死せる者達の物語――Don't be afraid of shade

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死せる者達の物語――Don't be afraid of shade  ◆.WX8NmkbZ6



 忠義を優先するなら、後藤を視認した瞬間に逃げるべきだった。
 戦えば死ぬと、一目で分かったのだから。
 だがジェレミアは退かなかった。
 忠義に背く事になると理解しながら、失う事への恐怖がジェレミアを突き動かした。
 今もただ、失いたくないという一念で後藤に立ち向かっている。

 剣と左半身の装甲で後藤の刃を防ぎ、踏み込んで頭部を狙う。
 後藤の身体は、クーガーと共に戦っていた斎藤一の一撃さえ受け止める程に強固だったと聞いている。
 だが最初の攻防で眼球の強度は人間と変わらないと分かった。
 また後藤が眼の傷を埋める様を観察し、修復の間は全身に隙が出来る事に気付く。
 故に狙うのは首から上。
 逆に、それ以外に後藤を倒す手立てはない。

 しかし十、二十と攻防を繰り返すうちに、元々抱えていた疲労が足を重くする。
 完治していなかった傷が熱を帯びる。
 そして徐々に動きが鈍るジェレミアとは裏腹に、初めはぎこちない動きだった後藤は次第に速度を増していった。
 クーガーの話では後藤は五体満足だった――恐らくどこかの戦闘で腕を失い、調子が狂っていたのだろう。
 それが戦いが長引くにつれて腕のない状態に慣れ、ジェレミアが攻め込む隙は失われていく。
 更にジェレミアが後藤の頭を狙うように、ジェレミアの装甲の範囲を読み取った後藤は生身の部位を重点的に狙い始めた。

 後藤が後方へ跳んで一時的に距離を取る。
 ジェレミアが息を整える間、後藤は刃から戻した右手を左肩に当てた。
 左腕を失くした肩口を庇う仕草かと思えば、違う。
 右腕が掌から左肩と融合し、全体を変形させ、右肩の根本から千切れた――右腕が左腕に移植されたのだ。
 恐らくは、対面したジェレミアの右半身に刃を向けやすくする為。
 人間には到底真似の出来ない、明らかな人外の行動にジェレミアは眉を顰めた。
 後藤は具合を確かめるように何度か右腕を回し、改めて刃へと変形させる。
 そして地面を一蹴りして一挙に間合いを詰め、ジェレミアの剣と後藤の刃が再び衝突した。
 一進一退だった戦況はそのまま徐々に防戦一方へと追い込まれていく。

 後退を余儀なくされているうちにジェレミアの背が病院の周囲の塀に当たった。
 二本の刃がジェレミアを挟み込むように左右から襲い掛かる。
 ジェレミアはそれを剣と左腕で払うものの、追い詰められた状況から脱する隙はない。
 その攻防の間に後藤は更に距離を詰め、ジェレミアの眼前に迫っていた。



 後藤の左腕が枝分かれして変形した二本の刃は、細い腕によって支えられている。
 制限がなければ人間の胴体を容易に切断する力があるものの、この会場にいるような者達なら刀剣で弾く事が出来る。
 速さは充分だが、重さが足りないのだ。
 これまではその分両腕、四本の刃の手数によって攻撃力を上げていたが、その手段はもう使えない。
 このままじわじわとジェレミアの体力を削っていけばいずれは勝てるという確信はあっても、それでは意味がない。
 後藤は――パラサイトは、圧倒的でなければならない。
 たかが人間ごときとは違う存在なのだという確固たる自覚を取り戻さなければ、志々雄への敗北は払拭出来ない。
 だから後藤は解決策を考え、思い出す。
 最初の放送の前、サングラスの男が見せた戦い。
 両腕を地面に着けて――

 後藤は二本の左腕を刃から鉤爪に変形させ、地面に突き立てる。
 そして腕で全身の体重を支え、両脚を振り上げた。

 制限が掛かっていても自動車並の速度を誇る強靱な脚。
 移動の為の利用が主、斎藤やクーガーとの戦闘でも用いたものの、飽くまで腕の補助であり主軸としては使って来なかった。
 それを足技を多用するクーガーの動きを参考に、両脚を腕の代用となり得る武器として活用する。
 本来の身体を支えるという役割故に腕のように長さを自由に変えられないが、接近戦しか出来ない相手にはリーチは大きな問題にならない。
 その一撃、否、二撃は腕の刃よりも重い。



 後藤の振り上げた右足をジェレミアが剣で受ける。
 その勢いを削ぐには片腕の力だけでは足りず、剣を左手で支えて漸く止まった。
 しかし後藤が振り上げたのは両脚。
 残る左足を止める術はなく、蹴りがジェレミアの右腕を直撃した。
 塀に押し付けられる形になった右腕が後藤の脚力と体重によって潰され、骨がバキバキと音を立てて折れる。
 ジェレミアは上げそうになった悲鳴を歯を食い縛って噛み殺すが、後藤は更に足裏を棘のように変形させた。
 折れた腕を貫かれ、塀に縫い止められる。

