蒼穹 ◆EboujAWlRA
法廷の一室。
北岡秀一は(あくまで自らの住居のものと比べて)簡易的な椅子に腰掛けていた。
そこで無体な表情のまま、パラリ、と新聞をめくると見飽きた記事が目に飛び込む。
殺人犯の神隠し。
数カ月前に脱獄した浅倉威、その居所を掴んだ機動隊。
発砲もやむ無し、というあまりにも異常な事態。
『そこに浅倉威が居る』
よほどの確信を持って踏み込んだ先。
そこは蛻の殻だった。
北岡秀一は(あくまで自らの住居のものと比べて)簡易的な椅子に腰掛けていた。
そこで無体な表情のまま、パラリ、と新聞をめくると見飽きた記事が目に飛び込む。
殺人犯の神隠し。
数カ月前に脱獄した浅倉威、その居所を掴んだ機動隊。
発砲もやむ無し、というあまりにも異常な事態。
『そこに浅倉威が居る』
よほどの確信を持って踏み込んだ先。
そこは蛻の殻だった。
「ゴローちゃん」
「はい、先生」
「はい、先生」
従うように由良吾郎は北岡の後方に立っていた。
話しかけなければ黙り込んだままだっただろう。
怯えているのではない。
ただ、吾郎がそうあるべきだと思ったから、そうしていただけだ。
話しかけなければ黙り込んだままだっただろう。
怯えているのではない。
ただ、吾郎がそうあるべきだと思ったから、そうしていただけだ。
「浅倉は、居なかったんだっけ」
「……はい、すっかりと消えてしまっていたらしいです。
先生とおんなじように」
「……はい、すっかりと消えてしまっていたらしいです。
先生とおんなじように」
五郎は淡々と答える。
死の淵に立たされていた北岡。
もはやライダーバトルはおろか、歩くことすら出来ない身体。
浅倉威との決着を待たずして死を待つだけの北岡だった。
死の淵に立たされていた北岡。
もはやライダーバトルはおろか、歩くことすら出来ない身体。
浅倉威との決着を待たずして死を待つだけの北岡だった。
「吾郎ちゃんは信じる? オレの話」
「不思議だとは思いますけど、先生の言葉だから信じられます。
……でも、失礼ですけど、なんだか、まるで魔法みたいだ。
先生がこんな元気になって浅倉とも決着を付けただなんて」
「……まあ、ね」
「不思議だとは思いますけど、先生の言葉だから信じられます。
……でも、失礼ですけど、なんだか、まるで魔法みたいだ。
先生がこんな元気になって浅倉とも決着を付けただなんて」
「……まあ、ね」
浅倉威はバトルロワイアル会場で死んだ浅倉に引きずられるように消えた。
北岡秀一はバトルロワイアルの参加のためにその病気が取り除かれた。
北岡秀一はバトルロワイアルの参加のためにその病気が取り除かれた。
だが、北岡以外にその事実を知るものはこの世界に存在しない。
北岡だって、こんなこと言ったところで誰も信じやしないことはわかっている。
野放しの凶悪殺人犯に怯える市民には申し訳ないが、北岡は親しい人間以外に真実を口にするつもりはない。
世間的には浅倉が生きたまま、しかし、浅倉の被害に会うものは誰も居やしない。
それならそれで良い。
北岡だって、こんなこと言ったところで誰も信じやしないことはわかっている。
野放しの凶悪殺人犯に怯える市民には申し訳ないが、北岡は親しい人間以外に真実を口にするつもりはない。
世間的には浅倉が生きたまま、しかし、浅倉の被害に会うものは誰も居やしない。
それならそれで良い。
しかし、真実を知らない警察は別だ。
この失態を当然隠そうとする。
だが、人の口に戸は立てられない。
どこからか漏れた情報を元に、警察はここ数日大バッシングを受けていた。
この失態を当然隠そうとする。
だが、人の口に戸は立てられない。
どこからか漏れた情報を元に、警察はここ数日大バッシングを受けていた。
