終幕――鋼の救世主

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終幕――鋼の救世主  ◆Wv2FAxNIf.



 誰も動かなかった。
 狭間とゾルダの足さえ恐怖に震え、頬を流れた冷や汗が顎を伝い落ちる。
 だが赤い魔神がカシャリと一歩踏み出した事で、二人は弾かれたように駆け出した。
 狭間が斬鉄剣を振り下ろし、ゾルダが別の角度からギガランチャーを撃ち込んだ。
 シャドームーンは回避は疎か、防御すらしない。

 パキン。
 冗談のような軽い音を立てて斬鉄剣が折れた。
 シルバーガードに触れたという、ただそれだけの事で。
 斬鉄剣は紛れもなく名刀だが、飽くまで人の手によって打たれたもの。
 究極の王を斬る事は叶わなかった。
 弧を描いて落ちていく刀身を、シャドームーンの背に当たった砲弾から広がる爆炎を、狭間は呆然と見詰める。

「最早釣り合わんな」

 二つの王の石が並んだシャドーチャジャーが輝き出す。
 狭間が我に返った時には遅い。

「マカラカー、」

 後ろから学制服の襟を引かれ、詠唱が途切れる。
 狭間の頭があった位置をビームが通過していき、当の狭間はゾルダによって小脇に抱えられていた。
 ゾルダがマグナバイザーツヴァイを連射しながらシャドームーンと距離を取る。
 ギガランチャーは通用しないと判断し、早々に放棄したようだ。

「しっかりしてよね、頼りにしてるんだから」
「すまない……」

 狭間を下ろしたゾルダがデイパックから素早く取り出したのは、ジェレミアが最後に使っていた日本刀。
 炎髪灼眼のフレイムヘイズが愛刀・贄殿紗那だった。
 狭間がそれを鞘から抜き、改めて構える。
 シャドームーンはまだ自分から仕掛けるつもりはないようだった。

「試したい事があるんだけど、時間稼いでくれる?」
「……余り期待はしないでくれ」
「まぁ、そりゃあね。
 なるべく急ぐよ」

 ゾルダが退き、狭間が残る。
 刀を握る手が汗でべたつき、己の鼓動がいつになく騒がしい。
 怯えている。
 魔界を制した狭間であっても、この先にそびえ立つ壁を乗り越えられる気がしなかった。

「まだ諦めないか」
「あぁ……貴様が誰であろうと、僕達は負けられないからな」
「それでこそ、この私が敵と認めた人間だ」

 シャドームーンが上へと手を翳し、再び二振りのシャドーセイバーが形成される。
 この二刀によって串刺しにされる己の姿が容易に想像出来た。
 逃げ出したくなるが、逃げ場はない。
 何より、思い出が狭間を踏み留まらせる。

 シャドームーンが地面を蹴る。
 たった一歩で狭間の間合いを侵略し、頭上に高く掲げた剣を下ろした。
 狭間が仰け反るように回避すると、もう一本のシャドーセイバーが横薙ぎに狭間を襲う。
 それを狭間はもう一歩退き、避ける。

 “究極の王”が振る剣は、最早目にも映らない速さ。
 狭間にも見えていない。
 それをかろうじて躱せているのは、偏に無意識の海がもたらした「勘」に助けられているからだ。
 心のないシャドームーンの剣筋を読むのは至難だが、五十九人の経験が挾間の体を突き動かしていた。
 明治の剣豪、侍の末裔、ブリタニア帝国の騎士、フレイムヘイズ、刀や剣と共にあった者達の知識に助けられている。

「今度は私の真似か」
「あるものは何だって使う。
 そうでなければ、貴様は倒せない……!」

 狭間が吸収しているのは皆の知識や技だけではない。
 目の前で相対しているシャドームーンの動きすら、間近に見る事で盗んでいる。
 その場で得たものをその場で使う付け焼き刃に過ぎないが、手段を選んでいる余裕はなかった。