「ぅあああああああああ!!!!」

 絶叫し後藤から逃れようとするが、離れるには刺さった足を抜く必要がある。
 後藤はその暇を与えず、突き刺した左足をそのままに右足で更に蹴りを加えた。
 ジェレミアが左腕でそれを防いでも完全には止まらない。
 腹部を腕ごと圧迫する蹴りが二度、三度と繰り返され、その度に衝撃の伝わった塀に亀裂が広がった。
 五度目の蹴りでジェレミアの口から血が一筋零れ落ち、後藤の蹴りを押し返そうとしていた腕の力が抜ける。
 ジェレミアの左腕が僅かに下がったのを見逃さず、後藤の踵はジェレミアの腹を穿った。
「がは……っ」
 コンクリート製の塀に亀裂を走らせる威力のそれを直接受け、ジェレミアは血の塊を吐く。
 力尽きたように全身を弛緩させたものの、唇を噛み締めて意識を繋ぎ留めた。
 しかし唯一の武器を持つ右腕が縫い止められていては反撃のしようがない。

 後藤が右足の先を鋭い棘に変えるのを、ジェレミアはどこか冷めた目で見ていた。
 このままただ蹴りを続けていても相手を殺せる、それなのに武器を用意するという事は、後藤はこれで終わりにするつもりなのだろう。
 案の定、棘はそれまで狙っていた腹部ではなく更に上、頭部へ向けられた。
 矢のような速度で迫ってくるそれは、命中すれば容易くジェレミアの頭蓋を突き破る。
 間違いなく死ぬ。
 間違いなく――死ねる。
 何もかも終わりに出来る。
 やっと、主達のもとへ行かれる。
 そう思うとそれもいいのではないかと思えた。
 やけに動きが遅く見える凶器を前に、そうなればどれだけ楽だろうかと想像してしまった。

 だが、ジェレミアはその誘惑を打ち払った。
 未だ捨てられない誇りの為に、生に執着した。
 仇への復讐も、彼女達を守る事も、諦められなかった。

 ジェレミアは首を横に傾け、標的を失った棘は塀に深く刺さった。
「おおおおおお!!」
 そして身を乗り出し、前へ進んで後藤の頭へ左手を伸ばす。
 腕を貫かれたジェレミアは後藤から逃げられなくなったが、逆に言えば後藤もまたジェレミアから離れられないのだ。
 前に踏み出す事で縫い止められた箇所が裂け、傷が広がる。
 ブチブチと肉が千切れていく音に構わず更に前へ体を押し出し、上半身を後ろへ逸らして躱そうとしている後藤の顔を掴んだ。
 四つの目のうちの一つへ親指を押し込み、顔面ごと握り込む。
 後藤の顔に驚愕や怒りの色は浮かぶものの、痛みを感じているようには見えない。
 だが、目玉は透明な硝子体を弾けさせて潰れた。

 意図しない反撃で頭部を圧迫された後藤は手足の変形を解いた。
 ジェレミアは更に握る力を強くし、後藤が少しずつ頭部の形を変えても外す事は出来ない。
 しかし後藤が振り上げていた両足をゆっくりと地面に下ろし、腕に代わって体重を支える。
 そうして体勢が整ってから、刃のなくなった腕を鞭のようにしならせてジェレミアに叩き付けた。
 指の力が緩み、ジェレミアの体が吹き飛ぶようにして後藤から遠ざかり地面に転がる。
 すぐに起き上がったジェレミアは飛び退り、後藤から更に距離を取った。

 ジェレミアは潰されて血に染まった右腕を押さえ、息を弾ませる。
 荒い呼吸と共に喉の奥に込み上げた血を吐き出した。
 スカーフで腕を縛るが、貫通した傷から溢れる血の勢いは少々弱まった程度。
 額には脂汗が滲み、失血に目眩がする。
 対する後藤は既に新たな目を構築し終わっているにも関わらず、ジェレミアの止血を見逃していた。
 変形の解けていた手足も今は元の形状に戻っており、態度に余裕が見られる。

 もし後藤の頭部への攻撃で手足の変形が解けていなければ、右足の棘が背後からジェレミアの首か頭を貫いていただろう。
 攻める事だけを考えた捨て身の攻撃――それでも後藤には、大したダメージを与えられなかった。

「どうする?」

 後藤はジェレミアに追撃せずにそう尋ねた。
 その語調に哀れみはなく、ただ機械的なものだ。
 諦めずに戦って死ぬか、諦めて食われるか。
 動きの鈍っていくジェレミアに残された選択肢はこの二つだけだった。

