価値ある命

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価値ある命  ◆ew5bR2RQj.



烈風を纏った日本刀が、上空から振り下ろされる。
それを横に傾けられた西洋刀が受け止め、そのまま剣先へと流す。
が、その斬撃は簡単に受け流せるほど軽くはなく、勢いを完全に殺すことはできない。
西洋刀の使い手――――ミハエル・ギャレットは僅かに押され、何歩か後ずさった。

「オラ、どうした! ヨロイがなければそんなもんかよ、てめぇは!」
「うるさい、ヴァン! 貴様のような奴がいるから暴力が無くならないんだ!」
「ああ、そうかい、だったらてめぇも同類だな!」

後退したミハエルに追撃を加えるため、右足を軸に加速するヴァン。
そのまま日本刀の柄を握り締め、横薙ぎの一撃を繰り出す。

「ぐぅっ……」

今度は西洋刀を縦に構え、繰り出される斬撃を受け止める。
だがやはり全てを受け止めることはできない。
ヴァンの一撃を受け止めた瞬間、仕込み杖を握り締める両腕に電流が走った。

(このままでは……まずい!)

ミハエルは額から汗を垂らしつつ、表情を歪めるヴァンを見つめる。
戦況はヴァンの一方的な展開であり、ミハエルは剣戟を始まってから一度も攻勢に移れていない。
理由は一目瞭然だろう、彼らの間には拭い切れない実力差があるからだ。
ヴァンはカギ爪の男に婚約者を殺されて以来、ずっと復讐の炎に身を焦がしていた。
そのために元々優れていた身体能力をさらに鍛え、戦闘経験も数えきれないほど積んでいた。
一方でミハエルはヨロイ乗りの適性があるとはいえ、少し前までは一般人だった少年。
いくら才能があるとはいえ、根底に存在する実力差を覆すことはできないのだ。
さらに彼には、直前の戦闘で負わされた傷や疲労がある。
これが初戦闘であるヴァンとは、コンディションにも大きな差があるのだ。
挙句の果てに彼の得物は、強度が玩具同然の仕込み杖。
ヴァンに支給された菊一文字則宗とは、天と地ほどの差があった。

「チィ……さっきからちょこまかと、守ることしかできねぇのか!」
「くそっ……こんな奴に……」

これだけの劣勢を強いられながらも致命傷を避けていられるのは、偏に才能のおかげだろう。
彼の類まれなる才能は、ヨロイやライダーで培った技術を早くも吸収していた。
そのため実力的に差のあるヴァンの猛撃を、寸でのところで堪えているのである。

「ただ守ってるだけなら、とっととくたばりやがれ!」

とはいえ、守っているだけでは勝つことはできない。
ヴァンの猛撃を捌ききれず、致命傷を負う可能性がある。
かといって捌ききれたところで、攻撃に移れなければ意味はない。
体力の差から先に倒れるのはミハエルである。
このまま防戦一方の状況が続けば、彼のますます不利になっていくだろう。

だが彼とて無策で挑んだわけではない。
確実な勝算を持って、戦いを仕掛けたのだ。
それこそが神崎士郎が開発したライダーデッキの一つ、ナイトのデッキ。
二重の時間制限を課せられているとはいえ、一度変身すれば使用者に圧倒的な力を齎す。
これさえ使用できれば、生身のヴァンを撃破するのは容易いだろう。
が、ナイトのデッキは最後の変身から二時間経過していないため、まだ使用することはできない。
故に彼の考え抜いた作戦は、制限が解除されるまでの時間を稼ぐことだった。

「くっ……せめて東條さんの力を借りれれば……」

理想としては実力者であるヴァンに対し、自分と東條の二人で挑むことだった。
しかし東條は緑髪の女と睨み合いを続け、援護が不可能な状態にある。
結果的にミハエルは孤立し、実力的に数段上であるヴァンに一人で対抗する羽目になってしまった。

「カギ爪の次はあいつかよ、人頼りもいい加減にしろぉ!」

罵声と共に、右斜め上からの袈裟斬りが襲いかかる。
ミハエルは背後に退き、それを回避。
返す刀で繰り出された斬撃を、今度は西洋刀を傾けて受け止める。

「仲間と協力することの何が悪いというのだ!」
「てめぇのは協力とは言わねぇんだよ! 自分じゃ何も出来ないから人を頼ってるだけだ!」
「それの何が悪いというのだ! 人々は協力することで互いの欠点を補い合う、そういうものだろう!」
「何度も言わせんな! てめぇのは協力じゃねぇんだよ! 人の話はしっかり聞きやがれ、甘ったれたクソガキがよ!」
「甘ったれたクソガキだと!? 訂正しろ! ヴァン!」

