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父と娘 > 12


――胸騒ぎがする。

俺は、くだんの客をホテルで降ろしたあと会社に戻り、友人に掛け合っていつもより幾分早く退社した。


自宅に戻る。
娘は、まだ帰宅していなかった。
時計を見る。
まだ学校で遊んでいてもおかしくない時間だ。


――念のため、だ。姿を見られれば、それでいい。


学校に向かう。
教師は、「もう下校した」という。


――どういうことだ……?


再び自宅に戻る。
やはり、まだ帰ってきていなかった。
公園、近所のスーパー、レストラン、カフェ、美容室、駅、ホットドッグのワゴン。
娘が行きそうな場所を、くまなく探した。


時計を見る。
いつもなら、もう帰ってきていておかしくない時間だ。

しかし、どこにも、娘はいない。


――なんてこった、やっぱりもっと早く帰るべきだった!

俺は自己嫌悪に陥った。


そうして日が暮れた。

――事故にでも遭ったのか。事件に巻き込まれたのか。
――人目の届かないところで、怪我をして動けないんじゃあないか。
――誘拐、あるいは……そんなこと、考えたくもない!

慌てて首を振る。
良くない想像ばかりが膨らむ。


電気も点けず、暗い部屋の中で俺は、途方にくれていた。
そして、警察に行き捜索願いを出すことにした。


+ + +


「アイリン・アンダーソンさんですか。年齢は?」
担当者は、キーボードを叩きながら訊ねた。

「10歳だ」
「10歳、女性、っと。誘拐ですか?」
さっきから、一度も俺の顔を見ていない。
ディスプレイと、俺が書いた申請用紙とを見比べながら質問を続ける。

「……かもしれない」
「拐われる現場を見た、ないしは身代金などの要求はありましたか?」
「現場など見ちゃいないし、そんな要求も無い、今のところは」

そこで、担当者は手を止めた。
「うーん、そうですか。それらがない場合、『誘拐』とするには嫌疑不十分なんで、『家出人』扱いになりますが」
首をちょっとだけこちらに向け、横目で俺を見る。

「なんだっていい! とにかく娘の行方が分からない、だからあんたらに届け出た、それだけだ!」
担当者の物言いに、いい加減キレた俺は、机を叩いて声を荒げた。

しかし担当者は顔色ひとつ変えず、パソコンの画面を見ながら冷ややかに言った。
「失礼ですけど、アンダーソンさん。 あなた、『能力』の届出、していませんねぇ」
「……だから何だ?」
「『能力』の届出が無い場合、この案件の取扱いは遅くなります。つまり優先順位が下がります。
なにしろ、依頼者がどんな能力持ちか分からない状態では、捜索する人員の安全確保の――」

「Fuckin’ son of a Bitch」
俺は席を立ち、書いた申請書を破り捨て、椅子を蹴って役所を出た。


+ + +


娘の行方が分からなくなってから、一週間が過ぎた。

俺はそこらじゅうの人々に、娘の行方を尋ねて回った。

馴染みの人々はみな驚き、心配し、情報があればすぐに知らせる、と言ってくれた。
警察に届けたら、という人もいたが、濁しておいた。

タクシー会社は、友人の昔のよしみで休職扱いにしてくれた。
ドライバー仲間は皆、俺がシングルファザーで子連れ営業をしていたことを知っているので、
街を流しながら目を光らせておいてくれている。


