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父と娘 > 15


ラヴィヨンは、予告通り10時きっかりに、クルマで迎えに来た。
来るときは電車と徒歩だったのが、向かうときはクルマで、というのは何か意味があるのだろうか。

助手席に乗り込む。助手席が左側にあるというのは、なんとも違和感がある。


よく通れるな、と感心するほど道は狭く、路地は薄暗い。
そこをするすると抜けていくラヴィヨンの運転の腕は、大したものだと感心した。

昨日の雑居ビルの前に横付けし、ラヴィヨンは、クルマを置いてくるので先に上がっててください、と言った。

しかし俺は、昨日の――『バフ課』の――オフィス(というより事務所と言う風情だが)が何階にあるのか、分からなかった。
案内表示のようなものにも、それらしき名前は、当然表示されていない。

俺はビルのエントランスで、ラヴィヨンが戻ってくるのを待つことにした。


10分くらい経った頃だろうか。
近くのエレベータが開いて、ラヴィヨンが姿を表した。

「すみません、お待たせして。さ、行きましょう」
と言って俺をエレベータに押し込み、13階のボタンを押した。

エレベータ内で、俺と彼は無言で階表示を見つめていた。


俺は考える。

――なぜ、エレベータで現れたんだ? このビルには、他にも上り口があるのか。

さらに考える。

――このビルは、本当に13階以上の建物だっただろうか?

外観はパッと見ただけで自信がないが、さほど高くないビルだったように思った。
せいぜい7~8階といった感じに見えた。

しかし、エレベータの階数表示は13階まで示されている。


奇妙なことが多すぎる。

けれど、考え過ぎかもしれない。

俺は無言で、考えないよう務めた。


「待ちぼうけを食わせたようで悪かった、薙澤パウロ
例の“オフィス”に着くと、シルスクが表情を変えずに言った。

そして続けた。
「薙澤パウロ、早速だがやってもらいたいことがある」
「ちょっといいかな、シルスク隊長」
「?」
「俺を、フルネームで呼ぶのはやめてもらいたいんだ……なんというか、成ったことはないが、『容疑者』みたいな気分になる」
昨日から感じていた居心地の悪さを、少しでも解消しようと試みた。

シルスクはしばしポカンとしていたが、すぐに苦笑しながら、
「……そうか、それは済まなかったな。しかし……その風貌で『薙澤』と呼ぶのもどうかと思う。『パウロ』で呼ばせてもらおう」
「そうしてもらえると、ありがたい」
「オレからもひとこと言っておこう。
貴方は我々の組織の人間ではないから、オレを『隊長』と呼ぶことはない。『シルスク』で十分だ」

「承知した」


「さて、ちょっとこちらへ来てくれ」
俺はシルスクの後に従い、最初に寝かされていた部屋に入った。

「何でもいいから、『分かりやすく』て『覚えやすく』、『短い』メロディをいくつか奏でてみてくれ」

俺の能力が、この組織の行動に役に立つということを聞いていたので、こうしたことになるであろうことは想定済みだった。


俺は耳を済まし、辺りに満ちている音を拾う。
車の走る音、ビルの谷間を抜ける風の音、ガソリンスタンドの店員の声、廃品回収車のアナウンス……

『St.thomas』を奏でる。
「うん、それはいいな。聞いたことあるぞ」

『Hoe-down』を奏でる。
「それも知っているが……ちょっと分かりにくいな」

『Night in Tunisia』を奏でる。
「まあまあだな」

『Moanin’』を奏でる。
「よし」


そんな調子でいくつかのメロディを奏で、“使える”メロディをいくつか選び出した。
そのリストを書くと、シルスクはそれぞれの曲名の右側に『集合』だの『撤退』だのを書き記し、コピーを取った。

作戦行動の際に指示を与える手段として、このメロディを使うということだった。
極めて原始的な方法だが、と自嘲しながら、シルスクは説明した。

俺はシルスクとともに行動し、シルスクが、散らばっている部下に指示を与える時に、
このメロディを俺に奏でさせるというわけだ。
無線の類は妨害されるか傍受され、暗号化もすぐに解析されるため役には立たない。
テレパス能力に頼るのは禁物だ。
敵方には、能力そのものを発動させなくする能力者がいるという。

