幕間2

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幕間2  ◆.WX8NmkbZ6






 幕間劇2



「何だこれ、気持ち悪い……っ」

 北岡が手にしていたものを投げ捨てた。
 それらは壁にぶつかって床に落ち、ころころと転がっていく。
 人間の背骨と眼球。
 浅倉のデイパックから出てきたものだ。
「あいつ、思った以上に悪趣味だよ……」
 元は生きた人間のものだったと思えばぞんざいに扱うべきではないが、気持ちが悪いものは気持ちが悪い。

 戦闘の後、北岡とつかさは付近の民家に足を踏み入れた。
 リフュールポットの効果で傷の大半が治癒し、問題となるのは疲労。
 北岡は休養を兼ねて、浅倉から入手したデイパックを整理する事にしたのだ。
 ついでに屋内を物色し、ベノスネイカーに溶かされた服を着替える。
 日本人にしては高身長の北岡が着るものは常に特注品、故に丁度良いサイズのものは手に入らなかったので諦めた。
「これは……発信機?
 どこで誰の恨みを買ったんだか……」
 新たにデイパックから出てきたそれを窓の外に向かって捨てる。
 浅倉を追う人物なら殺し合いに乗っていない可能性が高いが、追跡されるというのは良い気分にはならない。

 そうして北岡が一人ごちながら支給品を整理する中、つかさは無言だった。
 目を伏せたまま唇を固く引き結んでいる。
 エンドオブワールドの引き金を引いた直後のあの会話以降、話はしていない。

 「謝らないでください」と言われた。
 謝罪の言葉ばかりが渦巻く中で、他に掛けられる言葉を探し――見付からない。
 そのうちに北岡の独り言もなくなり、ごそごそとデイパックを弄ぶ音だけが残る。

 それ以上の沈黙に耐えられなくなった北岡が何か言おうとする、それに先んじてつかさが顔を上げた。
「北岡さん」
「何?」
 わざと軽い調子で返すが、つかさの瞳はエンドオブワールド発動の直後と変わらず揺れ続けていた。

「私……自分で決めたんです。
 浅倉さんを撃つって……北岡さんを死なせたくないって。
 だから、北岡さんは悪くないです」
「……そうは言うけどさ」

 気に病む必要はないという気遣いに、北岡は再度「ごめん」と言い掛けて口を噤む。
 後悔を重ねる程に、続く言葉が出なくなる。
 引き金を、引かせたくなかった。
 手を汚すなら自分だと思っていた。
 北岡が何も言えずにいると、つかさはふっと口元に笑みを浮かべた。

「ごめんなさい、私……態度が良くなかった、ですよね」
「え?」

 唐突な謝罪に、北岡は腑抜けた声を出してしまう。
 端を持ち上げられた彼女の唇は震えている。
 無理に作った笑顔は引き攣って、今にも崩れそうに見えた。

「まだ自分でも整理出来てなくて、暗い顔しちゃってて……。
 もう大丈夫――」
「よしてくれ!!」

 思わず、自分でも驚いてしまうような声量でつかさの言葉を遮る。
 つかさが強がる姿に、耐えられなかった。

「俺なんかに気を遣わなくていいんだ。
 確かにつかさちゃんは初めて会った時より大人になったと思うよ……。
 だけど一日で大人になる必要なんて、ない」

 つかさは確かに自らの意志で引き金を引いた。
 だが、それは『引かざるを得ない状況だったから』。
 それを選ばざるを得なかったから、選ばされた。
 にも関わらず北岡のフォローをし、笑顔を絶やすまいとする姿は痛ましい。
 暫し呆然としていたつかさはやがて無表情になり、俯いて顔を隠してしまった。
 数分以上、互いに沈黙する。
 そして北岡は、決意を口にする。

「……もう二度と、あんな事はさせないから」

 短い一言。
 だがそれは紛れもない本心だった。
 他人の事をどうでもいいと思ってきた自分が言うには恥ずかしい、それでも偽りのない意志。
 つかさが笑って日常に帰れるように――これ以上、辛い思いをさせないように。
 引き金を引かせないし、これ以上誰も仲間を欠けさせない。
 その為に強くなれと、胸が叫ぶ。

 北岡の言葉に応え、つかさはゆっくりと頷いた。


 話を終えた北岡は「一時間で起こして」と一言告げて眠ってしまった。
 隣で座ったまま寝る北岡の呼吸は安定していて、つかさは胸を撫で下ろす。
 同時に、小さく溜息を吐き出した。

