アイデシアのスケッチ その1

 東方ケイロニウスの姫、アイデシア・ケイロニウス・イリュリアのスケッチの始まりである。基本的に彼女の視点から902の若い面子について書くつもりである。


 アイデシア・ケイロニウス・イリュリアという少女から見たシャルル・オーギュスト・デュ・ノワールという少年は、どこかうさんくさいものを感じさせる気を許してはいけない相手、という存在である。
 彼と最初に顔をあわせたのは、独立近衛第901大隊第768教育隊に配属された時の事である。そこには年齢も性別も生まれも違う者達が集められていて、その中で一人だけ少年のような古人であったから注意を引いたのだ。彼は大陸西方の「王冠盟邦」と呼ばれる超大国の出身であり、どうも貴族の家に生まれたらしい。もっともシャルル自身が自分の身の上を語ることはなく、その名前から多分貴族なのだろうと見当をつけたのであるが。
 シャルルは、その蜂蜜色の金髪から受ける印象そのままにいつもにこにこと笑っていて、愚痴もこぼさず文句も言わず、教練係従士のありがたい「助言」のままに教練という名目の虐待に耐えていた。ただ負けん気は強いようで、一期上の第767教育隊のイサクリウス・フラウィウス・ユリウス学生と決闘などして、教官のメトポロニア騎士隊長に二人して胃の中身をきれいさっぱり吐き出すまでしごかれたりしたこともあった。
 そんな一見すると普通に見た目相応の学生のはずの彼にアイデシアが違和感を感じたのは、騎士として必要な教養を身につけるべく入学させられた「学院」で起きた事件のせいである。
 アイデシア達の一期上の教育隊には、東方はエドキナ大公領よりやってきたガリルという学生がいる。一応は上級魔族の大夫だそうなのだが、くりっと丸い翠色の瞳をしていて癖の強いこげ茶色の髪を伸ばして側頭部に生えている角を隠している女の子顔の少年で、小柄でほっそりとしていることもあってどうにも魔族らしくない相手であった。性格も素直で真面目ですれたところがなく、第767教育隊では随分な人気者らしい。魔族大夫だけあって実力もあり、先任の騎士らの覚えもめでたい学生であった。
 そんな彼がいつの間にやらさらに一期上の女子学生と隠れた恋をしていて、しかも相手がケイロニウス・アクィロニア方伯であったというのだから、さすがのアイデシアも驚愕した。ケイロニウスはまがりなりにも皇室一門。ほんの何十年か前に「帝國」に征服され併合された魔族が恋をしていい相手ではない。さらには当のアクィロニア方伯は、今上皇帝リランディア陛下の養子、つまり皇女殿下となって「帝國」とはペネロポセス海を隔てた向こう側のアル・レクサ王国の王太子の元に嫁いでいったというオチまでついている。まさに歌劇のような悲恋であって、当時のガリルは随分と悲嘆にくれたものであった。
 そのように気落ちしている彼を励まし慰め、気がつけばそういう抜き差しならぬ仲になっていたのがシャルルであったのだ。
 アイデシアは女学生ゆえに、男子学生であるガリルとシャルルが「学院」でどういうつきあいをしているのかは知らない。だが、第768教育隊で訓練を受けたあと、営内は皆に見えぬところで二人が指を絡めて口付けを交わしているところを偶然見てしまった時の気まずさといったらなかった。しかも見てしまった事実をどうやらシャルルには知られてしまったようで、そのことをちょくちょく匂わされたりしてやりづらいことこの上ない。彼女は恋も知らぬ乙女である。性的なものをちらつかされただけで態度もぎこちないものになってしまうのは仕方が無い。さらにはこのシャルルという少年は、教育隊ではアイデシアの相方であり、常に二人一組となって教育を受ける立場にあった。気がつけば二人の力関係は、シャルルが主導権を握るようになっていた。

