしゃるとおりです、シルスク隊長。もちろんですとも。じゃっ、お任せします』
明るく言うが、不満を無理やり飲み込んだような声。

そして一人の足音が遠のいていった。
怒りに満ちた、尖った足音だった。




ややあって、ドアがいささか乱暴に開かれた。
「おい、いつまでも寝たフリをしていても、しょうがないぜ」

気づかれている。
俺はできるだけ緩慢に身を起こし、まだ痛みの残る頭をもたげながら、声の主を確認した。


背の高い、30前くらいの若い男が立っていた。
ただ、その気配は……貫禄というのか、もっと年齢が上の人間のような気配がある。

薙澤パウロ。起き抜けに悪いんだが、ちょっと話を聞かせてもらうぞ」

男の眼は鋭く、有無を言わせない威圧感に満ちている。

――この感触、前にも味わったことがある。

そう直感したが、それが何であるかは思い出せなかった。


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「薙澤パウロ。先に断っておくが、貴方の生殺与奪は我々の胸三寸次第だ。
だが、我々は極力、貴方には紳士的に接しようと思う」
男は感情を込めず、腕を組み、機械的に話す。

「……あんたらは、警察か?」

俺の問いに、男は俺を鋭く睨んだだけだった。そして、
「こちらの質問に答えてもらうのが先だ。
知人を探しているそうだな。ならばなぜ、我々やキメラ、能力者犯罪について嗅ぎ回った?」
かたわらの粗末なパイプ椅子に掛けながら言った。

「行方不明になったのは――窓口では知人と言ったが――俺の、娘だ。
なんの手がかりもない。能力者による誘拐事件があると知って、もしかしたらと思って調べていただけだ」
後頭部の痛みで、目が霞む。

男は椅子に座り、肘を大腿に載せて手を組む。
「ふむ。
……本当に、それだけか? さっきも言ったが、隠すことは貴方にも娘さんにも、良い影響をもたらさない」

「それだけだ、とにかく娘の行方が分からないし、本国の警察はハッキリ言ってあてにならん、
自分で助けだすしか道はない」
声を出すたびに、自分の声が頭蓋に響き、頭痛を悪化させる。



俺が言うべきことは、無くなった。

あらためて部屋を見回した。
リノリウムの床に、パイプ椅子が3つ。うち一つは男が掛けている。
右手に木製の扉。左手に窓。カーテンが引かれているが、光は漏れ差し込んでこない。


男は黙って俺を見つめている。
俺が辺りを見回すのを、咎めることもない。

「……まあいい。貴方が必死に調べた通り、我々は警察組織の機密部署、
『バッフに関する犯罪を専門に扱う課』だ」
上体を起こして椅子の背にもたれさせ、男は鷹揚な口調で言った。

「『バフ課』というやつか」

「そうだ。『バ課』でもいいが。隊員はバカばっかりだからな」
そういってシニカルに笑う。

「オレはシルスク。もちろん本名じゃあない。ここではコードネームで呼び合う決まりなのでね」


やはり、噂どおり存在していたのだ。
そして、俺の『取材』の内容は――どういう仕組みだかは分からないが――すべて見通されている様子だった。


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「さて薙澤パウロ、我々に協力する気はないか?」
シルスクと名乗った男は、ふたたび上体を前傾させ、下から俺を睨めつける。

「……どういう事だ」
「我々と行動を共にすることで、捜査の過程で娘さんの手がかりが掴めるかも知れない。
早い話が、我々も捜すのを手伝おう、というわけだ」

「……」

「察しがいいな。もちろんこれは取引だ」
薄く笑い、続ける。

「じつは今、ある事件を捜査している。その事件は、娘さんの失踪とも関連している可能性がある。
貴方のバッフは、我々の作戦行動に役に立つ。そこで協力を願いたいわけだ」



