税関を抜け、空港の外に出る。
右手は、スーツケース。
左手は……空だ。
考えてみると、妻の死後、ひとりでここに来たことは無かったのだ。
娘の声が脳裏に浮かび、そんなことを考えている自分にはっとなる。
――しっかりしろ。捜すために来たんであって、悲しみに浸るためじゃないはずだ。
空いている左手で頬を叩き、歩き出す。
+ + +
友人からもらったメモを片手に、雑誌社を目指す。
それを見ながら、出掛けに交わした、友人とのやりとりを思い出していた。
「パウロ。オレの大学時代の友人が、この雑誌社にいる。彼を訪ねて、協力してもらうんだ」
「それはいいが、協力なんて仰げるかな」
「聞き込みをする上では、なにかしら肩書きがある方がいい。お前は失踪事件を調べる外部記者、という名目で行くんだ」
「記者なんてやったことないぞ。バレないかな」
「ボロが出そうになったら、新人だから分からないってことで通せばいいさ。その雑誌社には、肩書きを借りるだけだ」
雑誌社に入り、受付で名前を告げる。
ほどなく奥の部屋に通され、編集長と思しき男と対峙する。
編集長は俺の名刺――ゴーリキが即席で作った、というかでっち上げたものだ――を見て、怪訝そうに俺を見た。
「妻がこっちの人間でして。……もっとも、もう死んじまいましたが」
「……すまん、余計なことを聞いたな。でも、それで言葉も上手いわけか」
編集長はすぐに合点がいったようで、それ以上尋ねてこなかった。
そして俺に、この雑誌社の外部記者であることを示す証明書と腕章を渡した。
「中小零細企業でね、なかなかそっち方面の取材に人を割けない。助かるよ」
俺はこの雑誌社の外部嘱託記者として、得られた情報を頼りに、「取材」を開始した。
+ + +
>女子高生の失踪事件? ……ああ、雑誌の取材ね。へぇ。
で、なにを聞きたいの? ああ。ひと月前くらいだよ。さあ、そこまでは知らねぇなぁ。
うん。ね、これってインターネットとかで読める? 英語? なんだよ。そっかぁ。
>ああ、なんかで聞きましたねぇ。あったあった、そんなこと。
取材、ですか。うーん、自分も詳しく知らないんで……すんません。
>あら、取材? まあどうしましょ。いやだ、撮らないでよ。あ、雑誌なの。あ、そう……
>高校生が失踪した事件ねぇ……そんなの、あったかしら。
>あら、それって一斉に見つかったってやつじゃない? ほら、裸でどうとか……
>ちょっと!
>あ……あああ、何でもないのよ、さあ、どうなのかしらね、ホホホ……
>取材? 雑誌の? てか、なんで外国の人が知ってんの?
ああそう。ま、なんでもいいけど。ていうか、それ調べてどうすんの。記事? 記事にしてどうすんの。
あ、そう。オレにはそう思えないけど。結局ただの興味本位でしょっていうか。
いや、オレは何も知らないけど。てか知ってても言わねぇけど。
なんでって? それをあんたに説明する必要あんのか?
ああ。とっとと帰れ。
>あ、知ってま……すけど……それが何か? あ、でもそんな詳しく知んないってゆうか。
てか、むしろ知らない?ってゆうか。 噂で聞いただけなんで。はあ。そうですか。
んー……あたしが言ったって、内緒にしといてくれます? あ、ってゆうか、あんま知んないっすけど。
新しいカラオケに行こうとしてて、そのまま行方不明になって、何週間か経った頃に戻ってきたって。
いや、家出とかそんなじゃないらしい。カラオケ店? なんか、ガセだったって。え? ウソってこと。
あ、そか外人だもんね。そんな店無かったってさ。さあ。よく知んない。
おわり? で、何かもらえるんですか?
>隣の高校だったって、聞いたっすけど。いや、知り合いはいねぇなぁ……お前いる?
>いるいる! で、聞いたんだけどー、なんかー、よくワカンネ。
>お前の知り合いは平気だったのかよ?
>なんかー、拉致られてー、人形みたくさせられたとか言ってんの。動けないで、マネキンみたいな?
てかそいつ、マジ頭ワリィし! 言ってることワケわかめだし。
>まぁ、お前の知り合いだからなぁ。
>ちょっとー、サイアクー。
>その残念な知り合いは、その後何も問題ねーのか?
>や、フツーにバイトしてるし。この前メールしたし。絵文字ウゼーし。
>あ……ご、ごめんなさいっ、急いでるんでっ!