「それでアイデシアは何でここに来たの?」
「何故と問われてもな。……あえて言うならば、己の義のためとしか答えようがない」

 とある秋晴れの日、教練が終わった後に士官用食堂で皆が思い思いにくつろいでいる時、シャルルがそう尋ねてきた。その柔らかな美少女とも見間違うばかりの面で好奇心に満ちた瑠璃色の瞳がきらきらと輝いている。これだけ見るとたわいもない会話となるのだが、どうもそれだけではなさそうなのがシャルルという少年の底知れなさである。

「義、か。正義、忠義、大義、恩義、色々あるよね」
「漠としたものゆえ、私にもこれと断言することはできぬ。まあ、そういうものだとしておいて欲しい」
「うん、ありがとうアイデシア」

 ふんわりと笑って礼を述べたシャルルに、アイデシアはどういう表情で答えたものか判らず、いつも通りの無表情でうなずき返した。どういう訳があってかアイデシアは笑顔を浮かべることが苦手である。幾度となく鏡の前で練習をしてみたが、浮かぶのはいかにもぎこちない笑みで、今では無理してまで笑う必要もあるまいとそのままにしている。爵位も持たぬ身なれば社交界に顔を出すこともなかろう、と開き直っているともいう。自分より頭半分は背の低い少年の微笑みに、最初は戸惑うことも多かったが、馴れというものはたいしたもので今では眉一つ動かすこともない。


 アイデシアの生家は、先々代の皇帝であるユスティニアヌス帝の御世に起きた東方魔族の侵攻を退けた後に、当時の東方辺境候に替わって東方辺境軍の指揮をとるために東方に送り込まれた臣籍皇族である。少女の祖父は、レイヒルフト・シリヤスクス・アキレイウスがシリヤスクス一門を掌握し東方辺境候位を継承するまでの間、東方辺境軍の建て直しに尽力し両手の指では足りぬ回数の東方魔族との紛争を戦い抜き、そしてレイヒルフトに後事を託して主の御許へと去った。
 本来ならばケイロニウス・イリュリウス公爵家は、レイヒルフトによる東方辺境掌握後に中央へと帰還するはずであったのだが、ユスティニアヌス帝の命により東方辺境候レイヒルフトとの間を取り持つために東方に残る羽目になった。結果として、先代皇帝のコンスタンス帝の御代の「帝都」での騒乱に巻き込まれることなく家を保ち、続く内戦でも皇帝軍に参加してそれなりの功績を挙げることができた。アイデシアの父は、三〇年近くにわたってケイロニウス・イリュリウス公爵として東方辺境のみならず、エドキナ大公領や「帝國」中央、南方辺境までもを駆け回って皇帝派諸侯の間のとりまとめに尽力し、そして内戦が終わる直前に主の御許へと去った。
 物心ついてから一〇になるかならぬかの間、碌に会うこともできず、会ってもその度ごとに磨り減るように憔悴してゆく父の姿に、アイデシアが幼い心をいためたのも仕方の無い事である。
 そして残されたのは、年端もゆかぬ双子の姉妹のみ。
 当然、どちらが家督を継ぐかで家中は揉めに揉めるところであった。そうはならなかったのは、父の死と同時に今上皇帝リランディア陛下の名代として乗り込んできた副帝レイヒルフトによる裁定の結果である。双子の姉妹は揃って家門の象徴たる機神に搭乗する試しを受け、両者共に機神に受け入れられた。その結果をもって副帝陛下は姉に家督を継がせる旨奏上することを家中の者達に宣し、同時に妹のアイデシアを自分が後見し皇帝陛下御自身がその身柄を引き受けられることとしたのである。こうして姉妹相食む騒動は避けられ、さらには二人とも「帝國」の実質的最高権力者であるレイヒルフトと直に関係を持つ事ができたのである。ケイロニウス・イリュリウス公爵家にとっては八方丸く収まってめでたしめでたしという結末となった。
 だが、それでは済まぬのが副帝レイヒルフトという存在である。
 爵位も持たぬ小娘とはいえ、まがりなりにも臣籍皇族であるケイロニウス・イリュリウス公爵の妹姫を手駒として手元に置くことになったのだ。同じ様にレイヒルフトの後見を受けている名家の姫は少なくない数がいるという。アイデシアは、自分が政略結婚の駒として使われること覚悟し、その上で日々を行儀見習いと学問と武芸の鍛錬についやすことになった。
 元々がアイデシアは、軍人として身の上を立てるつもりで物心ついた頃より鍛錬に励んでいた身である。ケイロニウス・イリュリウス家は武家の名門。その家督を継ぐ継がないに関わらず、武人として立つのは彼女にとっては呼吸をするのと同じくらい当然のことであったのだ。それが気がつけば、この身がどうなるかも判らぬ有様である。己の先行きが見えぬ不安はあまりにも重い。ここで少女が腐らなかったのは、ひとえにレイヒルフトが実子をどう扱うか見ていたからである。
 この副帝陛下は、現在の帝國軍の母体となる東方辺境軍で軍歴を重ねてきただけあって、従来の「帝國」の軍人とは全く違う価値観の持ち主であった。本来ならばケイロニウス・ケルトリウス皇家で殿下と呼ばれて一軍の将となるべき皇族男子を、シリヤスクス・アキレイウス家の直系男子として一兵卒から軍歴を始めるよう軍隊に放り込んだのである。しかも当時は決起した教会軍と「帝都」正面で激戦の真っ最中。その鉄火場に戦列歩兵として工兵として最下級の兵士のまま放り込まれれば、それは普通は名誉の戦死をとげてもおかしくはない。ところがこの皇族男子の方々は、見事に激戦を生き延び戦功を重ね、気がつけば誰もが背筋を伸ばさざるをえない軍功を誇る叩き上げの隊付き士官となられたのであった。
 となればアイデシアも、強く望めば帝國軍人として奉職できる可能性があるはずである。今更ケイロニウスのお姫様として下駄をはかせてもらって士官になるつもりはない。皇宮につめる武官におりをみて話を聞けば、今の帝國軍では娑婆での生まれも育ちも財産も性別も関係なく、兵隊として優秀ならばそれに応じて扱ってもらえるとのこと。何しろ平民が元帥閣下となり、帝國侯爵家のどら息子が連隊先任従士長として兵隊をしきるのが帝國軍らしい。ならば今のアイデシアであっても、ゆくゆくは一軍の将にも黒騎士にもなれるかもしれないのだ。


