厳密には続き
風に乗って、声が届く。
彼を呼ぶ声なのは、すぐにわかった。庄の道へと振り返る。
「おじさぁん!」
シャルルのおじさん、と彼を呼びながら、男の子が土の道を駆けてくる。けれど声に切実な様子は無い。子供はいつでも一生懸命だ。
応えて、シャルルは軽く手を上げて見せる。
「よう、ギム。綺麗な女の人が俺を探していたかい?」
シャルルのもとまで駆け寄ってきた少年は、息を切らせながら、それでも少しむっとした顔で、シャルルの腰を小突いて見せる。
「ちがうよ!」
けれど少年は、彼をまっすぐに見上げて言うのだ。
「すごいぜ、シャルルのおじさん、すぐに宿に戻ってくれよ。お屋敷から、お呼びがかかったんだ」
「お屋敷?」
「そうだよ!」
少年は、青鼻をこすった手で、そのままシャルルの裾をつかんだ。引っ張って、宿へと戻る道を歩き始める。
「早くしなよ!」
宿前のつなぎには、二頭の馬がつながれている。南方の草原と違ってここでは、馬をつなぐところにかならずしも水桶が置かれているわけではない。二頭の馬は、所在無げに道端の草を食んでいる。
少年は構わずシャルルの腕を引いたまま、宿表の扉を押し開ける。
「父ちゃん!シャルルさんを連れてきた!」
そこは、居酒屋でもある。むしろ居酒屋の二階や裏を宿に貸しているといった形だ。中にはまだ客を入れておらず、卓の上には逆さにした椅子が乗せられている。
けれど、二人の男が振り返った。
「シャルルさんだね」
二人は、見分けがつかないほど良く似ていた。細い目は、目尻へ向かって緩やかに下がっていて、どことなく猫の笑みを思わせる。
「お屋敷のトゥーター兄弟方です、シャルルさん」
店の親父が二人を示す。
「コナレグさんと、コナリブさん」
「XXのシャルルです。今は繋ぎで街渡り、庄渡りをしています」
「あまりお見かけしない顔です」
一人が応じる。どちらがコナレグで、どちらがコナリブなのか、親父にも見分けがつかないらしい。もちろん、シャルルにもわからない。
「こちらははじめてになります」
「何か良い物を見つけられましたか」
二人はまだ若い。シャルルと比べても十とは言わないまでも、かなり若い。まだ二十歳かそこらの見かけだ。おそらく、オラナイヤの側働きをしているのだろう。
「商売のことは、親にも漏らすな、といいますから」
シャルルは胸に吊るした商神の印へと手をやる。
「実は、クライン様から行き先に困ってこちらへお邪魔したのですが」
一人がかすかに笑みを浮かべる。
「道のほうはそんなに大変ですか」
「ええ、クライン様にも逃れ者が来始めたとか」
シャルルもそれを待っていた。
「どうです?シャルルさん」
トゥーター兄弟の一人が割って入る。
「立ち話も何ですから、屋敷のほうで食事でもしながら」
「ああ、そうだ」
もう一人が声を合わせる。
「屋敷なら、何か商売の種が見つかるかもしれません」
「面白い話をご存知だそうですよ」
居酒屋の親父も、後押しなのか、そう付け加えた。
シャルルは、はは、と少し笑って間合いを取った。
「よろしいんですか?」
「ええ、良いお客様は歓迎ですよ、ねえ兄者」
「そうだよ、弟者」
「ギム、シャルルさんの馬を表に回してくれ」
所在無げだった少年は、はい!と明るく応じて表から飛び出してゆく。
開かれたままの扉と、差し込んでくる明かりを見やってから、シャルルは再び二人へと振り向いた。
「それじゃ、お言葉に甘えましょう」
最終更新:2009年12月09日 02:21