終幕――果ての果て

最終更新:

Bot(ページ名リンク)

- view
だれでも歓迎! 編集

終幕――果ての果て  ◆Wv2FAxNIf.



 戦場の事を気に掛けながら、狭間は上田が指し示した場所に向かっていた。
 魔力の残りは随分少なくなり、体も目蓋も重い。
 常に気を張っていなければ意識を手放してしまいそうになる。
 だが北岡が戦っている今、止まってなどいられない。
 そして『そこ』に、辿り着いた。


――……我は――


 呼び掛けられた。
 北岡も、つかさも、上田も、近くには居ない。
 蒼嶋の声でもない。
 だがその声の主ははっきりしている。
 見覚えのある――身に覚えのある剣が、そこに刺さっていた。

――――我は魔剣ヒノカグツチ……天津神ヒノカグツチの力が込められし剣なり……
――――我を引き抜きし者に我と我が力与えん……

『おうおう、懐かしいもんがあるじゃねーか……』

 蒼嶋にとっては二度目となる、ヒノカグツチとの遭遇。
 志々雄真実の手に渡って以降猛威を振るい続けたその剣は、ここで再び主の訪れを待っていた。

 この剣を手にする資格が自分にあるのかと、狭間は思わず自問する。
 守ると決意したものをことごとく失って、弱さを露呈するばかりの自分。
 それでも今更退けないと、ヒノカグツチの柄を握る。


――――お主はよき守護者に恵まれたな。


 心なしか、優しい口調だった。
 狭間は喉元にこみ上げた思いを飲み込んで、その声に応える。


「……ああ。
 僕も、そう思うよ」


――――その力をもてば我を引き抜く事出来よう。


 ここで得られたものを。
 ここで失われたものを。
 振り返っている時間はない。
 狭間は静かに、ヒノカグツチを抜いた。

『イケるだろ、狭間』
「当然だ、蒼嶋」

 狭間がこの剣を手に取るのは初めてだった。
 一度は自分を貫いた剣。
 忌々しいと思っていた剣。
 しかし手にした途端、力が漲るのを感じる。

「……蒼嶋。
 もし、北岡でもシャドームーンを倒せなかったら。
 その時は――」
『好きにすればいいだろ。
 気にすんな』

 北岡は無意識の海で得た記憶を使い、『向こう側』の世界へとアクセスした。
 それは同じものを見た狭間にも可能である。
 そして狭間がアルターを発現する時。
 その触媒として最も適したものは――

『俺はお前と一緒に“もし”をぶっ壊す為についてきたんだ。
 それで済むなら、安いもんだろ』

 一度触媒に使ってしまえば、もう元には戻らない。
 だがそれでもいいと、蒼嶋は言う。

『小難しい事ばっか考えやがって。
 そんな話してる場合かっての』
「……それも、そうだな。
 それなら僕も、何も言わないさ」
『それでいいんだよ。
 さっさと行こうぜ』

 少年は――少年達は、再び戦場へ向かう。
 真の創世王が待つその場所へ。


 ガーディアンを失った事で狭間は弱体化した。
 その代わり今は、隣りに信頼し合えるパートナーがいる。

 自立稼動型アルターとなった蒼嶋がシャドームーンへと肉薄し、狭間がそれを魔法で援護する。
 だが、片腕になったとは言えダンの出力で漸く戦いが成立していた相手である。
 贄殿遮那による一撃はシャドーセイバーによって容易に止められ、弾かれ、鍔迫り合いすら成立しない。

「ジオダイン!!」

 最速の雷撃がシャドームーンに命中。
 シャドームーンがたたらを踏み、その間に蒼嶋が後退する。

「……?」

 シャドームーンが訝しむように己の肉体を見下ろす。
 その隙に蒼嶋が再び飛び掛かって刀を振るった。
 何度挑んでも完全に防がれてしまう。
 だが「シャドームーンが防いでいる」時点でないかがおかしいと、狭間は感じ取っていた。
 ただ受け止めただけで斬鉄剣を折る程の硬度を誇るシルバーガード。
 贄殿遮那が折れる事はないとしても、当たったところで傷を付けられるはずがないのである。
 ならば、今は防がなければならない理由がある――それは勝機を見出すには充分な要素だった。

