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ある色男の受難 -01-
written by 樽



青銀の巨人が疾駆する。
進行方向から吹きつける銃弾の嵐に、巨体は牽制の銃弾を返しながらサイドスラスターを短く吹かし、不規則な機動でそれを掻い潜る。
回避しきれなかった数発がその装甲を抉るが、弾をばらまく武器の単発の威力は高くないのが世の常だ。
追いすがる火線を可能な限り回避し、リロードのタイミングに合わせて前身。ダメージを最低限に抑えつつ、距離を詰める。
そこからメインスラスターで一気に加速。あらかじめ目星を付けていた瓦礫の影まで、敵のキルゾーンを一息で駆け抜ける。
火線が途切れ、一つの難局を乗り越えた事にまずは一呼吸。ここまでは作戦通りだ。
それに安堵しながらも、隠れるのと同時に機体はライフルを肩のハンガーに固定し、白兵戦闘用のブレードに持ち替えている。
銃弾が瓦礫を叩く音が止むのと同時に機体をそこから飛び出させると、

目の前には、大上段に大斧を振りかぶった鬼神が居た。




「ま、また負けた……」
《You Lose》と表示された自分の画面から目を背け、うなだれる茶髪の青年。
 童顔ではあるが整った顔、線の細い体躯。ラフながら小洒落た服装も含め、ファッション紙のモデルと言われても納得する程度には外見が良い。足元に放り出したコントローラーから伸びた充電用コードは、目の前のモニターに接続されたゲーム機につながっている。
『デウス・エクス・マキナ』
 ライフ・スマイル・カンパニーズ製の、テウルギアを題材にした対戦ゲームである。実在する機体のパーツを自由に組み合わせることで自分の理想の機体を作成し、当然対戦する事も出来る。下手なシミュレーターよりシミュレーターらしいと関係者には好評だったが、追求されすぎたリアリティは一般には受け入れられなかったらしい。ネットワーク対戦にも対応しているが、現在は贅沢にモニター二枚を用意した二画面対戦モードである。
「うんうん、マイルくんもだんだん上達しているようでわたしも嬉しいよー。」
 ニコニコと満面の笑みでもう一つのコントローラーを握るのは、褐色の肌に、灰のように白いショートヘアの痩せぎすの少女だ。大きめのTシャツにショートパンツという、少女が若い男性を前にするにはいささか無防備な服装だが、この部屋に居るのは二人だけではなかった。
『うう……マイルさん、惜しかったです……』
 マイルと呼ばれた青年の隣に置かれているタブレット端末。その画面にはマイルの敗北を我が事のように悔しがる黒髪の少女が映っている。
『私ではもう、リグどころかマイルさんにも勝てそうにありませんね……』
 もう一台、こちらは今しがたリグと呼ばれた白髪の少女の傍に置かれた端末に映る、金髪の女性が発した言葉だ。
「ありがとう、エク。次こそは勝ってみせるからね。」
『お、おおお恐れ多いです!!でもマイルさんなら出来ます!!信じてます!!』
 苦笑しながら礼を言うマイルに、エクと呼ばれた黒髪の少女は酷く恐縮しながらもエールを送る。その一方で、
「ミトラには向上心が足りないと思うなー。」
『レメゲトンの個性は先天的なものですから。』
 ミトラと呼ばれた金髪の女性は、リグのジトッとした視線を意に介さず、自分はそういうものだとスルーを決め込む。リグも今更といった様子で、軽く肩をすくめただけで先程の対戦の内容に話題を転換した。
「さて、マイルくんもそろそろ『あっ、やべっ』って感覚が掴めてきた頃じゃないかな?」
 唐突に問われた内容にマイルは少し考えると、心当たりがあったのか納得したように答える。
「ああ、うん。回避の方向を間違えた時とか、たまに攻撃が来る前に負けた感覚が来るね……。」
 予感と言うか直感と言うか、例えば高所から足を踏み外した瞬間のような、まさに「あっ、やべっ」といった感覚。マイルはこれまでの対戦で何度か明確にそれを感じ、その直後、予想通りに機体を爆散させていた。
「よしよし。あとはその瞬間に硬直しないで気合で回避行動が取れればギリギリ合格ラインだねー。」
「気合って……」
 無茶苦茶言うなあと思いつつも、直感と同時に全力でサイドブーストを反射的に吹かすだけでもいくらか生存率は上がる、との言葉に納得もするマイル。
「ちなみにその状態から瞬間的に最善の選択をするのが次のステップ、その状態にまで様々な選択肢を持ち込むのがさらに次、最終的にはその状態に陥らないのが目標だね!」
「志が高すぎる……!」
 言葉にすれば簡単そうに聞こえるが、どれだけ困難なのか想像もつかない目標に、マイルは顔をひきつらせる。ちなみに具体的な方法としては、
「まあ、というわけでマイルくんには『やべっ』を何千何万回と経験してもらって、うまく『やべっ』な状況を回避出来るようになってもらいたいわけなのだね。」
 スパルタである。