――あなたが必死に考えた言葉なら、きっとジェレミア卿にも伝わるわ。

 それは、善意の言葉。
 その善意の言葉を、素直に――愚直に受け取った。
 だからロロと衝突を起こした。
 そしてアイゼルが死んだ。
 自分が死ぬはずだったのに、アイゼルが身代わりになった。
 ジェレミアはアイゼルをこそ守りたかったはずなのに、自分がそれを邪魔した。

 つかさはずっと自分に出来る事を探していた。
 アイゼルの死後はその焦燥をますます募らせていた。
 アイゼルの代わりにリフュールポットを錬成して、それから。
 それから――北岡と浅倉の戦いに同行して。
 そこで得られた結果は手放しでは喜べないけれど、少なくとも後悔はない。
 後悔するぐらいなら銃を手にしてはいけないと、それは理解していたから。

 それでも、エンドオブワールドの引き金は重かった。
 ジェレミアが振るう剣も、きっと重い。
 五ェ門が振るっていたデルフリンガーも、きっと重かった。
 戦う力があるから、大人だからと無条件に守る側に立たなければならない彼らは、どんな思いで武器を手にしているのだろう。
 これまでの出来事を、掛けられた言葉を思い起こす。
 ずっと支えられ続けて、守られ続けている自分に出来る事は――

 このままではいけないと、自分の頬をパシパシと両の掌で叩いた。
 余裕を持たなければ、コケてばかりだ。
 ソファーの前にある背の低いテーブルにレシピを広げて書き込みを始める。
 一時間で北岡を起こして元の民家に戻るとなれば、大した事は出来ない。
 今はただ、放送前から準備しているものを確実に成功させる。
 その為だけに、つかさは必死だった。


 北岡とつかさが出ていった後、その民家は静かだった。

 外に漏れないよう照明は必要最低限。
 雨戸まで閉めては悪目立ちするので、代わりにカーテンを閉める。
 窓はいざという時にすぐ飛び出せるように鍵を開ける。
 台所で作業する時は匂いを外に出さないよう換気扇を回さない。
 レナはそういった注意を放送前から入念に行っていた。
 気休め程度にしかならないとしても、この場では何が生死を分けるか分からない。

 薄暗く保たれた屋内。
 レナはタオルを濡らして固く搾り、それからソファに腰掛けて休むジェレミアの隣に座った。
 「失礼します」と声を掛けて彼の手を取る。
 破れた衣服の隙間に覗く、血に汚れた肌にタオルを当てた。
「怒ってますか?」
「……北岡の言葉は正論だ。
 これ以上八つ当たりする気は、」
「いえ、自分にです」
 レナが言うと、ジェレミアは沈黙した。
 血で黒ずんだタオルを畳み直し、汚れていない面でまた別の箇所を拭う。
 「私はさっきのお話から分かる範囲でしか、事情を知りませんけど」と前置きしてから続けた。

「浅倉さんを倒しに行けなかった自分にとか。
 ……北岡さん達に勝って欲しいと思ってしまった自分に、とか」

 ジェレミアはやはり答えなかった。
 決して的外れな推測ではなかったのだろう。
 レナに『忠義』というものは分からないが、恐らく浅倉という男をジェレミア自身の手で倒す事に意味があった。
 だから本当は、「北岡達の敗北を願わなければならない」。
 敗北して死ぬ事とまではいかずとも、逃げ帰ってきてくれれば――改めて三人で浅倉と戦う事が出来るはずだ。
 けれどジェレミアは北岡に支給品を預け、つかさを送り出した。
 それは『忠義』に外れている。
 ジェレミア個人と北岡達との間の絆を優先している。
 レナはジェレミアの表情から、未だ戻らない北岡達への心配や焦燥の他にそうした葛藤を読み取っていた。

 レナは戦えない。
 後藤やシャドームーン、それ以外の敵も、レナが鉈を振り回した程度で勝てる相手ではない。
 だから自分の役目は、仲間の心の機微を読んで言葉を尽くす事にあると認識している。

 しかし、ジェレミアは首を横に振って立ち上がった。
「気遣いに感謝しよう。
 だがこれ以上は不要だ」
 それは、レナには「もう大丈夫」という意味には聞こえなかった。
 引き留めようと立ち上がりかけるが、ジェレミアの続けた言葉で動きを止める。