「私は……まだ……!!」

 ジェレミアは諦めない。
 後藤を倒してこの場を生き残り、復讐を果たす。
 例え倒せなかったとしても、一分でも一秒でも長く彼女達が逃げる時間を稼ぐ。
 動かなくなった右の手首を左手で掴んで持ち上げ、剣を構えた。

 だがジェレミアの決死の思いを嘲笑うように、裏門の方角から爆発音が響く。

「なっ、……」
 ジェレミアは視線をそちらに奪われ、絶句した。
 細く立ち上る黒煙がアイゼル達と無関係だなどと楽観出来るはずがない。
 音と煙の原因はアイゼルが調合したフラムだと想像するのは容易い。
 彼女達がそれを使わざるを得ない状況に陥っているのだと、嫌でも思い知らされる。

「どうする?」

 後藤は再度尋ねた。
 時間稼ぎは無駄だったのだと、これ以上戦ったところで無駄なのだと、変わらずただ事実を突き付けるように言う。

 アイゼル達は、無事かも知れない。
 あれはフラムによる爆発ではないかも知れないし、フラムだとしてもあの爆発で脅威を撃退出来たかも知れない。
 だが、浅倉やゾルダが戻って来た可能性がある。
 他の危険人物が訪れた可能性がある。
 無事な可能性はある――だが失う可能性が怖い。
 後藤を倒さなければ助けに行かれない。
 後藤を倒さなければ守れない。
 後藤を倒さなければ失う。
 後藤が、邪魔だ。

「そ、こを――」
「?」

 ジェレミアの声は震え、後藤は聞き取れなかったようで首を傾げる。
 そしてジェレミアは今度は吼えるように叫んだ。

「そこをどけええええええええええええええええええ!!!!!!!」


 アイゼルと十メートル以上の距離を空けながら、ロロの手に握られた大振りの蛮刀は直接的な死のイメージを作り出していた。
 恐怖で震えそうになる手足を押さえ付け、アイゼルは彼と睨み合う。
 斬られた箇所は未だに出血しており、痛みと熱で気を失いそうだった。
 だがつかさを後藤がいる病院から逃がすには、この道に立ち塞がるロロを倒さなければならない。
 彼女の足が無事ならアイゼルが彼を引き付けている間に逃がしているところだが、それも出来ない。
 だからアイゼルはここで戦わなければならないのだ。
 それに例え彼に時を止める能力があっても、勝算がない訳ではない。

 時を止める能力はそれだけで圧倒的で、勝つには「時を止めている間は心臓が止まる」という短所を狙う必要がある。
 即ち使える回数に限りがあり、時を止めながら激しい運動をする事は出来ないという欠点だ。
 またギアス能力を除けばロロの身体能力は常人と変わらないという。
 ルルーシュがつかさにあっさりと殺されてしまったように、ギアスユーザーにも漬け入る隙はあるのだ。
 こうした情報を予め得ている点も、アイゼルにとって大きな助けになる。

 アイゼルは刀を片手持ちにし、空いた方の掌を離れた場所に立つロロに向ける。
 初めは戦う事に躊躇した為に簡単に倒されてしまったが、今はもう覚悟を決めている。
 一度も威力を確認していないフラムを投げた時点で、相手を殺す事への躊躇いは捨てた。
 だから、アイゼルは叫ぶ。

「ロートブリッツ!!!」

 アイゼルの手から赤い雷がほとばしり、ロロに直撃する。
 ジェレミアやロロの世界に魔法はない、故にロロの不意を完全に打つ事が出来た。
「な、ん……」
 体をぐらつかせ、それでもロロは倒れていなかった。
 杖のような威力を底上げする武器はなく、また今のアイゼルのレベルではこの程度の威力にしかならない。
 しかし、それで充分。

「シュラオプスタッフ!」

 手をかざして再び叫ぶと、今度はロロが一瞬で離れた場所に移動して白い炎を回避していた。
 ギアスを使った為にそう見えたのだろうが、それはアイゼルの読み通りだった。
 ロロの移動距離はシュラオプスタッフを避けられるだけの最低限のもので、時を止めたのは僅かな時間と分かる。
 今のロロは長時間の時止めを出来ない、その証明。
 ロートブリッツという電撃をその身に受けた彼は、それだけで心臓に負担を掛けている。
 無理に時を止めれば死に至る状況に追い込む、その覚悟が出来ていなかったからこそ先程はこの手を使えなかったのだ。

 ロロが一気に間合いを詰める。
 長期戦が危険だと気付いたのだろう、しかしアイゼルは手を彼に向けたままだ。
「シュラオプスタッフ!!」
 ロロは再び瞬間移動――ギアスを使用したが、やはりその回避はギリギリのもの。
 もうギアスに頼った戦いは出来ないはずだ。
 だがアイゼルもアイテムの錬成で疲労しており、魔法を撃てる回数に限がある。
 だからここからはお互いに前に出るしかない。