「しかし、シミュレーターとかなら兎も角、こんなゲームで本当に訓練になってるの……?」
 コーラを一口とポテトチップスを軽くつまみ、ティッシュで手を拭いながら、マイルは年下の先輩に尋ねた。
 テウルギアと呼ばれる人型戦闘兵器。彼らはテウルゴスと呼ばれるそのパイロットである。彼らの雇い主であるヴェーダは技術に重きを置く企業であり、本拠であるこの施設にも当然戦闘シミュレーター類は完備している。実機の操作機器やモニター類を完備したシミュレーターの方が訓練にはなるのではないか?というかこれやっぱり単なる遊びなのでは?というのは当然の疑問である。
 問われたリグはちょうど袋の底に残ったポテトチップスの欠片をザラザラと口に流し込んでいたところで、慌てて噛んだり飲んだり流し込んだりと一通りあたふたした後、ようやく落ち着いた様子で答える。
「シミュレーターはあくまで操縦練習、対人経験を積むという意味ではシミュレーターよりも重要……というのは建前で、実はわたしがシミュレーターを使えないんだよねえ……。」
 苦笑いで言う内容に、マイルは若干の驚きと納得を示す。

 リグ・ヴェーダ・アート。
 ヴェーダの誇るトップエースであり、その技術の結晶。ありとあらゆる強化を施された肉体は、その五感からして常人とは異なる次元に居る。そんな彼女の場合テウルギアの操縦席すら専用であり、汎用型のコックピットを模したシミュレーターは使えないのだそうだ。
「リグちゃん専用のシミュレーターとか作れないのかな?」
「試してはみたんだけど、やっぱり擬似的に作られた感覚だと違和感が酷いんだよねえ。」
 敵のアクチュエーターのノイズまで再現しろとか流石に無理でしょ?と苦笑するリグに、そりゃ無理だろうね、などと答えつつ、そんなものまで感じてるのかと冷や汗をかくマイル。そんな彼の隣、エクの入っている端末から、先ほどとは打って変わった威勢のいい声が上がる。
『ああもう、いつまでも話してないで続きやろーぜ!』
 画面に映る彼女の容姿に変化は無いが、その表情は一変していた。先程までのおどおどとした雰囲気とは真逆に、偉そうに腕を組んで好戦的な笑みを浮かべている。
「お、次の相手は“アルちゃん”かな?」
『応よ!リベンジマッチだ!レメゲトンの真の力を見せてやるぜ……!』
 レメゲトン。テウルギアの制御を担う超高性能演算装置、及びその一基一基が保有する仮想人格。
 なのだが、現在はその超高性能が対戦ゲームに費やされていた。その浪費に苦笑するマイルがアルに急かされるまま、コントローラーのコードを彼女の入っている端末に繋ぎ変える。専用の変換コネクタまで用意されている徹底ぶりだ。
『いよっしゃ!刻んでやるぜ!!』
「お手柔らかにねー。」
 開始と同時、アルが近接戦闘に特化して構築された機体を迷いなく突っ込ませる。
『相変わらずアルは接近戦しか出来ないのねえ……。』
「そのために生まれた人格だからね……」
 その様子を見ていたミトラの嘆息に、マイルは複雑な表情で答える。

 レメゲトン“エク”は多重人格である。
 ヴェーダの好奇心に基づき、実用性などの意義は後付で行われた実験によって、彼女は複数の人格を得るに至る。
 レメゲトンの戦術に対する嗜好は個体差があることは知られていたが、一体のレメゲトンに複数の人格を持たせることで、それを切り替える事が出来るようになったのだ。
 なお、具体的なプロセスとしては人間のそれと変わらない。要は虐待である。
 “近接戦闘が出来ない”エクの人格を徹底的に詰り、否定し、踏みにじり――その結果として生まれたのが“近接戦闘が得意な”アルである。同様に、“射撃戦が得意な”ドライ、“狙撃が得意な”フィーア、“索敵が得意な”フェムといった個性的な人格が次々と生み出された。
 なお、その代償として主人格のエクは精神に多大な傷を負う事となったが、ヴェーダとしては些細な問題であった。
 この実験の結果、人格を切り替えることであらゆる戦況に対応できる万能のレメゲトンが誕生したかに思われたが、ここで問題が発覚した。
 それぞれアクの強い個性を持つ彼女たち全員のお眼鏡に叶うテウルゴスがなかなか見つからないのだ。
 そこで探し出されたのがマイル・オスロである。彼は『訳あり』な女性をどうしても放っておけないたちであり、学校、サークル、バイト先――彼が所属したあらゆるコミュニティは、彼を巡る女性同士の諍いによって壊滅していた。その魔性ぶりはヴェーダの探し求める人物像と合致し、結果、ついに後輩の女性(自称・前世からの妹)に刺され、入院していた所をスカウトされる事となる。
 彼はすぐさまエク達全員の厄介なハートをそれぞれ鷲掴みにし、良好な信頼関係を築き上げた。結果的には最高の人選だったと言える。元が一般人だったため、抜擢から暫く経った今現在もパイロットとしての腕は未だに半人前、という唯一にして最大の問題に目をつぶれば、だが。
 マイル自身もその問題は重々承知しており、ヴェーダのエース、アレクトリスでも十指に入るランカーのリグに教えを請わんとして――その結果がこの流れである。
 そして、マイルがそんな事を考えている間に、アルの操る近接特化機はとっくに爆散していた。

