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IF  ◆EboujAWlRA



よく晴れた日のことだった。
上田次郎はバトルロワイアルから帰還後、己の分野から逸脱した専門書を読み漁ることが多くなっていた。
全ては研究のため。
少々人間的欠点が多すぎるだけで、上田次郎という男の本質は研究者だ。
新たに知った知識を解き明かさなければ気が済まない。
知識欲の塊のような男なのだ。

今日も積み重ねた本の山とともに自らの研究室に寝泊まりしていた上田の元に、一人の男が現れた。
上等なスーツを纏い、明星の如き輝きを持った金髪をオールバックに固めた紳士。
金の右目と蒼の左目、病的なまでに白い肌。
筋張った指先に備えた爪は黒く塗られている。
見るものを魅了する妖しい美と、見るものに恐怖を覚えさせる美。
二つの美が蛇と蛇のように入り混じった妖しげな男だった。

「申し訳ありません、上田先生。こんなお時間に」

血のように赤い唇からつらつらと言葉が飛び出る。
人類の英知と自負する上田ですら聴き惚れるような声だった。
善悪や好悪はともかく、目の前の男はすべてが美しかった。

「約束のお話ですが……」
「約束?」
「おや、お忘れですか?」

紳士はブラインドに指をかける。
爛々と輝く明けの明星が上田の瞳を刺した。
その光の前に立ち、男は。
挑発するような、あるいは媚びるような。
蛇の舌先を連想させる、人を惑わす笑みを浮かべながら。


「ルイ・サイファーです。先日、先生に依頼のお電話を入れたものですよ」


自らの名を口にした。



   ◆   ◆   ◆



「いやあ、申し訳ありませんね。まさかこんな時間に人が来るとは考えもしなかったもので」

上田は寝起きの苛立ちを隠そうともせず、厭味ったらしくルイ・サイファーの非常識を言外に責めた。
ルイ・サイファーはと言うと気にした風もなく、やはりあの笑みを浮かべるばかりだ。
脚を組み、優雅に来客用のソファーへと座る。
上田は眉間に皺を深め、茶の用意をする。

「申し訳ありません、海外から飛んできたものでして。なるべく上田先生にお会いしたかったんですよ」
「ほほう、海外というと?」
「イスラエルです」
「イスラエル!それはまた……しかし、日本語がお上手ですな」
「日本は好きですから。それはそれとして、上田先生のご高名はお聞きしております」

イスラエルの地でも自らの名が知れ渡っていることに気を良くする。
出涸らしの茶で入れた茶を捨て、通常の茶へと変更するために再び棚に手を伸ばす。

「先生の著書は全て所有しております。
 どん超 Part1、Part2、Part3、Part4、Part5。なぜベス、IQ200」
「IQは実は220なんですがね」

通常の茶を捨て、来客用の茶を用意する上田。
擦り切れた本、それは何度も読み返した証明にすぎない。
すでに苛立ちは消え、持ち前の気の抜けた笑みを顔に貼り付けていた。
上田次郎という男は生粋の単純な男だった。

「そしてこちらが保存用」
「!?」

新たに取り出された本の数々。
さすがの上田も目を剥く。

「展覧用、布教用です」

ルイ・サイファーが取り出した綺麗に包装された自著を見て、すぐさま最高級茶葉を用意する上田。
もはや明けの明星が見える時間に訪れる非常識さも、自らに会いたい余りの行動と捕らえていた。
自らを尊敬する人間に悪い人間は居ない。
心の何処かでそんな風に思える人間が上田次郎という男だった。

「感銘を受けました。
 初めて手にとった時はよくあるオカルト批判の名をかざしたオカルト本に過ぎないと思っていましたが……
 いやいや、オカルトを真っ向から切り捨てる弁舌の数々、噂に違わぬ人物です」
「世には科学をオカルトと同等に扱う人間が多すぎる、嘆かわしいことです」

すっかり気を良くした上田はテーブルを挟んでルイ・サイファーと向き合う。
上田は反オカルトを公表している学者、相談に来る人物も少なくはない。
ルイ・サイファーもそんな依頼者の一人だ。
先ほどまですっかり忘れていた依頼の電話も、上田の頭脳は思い出していた。