宇宙空間で戦闘していた時のように、お互いを罵倒する二人。
あの時と違うのは、互いの武器がヨロイから刀に変わったことくらいだろうか。
罵倒の最中にも二人は剣を交え、己の信念を叩き付けている。
金属音が響き、汗が滴り、土煙が舞い、そして火花が散る。
打ち合った回数は三十を越え、ミハエルはその全てを捌ききっている。
膠着状態、そう呼んでも差し支えない状況だ。
そしてその状況を打破すべく、ヴァンが行動を起こした。

「ぐはぁっ!」

脇腹に衝撃を受け、数メートルほど吹き飛ばされるミハエル。
そのまま地面を数度転がり、やがて停止する。
最初は何をされたのか分からなかったが、ヴァンの体勢を見てすぐに理解することができた。

「蹴りを入れるとは……卑怯者め」
「はん、勝負に卑怯もなにもねぇんだよ」

振り上げた脚を戻しながら、ヴァンはミハエルを見下す。
彼は斬撃にミハエルの意識を裂かせた後、死角から蹴撃を叩き込んだのだ。

「だからてめぇは甘ちゃんなんだよ、バカ兄貴が……」

日本刀を構えながら、ゆっくりとした歩調で近付いてくるヴァン。
仕込み杖は蹴り飛ばされた時に、手の届かない位置に落としてしまった。
得物がない状態では、ヴァンを退けることはできない。
この場から逃げようとしても、ヴァンとの距離が近すぎる。
ヴァンとミハエルの運動能力の差では、間違いなく逃げることは不可能であろう。

――――しかしそれは関係のない話であった。
何故ならミハエルには、逃げる気など最初から無いのだから。

「訂正しろと……言っているだろ!」

ミハエルがそう叫ぶと同時に、伸ばした右手から棒状の物が伸びる。
咄嗟の一撃に虚を突かれ、ヴァンは捌くことができない。
直進する棒は彼の腹部を穿ち、そのまま彼を空中に弾き飛ばした。

「がはっ……てめぇ……」

腹部を抑えながら、ミハエルを睨み付けるヴァン。
当のミハエルは服の汚れを払いながら、落とした仕込み杖を拾い上げていた。

「それは……あの女の……」
「そうだ、これはファサリナさんの三節棍だ」

ミハエルは右腕の服の裾から三節棍を取り出し、ヴァンに突き付ける。
それはミハエルと同様、オリジナル7に属する一人のファサリナが所持する三節棍。
普段は布のような形状のため、非常に携帯性と奇襲性に長けている。
元々これは沙都子に支給された物であり、シャドームーン戦後は東條が所持していた。
二人が彼女のデイパックを開封している時にこれを発見。
ミハエルはそれを譲り受け、万が一の時のために右腕の部分に巻き付けておいたのだ。

「苦しいだろう、ヴァン! 私は的確に急所を突いたからな」

ミハエルが三節棍で突いたのは、人体急所の一つでもある鳩尾。
一度ここを突かれると、数分間は呼吸ができなくなる。
その状態では十分に戦えないどころか、意識を保つことすら難しい。
まさに決定打とも呼べる一撃であった。

「私は同志の夢の妨げになる貴様の存在を許容するわけにはいかない、ここで死ね!」

ミハエルは仕込み杖を振り上げ、動けないヴァンを一瞥する。
そして首元に目掛けて、仕込み杖の刃を振り下ろした。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっ!」
「ッ!?」

が、ヴァンは菊一文字則宗を構え、首を狙ったミハエルの攻撃を弾く。
意識も朦朧としているはずなのに、彼の一太刀を的確に防いたのだ。

「何故だ……何故意識を保っていられる!」
「残念だったな、俺はカギ爪を殺すまでは寝てなんかいられねぇんだよ!」

続いて、強靭な踏み込みを利用した一閃。
ミハエルは紙一重で回避するが、纏った烈風が彼の肌を切り裂く。
その鋭い痛みに一瞬だけ意識を奪われるが、すぐにまた次の斬撃が迫っていた。

(くっ……やはりファサリナさんのようには上手く扱えなかったか……)

ヴァンの猛攻を回避しながら、ミハエルは思案する。
確かに手応えはあったが、致命傷を与えられるレベルではなかったのか。
それとも僅かに鳩尾から逸れていたのか。
どちらにせよヴァンを戦闘不能にすることはできず、今も剣戟は続いている。
しかし若干ではあるがヴァンの動きも鈍くなっているため、先ほどよりも防御は容易い。
相変わらず防戦一方ではあるものの、本来の目的へは確実に近づいていた。
時間制限を課せられたナイトのデッキ。
その時間制限の解除へと。

