小説 > せれあん > Dancing_on_hands > 03

警告:このSSは「テウルギア」の設定が完全に構築される前に作成された、プロトタイプSSです。最終的な世界観・設定とは齟齬がある可能性をご了承ください。
Dancing_on_hands; -03-
written by せれあん



「ガンマ・チーム……エンゲージ」
 通信機から入った声は、最後は殆どノイズと爆音にかき消されていた。同時に、同じ爆音が聞こえてくる。
 それは、チェンドラ達の想定通りのタイミングの接触だった。
 既に廃墟と化しているとはいえ、侵入経路としてわかりやすいハイウェイを通った場合のプラン、である。ガンマ・チームかの、扇状に斜角をつけた携行用ロケット弾による斉射。あわよくば、それを回避した先にあるクレイモアトラップによるダメージも含めての、文字通りの「奇襲」である。
「煙幕展開!撤収するぞ!」
 ガンマ1の声とともに、先ほど以上のノイズが通信装置に乗る。十中八九、ガンマ・チームの潜伏していた建物ごと、有線通信装置が破壊されたのだろう。
「スカウト1、そこから状況を確認できるか?」
「煙幕が展開されていて、状況確認できません……いえ、エコー1の移動を確認。プラン通りエリアL7Wの大通りに緊急回避しましたが、トラップは寸前で回避されました。勘の良い奴です」
「敵の被害状況は」
「右膝関節から煙を上げていますが、動作はしています、損傷のほどは不明!」
「足に当てたか、流石だ……。あとはうまく撤収してくれていれば……」
 正直なところ、五分五分ではある。だが、今はそれを心配する余裕はない。ある意味、アルファ・チームのように「何もわからないまま攻撃を受けた」わけではない以上、彼らはベストを尽くしてくれたと信じることができる。
「スカウト1、奴は足をとめています。センサーの展開を確認」
「歩兵による追撃を警戒し、熱源センサーで周囲を索敵、か。セオリー通りだな」
「スカウト1、エコー1の浮上を確認。隠れます」
 スカウト1が居るのは、送電線のある鉄塔のかなり高い位置だ。索敵には向いているが、必然的に敵からも見えやすい場所となる。
 奇襲を受けた敵が手練れであればこそ、まず周囲に居るであろう「こちらの目」を潰しにかかるのは必然なのだ。
「スカウト2、エコー1からの小型ミサイルを視認……スカウト1の潜伏地に直撃」
 ある意味、当たり前であり、無情な連絡である。しかし、直後の連絡は、チェンドラにとっては好ましいものだった。
「こちらスカウト1、リペリングにて退避に成功しました。これより有線通信機を放棄し撤収します」
「よくやったスカウト1、無事の脱出を祈る」
 ギリギリだったようだが、スカウト1は撤収に成功したようだ。目を潰されたのは戦術上、決して好ましいことではないが、それは想定の範囲である。
 敵は優秀だが、幸いにして、こちらの想定を超えるほどではない。そして、優秀であるが故に、動きが読みやすい。
 極論すれば、このような状況で、テウルゴス(およびテウルギアのOSであるレメゲトン)がパニックを起こし、非合理的な行動に出るほうがよほど、対処に困るのだ。何しろ相手の行動が非合理的であればあるほど、被害が発生しないよう対応することは難しい。
「スカウト2、エコー1をロスト。PIDからのエコー1のマークが消えます。おそらくはプランB1-4のシナリオ経路と思われます」
 スカウト2は逆に、当初から「敵が来るであろう方向」に特化した、配置と偵察を行わせていた。
 故に、街の中に入ってしまった敵がエコー2を発見するリスクは低いが、逆に、ほとんど索敵ができなくなる。これも人員規模を考えれば仕方ない選択であり、想定済みだ。
 つまり、ここから先は完全に「敵と遭遇した部隊が報告しつつ攻撃をする」というゲリラ戦術に徹することになる。もっとも、敵が逃げなければ、だが。
 否、逃げてくれれば、それでいいという気はしなくもない。
 本作戦の目標は敵の撃破ではあるが、それはあくまで目標である。通常で考えれば、マゲイアを1個大隊、すなわち32機から40機をもってあたるべき存在がテウルギアなのだ。いかに裏をかいた作戦で、こちらが特務部隊とはいえ、1個小隊でどうにかするべき敵ではない。
「ここまでの奴の動きは、正確にセオリー通りだ。おそらく次の手は……」
 言い終わる前に通信機に盛大なノイズが乗る。
「敵、ECMを起動。強度900程度と思われます」
 ラムダ4が叫ぶ。無線機器のノイズを考えれば、直接話すほうがいいのは正しい判断だ。
「やはりな、それにしても思い切ったやつだ。通信状況は?」
「ベータ・チーム、シグマ・チームおよびスカウト2との通信は生きています。デルタ・チームはシグナル受信しますがノイズが激しく不安定、クシー・チームはシグナルそのものが死にました」
 ECM。すなわち、強烈な電波などにより、周囲の電子機器に誤動作を生じさせたり、レーダーを妨害する装置。一般的な電子戦の対抗手段だ。
 PIDなど作戦の根幹に関わる機器には、かなりの強度のECM対策が施されているが、なにしろ急ごしらえの有線通信では耐ECMシールドを施す余裕などないから、通信に支障はでる。
「奴はおそらく、ジェネレーター出力の半分以上をECMに回している。好機だぞ」
 たとえばテウルギア同士の戦いであれば、ECMはあまり役に立たないとされる。携行兵器に多少の不具合を与えることはできても、テウルギア本体は十全なシールドがされている以上、ECMによるダメージはない。
 つまり、多少の無理をしてECM出力強度を上げたところで、「ECMという矛よりも、対ECMシールドという盾が勝る」状況は到底打破できないため、エネルギーの無駄遣いになる。当然、機動性やエネルギーに依存する武器出力は落ちるため、デメリットのほうが大きくなるという算段だ。
 だが、今はこの戦場に、テウルギアは1体しか居ない。少なくとも、敵からすればその可能性が高いと判断している筈だし、実際それは正しい。
 故に、歩兵同士の連携を潰すため、テウルギアそのものの性能を下げてでも、通信や電子機器の妨害に当たる。経験豊富な戦士の、正しい判断だ。
「だが、甘い」
 ――セオリー通りの戦いというのは、読みやすいものだ。
「こちらベータ4、クシー・チームによる攻撃を視認。敵に直撃弾を与えました。クシー・チームは煙幕展開して撤収した模様。ベータ・チームも20秒後に接触します」
 ECM起動直後の、特に機動性が落ちたタイミングを狙っての襲撃。相手は回避に回らざるをえなくなる。だが、機動性が落ちた状態で、安全に――否、安全そうに回避できる場所は、更に限られてくる。
「ベータ1、エンゲージ」
 再び無線から、轟音とともに報告が入る。これでいい。
「うまくいっているな。慢心せず、このまま終わらせたいものだ」
 正直なところ、チェンドラは敵のテウルギア――レッド・サーフェスと言ったか――の搭乗者(テウルゴス)を、高く評価している。敵味方あわせて知りうるテウルゴスの中でも、間違いなく上位10人には入るだろう。
 奇襲を受けてセオリー通りに戦い、更に泥沼にはまる。なるほど、今の彼のおかれた状況は決して良くない。知識が無い者なら敵を愚か者と唾棄するだろうが、それは違う。
 奇襲を受けてもセオリー通りに戦えるのは、鍛錬によるセオリーの習熟と、こういった場合での冷静さを兼ね備えているからだ。
 セオリーから外れた行いというのは、だいたいハイリスク・ハイリターンになるか、あるいは本人が見落としているリスクの塊でしかない。つまり、戦闘における「セオリー」というのは、つまるところ「平均的に良い結果を出すための手段」なのだ。
「全くもって、こんな戦場で出会えたことを感謝すべきだ」
 今回はたまたま、上層部その他のお膳立てがあり、セオリー通りに動く敵を、セオリーを逆手にとって「嵌める」機会があったから、今のところ優勢になったにすぎない。
 もし、この敵に、偶発的、あるいはお互いを認識した状態で正面切って戦うことになったら、どれだけの被害が出るかもわからない。「シンプルに強い敵」の恐ろしさは、そういうところにあるのだ。
「こちらクシー1、仮集合ポイント4に到着。ガンマ2、3と合流しました」
「他のガンマ・チームはどうした」
「はっ、ガンマ1が撤収中に腕を骨折、および退避中に重傷のアルファ5を回収、ガンマ4とガンマ5が応急措置をしています。助かるかは半々です」
「……そうか。無理せず待機と治療を」
 アルファ・チームが1人とはいえ、生きていた。いや、他のメンバーも生きているのかもしれないが、流石にこの状況で捜索命令は出せない。
「ECM低下、ほぼ0です」
「デルタ2、襲撃ポイント4B付近で敵テウルゴスを視認。左腕をロストしています。右膝は煙を噴いたままですが機動性の低下は見られません。携行武器は右腕のライフル、および何かしらの背部格納武器と推定」
「デルタ・チーム、いけ」
「了解、ゴーゴーゴー!」
 敵の戦力を削りつつあることが、実感となって湧いてくる。
「デルタ・チームからの信号途絶」
 ――さて、どれくらいダメージを与えたか。
 ロケット弾をまだ撃っていない攻撃チームは、自分を含むラムダ、およびシグマだけだ。輸送ヘリの都合上、複数回分のロケット弾は持ち込めなかったし、一撃離脱は繰り返すと過度な疲労や消耗を生む。
 残り2波の襲撃で、奴を潰せるか。ここまで来れば分の悪い賭けとは言いがたいが、安定して勝てるような状況でもない。アルファ・チームが無事なら、という考えは早々に遮断する。

