死せる者達の物語――Everything is crying

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死せる者達の物語――Everything is crying  ◆.WX8NmkbZ6



「弱肉強食。それがこの世の理だ」
「そいつは何度も聞いたぜ、ゴシュジンサマ」
「いいや、てめーはまだ分かってねぇ」

 俺自身、理解はしている――俺は志々雄に心酔している。
 志々雄のイカレた考え方に共感しようとしている。
 今更その事を否定するつもりも、後悔するつもりもないさ。
 だけど、どうしても俺は忘れられない……いや、あの病院で思い出しちまった。
 政府が仕組みやがったプログラムに最後まで抗った、瀬戸豊の事を。
 俺が進む道は、選択は本当にこれで合ってんのかって……疑問がよぎっちまう。
 弱肉強食が。
 志々雄真実の言うこの世の理が。
 本当に正しいのか……?

 志々雄の立ち回り方によっては、あの出来事は起こらなかった。
 後藤をあの場で確実に仕留めたり、もっと早く病院に向かったり、な。
 その事が、俺を迷わせる。
 志々雄はそれに気付いてるから、こんな話を振ってくるんだろうな。

「三村。俺の言ってる事がまだ分からねェってんなら思い出してみろよ。
 ついさっき、あの病院で何があったのかよ」

 病院での出来事に、俺達は最初から最後まで部外者だった。
 だから俺達が知っているのはそこにいた奴から聞いた話と、そこから推測した事の顛末だけ。
 それでもやれってか?
 ……OK、ゴシュジンサマ。
 犬らしく、言われた通りに思い出すさ。
 あんたのNo.2でいるにはそれが必要なんだろ?

 既に終わった出来事――二人の道化と、化物と、弱者達の物語を。


 ギアス、C.C.V.V.、嚮団の話。
 ジェレミア・ゴットバルト自身の話に、その主君であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの話。
 またギアスユーザーであるロロ・ランペルージの能力と、彼が兄の為に殺し合いに乗っている可能性があるという話。
 総合病院の給湯室で錬金術の作業をするアイゼル・ワイマール柊つかさの背に向かって、ジェレミアは訥々と語る。
 そして彼は話を終え、アイゼルとつかさから特に質問がない事、それに幾つかの注意事項を確認してから給湯室を出て行った。
 二度目の放送の前に大規模な爆発が起きたこの場所には、どんな参加者が訪れてもおかしくない。
 それでもアイゼル達はこの場に留まらねばならず、その為に見張りが必要なのだ。

 ジェレミアがクーガーを背負って移動する形であっても、この病院からは早く離脱した方がいい。
 戦闘要員がいない状態で動く危険とこの場に留まる危険なら、恐らく後者の方が大きい。
 しかしここの給湯室は一度調合を行っているので、次の調合の準備がすぐに出来るというメリットがある。
 それにつかさが言うには、大きい病院だけあってここは一般家庭のキッチンよりも広く使いやすいという。
 そうなるとアイゼルとしては、せめてリフュールポットの調合が終わるまではここに留まりたいのだ。
 ジェレミアは渋っていたものの、いざという時にはクーガーや彼自身を見捨てる覚悟をする事を条件に認めてくれた。
 アイゼルも危険は承知の上なので、戦う力を持たないつかさにフラムをもう一つ持たせ、いざという時には躊躇わずに使うよう言い含める。

 ジェレミアやクーガーを見捨てる。
 つかさがフラムで人を傷付ける。
 そんな瞬間は来て欲しくないと思いながら、アイゼルはつかさと共に作業を続けた。

 そんな中で、アイゼルは得られた情報を整理する。
 ジェレミアから聞かされた話は、錬金術を扱うアイゼルにとって時間を掛ければ納得も理解も出来るものだった。
 錬金術を極めれば不老不死とて可能――アイゼルも「手段を問わなければ出来ない事はない」と考えているが故だ。
 しかし、実際にそれを手にした者をアイゼルは知らない。
 それを殺し合いを主催したV.V.と、その参加者の一人であるC.C.は持っているのだという。