残り時間、二十分。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


舞台は移り変わり、フォークリフト周辺。
ここでC.C.東條悟が、ヴァンとミハエルの剣戟を背景に睨み合いを続けていた。

「………………」

二人の間にある距離は、およそ十メートル。
互いの持つ武器から目を離さず、一歩も動こうとはしない。
C.C.が握るのは、振るうことで火球を発射する杖。
東條が持つのは、一見すると日本刀に見間違える銃。
どちらの武器も威力は十分であり、だからこそ下手に動くことはできない。
ヴァンとミハエルの戦闘を動とするなら、こちらは間違いなく静。
隙を見せれば、すぐさま攻撃される。
故に下手な攻撃は、自らを破滅へと誘う引き金と化すのだ。

(………………)

行動という形では表れていないものの、彼らの間では既に数多くのやり取りが行われている。
視線を交わし、牽制をし合い、相手の心理を読む。
言葉にすれば簡単だが、それは非常に高度な技術である。
数百年の人生経験を持つC.C.と、何度も死線をくぐり抜けてきた東條。
この二人だからこそ、行えるやり取りなのだ。

(……やっぱり……おかしいよ……)

そんな彼らのやり取りを。近くから眺める者がいた。
二人が対峙している位置から、僅かに左に逸れた位置に停車されたフォークリフト。
その荷台の上で、竜宮レナは彼らのやり取りを観戦していた。
彼女は成り行き上、この場に立ち会うことになった一般人だ。
そしてこの場において、唯一の一般人でもある。
だからこそ彼らが行っているやり取りに、強い嫌悪感を抱いていた。

(なんで……みんな戦い合うの……?)

ヴァンとミハエルは剣を交わし合い、相手の命を奪おうとする。
C.C.と東條も物理的な攻撃は行っていないとはいえ、やっていることは同じだ。
彼らは四人とも戦禍の中心を渡り歩いてきたため、人の死は珍しい事ではない。
だがその常識は、平和な日常を送っていたレナとは決して相容れぬものなのである。

(真紅ちゃんが死んじゃったのに……また誰か死んじゃうの?)

ついに殺し合いを見ているが嫌になり、レナは視線を逸らす。
逸らした先には、紅の輝きを放つ宝石が握り締められていた。
その宝石は先ほどまで同行していた少女、真紅のローザミスティカだ。
彼女は後藤との戦闘で致命傷を負い、レナを逃がした後で絶命した。
その光景はレナも見ており、彼女に深い悲しみと絶望を与えた。
だからこそ後藤と同じように、平然と他者の命を奪おうとする四人に強い嫌悪感を抱いたのだ。

(この雰囲気に呑まれちゃ駄目だ……冷静になろう)

湧き上がる嫌悪感をなんとか抑え込み、レナは冷静であろうとする。
そうして数秒、彼女はこの場でどう動くべきかを思考し始めた。

(戦闘に参加する? ううん、ダメだ、そんなことをしても意味はない)

最初に考えたのは、戦闘に参加すること。
だが彼女は、すぐにその選択肢を切り捨てた。
まず第一に彼女は一般人であり、実力は四人と比べて大幅に劣る。
部活でサバイバルゲームなどをしているとはいえ、所詮はお遊戯なのだ。
仮に戦闘に参加するにしても、彼女はどちらの勢力にも加勢する気になれない。
ミハエルや東條側は論外だが、かといってヴァンやC.C.も信用できない。
そもそもこの戦闘に参加する目的もないため、彼女は戦う必要がないのだ。
しかし一番の理由は別にある。

(もう、誰かが死ぬのは嫌だよ……)

真紅が死んだ悲しみから、未だ抜け出すことができない。
そんな状態でまた誰かが死んでしまったら、もう耐えることができない。
もう彼女は、誰かが死んでいく姿を見たくない。
だから彼女の精神は、戦闘に参加することを拒絶しているのだ。

(……ここから逃げよう)

戦うのが嫌なら、逃げるしかない。
誰かが死ぬのが嫌とはいえ、自分の命だって惜しい。
この場で何もせずに流れ弾でも当たったら、死んでも死に切れないだろう。
だったらこの場から逃げればいい。
失敗する可能性もあるが、何もしないよりはマシだ。
そう思い、彼女が逃亡するための策を練り始めた時だった。