 二刀流のシャドームーンに対し、贄殿遮那一本で立ち向かう狭間。
 身体能力や技術だけでなく手数においても不利を強いられ、戦いが始まった頃とは逆に狭間が防戦一方となっていた。
 ただしシャドームーンがしていたように、相手の斬撃をいなす事は出来ない。
 力の差は歴然で、受け止めるどころか太刀筋を変える事さえ困難なのだ。
 狭間に出来るのは、ひたすら躱す事だけだ。

「無駄な足掻きだ……世界はこの月が支配する。
 貴様達に夜明けは訪れない」
「させないと言っているだろう……!!」

 とは言え、見えない攻撃をいつまでも躱せるはずもない。
 鋭く斬り込んできた赤い剣が狭間の胸を貫く。
「ッ……!!!」
 贄殿遮那で僅かに切っ先を逸らし、致命傷だけは避ける。
 そして致命傷でさえなければ、【魔人】イフブレイカーの恩恵を得た今の狭間なら持ち堪えられる。

「ディアラハン……!」

 シャドーセイバーが引き抜かれてすぐに傷を回復させ、続く攻撃を回避する。
 攻撃の隙は一瞬たりとも与えられず、死は常に目の前にある状況。
 それでも心折れずに居られるのは、集中を切らさずに居られるのは、信頼があるからだ。

 シャドーチャージャーに急速にエネルギーが集まるのを見て戦慄する。
 だがすぐにそれは光が収まり、シャドームーンは攻撃の手を止めた。

「……時間稼ぎとしては優秀だったな」
「!! 北岡……」

 ゾルダが余裕のある歩みで挾間の横へと並ぶ。
 ゾルダの疲労も蓄積しているはずだが、それはおくびにも出していなかった。

「もう一本、折れない剣持ってきたよ」

 北岡が手にしているのはマグナバイザーツヴァイ一つだった。
 狭間が疑問を表情に出すと、ゾルダは指を差す。

「上だよ」

 空気が振動する。
 シャドームーンは今の姿になってから初めて回避行動を取った。

 シャドームーンが立っていた場所へと落下してきたのは、ゾルダと同じ緑を基調とした巨人である。
 マグナギガがサバイブによって進化したミラーモンスター、マグナテラ。
 だがそのサイズはミラーモンスターのものから大きく逸脱している。
 見上げるようなその大きさは。
 その目に宿った光は。
 背負った大剣は。
 呆然とする狭間の前で、ゾルダは答えを口にする。



「“夜明け”のヴァン



 一度は敗北し、パイロットと共に眠りについたはずの機体。
 ダンが姿を変え、再度シャドームーンと相見える。


「志々雄みたいだから、やりたくなかったんだけどね」

――AD VENT――

 マグナテラを召還しながら、『それ』を前にしてゾルダは語る。
 死体に鞭打つこの行動は、出来れば避けたかった。

 生粋の悪。
 黒を白に変えるスーパー弁護士の力をもってしても染まらない黒。
 一緒にされたくない――心底そう思った男と、同じ手を使おうとしている。
 だが狭間と同様、ゾルダもまた手段を選べない状況にあるのだ。

「休んでるとこ、悪いんだけどさ」

 マグナテラを従え、語り掛ける相手はダン・オブ・サーズデイ。
 役目を終え、操縦者と共にその機能を停止させた巨大兵器ヨロイ。
 装甲は傷付き、大破寸前と言っても良い状態だった。
 話を振ったところで返事があるはずがないが、ゾルダは続ける。