「悩み迷う時間は、もう過ぎた」

 この先は、レナには立ち入る事が出来ない。
 ジェレミアが辿った道筋を正確に知る者にしか踏み込めない。
 そう思わせるに足る、諦念や疲れを滲ませる声だった。

 ジェレミアは大人で、レナは子供。
 お互いに不可侵の領域があり、蒼嶋の時のようにはいかない。
 だがレナは拒絶にも近いジェレミアの反応に、不安は抱いていなかった。
 彼の言葉には諦念や疲れだけでなく、確かに強い意志が宿っていたから。

 レナは信じて座り直す。
 ジェレミアも、北岡も、つかさも。
 辛い経験をして、当たり前の日々は闇に閉ざされてしまった。
 それでもレナは、ここにいる仲間がその苦しさを乗り越えられると信じている。

 リビングを出て行くジェレミアを見送るが、その背が止まった。
「君はいいのか」
「何がですか?」
「泣いていられる時間は、ここが最後かも知れん」
 ぐにゃり、と景色が歪んだ。
 何度も瞬きをして、唇を噛んで、息を止めて、拳を握って掌に爪を立てる。
 目から溢れ零れ落ちそうになった涙を押し込んで、レナは応えた。
「私も……悩んで迷う時間は、もう過ぎましたから」
 ジェレミアの気遣いを断る。
 先程とは逆の立場――この先は不可侵の領域。
 それをジェレミアも了解していたようで、それ以上は追求せずに部屋を出て行った。

 深呼吸。
 レナの乱れた息が整うまでに数分掛かった。
 この殺し合いに巻き込まれた部活メンバーは、自分を残して全員死んでしまった。
 真紅と蒼嶋が自分を庇って目の前で命を落とした。
 千草が、五ェ門が、戦って散った。
 死者は四十一人。
 今も北岡とつかさが戦っている。
 泣いていいと言われたとしても、泣けない。
 これ以上泣いていてはいけない。

 目を閉じて。
 胸に手を当てて肺の中の空気を大きく吐き出し、再び目を開ける。
 気持ちが落ち着いたのを確認してからソファーを離れ、レナは放送前から続けていた作業を再開した。


 ジェレミアはリビングを離れ、洗面所の鏡に自らを映す。
 北岡は至極正しい。
 これは、戦場に向かう人間の顔ではない。
 これでは、死人だ。

 血で汚れた手袋を外して蛇口を捻り、冷えた水を掌で受け止める。
 掬い上げた水を顔に浴びせると、赤黒く色付いた水滴が顎先から滴り落ちて排水口へ吸い込まれていった。
 北岡の前で見せた激情は静まり、冷え切っている。
 レナが指摘したように自身への怒りはあるが、それも冷めていた。
 悔いがある、無念だ、未練がある、それにも関わらず落ち着いている原因は理解出来ている。
 水が流れていく音を耳にしながら緩く目を閉じる。

(私は……疲れたのだろう)

 主を失った。
 主の亡骸を葬る事も出来なかった。
 主の最愛の妹に会うのも不可能。
 主の仇さえ討てない。
 そして弱く遅かった為にこの場で得た仲間も失った。
 全てに、疲れてしまった。
 アイゼルの死に泣けなかった事もそうだ、怒る事にも悲しむ事にも疲れた。
 自分の人生の過去にも未来にも、最早何の感慨も持てない。
 それに――騎士としての己に固執する事にすら、諦めてしまったのだろう。
 だから浅倉への復讐を、諦めた。

――頼む……私はルルーシュ様の事を、何も知らないのだ……!!

 柊つかさと初めて出会った時に叫んだ言葉がある。
 それが全てだった。
 「これから忠義を果たすはず」で、「これから騎士になるはず」だった。
 騎士と言えど、それはルルーシュではなくマリアンヌの血に仕える騎士に過ぎなかった。
 マリアンヌの為に祖国に反逆したルルーシュに仕えたのであって、ルルーシュ個人を『知らなかった』。
 これから仮面のゼロでもない、マリアンヌの子でもないルルーシュ自身について知っていくはずだった。
 それが出来なかったのは、過ごした時間が余りに短かったからだ。
 主に仕えた日数を指折り数える事すら憚られる程に。