 相変わらず疑問が残るのはV.V.がこの殺し合いを始めた理由だった。
 アイゼルの考えを裏返せば不老不死は「手段を選んでいては出来ない」ような事。
 それを既に手にしているV.V.が今更何を求めているのか。
 話の途中、アイゼルが最初に考えたのはルルーシュの嚮団殲滅に対する報復だ。
 しかしそれはジェレミア自身が否定した。
 そんな個人的な思惑が背景にあれば、同時にもっと極端な個人攻撃をしているはずである。
 例えばナナリーを殺し合いに参加させたり、最初に参加者を集めた場で彼女を見せしめとして殺害したり。
 それをしていない以上は他に目的があるはず、というのがジェレミアの意見だった。

 代わりに彼が挙げた可能性が、現ブリタニア帝国皇帝とV.V.の間で進められていた計画。
 二人の計画への執着は並々ならぬものだったらしい――だが詳細はジェレミアも知らされていないという。
 V.V.に関する情報は増えたものの、これ以上は考察しようがなかった。

 それに、これまでの会話や動向は全てV.V.に筒抜けになっている。
 それこそがジェレミアがこれまで情報の開示に踏み切れずにいた原因だった。
 「本当に話されたくなければ、そもそも私やC.C.はこの場に連れて来られていない」。
 「連れて来なければならない必然があったのなら、話したところで首輪を爆破されるとは思えない」。
 ジェレミアなりに悩み、その末に全て話すという結論に至ったようだった。
 そして今こうして会話していた三人が無事でいるという事は、彼の判断は正しかったという事になる。
 同時にこの話は、V.V.にとって首輪を爆破してまで止める必要のないものだったとも言える。
 V.V.自身に関わる情報が明かされても、脱出や反逆をされない自信があるのだろう。
 ここを出る希望は未だ見付からない。

 ただ、一つ仮説を立てる事が出来た。
 この会場に参加者を集めるにあたり、参加者一人一人がギアスを掛けられたのではないか、と。
 ギアスが効かないジェレミアやC.C.には別の方法を用いた事になるが、前後の記憶がないという後遺症が一致している。
 ギアスユーザーは一人一人が異なる能力を持つそうだが、能力によっては参加者集めも容易いはずだ。
 嚮団が殲滅されたと言っても、V.V.の他にギアスユーザーが関わっている可能性は高い。
 手の内の知れないV.V.だったが、僅かながら姿が見えたのは大きかった。

 考えているうちにリフュールポットは完成間近となり、アイゼルはホッと息をついた。
 最初に錬成した物よりも材料の品質に気を遣ったので、高い効果が期待出来る。
 これでジェレミアに残った疲労も怪我も回復するだろう。
 クーガーの完治には高品質のエリキシル剤のような特殊な従属効果が必要だが、今は病院から動けるようになる事が第一だ。
 鍋の様子見をつかさに任せ、アイゼルはいつでもここを離れられるよう片付けを済ませた。
 そして残りの時間を無駄にせず、つかさの錬金術メモに書き足しをしながら完成を待つ事にした。

 アイゼルは書きながらふと顔を上げ、つかさの背を見詰めて溜息を吐く。
 ジェレミアとつかさの確執。
 一定の解決は見たものの、つかさは当然まだ引き摺っているし、ジェレミアとてこれで話を終わりとする訳にはいかないだろう。
 アイゼルにしてみればもどかしい案件だ。
 二人はお互いに憎み合っている訳ではないが、水に流す事も出来ない。
 本当に解決する時が来るとすれば、それはずっと――何年も先の事だろう。
 二人とも悪人ではない、むしろ人の好い部類に入るだけに、アイゼルは二人の間の埋まらない溝が悲しかった。