 シャドーセイバーが贄殿遮那と衝突した瞬間、狭間はシャドームーンの左側へと回り込む。
 脇腹をめがけてヒノカグツチを突き出すが、シャドームーンは身を逸らしてそれを回避。
 カウンターの蹴りを腹へと叩き込まれ、狭間は体を浮かせた後に足場を転がった。
 しかしすぐに起き上がり、再度距離を取った蒼嶋と共にシャドームーンを睨み付ける。

「まだ分からないようだな。
 貴様らは何も掴めずに虚空に消える」
「何度も言わせるな……消させない」

 ヒノカグツチを杖にして立ち上がる。
 痛みと疲労に支配されても、苦しくても、思い出の中にある仲間が支えてくれている。

「皆と一緒に、生きる」

 殺し合いに乗っていたミハエル・ギャレットを、彼が信奉していたカギ爪の男を、肯定するつもりはない。
 しかし彼らの思想の一部は確かに真実を捉えていた。
 その人を忘れなければ、その人は死なない。
 共に生き続けられる。

「僕は皆と同じ夢を――……いや」


――夢で終わらせないで。


 参加者である六十五人には含まれない、ハカナキ者達のうちの一人。
 ほんの数秒だけの邂逅を果たした、レナの友達――狭間の友達。
 彼女の『願い』に報いる為にも。



「僕は生きて、皆と同じ『明日』を見る」



 カシャン、と足音が一つ。
 これ以上の会話を無駄と判断したのか、今度はシャドームーンが攻めへと転じる番だった。
 目に映らない程の速度で踏み込み、蒼嶋の体に袈裟掛けに一撃を見舞う。
 一瞬早く後退した為傷は浅く済んだが、直後にシャドームーンが投擲したシャドーセイバーが蒼嶋の肩へと突き刺さった。

「アギダ――」

 詠唱の暇さえ与えず、狭間の顔面を鷲掴みにするシャドームーン。
 狭間は掴まれた状態のまま、地面へめり込む程の力で頭部を叩き付けられた。
「ごっ……ぁ……!!」
 視界が明滅して意識が飛びかける。
 だが気を失えばアルターを維持出来なくなる為、歯を食い縛って思考を繋ぎ留めた。

 蒼嶋がシャドームーンに蹴りを入れようとするが、シャドームーンは狭間を蒼嶋に向かって投げ付けた。
 蹴りを中断して無理矢理狭間を受け止めた為、二人でもつれ合うように転がされてしまう。
 そして冷徹な声が紡がれた。

「シャドービーム」

 短い攻防の間に蓄えられたエネルギーが光を放ち、狭間と蒼嶋の体を灼く。
 アルターと本体の両方に攻撃される狭間は、痛みを二重に味わう事になる。
 だが逆に、狭間の精神さえ保てば蒼嶋は痛みを感じる事なく動ける。
 シャドービームが止まるのを待たず、蒼嶋がシャドームーンの間合いへと飛び込んだ。

『おらぁぁぁああああああああッ!!!!』

 勢いに任せた一撃は届かず、シャドームーンが新たに生成したシャドーセイバーが贄殿遮那を遙か遠くへと弾き飛ばす。
 そして徒手空拳となった蒼嶋の胸にシャドーセイバーが突き刺さる。
 しかし蒼嶋はしがみつくようにしてシャドームーンの腕を掴み、そのまま固定。
 シャドービームを注ぎ込まれようと離れない。
 そして蒼嶋の背後から現れた狭間がヒノカグツチを突き出した。

 シャドームーンの全身を守るシルバーガード。
 ヒノカグツチはそれを突破し、シャドームーンの腹を貫いた。

「……」

 シャドームーンの蹴りが蒼嶋を引き離し、自由になった拳で狭間を殴り倒す。
 ヒノカグツチが刺さったままの状態であっても痛みはないようで、未だ倒れる様子はなかった。
 だが変化は確実に訪れている。

「……何が、起きている……?」

 外から見て見て分かる程に、シャドームーンは狼狽していた。
 突き立ったヒノカグツチを見詰め、抜こうという素振りもない。
 神の力を宿した剣。
 それでも――この装甲を、貫けるはずがない。