 第一回放送を聞いた瞬間に、ジェレミアの内側は空っぽになった。
 それは荷が下りて軽くなったという意味は一切持たず、むしろ「空っぽ」という荷物によって他の全てを取り落としたようで。
 重過ぎる虚無を抱えたまま、騎士としての形骸だけが残された。
 名実共に騎士となる機会を永遠に失って、それでもなお騎士である事に固執した。
 そうしなければ外身さえ保てなくなり、自分が何者であるか分からなくなるから。
 だからルルーシュの『代わり』を求めて誰かを守ろうとし、失う事に怯えていたのだ。

 忠義という言葉で騎士としての体裁を――自分自身を守ろうとしていた。
 そしてその事に疲れたから、浅倉との決着を北岡に預けた。
 主の仇を打ちたいという思いも浅倉への憎悪もあるが、北岡の決意を尊重しようと思ってしまった。

(……)

 目を開く。
 多くに疲れて、諦めて、捨ててしまった。
 だからこそ、残ったものへの思いは強い。
 形骸すら崩れかけてなお消し得ない主への忠誠と、守りたいという思いだけは。
 何度失敗して無様を晒そうと、それだけは揺らがなかった。
 例えどんな後ろ暗い感情から生まれた欲望だとしても、その思いに嘘偽りはないのだから。

 迷いながら、悩みながら、悔やみながら、それでも決めた。
――力有る者よ、我を恐れよ!!
――力無き者よ、我を求めよ!!
 過った力を憎み、優しい世界を求めていたルルーシュならば、この選択を是とするだろうか。
 確かめる術はないが、それでも――戦い続ける。

 流し続けていた水を止め、タオルで顔を拭う。
 手袋を嵌め直し、傍らに置いていたデイパックを手にしてその場を後にする。
 放送前に四人で整理したそれは、心なしか以前よりも重い。

 最後にもう一度だけ鏡に映った自分を見る。
 先程まで空っぽだった瞳には、確かに光が差していた。


 北岡とつかさが行きと同様に箒に跨って、元の民家に戻る。
 道に迷う事なく無事に帰り、ジェレミアとレナと合流。
 そして間を置く事なく、北岡は隣室でジェレミアと二人きりになった。
 浅倉との戦いの顛末については自分の口から説明する。
 つかさには反対されたが、この点はつかさには自分の役目に専念すべきだと説得した。

 大見栄を切って出て行って、結局浅倉を殺したのはつかさちゃんでした――そんな情けない話を、報告する。
 ジェレミアが眉を吊り上げて怒鳴るところまで想像していたのだが、予想に反してジェレミアは静かだった。
 「そうか」と言ったきり黙っている。
「言いたい事はないわけ?」
「ある。しかし、その場に居合わせる事すら出来なかった私に言う資格はない。
 罵倒されたかったか?」
「……癪だけど、その方が気楽ではあったかもな」
 デイパックに手を入れながら、雑談程度に話を振る。
「ギアスキャンセラーってのが気になるんだけど、俺で試してみない?」
「……やめておいた方がいいだろう。
 ギアスに掛かったままの方が安全だ」
 曰く、ルルーシュのギアスと同種だと考えるならば重ねがけは出来ないはず。
 逆にいずれ対面する事になった時、キャンセルされていては「死ね」の一言で死ぬ可能性がある。
 成る程ね――そう納得しつつ、北岡は目当ての二品を取り出した。

 一品目は刀。
 北岡に刀を見る目はないが、それでも特別なものだと分かる。
 ジェレミアは既に二本の刀剣を所持しているが、自分が持つよりはと受け渡した。

 そして二品目は、銃。
 浅倉のデイパックから出てきた、元はルルーシュの支給品であるFNブローニング・ハイパワーだ。
 同時に、ルルーシュの命を奪った銃。
 つかさから北岡へ、北岡から次元、次元から浅倉――と巡ってきた。
 一時は北岡の手にあったものの、ジェレミアに見せるのはこれが初めてになる。

 この銃についても、つかさは自分でジェレミアに渡したいと言っていた。
 だが既につかさはジェレミアと対話し、互いに納得出来るところに落ち着いている。
 北岡はこれ以上つかさに辛い思いをさせたくなかったし、銃に近付けたくなかった。
 甘いとは思っても、譲らなかった。

 ジェレミアは銃を手に取った。
 元はルルーシュの支給品、それを丁重に扱い、残弾や重さを確かめている。
 そして銃身を持ち、北岡にグリップを向けた。
「貴様が持っていろ。
 変身していない時の為の武器が必要だろう」
 思わぬ答えに「は?」と聞き返すが、ジェレミアは銃を差し出したままだ。
「私の感傷で仲間の武器を腐らせるつもりはない」
 別に俺が困るわけじゃないからいいけど、と言いつつ北岡が銃を受け取る。
 ジェレミアの執着の薄さは意外だった。
 北岡がジェレミアと向き合うのは第二回放送前以来になるが、随分角が取れたように思う。