 何とか出来ないものだろうか、と考えつつ鉛筆を紙の上に滑らせていく。
 だが強く四度扉が叩かれた事で、アイゼルは背筋を凍らせて手を止めた。
 それはジェレミアが給湯室を出て行く前に決めた合図だ。
 北岡のような顔見知りの参加者が訪れた場合は、普通に扉を開けて報告すればいい。
 しかしそれ以外、敵味方の判断が出来ない相手が来た場合はそんな暇はない。
 だからジェレミアがここを離れる際には、扉を叩く回数によって危険度を知らせるように決めていたのだ。
 危険が高ければ回数も増え、四度叩かれた場合は――明らかな危険、緊急事態。
 ジェレミアが倒される事を前提として籠城し、それが無理と判断した場合は早期に病院から逃走。
 とにかく最悪の事態を考えた上での取り決めだった。

 こんなにも早く合図を使う事になるとは思っていなかった。
 しかし考えてみればエンドオブワールドが炸裂してから二時間以上が経過している。
 やむを得ない事情があったとは言え、やはり長居し過ぎたのだ。
 見通しが、甘かった。
 アイゼルは手早くコンロに掛けていた火を消し、脇に置いていたデイパックを取る。
 無理はしない、戦闘には加わらない、合図を決める際にそう合意したはずだった。
 だがアイゼルはこれまでずっと、何とか出来たはずの事態を傍観して来た。
 何も変わっていない自分が嫌で、とにかく状況を判断しようと部屋の小窓から顔を出さないようにしながら外を覗く。

「ガアァァアァアアアアアアアアアアアア!!!」

 壁も窓も突き破るように響く獣じみた咆哮に、アイゼルとつかさは怯んでしまう。
 正門近くでジェレミアの対面にいたのは、右腕と両足を鉤のように変形させた異形の化け物。
 特徴は完全には一致しなかったが、クーガーから聞いた後藤だとすぐに分かった。
 それ程に圧倒的な存在感だった。
(ダメ。助からない。
 ジェレミア卿……私とつかささんも探し出されて、殺される!!)
 死が明確に、目の前に見えた。
 ジェレミアと話していた時はピンと来なかったが、これが「籠城が不可能な状況」なのだ。

「つかささん……逃げましょう」
 「でも」と抗議に近い声を上げたつかさの手を取り、アイゼルは給湯室を出る。
 未完成のリフュールポットや未だ目を覚まさないクーガーの事が気に掛かるが、今は後回しにせねばならない。
 クーガーとジェレミアを見捨てねばならない時が、来てしまった。
 だが足を怪我しているつかさを逃がし、その後でジェレミアの援護に戻るつもりでいる。
 「協力する」と言いながら彼を置き去りにする事は、アイゼルには出来ない。
 出来れば彼と二人で後藤の足止めをしながらつかさを逃がしたいところだが、つかさ一人では他の参加者に襲われた際に危険だ。
 最優先すべきは、まだ二十歳にも満たない少女の安全。
 向かうのは正門と反対方向にある裏門。
 しかしジェレミアの事が心配になって、途中の廊下の窓から正門の方を見た瞬間――後藤と、目が合った。
「……!!」
 純粋な殺意に足が竦み、座り込みそうになる。

 その後藤の視線を遮ったのは白煙だった。
 ジェレミアの支給品の煙球で後藤の周囲に煙が立ち込めたのだ。
 アイゼルはジェレミアからの助けを受けながら再び走り出す。

 院内の廊下を通って裏口を出、裏門へ向かう。
 裏門を出た先は車が二台すれ違える程度の広さの一本道が続いており、視界を遮るものは何もない。
 だから二人の進む道を阻む少年の姿がすぐに目に入った。
 一刻も早くつかさを逃がそうとしていた、その足が止まってしまう。

ルルーシュ・ランペルージに会ってませんか?」

 黒い学生服に栗色の髪。
 幼い顔立ちの少年から前置き無く投げ掛けられた質問に、握っていたつかさの手が瞬時に強ばり顔が蒼白になる。
 アイゼルはこの少年についてすぐに思い当たった。
 ジェレミアから聞かされた、ルルーシュの偽りの弟――『絶対停止の結界』を持つ、殺し合いに加わっている可能性があるギアスユーザー。


