警告:このSSは「テウルギア」の設定が完全に構築される前に作成された、プロトタイプSSです。最終的な世界観・設定とは齟齬がある可能性をご了承ください。
Dancing_on_hands; -02-
written by せれあん
「スカウト2、目標を光学ロックオンによりマーク。……距離6100……6000……っ、敵機体の降下を確認……着地しました」
「セオリー通りの、テウルギアによる作戦開始か……スカウト2、敵は他に何か降下しているか?」
「いえ、見当たりません。敵テウルギアにマーカー、エコー1を設定。敵輸送ヘリにマーカー、エコー2を設定しました」
「各自、聞こえたな。エコー1からの攻撃に備えろ」
先ほどよりはかなり鮮明な、それでも砂嵐に邪魔されたり、あるいは通信ノイズのせいか、若干乱れた画像が定期的に更新される。
その動きは、最早記憶の片隅にしかない、学生時代にノートの切れ端で作ったアニメーションを彷彿とさせた。もっとも架空のキャラクターを動かしていた落書きと違い、被写体は実在するし、これから自分たちと命のやり取りをするわけだが。
「エコー1、着地。……前進の気配はありません」
「見えている。これ以上画像は拡大できないか?」
「手持ちのカメラでは限界です」
「ふむ……」
距離にして約6km。肉眼では兎も角、光学機器を用いれば鮮明に姿が見えてしかる距離ではあるが、砂嵐や、それに伴う光量不足のおかげで、それは望めないようだった。
もっともそれは、敵にとっても索敵の効率が低下するわけだから、条件としてはイーブンだ。いや、むしろ待ち伏せする側にとっては有利に働く以上、文句を言えるようなことではない。
「動いているな、攻撃の準備をしているのか」
「細かくは目視できませんが、おそらくは……エコー1発光!」
「総員、注意!」
次の瞬間。轟音が街中に響き渡った。言うまでもなく、着弾音だ。事前に情報のあった滑腔砲を用いての間接照準、射撃だろう。
チェンドラを含む、ラムダ・チームが隠れているのは平屋の、かつてはスーパーマーケットだった建物だ。通常の用途の建造物としては十分頑丈な部類だが、戦闘になれば心許ないし、近くに着弾があれば相応のダメージを受ける。
「くっ……着弾地点を報告せよ」
「シグマ2より報告、座標D5N付近に着弾……これはっ」
ある意味、覚悟はしていた。それでも、唐突な報告に、チェンドラは血の気が引くのを一瞬感じる。
「こちらラムダ・リーダー、アルファ・チーム、応答せよ」
努めて冷静に。押し殺すような声で。そう問いかけるのが精一杯だった。だが、アルファ・チームからの応答はない。むしろ届くのは、他チームからの無情な報告だけだった。
「ベクター4より報告、アルファ・チームの待機していたビルの倒壊を目視しました」
「スカウト1、同じく。ビルの大半が消失」
「くそっ……アルファ・チームは戦闘不能と推定する」
作戦の内容上、想定していたことではある。敵が遠距離からの砲撃を初手として使用する以上、着弾地点には誤差が出る。
つまるところ、敵にとって、そして味方にとっても、どこに攻撃が当たるかは運次第であり、一発目でチェンドラが痕跡すら残さずに散っていた可能性も、ないわけではなかった。
だが、それにしても――広い市街地の中で、敵が「狙ってくる」場所は避けて配置していたのに、部下の居るビルに直撃とは、不運にも程がある。敵とて不本意だろうが、それどころではない。
「スカウト2、エコー1の発光を確認!」
息をつく暇もなく、再び轟音が街を揺らした。先ほどの着弾よりも、チェンドラの居る場所に近い。着弾の衝撃に備え、全員ヘッドギアを装備しているが、それでも衝撃波で顔をはたかれたようにすら感じる。
衝撃で飛んでくるリスクを回避するため、スーパーマーケットの窓ガラスを全て破っておいたのは、正解だったようだ。
「スカウト1、着弾地点はA2C、ダミー1の地点です。直撃を観測」
「……今度は当ててきたか」