 角が取れた――そこから北岡は一つ、確認しておく事にする。
「なぁあんたさ、」
 北岡には『忠義』とやらの事は分からない、しかし漠然とあるイメージからは嫌な予感があった。

「生き残る気、ある?」

 素っ気なく尋ねた北岡に、ジェレミアの肩が一瞬揺れる。
 そして北岡と目を合わせたまま、「ない」と言い切った。
「ああ、そう」
 嫌な予感が的中し、やれやれと溜息を吐き出す。
 そしてジェレミアの胸に掴み掛かった。

「次元も五ェ門も蒼嶋も平気で他人の為に死んで、今度はあんたか……!
 ふざけるなよ!!」
「っ北岡、声を落とせ!
 隣りに聞こえるだろう……!」

 ぐ、と声を詰まらせる。
 ジェレミアがルルーシュの後を追って死ぬなら、その事で一番悲しむのはつかさだ。
 レナにも知られるわけにはいかない。
 声を低くし、それでも掴んだ襟は離さなかった。

「健康で頑丈な体がある癖に、御主人様が死んだら一緒に死ぬなんて、ただの馬鹿じゃないか……!
 死んでもいいと思ってる奴になんて、背中を預けられるわけないだろ!」

 永遠の命を求めてライダーになった。
 他の人間を蹴落とす事に躊躇いはなかった。

――俺は自分が一番可愛いんだよ!
――他人のための犠牲は美しくない!

――俺は自分のためだけに戦っているからな。
――そういう人間が一番強いんだよ。

 今となっては北岡自身も人の事を言えなくなっているが、それでも一番可愛いのは自分だ。
 つかさや五ェ門に感化されてはいても、その点は変わらない。
 例え永遠の命が得られなかったとしても、残った人生を謳歌したいと思っている。
 人生の楽しみ方は、他に幾らでもある。

「元の世界に帰ってからやる事ないわけ?」
「……ない」
「だったら俺が使ってやる。
 窓拭きと洗車とゴミ出し、それから食事を作って車運転して荷物持ちでボディーガードに……」
「北岡、何を言って――」
「うるさい!!
 俺はあんたが死のうが生きようが知った事じゃない、だけど気に入らないんだよ……!」

 どいつもこいつも、口だけなら「綺麗事だ」と鼻で笑ってやる。
 ライダーバトルを始めた頃なら実際に他人の為に死ぬ人間を見ても「下らない」と見下していた。
 だがライダーバトルが進み、病に蝕まれ、その上でつかさや五ェ門と交流した今の北岡には。
 笑えなかったし、見下せなかった。

――お前も所詮……ただの退屈で凡庸な人間の一人って訳だ……。

――人として生まれたからには全ての欲望を満たしたい。
――忍耐だの我慢だの、そんなのをありがたがる人間が多いけどさ、そういう奴に鍵って欲望を満たす力もないんだよ。

――俺がライダーとして戦うのは自分の為だけなんでね。
――その一線を踏み外すと、お前みたいに弱くなるんだよ。

――だから強いんだよ。


「これじゃ今まで自分の為に戦ってた俺の方が、……馬鹿みたいだろ……ッ!!」


 柄にもなく取り乱して、息を切らす。
 やがてジェレミアは北岡の手を振り払った。
「貴様の生き方を否定する気はない。
 だが、私は誰の下にもつかん」
 睨み合うが、ジェレミアも引こうとはしない。

「頼む……私を彼の人の騎士のまま死なせてくれ」

 沈痛な面持ちで口にしたその一言で、北岡は悟る。
 何を言っても無駄だと。
「貴公らをこの場から生還させる、それを果たすまで私は死にはしない。
 だが私一人ではどうにもならん……協力して欲しい」
 腕に覚えがあれば、多分一発殴っていた。
 結局何も譲歩していないに等しく、それでも背中を預けろと宣っている。
 しかし深い溜息を吐きながら、折れてやる事にした。
「こっちだって、協力してもらわなきゃ困るわけ。
 精々俺の足引っ張らないようにしてよ」
 角が取れて丸くなったのはどっちなんだか――そう思い、自嘲する。