「ねえ」

C.C.と対峙する青年――――東條悟が口を開く。

「君はどうすれば英雄になれると思う?」

抑揚のない声で、唐突に問い掛けてきた。

「……それは私に聞いているのか?」

怪訝な瞳を東條に送るC.C.。
彼女の質問に対し、東條は言葉にでは表さず首を縦に振った。

「……そうだな、世界のために自らの命を犠牲にでもできたら、間違いなく英雄になれるだろうよ」
「へぇ……君は?」
「……ッ!」

C.C.の解答に満足したのか、東條の視線が今度はレナに向けられる。
彼の死んだ魚のような目に自らの顔が映り、思わず彼女は震えてしまった。
英雄になる方法。
自分なりの答えを模索するが、すぐに一つの結論に至った。
そんなものは存在しない、と。
英雄とは偉業を成し遂げた者が他者から呼ばれる名称であり、なろうと思ってなれるものではない。
故に英雄になる明確な方法など、最初から存在しないのだ。
だからレナは答えあぐねていた。
相手の気を引くために、何らかの解答を示さなければならないとは分かっている。
が、どうしても最初の結論を頭から切り離すことができないのだ。

「それか」

レナが黙りこくっているのを見かねてか、C.C.が再び口を開く。

「私をこのふざけたゲームから解放してくれたら、私はお前のことを英雄と呼んでやろう」

相手を挑発するように、ニヤリと笑みを浮かべるC.C.。
東條もその意図が読めたのか、能面のような顔を歪ませていく。

「君達は……英雄になるのに相応しくない」
「当然だろう、私は英雄になる気などないのだからな」

C.C.はあくまで相手を挑発することを止めようとしない。
しかし決して銃口から目を離さず、相手の一挙手一投足を見逃さない。
張り詰めた空気が辺りを支配し、数秒が経過する。

そこで――――東條が動いた。

「……?」

だが引き金を絞ったわけではない。
C.C.に定めていたはずの銃口を、彼女から逸らしたのだ。
彼女よりも、僅かに左側へと。
停車されたフォークリフトに荷台に座る、竜宮レナへと。

「ッ!? レナ! そこから降りろ!」

C.C.が叫び声を上げると同時に、引き金を絞る東條。
刹那、銃から弾丸が迸った。

「あぅっ……」

呻き声を上げるレナ。
彼女は地面に激突し、身体を強く打ち付けてしまったのだ。
しかしそれ以外には目立った外傷もなく、銃創も見当たらない。
C.C.の警告が功を奏し、間一髪のところでフォークリフトから飛び降りることに成功したのだ。

「このっ!」

C.C.はブリッツスタッフを横薙ぎに振るい、先端から火球を発射する。
が、狙った先に東條の姿はなく、火球はそのまま遠方に消えていった。

「……逃げられたか」

自分達に背中を向け、走り去っていく東條。
向かう先は、ヴァンとミハエルが戦っている場所。
おそらくは援護に向かうためだろう。
C.C.も彼と同じように援護に向かおうとするが、すぐに足を止めた。
彼女は戦闘を請け負うことはあるものの、基本的に得意ではない。
無闇に乱入し、人質にでもされたら最悪だろう。
見たところヴァンの方が優勢のようだし、東條も銃だけで援護するのは難しいはずだ。
故に、自分が行っても無駄だと彼女は判断した。

(私を助けてくれた……?)

一方でレナは、先ほどのC.C.の行動に疑問を抱いていた。
C.C.が自分のことを疎ましく思っていることに、レナは薄々気づいていた。
なのに何故、彼女は自分を助けてくれたのだろうか。
あそこで声を掛けてくれなければ、回避が遅れて間違いなく死んでいただろう。
レナのことを疎ましいと思っているのなら、あそこで見捨てればいいはずなのに。

(さっき言ってたみたいに……情報が欲しいのかな)

ヴァンやC.C.は情報を欲しがっていたから、足手まといのレナを生かした。
そう考えれば、C.C.の行動にも納得がいく。
最も有用そうな情報は、既に話してあるのだが。

憂鬱そうな瞳で、虚空を仰ぐC.C.。
その姿を、小難しい顔で眺めるレナ。
彼女たちがそれぞれの思惑を交差させている時。

「おはよう、皆」

聞き覚えのある幼い声が、彼女たちの耳朶に触れた。
そう、六時間に一度の定時放送。
それを行う、V.V.の声だ。

「V.V.……ッ!」

C.C.の憂鬱そうな顔が、怒りの篭った顔へと変貌する。
だがV.V.は彼女のことなど意に介することもなく、淡々と放送を行っていく。
冗長すぎる挨拶に、禁止エリアの発表。
前者は彼女たちの苛立ちを助長させるだけだが、後者は有益な情報である。
が、一番知りたい情報はそれではなかった。
死亡者の発表。
彼女たちにとって、一番気がかりだったのがこれだった。