現実の混乱は未だに治まっていないが、実際は全て終わったのだ。
浅倉との因縁も。
バトルロワイアルという殺し合いも。
そう、ライダーバトルという殺し合いも。
浅倉との因縁も。
バトルロワイアルという殺し合いも。
そう、ライダーバトルという殺し合いも。
「……魔法、か。
なんだか、夢みたいだったな」
なんだか、夢みたいだったな」
北岡は鏡を眺め、手に持った名刺入れを眺める。
これがライダーデッキならば、ライダーベルトが鏡の中の北岡へと装着される。
そして、まるで鏡の世界こそが真実であるように現実の北岡にもベルトが装着される。
それこそが『仮面ライダー』へと変身するために必要な工程。
しかし、そうはならない。
当然のように、鏡は北岡の有りの侭の姿を写すだけだ。
ライダーデッキも、ミラーワールドも、ミラーモンスターも。
忽然と姿を消したのだから。
これがライダーデッキならば、ライダーベルトが鏡の中の北岡へと装着される。
そして、まるで鏡の世界こそが真実であるように現実の北岡にもベルトが装着される。
それこそが『仮面ライダー』へと変身するために必要な工程。
しかし、そうはならない。
当然のように、鏡は北岡の有りの侭の姿を写すだけだ。
ライダーデッキも、ミラーワールドも、ミラーモンスターも。
忽然と姿を消したのだから。
「何が合ったんですか?」
「うーん……全然わかんない、と言いたいんだけど、本当はわかってる」
「うーん……全然わかんない、と言いたいんだけど、本当はわかってる」
なんとなく、北岡自身は理解していた。
ライダーバトルの終わり。
ライダーとミラーモンスターが集めに集めた命の塊。
それが生む奇跡を争う殺し合い。
その終わりの引き金は、自分が引いたことを。
ライダーバトルの終わり。
ライダーとミラーモンスターが集めに集めた命の塊。
それが生む奇跡を争う殺し合い。
その終わりの引き金は、自分が引いたことを。
「多分、ライダーバトルの魔法が解けちまったんだろうね。
神埼の掛けてた魔法が」
「魔法……ですか?」
神埼の掛けてた魔法が」
「魔法……ですか?」
狭間偉出夫は言った。
『バトルロワイアルと無関係だったはずの者達まで失踪――いや、死亡している』
すなわち。
『全てのミラーモンスターを従えたゾルダが、全てのミラーモンスターを失ったことで』
『ゴルドフェニックスの存在も消失し』
『TIME VENTのカードも消え去り』
『ライダーバトルは、本当に終わってしまった』のだ。
『バトルロワイアルと無関係だったはずの者達まで失踪――いや、死亡している』
すなわち。
『全てのミラーモンスターを従えたゾルダが、全てのミラーモンスターを失ったことで』
『ゴルドフェニックスの存在も消失し』
『TIME VENTのカードも消え去り』
『ライダーバトルは、本当に終わってしまった』のだ。
「今の俺は十二時を回ったシンデレラ、ってことさ」
それは『神崎優衣の死』を意味し。
『現実を否定した神崎士郎という精神体の終わり』を意味し。
『秋山蓮の恋人、小川恵里が二度と目を覚ますことがない事実』を意味する。
全ては終わった。
終わりは残酷だ。
良いことも、悪いことも。
終わりは、全てを確定させてしまう。
『現実を否定した神崎士郎という精神体の終わり』を意味し。
『秋山蓮の恋人、小川恵里が二度と目を覚ますことがない事実』を意味する。
全ては終わった。
終わりは残酷だ。
良いことも、悪いことも。
終わりは、全てを確定させてしまう。
「ゴローちゃん、車、取ってきてよ」
「わかりました……先生」
「ん、なに?」
「わかりました……先生」
「ん、なに?」
いつもならば唯々諾々と従う吾郎が、北岡へと言葉を投げかける。