 はかない希望を支えに己を鍛えることに専念していたアイデシアが、副帝レイヒルフトから近衛騎士になるつもりはないかと問われたのは、内戦が終わって三年もした十八のある日であった。

「貴女が軍人となることを希望していると伺いました」

 皇宮は副帝レイヒルフトが応接の間として使っているはずの一室に呼び出されたアイデシアは、まるで農家の居間を思わせるような素朴な作りの部屋で副帝陛下にお茶を振舞われていた。土ものの茶碗ゆえに結構重いが、塗り薬のせいもあってか実におもむきのある中々の逸品である。陶磁器の茶器も悪くはないが、ゆったりとくつろいで話をするのならばこういうのもよい。

「はい、陛下。お許しを頂けるのであれば、軍人として「帝國」に貢献することを望みます」
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい。私は「帝國」より多くの恩義を受けた身です。祖国に対する忠義、陛下の掲げられている大義、そうした義に報いることこそ我が望み。ゆえに帝國軍人として一身を捧げることを望んでおります」

 アイデシアの言葉に嘘はない。ケイロニウス・イリュリウス家は長きにわたり「帝國」に貢献してきた歴史がある。彼女自身もレイヒルフトに返しきれぬ恩義を受けた。そして彼によって着々と進められる「帝國」の改革。彼女とてケイロニウスの名の下に生まれた貴顕の一人である。今の「帝國」の変革に参画し貢献したいと思うのは当然であった。

