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父と娘 > 8


ビジネスホテルに戻り、部屋で寛ぐ。

「あしたは、なにを食べようかな♪」
娘はベッドに寝転がり、ガイドブックを見ながら足をぶらぶらさせている。

「アイリン、お前食い過ぎだぞ。この前みたいなことになってもいいのか?」
俺はデスクで友人に手紙を書いていたが、その手を休めて娘をたしなめた。

「この前って?」
娘はきょとんとしている。

「憶えてないか。まあ3歳だったからな、無理はねぇか」


+ + +


2003年。
妻の三回忌のとき、俺は娘を連れてこの国へ来た。

あの日――隕石が衝突した日以降、俺や妻が住んでいた地域は壊滅的な打撃を受けていて、とても住めたものではなかった。
妻は出産を控えて実家に戻っており、俺はこの国で仕事をしながら日々、転々としていた頃だった。

そのために二人とも隕石の被害を免れはしたが、妻は病院で亡くなり、俺は住処を失った。
妻の骨は妻の実家に納められ、俺は娘を連れて祖国に帰った。

無理もない。
俺は祖国では安アパート住まいを続けるような生活で、墓地を構えるだの何だのは到底不可能だったんだ。


妻が亡くなって三年目の冬、つまり三回忌の法要のときにも、今回と同じように俺は娘を連れてこの国へ来た。

娘は食欲旺盛で、この国の料理を何でも美味そうに食べるものだから、俺は面白がって娘が求めるままに食わせていた。

それが、いけなかった。
妻の実家を出て帰りの空港へ向かう途中、娘が腹痛を訴えたのだ。

正確には、当時の俺には腹痛であることすら分からなかった。
突然泣き出し、歩くこともままならない。
何が問題なのか分からないまま、俺は近くの小児科診療所に駆け込んだ。




名前を呼ばれ、診察室に入る。
髭面で恰幅の良い医師が、俺たちを見る。そしてちょっとだけ片方の眉を釣り上げた。

「ほい、こんにちは。どうしたん?」

「なんだか分からないんですが……さっき突然泣き出して」
俺は泣きじゃくる娘を椅子に座らせ、言った。

「ほう、どれどれ。ちょいっとお腹、まくってくれな」

医師は聴診器をあて、ふむ、とうなずく。
そして娘に背中を向けさせ、同じように聴診器をあてた。

「ほい、ご苦労さん。食べ過ぎやね。なんやたらふく食べたんか」
医師はこともなげにそういい、カルテにペンを走らせる。

俺は、調子に乗って娘にいろいろ食べさせていたことを思い出し、恥ずかしくなった。

「じゃ、ブジーしとこか」
そういって看護婦に合図し、娘は看護婦に伴われて奥のトイレに連れていかれた。

「いちおう、薬も出しとこか。3日分もあればええやろ」
「えっ……薬?」
俺は身体を強ばらせた。

その俺の動揺を見抜いたらしく、医師は笑いながら
「おとんが飲むんやないんやから、そんな心配せんでええよww ただの整腸剤や、苦味もそんなあらへんし」
と言った。


「しっかし、言葉うまいなぁ。こっちに来てどのくらいになるん?」
医師はカルテを書きながら、俺に言った。

「もう十年くらいです。……今はこっちに住んではないですが」
「ほう」

そこで、娘が看護婦に付き添われて戻ってきた。

「大丈夫か?」
こく、とうなずく。

「楽になったやろ。レディにはちょいっと恥ずかしかったかな。おとんのせいにしとき」
髭面の医師は笑いながら、そういった。



結局、予約していた飛行機を振り替えて、その日はもう1泊したのだったが……
その日の夜のことだ。

不意に身体が揺さぶられた。

「……んあ? なんだ?」

娘が、俺を必死に揺さぶっている。
顔は蒼白で、怯えきっていた。

「どうした!? また腹痛くなったかっ?」

俺は焦ったが、娘はフルフルと首を振る。
泣いたのか、眼が潤んでいた。
かすかに震える手で、俺の寝間着をしっかりと掴む。

「いててて。アイリン、肉掴んでる! どうしたんだ、よしよし」

俺は娘を抱きかかえ、頭や背中を撫でた。
身体に異常はなさそうだ。だが、ひどく怯えている。

俺は、「能力」を使って、娘を寝つかせようとした。

しかし、いくら額に触れても、娘は眠らなかった。
むしろ、寝ないように必死に抵抗しているようだった。


結局、俺は一晩中娘を抱いて睡魔と戦いながら、ぼそぼそと昔話をしたりして過ごした。

娘がようやく寝ついたのは夜が明けてからで、俺は寝不足のまま荷物と娘を背負って、飛行機に乗ったのだった。



――そういえば、なぜあの時、俺の「夜の能力」は効果を発揮しなかったのだろう?
  というより、娘は必死に眠るまいとしているようだった。
  それが、夜明けに眠りについたのは、ただ単に疲れただけなのだろうか?



+ + +


帰りの飛行機の中で、俺はぼんやりと考えた。

妻の法要は、これで一通り終わったことになる。
これからは、特に期日を定めず、来たいときに来る形になる。

この国は地震が多いせいか、復興が早いようだ。
隕石による被害も、今ではほぼ元通りになりつつある。
娘と一緒に、妻の母国であるこの国に再び住むのも、いいかも知れない。

銃の危険と訴訟のリスクを考えながら暮らすよりは、この国にいた方が……

まあ、娘が10歳になったら、相談することにしよう。どうしたいか、あいつの意思を尊重しよう。
「能力」のことも、その時までには教えないといけないな。

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最終更新:2010年07月08日 03:04
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