「あんたとは碌に話もしなかったけど、こっちはあんたの事を知ってるんだ」

 目的。
 願い。
 幸せな結婚式、幸せな夢。
 無意識の海を通して、全てを見ている。

「あんた、これでいいの?
 偉そうな剣を一本折ったぐらいで満足するような奴がさ……何年も飽きずに仇討ちなんて考えるわけないじゃない」

 ダンのパイロット、ヴァンにとってシャドームーンの存在は通過点。
 見ていたのは『未来』、最愛の花嫁の仇を討って手にする『明日』。
 しつこく、一途で、ただただ愛に生きた純粋な馬鹿。
 ヴァンという男を、ヴァンという男が関わった者達を、北岡は知っている。

「あんたが負わせた傷、月の力で全回復だって。
 しかもますますパワーアップって、ムカつくでしょ」

 敗北に終わった戦いの記憶を。
 その時の煮え滾る感情を。
 北岡は共有している。

「だから、もう一度だけ」

 今の北岡は自分の為だけではなく、他人の為にも戦っている。
 背負うものが増えすぎた。
 だからこそ。

 光る粒子がダンを包み込む。
 それは、アルターの光だった。

 アルター能力者は生まれる前から『向こう側』の世界を認識し、そのアクセス方法を知っている。
 アクセスする事で、物質を変換し己のエゴを具現化するのだ。
 その方法は言語化出来るようなものではなく、多くのアルター能力者は無意識に行っている。
 「何となく」、という言葉が近いのだろう。
 そしてその「何となく」もまた――無意識の海の中を漂っていた。
 北岡はそれを、うっすらとそれを感じ取った。

 それだけではない。
 この場所は、nのフィールドを通じて全ての世界と繋がった場所。
 そして、クーガーが命を燃やした場所。
 ラディカル・グッドスピードによってアルター粒子が濃くなった特殊な空間である。
 故に、間接的な知識しか持たない北岡でもアクセスが可能となったのだ。

 ダンが消える。
 そして再構築される先はマグナテラ。
 融合装着型アルターのように、マグナテラが鎧としてそれを纏う。

 北岡のエゴが形となったその鎧は、マグナテラと良く似た形態を取った。
 その質量はダンと同じだけのものであり、圧倒的な巨体を誇る。
 しかしそこに、誤算があった。


『めんどくせぇ……俺はな、眠いんだ』


 気だるげな男の声が聞こえ、ゾルダは仮面の下で目を見開いた。
 アルターは己のエゴそのものであり、魂そのものである。
 だからただの足場を変換するよりも誰かの思いの残ったものを使った方がいいと、そう考えての行動だった。
 こんな事まで計算に入れていたわけではない。
 しかし「あり得ない」とも思わず、ゾルダは笑みを作る。

『だから、さっさと終わらせる』
「……有り難いね。
 俺ももううんざりだからさ」

 ドラグレッダーに魂を捕食された劉鳳は“魂の反逆”を起こし、真司に己の魂そのものであるアルターを発現させた。
 それは本来起こり得ない、奇跡のような出来事であった。
 だがその時と同じ敵を前にして、奇跡は再び起こる。
 目的を果たせないまま敗北した男の意志は、まだ死んでいない。
 マグナテラに取り込まれても魂の形を失う事なく、どころかマグナテラの体の主導権を奪い取ったのだ。



「『こんな所で終われない――そう思うだろ、あんたも!!!』」



 『明日』を奪おうとする敵を討つ為に。
 夜明けをもたらす為に。
 北岡のアルター『マグナテラ』の目に、ダンと同じ色の光が宿る。


 シャドームーンに振り下ろされるその巨大な剣に、名前はない。
 ただ“ダンの剣”と呼ばれていた。
 パイロットと同様、立派な名前を持たない――ただ斬れればいい。
 ヴァンの生き様を反映したとも言えるその剣を、シャドームーンは交差させた双剣によって受け止めた。
 マグナテラの重量と力によってシャドームーンの足場が陥没するが、剣と剣はなおも拮抗していた。