「私が進めている事業は、大義はあれども正義はありません。それは必要であるから行っているのであり、正しいから行っているのではないのです」

 だがレイヒルフトは、穏やかな微笑みを浮かべつつたちのぼる茶の香りを愉しみつつ、アイデシアの言葉を真っ向から打ちすえた。

「……大義と正義とは違うものなのですか、陛下」
「はい。大義とは人々の中にあってその支えとなるもの。正義とはかくあるべしと人を律するもの。これは似て異なるものと私は考えています」
「「帝國」に正義はないと仰るのですか?」
「はい。私が万民に求めるのは自由ただそれのみ。そして正義に対峙するには不義でも悪でもなく、もう一つの正義に過ぎません。故に「帝國」が掲げるのは大義のみとなりましょう」

 そんな事が許されるのか、とアイデシアは思う。正義なくして人はどうして「帝國」の事業に参加できるというのか。
 そのような彼女の動揺が面に浮かんだのを見てとったのであろうか、レイヒルフトはわずかに微笑みを深くすると茶碗を黒檀の机の上の受け皿に置いて両手の指を組んだ。

「正義は「帝國」一国のみのものならず、我に対峙する全ての国々や種族が持っているものです。そして正義と正義の戦いはどちらかが滅びるまで続く無益な争いとなります。故に「帝國」が掲げるのは自由という大義のみ。それでもなお正義を求むるのであれば、それは「教会」が「創造主からの愛」という形をもって人々に教えを布くことになります」
「……はい、陛下」
「正義を求むるならば「教会」に行かれることをお勧めしましょう。あえて不義を為しても大義を支え参画する覚悟がおありならば、また別の選択肢をお勧めします」

 そしてアイデシア・ケイロニウス・イリュリアはどちらを選ぶ?
 その突きつけられた選択肢に、アイデシアはしばらく迷い、そして結論を下した。


 大義はあれど正義は無し。人々を自由にすることは大義であっても正義ではない。アイデシアはしばし黙考した。そんな彼女をシャルルは興味深そうな色を浮かべた瑠璃色の瞳で見つめている。一度己の思考の中に入った彼女の邪魔をすると、アイデシアはとてつもなく不機嫌になる。それをこれまでの付き合いから学んでいたシャルルは、高貴さを美しさという型に入れて鋳造したかのような少女が沈思黙考する姿を楽しむことにした。

「二人とも何を話しているんです?」
「ガリル? うん、なんで近衛騎士団入りしたのか、って」
「あ、お邪魔でしたか?」
「そんなことないよ。そういえばガリルはどんな理由でここに来たんだっけ?」

 シャルルとガリルは仲が良い。まあ、抜き差しならぬ仲ゆえに当然なのであるが、それ以外にも色々と話が合うらしい。西の果てと東の果てから来た者同士、互いに語りつくせぬほど存在が違うからというのも理由だそうである。

「前に言ったじゃないですか。マルケルルス教官に誘われたのと機神工部として修行させて貰えるからです」
「うん、それは聞いたよ。ごめん、言葉が足りなかったよね。近衛騎士となることで何を目指すのか、っていう話」

 にこにこと笑うシャルルの言葉にガリルは、失礼します、と挨拶してからシャルルの隣に座った。ここ独立近衛第902大隊では、ガリルの方がシャルルより先任であるにもかかわらず、彼は常に丁寧な態度を崩そうとはしない。上下に隔たり無く物腰の低い彼は、なんだかんだあっても皆に好かれていた。

「何を目指すのか、ですか。……考えた事がありませんでした。今は近衛騎士卿となるのに相応しい実力をつけるのに精一杯で」
「そうなんだ。実はボクもなんだ。軍人になって、騎士になって、黒騎士を目指す。それしか考えていなかったから」
「黒騎士ですか。憧れますよね」