>ほお、あの事件かね。それで取材にねぇ。ずいぶん有名な事件だったんかね。外人さんが来るくらいだもんねぇ。
そこの高校の生徒が、被害に遭ったって話じゃよ。でも、みんな無事に見つかって良かったねぇ。
>取材……ちょっと、それはねぇ。や、別に隠すような話じゃないんですけどね。ちょっと、人目を憚るっていうか。
あ、これは言わなくていいかな……ほんとに? ほんとに黙っててくださいよ。書かないでよ。
……行方不明になったのは女の子ばっかりだったんですけどね、みんな「いちおう無事に」戻っては来たんですよ……。
でもね。……裸だったんですってよ。全裸。みんな。で、意識も無くて。
だから、「無事」かどうか、怪しいですよ……ヤラれちゃったかもしれないし……けど、そんなこと公表できないものね。
……え? いや、これはさ、情報ソースを聞くのは、無しだよ。ここまで。
だからさ、あんまし詮索しないほうがいいと思うんだよね。
とくに、被害にあっちゃった女の子から話なんて聞いちゃいけないよ。
>うん。ひっく。まぁ、あんちゃんも飲んでくれ。言葉うめぇな、あんた。
あ、そう。もう一杯いいかな? わるいね!
うん。全部で10人くらいいたかなぁ。みーんな女の子。そう、みーんなハダカ。んふふふふふ。
ひっく。まぁ飲みなよ。うん。警察来たよ。最初だけ。で、そのあとは私服の連中が来て、おしまい。
さぁね。連中、「バ課」かもしれないね。んふふふふふ。ありゃ、もうねぇや。もう一杯いい?
>あなた、何者ですか。なぜ、そのことを取材しているんですか。
はっ! まさか、新手の人さらいっ!? 手を挙げなさい!
……スタンガンは持っていないようね……。網がとんでくる気配もない。手口を変えたわね!
>なんだなんだ?
>ふう、他の人達にもわたしたちが見えているようね。さあ、観念なさい。
わたしの、「人々の注目を集める能力」で、あなたをさらし者にしてやるわ!
>……また、おまえか。おいあんた、災難だったな。このヘンな娘はほっといて、もう行きな。
>ちょっと! 怪しい外人を捕まえるチャンスじゃないの!……(ry
>うん、知ってるよ。カオリのやつが捕まって、でも人さらいのチンピラと、人間で人形作るヘンタイをボコって、
みんなといっしょに戻ってきたって、かーちゃんが言ってたもん。
でもさー、ちょっと信じらんないんだよね。あいつさー、カブトムシとかクワガタとか、
マジでビビって逃げ出すんだぜ。高校生のくせにさ。
人さらいのこと? んー、よく知んない。あ、このことあんまり言っちゃいけないらしいんだ。
おじさん、だまっててよね。「オトコとおとこの約束」だかんな。
>あの事件か。で、なに、取材? ふーん。知ってるけど。なにせ、「被害者」の知り合いだからさ、オレ。
いやぁ、ロハってワケにはさ、ほら。
へへ、そうこなくちゃ。そう、あれはな、実は……能力者の仕業だってんだよ!
……あれ? あんまピンときてねぇか。つまり、バッフの……
そ、そうか。ま、そう先を急かすなよ。
これがよ。おそろしい能力らしいんだよ。あ、違った、おそろしい能力なんだよ。おそろしいんだよ。そりゃあもう。
どう、ってさ。いやぁ、ここからはさ……オレも身の危険を冒しながら話してるわけよ。
どんなってさ……、野犬に襲われちゃうっていうか。あ、俺は犬に狙われてるんだ。そうそう。
ほらだからさ、なんつーんだ、その危険に見合ったってのか、ほら、先立つものが必要っていうかさ。
あれ?もういいの? ここからが重要なんだぜ? おい!
>人さらい? いや知らね。あ、ヘンな犬の事件なら、こないだあったよ。な!
>おう! 犬のことで、ガッコの先生が「ひとりで帰るな」って毎日うっせーの。
>んなこという前に、オレたちいつもみんなで帰ってるしなー。
>で、ロケット公園で遊んで帰るのがいつものパターン。
>そのときだよ、ヘンな犬現れたの。
>なんか、どんくせーんだよ、のそ~っとしてて。
>てか、「てろ~ん」ってカンジだった。
>みんなで石投げつけたら、どっか行ったし。
>てか、犬ラクショー!
>おまえ、ビビって隠れてたじゃん。
>ほかに? いやー、そのときだけかな。
>そのこと母ちゃんに話したら、めちゃめちゃ怒られた。話さなきゃ良かった。
>てか、オヤジが言ってたんだけどさ。あの犬、野犬じゃないんだってよ。
>じゃあなに? どっかの飼い犬?