ダミー1、すなわち、テウルギアに偽装した資材・装置を隠蔽した、今は使われていないガスタンクに直撃させたということだ。
「スカウト2、再びエコー1の発光確認、砲撃です」
三度、街が揺れる。正直なところ、心臓が握られたような気分でしかない。それを表に出すわけにはいかないが。
「スカウト2より報告、ダミー3のビルが倒壊」
「優秀だな、敵は……。クシー・チーム、アルファ・チームの捜索は可能か?」
2連続で「ダミーに」当ててきたとなれば、アルファ・チームの居るビルが攻撃されたのは、こちらの作戦が読まれたからではなく、本当に悪い偶然だったと断定して間違いなかろう。
否、いくら目標が静止しているとはいえ、数km離れた間接照準による射撃で、この砂嵐の中で一発目で当ててくること自体、確率は低い。もしそうなら、次弾でも、仲間の誰かが吹き飛んでいる筈だ。
だとすれば、相手にこちらの存在を気取られるリスクは、敵との距離がある、むしろ今の段階のほうが、敵がダミーを破壊した後よりも低い筈だ。生存者が居る可能性は高くはないが、同時に、救助できる可能性もある、という気にもなる。
「クシー1、了解。クシー4・5を向かわせます」
「了解、作戦に支障が出そうならすぐに呼び戻せ、判断はクシー1に任せる」
「クシー1了解。聞いたな?」
そう、作戦の成功だけを考えれば、アルファ・チームの救援はすべきではない。だが、特務部隊として、仲間を失いたくないという思いは共有している。
必要ならば仲間を切り捨てるし、過去にそうしたこともあるが、支障が無い範囲で可能な限り救うのも、また必要なことだと……ある意味、自己欺瞞も含めて、そう判断することにした。
――無論、それに反対する部下はいない。
「スカウト2、エコー1、発光!」
振動。屋根から小さいコンクリートの破片が降ってくるのが、妙に気に障る。
「スカウト1より報告、着弾点G8S、ダミー4より1ブロック北です」
「外したか……」
「隊長、サレディーの採掘部隊が無線で救援信号を出しています」
すぐ横で観測機器を操作していたラムダ2――主に電子戦や通信のエキスパートであるホセが、通信機を介さず、チェンドラに直接問いかける。
「放置しろ。……奴らは、囮だ」
故に、通信を通さずに返す。このやりとりは、最低限の範囲……ラムダ・チームだけが知っていればいい。
「了解」
おそらくホセは、チェンドラがそう言うことを見越していたのだろう。
いくら作戦として事前に周知していたとはいえ、まがりなりにも友軍である同盟企業の人員を見捨てることを、あえて通信で広言させないための配慮、と言うべきか。
「スカウト2より、エコー1より複数の飛翔体発射……数4」
「有線誘導ミサイルか?」
「その可能性が高いです。……ロケットモーターの光を確認。小型弾頭、こちらに来ます……市街地に着弾します!」
先ほどよりは軽微な、くぐもった音が街中に響く。
「ダミー4への着弾を確認、ビルが全壊しました」
「さて、ダミーは全て破壊された、と……」
「スカウト2より、エコー1が何かを投棄しました。ミサイルコンテナか、長距離砲か、あるいはその両方と思われます」
「了解。そのまま注視せよ、前進してくるようなら報告を」
「スカウト2、了解。……前進の気配なし、エコー1は静止しています」
さて、敵はどう出てくるか。
普通に考えて、有線誘導ミサイルはコストが高い。滑腔砲を当てられるならそちらにした方が無難だ。とはいえ、テウルギアによる有視界射撃では、せいぜい数km先の目標までしか正確な着弾観測はできない。
――ヘリによる着弾観測を行っていたが、何らかの理由でそれを止めたのか。あるいは滑腔砲の弾が切れたか、不調になったか。とはいえ、有線誘導ミサイルを纏めて撃ってきたということは、ダミー4を一撃で破壊する算段があったのだろう。
しかし、敵の目的はこちらの戦力(ダミー)の破壊だけではない筈だ。とすれば――。
「ラムダ4、高出力レーダー照射を確認。アーセナル・インダストリーの仕様と推定」