 接敵するロロをアイゼルが正面から迎え討ち、無限刃と蛮刀が衝突して鍔迫り合いになった。
 ロロは完全に息が上がっており、今心臓を止めるのは自殺行為だとアイゼルにも分かる。
 その上でアイゼルは追い打ちを掛けた。
 片腕の彼には同じく片腕で対処出来ると判断して片手を刀から離し、その言葉を口にする。
「ロート――」
 ロートブリッツの直撃も時止めによる心臓への負担も、どちらも命に関わるだろう。
 だからアイゼルはロロを殺害する覚悟でロートブリッツを放つ――対する彼が取った行動は、蹴りだった。
「くっ……」
 アイゼルの言葉は途切れ、蹴られた腹部を庇うように背を丸めてしまう。
 そこへ振るわれた蛮刀はかろうじて弾いたものの、アイゼルは体を支えられなくなって崩れかけの塀に寄り掛かった。
 蹴られた衝撃でほとんど処置の出来ていなかった傷が開き、押さえる手が紅く濡れる。
 しかし痛みで僅かの間だけロロから目を離してしまったアイゼルは、慌てて周囲の状況を確認した。

 つかさはアイゼルと道を挟んだ反対側、より病院に近い位置で塀を背にして座り込んでいた。
 止血した後、戦いの邪魔にならないよう道の端に移動したのだろう。
 そしてロロは病院に背を向ける形で逃げ出していた。
 弱ったアイゼル、それに復讐の対象であるつかさを放置した事に違和感を覚えるが、ロロを追い返せたのだと気を緩ませる。
 しかし彼は立ち止まって振り返った。

 アイゼルからの距離は十メートル以上、その手の中にあったのは――フラム。


 後藤の呼吸を図る事もなく、衝動のままにジェレミアは駆け出した。
 動かない右腕を左手で補助し、迫る二本の刃を剣で順に払い退けて後藤の目前まで踏み込む。
 あと一歩で頭部に届く――だがそれは誘い込まれたのだとすぐに気付いた。
 二本の刃は回避した、しかしそのうちの一本から更に枝分かれした細い刃が控えていたのだ。
 頭部を狙われていたのは、ジェレミアの方だった。

 ジェレミアは咄嗟に上体を逸らして回避したものの、刃が額を掠め、裂けた箇所から流れ出した血が右目を塞いでしまった。
 血糊を拭う代わりに即座に仮面を開き義眼の左目で周囲を見渡そうとすると、目前に後藤の変形した脚が迫っている。
 それをかろうじて左腕で受けるが、弾かれて数メートル先の病院の外壁へ叩き付けられた。
「がッ……!!」
 背の装甲から伝わった衝撃が半身の傷に響き、肺から空気が搾り出される。
 たたらを踏みながら何とか倒れる事は避けたが、後藤は既にジェレミアに向かって来ていた。
 ジェレミアは後藤をギリギリまで引き付けてから地面を蹴り、後藤に背を向けないようにしながら横へと逃れる。
 その動きへの対応が間に合わなかった後藤はそのままの速さで壁に激突した。

 だが後藤にとっては壁も地面も条件は変わらない。
 衝突の瞬間に後藤は壁を蹴り、跳ね返るようにして速度を落とさずにジェレミアに追い縋った。
 横へ回避するのがやっとだったジェレミアに追い付くのは一瞬。
 がば、と大きく開いた口はジェレミアの頭を飲み込まんとするが、ジェレミアは盾代わりにかざした剣に食らいつかせた。
 剣と強靱な歯が擦れ合いながら耳障りな音を立て、同時に後藤は左の二本の刃を振り上げる。
 ジェレミアに刃を止める手段は残されていない。
 右腕に力が入らない以上、それを支えている左手を離せば後藤は剣を吐き出して再び牙を剥くだろう。
 二本の刃がジェレミアの右の脇腹に真横から突き刺さり、そのまま胴体を三つに切断する――

「ぐっ、おおおおおおおおお!!!」

 しかし、まだ終わらない。
 苦悶の声と共にジェレミアが機械の左足を蹴り上げ、剣に噛み付いていた後藤の顎に命中させた。
 噛み締めている最中に強い衝撃を受けた後藤の歯、そしてジェレミアの剣に亀裂が走る。
 そしてジェレミアは後藤の顎の力が弱まったのを見計らい、後藤の口を振り払った。

 ジェレミアが普通の人間ならば、生身の体に後藤の刃が当たった時点でバラバラにされて死んでいる。
 そうならなかったのは胴体の厚みよりも長かった刃が、背の装甲に当たって止まったからだ。
 刃が短ければ止まる事はなく、ジェレミアは今頃腹わたをぶち撒けていた。
 運に助けられた――しかし後藤を倒すには、その程度ではまるで足りない。