「じゃあ、次の死亡者の発表に行こうか。」

V.V.がそう言うと同時に、レナは祈りを捧げる。
仲間の名が誰一人呼ばれぬように、と。
そして時を同じくして、東條悟がヴァンとミハエルのところに辿りついた。

織田敏憲

東條が銃を構えながら、ミハエルの名を叫ぶ。

亀山薫

その声を聞き、ミハエルがヴァンから離れる。

斎藤一

東條の持つ銃から、銃弾が発射される。

「真紅」

自らに迫る銃弾を、ヴァンは見切って回避する。

銭形警部

その隙を突いて、ミハエルがヴァンに斬りかかる。

園崎魅音

ヴァンは紙一重で回避しようとするが、避けきれずに腕を掠める。


鋭痛の走る腕で日本刀を振り上げ、東條に襲いかかる。

橘あすか

ミハエルが東條を庇うように立ち塞がり、ヴァンの斬撃を受け止める。

柊かがみ

日本刀と西洋刀、二つの刀が拮抗を開始する。

緋村剣心

ミハエルの腕が震えると同時に、仕込み杖の刀身に亀裂が走り始める。

平賀才人

――――彼らはここに来るまで、百を超える打ち合いをしていた。


その度に刀は衝撃を吸収し、傷を負っていく。

北条悟史

限度を越えれば、次第に朽ちていく。

「劉鳳」

耐久力が玩具同然の仕込み杖は、ここにきて限界が訪れたのだ。


亀裂が入ってから数秒、音を立てながら仕込み杖が砕け散る。


ヴァンの日本刀が、ミハエルの身体に一閃を加える。
そして、血飛沫が舞った。

「ルルー……シュ?」

口をぽかんと開けながら、空を眺めるC.C.。
今の放送の内容は、この会場で死んだ人間の名を伝えるもの。
その放送で、ルルーシュ・ランペルージの名が呼ばれた。
つまり、それの意味するものはルルーシュの死。
彼女の共犯者にして絶対服従のギアスを持つルルーシュが死んだというのだ。

「そんな……」

真紅、園崎魅音、北条沙都子、北条悟史。
レナの仲間の名は、合計で四人呼ばれた。
そして直後に見たものは、一人の少年が血飛沫を上げながら倒れる光景。
あまりに凄惨なその光景は、死という概念を忌避してきたレナの正気を奪うには十分過ぎた。

「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

悲鳴を上げると同時に、レナは走り出す。
この狂った殺し合いから逃げ出すため、ただひたすらに走り抜ける。
戦場の中心で、大きな悲鳴を上げながら。
そんな目立つ行為をした彼女を、敵方が見逃すわけもない。
ぱらら、とタイプライターを叩くような音と共に、東條の銃から大量の銃弾が放射される。
気が付くと彼女は、大量の銃弾の元に晒されていた。

「あ……」

彼女が横を向くと、そこには大量の銃弾がある。
C.C.はルルーシュの死に動揺していたため、援護は間に合わない。
途方もない恐怖がレナを支配した時には、既に銃弾は彼女の身体を貫いていた。

「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」

はずだった。

「これ以上、カギ爪の野郎の好きにはやらせはしねぇ!」

銃弾が彼女の身体を貫く直前、彼女と銃弾の間に割り込むヴァン。
刀を回転させ円状の盾のように扱い、飛来する銃弾を叩き落す。
幾度も刀と銃弾の衝突音が響き、十数秒が経過。
大量の銃弾が叩き落とされ、地面に転がっていた。

「ヴァン……さん?」
「大丈夫か? えーと……」

安心して力が抜けたのか、へなへなとその場に座り込むレナ。
彼女の身体に銃創は一つもなく、ヴァンもその姿を見てほっと胸を撫で下ろした。

「ぐっ……」
「ヴァンさん!?」

ヴァンがくぐもった声を出すと同時に、握っていた刀を落としてしまう。
その音でレナが顔を上げると、右肩を抑えるヴァンがいる。
鮮血の吹き出る肩を、苦しげに抑えるヴァンが。