>なんか、よくわかんねーけど「みゅうたん」とどーとか、言ってたな。
>何それ、アニメキャラ?ww
>オタクかよ!ww
>ちっげーよ! 遺伝子がどーとか、難しそうなことだよ。
>お前にそんな難しいこと話すなんて、オヤジもムボーだな。
>ちげー! オヤジと、たまたま来てたお客さんが話してるのを聞いたんだよ!
>で、遺伝子がなんだって? って、お前に聞くのがムボーか。
>いや、よくわかんねーけどよ。うるせーよ!
そのお客? や、よくわかんね。俺はもう寝た事になってたから。起きてたら母ちゃんに怒られるし。
>野犬の事件……。ええ、たしかに最近奮発していますね。この町でもありましたし、全国どこでも同じような事件が起きています。
うーん、これは水槽の息を出ないんですけれど。あくまでボクの私見の見方ということで。
あれは野犬なんかじゃありませんね。「魔犬」ですよ。あるいは「魔狼フェンリル」。聖鎖グレイプニルで繋がれるまで暴れ続けた魔物。
じつはボク、グレイプニルを持つ勇者を探しているんです。あなた……もしかして?
いや、違うな。「勇者」はカッコいい少年に決まってる。こんな、くたびれたおっさんじゃ、物語が生えないというものです。
あ、もういいんですか?
>野犬? また出たの? ……あ、違うの。あれの処理? ああ、ここでやってるよ。
どうって……連絡を受けて、ハンター雇って、麻酔銃で撃つんだよ。
その後? 捕獲したら警察に持ってくよ。なぜって……知らんよ。事件性があるんじゃないの。
犬の特徴? そうだな、シェパードみたいのが多いかな。あ、この前シベリアンハスキーみたいのも見たな。
……石? ああ、額のあたりに付いてるね。赤い宝石みたいのが、埋め込まれてるっていうか。
やだよ! 気味悪いんだよ、そんなのまじまじと見るもんかよ。おたく、見たいの? 物好きだね。
さあ。警察が「野犬」って言ってるから、そうなんじゃないの。とにかく気味悪いから、自衛隊でも何でも出して、
さっさと退治するなりして欲しいんだけどね。
>野犬の処理でしたら、保健所の管轄です。保健所へ行ってください。
……警察に? さあ。そんな指示はいってないと思いますけど。
とにかく、野犬のことは保健所。いいですか。はい、次の方ー。
>野犬、ねぇ。「Changeling day以降の、隕石による突然変異種」ってことになってますね、表向きは。
大手新聞はもうすっかりそれで片付けて、深く掘り下げない。警察も「自衛しましょう」と呼びかけるだけです。
……ええ、当然でしょう! 誰だって、そんなの真実じゃない、って思ってますよ。
なぜ、もっと調べて公表しないのか? それが分かりません。
あんた、記者でしょ。尻尾つかんで書き立ててよ。うまくすりゃスクープじゃん。
>バッフに関する犯罪を扱う課? うん。間違いなく実在する。通称『バ課』。
「バッフ」? 例の「能力」の呼称の一つだよ。「エグザ」と呼ぶこともある。研究者によってまちまちだ。
うん、それもそうだし、他にも研究している機関がありそうだ。
これもバ課と同様、秘密裏に――というか、公表せずに研究を行っているようだけどな。
>野犬のことは、バ課が担当してるってハナシよね。え? そりゃあ、あんな気味悪い動物だからねぇ。
ほら、外国なんかだと「スワッチ」だかなんだかっていうトクシュブタイがあるじゃない。え? あーそうそう、「SWAT」!
それそれ。それみたく、バ課が引き受けてんじゃないの? やーね、知らないわよ。そんな気がする、ってだけ。
だって、トクシュブタイっていったらバ課でしょ。どお? これ、特ダネじゃない?
>バ課、ですか。ホントにあるんでしょうかね。警察はその存在を否定してますよ?
ただの都市伝説って話も聞くし。本当にあるなら、僕なんか真っ先に捕まっちゃうかもですねぇ。
ふふ、実はね……「どんなシステムでもハッキングできる」んですよ、僕。それが僕のバッフ。
でもね。悲しいことに僕、パソコン持ってないんですよ(泣)。
それにね、僕、ひどいドライアイで、モニターとかずっと眺めてらんないの。10分が限界。あはは。
あ、だから僕、捕まらずに済んでるのかな?
