アルファルデスのスケッチ その1

 最近、大変にお気に入りのアルファルデスの視点から見たアリア姫戦争の始まりのスケッチ。書いていて思ったのは、とにかく艶っぽいことこの上ないキャラである。これは確かに「古人娼で城が建つ」わけである。


 「大陸」南方の「内海」に面している地域の夏は、とても暑い。海風が陸地にむかって吹く時間帯はまだしも、海が凪いでいると陽射しが容赦なく全てを灼いてゆく。そうした風土ゆえに、この地域の建物は海側に木々を植えて防風林とし、壁ではなく柱によって屋根を支える構造の建物に住まっている。
 そんな「内海」沿岸にある国々の一つアル・ディオラシス王国の王宮は、湾岸を見下ろす丘陵の上にいくつもの建物を連ねる形で建てられていた。
 その建物群の中には、国王と王族らを護衛するための近衛兵の宿舎もある。そこには当然営庭もあり、非番の兵士が訓練に勤しんでいる。近衛兵ともなれば王国で最も精強である事が求められるのが当然なわけであり、自ずと己を鍛えることに熱心にならざるをえない。互いに戦列を組み、一糸乱れぬ姿で盾をかかげ槍を突き出す様は、これぞ戦列歩兵というべき見事なものがあった。
 そうした戦列戦の訓練を行っている兵士達とは別に、個々人で対峙し模擬戦を行っている兵士達もいる。素早く盾を打ちつけ、鋭く剣を突き入れ、また打ち込まれる盾や剣をいなし、避ける。めぐるましく踏まれる足捌きに足元は土ぼこりで隠され、あらわになっている肌には玉の様な汗がしたたっていた。
 それらの兵士達の中で、一人目立って強い戦士がいた。
 南方人らしい浅黒い肌はしなやかな筋肉で盛り上がり、濡れたような艶やかな黒髪をつむじのあたりで紐でまとめて垂らし、黒曜石の様に輝く瞳が鷲のように鋭く相手を見つめている。豊かに盛り上がる胸を黒革の胸帯で覆い、引き締まった腰と膨らんだ股間を覆うため黒革の腰絆を穿き、黒革の手甲と革鞋を身につけていた。
 今しがた相手にしていた兵士を革張りの盾で張り飛ばし転がした所で木剣を突きつけ、彼女は相手を無表情のまま見下ろしている。

「そこまでだ、アルファルデス」
「……次は誰だ、サラーフ」
「一巡したぞ。今日はもう上がれ。陛下がお呼びだ」
「そうか」

 右手の親指の平で額の汗を払うと、アルファルデスと呼ばれた古人は、サラーフと呼んだ中年の男に一礼してから盾と木剣を控えていた従卒に渡し足早に営庭から歩み去った。
 後に残されたあちこちに痣を作って座り込んでいる兵士達を睥睨したサラーフは、傷だらけのあごのうっすらととした無精髭をかくと、深く息を吸ってから怒声をあげた。

「いくら古人とはいえ、女相手に二十人抜きとは弛んでいるにもほどがあるぞ! 貴様ら、装具そのままで営庭二十周!!」

 慌てて身体を起こした兵士達が隊列を組んで駆け出すのを見てから、サラーフは、鼻を鳴らして訓練をしている兵士達の他のグループの方に移動した。


 アル・ディオラシス王国の近衛兵は、前を開いた組紐の装飾をつけた裾の短い青い上着に、白いシャツを着て白いサロウェルを穿き、赤いサッシュをその腰に巻きつけて革帯を締め、赤い房付きのフェズ帽をかぶり、手には鉤槍を持って王宮を警備している。その近衛兵らからの敬礼に答礼しつつ、大理石の柱が並ぶ外廊を早足で進んだアルファルデスは、王宮の奥への入り口の青銅製の扉の前でそれ以上進むことを止められた。鉤槍を交叉させて訪問者を止めた近衛兵に向かって名乗りをあげる。

「アルファルデス・イル・シュヤ。陛下の御召により参上した。取次ぎを願いたい」
「しばらくお待ち下さい、騎士アルファルデス。すぐに案内の者が参ります」

 すでに連絡がきていたらしく、厳しい表情を浮かべた近衛兵が、しかし丁寧な口調で答えた。
 それにふっと笑って答えるとアルファルデスは、しばしの間沈黙の中でその時を待った。