「メ、ギ――」

 狭間が血を吐きながら体を起こす。
 詠唱が終わるのは、我に返ったシャドームーンが手を翳すのと同時。


「――ドラ、オン!!!!」
「シャドービーム!!!!」


 両者の間にあった距離は五メートルに満たない。
 その状態で放たれた最大呪文と高エネルギーのビームの衝突に、狭間の体は遠く吹き飛ばされた。



 全身を包む痛み。
 メギドラオンに残るほとんどの魔力を注ぎ込み、既にアルターを維持出来るだけの力も残っていない。
 それでも立ち上がり、拳を握る。
 そこにまだ、シャドームーンが立っているからだ。
 ヒノカグツチは未だ刺さったまま。
 全身から細く煙が立ち、時折火花を散らす赤き魔神。
 今のシャドームーンには余裕がない。
 苦しいのはお互い様である。

 カズマのような自慢の拳ではない、他者とまともなケンカをした事もない小さな拳。
 だが、たった一つ残された狭間の武器。
 僅かに残った蒼嶋の力を込め、腕を振り上げる。

「おおおおお!!!!」

 掠る気配すらなく避けられる。
 大きく隙を作った狭間に対し、シャドームーンは容赦なくシャドーセイバーを振るった。
 しかし狭間は姿勢を低く落とし、シャドームーンの反撃をスレスレで回避する。

 不格好な戦いだった。
 だがあのカズマとて、技術があったわけではない。
 かなみやクーガーと出会うまで、家族すら持たなかった。
 金もなければ学もない、立派な名前すらない。
 拳しか持っていなかった。
 だから、ただ気に入らない奴をぶん殴る。
 だから、ただ生きる為にぶん殴る。
 ひたすらに、ひたむきにシンプルな生き方だった。
 その強さを知っているから、狭間も己の拳を信じた。

「そうだ、シャドームーン。
 僕は――」

 がむしゃらに拳を振るう。
 シャドームーンの必殺の一撃からかろうじて逃れながら、思いを吐き出す。

「僕は、お前が――」

 孤独な王。
 誇りの為に全てを敵に回し、たった独りで戦い続けた新たな創世王。
 元は魔神皇であった狭間には、シャドームーンの在り方を理解出来た。

 たった一人で在り続ける。
 狭間に出来なかった事をしていたシャドームーンを、羨ましいとは思わなかった。
 だがその矜持に敬意を示した。
 羨ましくはなくても――「凄い」と、純粋に思ったのだ。
 そして理解出来るからこそ、尊敬に近い念を覚えるからこそ、「許さない」と言った。
 同族嫌悪に近い感覚を、覚えていた。
 だから『魔人皇』として必ず決着をつけると宣言したのだ。

 対する『人間』狭間偉出夫は。
 魔神皇でも魔人皇でもない、肩書きを捨てたただの人間は。
 言葉を飾る事なく、素直に思ったままを叫ぶ。
 北岡が既に口にしていたように。
 他の者が気負いなく言っていた事を、狭間偉出夫は漸く言葉にする事が出来た。


「僕はお前が気に入らなかったんだ!!!」


 シャドームーンの一撃を躱し、間合いの奥まで踏み込む。
 腕をしならせ、拳を弓のように引き絞る。
 そして蒼嶋の力と思いを拳に重ね、一撃を見舞う。

「『うおおおおおおぉぉぉおぉぉおおおおおおおおおおッ!!!!!!!』」

 狭間の拳がシャドームーンの頬を穿つ。
 衝撃が空間全体を揺らし、絶対の王であるはずのシャドームーンの体が傾いだ。

「……!!」

 シャドームーンの仮面に亀裂が走る。
 狭間の渾身の一撃は、確かにシャドームーンに届いていた。
 シャドームーンは拳の威力に押されて一歩後ずさる。
 そして狭間は力尽き、そのまま倒れ込んだ。