大男の吾郎には似合わず、その言葉は少し震えていた。
大男の吾郎には似合わず、その言葉は少し震えていた。
「もう、どこにも行かないでくださいね。行く必要なんて、ないんですから」
「……わかってるよ、吾郎ちゃん。言ったでしょ、全部終わったって」
「……わかってるよ、吾郎ちゃん。言ったでしょ、全部終わったって」
しかし、北岡の言葉に吾郎は納得しない。
どこか拗ねたように顔を歪ませる。
もっとも、それは長い付き合いである北岡にしかわからないほどに些細な変化だが。
どこか拗ねたように顔を歪ませる。
もっとも、それは長い付き合いである北岡にしかわからないほどに些細な変化だが。
「でも、先生は嘘をつきますから」
「まあね」
「まあね」
悪びれもせずに北岡は肯定する。
北岡は、時に意味もなく嘘をつく。
意味のない言葉を口にする。
それが楽しいからだ。
いつもの北岡であることを確信し、吾郎は少し微笑んだ
北岡は、時に意味もなく嘘をつく。
意味のない言葉を口にする。
それが楽しいからだ。
いつもの北岡であることを確信し、吾郎は少し微笑んだ
「……素敵です、先生」
そう言うと、吾郎は部屋から立ち去った。
落ち着いた動きで外へと向かった吾郎を見送った後。
北岡は腰を上げた。
落ち着いた動きで外へと向かった吾郎を見送った後。
北岡は腰を上げた。
「ごめんねぇ、吾郎ちゃん」
一人になりたかった、できるだけ長い時間。
変わるにしても、あまりにも急すぎる。
変化が大きすぎて、北岡自身どこかついていけていないのだ。
変わるにしても、あまりにも急すぎる。
変化が大きすぎて、北岡自身どこかついていけていないのだ。
「ほら、俺って嘘つきだからさ」
◆ ◆ ◆
「……あー、なんか、慣れないなぁ」
空を見上げながら北岡は呟く。
そこに聳えるものはあまりにも眩しい太陽。
黒い太陽も、影の月も存在しない。
暗黒の支配者を連想させるものは、人の天には存在しなかった。
広がる蒼穹と輝く太陽。
そこに不安など生まれるはずはない。
そこに聳えるものはあまりにも眩しい太陽。
黒い太陽も、影の月も存在しない。
暗黒の支配者を連想させるものは、人の天には存在しなかった。
広がる蒼穹と輝く太陽。
そこに不安など生まれるはずはない。
「……秋山蓮、かぁ」
揺れる心の原因はその男のことだった。
別に深い交流があったわけではない。
ただ、チラリ、と新聞に見えたのだ。
『身元不明の自殺者の記事』が。
身体的特徴だけの乗った記事にすぎない。
しかし、それは秋山蓮を連想させるに、十分な――――
別に深い交流があったわけではない。
ただ、チラリ、と新聞に見えたのだ。
『身元不明の自殺者の記事』が。
身体的特徴だけの乗った記事にすぎない。
しかし、それは秋山蓮を連想させるに、十分な――――
「秋山蓮は消えた……城戸と、浅倉は死んだ。
神埼の奴は腹の奥で抱えていた願いも消えて、みんなみんな絶望の淵」
神埼の奴は腹の奥で抱えていた願いも消えて、みんなみんな絶望の淵」
考えを打ち消すように呟く。
ただ、口にすることだけを目的に言葉を放ち続ける。
ただ、口にすることだけを目的に言葉を放ち続ける。
「参加者もスポンサーも主催者も放り投げたリングの上。
バカには見えないベルトを掲げるチャンピオン。
観客は意味がわからずに呆然とする。
空っぽのチャンピオン、それが俺」
バカには見えないベルトを掲げるチャンピオン。
観客は意味がわからずに呆然とする。
空っぽのチャンピオン、それが俺」
そこまで言って、プッ、と吹き出す。
前かがみになり、腹を抱えて笑い始める。
一度出た笑いは抑えきれない。
たっぷり三分は笑った後、目からこぼれた涙を拭う。
前かがみになり、腹を抱えて笑い始める。
