妖銃

妖銃 2

本来は、妖銃1という話があったんだが、書いていたテキストアプリのクラウドが落ちてしまって回収できなくなっている。
仕方ないので、そちらのネタを全フォローして書き直し。

南方大陸のじゅう、はオリファント、鉄砲蛇はパイソン、ユリウスはジュリアスからギルフォード、で。




 コルネリアと33号機機付長は、アモニス小隊長と簡単な打ち合わせを終えて、もういちど機体籍簿を繰った。
 左足首の可動範囲が悪くなっている。そのために乗り手のコルネリアは、我知らず爪先を地に引っ掛けたりするようになっている。機付長は数日調整を行っていたが、ついに甲を開いての部品交換を提案していた。
 機体を動かし続けることは、部隊にとっていちばん重要なことで、ときには乗り手より機付長の声が通ったりもする。コルネリアの第三小隊三号機、要するに33号機の機付長グロススの前任は黒騎士大隊で、黒の二にも詳しかった。とはえいえ、いくら詳しかろうが、いくら黒の二だろうが、壊れるときには壊れる。注意の黄札扱いを払拭しなければ、行軍に追従できても、戦闘には参加できない。
「時間をいただけましたから、できるでしょう。作業を再開します」
 熟練の機付長はそう言って退いていった。こういうときには本当に心強い。
 コルネリアはほっと息をついて、それから気づいた。
 アスランがすぐ近くで、何やら難しい顔をしている。片方の手をあごにあて、その肘をもう一方の手で支えて、コルネリアを見ている。もちろん知っていた。難しい顔をしているからといって、重大事ではない。いちおう、小隊では彼が先任騎士になる。
「何か」
 ああ、と心ここにあらぬような声で応じたアスランは言った。
「小隊長、なんでお前の尻を見ていたんだろうな」
「尻」
 家の弟だったら、その刹那に間違いなく蹴り倒していただろう。仮にも淑女に尻などと。
「何を言ってるんだお前は」
 だがアスランは、ほら、と目で示す。コルネリアが振り返ると、帳面と硬筆を手にしたままの小隊長が、コルネリアの方を見ていた。アモニス小隊長も振り向いたコルネリアに、まだ何かあるのかというような目を向ける。なにもない、と首を振り、それからコルネリアはアスランへと振り返る。
「余計なことを言うな」
「なんだよ。本当だったろ」
 アスランもぷいと顔を背ける。しかし言われてしまうと、気になってしまうと、そのあとはいつも小隊長に見られている気がする。それもお尻を。
 確かめたが、軍装にほころびがあるわけでもない。それにそもそも、そういうことがあればコルネリアだって気づくし、従兵のユリウスは見逃さない。人と比べておかしな尻ではないはずだ。たしかに、年なりの、他所の子女と比べたら、武芸に打ち込んできたという自負はある。それでも近衛騎士団では通じなかったという痛恨もある。払拭するためにどれだけ尽くしてきただろう。だからといって尻に何かあるだろうか。いや、無いはずだ。コルネリアの尻には。
 確かに機装甲のりは、他の兵科に比べて座っている事が多い。行軍中の機の胎内でそうなのだから。だから胎内座は文字通り座りの良いものになっている。破れたり損じたりすれば、すぐに取り替えてもらえるくらいに。
 機内を点検しようにも、そもそも33号機は足首に起きた支障の修繕中だった。足首は動きが悪くなると、事故を起こしやすい要注意箇所だった。修理もやりにくい。修理する方の足の膝をついて、脛の下に馬を噛ませる。その上で上体をわずかに前のめりにして腕で支え、さらに腰椎と胸を打ち込み柱で支える。そうして足首の修理を行う。
 ひどくならないうちに手を打つのは定石であるし、しくじって損じたわけではない、どの機にも起き得る支障であったけれど、やはり気は重い。
 帝國軍の侵攻は順調で、行軍も速い。ちらほら落伍機が出ているのは見ていた。ゴーラ湾南岸諸王国軍は、本国軍と比べて落ちるところがあるにしろ、決して侮ってはならないと言われていた。国境で、あるいはその後の反撃で、打ち破ることがたやすく見えたにしても、その間に時を稼ぎ、集結した王国軍主力は、決して侮れない力を備えて、反撃してくる、と。