 立っているシャドームーン。
 倒れた狭間、消滅した蒼嶋。
 結局、拳を届かせるのみ。
 仮面に僅かな傷を入れただけで、シャドームーンを倒す事は叶わなかった。

 シャドームーンは動かない。
 数秒間動きを止め、それからゆっくりと手を頬へと当てる。

「…………?」

 七つの賢者の石を得たシャドームーンのシルバーガード。
 アルターの力があったとは言え、生身の人間の拳で罅など入るはずがない。

「何、だ……?」

 シャドームーンの手が震え出す。
 手の力が緩み、シャドーセイバーが地に落下して刺さった。

「これは……」

 狭間に殴られた頬が変色する。
 血の如き赤から、鈍い銀へ。
 そしてその色が水面に落ちた絵の具のように広がり、全身が元の銀色へと戻っていく。
 のみならず肩の突起は崩れ、触角は刃を失い、塞がっていたはずの全身の傷が再び姿を見せた。
 左半身は人工筋肉すら失って骨格を残すのみであり、立っている事すら困難な様相だった。

 シャドームーンの傷から噴き出すように溢れるのは緑と赤、二色の光。
 ローザミスティカと太陽の石の光だ。

 二つのキングストーン、そして五つのローザミスティカをその身に取り込むには、シャドームーンは傷付き過ぎていた。
 度重なる戦闘は確実にシャドームーンを蝕み、傷は体内の奥深くにまで達していたのだ。
 それがダンとの戦闘で全力を出した事をきっかけに、綻びを生む。
 そして狭間の小さな一撃が決定打となり――ダムが決壊するように、終わりが始まった。

「く……」

 綻びが広がり、やがて致命的な崩壊へ。
 翠星石の最期を焼き直すように、シャドームーンのシルバーガードに亀裂が広がっていく。

「くっく……」

 だが、笑う。
 低く、重く、究極の王の威厳を欠片も損なわず。

 バラバラと剥がれ落ちていく装甲。
 左足を引きずり、なお動く。
 手を伸ばし、シャドーセイバーを握り直す。

「それでも、貴様らを殺す力は残っているぞ……!!」

 あと一撃あればシャドームーンを倒せるだろう。
 だがその一撃は、遠い。
 身動きを取れず、狭間は伏したまま唇を噛み締める事しか出来なかった。
 王に立ち向かえる者は、もう残っていない。


「シャドームーン、さん」


 戦える者がいなくなった戦場で。
 最後にシャドームーンの眼前に立ち塞がったのは狭間でも北岡でもなく。



「もう、終わりにしませんか」



 柊つかさだった。




 つかさが手に握るのは、一丁の銃。
 ルルーシュ・ランペルージを殺害した始まりの銃。
 北岡がつかさに持たせまいとして持ち続けていたそれを、つかさは自分の意志で手に取った。
 引き金に触れる指も、足も震えている。
 恐怖で、疲労で。
 しかし疲れたからと、敵が怖いからと――撃つ事が怖いからと。
 そんな理由で膝を折るわけにはいかなかった。

「小娘……人間如きが作ったその武器で、この創世王を止められると傲るか!!」
「止めます!!
 だって……皆が、好きだから……っ!」

 体の芯から凍え、声が震える。
 足が動かない。
 逃げる事も出来ない。
 もう立ち向かうしかないのだと、つかさは真っ直ぐにシャドームーンを見詰める。


 カシャン、ずるり、カシャン、ずるり


 半ば鋭さを失った足音は、それでもつかさの恐怖を煽るに充分だった。
 握っていたシャドーセイバーを落とし、それでも前進する。
 一歩ずつ接近してくるシャドームーンに対し、つかさは引き金を絞る事が出来ない。
 生きている皆を守る為には、死んでいった皆を消させない為には、撃つしかないと分かっていても。

 シャドームーンの手が伸びる。
 大きな掌がつかさの視界を侵食していく。
 そしてそれはつかさの鼻先で止まった。

 膝からくず折れるシャドームーン。
 全身がガクガクと痙攣し、火花が激しく飛び散った。
 しかし、崩壊の速度が緩み出す。
 太陽の石が暴走してローザミスティカが反発する中、元々シャドームーンが持っていた月の石が持ち堪えているのだ。
 月の光を受けたキングストーンが崩壊する肉体の修復を行い、終わりを遅延させている。

 シャドームーンは立ち上がろうとしていた。
 否、遠からず必ず立ち上がる。
 誇り高い究極の王は例えその身を失おうと、ここにいる四人を殺すまで戦いを止めはしない。
 戦いを見ていただけのつかさでも、それは理解出来ていた。
 だから――撃つしかない。