 負傷した人間や弱い人間が集まりやすい場所。
 殺し合いが始まって半日が経ち、焼け跡から戦場にもなった事が窺える場所。
 必ずここには餌が居る、居なければならない。
 総合病院に到着した後藤は半ば理性を失いながら、獲物を捜して正門からその敷地へ足を踏み入れた。
 草の根を分けても捜し出す、食い殺す。
 そして未だバランスの取り方の掴めない身体に苛立ちを募らせる後藤の視界に、動く物が映った。

 それは後藤の目が普通の人間と同じ二つであったならば、死角となっていた角度。
 周囲の観察の為に後頭部の裂け目から覗かせていた目が、振り下ろされる金色の剣を捉えた。
 殺気を剥き出しにした後藤に奇襲を仕掛けたのは、仮面の男だった。

 首筋を狙った一撃を変形させた二本の刃のうちの一本で弾き、残る一本で男の胸を狙う。
 だが初激を防がれた男は即座に後退して胸に突き刺さろうとしていた刃を躱し、後藤から距離を取った。
 普段の後藤ならば、ここでわざわざ逃げずに向かって来た男に対し興味を抱いていたかも知れない。
 しかし今の後藤は逆上している。
 人間は全てただの餌にしか見えない。

「ガアァァアァアアアアアアアアアアアア!!!」

 後藤が怒りのままに吠え、牙を剥く。
 そんな中で病院の片隅で逃げて行く人間の背が見えた。
 二人――餌が逃げる。
 反射的に男を無視して追い掛けようとすると、顔に向かって手のひら大の球体が投げ付けられた。
 咄嗟に右腕を盾に変形させて防御するが、ぶつかった球体は煙を吐き出して周囲を白く染める。

 ここで後藤は既視感を覚えた。
 どこかで同じような事があったような、そんな気がしたのだ。

 それは放送前、人形と少女を相手にした時。
 煙幕弾を使った二人は戦わずに逃げ出し、結局餌にありつけなかった記憶。
 その時の事を思い出すと更に怒りが増し、逃がすまいと右腕を二本の刃に変えて振り回す。
 しかしその時と違うのは、刃が金属とぶつかり合って止まった事――敵はまだ、逃げていない。
「!!」
 煙幕が晴れるのに時間は掛からなかった。
 そして視界が良くなった時には仮面の男は片方の刃を左腕で払い除け、もう片方を剣で打ち払い、後藤の間合い深くまで踏み込んでいた。
 真正面から、後藤の眼に向かって真っ直ぐに突き出された剣。
 刃は敵を逃さないよう腕ごと広範囲に伸ばしてしまい、至近距離まで迫った剣を止められない。
 避けようとするが、咄嗟の体重移動に片腕を失った身体は付いて来られずにバランスを崩した。

 切っ先が後藤の四つの目のうちの一つを傷付ける。
 それでも掠めただけで、後藤はすぐに攻撃に転じた。
 広げていた腕を縮め、至近距離まで接近していた男の背後から二本の刃を振り下ろす。

 だが、肉を裂くはずだったそのニ撃は失敗に終わる。
 男の背と接触した瞬間に金属音が響き、斬る事が出来なかったのだ。
 真後ろからの衝撃に僅かにたじろいだ男は、後藤から見て左側に向かって跳躍して追撃を逃れた。
 そこは本来ならば、後藤の左腕が逃げ道を塞いでいたはずだ。
 分かり切っていた事ではあるが、片腕を失って出来た隙は大きい。

「貴様をこの先へ進ませはしない……このジェレミア・ゴットバルトがな」

 傷付いた眼を肉に埋め、新たな眼を形作る。
 そしてジェレミアと名乗った男を、後藤は四つの眼で改めて注視する。
 軽微であれ傷を負わされ、反撃に失敗した。
 だが病院を訪れた直後と違って後藤の頭は冷え切っていた――我に返った。
 本来ならば一人の人間ごときに手傷を負わされた事で怒りを覚えるところだが、既に逆上し切っていたからこそ別の事を感じている。