一度出た笑いは抑えきれない。
たっぷり三分は笑った後、目からこぼれた涙を拭う。
「あー、恥ずかし。中学生かっての」
自分の言葉が気恥ずかしくなって
そうだ、なんだか最近『らしくない』行動ばかり取ってしまう。
変わった、のだろう。
そうだ、なんだか最近『らしくない』行動ばかり取ってしまう。
変わった、のだろう。
「変わった、かぁ」
果たして、それは良かったことなのだろうか。
病は消え、今までに抱えていた負の念は不思議と吹き飛んだ。
これこそが本当の北岡であるかのように、偽悪者と呼ばれかねないほどに。
妙な清々しさを当然のように覚えている。
ともすれば、妙な空白を覚えるほどに。
今までの『北岡秀一』を成り立たせていたどこか鬱屈したものがなくなった違和感。
優秀な自分、なのに、自分より長生きする愚図。
人生なんてそんなもんだとねじ曲がっていた。
どこかで、現実に対して卑屈な自分が居た。
病は消え、今までに抱えていた負の念は不思議と吹き飛んだ。
これこそが本当の北岡であるかのように、偽悪者と呼ばれかねないほどに。
妙な清々しさを当然のように覚えている。
ともすれば、妙な空白を覚えるほどに。
今までの『北岡秀一』を成り立たせていたどこか鬱屈したものがなくなった違和感。
優秀な自分、なのに、自分より長生きする愚図。
人生なんてそんなもんだとねじ曲がっていた。
どこかで、現実に対して卑屈な自分が居た。
「これが変わるっていうことかな」
爽快感と違和感が同時に襲い掛かってくる不思議な感覚。
恐らく、この感覚は時間が解決するだろう。
そして、この広がった場所にはまた別の感情が埋め尽くしてくれるはずだ。
恐らく、この感覚は時間が解決するだろう。
そして、この広がった場所にはまた別の感情が埋め尽くしてくれるはずだ。
「変身!……なんちゃって」
いつものポーズを鏡の前で行う。
恐らく、これももう行うことがない。
だが、それでいいのだ。
恐らく、これももう行うことがない。
だが、それでいいのだ。
変わることもない、そうだ、無理やり変わろうと願うことはもうない。
自分の好きなように、好きな風に、好きな時に変わっていく。
未来は無限大だ。
なんでもできる自分なんだから、なんでもやればいい。
気持ちいいことも後味の悪いことも、いろんなことを贅沢に抱えて行ったらいい。
今の北岡秀一には、それが出来る。
自分の好きなように、好きな風に、好きな時に変わっていく。
未来は無限大だ。
なんでもできる自分なんだから、なんでもやればいい。
気持ちいいことも後味の悪いことも、いろんなことを贅沢に抱えて行ったらいい。
今の北岡秀一には、それが出来る。
欲望を肯定する、それが人生というものだ。
欲望こそが人の本質で、肯定こそが北岡秀一の本質だ。
病という鎖がなくなって、ようやく、北岡秀一が北岡秀一としてもう一度生きられる。
欲望こそが人の本質で、肯定こそが北岡秀一の本質だ。
病という鎖がなくなって、ようやく、北岡秀一が北岡秀一としてもう一度生きられる。
今の変化への喜びは一過性の感情に過ぎないのか。
スーパー弁護士として動きながら決めるだけだ。
とりあえず、当面は桃井玲子への機嫌取りだ。
立派な大人らしく、立派な恋愛に励んでみる、という腹づもりだ。
スーパー弁護士として動きながら決めるだけだ。
とりあえず、当面は桃井玲子への機嫌取りだ。
立派な大人らしく、立派な恋愛に励んでみる、という腹づもりだ。
「さて、戻ろうかね……吾郎ちゃんも心配してるかもなぁ」
スタスタと元の部屋へと戻ろうとする。
足取りは軽い。
身体も心も、不自然なほどに。
生きる人間は生きる、死ぬ人間は死ぬ。
叶う願いは叶う、叶わない願いは叶わない。