「ガイア教、というものを上田先生はご存知でしょうか」
「ガイア教?」

聞き覚えのない単語だった。
マイナーなカルト宗教団体の一つだろうと上田は見当をつける。
ルイ・サイファーは一冊の本を取り出す、有名なオカルト雑誌だった。

「大元の組織自体は歴史の深いものですが、新興宗教だと思ってください。
 現在主流となっている革新的派閥は最近になって力をつけたものですので」

ルイ・サイファーはペラペラと雑誌をめくり、あるページでその手を止める。
そして、その雑誌をテーブルの上に置き、上田は前のめりになってページを覗きこんだ。

「大した話ではありません、よくあるカルト宗教です」
「そのようですな」

オカルト雑誌によくある話だった。
言ってしまえば例の宗教団体を批判する、悪魔信望団体だ。
そんなものこの世にゴマンと存在する。

「はい、その団体自体は問題では無いのです。
 ……問題は、私の日本人の友人がこのカルトにのめり込んでしまったことです」
「失礼ですが、貴方の思想は、その……」
「私は科学教、とでも言ってしまいましょうか。
 上田先生とは違って、学がないゆえに何処か科学万能主義じみたところがありますが」
「なるほど」

上田の元を訪れたとは言え、万が一のことがある。
オカルトを全否定して逆上されては面倒だ。
いかに上田が一般人を遥かに凌駕する、まさしく達人と呼べる腕前を誇る武道家であったとしてもだ。

「悪魔など存在しない、あるいはこの教義のイカサマを解き明かして欲しいのです」
「……ふむ、残念ですが私は忙しくてね。申し訳ないが――――」
「報酬もご用意しています」

カルト宗教の人物と関わることほど面倒なことはない。
上田が体よく断ろうとした瞬間、タイミングよくルイ・サイファーが鞄を取り出した。
そのまま鞄の口を開と、中には大量の福沢諭吉が仏頂面で佇んでいた。
明治の傑物・福沢諭吉と現代が生んだ人類の至宝・上田次郎が視線と視線を交錯させる。

「上田先生がこんなもので心を動かす人物だとは思っていません。
 しかし、私のような俗物にとって気持ちをお伝えする術はこのようなことしか知らないのです」
「全くです。いえ、私もお金が欲しいわけではないのです。
 しかし、私も現代社会に生きる男。これほどのお金がどれだけの価値があるかも知っています。
 それを私に依頼料として払うという貴方の気持ち、これを断れるほど私は非情な人間ではありません」

引っ込ませないと言わんばかりに鞄をものすごい速さで掴み、自身の横に置いた。
ルイ・サイファーはただそれを眺めるばかり。
これは上客だ、上手くすればスポンサーとなり得る。

「悪魔、でしたね……ちょうど私も今は魔術の蔵書に目を通していましてね」
「まずは敵を知ること、さすが上田先生です」
「科学にかぎらず人生のセオリーです」

上田はニヤリと笑みを深めた。
そして、無精髭に包まれた口から得意気に言葉を滑り出し始める。

「まず、魔術とはなにか。これは結局のところ心理学に過ぎないんですよ」
「と、言いますと?」
「自らに暗示をかけること、です。記憶の遡行とモチベーションの維持、これに尽きる」

そう言いながら上田はノートパソコンを起ち上げる。
デスクトップに置かれた一つのアイコン。
反応の悪いマウスを操りながら、上田はそのアイコンをダブルクリック。

「これは?」
「悪魔召喚プログラムver上田次郎」
「……はあ」

ここで初めてルイ・サイファーの表情が崩れる。
はっきり言ってしまえば呆気に取られる。
歯に衣を着せないならば、上田を馬鹿にするような表情となる。
さすがに上田自身も恥ずかしくなったのか、まくし立てるように言葉を続けた。

