ケイレイの手慰み 暴走 ある中庭 3

エレクトリア (3)

旧作の改作更新
暴走の中の暴走。


 エレクトリアはふたたび修道院の中庭を訪れた。
 修道院の奥に秘された中庭で、アモニスは、エレクトリアを観てすぐにたちあがる。
 強く拳を握りしめて身構える。その掌には何かが包まれ。守るようにしている。アモニスはそのまま半身の形になる。握りしめてた何かを隠し、守ろうとするかのように。
 エレクトリアは言う。
「前に会ったときの言いようでは、互いの理解に至れなかったのは、わたしも認めます」
 アモニスはエレクトリアを霊の相で観ている。そうしてエレクトリアそのものを、そしてエレクトリアが行おうとしていることを観取ろうとしている。
 しかし霊相で観ることはすなわち観られることでもある。アモニスが霊の相を強く働かせてエレクトリアを観ているとき、エレクトリアもアモニスを観る。そしてエレクトリアは八相に目覚めた導師なのだ。アモニスが観取ることよりずっと多くの事を、アモニスから観取ることができる。
 満たされない、顧みられなかった暮らし。恐れ。みじめなと言っていいこれまでの生きようが観える。
 みじめ。
 そのエレクトリアの認識を、エレクトリアは押し隠す。それは観取られてはならない。エレクトリアにはたやすいことなのだけれど。
「わたしは、あなたの敵ではないわ、アモニス騎士。あなたを助けうる、ごく少ない者の一人であるし、わたしもそのつもりでいます」
 腹立たしい。エレクトリアは己に思う。
 八相に覚醒した導師であるのに、思いはままならない。人の心は器たる肉体に宿る。その器は、もっとも原初的な「物」であり、人とその認識にのろのろとつき従う物でしかない。なのに排することはできない。喜怒哀楽の感情は体より生まれ、認識を大きく揺さぶるけれど、それ自体は器の揺らぎに過ぎない。
 古人にして八相導師が、それでも肉欲と愛欲を求めて止まないことにも似ている。
 似ていると、思う。
 だからエレクトリアはアモニスが嫌いなのだ。
「あなた一人では、どうすることもできない。それは認めなさい。あなたが拒んだところで、それは変わらないのだから」
 人は、人を囲むものによりつくられている。人は囲むものに形作られることにより、逆に人は囲むものを形作っているともいえる。手の中に握りしめたものが手の形を決めるように。
「・・・・・・」
 アモニスは応じない。己の体を抱えている。己自身を抱くとき、その手に己ならぬものを重ねて感じようとしている。
 手の中にはそのよすががある。アモニスはそれを強く握りしめている。握りしめた何かをよすがに、かつてにアモニスをそのように抱きしめ、抱き寄せたものを思い起こし、未練なまでにすがりついている。
 そのままものごとから、この世から、目をそむけて行こうとしている。
 不時覚醒したものでなければ、それはただ回顧に生きる引きこもったものにすぎないだろう。だがアモニスは違う。急激に覚醒し、深化してしまった霊相のなかで移ろい、揺らいでゆく。
「あなたは変わらねばならないの、アモニス騎士。そうしなければ、あなたはこの先、外の世界で生きてゆくことはできない」
 アモニスはそれを握りしめる。奪われまいとして、強く握りしめるだけでなく、己の追憶の中に取り込んでゆく。己のものだけにするために。追憶の中に埋め込まれて、アモニスにとってそれだけのものとなるように。それだけが、押し寄せる時を超えて、追憶の中に留まるためのよすがなのだから。
 ひたすらただひたすら、それを追憶の中に埋め込んでゆく。その時のことがあふれるようにアモニスから押し寄せてくる。どんなにさみしかったか、つらかったか、かなしかったか。会えてどんなにうれしかったか、触れたくて抱きしめたくて言葉にならない思いの形が押し寄せてくる。
 エレクトリアはその昏い思いをすでに受け流していたのだけれど。
「・・・・・・」
 それでも何かがおかしい。
 エレクトラは思っていた。アモニスの握りしめている、そのよすがは、ただの思いの籠った小物ではない。
 今はアモニスの強い思いに取り囲まれているけれど、アモニスの思いだけのものではない。
 それは、そのよすがは、ただそれだけのものでは、ない。
 エレクトリアは、それを観る。
「触るな!」
 初めてアモニスは声を上げた。
 光。
 違う。四元魔法の炎が現れる。そして叩きつけてくる。
 エレクトリアはそれを闇に葬る。四元魔法の一つを力押しに叩きつけても、導師を驚かせることもできない。
 アモニスは地を蹴っていた。エレクトリアには観えていた。アモニスが行おうとすることも、それが数瞬の先にどのようになるのかも。アモニスは低く地を蹴って、体いっぱいを使って、拳を突き放ってくる。
 エレクトリアは虚にすり抜ける。そうしながら、物と霊と空と虚により、アモニスへの罰を練る。殺してしまうほうがはるかに楽だ。導師に敵意を叩きつけて、無事であったものなどいない。
 物と霊と空と虚により練られたそれを下そうとしたときだった。すれ違いながらアモニスがエレクトリアを見る。
「!」
 アモニスは大きく身をひねる。拳が横なぎに振るわれる。虚を突かれていた。魔導相ではなく、思ってもみなかったこととして。エレクトリアが虚にて避けたその刹那に、アモニスは動いたのだ。体ごと振るったアモニスの裏拳が打ち付ける。
 大きくエレクトリア揺らいでいた。最後に人の手に打たれたのは、ヒエメニシス先生と出会う、さらに以前のことだった。まだ子供のころ。己がいかなるものなのかわからなかったころ。
 その時のように揺らぎ、さらに数歩退く。痛みより驚き、そして屈辱に、眩暈のように揺らぐ。エレクトリアは石畳を踏む。打たれた顔を押さえる。