「まだ足掻くか……やはり、面白い!!!」

 マグナテラの動きにかつての鈍重さはない。
 北岡が相手取ったKMFのように、元となったダンのように、全ての関節がしなやかに動く。
 そしてその出力は、本来のマグナテラの力にもダンのマシンスペックにも依存していない。
 ただ北岡とヴァンの意志が、出力を決める。
 二人の願いの強さがそのままマグナテラの力になる。
 今、このアルターは赤い魔神と渡り合うだけの強さを手にしていた。

 マグナテラの大剣がシャドームーンを薙ぎ払う。
 吹き飛ばされるシャドームーンだが、大剣を振るわれた方向に向かって自ら跳んで威力を相殺しているだけだ。
 斬撃を完璧に防いでおり、ダメージは皆無。
 しかしこうしてシャドームーンが防御しているという事は、当たればシャドームーンとて無傷で済まないという事だ。
 戦いは成立している。

 危なげなく着地したシャドームーンのシャドーチャージャーが輝き出す。
 如何に創世王であっても、これだけのサイズ差のある敵を斬るのは至難。
 故にビーム主体の攻撃となるのは必然である。
 そしてそれを迎え打つべく、マグナテラの全身の砲門が開いた。

 シャドービームとマグナテラのミサイルが誘爆を引き起こし、爆炎が辺りを埋め尽くした。
 しかし視界が晴れるのを待たず、炎と煙の中で両者は再び剣戟を打ち鳴らす。


 巨人と魔神の攻防を背景に、狭間は一時的に戦線を外れた。
 戦況を見守りたい気持ちもあったが、後方の事がずっと気に掛かっていたのだ。

「柊……」
「大、丈夫です……」

 つかさは座り込んでいた。
 起き上がれない状態からは回復したようだ。
 しかし俯き、前髪で隠れた表情は見えない。
 頬を伝い落ちた水滴が汗なのか涙なのかも、狭間からは判断がつかなかった。

「ごめんなさい、狭間さん……私……」
「僕があの時倒せていれば、こんな事にはならなかった。
 柊は悪くない」

 つかさに対し、もっと適切な態度はきっとあるはずだ。
 翠星石を失った――それも自分のせいで失ってしまったと思っている今のつかさに。
 だがそれ以上の言葉は出て来なかった。
 ジェレミアを失った直後と同じように。
 優れた頭脳を持っていようと、新しい生き方を始めようと、狭間に出来る事は余りに少なかった。

「……柊、僕と北岡のデイパックを預かっていてくれないか」
「それ、って……」
「余計な意味はないから大丈夫だ。
 単に僕も北岡も、荷物が邪魔になっただけだから」

 後で必ず取りに来るからと告げ、二つのデイパックを渡す。
 つかさが顔を上げる事はなかったが、渡されたデイパックを固く握り締めていた。

 狭間が一つ、息を吐き出して体の力を抜く。
 傷は全て塞いでいるものの、失血と疲労が体に重くのし掛かっていた。
 一時だけの休息を取り、そしてすぐに緊張を取り戻す。
 マグナテラとシャドームーンの剣の打ち合いは未だ続き、その度に空気がビリビリと震えて身を締め付けてくるのだ。
 すぐに戻らなければならない。

「狭間君、その、話があるんだが」

 戦場に足を向けた狭間を呼び止めたのは、深刻な表情をした上田だった。
 顔は深刻、しかし聞き流して良い話である事の方が多いと、狭間は経験則で知っている。
 とは言え初めから聞かないわけにもいかず、狭間は続きを促した。

「実は君達が戦っている間に、私の天才的な洞察力によって大きな収穫を得たんだ。
 大きいと言っても私の器ほどではなかったが、きっと役に立つはずだ。
 しかし私が取りに行こうにも、今の柊君を一人にするわけには――」
「何があったんだ?」