 死角からの攻撃と視界を奪う煙幕、背に仕込まれているであろう装備、後藤の腕の欠損を利用した回避。
 後藤が求めていた『戦いの工夫』を見た事で本来の欲求を取り戻す。

 それは食欲に勝る、戦闘欲求。
 戦いこそが自身の存在意義であると、思い出したのだ。
 志々雄に敗北した――だがパラサイトが食う側、人間が食われる側という構図が変わった訳ではない。
 三木を失った――だが頭部以外に未だ三体のパラサイトを従える後藤を倒せる人間は、この会場内とて多いはずがない。
 逆にその敗北と欠損を埋めてこそ、最強のパラサイト足り得る。
 『戦闘の工夫』を求めて来た後藤が、今度は工夫する番になる。
 ただ強大な力で敵を捩じ伏せるだけではない、むしろこれこそが戦いの本質なのではないか。

「……後藤だ」

 ジェレミアの存在は脅威ではない。
 身体能力は高くともあのサングラスの男程ではないし、一見して火器の類は装備していない。
 遠距離攻撃の手段を持たず、出来るのは接近戦のみ。
 また剣の形状を見ると腕に直接仕込む種類のものであり、右腕さえ使用出来なくすれば戦えなくなるだろう。
 ただし万全でない今の後藤が油断すれば、先程のように一矢報いられる可能性はある。
 冷静さを取り戻した後藤は慎重に相手の出方を伺う。

 「先へ進ませない」という言葉から考えれば、ジェレミアの目的は足止め――恐らく病院の裏手に向かった人間を逃がそうとしている。
 その思惑に気付いても、後藤には既に逃げた二人を追うという選択肢はなかった。
 戦えれば、それでいい。
 ただ後藤は機械のように戦いに身を委ねる。


 ロロは放送で篠崎咲世子の名前が呼ばれて少々驚いたが、それだけだった。
 強かろうと死ぬ時は死ぬ、この殺し合いがそういう場なのだという事は既に分かっている。
 故に方針を変える程の事は何も起きていない。
 放送を聞き終えてから更に長く休憩を取り、それから徒歩で総合病院へ向かった。
 ズーマーデラックスを用いなかったのは、片手で運転するには有事の際に危険で、エンジン音が邪魔になるからだ。

 病院に近付き、まずは裏門から中を探る――二人の参加者と出会ったのは、その裏門に入る直前の事だった。
 どちらも女、ロロでも対処し得る殺害対象。
 如何に効率良く殺すかを心中で模索しながら、その前に情報を得ておこうと単刀直入に尋ねる。

「ルルーシュ・ランペルージに会ってませんか?」

 さっと二人の表情が強張ったのを見て、ロロはこの二人がルルーシュについて知っているのだと気付く。
 質問を重ねようとすると、何かを言い掛けた少女の声に被せるようにその隣りの女が答えた。

「ロロさん、かしら。
 私達は……何も知らないわよ」
「……どうして僕の名前を?」

 志々雄の傍に控えていた少女には、「兄」という言葉から名を知られてしまった。
 だが今はその時のようなミスは犯していない。
 緊張を高めるロロに対し、女はすぐに種明かしをした。
「ジェレミア卿から聞いているわ」
 ロロはその言葉を聞いて安堵する。
 ジェレミアとは親しい訳ではないが、同じ陣営に属す仲間だ。
 そのジェレミアから情報を得ているなら、この二人は自分への警戒を解く――殺しやすくなる。
 そう思いロロは一歩、二人に歩み寄った。

 だが二人は同時にロロから距離を取った。
 ロロとの間にある距離を縮めまいと、後ろへ下がったのだ。

「……どうしたんです?」
「貴方の事は、聞いているのよ。
 あなたの能力……それに、殺し合いに乗っているかも知れないって」
 ロロは密かに舌打ちする。
(余計な事を……)
 それもギアスの話までしているという事は、ジェレミアはこの二人――明らかな弱者と同盟関係にあるのだろう。
 つまりV.V.が嘘を吐かないと知りながら、ルルーシュの蘇生よりも弱者の保護を選んだのだ。
(兄さんの家臣だなんて言いながら……!!)
 それはロロにとってはルルーシュへの裏切りに等しい。
 ジェレミアに対し怒りを沸かせながら、ロロは目の前にいる二人の方へ意識を戻す。