 後藤はヒビの入った歯に代わる新たな歯を作り出す。
 複数のパラサイトを統率するだけで莫大なエネルギーを必要とする頭部が変形する事で、後藤の全身は隙を見せた。
 後藤のプロテクトが無くなる、ジェレミアにとって最後の好機となる。
 しかし後藤とて理由なく隙を見せた訳ではない。
 痛みに鈍いパラサイトにとっては、急いで歯を再生させる必要などない。
 ジェレミアが攻撃して来ないと判断したからこそ、急がなくてもいい変形をする余裕がある。

「はぁっ……はぁっ……!!」

 血の滴る脇腹を押さえながらジェレミアが膝を着く。
 途中で刃が止まり運良く即死を免れたとは言え、傷は深く出血は止まらない。
 嘔吐感と共に口の中に濃い鉄の味が広がる。
 後藤の隙に気付いてはいても、すぐに動けなかった。
 だが震える足で無理矢理に体を支え、駆ける。
 そして後藤の腹へ剣を突き立てた。

「惜しかったな」

 後藤の腹を貫くはずだった剣は、硬い皮膚の表面で止まっていた。
 ジェレミアが立ち上がるよりも早く歯の生成を済ませた後藤は、既に全身をプロテクトし直していたのだ。
 僅かな傷も付けられず、逆に亀裂の入っていた剣は砕け散った。
 後藤が脚を折り曲げ、その膝でジェレミアの腹を抉るような勢いで蹴り上げる。
「ぐ、ぁ……っ」
 ジェレミアは防御も出来ずにその一撃を受け、身体を宙に浮かせた後で地面に強く打ち付けられた。
 痛みに苛まれて呻き、蹲る。
 一度は上半身を起こしたものの力が抜け、再度地面に這い蹲った。
「ゲホッ、ごふっ……」
 咳き込むと血が撒き散らされ、手足はガクガクと痙攣する。
 そしてジェレミアに当たっていた陽光が遮られ、影が出来た。

「よく持った方だが……終わりだ」

 太陽を背にして傍らに立った後藤を目にし、ジェレミアはもう一度足に力を篭める。
 長く続いた攻防で体力は限界まで削られ、全身が悲鳴を上げる。
 よろめきながら立ち上がるが、武器はもうない。
 それでもジェレミアは拳を握り、素手で後藤に殴り掛かった。
「はあああああああ……!!!!」
 後藤を一撃で仕留めて走れば、まだ間に合うかも知れない。
 今まで届かなかった手が、今度こそ届くかも知れない。
 例え不可能であっても、ここで諦めれば更に失う事になる。

 しかしジェレミアが腕を振り上げた瞬間、声が差し挟まった。

「衝ぉぉ撃のおおぉおぉぉぉぉぉ――」

 それは後藤にとってもジェレミアにとっても聞き覚えのある声。

「ファーストブリットぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!!!!!」

 後藤の顔面に向かって横合いから、最速で向けられた一撃。
 それを反射的に刃から変化させた盾で受けた後藤は、攻撃されたのと逆の方向に跳ぶ事によって勢いを和らげた。

ストレイト・クーガー……」
 ジェレミアが名を呼ぶと、クーガーは後藤と向き合ったまま振り返らずに問うた。
「つばささん達は裏門か!?」
「つかさだ……」
「どっちでもいい!!
 さっさと行け、こいつは俺が相手をする!」
 律儀に訂正するジェレミアを半ば無視しながら、クーガーは顎で裏門の方角を指し示す。
 これまで後藤によって塞がれ、どう足掻いても開けなかった道が開けた。
「恩に着る……!」
 クーガーの不調についてジェレミアもアイゼルから聞かされている。
 故に後藤と一対一で向き合わせる事に抵抗はあったが、この場ではアイゼル達の安全以上に優先される事はない。
 ジェレミアは走り去り、後にはクーガーと後藤だけが残された。


 ロロが手にしたフラムを見て、アイゼルはすぐに合点がいく。
 アイゼルのフラムを受けてから彼が立ち上がるまでに時間があった。
 彼はその間に自前の、傷を完治させるような――リフュールポットよりも優秀な回復アイテムを使った。
 そして更に、つかさのデイパックを物色したのだ。
 今も逃げたのではなく、爆発に巻き込まれないよう用心して離れただけ。
 そこまで気付いても、アイゼルの足は動かなかった。
 血を失った体は重く、動かない。