なんかね、喜んでいいのかよく分かんないね。あはは。
>よく知らないけど、どこかの機関が、エグザについて調べてるらしいよ。
もっとも、それは秘密裏に行われているようだけど。
ふふ、秘密なんて、どうしたって漏れるものさ。能力研究については、奴らが一般の人々に接触するからな。
そうだよ、人をとっつかまえて「きみのエグザは……」なんておっぱじめるって話だよ。
や、オレは食らったことないけどさ。
ところがバ課になると、もっとタチが悪いぜ。記憶を消されるって話だからな。まるで『マジェスティック12』みてーによ。
え、知らない? UFOが墜落して宇宙人を収容して……って。知らない。あ、そう……。
+ + +
「パウロ、ゴーリキだ。聞込みはどうだ?」
友人から電話があった。国際電話は通話料がバカみたいにかかるのに、律儀なヤツだ。
俺は、得られた情報を整理して簡単に彼に伝えた。
「そうか、けっこう集まったな。もう少し欲しいところだが、あんまり深追いはするなよ。
近づき過ぎると、シャットアウトされたりするからな。そうなるともうお手上げだ、慎重に集めるんだ」
俺は礼を言った。こういうとき、友人の存在は何よりも有り難く、頼もしい。
「こっちは……すまん、なにも進展無しだ。アイリンの情報は無い」
俺が訊く前に、彼は謝って言い、続けた。
「ただ、アイリンと同じように行方が分からなくなっている人が、他にも数人いることが分かった。
小学生だけでなく、中高生や社会人もいる。手がかりらしきものは、さっぱりだ……
不審な人影や、普段と違う行動もなかったそうだ」
俺は、自分の娘だけが狙われたわけではないことに、複雑な思いを抱いた。
「また、アイリンの小学校に来ていた外部講師だが、一人ではなく三人くらいだったそうだ。
講義をしたのは、そのうちの一人だけだということだが」
俺は、もしかしたらそれはヒルマ博士かもしれないと思い、尋ねた。
しかし、
「いや……それが、さっぱり分からないんだ。
ここが不自然なんだ、誰もその連中の、名前や特徴を覚えていない。
これも、『能力』によるものかもしれないな」
+ + +
「『能力』犯罪を専門に扱う課がある、と聞いて、取材をしたいのですが」
窓口の女性はかすかに狼狽を見せた。
「そんなもの、ありません。なにか困ったことがおありでしたら、生活安全課に行ってください」
女性は、目を合わせない。俺は食い下がった。
「おそらく『能力』によって、知人が行方不明になってしまったんだ、せめて手がかりが欲しいんです」
「犯罪の訴えでしたら、捜査課です。『能力』云々に関わらず」
厄介払いをするように、言い捨てる。
「ひと月前に起きた女子高生の失踪事件は、能力者によるものだったと聞いています。
しかしどんな能力によったのか、詳細は一切伏せられている。
また、各地で発生している野犬の事件だが、あれも実際は野犬ではなく遺伝子操作されたミュータントと聞いている。
その犬はいったん保健所が処理するが、実際には眠らせるだけでその後警察が非公表で引き取り処分している。
犬も能力者犯罪も、真相は隠されたままだ。能力犯罪を扱う警察組織、これも非公表だ。
しかしその存在を裏付ける証言はいくらでもある。
むしろ存在しないとする方が、説明がつかない不自然なことばかりだ」
俺はまくし立てた。娘を探したい一心で、焦っていた。
「なにをおっしゃりたいのか、分かりません。そんな課は存在しません。
ご相談なら生活安全課、あるいは捜査課で話してください。
空想や憶測でモノをおっしゃりたいなら、インターネットの掲示板にでも書き込んでてください。
これ以上おかしなことを言うようなら、公務執行妨害罪で、留置所に行くことになりますよ!」
窓口で俺が話しているのを、後ろの机からじっと見ている若い男がいた。
歳は20代半ばくらいか。アッシュがかった長い髪を、おかっぱ風にしている。
バンダナのようなもので片目を隠している。その隠れていない方の目で、俺をじっと眺めていた。
俺が、立ち去ろうと窓口に背を向けたときだった。
その片目の男は、いつの間にか俺のそばに来ていた。
そしてにこやかに、俺に言った。
「貴方がお聞きになりたい内容は、ここ(窓口)では不適切な内容です。
奥の部屋へご案内しますので、どうぞこちらへ」
そう言って俺を促し、廊下を歩き出した。
俺は躊躇ったが、足が勝手に歩き出し、あとに続く。
「こちらへどうぞ」
会議室のような部屋を開いて、俺を招き入れる。
そして男が後ろに回った瞬間――
鈍い音が / 後頭部に激痛が
しまった――近づき過ぎた
………………
…………
……
+ + +
登場キャラクター
最終更新:2010年07月10日 10:58