ウェーラのまたたき 7

ウェーラのまたたき (7)

 いつのまにか眠りについて、いつのまにかなんとなく目が覚めて、今では見覚えのある天井を見上げる。
 そうか、ここは「学院」なんだとノイナは思う。いつのまにか学院がノイナの暮らしの場になって、いつのまにかここで起きることを、いつものようにと感じている。
 いつもより少し眠い。いつもより寝入りが遅かった。
 ノイナは枕許の懐中時計を引き寄せる。蓋を開けばかすかに魔道光が灯る仕掛けがある。いつもより少し早い。
 ノイナの時計の仕掛けは光だけではない。時が来れば小さなベルの音を鳴らして知らせるようにもなっている。懐中時計のようなものを持っている学生はそうは多くはない。高価なのは知っていたけれど、公爵家以外の者にとってどれだけ高価なのか考えたことは無かった。
 時は近づく。けれど人は時計みたいには生きられない。いつもなら時計が鳴る前にウェーラが目を覚まし、時計が鳴る前に仕掛けを止める。
 ノイナは身を起こしてウェーラのベッドを見る。彼女はまだ眠っているらしい。ウェーラが寝返りを打つ。ううん、と小さく声を漏らす。ここのところのウェーラの様子を思い浮かべて、少し疲れているのかなと思う。
 考え込むべき様なことではなかったけれど眠れなかった。ウェーラがほんとうに、と言う時には、多分、本当に本当だ。ノイナもそう思っている。
 けれど今は、ノイナは自分に自信が無かった。公爵家にいたときは、何もしなくてもノイナには敬意が示された。相対するのは家臣のものばかりで、ノイナもまた家臣の者らの上に立つものとして、ふさわしくふるまえと教えられた。とはいえノイナにそれができていたなんて逆立ちしても言えないけれど。
 何か、ほかの子たちから見て、奇異に見えるようなことをしていたかもしれない。
 ウェーラがそれで機嫌を損ねるとか、ノイナとの関わり方を変えるとは思っていなかった。思っていなかったからこそ、逆に妙に気になった。それにまた、いつもと少し違うことにも気づいた。
 その時だった。
 時計が鳴った。それほど強い音ではないけれど、鈴の音が連なって響く。慌てて止めようよするときほど、時計は手の中で踊って再びシーツの上に落ちたりする。
 拾って竜頭を押して音を止める。ほっとして顔を上げた。
 ウェーラがベッドの上に身を起こしていた。寝ぼけまなこでノイナを見つめて、ぺこりと頭を下げる。
「おはようございます」
「・・・・・・おはようございます」
 ノイナが応じると、ウェーラはそのままベッドから降りて立ち上がる。明らかに半分眠ったままだ。
 危ない、と声を上げかけたとき、ウェーラは転んだ。
 あまりに派手な大きな音に、ノイナの方が驚いた。
「ウェーラさま!」
「・・・・・・痛ったぁ・・・・・・」
 今度ははっきりと目覚めた口調でウェーラは身を起こす。
「大丈夫、ですか?」
「転んじゃいました・・・・・・」
 床に座り込んだままウェーラは振り返る。
「最近転んでなかったのに今日は起きる前から転ぶなんて・・・・・・」
「・・・・・・すみません、時計の音で驚かせてしまって」
「気にしないで。わたし、寝ぼけてたみたいだから・・・・・・」
 ウェーラはきまり悪げに照れ笑いを浮かべる。
「時計?今何時?」
 それからの朝はいつもより少しあわただしかった。小さな疑問はあわただしさの中に押し流される。いつもなら少しくらい話のできる掃除や朝食まで、あわただしくこなすばかりだった。そして朝食が終わり授業となれば、一期生と二期生は別々の教室に向かう。
「じゃあ、また、放課後にね」
 胸に教科書とノートを抱えて、ウェーラは小さく手を振る。
「はい」
 ノイナは応じる。いつもなら、それで互いに背を向けて別れられるのに、今日はなんだか別れがたかった。何か、言い足りない、伝え足りない何かをまだ残している気がする。
 上手く言葉にできないのは、とてももどかしい。一期生たちが教室へ向かって歩いてゆく。
 その中流れの中で、ひとりが足を止める。長い黒髪を揺らして、ウェーラを見、それからノイナへと目をむける。
 赤い瞳の視線に、ノイナは会釈して見せる。
「エウセピア様ごきげんよう」


散漫になってしまった><
もっとさっくり進めるはずだったのにw

さらに半単位くらい遅れたが、とにかくエウセピアが出てきてくれてほっとした

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最終更新:2012年05月10日 23:45