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小説 > せれあん > 断章 > 01

断章1





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 切り立った岩だけに囲まれた峡谷。青空の下でありながら、切り立った崖が日光を遮り、その底は昼間にしてはかなり暗かった。
 そこに、ふたつの影がある。
 1つは端正な人型で、薄緑色に塗られている。
 もう1つは、頭部がなく、その分胴体の長い、いわば頭と身体が一体化したような形状で、灰色をベースに濃淡をつけた迷彩塗装が施されている。
 一見すると、人間と、それに近い何かが対峙しているように見えるが、よく見ればそれが、人間の数倍以上の大きさの身体であることがわかるだろう。

 ――そして、次の瞬間には。複数の銃声が、岩と砂に響く。
 一瞬遅れて、文字におこすなら『ゴンゴンゴン』とでも言うような――ドラム缶を金属棒で、何度か殴ったような音。
 渓谷に反射する金属音が消えると同時に、胴体に複数の弾痕を穿たれた、歪な人型の「それ」が、糸が切れた操り人形のように、音を立てて崩れ落ちた。

 全身が黄緑色に塗装された、端正な人型の機体が手にするアサルトライフル状の武器は、銃口からまだ薄く煙が出ている。
 そのコクピット内では、操縦者――テウルゴスが、今しがた撃ち倒した敵を見下ろしていた。
「敵機沈黙。動力反応、消失しました」
 コクピットに据え付けられた機器から発せられた、やや単調な男性の声が告げる。
 人間の声にしては無機質だが、かといって一般的なAIの発する、合成音声よりは遙かに、違和感を感じさせない抑揚と滑舌だ。
 それに答えた……というよりは、独り言のような口調で、若い女の声する。
「単機で見張り。人手不足?」
 そう、コクピットに座っているテウルゴスは、おそらく20代中頃ぐらいの、若い女性だった。
 長い焦げ茶色の髪をポニーテールに結っている。
 美人か、そうでないかと言われたら、おそらく大半の男性が美人と答えるだろう。だが同時に、身に纏ったどこか刺々しい空気や、愛想の無い表情に、近寄りがたいものを感じたかもしれない。
 『彼女』は、テウルギアに搭乗するようになって数ヶ月の、まだ無名なテウルゴスだった。
「この先に複数の反応があります。熱源規模からしてマゲイアと思われます。数をサーチ中……5機です」
「戦力分散?哨戒にしたってヘタクソね」
「各機の動作音にも統一性がありません。練度が低いものと思われます」
「ま、いいわ。個別に蹴散らしましょ、その方が楽だし」
「はい、マスター」
 機体脚部と背部から、白い光が溢れる。周囲の空気が、陽炎のように細かく歪む。

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 突如現れた黄緑色の影を視認したマゲイアが、反射的に引き金を引く。
 だが、銃を構えている方向は水平。黄緑色の影は『斜め上から降ってきた』。つまり、当たるわけがない。
 飛び乗るような動きで両肩に立たれ、直上から振り下ろされたナイフは、全く対応できずにいるマゲイアの中心軸を貫いた。
 巨体が、手に握っているサブマシンガンの引き金を引いたまま、停止する。
 フルオートに設定されていたらしいそれは、36発の弾痕を岩肌に穿ち、その持ち主より少し遅れて沈黙した。
「3つ目」
 テウルギアのパイロットの声は、淡々としている。いや、最後に放たれた銃声に、少し苛ついている様子はある。
 敵に悟られたとか、危険を感じたといった話ではなく。単に「五月蠅かった」ことへの、迷惑や鬱陶しさのようなもの。
「残り3機、この先の少し広い場所に集結しつつあります」
「面倒ね、体勢を立て直す前に仕留めるわよ」
「はい、マスター」
 サブマシンガンが穿ってできた大量の石片を、今度は機体のバーニアが噴出した熱風が巻き上げる。
 あとにはただ、胴体を損傷したマゲイアが、数秒前までは動いていたことを全く感じさせない姿で、石碑のように沈黙していた。