「まあ、言ってしまえば自己催眠プログラムですよ。これで自らの判断能力を曖昧にし、暗示をかける」
「出来るんですか?」
「そこまでおかしなことじゃない。大事なことはリラックス状態か、もしくは脳を単調化させることです。
 これをやってみてください」

上田はルイ・サイファーへとノートパソコンを向ける。
ルイ・サイファーは画面を覗きこんだ。
そこには幾つかの点滅する文字。
それはAであったり、1であったり、アであったり、不規則な文字の集まりであった。

「これをキーボードで打ち込んでいくんです」

点滅で浮かび上がる文字は急なスピードで。
かと思いきや中々新たな文字

「アロマテラピーやお香などがあるでしょう?
 あれがリラクゼーションの方面から展開する魔術だとしたら、これは脳を単調化させることでアプローチする魔術です」
「ふむ」
「ようは、脳を通常の状態から変化を与えることが重要なんですよ」
「なるほど。わかってきましたよ、上田先生」

ルイ・サイファーは得心が行ったと言わんばかりに大きく頷く。

「内より出て外より現る。天魔の基本ですね、所詮、全ては人の思い込みに過ぎないと。
 この世の魔術のほとんどはプラシーボ効果に似た何かであると」
「その通りです、貴方もなかなかに理解が深いようで」
「海外を飛び回ることが多いと、様々なことを耳にするもので」

上田はフンと鼻を鳴らす。
この世の魔術は全て心理学の成り損ないにすぎない。
上田の出した結論はそれだった。

「結局、悪魔の正体とは人なんですよ。
 この世に『幽霊の正体見たり枯れ尾花』以上のことはあり得ない」

様々なことを思い出しながら、上田次郎は口にする。
自身の研究は未だに奇跡からは程遠い。
どれだけ突き詰めても、結局はオカルトで止まってしまう。
恐らく、それが上田次郎という男の研究なのだろう。
本当の奇跡を自身が手にするまで、オカルトを否定する。
『自身がわからないオカルト』を奇跡するのではなく。
『自身が理解した奇跡』を手にするまで。
上田次郎は生き続ける。

「他にも様々なことを調べていますが――――」
「調べる、ですか」

上田の言葉を、ルイ・サイファーは断ち切った。

「貴方は、魔術を、悪魔をお調べになっている。
 反オカルトの代表を自負する貴方が」
「……な、なんですか、いきなり」
「……素晴らしいですね、上田先生。
 貴方は奇跡を求めている。
 しかし、半端なものは求めていない。
 科学の延長線上にある奇跡だけを求めている……実に、素晴らしい」

ルイ・サイファーは人を嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
正確に言えば、表情を形作ることを忘れたような笑みを浮かべたのだ。
恐らく、最初からルイ・サイファーの心中はその笑みだけだった。
ただ奇跡という名の真理を見つけることのできない上田を小馬鹿にする感情だけが胸のうちにあったのだろう。

「あ、ちなみに先ほどの依頼。真っ赤な嘘です。
 ただ、貴方があの事件を経た今、『悪魔』をどう捉えているものか気になったもので」

上田にそこまでの観察眼は備わっていなかった。
いや、余程の人間でなければ、この紳士の仮面を見破ることはできない。
とは言え、さすがにここまであからさまに態度を一変させればおかしなことに気づく。


「君は一体、何者なんだ」


オッドアイが蠢く。
上田は今、手を出してはいけないものに前にしている。
Cの世界に刻まれた。
人としての原初の記憶が。
警鐘を鳴らし続けていた。


「――――内よりい出て外から現れるもの。
 悪魔ですよ、上田先生――――貴方も狭間偉出夫とご知り合いなら知っているでしょう?
 ルシファーと言いますが、ルイ・サイファーのままで構いませんよ」


最初の二人を誑かし、人類に永遠の罪を背負わせたもの。
赤き蛇・ルシファー。
それこそがルイ・サイファーの正体。

「な、なにを……」
「上田先生、貴方の考えは恐らく限りなく正しい……『かも』しれない」

自らを魔の類だと名乗り、ルイ・サイファーは嘲り笑いを深めながら言葉を滑らせていく。
上田次郎の、本人さえも気づいていないかもしれな事実。
それを突きつけることが楽しくてしょうがないと言わんばかりに。
ルイ・サイファーは語る。