したがって、大昔の行軍ラッパや狼煙よろしく、原始的な方法のほうが却って破られずに済む、というのがシルスクの主張だった。


+ + +


「急で悪いが、早速行動開始だ」
各メロディをそれぞれの指示に割り当てると、慌ただしく“オフィス”を出る羽目になった。

来た時と同様、ラヴィヨンの運転する車に俺とシルスクが乗り、“現場”に向かう。
他にも別動で向かっている隊員が数人いるとのことだった。

向かう車内で、シルスクが言った。
「我々は、ある犯罪者を追っている。Fauve Of Ghoul……頭文字をとってFOGと呼称している」

「連中――つまりフォグの仲間だが――の中には、能力を薬のかたちにして取り出せる奴がいるらしいことが分かっている。
連中はそのために、使えそうな能力を持つ者たちを片っ端から“狩って”いる。
一部の人間が、自分の思い通りの『能力』を持ち、しかも場面に合わせて複数使い分けられる……そんなことになったら」

そこで言葉を切り、

「……どうなると思う?」
俺に冷たい笑みを浮かべ尋ねる。

「ガキの発想じゃないが……『世界征服』が、できちまうよな」
そう言ってシルスクは、ふふ、と笑った。


クルマが停まった。

そこは、埠頭に立つコンビナートの一角だった。
地の底から響くような重低音、時折けたたましく鳴り響く金属音、突然鳴り出すコンプレッサーの音……

これなら、音源には困らない。
シルスクのアイデアは、まさにこの場所のために練られていたのではないかと思えた。


「ラヴィヨン、Automataで囮を出しておけ。別動がつき次第、包囲をかける。
俺はパウロを連れてヤツのぎりぎり近くまで踏み込む」

「了解ッス。ですが、隊長。ホントに、3班の援護を頼まなくってよかったんスかね?」

「あの野郎がどこにいるか分からない以上、頼むもへったくれもないだろ。ちっ、肝心なときにあいつは……」

「あの、5班は」

「あっちは『ドグマ』の“目玉商品”を追っている。例の、高校生だ。
まぁ、雑魚は雑魚に任せておきゃいい。オレらは“王将”を取ることに集中するぞ」

短いやりとりが交わされた後、俺たちは二人と一人に分かれた。
俺はシルスクとともにコンビナートの一角にある建物に入っていった。


+ + +


「パウロ。貴方の娘さんだが……可能性の話だが、最悪の事態も……覚悟しておいてくれ」

俺は、答えない。
そんなことは、以前からずっと覚悟してきた。
けれど、そんなことで腹が決まるものじゃ、ない。
覚悟してきたつもりだが、こうして他人の口から言われると、それだけで動揺する。
だから、俺は答えない。
ここでシルスクを責めるのは、筋違いだ。


物陰に身を隠し、息を潜める。
一人の足音が、近づいてくる。
シルスクはサイレンサーの付いた拳銃を構え、冷静に、確実に、敵方と思われる人間を撃つ。


シルスクは、極めて冷静だ。
きっとこうした修羅場を何度もくぐっているためだろう。

俺はすっかりビビってしまって、自分の精神を落ち着かせるのに手一杯だったが、
彼は、むしろ事務所にいるとき以上に、穏やかで、かつ人間的にさえ見えた。

シルスクの指示で、何度か“音“を奏でた。
工場の騒音に混じって、意識して聴くと確かにメロディに聴こえる音が、辺りに流れた。


そうしたことを何度か繰り返した後。
俺はふと、聴き覚えのあるメロディを聴いた。

工場の音ではない、きちんと楽器によって奏でられた、ひどく聴き慣れた音だった。

最初は、気のせいだと思った。

しかし、その音は弱いながらも確かに、俺の頭の中に直接、響いていた。

その音は、俺がジャズコンボにいた頃に演奏していた曲で、麻衣子の好きな曲だった。

こんな音を、こんな形で俺に届けられる人間は、一人しかいない。



「アイリン!? どこだ、どこにいる!」

俺は、音の聞こえる方向を探ろうと、飛び出した。


「パウロ! 勝手な行動は許さんぞ!」
そんな声が聴こえたような気がする。

しかし、おそらく間違いない、娘は、この建物のどこかにいる。


そして思い出した。

――(お父さん、リボン結んで)

あの時、ブラウスの奥に隠してはいたが、アイリンは、妻のペンダントをかけていた。
持ち出すなと注意しようとしたが、出掛ける時間が迫っていたので流したのだ。

結婚指輪が買えなかったので、代わりに贈ったペンダント。

妻の遺品を整理している時に見つけ出し、
「ねぇねぇ、これちょうだい♪」
なんて言っていた娘。

いつか娘が年頃に成った時に、由来を伝えてから譲ろうと思っていたもの。

あいつは、それを持っている。そして、それに込められた音を「再生」して、俺に送り込んでいる。

きっと、俺が奏でる音に反応したに違いない。
だとすると、娘はまだ、無事だ。

――待ってろよ、すぐに迎えに行くからな。

俺は、走りだした。


+ + +

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最終更新:2010年07月16日 08:56
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