 痺れるような痛みの奥から、怒りが膨れ上がる。油断だった。
 けれど己へよりアモニスへ怒りが向かう。もう許さない。
「!」
 エレクトリアは力を振るった。物と霊と空と虚により練られた術、それが罰のようにアモニスを打つ。
 初めからこうすればよかったのだ。
 アモニスは、がくりとひざをつく。己の身を強く抱きしめて、背を折る。そして声を上げる。鳴き声のような声を。
 たとえアモニスそのものありようを、術によって変えてしまうとしても。処置として時を費やして行ってもよかった。けれどその道を断ったのはアモニス自身だ。
「!」
 アモニスは石畳を転がった。俯き、背を折り、叫ぶ。魔導によって直接引き起こされた己の変化を、観て、恐れ、打ち消そうとあえぐ。
 だができるはずはない。
 追憶からアモニスの認識への呼応を弱める。繰り返し思い起こし、強く認識することでそれをあるものの如くした。それを外界に投げかければ、外界が霊の相に呼応して自ら変わってしまう。
「魔術師なら、あなたの行いは粛清に値する。けれどアモニス。あなたは学びを経た術者ではない」
 はじめから、こうしておけばよかった。
 いまここにあるアモニスの意識は、今ここにある器たる肉体にやどってある。
 それは時とともに進む。それがこの世の理だ。それを覆そうとするのなら、肉の器が覚えている、記憶を、追憶を、術によって遠ざけるしかない。
「いやっ!」
 けれどアモニスは抗い、己に起きていることを打ち消さんとしていた。技でもなく、ただ恐れおびえるその気持ちのみで。
 石畳を転がり、うつむき、あおむけに天を仰ぎ、背を逸らす。胸に強く手を握りしめて。
 その中には、よすががある。
 アモニスがずっと握りしめていたものだ。
 追憶は薄れ消えゆくべきものなのだ。物事の繋がりあいはやがて薄れ、別の出会いとつながり合いを生み出さねばならない。それがこの世の理なのだから。霊相を得たからと言って、それを繰り返し強く観ることで、今昔の見境さえつかなくなってはならない。
 けれど、光が、現れていた。
 翼のように。
 握りしめる拳の中から、それは伸びる。
 それは、よすがは、金色に輝きながら、真の姿を現そうとしていた。
 エレクトリアは思わず退く。
 ありえない。絶対に。
 けれどそれはエレクトリアの前に姿を現そうとしていた。エレクトリアの術があったゆえに。
 いま、アモニスのよすがは、作られたときの本来の、本当の姿を現そうとしていた。
 アモニスが自らの追憶に深く埋め込んでいた形を、エレクトリアが遠ざけたのだ。
 そうなったとき、残るのは、よすがのもつ本質の姿。
「・・・・・・ありえない」
 認識から取り残されて、希薄化して消えてゆくならともかく、本質が残るなんてありえない。
 だがそれは、元の姿を現そうとしていた。
 美しい弧を描くそのかたちを、両端を合いつなぎ張り詰める弦を。
「・・・・・・神具がここにあるなんて」
 機神を呼び起こすための。
 導師が観相であれを見誤ることなどありえない。
 失策だった。
 本来なら、アモニスを結界に包んでそのうえで、観相と施術を行うべきではあった。
 アモニスは危険であったけれど、このように危険と誰が予期し得たろう。またアモニスが己で知らなかったなどということがありえるのだろうか。
 だが実際、アモニスは知らなかった。アモニスの追憶にその認識は無かった。アモニスにあったのは、それを手と手に握り合わせるようにして渡してくれた人へのすがるような慕情ばかりだ。
 アモニスにとっては、それはただのよすがだった。よすがとして、よすがの形を願い、よすがのままに己の中に取り込めようとしていた。
 それを解き放ったのは、エレクトリアだった。
「・・・・・・ありえない」
 だが拒むだけ無駄だ。目の前で起きつつあることは、起きつつあることなのだから。
 まるでこうなることを待っていたかのように、人に忘れられた神具が、アモニスの手の中で、そのかたちを取り戻してゆく。
 アモニスは、己が手にしているものを呆然と見ていた。
 古代魔導帝國によりつくられ、その崩壊より千年の時を、どのように流浪してきたのだろうか。何者が封じを行い、人目から隠したのだろうか。
 だが神具はそれを語らない。異界に自らを封じる機神を、この世に顕現させるための鍵にして扉であるからだ。
「・・・・・・」
 それは封じであったのだ。神具の形を奪う事で、封じられた機神を呼び出せなくなるようにしたのだ。
 知っていたのだろうか。シリヤスクスの魔女たちは。
「・・・・・・」
 それは本来の姿を取り戻していた。美しい線を描く長弓だった。
 アモニスはその弓を構える。まっすぐにエレクトリアへと向ける。何もつがえられていない弦を引くとき、そこに輝く矢が自ら生まれてくる。
 そしてアモニスはその矢を放つ。



書き焦ってはいけないのはわかっているんだけど、前回、書かずにいられなかったんで。

前回はチャレンジしすぎで自爆しちゃったw
時空と物質、エネルギーと情報的相互性を全て認識できる八相導師を視点者に選ぶなんてワイルドだろうw

そして今回もまた、自爆覚悟で攻撃再起である。

なぜなら、機神のレートってたぶん、これくらいあるからだ。




書き直しはガンガンやるつもりなんだけど、
変えない設定は変えるつもりはなかったりする。
自分で据えてるテーマとか、ありようとかを捨てる気は無いけど、それを描くためになら大抵のことはやるぞw

でも、これで良かったのかとは、毎回思ってはいる。
確信なんかないぜw

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最終更新:2012年12月20日 00:03