 確かにガリルは見た目はマニッシュであり、物腰も柔らかい人格者である。だが彼は上級魔族――ダイモン――の大夫であり、一度戦いに臨めば苛烈にして勇猛な戦士と化す。かつてアイデシアが彼に挑んだことがあったが文字通り一蹴されたこともあった。そんな彼である。幾千といる帝國軍機装甲乗りの中でわずか二〇〇名しかいない黒騎士という絶対的強者に憧れるのも故無きことではない。魔族は強きをもって尊しとなす。それはガリルといえども変わりはなかった。

「目指すものか。私のそれとて漠としたもの。そなたらとそう変わるものではない」
「そうなんですか。アイデシアさんは色々と考えていますから、しっかりとした目標があるのかと思っていました」
「ふむ、目標か。……そうだな、せめて大隊長殿の邪魔にならぬくらいには強くなりたい」
「確かにそれはありますよね。自分も先任士官殿の足を引っ張らないようになりたいです」

 こちら側に戻ってきたアイデシアが、ガリルに向き直るとそう静かな声で話しの輪に入った。
 少し気圧されたような笑みを浮かべたガリルは、アイデシアの生真面目な言葉に肯き返すしかできないでいる。彼もシャルルと同じくらいの背丈であり、彼女と比べれば随分と小柄でもある。彼女の暗闇を思わせる真っ直ぐな黒の長髪と菫色の瞳は、静かながらも周囲を圧するだけの迫力があった。

「ガリルもアイデシアも十分強いと思うんだけどなあ」
「そうか? だがシャルル、我ら二人、一度として大隊長殿に褒められたことがあったか? それはつまり我らの実力がその程度であるということ。悔しいが精進が足りぬということだ」
「アイデシアは真面目だよね。ガリルから見てボク達の実力はどれくらいだと思う?」
「えぇ? うーん、怒らないでくださいよ?」
「怒るわけないよ。ボクとガリルの間だし。アイデシアは謹言を喜ぶし」
「そうですか。……騎士としての実力は一人前だとは思います。でも、「黒の二」を預かれるほどかというと、まだまだなんじゃないかなあ、と」
「だよねー」

 困った様子で視線を泳がすガリルの言葉にシャルルは、さもそれが当然という風にくすくすと笑った。確かに二人ともまだまだ実力の足りぬ若輩者であることに違いは無い。そもそもがこの場にいる三人ともに実戦に出たことすらないのだ。
 そしてガリルの言葉に、アイデシアも当然という表情をして肯いている。

「剣は斬り覚えるもの。……そう師に教わった。辻斬りなどする気もなし、早く戦場にて己の実力を試してみたいものだ」
「戦争かあ。多分ゴーラとの戦争も近いよね。ゴーラ帝国の騎士は強いよ?」
「そうなんですか?」
「うん。一対一の戦いでゴーラの騎士に負けは無し。彼らは事あるごとにそう口にするからね。そしてそれだけの実力はあるみたいだし。ボクが北に居た時、散々聞かされたよ」

 わずかに小首をかしげて懐かしそうにそう口にしたシャルルを、ガリルが少し嬉しそうな表情で見つめている。そんな二人の空気に当てられたのか、アイデシアは少し頬を染めて息を吐いた。

「そうか。大敵と当たることを誇りに思いこそすれ、恐れるつもりも侮るつもりもない。それはそなたらも同じであろう?」
「まあね。黒騎士でもないのに「黒の二」に乗させてもらっているんだもの。しかも魔導覚醒もさせてもらったんだからね。それに相応しく戦ってみせるよ」
「そうですよね。入営して二年目の若輩者なのに「黒の二」を預かっているんです。それに相応しい活躍をしてみせるつもりです」