電子戦担当が慌てて、パッシブレーダーにカバーをかけながら叫ぶ。あまりに高出力なレーダー照射を受けた場合、パッシブレーダー装置の反応性の高さが仇になる可能性があるからだ。
「ラムダ・リーダー了解。各員、対レーダー装備を厳に。スカウト1、2は光学機材に乱反射シャッターを」
とはいえ、いかに高性能兵器なテウルギアとて、よほど索敵機能を重視した構成でなければ、歩兵規模の装備をレーダーで検知できる確率は相当に低い。ましてや距離があれば尚更である。
とはいえ、念には念を入れるべき、ということで、レーダー波を乱反射するシートを、隊員達には装備させているしている。また、双眼鏡のようなレンズを用いた機器の反射光も敵に発見される要因になるため、ここから先はシャッターは必須になる。
「敵は慎重だ。尻尾を掴まれるなよ。無線通信はラムダ・リーダーが使用するまで封鎖を厳に。有線通信も以後、重要事項のみにすること」
「「了解」」
敵はたった1人――いや、テウルギアにはレメゲトンという、人格を模したOSが搭載されているというから、それもカウントすれば2人――である。輸送ヘリはおそらく前には出てこないだろう。何のメリットもないからだ。
人数で言えば、こっちは軽く10倍以上。だが戦力差は――いや、既に失った隊員が5名いるから――そういえば、最後に隊員を失ったのはいつだったか――。
益体もない思索が頭をよぎる。だが、即座に思考を呼び戻す。感傷に浸っている暇など、戦闘中にある筈がない。
さりとて。敵が何の動きも見せないのでは、打つ手は限られている。いや、何もできないと言っていいだろう。敵との距離がまだ5km以上離れている現在、敵に不意打ちを与える方法など存在しないのだ。
緊張のあまり時間感覚が狂いそうになるのを、PIDの時計を睨むことで回避する。10秒。20秒。おそらく敵のパイロットも、同じようなに緊張を抱いて、コクピットで状況の変化を待っているのだろうか。
否、あちらからすれば「作戦は上手くいっている、だが何か臭う」と言ったようなところだろう。単に警戒心が強いだけなのか、或いは優秀な勘を持っているのか。どちらにしても、面倒な話だ。
故に。
「スカウト2より報告、エコー1接近。レーザー測定ができないので不安定ですが、推定120……いえ、150秒で市街地に入ります」
その報告には、ある種の安堵をすら感じる。敵が近づいてくる以上、危険度は間違いなく上がっているのだが。
それにしても――。
「150秒……テウルギアにしてはかなり遅いな、やはり警戒されているか」
いや、レーダー波を照射したり、待機する素振りを見せた時点で、だいたいこうなることは予測できた。こちらの反応を探る、あるいは何かしらのパッシブセンサーを使っていたのかもしれないが。
当初、チェンドラ達が想定していたシナリオの中で、一番簡単なのは、テウルギアがスラスター性能に任せて飛び上がり、市街地中心部、シェルターへの入り口に近い広場に着陸してくれることだった。
そうであれば、容易に罠と3方向からのロケットランチャーによる攻撃で落とせただろうが、そんな生易しい相手ではないことは既に把握している。
「総員、プランB2。本格的な市街地戦だ。……直援のない単体の兵器に、市街地での歩兵の恐ろしさを見せてやれ」
全員を鼓舞するように言い切り、通信を終える。
周囲ではラムダ・チームの面々が慌ただしく、近距離戦闘への備えをはじめている。
「さぁ……かかろうか」
チェンドラ自身も、煙幕展開用グレネードランチャーの安全装置を解除し、再度、装弾を確認する。テウルギアに直接攻撃を行った場合、それこそ致命弾でなければ確実に反撃を受けることになる。煙幕は反撃を回避する手段として、重要な装備だ。
予備の手持ち型グレネードも含めて、最終確認を終え、腰掛けていた食品陳列棚から立ち上がる。
「――神を呼ぶ儀式、テウルギア、か。ならば、奴には死神を呼んでもらおう」
僅かな感傷を込めて呟く声は、誰かに聞かれる必要などなかった。
最終更新:2017年07月17日 00:55