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父と娘 > 11


出勤前。

娘を車で学校まで送って、その足で職場に向かう。

ネクタイを締めながら、そろそろ支度しろよ――そう言おうとした矢先、

「お父さん、リボン結んで!」
娘が、ずい、とリボンを突き出す。

「はぁ? いつもどおり輪ゴムで留めとけよ」

「ダメなの! 今日は、よそからかっこいい先生が来るんだよ? かわいくしてたいの」

「ったく、色気づきやがって」

娘の髪をいったん梳かし、耳よりちょい上で結わえてから、ヘアゴムで留める。
その上からリボンを巻き、蝶結びにしてやる。


娘の髪型の扱いも、もう慣れた。
近くの美容室の女性に、女の子の髪の留め方や髪型など、いろいろ教えてもらったのだ。


「できたぞ」
「ありがと! うん、OK。 Let’s Go!」
娘は鏡を見て満足すると、玄関から出て行った。
俺もジャケットを羽織りながら、あとに続く。



学校前で娘を降ろす。

「行ってきます!」
「じゃあ、夕方な」
俺は車を切り返し、会社に向かった。


+ + +


タクシープールで客待ちをしていると、眼鏡をかけた青年が、こちらに歩いてきた。
20代後半くらいだろう。
ジーンズに、ロングスリーブのTシャツ姿。頭にバンダナを巻き、ナップザックを背負っている。


後部座席のドアを開け、青年が乗り込むのを待つ。

「どちらまで」

青年は乗り込む前から携帯電話で話し中だ。
乗り込んでも、行き先を告げない。
とりあえず、車を出す。

『……そうだ。すでに現地入りしてやがる。先手を打たないと、厳しいと思うぜ。
2班の連中には上手く言っといてくれ、お前の口からな。ヨロシク~』

――この国の言葉じゃない。外国語だ。
けれど、俺はその言葉がよく理解できる。なにせ、十年近く住んでいた国の言葉だからな。


「あ、すんません。えっと、ホテル・プラザまで頼みます」
通話が終了したようだ。
眼鏡の青年は携帯をしまいながら、この国の言語で行き先を告げた。
俺は了解、と答えてステアリングを切った。


俺は、――なぜだかわからないが――彼が電話で話していた言語が分からないフリを通そうと思った。


 + + +


「煙草、いいすかね?」
ライターを点けながら、青年は尋ねてきた。

「すみませんね。このタクシー、禁煙車なんですよ。いちおう、外にも表示してありますが」
俺は自分の座席の後ろに貼ってあるステッカーを指し示した。

「州知事が変わってから、禁煙政策が進んじゃってね」
カドが立たないように、「お上のせい」にしておく。


「えー、そうなの。なんだよー、厳しいな」
青年はしぶしぶ煙草とライターをしまった。


住宅街を走らせる。
今日はさほど混んではいないようだ。

何気なくバックミラーを見る。
青年と、目が合った。

「運転手さんも、なんかの『能力』持ってるんでしょ?」

からりとした声で、尋ねてくる。

一瞬ためらったが、濁してやりすごすことにした。
「……ええ、まぁいちおうね。たいしたもんじゃないですけど」

「どんなのか、ちょっと見せて欲しいな……なんつって」

おどけて言うが、バックミラー越しの眼光は、鋭く射抜くようだ。

「かんべんしてくださいよ。ほんと、つまんないもんなんで」


――やっかいな客を拾っちまったかも。

そう、直感した。

陽気な若者のようだが、修羅場をくぐったかのような鋭いオーラを隠している。

そんな気がした。


+ + +


「あ、ちょっと止めて。ここがいいや」

公園の周りをぐるりと囲む通りをしばらく行った時、青年は言った。

平日の昼間とあって、人通りも車もほとんどいない。
路肩に車を停める。

「ちょっと、待っててね」
青年は車を降りると、少し離れたところで煙草に火を点け、ゆっくりと煙を吐き出した。

「ああ、いーい天気だな。どうだい」
空を見上げ、青年は大きな声で言った。そして、手招きした。

俺はエンジンをかけたまま運転席のドアを開け、車にいつでも戻れる状態で、車外に出た。


「運転手さん。今ここで、その能力見せてよ」

煙草をくわえたまま、少し大きい声で言った。
彼との距離は、およそ16フィート。
明るい声の底に、有無を言わせない威圧感を感じる。

「……なんであんたに見せる必要があるんだ? 警察でも無いのに」
俺も同じくらいの大きい声で応じる。


「『警察でも無いのに』、か」

青年はうつむき、くくっと笑う素振りを見せた。

「警察だったら、信用するのか? おめでてーな」

彼は言いながら、こちらへゆっくり歩いてくる。

もう煙草をくわえてはいない。
左手に挟み、腰の後ろに保持している。

青年との距離は6フィート半になった。

「ところがどっこい、おれは警察みたいなもんなんだ。――もっとも、それを知られちゃいろいろ面倒だから、
正式な警察も、おれたちのことはよく知らないけどな」

さらに近づいてくる。
声は、いくぶん小さくなった。

「おれの煙草の、この煙。吸ってみるか? 30秒もしないうちに、脳細胞の約70%が死滅する」

言いようの無い威圧感。

「Believe or Not 、それを確かめる最も手っ取り早い方法は」

もう一歩、歩を進める。距離は2フィートも無い。



「Try it」

鋭い眼光は、殺気に満ちている。


――こいつ、本気だ。

こんな面倒に巻き込まれてたまるか。


俺は耳に神経を集中させ、音を捉えようとする――



「冗談だよ、すまなかった」

青年は相好を崩し、俺の肘をぽん、と叩いた。
煙草を消し、携帯灰皿に放り込む。


そして、真顔になって言った。
「けど、いいかい、『能力』のことをむやみやたらに他人に教えるな。たとえおれみたいな連中が
脅しをかけてきたとしても、だ。
――あんたみたいなBuffは、利用される。それも、ロクでもない目的に」

そう言うと、彼は後部ドアに手をかけた。



「あんた、一体……何者だ」
俺はこの客を乗せて走ることに一抹の不安を覚え、尋ねる。

「おれかい? ただの観光客さ。ついでに人探しも兼ねてる」

さっきのような威圧感はもう、無い。
からりとした、気の良さそうな青年だ。
彼は後部座席に身を沈めると、窓を眺め、遠くを見るような目をした。


――とりあえず、仕事をしよう。

俺は運転席に戻り、車をスタートさせた。


+ + +

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最終更新:2010年07月10日 10:27
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