馬鹿みたいに厳しすぎる現実だが、それと折り合いをつけることが生きるということだ。
足取りは軽い。
身体も心も、不自然なほどに。
生きる人間は生きる、死ぬ人間は死ぬ。
叶う願いは叶う、叶わない願いは叶わない。
馬鹿みたいに厳しすぎる現実だが、それと折り合いをつけることが生きるということだ。
秋山蓮は――――折り合いをつけられなかったのだろう。
そんな予感があった。
あれは、生きる理由を求める人間だ。
何か必要な物がないと生きていられない人間なのだ。
そんな人間は居る。
恐らく、由良吾郎もそんな人間だ。
北岡のように、『生きているから生きる』、なんて。
そんな生き方が出来ない人間だって存在する。
それを笑うことは出来ない。
あの『騎士』の最後を。
あの『侍』の最後を。
そんな予感があった。
あれは、生きる理由を求める人間だ。
何か必要な物がないと生きていられない人間なのだ。
そんな人間は居る。
恐らく、由良吾郎もそんな人間だ。
北岡のように、『生きているから生きる』、なんて。
そんな生き方が出来ない人間だって存在する。
それを笑うことは出来ない。
あの『騎士』の最後を。
あの『侍』の最後を。
自分と違うから、なんて理由で笑うことは出来ない。
「そうだよな。
五エ門、ジェレミア……俺は俺で、お前らはお前ら。
きっと、それでいいんだよな」
五エ門、ジェレミア……俺は俺で、お前らはお前ら。
きっと、それでいいんだよな」
天に広がる蒼穹。
ちっぽけな自分と、偉大な自分。
両方を感じながら、北岡は歩いて行く。
なんでも出来そうな気分だった。
そうだ、今なら、何でも。
自分を。
世界さえも。
――――変えられてしまいそうなほど。
北岡秀一が彼女との『二度目』の出会いが訪れたのはそんな時だった。
小柄な身体をさらに小さくした少女だった。
短い髪はうなじが見えるほどで、不釣り合いなほど大きなコートを着込んでいる。
一見して奇妙な少女。
北岡を訝しみながら、少し距離を取ろうとする。
あまり関わりあいになりたくないタイプだ。
だが、ちらりと上げた顔にグッと引き込まれる。
整った顔立ちをした少女だ。
現金なもので、少女へと近づいていく。
そして、おあつらえ向きに少女は大きなコートから小さな財布を落とした。
短い髪はうなじが見えるほどで、不釣り合いなほど大きなコートを着込んでいる。
一見して奇妙な少女。
北岡を訝しみながら、少し距離を取ろうとする。
あまり関わりあいになりたくないタイプだ。
だが、ちらりと上げた顔にグッと引き込まれる。
整った顔立ちをした少女だ。
現金なもので、少女へと近づいていく。
そして、おあつらえ向きに少女は大きなコートから小さな財布を落とした。
「ねえ、君。これ、落とした――――」
ここぞとばかりに俊敏な動きで財布を拾い、気付かずに通り過ぎていった少女へと声をかける。
余裕のあるところを演出しようとしているのか、ゆっくりと振り返ると。
余裕のあるところを演出しようとしているのか、ゆっくりと振り返ると。
恐らくたっぷり五メートルは離れているであろうと考えていた少女が。
――――すでに、自身の胸元へと迫っていた。
「――――よ?」
胸元に走る、鋭い痛みと激しい熱。
時間差で走る脳への鈍痛。
理解が追いつかない。
近似の記憶をたどる。
女性に抱きつかれた記憶は数えきれないほどある。
この痛みを、どこかで知っている。
しかし、その二つが結びつかない。
呆けた頭のまま、あまりの衝撃に後ずさろうとすると、追いかけるようにグリグリとねじ込んでいく。
時間差で走る脳への鈍痛。
理解が追いつかない。
近似の記憶をたどる。
女性に抱きつかれた記憶は数えきれないほどある。
この痛みを、どこかで知っている。
しかし、その二つが結びつかない。