「騎士アルファルデス、奥所にて陛下より謁見が賜られます」

 重い音とともに両開きの扉が開かれ、中から薄物で全身を覆った女官が現れた。
 女官に案内されて青銅の扉を抜けたアルファルデスの前に、見事な彫刻を施された大理石の柱列と天井から垂れ下がる色とりどりの飾り布が現れる。奥所へ通じる通路は、どこからともなく聞こえてくる楽の音に満たされ、かすかに没薬の香りが漂っている。
 外の世界とはまったく雰囲気の違う空間を、アルファルデスは特に臆した様子もなく女官に案内されて奥へと進んでいった。

「来たか、アルファルデス」

 奥所の一角に薄絹で囲われた箇所があり、その中よりアルファルデスに向かって声がかけられる。
 片膝をついて頭を垂れたアルファルデスは、相手の次の言葉を待った。

「相変わらず美しいの、そちは。こちらへ来よ。直答も許す」
「はい、陛下。それでは失礼いたします」

 一度さらに頭を下げたアルファルデスは、膝をついたまま囲いへと近づき、王家の貴色である青紫色の薄絹の垂れ幕を持ち上げ中へと入った。
 囲いの中はひんやりとした空気に満たされ、複雑かつ精緻な紋様が織り込まれた絨毯の上に何枚も敷き詰めたクッションに埋まるように、青紫色の方衣をまとった中年の男が寝そべっている。

「顔を上げ、こちらに来よ。おぉ、汗の匂いがするぞ。さては演習の最中であったか。そちのことだ、何人倒した」
「続けて二〇度戦い、全てに打ち勝ちました」
「美事、美事。こうして見るそちは、まるで野生の獣ぞ」

 クッションの上から身体を起こした国王は、片膝をついたままのアルファルデスに近づくと、ねっとりとした視線で彼女の全身を眺めつつ酒焼けした赤ら顔を近づけた。白く柔らかい指が彼女の脂で固まった髪をすき、塩を吹いた肌を撫ぜる。

「そちの強さに褒美をやろう。そこに横になるがよい」
「ありがたき幸せに存じます」

 王にクッションの上に押し倒されたアルファルデスは、微笑を浮かべると全身の力を抜いた。


「アル・ヴラフネイシスとの戦いでエテオクロスが活躍したのは知っておるな?」
「はい、陛下」

 汗だけではなく、諸々の体液にまみれたアルファルデスの肢体を指先で愛でつつ、王は語り始めた。その言葉に彼女は、頬を上気させつつも冷静さを失わない瞳で己の主を見つめ返した。

「あれに褒美を遣わす。ついてはそちにその使者を任そう」
「承りました、陛下」
「では、ゆけ」

 ごろりと転がってアルファルデスから離れた国王に、彼女は身体を起こして膝をつき、あらためて深々と頭を垂れると、手早く脱がされた衣服をまとめ、膝立ちで後ずさって囲いの中から外へと退がった。
 外で待っていた女官が濡れた手ぬぐいで彼女の身体を拭き清めるのを待ってから、急ぎ衣服を身に付け、女官に一礼してその場を立ち去る。
 アルファルデスは、自分と入れ替わりに別の女官に案内されてきた綺羅で着飾った女が薄絹の囲いの中に入ってゆくのを横目で見て、わずかに呆れた風に口の端を持ち上げて笑みらしきものを浮かべた。


 でっぷりと肥えた大臣の前に立たされたアルファルデスは、無表情のままその説明を受けていた。
 アル・ヴラフネイシス王国は、アル・ディオラシス王国の西側にキフィシソス河をはさんで位置する国であり、河川利用権や水利権を巡ってしょっちゅう小競り合いを繰り返している相手であった。
 そのアル・ヴラフネイシス王国との国境の町にあたるキフィシソス河口の街の太守であるアル・エテオクロス卿が、漁場を巡る争いで艦隊を率いて勝利し、アル・ディオラシス側の優先権を獲得したことは、近頃の王都で多くの人々に讃えられている。
 そのアル・エテオクロス卿を国王が褒め称え、功績に対して報いるのは、太守の忠誠をあらたにするのと同時に王都の者らの人気を維持するのに役立つ。

「故にそちを祝いの使者としてお選びあそばされたのだ」

 胸と腰太腿を覆うだけの革物から近衛騎士の制服に着替えたアルファルデスを、大臣はつまらない物でも見るかのように眺めている。
 この阿片と荒淫で顔色の悪い大臣が、少年かそれに近い肉付きの薄い少女をもっぱら愛玩している事を噂で聞いているアルファルデスは、無表情のままその視線を見つめ返していた。