「もう……」

 撃つしかないと、理解している。


「もう、ここで終わりにしませんか……?」


 それでもつかさは、諦められなかった。
 シャドームーンが何人も参加者を殺害していても。
 目の前で翠星石の命を奪ったばかりであっても。
 これからも人間と分かり合う気がないとしても。


「私は……シャドームーンさんとだって!
 寄り添って、生きたい……!!」


 泉新一とミギーが築いた信頼を知っている。
 田村玲子の生き様を、ストレイト・クーガーの生き様を知っている。
 その美しさを知っているから、諦められない。

 だからつかさは、銃を下ろした。

 つかさはただの女子高生だった。
 ギアスを持たず、関わった事もない。
 惨劇に立ち向かった事も、アルターに触れた事も、刀を振った事も、ライダーに変身した事もない。
 事件を起こさず、解決もせず、姉妹で殺し合う事もない。
 生まれ育った豊かな土地で幸せに生き、魔法も錬金術も夢物語。
 悪魔も、パラサイトも、死神も知らない。
 バトルロワイアルに巻き込まれた事もなく、紅世の徒を相手取った事もない。

「誰が相手だって、死んで欲しくない……!
 だって、死んじゃったら!!」

 他のどの参加者よりも、平和な人生を送ってきた。
 だからつかさには、覚悟を決められなかった。

「死んじゃったら……もう、会えない……っ」

 覚えてさえいれば、その人はいつまでも心の中で生きている。
 きっとそうだ。
 そうでなければ悲しい。
 けれど、死んでしまったら。

 会えない。
 「おはよう」も「また明日」も。
 「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えない。
 一緒に食事をする事も、同じ景色を見る事も、ケンカも仲直りも出来ない。
 一度はギアスによって、一度は自らの意志によって引き金を引いてしまったつかさだからこそ、その重さを知っている。

「もう嫌なんです……だから!!」
「この私に命乞いをしろと……!?
 図に乗るな人間!!!」
「違います、私は……今は仲良く出来なくても、いつか――」

 シャドームーンが身を乗り出し、つかさの左腕を掴む。
 瀕死のはずのその手は万力の如く、つかさの細い腕を締め上げた。
 つかさは痛みに上げそうになる悲鳴を飲み下し、その手を振り払う事なく堪える。
 右手に持った銃を上げる事も捨てる事も出来ず、膠着する。

「この創世王を憐れむか……ッ!」
「一緒に生きたいと思って、何が悪いんですかッ!!」

 平行線を辿る。
 シャドームーンにとっては敗北よりも――人間の、それも無力な少女に手を差し伸べられる事の方が屈辱となるはずだ。
 つかさの声は届かない。

「貴様の周りを見るがいい……」

 シャドームーンの背後には無数の穴が空いていた。
 度重なる戦闘で境界は傷付き、既に意味を成していない。
 そしてその先の扉さえ破壊され、それぞれの世界の姿を見せている。

 KMFが駆けるビル群。
 混乱の時代を乗り越えた明治の町並み。
 宇宙の吹き溜まり、乾き切った荒野。
 少女が錬金術の店を切り盛りするのどかな村。
 一つ一つに、人々の生活が息づいていた。

「分かるだろう、小娘」

 筋肉と骨が軋みを上げる。
 このままでは千切られると、知識の乏しいつかさにも理解出来る。

「私はこれらの世界の全てを支配する」

 南光太郎が阻止しようとしていた、ゴルゴムによる支配。
 それが今視界に映る全ての世界に広まってしまう。
 それでもつかさは、決断を下せない。

 シャドームーンの言葉に、目に入る世界の景色に、思考が鈍る。
 どうすればいいのかと。
 どうしたいのかと。
 必死に答えを探そうと記憶の糸を辿り、気付く。
 この景色の中に足りないものを。

 シャドームーンを前にしながら、つかさは振り返る。
 ゆっくりと視線を後ろへと逸らしていくと、後方にもやはり数多くの穴が空いていた。
 そしてつかさの背後の穴の先にあったのは、学校だった。
 軽小坂高校ではない。
 陵桜学園高等学校――つかさが妹や友人と共に通う母校。
 友達の顔が、教師の顔が、皆で楽しく過ごした日々が、記憶の波となって押し寄せてくる。

