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父と娘 > 3


窓の外を見ると、地平線の彼方に日が沈むところだった。
空は深い藍色からグラデーションを描き、橙色へと繋がっている。

「……たいくつ」

娘は窓の外を眺めるのにも飽きたらしく、不満そうに言う。

それは俺も同感だった。

カネをケチッて格安航空チケットに飛びついたのがいけなかった。
俺はずっと機内のオーディオを聴きながら雑誌を読んでいたが、音楽はろくなものが無いし、
雑誌も薄っぺらい内容のものばかりだった。

「ねぇ、おとーさん。おと、ならしてみて」
娘はじっと俺の顔を見て言った。

「アイリン、お前いくつになったんだ。あれは赤ん坊をあやすためのもんだぞ。そのイヤフォンで聴いてろ」
俺は取り合わず、雑誌に目を戻す。読むべき記事などありゃしないんだが。

「やだ。つまんないもん。ね、やって! 小さ~いおとでいいから!」

冗談じゃない。
こんな密室で「能力」を使ったら、俺はテロリスト扱いされかねない。
友人の言ったことを間に受けたわけじゃないが、なにしろ飛行機だ。
妻の国に、犯罪人として入国するなんて、まっぴらごめんだった。

「だめだ。つまんないなら、寝てろよ」
「おとーさんがおと、ならしてくれたらねる」

そこで俺は、はたと考えた。

――今、この時間に俺は「音楽を奏でる能力」を使えるのだろうか?

たしか以前に、例のヒルマ博士がそれについて考察していた。

そのレポートをウェブから落としたのだ。

詳しい内容までは覚えていないが、サーカディアンリズムが関係していたように記憶している。

だとすると、それが乱されるとき――例えばまさに今、長時間フライトの飛行機に
乗っている場合――では、“「どちらの『能力』も」十分に発揮出来ない”可能性がある。

時差ボケというのは、サーカディアンリズムの乱れだと聞いた。
リズムを戻すためにメラトニンを服用する人間も多い(俺は薬がキライだから飲まないけどな)。


――ま、飛行機の防犯上はその方が都合がいいだろうな……いて。

娘が、俺の腿をリズミカルにバシバシ叩いている。

「痛えって。おい、今、音楽聞こえたか?」

娘は手を止め、きょとんとした。

「へ? なんにもきこえないよ?」
「そうか、じゃあダメだな。今は音楽鳴らない時間なんだ」

我ながらうまい言い訳だった。今度から、そう言うことにしよう。

「……つまんないの。おとーさん、ついたらぜったい、きかせてよね。やくそくだからね」
「わかったよ。いいから寝ろ」

娘の頭に手を置き、撫でた。
指をちょっと伸ばして、額に触れる。

ほどなく、娘の寝息が聞こえてきた。

――よし。つまり今は、「夜」ってわけだな。少なくとも、俺の身体の中では。
まぁ、ただ単に娘が疲れていただけかもしれないが。


+ + +


娘がまだホントの赤ん坊だった頃。
俺は、夜になると「音楽を奏でる能力」が使えなくなることに気づいていた。


友人に便宜を図ってもらってはいたが、タクシーは夜の仕事も多い。
俺自身も寝不足だったが、そこへもってきて娘の夜泣きが続いた。

「いい子だから、寝てくれよ……」
――でないと、お前を殺しちまうかもしれないぞ。

冷静になって考えればぞっとするようなことだが、当時の俺はそれくらい疲れていた。

祈るような気持ちで、無意識に、娘の額に指をあてていた。

すると、娘はそのまま眠りに落ちた。

やれやれ、という気持ちでその時は俺も床に就いたのだったが、
以来、夜に娘がどうしても寝付かないときは、額に指をあてて念じた。

再現性は十分だった。

その頃から、俺は「能力」に関する本を読み漁り、ウェブで情報を集めだした。

ヒルマ博士を知ったのも、その頃だった。

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最終更新:2010年06月23日 02:07
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