「けどつかさちゃんを悲しませるのだけは、許さないからな」
「肝に銘じておこう」

 頷くジェレミアを尻目に、もう一度溜息を吐く。
 やはり一度ぐらい、殴っておいても良かったかも知れない。


 隣室で話を終えた北岡とジェレミアがリビングに戻り、テーブルの椅子を引いて隣り合わせに座る。
 その二人の後ろから、レナはつかさと共に覗き込んだ。
 四人が注視しているのはテーブルの上に鎮座したノートパソコンの画面だ。

 ノートパソコンというものについてレナは知らなかったが、簡単に言えば色々な計算や調べ物が出来る便利な機械との事。
 つかさやジェレミアの世界では皆が持っていて当たり前、北岡も知っているという。
 レナにとっては未来のアイテムだが、インターネットというものの大雑把な説明も受けて大凡の理解を得た。

 そんなものがどこから出て来たのかと言えば、五ェ門の支給品だ。
 第三放送前、四人で各々のデイパックを整理している時に見付かった。
 今の今まで何故使わなかった、言わなかった――そう責めるジェレミアに対し、北岡は悪びれもせずに答えた。
「殺し合いの最中に何の役に立つんだよ、パソコンなんて。
 あ、使うならついでに俺の評判も調べておいてくれる?
 スーパー弁護士北岡秀一の人気ぶりについてもよろしく」
 パソコンについて知っている、と言っても北岡にとってはそれ程身近なものではなかったらしい。
 ジェレミア、それにつかさまでも暫し絶句し――放送が近いという事で、パソコンの処遇は一時保留となった。
 そして浅倉の一件が片付いて四人が再び集まった今、改めて触れる事になったのだ。

 デスクトップが表示されると、ジェレミアがパソコンの側面に消しゴム大の機械を挿入する。
 こちらはアイゼルの支給品で、データカードと言うそうだ。
 特殊な場所でないと使えないインターネットをどこでも利用可能にする。
 更にジェレミアがマウスを動すと、画面が瞬く間に切り替わっていった。

 そして『多ジャンルバトルロワイアル』というページでジェレミアの手が止まった。
 そこに書かれている文章の異常さに、全員が言葉を失う。
 北岡とジェレミアが口々に疑問を呈す。
 レナも混乱していた。
 そして『情報』――首輪の解除方法が表示される。

「なぁ、どう思う?」
「罠……だろう」
「これが本当だったとして、工具があればあんたでも外せるか?」
「素人でも無理ではないだろうな。
 こんな単純な構造とは思いたくないが……」

 北岡とジェレミアの会話を聞きながらレナも考える。
 こうして用意されているからには、何か理由があるはずだ。
V.V.は、私達に協力し合って欲しいんでしょうか」
 五人集まらなければ外せない――しかも外せるのはその中の一人だけ。
 「君達にこれが出来るかい?」と、試されているように思えた。
「さぁ……どうだか。
 単に嫌がらせがしたいだけかもよ?」
 前のページに戻るよう北岡がジェレミアに指示する。
 「自分でやれ」と返されると共にマウスを渡され、北岡は渋々操作を代わった。

 前のページに戻り、下へスクロール。
 『一日目の二十一時以降、会場からの脱出方法の一例を開示する』。
 北岡の手が強張り、四人が緊張で唾を飲み込む。
 時計は既に二十一時を回っており、その下には「→詳細は『こちら』」の字が踊っていた。
 大きな息を吐き出してから、北岡は『こちら』をクリックする。
 そして――

「ふざけるな……っ!!」

 ジェレミアが声を荒げる。
 ホームページの存在や首輪の情報以上の衝撃に、レナも北岡も言葉が出なかった。
 代わりにこれまで一言も発さなかったつかさが、か細い声を震わせる。