 不必要な情報が多すぎた為、耐えかねた狭間が答えを急がせた。
 そして結果的に上田は、この戦いで大きく貢献する事になる。


 巨大な力と力がぶつかり合うその場所は、惨状と呼ぶに相応しい状態になっていた。
 足場は爆発や斬撃でめくれ上がり、空間のあちこちに穴が空いてnのフィールドを覗かせている。
 それでもマグナテラとシャドームーンの攻防は終わる気配を見せなかった。
 七つの賢者の石を有するシャドームーンのエネルギーは無尽蔵。
 マグナテラも、弾薬が尽きればゾルダが足場をアルター化させて次弾を補っている。

 しかし長く続いた攻防は唐突に終わりを迎える。
 マグナテラが大剣を薙ぎ払う――それをシャドームーンは受け止めるでも受け流すでもなく、跳躍して回避した。
 着地するのは他でもない、その大剣の上である。
 そしてマグナテラが振り払うよりも速く、シャドームーンは大剣の上を駆け抜けた。
 マグナテラの間合いの内の内、超至近距離に迫る。

 全長約四メートルから五メートル程に収まるKMFに対し、ヨロイ――今のマグナテラは約二十五メートル。
 人間大の敵を相手にするには余りに巨大で、懐まで踏み込まれた時に抗う手段が限られてしまう。
 何より、相手にしているのはシャドームーン。
 少々の攻撃では傷付かない頑強さを、装甲さえ斬り裂く剣を、ヨロイを破壊するだけの火力を、全てを兼ね備えた王である。

「この距離ではミサイルは撃てまい」

 マグナテラの手首まで到達したシャドームーンが、腹部に向かって跳ぶ。
 そしてシャドーチャージャーに蓄積したエネルギーを解放し、シャドービームを展開する。
 威力、範囲共にRXの時よりも更に上。
 マグナテラの巨体をビームが覆い尽くし、蹂躙する。

「がぁぁあああぁあああああああ!!!!!」

 ゾルダが膝を着く。
 アルターである以上、マグナテラのダメージは本体であるゾルダにも反映される。
 そしてシャドームーンはマグナテラの胸に剣を突き立て、下へと振り抜こうとしていた。
 それに対しマグナテラは、砲門を己へと向ける。

「!! まさか、」

 シャドーセイバーを抜いて跳び退くが、砲弾はそれよりも速く。
 シャドームーン諸とも、マグナテラの全身が爆炎に包まれた。

 爆風に煽られて高く舞い上げられたシャドームーンだが、マグナテラから遠く離れた地点に降り立った。
 赤い体を煤で汚す事になったものの、外傷はない。
 マグナテラは未だ炎の中にあったが、シャドームーンのマイティアイはその内側の虹色の光を捉えた。
 同時に大剣が炎の壁を斬り裂いて道を作る。
 そこに居たのは、マグナテラではなかった。

「まだ、終わらないでしょ……」
『当たり前だろ。
 俺はまだ、あいつをぶったぎってないからな』
「そうだ、だから……!!」

 シャドームーンを倒す、殺す――ゾルダとヴァンがその思いを一つにした事で、ゾルダのアルターに変化が起きた。
 ヴァンのエゴが反映された白い機体。
 推定頭頂高24.8m、本体重量unknown。
 “神は裁き”と名付けられた、元囚人惑星エンドレス・イリュージョンを統率したオリジナル7の内の一機。



「『Wake Up……ダン!!!!』」



 その機体の名は、ダン・オブ・サーズデイ。



 重火器を捨てたその体は、マグナテラよりも更に速い。
 シャドームーンの回避にすら追い付き、その頭上に大剣を振り翳す。

 一際大きな地響きが起きた。
 シャドームーンの双剣がダンの剣を防ぎ、その重量によって足場が砕けたのだ。
 しかしシャドームーンの四肢はなおも大剣による一撃を支えている。

「『うぉぉおおおおおおおおおおおおっ!!!!!』」

 ヴァンとゾルダの叫びが重なり、ダンの出力が増大する。
 無尽蔵のエネルギーを注がれていたにも関わらずシャドーセイバーが軋み、二振りが同時に折れた。
 だが即座にシャドームーンは両腕を交差させ、落ちてきた大剣を受け止める。