しばし考えた。

もっとも、もう腹は決めていた。

娘の行方の手がかりが掴めるなら、何だってする。


俺は彼に、そう伝えた。

「よし。隊員用の寮があるから、そこで寝泊まりするといい。ちょうど3名ほど欠員していてね。
ラヴィヨンに案内させる」
シルスクは、にやりと笑って立ち上がった。


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「ラヴィヨン、薙澤パウロだ。我々の捜査に協力してくれる」

寝癖のようなウェーブがかった髪の青年が、パソコンのディスプレイから顔を上げて、俺を見る。

まだ20代前半くらいだろう。幼い顔立ちで、コンビニの店員が似合いそうだ。

青年が、戸惑った表情で俺とシルスクの顔を見比べた。

「ああ、どうも……って、隊長。民間人は――」

「許可はこれから取り付ける。我々とともに行動するから、さほど危険はない。ラヴィ、彼を寮まで案内しろ」
シルスクの口調は断定的で、もはや異議を差し挟む余地は無いようだった。

ラヴィヨンと呼ばれた青年は、まだ何か言いたそうだったが、口をつぐんだ。

そして俺を、何とも言いようの無い目で見つめ、
「じゃあ……行きますか」
と言って、デスクの上を簡単に片付けた。


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俺がいたのは、細い路地を入ったところにある小さな雑居ビルだった。

こんなに建物が密集しているところに機密組織の本部(というより事務所、という風情だったが)
を構えていて大丈夫なんだろうか……と余計な心配をした。

そのビルを出ると、すでに日は暮れていた。
ここが大都市であるせいだろう、夜空には街の灯が反射して仄かに明るく、
白夜のような様相を呈していた。

ラヴィヨンと呼ばれた青年は、俺の先を黙々と歩いた。

軍人が履くような編み上げブーツにチャコールグレーのパンツ、ブルーグレーのシャツの上から、
つや消し素材のようなグレーのベストを着ている。
レシーバや双眼鏡など、いろいろなものを腰にぶら下げているように見えるが、
不思議なことに、まったく音がしない。



道すがら、俺は尋ねた。

「バフ課というのは、秘密組織なのかと思っていたが」
「あ、自分らに関わった一般の人はみんな、記憶を消されてるッス。そういう班があるもんで」

――ということは、俺も用済みとなったら記憶を消されるのだろうか。
だったら、どんな質問をしても、このラヴィヨンという青年は、答えてくれるかもしれない。

俺は、頭に浮かんだ様々な疑問のうち、無難そうなものを尋ねていくことにした。

「他人がどんな能力を持ってるか、分かるものなんだろうか?」
「鑑定士ほど正確じゃないけど、ある程度能力に長けた人間は、『なんとなくカンで分かる』らしいッス。
うちのシルスク隊長とか、隊長クラスにはそういうヒト多いッス。……あ、でもそういや、
シルスク隊長のバッフ見たことないや」

俺は、3年前に鑑定を受けた時のことを思い出した。

あの時、ブースの席に座って鑑定士と机越しに対峙した時。
俺は、なんとも言いようのない、『居心地の悪さ』のような感触を味わった。

身体の裏側、頭の中までが見透かされているような……

おぼろげではあるが、それに似た感触が、シルスクや、俺がタクシーに乗せた妙な客からも感じられた。

あの煙草の青年もまた、俺の能力を見抜いた様子だった。あれは、『鑑定される』感触なのかもしれない。



「ここっス」

着いた先は団地のような建物で、かなり古びていた。

部屋まで案内されると、室内は片付けられてはいたが、家具や電化製品などは、
最近まで人が住んでいたように使いこまれていた。

――(ちょうど3名ほど欠員していてね)

シルスクの言葉が思い出された。

その隊員がどうなったのか……それは考えないことにする。


「明朝は10時頃迎えに来ますんで。んじゃ」
そう言ってラヴィヨンは帰っていった。

俺はこの部屋を拠点とし、娘を捜すために得体の知れない連中と、ヤバい仕事をしようとしている。

そんなことを、どこか他人事のように考え、床に就いた。


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最終更新:2010年07月11日 08:34
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