「その世界も、私が支配する」
「ッ……!!」

 下へ向けていた銃口が揺れる。
 揺さぶられる。
 それでも――撃てなかった。

「っめて、下さい……!
 何で、どうしてそこまで!!」
「私がゴルゴムの王だからだ」
「説明になってません!!」

 シャドームーンに食って掛かる。
 諦められずに食い下がるが、シャドームーンの立つ場所は余りに遠かった。

「シャドームーンさんにだって、大事な人はいるんじゃないんですか……!
 杏子さんや克美さんの事は、もういいって言うんですか!!」
「!!」

 つかさの前で。
 シャドームーンが初めて、仮面の上からでも分かる程に動揺した。
 つかさの腕を掴んでいた手がつかさの首へと伸び、圧迫を始める。

「貴様が、貴様がその名を口にするか……!
 貴様に何が分かる!!!」
「ぁっ……か……」

 心を失ったはずのシャドームーンが激昂する。
 互いの額がぶつかり合う程の距離でシャドームーンが叫ぶ。
 つかさが必死にその手を剥がそうとしても外れない。

「どんなに姿が変わっても、あの二人の事をいつまでも思っている……!!
 だが、それがどうした!!
 私はゴルゴムの王、創世王だ!!!」

 途切れる事のない痛みと呼吸出来ない苦しさで、目蓋が重くなっていく。
 シャドームーンの声が更に遠のいていく。


「死ね……その後すぐに、貴様の仲間も貴様と同じ場所へ送ってくれる!!!」


 つかさが目を見開く。
 つかさの次は上田で、狭間で、北岡で。
 当たり前の事だった。
 その当たり前の事が――絶対に許せなかった。
 シャドームーンの手を引き剥がそうとしていた左手をそのままに、右手だけで銃口を上げる。
 視線の先にあるのは刺さったヒノカグツチのすぐ下、シャドーチャージャー。
 そこに埋め込まれ、一際強く輝く月の石。

 素人の腕。
 震える手。
 力の入らない指。
 それでもこの距離なら、外れようがない。



「撃たないなら思い知らせてやろう……貴様達全員の存在を、この創世王の手で消し去ってくれる!!!」



 そしてその一言が、つかさに引き金を引かせた。



 翠に輝いていた月の石に弾丸が突き刺さる。
 崩壊を止めるものがなくなり、シャドームーンの右腕が崩れ落ちた。

 撃っていいのは撃たれる覚悟がある者だけ。
 撃って後悔するぐらいなら、悲しむぐらいなら、銃など初めから持つべきではない。
 けれど。
 それでも。



「ごめん、なさい……」



 柊つかさは、弱さを露呈した。
 例え大事な人達の為であっても、『明日』の為であっても。
 ただの少女であるが故に、撃った事を後悔した。

 ばらばらと装甲を失っていくシャドームーン。
 だが倒れ込むように、仮面をつかさの額へ接触させる。
 触れ合うだけの近さで、シャドームーンはつかさへの怒気を露わにした。


「ならば聞け、小娘……いや、柊つかさ!!
 そして忘れるな……!!!」


 銀が失われていく。
 だが翠色の複眼はいつまでも憎悪を放つ。



「私が……この私こそが、創世王シャドームーンだ!!!!」



 目の前で壊れるシャドームーンを、つかさはその目に焼き付けた。
 仮面が崩れ去り、一瞬だけ見えた秋月信彦の顔と共に全てが砕けて消えた。
 最期に見せた表情は、つかさだけが知っている。
 つかさだけが見届けて、見送った。


「ごめ……ん、なさ、い」


 嗚咽に途切れる声で紡ぐ。
 シャドームーンへ、撃つ事しか出来なかったと。
 仲間達に、死んだ者達に、最後まで強くある事が出来なかったと。
 誰も彼女を止める事は出来ず、か細い声が謝罪を続ける。

「ごめんなさい……ごめんなさ、い……ごめん、なさい……」

 物語の最後の決着は、劇的なものではなく。
 ただ少女に消えない傷を残し、静かに幕を下ろした。


【シャドームーン@仮面ライダーBLACK 死亡】



 つかさは座り込んだまま泣き続けた。
 しかしすぐに、そうはしていられない事に気付く。
 緩やかな振動。
 徐々に激しさを増し、目を回す程になっていく。
 地震――しかしここは、つかさの常識で測れるような空間ではない。
 度重なる戦闘の結果、崩壊が始まったのだ。