 コルネリアは、是非にでもそのいくさの場にありたいのだ。
「・・・・・・」
 尻。
 我知らず、ちょっと触ってみたりもしてしまう。
 父の元には、多くの人がいて、古人も少なくなかった。家中にも擁護を求めてやってきた者らがいて、その中に古人もいた。だから古人のことはそれなりに知っているつもりだった。古代魔道帝國のものらが、魔術の力、世界の根幹の力へ迫るために、自らを作り変えた姿とも言う。男でもあり女でもあり、その双方を兼ね備え、欠けたるところのより少きものと。その見目はより麗しく、気力体力ともに常人を凌ぐ。
 奔放に情交を好み、また彼らとしとねを共にするものは、常人とでは得られぬ快楽を得るという。
 いやいやいやいや。尻を見つめられたくらいで、考えがすっとび過ぎている。だいたい帝國軍では軍規で部隊内での睦み合いは法度なのだ。と、いうか、古人言ったらあのアスランだって古人なわけで、だからどうだというのだと。
 そもそもアモニス小隊長は、あまりそういう感じがしないのだ。駐屯地のお風呂でも、わりとそそくさといなくなってしまう。古人というのは体力に優れていることもあって、あまりがっちりした者は見かけない。コルネリアとしては、連れ合いには、それなりの力を求めたいところではあるし、そういう連れ合いを得るまでは、純潔であっていいではないかと。
 いやいやいやいや、ここで父の姿を思い浮かべるとか、父のことを尊敬しているにしても、お父さん大好きすぎるではないか。好きではあるのだ。それは問題ない。稀にしかない、母との二人の姿を見ていると、あのように在れたらよいなと、心より思うし、妹らのような子に恵まれたら、それはもう本願であり、本懐と言っていいではないか。いやいやいやいやいや。一人でなにを悶絶しているのだ。
 そもそもアスランが悪い。すべて悪い。何が尻だと。なんでついつい我が尻となでてしまっているのだと。
「マクシムス近衛騎士卿、班長より連絡。特変あればお知らせしますとのことです」
 駆け寄ってきた工部従卒が、ぴしりと踵を合わせてそう伝えてくる。今、コルネリアがこうして仁王立ちしていてもしかたない。尻を気にしながら。
「了解した。悪いが休ませてもらう。気をつけて作業に当たって欲しい」
「ありがとうございます。班長にお伝えします」
 陣内はざわめいている。行軍を早めに終えて、輜重らの収容も進んでいる。
 いくさとしては、まだまだ序の口だと聞いていた。バルタスの残兵もまだいくさを諦めていないだろう、と。帝國北方辺境がある程度の侵攻をして、引き上げるようなこともよくあることだから残兵は帝國の段列への襲撃も行うだろう、と。
 そういったことを密かに教えてくれているのは、従兵としてコルネリアについてくれているユリウスだった。従兵は騎士自弁の中に数えられていて、大抵は若年のものがあてられている。しかしユリウスは違う。軍歴どころか、騎士として機装甲で戦果をあげてもいる、ユリウスはコルネリアの従兵などにしておくには惜しい男だ。
 しかし彼は自ら父に願い出たのだ。自分を、是非にコルネリアの従兵としてほしいと。必ず役に立ってみせるから、と。
 そのユリウスは、すでに天幕を貼って待っている。コルネリアを前に、踵を合わせて。
「ありがとう」
「いいえ・・・・・・」
 姫、と言い掛けたようすのユリウスは、慌てて口をつぐむ。本当にそれだけはならおらない。しかし、ここには諸侯の姫が山程いるのだ。いずれも近衛騎士として来ている。家中のような扱いはしてもらいたくない。
 とはいえ騎士には従兵が居る。ユリウスは従兵というより昔ながらの近習のようなものだ。こういった者を軽んじる者の末路はコルネリアも知っている。
「お預かりします」
 帯剣と銃のことだ。剣は、本来は常時佩いていなければならない。小隊長は、越境からこちら常に佩いている。しかし短銃の方は佩用規定など無い。
「済まない」