 アイデシアの言葉に力強く肯いた二人に、彼女はわずかに口の端をほころばせた。未熟なれど武人として相応しい友がいることが心強く思えるのだ。

「三人とも、何を話しているの?」
「あ、フェイト上騎」

 そんな三人のところに、近くを通りがかったフェイトが寄ってきて声をかける。
 暖かみのある金髪を膝裏のあたりまで伸ばし、その先端を黒いリボンでまとめた彼女は、実はガリルと同じダイモンであり三人よりもはるかに先任の騎士である。所属部隊も第101大隊と違ったが、なにかと三人のことを気にかけてくれている面倒見の良い先達である。

「ゴーラの騎士とあいまみえる時のことを話しておりました」
「そうなんだ。強いとは聞くけれど、どれくらい強いのかは判らないよね」
「はい。ですが我らとて「黒の二」を預かる騎士。おさおさ後れをとるつもりはありませぬ」

 席を立って敬礼した三人に答礼したフェイトにむかって、アイデシアは生真面目な表情と声でそう答えた。この西方魔族の先輩は、ヴェルミリオム牧師と同じく魔導八相に覚醒した導師であり、彼女ら三人の魔導覚醒と魔導戦技の教育の助教をつとめた実力者である。フェイトの真紅の瞳とアイデシアの菫色の瞳とでは、わずかに菫色の瞳の方が位置が高い。だが周囲を圧する気配は金髪の女性の方が強い。

「三人とも楽にしていいよ。ゲッツ隊長もヒュド先任も強いから、大丈夫だと思う」
「そう言われても。フェイトはほら、規格外に強いから」
「それは思考停止だよ、シャルル。強さなんて定数みたいに決まったものじゃないんだよ?」

 ちょっと甘えるような様子で上目遣いにそう口にしたシャルルを、フェイトは苦笑を浮かべてたしなめた。アイデシアの前であっても二人は時々こうやってじゃれあう。その雰囲気が苦手で、彼女は黙って二人から視線を外した。

「そうですよ。騎士の三術はそれぞれ意味があるんですから。それに自分達は魔導騎士でもあるんです。強さは、それぞれの技術が重なって発揮されるんですから」
「うん、ガリルの言う通りだよ。ただ剣を振るうのが上手だから強いということにはならないから」

 フェイトが近くにいるだけで嬉しいのか、ガリルは頬を上気させて瞳を輝かせここぞとばかりに語る。常に冷静さを崩さぬ彼がこういう風に熱を帯びた様子になるのは、このダイモンの先輩が一緒の時である。そしてそれは彼女も同様である。ガリルとフェイトが微笑み合うのを見れば、二人の仲がどういうものか男女の機微に疎いアイデシアにも判るというものである。
 三人の馴れ合うような雰囲気は居心地が悪く、アイデシアは黙って背筋を伸ばすばかりである。そんな彼女にその紅い瞳を向けたフェイトは、柔らかくも優しい声で語りかけた。

「私はアイデシアに一番期待しているんだよ。一番バランス良く戦技が伸びているから」
「ありがとうございます。フェイト上騎」
「繰り返しでごめんね。機術も剣術も戦術のためのもの。アイデシアは頭が良いから、きっと戦術を駆使して戦えるはず。戦術を駆使できる騎士は、時に格上の騎士も討ち取れる。がんばって」
「はい」

 フェイトにはこういうところがあるから嫌いにはなれない。アイデシアはそう心の中でそう思った。戦友であるガリルとシャルルの二人とは、そういう、男女の仲なのであろうが、だからといって疎ましく思うことはできない。なんだかんだいっても構って貰えるのは嬉しいし、鍛えてくれるのを恩に思ってもいる。
 アイデシアは、自分がフェイトとそういう仲になることを想像することすらできないでいるが、それでもこの面倒見の良い先達を好ましく思い慕っているのは事実であったのだ。

「今は三人とは別の部隊だけれど、そのうち一緒に肩を並べて戦える日がくる。その時を楽しみにしているから」
「「「はい」」」

 フェイトの言葉に三人は、声をそろえて背筋を伸ばした。

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最終更新:2014年03月27日 21:23