「まさか……!?」

レナの顔面が、見る見るうちに青白く染まっていく。
東條が彼女に照準を定めているのを見て、彼は急いで救援に駆けつけた。
しかし彼とて万能ではなく、速さと丁寧さを両立させることはできない。
つまり駆け付けることには成功したものの、全ての銃弾を叩き落すことはできなかったのだ。
叩き落とせなかった銃弾は、そのまま彼の身体を通過する。
腹部に二発、右肩に一発。
彼は被弾していた。

「…………」

無言の東條によって、再び構えられる銃。
照準は負傷しているヴァン、刀を落としてしまったため防御する術はない。
いくら頑丈な彼でも、無数の銃弾を浴びれば死は免れないだろう。
レナが顔を覆い、ヴァンが東條を睨みつけた時だった。

「ヴァン! レナ!」

フォークリフトを走らせながら、C.C.がやってきたのは。
轟々と音を立て、最高速度を出しながら進むフォークリフト。
タイヤが転がる小石を跳ね除け、緑の装甲がそれを砕く。
その進行方向にいるのは、銃を構える東條悟。

「ッ!?」

フォークリフトの猛進を、東條は寸前のところで回避する。
だが不完全な姿勢のまま避けたため、地面に転倒してしまう。

「今のうちに逃げるぞ、早くしろ!」

フォークリフトを降り、ヴァンとレナに逃亡を促すC.C.。
彼女の背後を見ると、また立ち上がろうする東條の姿がある。
それを見て、ヴァンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
この会場において、カギ爪の男に繋がる唯一の手掛かりはミハエルだ。
しかし今のヴァンは右肩を負傷し、著しく戦力が低下している。
先ほどの追撃は辛うじて逃れられたが、次も逃れられる保障はない。
東條が所持するレイ・ラングレンの銃の恐ろしさは、彼が一番良く理解している。
この場の支配権を持っているのは、間違いなく東條だ。

「チィッ……すぐにまたぶっ倒してやる!」

ここに残るのは危険と判断し、結局ヴァンは逃走を選択する。
追随するようにレナも彼の背中を追いかけ、C.C.はブリッツスタッフを振るう。

「さらばだ、もう会うこともないだろうな」

ブリッツスタッフの先端から発射された火球は、フォークリフトのエンジン部分に命中。
数秒後、炎はガソリンへと点火し――――

爆発を起こした。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「はぁ……はぁ……ここまで来ればあいつらも追ってこないか」

肩で息をしながら、C.C.は背後を見る。
彼女から数百メートル先の地点では、爆炎と黒煙が立ち昇っていた。

「……あいつら生きてるだろうな? 俺はあいつらにカギ爪の野郎のことを……」
「心配ない。銃の男の方は分からないが、少なくともあの甘ちゃん坊やは生きてるだろうよ」
「そうか、ならいい」

ヴァンも右肩を抑えながら、爆心地を眺める。
少し前に西や北の方角で発生した爆発よりは小規模だが、それでも爆発には変わりない。
爆心地から離れていたミハエルはともかく、東條の方は一溜まりもないだろう。
だがヴァンとしては、ミハエルさえ生き残っていればそれで良かった。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」

それよりも今の彼にとって、一番の問題はレナの方だった。
先ほどから彼女はずっとこの調子なのだ。
目尻に涙を溜めながら、延々と謝罪の言葉を述べ続ける。
自分の代わりに負傷したヴァンへの罪悪感があるからこそ、彼女はずっとこうしているのだろう。
だが基本的に女性が苦手な彼としては、彼女の行動は堪ったものではなかった。

「あの……自分は本当に大丈夫ですから……」

ヴァンは渋い顔をしながらレナを宥めるが、それでも謝罪を止めない。
虚ろな表情で俯き、まるで彼の声が聞こえていない様子。
壊れた目覚まし時計のように、ずっとごめんなさいと繰り返していた。

「だあぁぁっ! もういい加減やめろって! 本当に俺は大丈夫だから!」

ついに痺れを切らし、大声を上げるヴァン。
彼の大声にレナは肩を震わし、涙で汚れた顔を上げる。

「でも……ヴァンさんは銃で撃たれて……」
「はぁ……えーと……なんて言ったっけ、お前?」
「レナだ、いい加減覚えろ、これで二度目だ」

何時までも人の名前を覚えられないヴァンに、C.C.が呆れながら補足を入れる。

「そうそう、確かに俺は銃で撃たれた、でも死ぬほどの傷じゃない、それに……」

そう言うと、ヴァンは黒いタキシードの脱ぎ始める。
突然脱ぎ出した理由が分からず、混乱するレナ。
そんな彼女を尻目に、彼は黙々とタキシードを脱いでいく。
しばらくして彼がタキシードを脱ぎ終えると、そこに現れるのは鍛え抜かれた肉体。
そしてその肉体には、鋼色の布のような物が巻き付けられていた。

