小説 > 飛燕たちの慟哭1ー1

1話 白夜の明星

北極圏は日が沈まない。薄暗い夜は続き凍てつく空気に雲は流されていく。いくつもの白夜を見てきた氷達は薄明かりに照らされて桔梗のように青紫色の輝きを放っていた。
北極圏付近に本社を建てているバビロニアタスクは日が昇っていても時刻的には夜であったので明かりが消え周りの氷のように佇んでいる。夕食終わりの社内。まだ消灯時間ではないので和気藹々と社員バーや談話室で仕事の愚痴や恋、家族の団らんをとっていた。その居住スペースより奥に当直室があった。このご時世夜に会社を閉めるということができず24時間体制で会社を回していなければいけなかった。国家は消失し企業がその代わりをつとめる時代。そして企業間の間で武力抗争が起こる時代。いつ敵襲が来ても対応できるように警戒する必要があった。
当直室は広く30人ほどがくつろいでいた。皆暗いオリーブ色の厚手のジャケットを羽織り、背中と左肩に尾が大きく描かれたツバメのエンブレムをつけていた。バビロニアタスクの部隊、スワローテイルのメンバーだ。ほとんどの人間がバビロニアタスク主力兵器であるマゲイアを操縦する人間で老若男女様々な年代が戦いに備えて待機していた。が、場所が場所なのでスクランブル発進という事態が少なく皆深夜手当てが入ったら何をしようかと考えながら賭け事をしたり読書をしたり音楽を流していたり社員バーよりも好き放題にやっていた。
その中で一人ポツンと部屋の隅でのんびりお茶を飲んで戦いに備えている男がいた。彼の襟元は皆のそれではなく瞳の色と同じような空のような青色で左胸に鳥が羽を広げたような少し濁った金色のバッジをつけていた。他とは違う彼、ジン・ヤマノシタはマゲイアより強力な人型兵器テウルギアを操縦するパイロット、テウルゴスだった。

「……眠いなぁ。 エミヤ、 1時間仮眠したい」

ジンは小型の端末を取り出し話しかける。端末のスリープモードが解除され光った画面の先には金髪の女の子が映っていた。テウルゴスの相棒と言える存在、疑似人格のレメゲトンと呼ばれる存在だった。エミヤと呼ばれた少女はゆっくり微笑みおやすみなさいと声をかけタイマー起動の画面を表示させる。早速うたた寝をはじめるジンを見ながら机の角で顎をぶつけないかと少し心配そうに眺めていた。

「よお! ジン君元気かな!!」
「痛…………」

突如現れた初老の男に背中を叩かれぶつかりそうだった顎を思いっきりぶつけてしまう。エミヤもジンもはっとしたような顔をして背中を叩いた男をみる。彼の名前はアンドリュー・エリック。なんの悪気もなくニッコリ笑っている。

『アンドリュー、 あなたはいつもそう。 ジンを虐めないで』
「ん? 俺がなんかしたか?」
『あなたのせいでジンは顎をぶつけてしまいました。 謝ってください』

アンドリューが見ると痛そうに顎をさすっているジンがいた。ぶつけた患部は少し赤くなり晴れている。アンドリューは慌てたように患部を撫で上げその手を宙へとあげる。

「な、 何ですか?」
「何ってこうすれば痛くなくなるってよく言うだろ」
『……ジン、 子供扱いされています』
「え?」

ジンはよく分かっていないようでキョトンとしている。額をぶつけたおかげで半分目が覚めたような思考のなかゆっくりと考えようやく自分が茶化された事を自覚する

「ボクは子供じゃないですよ!」
「反応おせーよ!」

再び背中を叩かれる。突っ込みにしては痛い。叩かれた場所は次第に痒くなり「もー」と言いながら背中をさする。微妙に届かない位置がありやきもきしたときだった。
突如響く目覚まし時計のようなサイレンが痒みを忘れさせる。緊急事態だ。

〔各個隊員に告ぐ、 各個隊員に告ぐ、 東部レーダーサイトより入電、 東部レーダーサイトより入電。 所属不明機体接近中、 所属不明機体接近中。 間もなく主権領域に到達。 各個スタンバイ、 各個スタンバイ。〕

一斉に整備班が走り出す。テウルギア、マゲイアを機動させ、アイドリングモードにさせ始める。
レーダーに引っ掛かったからといって主権領域を侵すとは限らない。どこぞの企業の挑発という線もある。先ほどまで和気藹々としていた隊員がすべての作業をやめ当直室の端におかれた赤い電話を見守る。電話の隣にはアンドリューがいた。険しい顔つきとなり先ほどとは別人のようになっている。
短いコールがなる。アンドリューは受話器に耳をあて指令を聞く。ジン含め全員が生唾を飲む音が聞こえてくる。

「スクランブルっ!!」

アンドリューが叫ぶ。同時にガレージの赤色灯が一斉に回転し出撃のブザーが響き渡る。伸ばしていたゴムが元に戻るようにパイロット達は一斉に走りだし自分に割り当てられた機体に乗り込み射出されていく。

「ボヤボヤするな、 こいつは時間が命取りになる」

通信機越しにアンドリューが叫ぶ。ヘリ型マゲイアハミングバードに乗り込んだアンドリューは遥か遠くの空だ。ジンは自機であるPSホークに乗り込み発進の瞬間を待つ。

『テウルゴス、 ヤマノシタ・ジン認証。 PSホーク、 いつでも出せます』

エミヤが無機質な声で告げる。テウルギア発信用信号機が赤から緑に変わった瞬間ジンはPSホークを発進させる。
他のテウルギアより重く、醜い化け物のような機体はその重力に逆らうように走りだし辺りの氷を粉に変えながら皆の後を追った。

最終更新:2018年05月15日 03:05