 銃嚢の革帯を肩から外し、ユリウスへと預ける。ユリウスは、その短銃の手入れもよくしてくれている。父の関わりの筋から、近衛騎士任命を祝って送られたものだ。父になら釣り合いが取れているだろうが、今のコルネリアには、正直役者が不足している。なにしろその銃把は南方獣人の住まう大陸の、じゅうという獣の牙から削り出されたものであるし、銃そのものが土魔道の結界を秘めていて、火薬の力をより強くするような逸品なのだ。
 今、革嚢から見えている銃把の端には、凝った彫刻が作られている。かつては弾を撃ったあとに、それで殴り合ったと伝えられる、銃錘だ。今では銃錘で殴り合うものなど稀だろう。
 コルネリアの短銃の銃錘には人の顔が掘られている。コルネリアには殉教童子に見える。その説話のいくらかは、魔族との戦いにあって、同胞のために身を捧げた従軍童子だ。
 そしてそれにも、護法の魔術が込められている、とは聞いていた。
「後ほどお茶を」
 ユリウスはそう言って退く。コルネリアは小隊本部天幕へと向かう。近くには第一、第二小隊の天幕もあるし、902大隊本部の天幕も、大隊段列の馬車もある。伝令や騎士らが行き交っている。
「・・・・・・」
 そして声に気づいた。
 アモニス小隊長の声だ。なんとなくコルネリアはお尻を隠す。
 けれど、声は追いかけてこずに、コルネリアの背後で続いている。ユリウスと話をしている。
 この子が・・・・・・などと言っているのが聞こえる。コルネリアは振り返る。別に立ち聞きしていたわけではないし、従兵へ行った話は、騎士が確認しても悪くはない。
「あの、小隊長、何か」
「なんでもないよ」
 アモニス小隊長は琥珀色の瞳で、ひとつふたつまたたく。胸でも尻でもなく、コルネリアの顔を見て。それからユリウスへと向き直る。やっぱりそうだと思っていたんだ、などと言っている。そっと覗き込むと、ユリウスはまだあの短銃を持っていた。
「これが、でしょうか」
「うん。たぶん、あなたのことが好きみたいだし」
 ユリウスは困り果てた様子で、助けを求めるようにコルネリアへ目を向ける。
「小隊長殿が、この銃と目が合うと仰っておられて・・・・・・」
「目、ですか」
「そう」
 アモニス小隊長はうなずく。短銃を示す。
「この子、強い護法の術が込められてるでしょう」
 コルネリアも、はあ、と応えるしかない。構わずアモニス小隊長は続ける。
「この子ね、コルネリアの後から変な奴が来ないかどうか、見張ってる。だから、わたしと時々目が合うんだ」
 ああ、と安堵の声が思わず漏れた。
「じゃあ、尻って・・・・・・」
「お尻?」
「いえ、何でもありません」
 小隊長はくすくす笑う。
「手入れしてくれるユリウス従士のことが好きみたい。ユリウス従士は手入れのときに、コルネリアを守れ、と言ってるみたいで、それをきちんとやりたいみたい」
「・・・・・・」
 コルネリアはユリウスを見る。ユリウスは気まずそうに目をそらす。めずらしいことに。
「・・・・・・なるほど」
「大事にしてあげてね。それだけの術が入っていると、裏返ると大変なことになるよ」
「わかりました・・・・・・」
 応じるユリウスもどうしたら良いかわからないふうだ。
「以上です。もとへ」
 ユリウスはほっとしたように敬礼し、アモニス小隊長も軽く答礼する。歩いてゆく小隊長の背を見送りながら、ユリウスは言う。
「何だったのでしょう」
「霊物の魔導兵だから」
 なるほど、と応じながら、ユリウスは短銃の童子の顔をしげしげと見やる。
「お前は好かれているそうだな」
「大事にしておきます」
「たのむ」
 それから二人して顔を見合わせ、笑った。
 あとで聞いた話だが、アスランの持っている短銃にも、また術がかかっているらしい。小隊長が言うには、アスランの銃の銃把に作られた鉄砲蛇は器用なことはしないけれど、アスランが撃つときには、的の方を見ているのだと。
「だからよく当たるのかも」
 その鉄砲蛇の彫刻もアスランのことが好きらしい。
 俺は本当は工部になりたかった、と愚痴りながら、手入れしてくれるから。




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最終更新:2021年04月19日 20:51