「この世の魔は全て人、人こそが魔の生みの親。
 なるほど、貴方の意見は一理ある。
 かつて破壊神シヴァの使いである『聖獣』を『食用動物』とし、破壊神の信仰を貶めたミレニアム。
 アレも結局は人の信仰こそが我々の力の源であることを突いた作戦だった」

ルイ・サイファーは立ち上がる。
金色に煌めく金髪が棚びき、蛇の舌先の如き赤い唇が動き始める。

「この世の起点は人かもしれない、私はそんな考えも持っている。
 そう、人と人が繋がって世界は生まれる。
 そして、貴方は繋がってしまった……全く別の世界と。
 全てを突き詰めることの出来る貴方が。
 この世の世界の真理を求める科学者である貴方が。
 この世界に、『他の世界』という概念を持ち込んでしまった」

ルイ・サイファーの言葉は止まることはない。
上田次郎は寒気が走る。
明星の暖かさはない。
罪を突きつけ、そして、新たな罪を促す。
人は悪魔に最も近い生き物かもしれない。
しかし、人は悪魔ではない。
ならば、ならばこそ。

「交じり合った世界と世界。
 本来あるべきでなかったものが世界に現れる。
 Butterfly Effect、蝶の羽ばたきが世界の反対で台風を起こすように」

本当の悪魔を前にして覚える感情は。
恐怖以外の何者でもない。

「世界は合わせ鏡です、上田先生」
「……」
「鏡の反射率、あるいは鏡と鏡の間に存在する不可視の小さな粒。
 そういった物が原因で生まれる、不完全な同一の世界。
 そんな鏡の概念である『同一』というものからは生まれるはずでない『変化』が無数に重なり合う。
 そして、ついには全く別の世界へと変わる」

真理を突きつける。
悪魔とはそういうものだ。
人が求めるもの全てを差し出し、人を堕落させる。

「だから、全ての大元は『鏡』なんですよ。
 ミラーワールドという神崎優衣と神崎士郎の世界が『鏡』越しに現れたのも。
 世界樹に繋がるnのフィールドの入り口が『鏡』なのも。
 多くの人間が『鏡』によってハルケギニアに迷い込むことも。
 世界と世界が『鏡合わせ』によって生まれる違いで成り立っているからなんです」

鏡合わせの末に生まれる小さな変化。
その変化の極まりが、奇跡だ。

「光あれ――――そう、初まりは光だった。
 そして、光が存在したからこそ無数の混沌が生まれた。
 光を反射する物質と物質が鏡合わせとなった。
 神は光を求めたのであれば、その自由を認めなければいけなかった」

笑いが深まる。
人は美に惹かれるように、人は真理に惹かれる。
世界のすべてを暴きたくてしょうがない人種が居る。
上田次郎もその一人だ。
そして、突き詰めた真理は、極まった美しさがそうであるように、恐怖を生む。

「魔とは、内よりい出で外から現れる――――貴方の考えは、限りなく正しい。
 これ以上ないほどに我々の存在の本質を捉えている」

ルイ・サイファーの言葉。
人が神話を作り、神を生んだ。
しかし、神は人を生んだ。
鶏と卵の問題。
それは『鶏』という概念を突き詰めれば答えが出る。


「ひょっとすると、『宇宙の大いなる意思』とは――――」


瞬間、ルイ・サイファーの顔から笑みが消えた。


「『神』とは、『人々の意志』なのかもしれない」


時間にすれば、それこそ秒にも満たない一瞬の出来事だっただろう。
しかし、その瞬間に生まれたものこそが目の前の悪魔の真の感情。
翼をもぎ取られる前に感じたものだったのかもしれない。

「可能性ですがね」

再び嘲りを顔に浮かべるルイ・サイファー。
つかつかと窓際から元のソファーの位置まで戻る。
上田はルイ・サイファーに飲まれ、何も口にすることが言えない。
そんな上田へと向かって、ルイ・サイファーはぐいと顔を近づける。
ルイ・サイファーの双眸に魂を飲まれる。