 つかさを苦しめてから殺すと言ったロロが、なりふり構わずに一撃でアイゼル諸共彼女を殺そうとしている。
 それはアイゼルがギアス以外の未知の能力によってロロを追い詰め過ぎてしまったせいだ。
 悔いてももう遅い、離れた場所にいるつかさを庇う事も出来ない。
 ゾルダのエンドオブワールドを材料にしたフラムの威力は既に一度試している。
 周囲の民家の塀まで崩したあの力は、レジストを持つアイゼルが万全の状態で受けても危険だ。
 まして今は負傷しており、つかさに至っては身を守る術を一切持たない。
 フラムが炸裂すれば、アイゼルもつかさも死ぬ。

(つかささん、ごめんなさい……)

 錬金術の師として、彼女を守りたかった。
 ヘルミーナなら、イングリドなら――或いはエルフィールなら、こうはならなかっただろうか。
 もっと強ければ、もっと非情でいられたら、もっと優秀な錬金術士だったなら、彼女を守れただろうか。

 諦めかけたそこへ、声が届いた。

「アイゼル!!」

 その声はとても意外で、アイゼルは反射的にそちらに視線を奪われる。
「ジェレミア、卿……」
 助けに行くつもりだったはずなのに、助けに来られてしまった。
 申し訳なさと共に後藤の事が気に掛かるが、今はそれどころではない。
 裏門まで辿り着いたジェレミアがアイゼルの方へ駆け寄ろうとしている――それでも状況は悪いままだ。
 ハッとしてロロの方へ視線を戻す。

「みんな、死んでしまえ……!!!!」

 駆け付けたジェレミアを目にしながらロロは止まらない。
 叫ぶ声と共に、ロロはフラムを投げた。
 一度ロロの手を離れてしまえば、もう爆発を止める手段はない。

 切迫した状況下で、アイゼルに手が差し伸べられた。



 ロロが投げ込んだフラムを目視し、ジェレミアは舌打ちする。
 この状況に至るまでの過程を想像している時間はないが、これから訪れる結果が最悪なものだという事だけは確かだ。

 フラムを直接弾く――否。
 フラムは恐らくアイゼル達とロロの中間地点で爆発する。
 だがジェレミアの位置からはアイゼル達の所まで間に合うかどうかさえも危うく、フラムに手が届く前に爆発が起きるだろう。
 そうなればジェレミアはともかくつかさもアイゼルも死ぬ事になる。

 つかさとアイゼルを抱えて少しでも爆発地点から離れる――否。
 ジェレミアの右腕は使い物にならない。
 普段ならともかく、今は人を二人運ぶ事は不可能だ。

 つかさとアイゼルを庇う――否。
 ジェレミア一人では、両者とも小柄とは言え人間二人を爆発から庇う事は出来ない。
 フラムが一度使われたと思しき周囲を観察すれば、フラムの威力は窺い知れる。
 中途半端に守ろうとしても二人共爆発の余波を受け、最悪どちらも命を落とす。
 そもそもつかさとアイゼルの二人の位置が離れている以上、両方を庇うには一人を抱えて移動しなければならない。
 今のジェレミアには難しく、時間も余裕も残されていない。

 故に助けられるのは――庇えるのは、つかさとアイゼルのうちの、どちらか一人だけ。

 だからジェレミアは、アイゼルを選んだ。
 一瞬の判断で、迷ってはいられなかった。
 フラムがロロの手を離れてから爆発するまで数秒、その間に彼女を助ける為に疾走する。
 痛みさえ忘れ、真っ直ぐに。

「アイゼルッ!!!」

 もう一度彼女の名を呼び、ジェレミアは手を伸ばす。
 皇族達にも、同行していた女性にも、今まで誰にも届かなかった。
 誰も助けられなかった。
 もう同じ事は繰り返すまいと、その一心で走る。
 その為に、ジェレミアはつかさを見捨てた。

 アイゼルに手を伸ばしながら、ジェレミアの視界の端につかさが映る。
 足に怪我をして身動きの取れないつかさは泣き出しそうな表情だった。
 泣き出しそうな表情で、ジェレミアと目が合った瞬間――彼女は強く頷いた。
 自分の死が間近に迫っている事を知りながら、それに怯えながら。
 「助けてあげて」と。
 そう言っているように見えた。


 そして、フラムは炸裂した。



 クーガーが目覚めたきっかけは爆発音だった。
 全身の痛みの為に意識が戻ってから立ち上がるまでに時間が掛かってしまったが、動けるようになるとすぐに救護室を出て周囲を確認。
 爆発が起きた裏門の方角へ向かおうとしていたのだが、それよりも先に正門付近で戦うジェレミアの姿を発見した。
 そして敵対する相手が、風貌こそクーガーの知るものと異なるが後藤であると気付く。
 僅かに逡巡してからクーガーは裏門ではなく正門へ走った。