「遣わされる褒美は、「シリヤスクスの絹」三〇反に「カストレイウスの振り子時計」、黄金五〇枚となる。これが目録である」
「謹んでお預かりいたします。閣下」
「うむ。そちの奉仕は七日間となる。誠心込めてアル・エテオクロス卿を喜ばせるように」
「はい、閣下」

 深々と腰を折ったアルファルデスを片手を振って下がらせた大臣は、さっさと彼女のことを脳内から追いやると、秘書官が持ってきた次の書類に目を通し始めた。
 アルファルデスは、わずかに冷笑的に口の端をゆがめると、足早に大臣の執務室から退出した。


 キフィシソス河口の葦原を埋め立てて作られた水上都市であるアリアルトスの街は、同時に艦隊も収容できる城砦都市でもあった。河はその源流を中央山脈にまでたどることが出来、それ故にいくつもの国をまたいで流れていた。当然それらの国々の間の交易のために活用されており、多数の河舟が荷物を満載して行き来している。
 そのアリアルトスの街の太守に任じられたアル・エテオクロス卿は、国王が王太子であった頃に近習として仕えて以来の古くからの仲であり、戦場で幾度も功績を挙げてきた歴戦の軍人でもあった。

「七日間か。陛下も大層お喜びであらせられるようだな」
「はい、閣下」
「まあいい。今夜俺の相手をしたら、このリストにある者達の相手をしてやってくれ」
「了解いたしました」

 がっちりとした体躯の固太りで、四角い顎に丁寧に刈り込んだ顎鬚を生やしているアル・エテオクロス卿は、面倒くさそうに手を振ると一枚の紙をアルファルデスに手渡した。そこには一〇名の騎士の名前が記されている。どうやらこの十人が、今回の紛争で活躍し褒賞を受けることになった者達らしい。国王から下賜された褒賞でもあるアルファルデスは、まずアル・エテオクロス卿に奉仕し、それから将軍からの褒賞としてその部下に奉仕することになる。それが南方諸王朝で昔からの慣例とされている褒美であった。

「最初の四人は丸一日好きにさせてやれ。残りの六人は残り二日で相手してもらうことになる。強行軍になるができるか?」
「大丈夫です、閣下。幾種類か淫薬と強壮薬を用意してきました。休むのは帰りの馬車の中で十分でしょう」
「そうか。夕刻から歓迎と祝いの宴を開く。慣例だと何か芸を皆の前で披露してもらわんとならんが、神聖騎士の貴様に何かできるか?」
「舞でも歌でも、お望みのものを」
「判った。とりあえず一曲歌ったら、後は俺のそばではべっていろ。言わずもがなの事だが、体力は温存しておけ」

 国王から下賜される褒美を持ってきた使者が古人の場合、褒美を受けた者はその使者を自由に奉仕させることができる。当然その古人は国王に仕える者であるから、そこまでの無茶をさせる事ができるわけではないが。しかし、国王の寵愛を受けている古人を自由にできるという事は、それだけの信頼を得たという証となるのである。ゆえに使者の古人をはべらせ一芸を披露させ夜伽をさせるのは、権利であるとともに義務でもあった。
 硬く大きな手で自分の顔をひと撫でしたアル・エテオクロス卿は、じっとアルファルデスのことを見つめ呟いた。

「この七日間、色々と大変だろうが、よろしく頼む」


「正直、貴様とは臥所ではなく戦場を共にしたかったよ」
「お戯れを」
「戯れではないぞ。敵に北から流れてきた腕利きの傭兵騎士がいた。おかげで機装甲を三機失った」

 夜、アル・ヴラフネイシスとの戦いで戦功を挙げた将兵らを招いての宴席で、国王より下賜された紫色の薄絹をまとい、歌を唄いアル・エテオクロス卿のかたわらにはべったアルファルデスは、宴の後太守の寝所で短いが激しい交わりの後、彼の腕に抱かれて頭をその胸板に乗せていた。いつもは紐で結わいている髪を下ろし、紅を唇に差している彼女は、妖艶な女の魅力をかもしだしている。
 そんな古人の黒髪を指ですいているアル・エテオクロス卿は、しみじみとした声で呟いた。