「き、北岡さん、狭間さん、上田さ――」

 立ち上がろうとして足場が崩れる。
 白い空間から暗い闇の中へと落ちていく。

 手を伸ばすが、周りの足場も全てが崩壊して落下を始めている。
 為す術なく、落ちるだけだ。

「そんな、――!?」

 肩を掴まれて浮遊感を味わう。
 振り返ると蝙蝠型のミラーモンスターがつかさを支えていた。

「ダークウイングさん……?」

 シャドームーンに破壊されずに残っていたモンスター達は全て、ユナイトベントによってダンと同化していた。
 ダークウイングがいる、そしてつかさに味方しているならば、北岡がカードを解除して新たな命令を出しているはずである。
 戦闘を遠目で見ていたつかさはユナイトベントが使われた事までは知らないが、北岡の生存を確信するには充分だった。

「ダークウイングさん、北岡さんの所まで連れて行って――」

 そこでつかさは気付く。
 限られた光源の中ではあるが――ダークウイングの翼は深く傷付いていた。
 ダンと同化した状態でシャドービームを受けた為である。
 羽ばたいてはいるが上昇する事はなく、つかさと共に速度を落としながら少しずつ落下していく。

 数十秒か、数分か。
 疲れ果てて眠ってしまっていたつかさは水の音で目を覚ました。
 そこは一度訪れた、V.V.のメモリーミュージアム。
 ラプラスはあの第二会場の真下にこの空間を形成していたらしい。
 V.V.の姿はない。
 シャドームーンが命を落として殺し合いが終わった時点で、宣言通り自壊したのだろう。

「北岡さん!! 狭間さん!!!」

 ダークウイングは着水すると共に消滅してしまった。
 辺りは薄暗く、限られた視界の中でつかさは仲間の姿を探す。
 しかし闇雲に歩き回るのも危険かと、その場から動く事が出来ない。
 何より足が、重い。
 シャドームーンに掴まれた腕と首は未だ痛み、それが嫌が応でもシャドームーンの最期を思い出させる。

 寂しさに、後悔に、暗く落ち込んでいく。
 そんな中、光が完全に遮られた。
 見上げても何が起きたのか分からない。
 しかし『それ』が降りてくると、つかさの表情はパッと明るくなった。

「無事だったんですね……!」

 北岡、狭間、そして上田。
 三人を背負って降りてきたドラグブラッカーは、ダークウイングと同様に消えてしまった。
 全ての契約モンスターを失ったゾルダはブランク体となり、その変身も解除された。

 無意識の海に落ちる北岡と狭間。
 沈まないよう、つかさが二人の肩を支えて声を掛けるもののどちらも目を開かない。
 一人ほぼ無傷だった男も必死に叫ぶ。

「北岡さん、狭間さん……!」
「二人共、しっかりするんだ!!
 Why don't you do your best!!!
 死んでしまうとは情けない!」
「そんな、嫌……もう……もう、こんなの……っ」

 つかさの涙がはらはらと北岡の頬に落ちた。
 それに応えるように北岡の目蓋が震え、開く。
 目を見開いて驚くつかさに、北岡は力なく微笑った。

「……あのさ、二人共悪いんだけど……死んでないから」
「僕もな」

 北岡は横になった姿勢のまま手を持ち上げ、気だるそうに振って見せる。
 狭間が残った僅かな魔力で自分と北岡にディアを使い、申し訳程度に傷を回復させた。

「僕にはまだ、やる事がある。
 こんな所では死ねないな」
「俺だって。
 それに……あの連中と、一緒にしないでよね」

 自分の命を捨てて戦って、自分の命を犠牲にして他人を守った英雄達。
 北岡は、それと同類扱いされるのはまっぴらだった。

「俺はあの連中みたいになんてなりたくないし……なれっこないんだから、さ」

 安堵の息を漏らす一同。
 戦いの意志を持つ者はなく、既に最終戦の幕は下りた。

 しかし管理者を失ったこの世界もまた、崩壊を始めていた。



時系列順で読む


投下順で読む


176:終幕――鋼の救世主 柊つかさ 176:終幕――見えない未来
北岡秀一
狭間偉出夫
上田次郎
シャドームーン GAME OVER


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー