選ばれし者達 ◆j893VYBPfU
―――――時は遡る。
『その“救いの手”を受け入れるか、あくまでも拒絶するかについては、
貴方達の自由意思に委ねましょう。これは強制ではありませんからね。
このゲームでは、なにより自由意思による選択こそが尊重されるのです。
貴方達のご健闘に期待しておりますよ…。』
キュラ―なる余所者の、意図の見え透いた詭弁を聴き終えた直後。
僕達は自分の首輪より別の、馴染みのある者の声を聞くことになった。
「聞こえているか、アドラメレク。」
「聞こえているさ、ハシュマリム。」
何かを確認するかのようなあいつの声に、僕は確信を以って答える。
明瞭になりつつある僕の記憶から、この声の持ち主がこの殺人遊戯の
進行役を務めていた事を思い出させる。
「“そちら側”の調子はどうだ?」
こちらを気遣うというよりは値踏むような、ハシュマリムの声。
“僕達”という一つの軍団(レギオン)は、質問に応じる。
「器との融合は、今一つという所かな?
体調は悪くないが、今一つ意識がはっきりしないんだ…。
元の人格に刺激を与えるような言動は、
やっぱり控えた方がいいみたいだね…。
融け合ったものが、引き剥がされるような感覚になる。
だが、それもしばらくの我慢。
やがて“僕達”は、完全な一つのデニム・モウンになる。
なにも、問題はないさ。」
“僕達”という一つの軍団(レギオン)は答える。
“僕達”の同調が進み、違和感や齟齬は大分薄れては来たが。
それでも元の僕の意思に反する事をする場合、心身が強張る。
まるで、“僕達”が二人の“僕”になるように。
だが、僕達の本来の目的以外は、全てどうでも良い事なのだ。
無理に僕の不興を買い、心に荒波を立てる事もないだろう。
僕達はそう考え出していた。だが、その様子を怪しむかのように、
ハシュマリムは疑いの声を掛ける。
「…もしやとは思うがな、アドラメレク。
お前の方が、元の肉体に引き摺られているのではないのか?」
ハシュマリムは訝しむ。ああ、そういう所は相変わらずだな?
“僕達”は“彼ら”の神経質さに内心で苦笑する。
「融合である以上、“こちら側”にも影響が出る事は否定はしないさ。
以前、ハシュマリム達も
ヴォルマルフの娘に対して、
最後まで未練の感情を有していたようにね。
ラムザの傍らで、あの父娘の愉快な寸劇は見せて貰ったよ。
…違わなかったかな?」
僕達はデニム・モウンの口調で、ハシュマリム達にあの時の事をからかう。
ハシュマリムは僕の軽口にその機嫌を悪くしたようで、急に押し黙る。
遠くで、あいつの苦虫を噛み潰したような顔が目に浮かぶようだった。
「…世迷言はいい。」
僕の軽口を、あいつはいなす。
だが、その口調には隠し切れぬ敵意が潜んでいた。
あいつは普段は饒舌だが、怒ると口数が極端に少なくなる。
まあ、からかうのはこれ位で終えた方がいいだろう。
「…では、伝えるべき事のみを伝えるぞ。
先程許可は得てあるとはいえ、長話はディエルゴが口煩いからな。
このゲームについての
ルールは、貴様の器にある記憶と同じと考えて良い。
あとは、“我々”の目的だ。これは元々レイムとの取り決めにあった事だ。
そちらを伝えておこう。だが、その前に確認する。」
先程の苛立った空気は消えて。
ハシュマリムが事務的な口調に切り替わる。
これからの内容が、極めて重大なものであるが故に。
そして、この内容はあのディエルゴとやらも聞いているらしいのだ。
迂闊な答弁は、控えた方が良いだろう。
こちら側の弱みを与えかねない。
「“我々”の目的とは一体何だ?」
「今更、問うまでもありません。常に一つです。」
「“我々”の主として仕える存在は何者だ?」
「今更、問うまでもありません。常に一つです。」
“僕達”は確信をもって答える。
“我々”なら、もはや問いに答えるまでもないような事柄だ。
“血塗られた聖天使を再降臨させる。”
“聖天使ただ一つが我々の主である。”
目的と主は、これ以外には有り得ない。
如何に力有る存在だろうが、ディエルゴなどでは断じてない。
奴らに聞かれても分からぬよう、だがハシュマリムにだけは伝わるよう。
“我々”のその意思を明確に伝える。
「…よろしい。ならば、だ。
数ある器達から主を一つ選び、聖天使を覚醒させよ。
この場に多くの血を流し、我らが主の再降臨を為せ。
貴様はそれを補佐し、器を導けばよい。
この私がディエルゴごときと協力した理由も、
この野望を為せるからなのだ。それを忘れるな。」
ヴォルマルフの口から、淡々とした口調で指令が下る。
だが、それにはあまりにも疑問が多すぎた。
様々な点で矛盾に満ちている。
「…待ってくれ。聞きたい事は山ほどある。
まずは一つ。ならば、この僕達はどうなるのだ?
参加者達が残り一人となるまで殺し合うのが、
この場における絶対のルールだったはず…。」
そう。このゲームは参加者たちが最後の一人になるまで殺し合うのがルールの筈。
ハシュマリムはこの僕にアルテマを覚醒させてから、自ら捨石になれというのか?
たしかに、また時間さえあれば我々は再び蘇るのだが…。
無意味に逝き、また狭間に囚われるのは御免被りたい。
「だから言ったはずだ、アドラメレク。
“我々”は今、どちら側の立場にいる?」
ヴォルマルフは気安げに返答する。
なるほど。“我々”は主催側の存在でもある。
そうであるならば、“僕達”も…。
「会場に“我々”のみが残った場合…。
参加者は全滅したと見なし、そこでゲームは打ち切られる。
元よりディエルゴとの取り決めだ。そこだけは心配いらんよ。
奴らの目的は、人間どもが織りなす極上の負の感情を暴食する事だ。
第一、“我々”のような猛毒など、奴らのディナーたりえん。
そこまでは利害が一致する。」
このゲームで殺し合う“参加者達”としては“我々”はカウントしないという事か。
それなら、無意味に同胞同士で無駄な血を流すこともない。
「そういう事か。それなら僕達にも理解は出来るな。
つまり、状況に応じて“我々”の同胞を呼び出し、
最終的には“我々”のみになればよいと言うことか。」
つまりは、このゲーム自体がある種の茶番劇ということか。
ハシュマリムも。
ディエルゴ達も。
それぞれに参加者には秘めた目的があって、このゲームを開催している。
参加者の全滅も優勝も、その数有る結果の中の一つに過ぎず、
必ずしもゲームの完遂が成功の条件ではないという事である。
“参加者同士”が殺し合い、その中で生まれ出るモノだけが目的であるが故に。
殺し合わせて生き残った一人に、ディエルゴとしてはたいした意味はない。
だが、“我々”としてはそれが聖天使で無い限りは、失敗したも同然なのだ。
「“これから先”の事を考えても、少しでも戦力が必要だ。
そちらもぬかるなよ。」
“これから先”…。意味深な事を言う。
聖天使さえいれば、我々は完全となる。
あとは時間さえあれば、聖石などなくとも自由に同胞を召喚出来るはず?
早急に戦力が必要な事態でもあるとでもいうのだろうか?
ああ、なるほど。そういう事か…。
確かに、事が終われば奴らは用済みだ。
むしろ我々にとっては邪魔者でしかない。
あいつも傍で聞いているだろうからな。
僕達は頭に閃いたものを、その口から出る寸前に押し止める。
「…分かったよ。ディエルゴには、“我々”なりに感謝の意を示せという事ですね。」
「…そういう事になる。“我々”なりにな。」
僕はその言葉に悪意を乗せ、ハシュマリムに伝える。
“これから先”も任せろ、という意味で。
「そしてもう一点。これは僕の聞き間違いか?
数ある器達から主を一つ選び、とお前は言った。
だが、血塗られた聖天使の器は、あくまでも一つ。
そして、それはあの
アルマのみだったはずだが?」
そう、これが二番目の疑問。
かつてアルテマと融合した聖アジョラの転生体のみが、
聖天使の器足りえたのだ。だからこそ一つの筈?
「ああ、本来ならそうなる。」
「…本来は、だと?」
奇妙な確信を持つハシュマリムに、僕は疑念を抱く。
つまり、これについても何かあるという事か?
「…なあに、発想の転換という奴だ。
以前のラムザと我が主との戦いで、
融合していた聖アジョラとアルマの魂は完全に分離した。
故にこそ、もはやアルマ一人に拘り続ける必要はない。
そして、これよりもさらに重大な発見があった。」
「血塗られた聖天使の器は、常に“一つの世界に”一つだったのだ。
そして、ディエルゴは異世界を渡り歩き、召喚する力を持っていた。
その上で、“我々”に接触し、手土産持参で取引を持ちかけたのだ。
あいつが“我々”に提供したものが何か…、これでわかるな?」
「これらの発見と力添えがあったからこそ、私はディエルゴに従い、
そしてこの悪趣味な趣向の進行役を努めさせてもらったという訳だ。」
そういってハシュマリムはさも満足げに、笑う。嗤う。哂う―――――。
あいつが喉を鳴らす音までが、首輪越しに聞こえた。
いや、それは“僕達”が鳴らしたものかもしれない。
「そんな事が…、そんな事がありえるのかッ!
道理で、道理でお前があいつらと手を結ぶわけかッ!
そうか…。イヴァリースにだけとどまっていては、
“我々”の野望の実現は不可能…。素晴らしいじゃないか…。
それだけは、ディエルゴの力添えに感謝しなければいけないね。」
“僕達”も歓喜のあまり、釣られて笑う。これほど、愉快な事はない。
“僕達”にとっては、到底考えられぬほどの好条件だ。
「では、聖天使に“相応しい肉体”。器達の名を全員話しておこう。
アティ、アルマ、
カチュア、カトリ、シーダ、フロン、
ミカヤ。以上7名だ。
これらの中から、最も優れた器を選別し、育成するのが我々の目的だ。
あとは頃合を見計らい、こちらから聖石ヴァルゴを転送する。」
ヴォルマルフは示した。
己の仕えるべき主の肉体を。その器の名を。
「なんだと?アルマはともかく、あと6体もいるのか?」
「もっとも、うち数体は既に破壊されたがね。だが、修正は効く範囲内だ。
出来るだけ器同士で共喰いをさせ、もっとも適性の高いものを選び抜け。
その為の最適な舞台こそのが、このバトルロワイヤルという殺し合いなのだ。
ディエルゴは、これを“女王蜂の選定戦”に喩えたがね。」
「では、“僕達”はさしずめ女王蜂にロイヤルゼリーを与える“働き蜂”という事か。」
ディエルゴとやらも、この状況をうまく喩えたものだな。
確かにこれは、自然界の女王蜂の選定戦にも近いものがある。
だが、これはどちらかと言えば陰陽術の蠱毒ではないのか?
僕達はこの殺し合いの有様を思い、益体もない夢想に耽る。
「もっとも、“我々”が器に与えるのは、絶望と狂気と言う名の滋養なのだがね。
故にこそ、器の覚醒を促進させるであろう者どもをも同時に召喚した。
奴らの所業やその死が、器の心身に多大な影響を与えるだろうからな。
ようは器どもの“触媒”という訳だ。」
「なるほど。それがかつての僕をも含めた、
このゲームの参加者どもの選定基準という事か。」
このゲームの“我々”の事情は、これで全て見えた。
あとはディエルゴ達の事情を知っておきたいが、
こればかりは関係者達から聞き出すしか無いだろう。
たとえ、どのような手段を使おうとも。
「まあ一部、参加者どもに意図を悟られぬためのダミーや、
ディエルゴの益体もない遊び等も混じってはいるのだがね。
マグナとか言う召喚士と、
ネスティという亜人。
レシィとかいう護衛召喚獣に、マグナの女…
パッフェルといったか。
あと
ルヴァイドという黒騎士が混じっているのは、
以前煮え湯を飲まされた、奴なりの意趣返しということだ。
興味があるなら、詳しい事情は当事者どもにでも聞くがいいだろう。」
事情説明を装って、実にさりげなく主催側に関する情報源を与えるハシュマリム。
なるほど、察しが良くてこちらも助かる。これから、やるべき事も充分に見えた。
その者達から可能な限り情報を引き出し、“これから先”に備えよという事か。
だが、当事者達とは必ずしも協力する必要はない。
情報だけ引き出せば、後は始末してもいいだろう。
聖天使の器とは、一切関係がないのだから。
「器の覚醒を促すため、やるべき事は分かるな?