「俺はこの刀を腹に巻いてたんだ、だからほとんど痛くはない」

彼が腹部に巻き付けていたのは、新井赤空の作った殺人奇剣の一つ、薄刃乃太刀。
刃の強度を保ったまま可能な限り薄く鍛え、布のように拵えた代物だ。
彼はこれを腹部に巻き付けることによって、防弾チョッキ代わりに利用したのだ。
ファサリナの三節棍での不意打ちが完全に決まらなかったのも、これが原因である。
偶然にもこの刀は、彼が愛用する蛮刀と機能が似ていた。
しかしこの刀は彼の蛮刀とは違い、本物の布のようにまでは変化してくれなかった。
数メートルにも及ぶ長さの奇剣を持ち歩く方法を彼は悩み、そこで思い付いたのが腹部に巻き付けておくことだった。
奇しくもそれは、この刀の本来の使い手である沢下条張がとった方法と同じである。
彼も剣心との戦闘でこの刀を防具代わりに使用し、致命傷を防いでいた。

「でも肩の方は……」
「レナ、ヴァンがいいと言っているのだ。謝罪の言葉もあまりしつこいと鬱陶しいだけだぞ」

未だ食い下がろうとしないレナを、溜息をつきながら宥めるC.C.。
レナは不安そうにC.C.の顔を眺めるが、彼女の視線が痛々しいほど突き刺さる。
それからしばらく二人は視線を交わしていたが、やがて観念したようにレナが項垂れた。

「…………」

三人の間で会話が止み、居心地の悪い空気が漂い始める。
彼らは元々友好的な関係でもなかったため、それも仕方のない話なのかもしれない。

(魅ぃちゃん……沙都子ちゃん……悟史くん……真紅ちゃん……)

そんな中でレナは、放送で呼ばれた四人のことを思い出していた。
ゲームが始まってからたったの六時間で、四人もの仲間が死んでしまった。
魅音は唯一無二の親友であり、いつも一緒に行動していた仲だ。
沙都子は妹のような存在であり、彼女のトラップにはいつも手を焼かされた。
悟史とは長い間会っていなかったが、だからこそ会いたいと強く思っていた。
真紅の死は知っていたが、放送によって改めて認識させられた。
四人とも素晴らしい仲間であったが、もう二度と会うことはできないのだ。
そう思うと胸が張り裂け、どうしようもないほどの悲しみに襲われてしまう。

「うっ……ぐずっ……」

目尻に溜まった涙を、手で拭き取る。
真紅のローザミスティカは、いつの間にか無くなっていた。
おそらく逃げる際に、落としてしまったのだろう。
大事な真紅の形見を失った悲しみで、また涙が流れる。
だがいくら拭き取っても、涙が乾くことはない。
目の奥から、洪水のように溢れてきていた。

「お前も……誰かを失ったのか」

そんな時、C.C.が彼女の元へと歩いてくる。
ゆっくりとした歩調で、悲しげな表情を浮かべながら。

「ひょっとして……C.C.さんも……」
「ああ、大事な共犯者を失ってしまったよ」

空を仰ぎ、独白のように語るC.C.。
その表情はどこまでも悲しげで、そして寂しげだ。

「死による別離など、なんともないと思っていたのだがな」

彼女は悠久とも呼べる時の中で、何度も死別を体験していた。
その度に彼女の心は擦り切れ、摩耗していった。
そのうち人の死にも慣れ、彼女自身も死という概念に対してドライになっていた。
そう、自らに言い聞かせていた。
本当は誰かが死んでいくことが、とてつもなく悲しかった。
もう死別を経験したくないからこそ、彼女は自らの死を望んでいたのだ。

「ヴァンさん、C.C.さん」

瞼に涙を浮かべたまま、レナは二人の名を呼ぶ。

「なんであの時に、二人とも私を助けてくれたんですか?」

ずっと不思議でならなかった。
二人が自分の存在は明らかに足手まといであり、場の雰囲気も悪くしていた。
あそこで殺されていれば、二人にとっても都合が良かっただろう。
なのに何故、二人はレナを助けてくれたのだろうか。

「俺はその……これ以上カギ爪の野郎に好き勝手されるのが嫌だったから」

ヴァンが頭を掻きながら、照れ臭そうに答える。

「どうしてだろうな、私にもよく分からないんだ」

C.C.は答えると同時に、皮肉げに笑む。
それは今までレナに見せたことのない顔であった。

(ああ、そっか)