「ジェレミアさん、こ……これなら……首輪さえ外せばジェレミアさんは脱出、出来ますよね。
 北岡さんだって、もう少しすれば、」
「よせ……」

 低い声で、ジェレミアがつかさの言葉を遮る。
 それでもつかさは肩を震わせながら続けた。

「私、それでもいいん――」
「よせと言っているッ!!」

 つかさの方へ振り返らないまま、これまで以上の剣幕でジェレミアが叫ぶ。
 その怒声は悲痛で、怒り以上に悲しみが滲み出ていた。

「私とてっ……これで終われるというのなら、この身を……!!」
「よせよジェレミア。
 それじゃつかさちゃんが言ってる事と変わらないだろ」

 レナが何も言えなくなっている今、一番冷静なのは北岡だった。
 わざとらしく大仰に肩を竦め、パソコンを閉じてしまう。

「とにかく、これについて触れるのはやめよう。
 V.V.の思うツボでしょ。
 ……それにさ、そろそろ出来る頃なんじゃない?」

 レナはすぐに察し、つかさの手を引いて台所に向かう。
 鍋の蓋を開け、中のものを小皿に少しだけよそって口に運んだ。
 それを舌の上で転がすと、今度は小皿をつかさに渡す。
 未だ動揺しているつかさはそれを拒もうとしたが、レナは半ば強引に持たせた。
 つかさがおそるおそる口に含ませて――目を見開く。
 驚き、悪夢から覚めたかのようだった。

「完成しました……!!」

 つかさの明るい声に、室内の張り詰めていた空気が一気に弛緩した。
 ジェレミアが黙ってパソコンをデイパックに片付ける。
 四人で手分けして皿に盛り付けをし、空いたテーブルに運んで並べていく。

 ワインの香りの混じった温かな湯気。
 つかさとレナが協力して作ったそれは、薄暗い室内の中でも強く存在感を主張していた。
 四人がそれぞれ席に着く。
 支度が整った事を確認すると、錬金術士の卵は陰を振り払うように明るい笑顔と声で言った。

「今日のメニューは、ビーフシチューです」


 放送前――「体力の回復」が、大きな課題だった。
 傷はリフュールポットで治せるが、疲労は簡単には取れないのだ。
 つかさはレシピを見てみるが、ポットのような携帯に適したものは余り書かれていなかった。
 アイゼルのレシピに載っているのはスープやケーキといった『料理』が中心。
 殺し合いには余り適さない。

 悩むつかさの転機となったのは四人で行った支給品確認だった。
 途中ジェレミアのデイパックからこなたの水着が出て来るというハプニングがあったものの、つかさがこなたの遺品として回収する形で事なきを得。
 その後、レナのデイパックから大量の食材が出てきたのだ。
 蒼嶋が回収した千草のデイパック――の中のデイパック。
 誰のデイパックだろう、と訝しむレナに答えたのはジェレミアだった。
「それは、奈緒子の所持品だったものだ」
 ジェレミアと奈緒子が二人でショッピングモールを訪れた際、奈緒子は喜々として食材を詰め込んだ。
 日々の食費に困っており、殺し合いから持ち帰ろうとしていたらしい。
 それが白髪の男と接触した際にデイパックごと置き去りにされた。
 更に蒼嶋と白髪の男が戦闘になり、千草がデイパックを手に入れるに至った――という顛末のようだ。

 材料はある。
 その事はつかさの大きな後押しになった。
 だがそれだけでは、殺し合いの最中の料理に踏み切れなかったかも知れない。

 各自が支給品を取り出して行く中、ジェレミアが手を止めた。
 手の中にあるものは、つかさにはゴミに見えた――恐らく北岡やレナにもそう見えただろう。
 それはクシャクシャに丸められていたが、ベーグルの店のロゴが印字された紙袋だった。
 そのロゴの上には鉛筆で文字が書かれている。
『食べちゃった! ごめん!』
 アイゼルの口調ではないので、これも奈緒子の手によるものだろう。
 ジェレミアが食べる予定だったベーグルを、奈緒子が勝手に食べてしまったようだ。
 殺し合いの中とは思えない、少し微笑ましい光景が想像出来た。
 そしてジェレミアがぽつりと漏らす。

「……仕方のない人だな……」

 それは呆れの声で。
 しかし悲しむ声で。
 けれどつかさには、微かに喜びが混じっていたように思えた。
 些細であっても、亡くなった人との繋がりが見えたからかも知れない。

 食事を作ろう、と決心したのはこの時だった。
 皆で卓を囲んで、温かい食事をしたかった。
 食べたかったベーグルが食べられなくて可哀想、ではなく。
 ジェレミアだけでなく、レナも、北岡も、つかさ自身も、たくさんの別れを経験したから。
 それで悲しみは消せないし失ったものの代わりにもならないけれど、喜びは増やせると思ったから。

「あの、……お腹、空きませんか?」

 反対する者はいなかった。
 安全面に関しても、作りかけの鍋にデイパックを被せればすぐに持ち運べる事が分かった。
 そうしてレナの助けを借りて食事を作る事になったのだ。