『がーっ!!逃げんなよー!!』
「逃げなかったら斬られるじゃん……」
 苦笑いでアルの理不尽な文句をスルーするリグ。近接攻撃に特化したアルの機体には当然接近するための機動力も確保してあったが、地形や着弾の衝撃に阻まれ、時には不意をついて真横をすり抜けられ、速力に劣るはずのリグの機体に全く攻撃を当てる事が出来ずに敗北した。
「確かに君たちはそれぞれ特化した強みを持つけれど、逆に言えばそれにさえ注意しておけばいい、という弱点でもあるんだよ。」
 お小言とか柄じゃないけどさ、などと言いながら始まったアドバイスに、マイルは頭を切り替えて真剣に耳を傾ける。アルはしばらくぶつくさ言っていたが、急に静かになったので人格が交代したのかもしれない。
「高ランクのテウルギアにも特化した機体構成のやつは少なくないけど、そいつらは技量か戦術、もしくは戦略的な次元でその状況に確実に持ち込む事が出来て、なおかつその状況で確実に相手を仕留められるヤツだ。君たちの場合は特化した機体を組んでも、そこから逃げるわたしの技量に届いてない。まして実戦なら君たちのテウルギアの装備はあくまで万能型だから、その状況で確実に仕留めるというのも難しいだろうね。」
『では、どうすればいいんですの?』
 黙り込んだアルの代わりに、いかにも高飛車といった口調で問い返したのは射撃戦特化型のドライだ。ちなみに彼女も遮蔽を巧みに使って懐に潜り込まれ、惨敗を重ねている。
「強いやつは誰だってテウルゴスとレメゲトンの勝ち筋ってのがあって、それを通す事に特化させた機体を使っている。君たちは人格を切り替えることでなんでも平均以上にこなせるが、機体の方にそれを勝ち筋として通すだけの力が無い。ここまではいいね?」
「『はい』」
 マイルたちのテウルギア、『ルドラ』はそのレメゲトンであるエクたちの特性を活かし、あらゆる距離での戦闘に対応出来るように設計されている。狙撃も射撃戦も白兵戦も出来るが、それ故にそのどれもに特化していない。レメゲトンの人格を切り替えたところで、それに特化した機体とやりあえば確実に敗北するだろう。
「じゃあ後は簡単。今の私と同じことをすればいいんだよ。要は、相手がやりたがってる事をやらせない。勝ち筋を潰す。近接型からは逃げて、射撃型なら距離を詰める。相手のやりたい事に付き合わない限り、君たちはいつでも“平均以上の技量を持った”敵になれる。」
 マイルくんはそろそろ解ってきた頃だろう?と尋ねるリグに、マイルはまあ何となく、と頷く。幾度か実戦を経験し、機体とレメゲトンのスペック頼りでなんとか生き延びて来たものの、そろそろ自分なりのスタイルというものを確立しなければならないと思っていたところだ。
「同じ万能型と当たったら、その時に相手がやりたがってる事を潰す。こればっかりはマイルくんが対人経験を磨くしかないね。エクちゃんたちの弱点としては同時に二つのことが出来ない事だけど、まあ上手く立ち回ればそこまで致命的にはならないんじゃないかな。」
「ありがとう、頑張ってみるよ。……ちなみにテウルゴスとしてのリグ先輩の勝ち筋ってのはどんな感じなんですかね?」
 興味本位で訊いてみたところ、「常人には不可能なスペックを最大限発揮してのゴリ押し」という酷い答えが返ってきて、マイルは訊くんじゃなかったと少し後悔した。
『……あの、それはいいんですけど、結局私達がこのゲームでリグに勝つにはどうすればいいんですの?』
「勝ち筋を潰しに来る私を相手に勝ち筋を通せるだけの技量を身につけるしか無いねー。」
 あっはは、と笑うリグに、端末の画面でがっくりとうなだれるドライ。
 唐突に警報が基地中に鳴り響いたのは、そんなタイミングであった。

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最終更新:2017年09月25日 21:37