「ジェレミアがどう言ったか知りませんけど、僕は殺し合いなんてしませんよ」
 それを聞いても二人は警戒を解かなかったが、少女の方は明確な変化が起きていた。
 顔色は会話した分だけ青ざめていき、これではルルーシュについて深く知っているのだと白状しているようなものだ。

「今……ジェレミア卿は正門で、左腕を変形させる化け物と戦っているわ。
 彼を助けてくれるなら、私はあなたを信じてあげる」
 沈黙を見かねたのか、女が交渉を持ち掛けて来た。
 その『化け物』にロロは心当たりがある――教会で遭遇した後藤だ。
 左腕という部分に引っ掛かりは感じたが、変形する化け物が会場のこんな狭い範囲内にゴロゴロいるとは思えない。

(冗談じゃない……!)

 後藤はジェレミアと二人掛かりでも勝てる気がしない、別次元の相手だった。
 ジェレミアが一人で対処しているとなれば、いずれ彼は死ぬだろう。
 ギアスキャンセラーを持つ彼を倒す手段を持たないロロにとって、それはむしろチャンスだ。

「兄さんの事、知ってるんでしょう?
 あなた方が兄さんの事を教えてくれたら、ジェレミアを助けに行きます」
 心にもない嘘に対して二人が明白に狼狽したのを見て、あと一歩だとロロは密かにほくそ笑んだ。
 ここまで情報開示を躊躇うからには、決定的な情報を得ているはずだ。
「僕は……どうしても知りたいんです。
 僕と兄さんは、たった二人の兄弟だから……」
 同情を惹くように言葉を選ぶが、偽りはない。
 ルルーシュよりも他人を優先したジェレミアとは違う、純粋に誰よりも兄の事を思っている。

「お、お願いします!!」

 涙声で少女が言う。
 それを制止しようとする女を押し退けるように、少女はロロに訴えた。

「私の事は、後で好きにして下さい!
 だから今は、ジェレミアさんを助けてあげて……!!」

 ロロの事を信じ切った、切実な叫び。
 出会ったばかりの相手をこうも簡単に信用するとは、上手く行き過ぎて気持ちが悪いぐらいだ。
 「私の事は……」という一文に妙な引っ掛かりを覚えるも、些末事として聞き流した。
 笑い出しそうになるのを堪えながら、ロロはその続きを聞く。

「私が、ルルーシュ君を……殺し、ました」

 「は?」と、訝しげな声を出してしまう。
 ロロもまさかこんなに幼く見える少女がルルーシュ殺害の張本人だとは思っていなかった。
 だがこれまでの態度、そして今の真剣な表情から考えれば、少女が嘘を吐いている可能性は極めて低い。
 「私の事は、後で好きにして下さい」――つまりは、そういう事なのだ。

 ギョロと目付きが変わる。
 ロロは彼女に、殺意を露わにした。


 どうしても耐えられなかった。
 一生謝り続けるのだと、そう決めたのだから。
 ジェレミアには全て打ち明けて謝罪したのに、ロロには危険だからと真実を黙っている事が正しいと思えなかった。
 何よりジェレミアが一人戦っている――しかも彼と共に戦う事も出来るアイゼルが、自分を逃がす為にここにいる。
 二人の足枷となっている罪悪感が、ますます焦燥を生む。
 助けて欲しい、協力して欲しい、その為なら自分に出来る事は何でもするのだと。
 そしてつかさは、罪を告白した。

 つかさは成長した、強くなった。
 ただ守られるだけだった頃とは違う、努力もしている。
 けれどつかさは人の悪意に対し余りに鈍かった。
 ジェレミアとの決裂を免れてしまったが為に、『最悪の事態』を知らずにここに至ってしまった。
 余りにお人好しな、一般人だった。