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「こっちは……ちょっとはマシね」
 1機目は、先ほどのと大差ない反応速度で、唐突に現れたテウルギアの動きに対応できないまま、蜂の巣になった。
 だが、流石にこれだけ仲間が撃破され、戦闘音も聞いていたからだろう。集結していた3機のうち、残り2機は『それなりに』反応は良かった。
 仲間が撃破されたことに動揺するそぶりもなく、左右に散開。斜めで交差するように、手持ち火器の火線を浴びせてくる。
 一般的なマゲイアが携行するアサルトライフルやサブマシンガンの類は、よほど運が悪くなければ、1発2発の被弾でテウルギアが致命傷を受けることはない。だとしても、被弾しないに越したことは無い。そもそも、運が悪くて致命傷を受けてしまえば、喪われるのは自分の命だ。
「甘いわね」
 相手の火線が織りなす交差角よりも、更に急な角度をつけて、右手のアサルトライフルを乱射しながら、片方のマゲイアに肉薄する。片手撃ちなので精度はそこまで期待できないが、けん制射撃としては十分だ。
 セオリー通りに貼られた弾幕に、逃げる方向を失っていたマゲイアを、スラスター全開で近づいた勢いで、そのまま蹴飛ばす。握っていたマシンガンが空中に舞った。
 瞬時にマゲイアが、機体の体勢を立て直す。右手のアサルトライフルをもう1機のマゲイアに向けて、ふたたび乱射。目の前で転倒しているマゲイアが起き上がる前に、ナイフでトドメを――。
 その瞬間、コクピットを強烈な衝撃が襲った。跳ねたポニーテールがコクピットのモニターに当たる。
「っ……何!?」
「背面に着弾、損傷軽微」
「そうじゃなくて!」
 彼女の顔に、先ほどまでの余裕はない。
「新たなマゲイア反応、数4。峡谷の上からの狙撃です」
「待ち伏せされていた……!?やってくれるわね」
 カメラを旋回させ、渓谷の上側をキッと睨むが、空の明るさが邪魔をして、肉眼では狙撃をしてきたマゲイアの姿を捕らえることはできない。
 そして、それが致命的な隙になった。
 ゴォン、と音がする。
 左腕のナイフは、目の前で転んでいるマゲイアに刺さったままだ。その状態で、もう1機の急接近してきたマゲイアに、組み付かれている。
「こいつ……」
 それでも、対処のしようはある。待ち伏せに使われたのがテウルギアでなく、マゲイアだったのは、相手のツメの甘さだ。――その筈だった。
 とっさに組み付いてきたマゲイアを、テウルギアの出力にモノを言わせて、狙撃を受けた側に向き直る。
 何も知らないものが見れば、華麗なダンスにも見えなくはない動き。だがそれは、マゲイアを盾にすることで敵からの狙撃を防ぐという、極めて現実的な、殺し合いの機動だ。
「やってくれるじゃない……っ!?」
 彼女が驚愕したのは、敵の次の動きに、ではない。そもそも自分に組み付いてきたマゲイアは、振り回される動作に対して、なすがままにされている。
 問題は、足元で転がっているマゲイアだった。
 咄嗟のことだったので狙ったわけではなかったが、彼女が突き立てたナイフは、マゲイアのコクピットハッチに突き立てられていた。レメゲトンのアシストもあり、より致命的な攻撃を行うよう、微調節が行われた成果だ。
 だからこそ。映し出されたその姿に、彼女は驚愕した。
 狙撃の反動で、ナイフと一緒に抉られたコクピットに、当然あるべき死体がない。潰れたとか、損傷したのではない。コクピットが最初から無人だったとしか思えないのだ。
「なに、これ……」
 理解不能な状況に、彼女の顔が歪む。いくら未熟とはいえ、先ほどまでの敵機の動きはすべて、人間が操縦するマゲイアのそれだった。なのに無人、ということは――。
「警告、発砲反……」

 最初に峡谷に響いたのと、極めて似た音が数発。
 飛来した大型砲からの銃弾は、盾にされた無人のマゲイアごと、黄緑色のテウルギアを貫いた。
 崩れ落ちた機体と同様、コクピットの中に居る彼女も、辛うじて原型は保っているものの、もはやテウルゴスと呼ばれる、特殊な存在ではなくなっている。
 長いポニーテールを伝って、割れたディスプレイに流れ続ける血が、この戦闘で流された、最初で最後の生命だった。

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 その戦場から、30kmほど離れた、峡谷の影に。
 立て膝を付いていた、純白のテウルギアが、立ち上がる。両腕に盾のような装備を持ち、トサカのようなアンテナが特徴的な頭部は、テウルギアの中でも割と独特なシルエットを映し出していた。
「作戦完了、帰投する」
「はーい、初心者マゲイア乗りごっこ、終了~」
 テウルギアのコクピットを、擬似的に遠距離攻撃用マゲイアに接続しての遠隔操作していたテウルゴスが、接続を解除する。
 そしてその裏で、レメゲトンが『捨て駒』の機体制御を切り、EAAの回収ヘリを呼ぶための通信を行っていた。