 二人の間に割って入ってからジェレミアを裏門へ向かわせたクーガーは、後藤の出方を伺う。
 だが後藤がジェレミアを追い掛ける気配はなく、クーガーはアルターを纏った脚を屈伸させながら尋ねた。
「何だ、追わないのか?」
「……俺は戦えればいい」
「そーかい」
 クーガーが言い終わるより早く、二人は一度目の放送の前に中断した戦いを再開した。

 クーガーが飛び蹴りを放ち、後藤が二本の左腕を束ねて盾に変えて受け止める。
 次いで後藤が蹴りで空中にいたクーガーを狙うも、クーガーは蹴りに使わなかった方の足裏で止めた。
 衝突によって弾かれるように両者が距離を取る。
 体力を失っているクーガーと右腕を失くした後藤は互角だった。

 しかし戦闘が長引けば不利になるのはクーガーの方だ。
 こうして戦っている間も両脚に激痛が走り、力を抜けば膝から崩れ落ちてしまうだろう。
 だから短期決戦が必要になる。
 クーガーは後藤から更に距離を置く為に後方に向かって大きく飛び、着地する。

 フォトンブリッツ――クーガーが持つ最速の手にして諸刃の剣。
 使えばクーガーはここで命を落とす事になる。
 だが命懸けで討つだけの理由がある相手だ。

 その最中、裏門の方角から再び爆発音が轟いた。
 時間にしてジェレミアが到着した頃だが、裏門で何が起きているのかはとても想像出来なかった。
 出来る事ならクーガーも駆け着けたいところだが、後藤がそれを許す相手でない事は重々承知している。
 つかさやアイゼルの事を気に掛けながら、クーガーは全てを諦めた。
 目の前にいるこの化け物を倒す為に、残る力の全てを注ぎ込む。

 クーガーが周囲の物質を分解し、再構成させる。
 後藤はそれを興味深げに見詰める――が、両者は同時に気配を感じて正門の方を見た。

「ああ、俺の事は気にすんな。
 ただ見学してるだけだからよ……そのまま続けてくれ」

 その男は隠れる素振りすら見せずにそこにいた。
 全身を包帯に覆った、薄紫の着流しの男。
 後藤とクーガーの両方から視線を注がれながら、まるで動揺する様子はない。
 軽薄そうな口調とは裏腹に男の眼は真剣なもので、この場で起きる全てを一つ漏らさず観察しているようだった。

「……また仕切り直し、だな」
 クーガーにとっては敵か味方かも判然としない男の登場だったが、後藤はあっさりと身を引いた。
 拮抗した状況が崩れる危険を察知しての事だろうかと推測してみるものの、実際のところは分からない。
 後藤は跳躍し、正門でも裏門でもない病院を囲む塀を飛び越えて姿を消す。
 その目線は最後まで、クーガーではなく包帯の男に向けられていた。

「逃げちまったか。
 面白えもんが見れると思ったんだが、残念だな」
 男がクーガーに襲い掛かって来る様子はない。
 それを確かめたクーガーは警戒をそのままに、男を置き去りにする形で裏門に向かって走る。
 ジェレミアは二人のもとに辿り着けたのか、つかさとアイゼルは無事なのか。
 後藤の脅威が一時的にであれ消えた以上、クーガーにこれ以上の関心事はない。

 そして裏門に到着したクーガーを出迎えたのは数カ所に広がる血痕と原形を留めない塀、一部が崩れた民家に爆発痕。
 惨状と呼ぶにふさわしい光景だったが人の姿は見当たらない。
 ここには少なくともつかさ、アイゼル、ジェレミア、それに恐らく危険人物の四人がいたはず。
 その誰もがここに残っていないという事は移動したのだろうか。
「つばささん、アイゼルさん、ジェレミア卿!! どこに――」
 呼び掛けながら先に進もうとした時、クーガーの耳に小さな声が届く。

「クーガー……さん……」

 消え入りそうな弱々しい声――少し離れた民家の庭からの呼び掛け。
 クーガーはすぐに声の出所に気付き、駆け寄った。


 フラムを投げる直前にジェレミアの姿が目に入っても、ロロに迷いはなかった。
 ルルーシュよりも他人を優先した裏切り者。
 何より携帯電話越しに聞いた、ナナリーを探す彼の声を思い出す。
 フレイヤによって政庁ごと消し飛んだナナリーは死体も残らなかった。
 それなのに捜し続ける彼の姿勢は、余りに不愉快だった。

 ジェレミアの存在は、邪魔だった。
 ルルーシュの前に現れた瞬間から信用され、既に嚮団殲滅戦と第二次東京決戦の二度の戦闘に起用されている。
 嚮団から奪ったジークフリートを改造したワンオフ機、サザーランド・ジークまで与えられた。
 アリエス宮――ロロの知らないルルーシュの過去を知る、腹心。
 しかもロロにとって天敵とも言えるギアスキャンセラーを持っている。
 ルルーシュのギアスが暴走した際に止められる唯一の人間。
 ロロにとっては目の上の瘤だ。
 それをここで始末出来るなら、これ程都合の良い事はない。
 つかさを甚ぶって殺せない点には悔いが残るが、邪魔者を三人も殺せる絶好の機会。
 故に、ロロはフラムの使用を躊躇わなかった。