呆けた頭のまま、あまりの衝撃に後ずさろうとすると、追いかけるようにグリグリとねじ込んでいく。
『おいおい、そんなことしなくても女からは逃げないよ』
そんな軽口が思わず浮かんでしまう。
いや、実際に言葉にしようとした。
しかし、うまく言葉が口から出てこない。
そのまま、ズドンと倒れこむ。
北岡の身体の上に少女が馬乗りになった。
いや、実際に言葉にしようとした。
しかし、うまく言葉が口から出てこない。
そのまま、ズドンと倒れこむ。
北岡の身体の上に少女が馬乗りになった。
「……はあ、はあ!」
本来北岡が漏らすべき激しい息を、自らの上に居る相手が漏らす。
極度の興奮状態にあるようだ。
手には何も持っていない、ただ奇妙な赤いメイクが施されている。
持っていたものは――――武骨なまでに大きな『ナイフ』は。
北岡の胸に生えるように突き刺さっていた。
極度の興奮状態にあるようだ。
手には何も持っていない、ただ奇妙な赤いメイクが施されている。
持っていたものは――――武骨なまでに大きな『ナイフ』は。
北岡の胸に生えるように突き刺さっていた。
「……はあ!」
「………………………ああ、ああ、はいはい」
「………………………ああ、ああ、はいはい」
ようやく、北岡は少女の顔を思い出した。
そうだ、この少女は。
そうだ、この少女は。
「ひ……ひと、ひとでな……!」
あの時、法廷で。
聴衆席に居た。
聴衆席に居た。
「この、ひとでなし!」
――――浅倉の被害者遺族の少女だ。
「アンタが、あんたが弁護なんかするから……アイツは!」
北岡の優秀な頭脳はすぐに現状を把握した。
つまり、こういうことだ。
つまり、こういうことだ。
「黒を白にするって……なによ、それ……なによ、それ!」
浅倉は死刑になるはずだった。
しかし、北岡はそれを懲役十年にした。
だのに、浅倉は脱獄に成功した。
それでも警察は浅倉の所在を特定した。
と思ったら、浅倉は神隠しにあったように消えた。
しかし、北岡はそれを懲役十年にした。
だのに、浅倉は脱獄に成功した。
それでも警察は浅倉の所在を特定した。
と思ったら、浅倉は神隠しにあったように消えた。
「なんで、アイツだけが生きていいのよ! ねえ!」
つまり。
「おかしいでしょ!? 死んで当然でしょ!? なのになんで死なないの!?」
世間的にはまだ。
「全部!全部……!」
『浅倉威』という凶悪殺人者は。
「アンタが悪いのよ!」
――――生きているのだ。
「いろん、なこと……やろう、とか……やらなきゃ、とか……おも……た……ど……」
北岡は、なにかを諦めるように、笑みをこぼした。
「……これ、は……そー、ぞーして、なか……た……ぁ」
北岡は力なくつぶやいた。
懐かしい感覚が戻ってくる。
無力。
歩くことすら困難な状態。
生きることが、できなくなる感覚。
何もかもが消えていき、自分一人になっていく感覚。
淋しさ。
これが。
懐かしい感覚が戻ってくる。
無力。
歩くことすら困難な状態。
生きることが、できなくなる感覚。
何もかもが消えていき、自分一人になっていく感覚。
淋しさ。
これが。
死。
薄笑いを浮かべながら、涙をこぼし続ける少女の後方を眺めながら。
広がる、広すぎる世界を眺めながら。
人に満ちた世界で。
一人ぼっちで。
広がる、広すぎる世界を眺めながら。
人に満ちた世界で。
一人ぼっちで。
――――狭間、あんまり、頑張らなくていいぞ……
蒼穹に、吸い込まれていった。
――――やっぱり、俺って約束は守れないヤツみたいだから、さ……。
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176:終幕――誰も知らない物語 | 北岡秀一 |