――麻衣子……どうしたらいい、教えてくれ、アイリンを助けてくれ、頼む……

俺は祈るような気持ちで、あらゆる場所を探し回った。


+ + +


退社時間になり、事務所に戻る。

「パウロ……」
ゴーリキが、心配そうに声をかけてきた。

「済まないな。仕事もしないで」
俺はバツが悪く、顔を背けながら言った。

「そんなことはいい、出来る限り協力するさ。……ちょっと、話があるんだ。今夜にでも、家に来ないか」
「お前の家? カフェとかじゃダメなのか」

彼の家には、奥さんと二人の息子がいる。
邪魔しちゃ悪い、という建前と、そんな「幸せな家族の姿」を見たくない、という本音があった。

だが、彼はそんな俺の本音も見抜いたようだった。

「ご足労済まないんだが、誰かに聞かれていたらちょっとまずいんだ……詳しくは家で話すよ。
場所は、わかるよな?」
「ああ」
「じゃあ7時に」


+ + +


「気を悪くしないでもらいたいんだ」
ゴーリキは、そう前置きをした。

「クビになろうがなんだろうが、受け容れるよ。お前には感謝している」

彼は軽くうなずき、新聞の切り抜きのようなものを見せた。
「漢字は、読めるんだったな」

そこには、
『女子高校生、相次いで失踪 ―― 一様に口にしていた“新しいカラオケ店”は実在せず』
という見出しがあった。

「その数日後の記事が、これだ」
『失踪した女子高生は一斉に発見、保護される』

どちらも、記事としては小さい。
紙面にあっても、見逃してしまいそうだ。


「これは、どうしたんだ?」
俺は記事に目を走らせながら、うわ言のように尋ねた。

「最近の失踪事件をウェブで検索したものの、元記事だ。会社の新聞から探し出した。
見出ししか検索できないし、オレは漢字が読めないから中身は読んでいない。 ――手がかりになりそうか?」


「……これは、『能力』を使った事件かもしれないぜ」
俺の声は掠れていた。

「そうか、やはりな。『能力』に関する規制もあちこちで増えてきている。
けれど、能力を使った犯罪は、報道されない。これは、意図的に統制されているような気がするんだ」


ゴーリキは、かつてジャーナリストを目指していた男だった。

しかし、あの隕石の日のあと、彼は「渋滞している場所が分かる能力」を身につけ、タクシー会社を起こした。
それは、当初は大学の奨学金を返済するためだったのだが、今では息子ふたりの学費を捻出するものとなっていた。

俺が娘と二人食っていけているのも、彼のおかげだった。


ゴーリキは穏やかな男だが、報道というものに関してシビアな目を持っている。

陰謀説を唱えたいわけじゃないが、と断ってから、彼は続けた。

「能力犯罪を専門に扱う警察組織がある、というのはほぼ確実だろう。それが公表されないのは、機密のためだろう。
しかし能力犯罪の詳細が報道されないのは、どうも腑に落ちない。
犯罪者側に、政府や警察組織に匹敵する大きな組織が背後にあるのか、あるいは――」

「お上そのものが犯罪の首謀者、というわけだな」
彼の後を引き取り、俺は低く言った。

彼は神妙な表情でうなずく。

――なるほど、たしかにこんな話は他人に聞かれるのはまずいな。

「犯罪のように見える、ある種の『実験』かもしれない」
そう言って、彼はもう一枚、英文の書類を出した。

そこには、極めて断片的ではあるが、『能力』を薬のかたちで抽出し、第三者に宿らせる技術のことが書かれていた。

「これがどこまで本当か、この情報ソースがどこなのか、さっぱり分からない。
どこかの誰かの、Science Fictionかもしれないしな。
けれど……ありそうな話だと思う。そんな気がするんだ」


俺は二つの記事と英文を眺めていたが、

「ゴーリキ。済まないが、暇をくれないか」

友人は、俺がそう言うことをある程度予期していたようだった。

「十分に気をつけろ。こちらでアイリンが見つかったら、すぐに保護して連絡する」

「ドライバー連中に、よろしく言っておいてくれ」


+ + +


俺は渡航の支度をしながら、考えていた。


昨日、娘の小学校に行き、ことの詳細を話した。
その際、娘が失踪した日のことを尋ねた。
その日は、とある研究所の人間が学校に来て講演を行ったという。

「その、講師の名前は?」
俺は、応対した教師に尋ねた。

「忘れたな。東洋人の名前は、けったいなものが多くて。講演が終わると、慌ただしく空港に向かったからな。
だいたいあいつらは、働きすぎなんだ」


気になることが、頭を巡る。

『能力』の届出をしろと、執拗に迫る警察。
その警察の、娘の捜索に非協力的な態度――まぁ、役所や官吏というのは、いつだってそうだ
そして……俺に脅しをかけ、「能力のことを他人に教えるな」と言った青年。

その青年が、携帯電話で話していた言葉。
『能力』に関する犯罪を専門に扱う組織。
女子高校生の連続失踪事件。

『能力』を薬のかたちにする技術。
報道されない『能力』犯罪。
あの青年が言った言葉――『あんたみたいなBuffは、利用される』



俺は3年ぶりに、妻の母国の土を踏むことになる。
今度は、墓参りのためではない。


+ + +

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最終更新:2010年07月10日 10:36
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