 爆発による閃光と爆音、爆風にロロは反射的に腕で両目を覆って保護した。
 だがその直前に目にした光景に狼狽する。

 轟音の後、徐々に煙が晴れていく――そして改めて状況を確かめ、直前に見たものが見間違いでない事を知った。
 同時にジェレミアの生存を確認する。
「ッ……!!」
 怯えるようにロロはその場から逃走した。
 つかさのデイパックを回収してからズーマーに乗り込み、一度も振り返らなかった。

(どうして……何で!?)

 何度か角を曲がって病院からある程度距離を取った後、ロロはズーマーから降りて座り込んだ。
 痛む胸を押さえ、息を整える。
 アイゼルと戦ってからずっと頭痛が続き、このまま運転を続けるのは危険だ。

 休憩して気持ちを鎮め、それでも疑念は拭えない。
 つかさは信用出来るか定かでない状態のロロを前に、ルルーシュ殺しの罪を認めた。
 それなら同盟関係にあるジェレミアにも当然言っているはずだ。
 しかしつかさはジェレミアに殺されていなかった。
 その上――

(何で……!?)

 具合がある程度回復したのを確認し、ロロはズーマーに乗って逃走を再開する。
 爆発の後、ジェレミアは死んでいなかった。
 ジェレミアの姿を見た上でフラムを投げたからには、彼との敵対は必至。
 だが戦うには相性が余りに悪く、病院には戻りたくとも戻れないのだ。
 追って来られる可能性も考えれば、少しでも離れなければならない。

 そう思ったロロの数メートル先、立ち並ぶ民家の屋根の上から道路の中央に人影が降り立った。
 ロロは急ブレーキを掛けてその影の直前で止まり、慌ててズーマーを降りる。

「ジェ、ジェレミア……」

 道を阻んだのは、今まさに会いたくないと思っていた相手。
 右半身を血で染め上げたジェレミアがそこに立っていた。
 左手には抜き身の日本刀を握り、仮面の下から覗く左目の視線はロロに向けている。
 彼に表情はなく、呼び掛けに対する返事もなかった。

 片腕で運転するロロはズーマーの速度を上げられず、その後に短いながらも休憩を取った。
 対するジェレミアは屋根伝いに最短距離で移動し、義眼の視力を利用してロロが逃げた方角、そしてエンジン音からこの位置を特定したようだ。
 それでもズーマーでの逃走にこうも簡単に追い付かれるとは思っておらず、ロロは歯噛みする。
 憎しみと共に彼を睨み付けるが、同時に彼から向けられる殺気に膝が笑っている事に気付いた。
 無表情ながら、後藤から向けられたものとは違う――敵意も殺意も憎悪も、人間の負の感情を何もかも混ぜ込んだような視線だった。

 だがすぐに冷静になる。
 目の前の男は満身創痍――初めにロロの前に現れた時点で血塗れで、更にフラムの直撃を受けたのだから当然だ。
 肩で息をしている状態で、ここまで追い付くのがやっとだったのだろう。
 こうしている間にもジェレミアの右手からは少しずつ血が滴り、コートの赤い模様が広がっていく。
 例えジェレミアがどれだけの殺意を抱いていようと、ギアスキャンセラーがあろうと、今なら勝てるかも知れない。

「……何で……兄さんを殺したって知ってて、つかさを殺さなかったんだ」

 勝ち目が見えた事で余裕が出来たロロは、答えの出なかった疑問を口にする。
 ジェレミアはそれに、答えようとする素振りすら見せなかった。
 その態度が余計にロロ苛立たせる。
 もしかしたら知らなかったのかも知れない、という可能性もこれで消えた。

「何で、……何で僕の邪魔をした……!」

 爆発の前後の光景を思い出す程に怒りが湧き、握った拳がわなわなと震えた。
 それでもジェレミアは答えない。
 ロロは叫ぶように、ジェレミアへの怒りをぶち撒ける。


「何でつかさを庇ったんだよ!!!!」


 ジェレミアは何も答えない。
 ぼんやりとした機械的な光を帯びた左目の奥からは、彼の真意を読み取る事は出来なかった。


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127:死せる者達の物語――Everything is crying ジェレミア・ゴットバルト 127:死せる者達の物語――I continue to fight
柊つかさ
アイゼル・ワイマール
後藤
志々雄真実
三村信史
ロロ・ランペルージ
124:消せない罪 ストレイト・クーガー



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