この国自慢の超特急に乗る。
ほとんど揺れず、音も静かだ。座席もゆったりと広い。ここ数年で、ずいぶん快適になったという。
娘は窓側の席に座り、ずっと窓の外を見ている。
――飛行機とはエラい違いだ。
俺はすっかり寛いだ気分になって、コーヒーを飲みながらドア近くのテロップ掲示板を眺めた。
テロップに流れるニュースは、またも野犬がひとを襲ったというニュースを伝えていた。
妻の地元のあのホテルじゃない。別の場所、しかも比較的大きな都市での出来事だった。
不気味だった。
野犬なんて、妻の実家くらい田舎の町ならば、めずらしくはない。
俺も長くこの国に住んでいたので、それは分かる。
しかし、その事件が起きた場所のような都会に野犬が入り込むなど、考えられないことだった。
加えて、同じような事件がなんの関係もない土地で同時に起きている。
――この俺の心配が、「転ばぬ先の杖」であればいいのだが。
……ん? なんか違うな。「石橋を……叩いて壊す」だったか?
+ + +
『薙澤 パウロ』 『薙澤 藍凛(あいりん)』
受付簿の名前記入欄に、名前を書く。
やはり、漢字は苦手だ。
この国に住んでいた時と同じく、妻の方の姓を使った。
俺の国にいるときは、俺のfamily nameを使う。
「鑑定で行われる会話はすべて筆談になりますが、よろしいでしょうか」
――なぬ?
いま、なんつった?
受付の女性は、俺の容姿といびつな漢字を見て察したのだろう、不安そうな面持ちで尋ねてきた。
「……筆談しか、出来ない?」
俺は一応、聞いた。答えは分かりきっていたが。
「鑑定士および依頼者の安全を確保する目的で、筆談のみとさせていただいております」
申し訳ありません、という表情で受付嬢は言った。
――ええい、仕方がない。全部ひらがな・カタカナだけで書いてやるさ。
それがダメ、っていう決まりは無いよな?
+ + +
まず、俺が鑑定を受ける。
これでもし違っていたら、別の鑑定士を当たることにしていた。
仮面をつけた男に促され、無言でブースに入った。
占いのブースを想像していたのだが、そんなまじないめいたものはまったく無く、
どちらかといえば教会の懺悔室を思い起こさせた。
椅子に座り、無言で待つ。
すぐに窓口の下からレポート用紙が出てきた。
――昼の能力
【意識性】【結界型】
その場の音を支配し、操作する能力
――夜の能力
【意識性】【操作型】
対象の意識レベルを落とす能力
――??
昼は正解だが、夜は……?
たしかに俺は、娘を寝つかせる目的で「夜の能力」を使ってきた。
念じながら、指で額にちょんと触れる……
それで、娘はたいがい寝ついた。
鎮静剤の類がキライな俺にとって、この能力はかなり重宝した。
しかし……
――「意識レベルを落とす」って、思ってた以上だぞ。
ヘタすりゃ、昏睡状態に陥って死んじまうかもしれない。
娘は大きくなっていて、今はもうこの能力を使わなくて済んでいるが……
これが本当だとしたら、なおさら俺は、自分の能力を封印しなきゃならないと思った。
ともあれ、俺は自分の『能力』の鑑定は終わった。
次は、娘の番だ。
娘をスツールに座らせた後もなお、この期に及んで、まだ俺は迷っているのだ。
娘の能力。
知りたいような、知りたくないような……
やがて出てきたレポート用紙を、娘に見られる前にひったくり、俺たちはブースを出た。
登場キャラクター
最終更新:2010年07月06日 23:54