「上田先生、貴方の研究は恐らく実を結ぶ。失敗という形で、最悪の形で。
 しかし、その研究は正しく世界に運ばれる。
 ターミナルというテレポート装置の失敗が原因で訪れた、真の女神転生の世界と同じように。
 あなたの失敗が、正しく世界を導く」

ルイ・サイファーの嘲り。
カオスへの導き。
秩序を破壊し、自由を手にせよ。
蛇の赤い舌が、上田を唆す。

「混ざったんですよ、貴方が。山田奈緒子が消えたことにより、矛盾を埋めるために。
 この世界が他の世界を知ったがために」

上田次郎という真理を求める者が。

「世界と、貴方が、変わったのです」

世界を変えようとしている。

「運命なのか、奇跡なのか。そんなものはどうでもいい。
 しかし、無数の世界は許されるべきなんだ。
 偉大なる我らが主に歯向かってでも、生み出した世界を否定する唯一神を殺さなければいけない」

そして、ルイ・サイファーは。
勢い良く天を仰ぐ。

「この世の何処かで、誰かが思ったんだ」

さながら神に祈りを捧げるように。
大きく手を広げ。
こう、言い放った。


「みんなの『世界』を守らなきゃ――――」


そして、その結果が私なのだと言い残し。
ルイ・サイファーは光の中に溶けていき。
上田次郎の意識もまた途切れていった。



   ◆   ◆   ◆


「……」

長い長い気絶から――――あるいは、眠りから覚めた上田次郎。
ルイ・サイファーが片付けていったのか、あるいは、そもそもが夢だったのか。
湯のみはテーブルの上から消え。
ルイ・サイファーが持ってきていた雑誌も消えていた。

「やれやれ、未知など知るものじゃないな」

上田はゴキゴキと音を立てながら首を動かす。
不吉な言葉。
上田が世界を壊す。

「全く、バカバカしい」

そんなこと、あるはずもない。
そもそもとして上田が調べた魔術関係は全てオカルトと結びつかないものだ。
この『悪魔召喚プログラムver上田次郎』にしたって狭間偉出夫の知る悪魔召喚プログラムとは全くの別物だ。
しかし、それでも上田の心の中に生まれた不穏な波は消えない。
上田は不安をかき消すようにテレビをつけた。
最近新調したテレビだ。

「……自衛隊か」

何かの演習のようだった。
上田をも超える立派な体躯の持ち主がインタビューに答えていた。
刈り上げた短い髪と鋭い視線。
見るものにプレッシャーを与える油断ないその姿は朝から見るには少々負担が大きかった。

「ゴトウ……か」

レポーターの言葉に一瞬ビクリとするが、その名前は『後藤』ではなく『五島』。
姿も似ているが決して『後藤』ではない。
あの凄惨な殺し合いから脱出して随分な時間が経っていた。
だが、殺し合いの中の出来事は上田の心に大きな影響を与えていた。

「……山田、あるいは、私の君への想いが明確ならば」

私はもう少し楽になれたのかもしれないな。

上田にとってはそう思うことが、何よりもむず痒かった。
性経験は、確かにない。
だが、恋は幾らでもしたことがある。
だのに、自身の気持ちすらも定かではない。
恋かどうかも。
友情かどうかも。
上田次郎にとっての山田奈緒子とはなんだったのか。
何もかもがわからない。



―――我々とは別の世界とその住人達を見知ってしまった者が――



もしも願いが叶うのなら。



――今後、それら悪魔たちと全くの無関係でいられるだろうか――



奇跡を可能とするのならば。



――別々の世界同士が触れ合うとき――



『神の力』が『人間』上田次郎にも手に入るのならば。



――日常が壊れ、平穏が失われるとき――



この半端な気持ちにも、決着がつくのかもしれない。



――それはいつかやってくる――






「……私は、君のことが」






――もしも、ではなく、きっと――






   上田次郎エピローグ


       『IF』





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176:終幕――誰も知らない物語 上田次郎  


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