 ロロが放つ不穏な空気につかさもすぐに気付く。
 それはただの怒りではない、ジェレミアと衝突した時とは違う。
 それは殺意なのだと、浅倉やゾルダと接触して来たつかさは知っている。
「あ……」
 目の前に蛮刀を振り上げたロロがいた。
 つかさが向けられた殺意に呆然としたのは一瞬だった、彼とは数メートル以上の距離を置いていた、彼は手ぶらだった。
 それなのに彼が近付くのも刀を出すのも見えなかった。
 ロロのギアス、絶対停止の結界――ジェレミアの説明はつかさには難しかったが、これで身をもって思い知る事になる。

 そのロロの蛮刀を受け止めたのはアイゼルだった。
 これまでずっと使う事のなかった日本刀で彼の一撃を押し返す。
 アイゼルの力は強いとは言えないが、片腕の彼よりは有利なようだった。
「っ、どうしてギアスが……!!」
 悔しげに言いながらロロが離れる。
 つかさも不思議に思う――彼のギアスは一定の範囲内の全ての人間に作用するという話だった。
 しかしアイゼルはロロと同様にデイパックから日本刀を抜き、彼の行動に対応している。
「つかささん、鐘を!」
 アイゼルの声を聞き、ハッと我に返った。
 つかさはすぐに合点が行き、自身のデイパックに手を入れた。

「させるか!!」
 鬼気迫るロロの声につかさが怯み、同時に彼と対峙した状態にあったアイゼルの動きが止まる。
 アイゼルの刀は容易く払われ、無防備になった彼女をロロが袈裟懸けに斬り裂いた。
「アイゼルさんッ!!!」
 飛び散る血を見て悲鳴に近い声で叫びながら、急ぎ眠りの鐘を引き出す。
 そして鐘を握った手を振り上げた。
「させないって……言ってるだろ!!」
 ぶん、とつかさが鐘を握った手を振り下ろす。

 しかし鐘は鳴らず、つかさは「え?」と間の抜けた声を出してしまう。
 見れば鐘は斜めに斬られ、鐘としての機能を果たせなくなっていた。

 そして見上げれば、ロロがいる。
 その眼を見ただけで、つかさは呼吸する事も動く事も出来なくなった。
 浅倉のものとも違う、つかさだけに向けられた殺意と悪意。
(強くなったはずなのに……)
 カタカタと震えながら地面に尻餅を着いてしまう。
 落としたデイパックに手を伸ばすが、震えてしまって中から物を取り出せない。
 ロロは黙ったまま、刀をつかさの右足の甲に突き立てた。

「あ、あぁっぁぁあああああぁあぁあああああ!!!!」
 悲鳴を上げて刀を抜こうとする。
 けれどロロは上からそれを押さえており、外せない。
 ぐり、と軽く刀を捻られただけでつかさは気を失いそうになった。
「ゃ、痛……ああああ!!!!!」
 涙をボロボロと落としながらロロを見上げる。
「お前が悪いんだ……兄さんを殺したお前が、全部全部全部全部」
 憎悪の言葉を吐き、それでも顔はとても嬉しそうだった。
 刀に触れて抜こうとするつかさの手を踏み付ける。
「~~~~~ッ!!!」
 体重の掛かった足の裏が指を千切るようで、刺された足の痛みと相まって悲鳴が声にならない。
 地面にはじわじわと血が広がり、横に落ちていたデイパックに染み込んでいく。

 それでもつかさは唇を噛み締め、叫び出したくなる自分を押さえ付ける。
 歯の根がガチガチと震えて合わなくなる、それでもロロに向かって話し掛けた。

「お願い、……します……」
「は?」

 あからさまにロロは不機嫌な様子を見せるが、今のつかさに出来る事はこれだけだ。

「助けに、行ってあげて……。
 お願――」

 言いかけたところでロロに頬を蹴られた。
 唇の端が切れて血が滲み、鉄の味が口の中に広がる。
(でもルルーシュ君も、お姉ちゃんも、次元さんも、奈緒子さんも……もっと、痛かったよね)
 足を刀に拘束されたままつかさは地面に倒れる。
 それでも起き上がり、もう一度ロロを見上げた。
「何回でも、蹴っていいから……お願いします……」
 ロロは黙り、つかさを睨んでいた。
 つかさも黙って、彼の返答を待つ。