今の今まで二人のことを、冷淡な人間だと思っていた。
だけど違う、二人はただ不器用なだけなのだ。
決して彼らは、人の死に関して冷淡な人間ではない。
むしろ死に関わる機会が多いからこそ、命の価値を痛いほどに理解しているのだ。

「ごめんなさい、私……あの時、二人のことを悪く言って……」
「気にするな、大事な者が死んだ直後は誰でも冷静ではいられないんだ」

そう言って、C.C.は今度は自嘲するように笑みを浮かべる。

「なぁ、えーと……俺はそういうことはしなかったけど……」

ヴァンが帽子で目線を隠しながら、言葉を紡ぎ始める。

「本当に悲しい時は……思いっきり泣いてもいいと思うんだ」

(みんな……みんな……)

ヴァンの言葉で、レナの心に閊えていた何かが解け始める。
それからゆっくりと、胸の奥から沸き上がってくるように。

「あ……あ……」

一滴、一滴と――――

「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

――――彼女の瞳から大粒の涙が零れ始めた。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


「あああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

大声を上げながら、慟哭するレナ。
仲間の死をひたすらに悲しみ、ただ泣き続ける。

(…………)

そんな風に一途に泣き続ける姿は、C.C.にとってどこか羨ましかった。
悠久の時の中で幾度も死を経験するうちに、彼女の涙は枯れ果てていた。
死別に逢遇したくないがために、無意識に他者との接触を避けていた。
そうして幾年の時が過ぎ、久々に巡り会ったのがルルーシュだった。

それは魔女の気まぐれか。
彼女はレナの離脱を確定事項だと思っていたし、早く別れたいと思っていた。
だが、今は何故かそんな気が起こらない。
仲間の死に悲しむレナに、深い共感を覚えていた。

"大事な者が死んだ直後は誰でも冷静ではいられないんだ"

先ほどレナに投げ掛けた言葉。
それがそのまま自分にも当て嵌ることに気付き、C.C.は自嘲する。

(なぁ、ルルーシュ?)

もうこの世にはいない共犯者に向けて、C.C.は語りかける。

(私も……泣いていいのだろうか……)

そう、天に問うC.C.。
彼女の頬には、一筋の涙が伝っていた。

【一日目 朝/G-1 道】
【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に(ゲーム)】
[装備]:無し
[所持品]:支給品一式、インスタントカメラ(数枚消費)@現実、サタンサーベル@仮面ライダーBLACK
    空飛ぶホウキ@ヴィオラートのアトリエ、真紅の下半身@ローゼンメイデン
[状態]:疲労(小)、悲しみ
[思考・行動]
1:泣く。
2:圭一、詩音と合流する。
3:翠星石蒼星石も探す。
4:ミハエル、東條、水銀燈、後藤を警戒。

[備考]
※この会場の西端と東端、北端と南端は繋がっています。
 どこかの端からエリア外に出ると、逆の端の対応する位置へとワープします。

【ヴァン@ガン×ソード】
[装備]:薄刃乃太刀@るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-
[所持品]:支給品一式、調味料一式@ガン×ソード
[状態]:疲労(小)、右肩に銃創、右上腕部に刀傷
[思考・行動]
0:カギ爪の男に復讐を果たすためさっさと脱出する。
1:体勢を整え、ミハエルをぶっ倒しに行く。
2:レイが気にならない事もない。
[備考]
※23話「みんなのうた」のミハエル戦終了後より参戦。
※ヴァンはまだC.C.、竜宮レナの名前を覚えていません。

【C.C.@コードギアス 反逆のルルーシュ R2】
[装備]:ブリッツスタッフ(二回使用)@ヴィオラートのアトリエ
[所持品]:支給品一式、エアドロップ×3@ヴィオラートのアトリエ、ピザ@コードギアス 反逆のルルーシュ R2
[状態]:疲労(小)
[思考・行動]
1:今後どうするかを考える。
2:利用出来る者は利用するが、積極的に殺し合いに乗るつもりはない。
3:後でピザを食べる……つもりだったが、今はそんな気分ではない。
4:後藤は警戒する。
[備考]
※TURN11「想いの力」終了後、日本に戻る前から参戦。
※不死でなくなっていることに気付いていません。

※真紅のローザミスティカは、F-1の辺りを浮遊しています。


☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆


時系列順で読む


投下順で読む


077:命の価値 ヴァン 104:英雄
C.C.
竜宮レナ
ミハエル・ギャレット 084:ガラスの友情
東條悟



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