「貴様……!!」
「これで、落ちろッ……!!!」

 シャドームーンの腕の強化外装に亀裂が走る。
 そして足場が更に砕け、シャドームーンが片膝を着いた。

「この私が、膝を!?」

 シャドームーンは驚愕の声を上げ、シャドーチャージャーからビームを発射する。
 ダンは跳躍してそれを躱し、更に上昇していく。


――FINAL VENT――


 ゾルダがカードをベントインする。
 ゾルダサバイブのファイナルベントは、マグナテラが戦車へと変形して砲撃と共に敵に体当たりするというもの。
 そのマグナテラがダンと一体化した今、そのカードを使うなら。
 ファイナルベントは別の形を取る事になる。

 ダンが跳ぶ。
 天井の存在しない空間の中を上へ上へと跳び、やがて止まる。
 一度目の決着の時と同じ、上空約二百メートル。
 違うのは、ダンが変形したという点。
 その形は、一本の剣だった。
 オリジナル7の機体が大気圏に突入する際に取る形態である。

 普段は宇宙にある機体が地上に降りる時、わざわざ剣の形を取る事には意味がある。
 囚人惑星エンドレス・イリュージョン。
 地球――“マザー”と呼ばれる星の犯罪者を収容するのが、この惑星の元々の役割であった。
 そしてオリジナル7は、そこに住む囚人達を統治するべく開発された機体。
 その形状によって囚人達に畏怖を知らしめ、反乱の意志を奪ったのだ。

 今、眼下にいるのは囚人ではない。
 相手の姿形で恐れ慄くような敵ではない。
 しかし“神は裁き”の名に従い、ダンはシャドームーンに断罪を下す。

 遙か下、一滴の血痕のように見えるシャドームーンに向けてダンが急降下する。
 この攻撃を、シャドームーンは避けないだろうという確信があった。
 膝を着けられた相手。
 その相手の最大の攻撃を避ける事は、シャドームーンの矜持が許さない。

 遠くから見ればそれは、一筋の流れ星のようであっただろう。
 巨大な一振りの剣が、落ちる。
 そして再び双剣を生成したシャドームーンがそれを迎え討つ。

 その瞬間の衝撃は境界の向こう、nのフィールドの先の扉さえも破壊する程のものだった。
 空間の境界は最早意味を成さなくなり、穴だらけになった景色の中で、魔神と大剣が意志をぶつけ合う。

 シャドーセイバーが持ち堪えたのはほんの数秒だった。
 シャドームーンは折れた剣を放棄し、その両腕で剣の突進を受け止める。
 シャドービームがダンの巨体を包むように襲うが、その勢いに衰えは微塵もない。
 対するシャドームーンの赤い強化外装は既に剥がれ、露出した人工筋肉から火花が飛び散っている。

「何故……私が、二度までも……!!」
『てめーは俺が!!!!
 ぶっ殺すっつっただろうがぁあああああああぁあああああああああッ!!!!!!』

 ビームの出力に、ダンの装甲が砕けていく。
 しかしゾルダはその一撃に注力する傍ら、翠星石の如雨露が作った水溜まりからミラーモンスターを出現させた。
 一体や二体ではない。
 先程シャドームーンに破壊されたモンスターを除く全てである。

――UNITE VENT――

 核となるのはマグナテラ、即ちダン。
 ミラーモンスター達を新たな鎧として纏い、ダンは更なる突進力を得る。
 しかしダンが強化される程に、二つのキングストーンが輝きを増していく。
 ダンの破損が進み、ゾルダの体が灼かれていく。