 色とりどりの食材を見ながら、つかさはブランクシチューの事を考える。
 食材二種と井戸水を調合すれば出来る、錬金術では初歩的なアイテムだ。
 しかしブランクシチューでは回復量は微々たるもの。
 そこでつかさなりに錬金術レシピにないアレンジを加える事にした。
 二種以上の食材に加えて、つかさの初期支給品のワイン。
 ラベルを見た北岡とジェレミアが同時に喉を鳴らしたのを見ると、相当な上物らしい。
 更に台所を捜索して見つけた既製品のデミグラスソースと各種調味料。
 これらを組み合わせれば、ビーフシチューが作れる。
 香りの良いワインと牛肉の組み合わせなら、普通のブランクシチューよりも体力の回復に繋がるはずだ。
 レナも料理が得意との事で、気に掛かるのはつかさの錬金術の技量だけだった。

 知識も経験も少ないというのに、レシピにないアレンジを加えて成功するのだろうか。
 その不安を、レナが払拭する。
「大丈夫。
 アイゼルさんなら、きっとそう言ってくれると思います」
 強く頷いて、仕度を始める。
 野菜を切り、肉を柔らかくする為にパインジュースに漬け込んでおく。
 肉をフライパンで焼いてワインを入れ、同時並行で人参と玉ねぎを炒める。
 デミグラスソースや牛乳等の調味料を入れた鍋に、肉と炒めた野菜を入れて煮込んでいく。
 放送を挟み、つかさが北岡に同行してる間もレナが鍋を掻き混ぜて味の調整を行った。
 そしてつかさが戻ってから錬金術で手を加え――



 『あの脱出方法』を実行してもいいのではないかと、思ってしまった。
 北岡か、ジェレミアか、それで殺し合いから出られるならそれでいいのではないかと。
 しかしレナに促されて口にしたそれで、目が覚めた。
 あの脱出方法を許容するのは――自分を守ってくれた人達に失礼だ。
 ジェレミアが怒って当然。
 反省し、その分明るく振る舞うよう努める。

「いただきます」

 手を合わせ、声を揃える。
 それからスプーンで掬い上げ、とろみのあるソースを口に運ぶ。
 この会場に来てから食べたのは支給品のパンぐらいで、温かいものを食べていない。
 味見はしていたとは言え、湯気が顔に当たるとそれだけで唾液腺が刺激されて痛くなった。
 意を決して口に含むと、肉と野菜の旨味が口内に広がる。
 その一口が空腹をますます意識させ、焦るように具を頬張った。
 消化にいいようにと小さめに切って良く煮込んだ野菜は、ソースの味を染み込ませながらそれ自体の味もしっかり残っている。
 肉は噛みごたえを残しつつも柔らかく、咀嚼して飲み込んでももう一口と手が伸びてしまう。
 付け合せに用意した、冷たいバジルとトマトのサラダも合間に口にする。
 鮮やかな彩りが更に食欲をそそり、トマトの甘さがビーフシチューの味を引き立てていた。

 四人は暫く無言で食事をしていた。
 喋る余裕もない、という調子でスプーンを動かしている。
 舌を火傷しそうになりながらも手を止められない。
 味を知っているつかさですら、一言の感想を添える事も出来なかった。

「あ、あはははは……!!」

 その沈黙を破ったのはレナだった。
 他の三人もそこで漸く手を止めて、レナに視線を向ける。

「な、何でかな……美味しいのに、笑っちゃう……あははは……!」

 レナの気持ちが、つかさには分かる気がした。
 つかさの口元も緩んでいて――作り笑いだったはずなのに、本当の笑顔になっていた。
 そしてレナもつかさも目に涙を浮かべていた。
 だからきっと同じ気持ちなのだろうと思った。

「そうだね、不思議……何で美味しいのに、嬉しくて、楽しくて、……泣いちゃうんだろうね……っ」

 つかさもまた、話すうちに嗚咽が混ざる。
 それからレナとつかさは手を取り合って泣いた。
 これを食べられなかった、もう食べる事が出来ない人達の事を思い出していたのかも知れない。
 大変だった事、痛かった事、つらかった事を思い出していたのかも知れない。
 胸を突く感情の正体が分からないまま、勝手に溢れてしまう涙をそのままにする。
 声を殺しながら、レナとつかさは抱き締め合って泣き続けた。


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147:FINAL VENT -戦わなければ生き残れない- ジェレミア・ゴットバルト
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