■■■

「お疲れ様でした」
 EAA圏内、かつてはルーマニアと呼ばれた地域にあるカルタガリア兵工廠で、テウルギアのコクピットから降り立った男に、整備班の女性から、ストローのついた飲み物のボトルが手渡される。
「整備頼む。発砲0、被弾0。作戦中の不調はなかった。燃料消費はグスリムのログを確認してくれ」
 発言こそ事務的だが、軽く目礼をして受け取る姿に、傲慢さや冷淡さは感じられない。
 エサイアス・アートス・リタラ。やや褐色を帯びた肌に、茶色に近いブロンドの髪を持つ男性だ。年齢は30を少し過ぎている程度だが、実年齢よりは少し上、中年にさしかかっている歳に見えなくもない。
 やや痩せた、脂肪もないが筋肉も少ない体系。彫りの深い顔立ちと相まって、機動兵器のパイロットというよりは、学者や技術者に見える、とよく言われる。
 EAA本部所属のテウルゴスであり、EAA圏内では割と広範囲で作戦に参加している彼は、中東での作戦を終え、輸送ヘリで機体ごと黒海を越えて帰投したところだった。

「よお、エサイアス。またテウルギアを1機落としたって?」
 中年の、いかにも鍛え上げられた白人の男が、エサイアスに声をかけながら、不器用にキャットウォークの梯子を降りてくる。
「ランクにも乗っていないの新人相手だ。誇れるほどの戦果でもない」
 返事をするエサイアスの声は、相変わらず淡々としたものだ。
「自機の損傷なし、人的被害もなし、マゲイア6機潰しただけでテウルギアを完全破壊したなら、そりゃ十分な戦果だろうがよ」
「経済的に見ればな。建造費で考えれば、こちらの黒字だ」
「で、そのお前さん、EAA本社のお偉いさんからお呼びがかかってるぞ。第4応接室だ」
「……そうか。ところでお前が来たということは」
「おう。センサー系の部品、新作ができたからアップグレードしておくぞ。若干は性能が上がる」
「助かる。マッチングはお前さんとグスリムに任せる」
「おうよ」
 登ってきた知己――彼の機体、クゥドゥムーの改造計画を長期的に面倒を見続けてくれている、開発部のエンジニア――と、入れ違いに、手慣れた様子で梯子を登っていく。
 あまり気が向く話ではなくとも、重役からの呼び出しであれば、応じないわけにはいかなかった。


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 約2時間にわたる、役員との『ミーティング』の後。
 彼はその足で、自室に戻っていた。部屋に入るなり、ベッドに腰掛ける。
「おかえりなさーい」
 朗らかな女性の声が、彼を迎える。
 オラクル・ボード。ポイエシス・ネットワークなる組織が運営する、テウルギアおよびテウルゴスの格付け。多少は政治的・不透明な要素が含まれるにせよ、そのランキングでEAA陣営の1位に居る彼には、当然、相応の待遇が与えられていた。
 そう、たとえ本部以外の場所に出向するときでも、彼の居室は常に「個室」となる。独身の彼が、誰かに出迎えられるということは、本来はない。
 即ち。彼を出迎えた声の主こそ、彼の運用する機体「クゥドゥムー」に搭載されたAI、レメゲトン……個体名「グスリム」である。
「……またやらかしたか」
 そのグスリムの声とは対照的に、エサイアスの声は淡々としている。とはいえ、責めたり、批判する様子ではない。どちらかといえば、軽い確認のような調子だ。
「えーっと、思い当たるフシがありすぎて。何の件?」
「モズマ統治体の求人広告に、ホモ枠とやらを勝手に入れた件と聞いたが」
「あ、その件かー」
「……まあ、それはいい。大半は次の作戦の話だ」
「ほうほう。SSCNが一大攻勢に出るっていう件?」
「いやまて、何故それを知っている。重役しか知らされていない筈だが」
 驚いたという程ではないにせよ、端正なエサイアスの眉が少しだけ上がる。
「パスワードを生年月日に設定するとか、駄目な重役も居るからー。是非もないよネ」
「……まったく」
「ま、情報収集はお姉さんがやっておくよー」
「ああ、頼む。…………なあ」
「ん?」
「今日の戦いは、クゥドゥームーの名を汚すものではなかった、だろうか」
「いい線いってたと思うけどー?最短コースならもうちょい捨て駒は少なかったかもしれないけど、確実性考えたらベストだったと思うしー」
「……そうか。ありがとう」
「気にしない、気にしない。それじゃ、良い子は寝る時間ですよー」
「良い子と言う歳でもあるまいに……」
 手元の端末を操作し、エサイアスが部屋の電気を消す。
 しっかり整えられたシーツと、掛け布団を動かすゴソゴソという音だけが聞こえた。

「……クゥドゥームーの名を汚すような戦いをしたら、速攻消されるのは私よ。こんだけ馬鹿騒ぎしても大丈夫なんだから、貴方はよくやってるわ」
 本当に、小さな声。返事がない以上、それがエサイアスの耳に入ったかどうか、定かでは無い。
 もっとも。
 仮に耳に入っていたとしても、彼がそれに何かコメントすることがないことを、『彼女』は知っていたから。特にそれが、二人の関係性に今更、影響を与えることはない。

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最終更新:2017年08月27日 16:03