「この創世王に、勝てると思うな!!!」
「それでも俺は……!!」

 諦められるはずがない。
 既に、願ったのだ。
 ゾルダは誰より強く命の音を鳴らし、叫ぶ。



「俺は、『明日』が欲しいんだよッ!!!!」



 それはV.V.にバトルロワイアル開催を決意させた、始まりの一言だった。
 最初の『願い』だった。

 ズドン、と。
 大剣が地面へと突き立った。
 そして半拍遅れ、赤い腕が落下する。
 “究極の王”となったシャドームーンは、転がった左腕を呆然と見詰めた。

「……この、創世王の……腕が」

 それまでの轟音が嘘だったかのように、辺りは静まり返っていた。
 風一つなく、ただ変わり果てた景色と大破した大剣が、戦いの激しさを物語っている。
 大剣――ダンは動かない。
 そしてゾルダもまた地に伏し、起き上がる事はなかった。


 カシャン、カシャン、カシャン。

 シャドームーンは一人、歩を進める。
 左肩から先を失いながら、それでもその神々しさは薄れない。

「……」

 切断された肩が再生しない。
 それだけが少々気に掛かったものの、創世王は歩みを止めない。
 倒れたゾルダにとどめを刺すべく為に。
 だがその前に、立ち塞がる影があった。

「シャドームーン!!!! …………さん!」

 上田だった。
 勇ましく呼び掛けようとしたものの途中で怖くなり、さん付けに変えてしまった。
 しかし図体こそ大きいものの、誰よりも小心者にして小物だった上田が、たった一人で王と対峙している。
 これだけで一つの奇跡である。

「き、君に願いはないんだろう。
 わざわざ私達を殺して、自在法と呼ばれるものに頼る必要もないはずだ。
 私達が負けを認めれば、そそ、それで充分なんじゃないか?」

 完全に腰が引けている。
 だが上田は何とか生き残ろうとして、シャドームーンを相手に交渉しているのだ。
 しかしシャドームーンの視線は冷ややかだった。
 表情は読み取れないのだが、冷ややかとしか思えなかった。

「上田、次郎。
 随分早い段階から、私の視界の端でうろついていたな」

 上田がシャドームーンと遭遇してしまったのは、第一回放送前の事である。
 この場に残っている誰よりも早く接触し、その脅威を目の当たりにしている。
 故に、当然、分かっているのだ。

「貴様達を全員殺す事でのみ、私の矜持は満たされる。
 運良くここまで生き延びた貴様なら、それも分かるだろう」

 丸腰というわけではなく一応腰にブラフマーストラを差しておいたのだが、抜けるような状況ではない。
 上田は尻餅をつき、震えながら後ずさる。
 シャドームーンが歩みを再開し、上田に向けて手を翳した。

「北岡、上田、ありがとう」

 少年の声がそこに割り込んだ。
 上田が四つん這いになって逃げ出すと、代わりに狭間偉出夫がシャドームーンに相対す。

「皆のお陰で、僕はまだ戦える」
「……二刀流か」

 狭間が携えるのは二振りの刀剣。
 贄殿遮那――そして、ヒノカグツチ。

「いいや……僕が使うのはヒノカグツチだけだ」

 狭間は目を閉じ、そして決別する。
 それまで狭間と重なり合っていた黄色の影が狭間から離れていき、狭間の隣りに立った。
 そして、その言葉を口にする。



「……“Alter”」



 己のガーディアン、【魔人】イフブレイカーを触媒として『向こう側』の世界にアクセスする。
 そして顕現するのは、参加者の一人。
 軽小坂高校の制服に身を包んだ男子学生、蒼嶋駿朔だった。

「行くぞ、蒼嶋。
 ふざけた“もし”をぶっ壊しに」

 狭間がヒノカグツチを構え、蒼嶋は贄殿遮那を握る。
 終わりは確実に、近付いている。



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176:終幕――その旋律は夢見るように シャドームーン 176:終幕――果ての果て
柊つかさ
北岡秀一
狭間偉出夫
上田次郎



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