 やがてロロは刀をつかさの足から引き抜いた。
「いっ……!!」
 声を上げそうになりながら押し殺し、傷に手を当てる。
 痛がっている暇はない。
 いまはただ、何としてもロロを説得せねばならない
「つかさ……って呼ばれてたっけ」
 痛みを考えないようにするつかさに、ロロは言う。
 つかさは返事をしようとするが声が出なかった。

 そしてロロはつかさの返答を待たずに、つかさの腹を蹴り飛ばす。
「!! ぁ、は……ッ」
 唐突な痛みにつかさの思考は追い付かない。
 その間にロロは何度も、何度も、何度も、同じ箇所に蹴りを入れる。
 つかさが手で腹を守ろうとすればそれごと蹴り抜いた。

「何で僕が、お前の言う事を、聞くと、思うんだよ!!!
 兄さんを殺したくせに、殺したくせに、殺したくせに!!!!
 ここで殺すに決まってるだろ、僕がこの手で、お前が苦しむように、殺してやる、殺してやる、殺してやる!!!」
 つかさが苦痛の声を漏らし、胃の中の物を吐き出し、それでもロロの激情は止まらない。
(ごめんなさい……私やっぱり、何の役にも……)
 諦めてつかさは目を閉じた。

 しかし突然鼓膜を破りかねない程の大きな爆発音と共に、閉じた瞼に強い光が刺さる。
 体に熱風を浴びて煽られ、コンクリートの上を転がされた。
 呻きながらつかさは目を開け、よろよろと起き上がる。
 周囲の黒煙が晴れるとロロは病院から遠ざかる形で、十メートルは離れた所に倒れていた。
 辺りに火薬の臭いが満ち、一本道を形作っていた民家の塀はそこかしこが崩れて爆発の激しさを物語っている。
 爆発の原因は、フラム。

「ごめんなさい、遅くなったわ……」

 アイゼルがロロにフラムを投げたのだ。
 時間が掛かったのは恐らく少しの間気絶していたせいだろう。
 斬られた箇所から血を流しながら心配してくれるアイゼルに対し、つかさは「大丈夫です」と無理矢理笑って見せた。

「ロロさんは……」
「あの威力では、分からないわ。
 でも今は、とにかく回復してここを離れ――」
「あれ……」
 アイゼルにリフュールポットを使おうとするが、つかさの傍にあったはずのデイパックは見当たらなかった。
 爆発の衝撃でどこかに飛ばされてしまったらしい。
「どこに――」
 探そうとして見回し、つかさは気付く。

 ロロが立ち上がっていた。
 学生服は焼けてボロボロになりながら、破れた隙間から覗く肌には傷一つない。
 そして彼の手にはデイパックがある。
 血の付着したそれは彼のものではなく、つかさのものだ。
 彼はつかさとアイゼルがそれを探していた事に気付いていたようで、わざわざ見せ付けるようにして後方に投げ捨てた。
 回復手段はもう無い、残った二つのフラムもあのデイパックの中だ。

「平気よ」

 だがアイゼルはつかさを勇気付けるようにそう語り掛けた。
「つかささん、これで止血を。
 すぐ終わるから、そこで待っててね」
 つかさはアイゼルから包帯と彼女のデイパックを受け取った。
 だが、この状況を作ってしまったのはつかさなのだ。
 戦う力がない、足に怪我をしたつかさに出来る事は何もないが、それでもアイゼル一人に戦わせるのは忍びなかった。
「アイゼルさん、」
「弟子ならそこで見てなさい」
 アイゼルは落ち着いた声でつかさの呼び掛けを遮り、ロロと対峙した。
 止血をしながらつかさは彼女の背を見る。
 それは凛とした、大人の女性の背だった。


時系列順で読む


投下順で読む


124:消せない罪 ジェレミア・ゴットバルト 127:死せる者達の物語――Don't be afraid of shade
柊つかさ
アイゼル・ワイマール
123:追うもの、追われるもの 後藤
志々雄真実
三村信史
116:アラベスク ロロ・ランペルージ



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