…器どもの心の拠り所を完全に破壊し、心身を極限にまで苛め。
自分が何者であるかすら忘れる位にな。
その方が、こちらとしても都合がよい。
器の自我など、どこにあっても邪魔なだけだ。
だがな。いくら予備があるとはいえ、決して無意味には殺すなよ?」
その声色に若干の喜色を混ぜて、ハシュマリムは目的を話す。
幸い、こちらにも器が一つ手元にある。
短慮ゆえ一度は危うく破壊しかけたが、
これならもはや僕も不満は出ないだろう。
別に殺すというわけではない。
むしろ絶対に殺さない。主の器である限りは。
むしろ姉さんはより高次の存在として、
“僕達”とともに永遠の生命を得られるのだから。
それなら、何一つ問題はない。
そうじゃないか、デニム・モウン?
――――………………。
――――僕達は絶対にベルサリア女王を殺さない。そこに問題はないはずだが?
「だが、いちいち煩わしいな。器の殺害だけは厳禁という事か。」
「やむをえぬ場合は仕方ない。不可抗力程度は認めるさ。
だが、限り有る優れた素材ばかりだ。決して無駄にはできん。
ディエルゴからの助力は、一度きりなのだ。それを忘れるな。」
僕達は一つの不満を漏らす。
だが、ヴォルマルフはその不満を一蹴する。
これ以上の条件は、流石に望めないという事か。
それに、第一…。
「僕達の手で蘇らせれば、器が歪んでしまうからね。
それでは、聖天使の“相応しい肉体”として機能しない…。
仕方ありません。では、“僕達”に任せておいてください。
同胞達に“相応しい肉体”も発見すれば、
それらも一緒に覚醒させておきましょう。
この仕事、“僕達”だけでは少々骨が折れるでしょうからね。」
僕は肩を竦める。これからは随分と忙しくなりそうだ。
「…どうやら、時間のようだ。これ以上の会話は禁止という事らしい。
では、“今後の事”は任せたぞ。アドラメレク。」
ハシュマリムは唐突にそう言うなり、首輪からの声が途絶える。
どうやら、必要以上の会話は禁止されているらしい。
奴にも進行役としての立場がある、という事か。
あいつからの全面的な援護は、おそらく期待出来まい。
だが、僕達が勝手に他の参加者から情報収集を行い、
それがハシュマリム達に伝わってしまう分には、なんら問題はない。
ようは、そういう事だ。
――――さて、此処から先は、“僕達”の仕事か。
耳を澄ませば、すぐ傍から侵入者の近づく気配がする。
どうやら、こちらの存在にはまだ気づいてはいないらしい。
僕達は聖石を見つめ、意識を集中する。
以前の僕達の器だった男の、ダイスダーグの持ち得た技能を検索。
その内の、ささやかな一つを選ぶ。
その技能を、僕達は扱ってみせる。
――気配をどこまでも殺し、意識を周囲と同化させる。
己は風景の一部であると、己に言い聞かせる。
デニム・モウンの身体が、完全に周囲へと溶け込む。
――透明化。“潜伏”のリアクション・アビリティを用いる。
やがて、こちらに近づいてきた女性は、傍にいた僕達に気付くことなく。
こちらを素通りして手近な部屋を確認すると、その中の一つに押し入った。
僕はその背をゆるりと追うと、その様子を伺う。
どうやら、水浴びと着替が目的だったらしい。
やがて彼女が自ら服を脱ぎ、完全に油断した機を狙い。
僕は彼女の荷物を奪い、少しだけ距離を開け。
彼女の首筋に、その背中から刃を突き付けた。
最終更新:2011年01月28日 15:03