「貴様ほどの騎士は「帝國」にもそうはいなかろう。その傭兵はエル・コルキスに雇われて「帝國」と戦っていたそうだ。とてもではないが、平原でまみえたい相手とは思えなかった。まったく、北では一体何が起きていることか」
「……アル・カディアに「帝國」の皇女が嫁いできた事は、お聞きになられていらっしゃいますか?」
「ああ。正直、アル・カディア王にハ・サールを怒らせかねない真似ができるとはな。噂は当てにならぬ」

 アルファルデスの髪をすいていた指を背中に回し、彼は、しなやかで柔らかい筋肉質の古人の身体をぎゅっと抱きしめた。

「……笑ってよいぞ。俺は恐いのだ。平然と古人を皇帝に頂く「帝國」がどんな野心を抱いているのか、判らぬのが。奴らは神々を畏れず、魔族すら国の枢機に参加させていると聞く。奴らの野心が、また神龍の怒りを招いたら世界はどうなる」
「笑いはしません。臆病で弱いからこそ、人は慎重に狡猾に振舞うことができるのです」

 身体を起こしたアルファルデスは、そのままアル・エテオクロス卿の頭を自分の胸の中に両腕で抱きしめた。

「弱きは罪ではありません。己の弱さを認められない傲慢こそが罪なのです」
「……そうか。だが、まことにありがとう」
「いえ。今宵はこのままお休み下さいませ。英雄にも休息の時は必要でしょう」

 互いの身体を抱きしめあった二人は、そのまま深い眠りの中に落ちていった。


 アルファルデスがアリアルトスの街を出立する日、空はどこまでも晴れ渡り、風も穏やかであった。
 太守の政庁で出立の儀式が行われる直前、アル・エテオクロス卿が、控えの間で時間が来るのを待っているアルファルデスの前に姿を現した。

「この七日間、よく努めてくれた。些少ではあるが収めて欲しい」

 彼の後ろについてきた従者が奉げ持ってきた箱を開けると、中には大粒の真珠の首飾りが納められていた。アルファルデスは、ゆったりとした微笑を浮かべると、深々と腰を折って礼を述べた。

「一介の使者に過分なお心遣い、まことにありがとうございます」
「貴様には世話になったからな。何か力になれる事があれば、遠慮なく言ってくれ。……俺は貴様の味方のつもりだ」
「ありがとうございます。お言葉、決して忘れませぬ」
「……それだけだ」

 さらに何かを言いたそうな様子ではあったが、アル・エテオクロス卿は、それ以上は何も口にはせず、きびすを返して控えの間より足早に立ち去った。その彼の背中を見送ったアルファルデスは、どっかと椅子に腰を下ろすと、軽く目をつむって心の底から嬉しそうな微笑を浮かべた。

「不器用な方だ」

 部屋には彼女一人で、誰もその微笑も言葉も知る者はいない。
 だからアルファルデスは、さらに言葉を続けた。

「だが、信頼できるお人なのだろうな」


 王都に戻ったアルファルデスは、旅の汚れを落とすと早速国王の元に事の次第を報告するべく参内した。

「そうか。十人とはエテオクロスもはずんだものよ」

 仰向けになって横たわっているアルファルデスの一糸まとわぬ裸身を手の平で弄りつつ、王はなんとも形容しがたい表情で嗤った。

「それで、奴の具合はどうであった?」
「……大層お疲れのご様子でした」

 緩やかな快楽に全身を上気させつつ、しかし冷静さを失わない瞳で国王を見返したアルファルデスはそう答えた。その言葉に一層嗤いを深くした彼は、ちろりと舌先で唇を舐めると、片手で彼女の肢体を楽しみつつ、もう片方の手で彼女の男性自身を愛で始めた。

「これで西方はしばらくは大丈夫であろう。北は味方にできそうよな」
「……………」
「そうよ、アル・カディアに奪われた土地を取り戻す」

 国王のその言葉を聞いても、アルファルデスは特に反応を見せはしなかった。そんな彼女の姿に愉快ならざるものを感じたのか、彼は古人の固い逸物を手酷く扱った。

「彼奴らが「帝國」と同盟を結んだ以上、ハ・サールとは絶対に修好はならぬ。なれば今こそがメッセニアを取り戻す好機というもの。余が自ら出陣する。そちにも活躍してもらうぞ。嫁いだ皇女の供には、あのアルトリウス皇子の股肱の臣がいると聞く故にな」

 己の主に手酷く嬲られて上気した肢体を痙攣させたアルファルデスは、自ら汚した王の手を舌で清めると、変わらず冷静な瞳で返事をした。

「承りました、陛下」

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最終更新:2012年06月24日 18:43