 だが。
 ここに来て、チェンドラ達にとっての、二度目のイレギュラーが発生した。

「シグマ1より、エコー1、浮上。高度を上げています。目測200」
「何?」
 テウルギアは「空を飛べる」兵器だ。とはいえ、航空機やヘリのように、飛行を目的としているわけではない。あくまで機動性の一部要素として、三次元の跳躍や移動ができるに過ぎない。
 そして、どのような物体であれ、地球上に居る限りは、重力の制限を受ける。つまりそのうち落下する。着陸の瞬間には、機体にかかるモーメントが飽和するため、機動面において無防備になる。そこを歩兵に狙い撃たれれば、それこそ致命弾を受ける確率は高い。
 いや、あるいはスラスター量を調節すれば空中を低速度で飛行し続けられる機体もあるが、この状況でそれをやるのはロケット砲の的になるのと同義であり、敵はそのような愚か者ではなかった筈だ。
「何を……考えている?」
 敵が撤収するのか。それは1つの選択肢だろう。待ち伏せされ、地の利を徹底的に生かした戦術で叩かれたのだ。
 あるいは内部のセンサー等に不具合を生じたとしたら、見た目以上に深刻なダメージを負っているのかもしれない。
 しかし、事態はチェンドラの予想を超えていた。
「スカウト2より、エコー2が被弾……爆散しました!」
「な……状況を報告せよ」
 冷静に考えれば、報告に対して報告を求めるのは愚かな発言だ。それほどにチェンドラが動揺したとも言える。何しろ、作戦時に想定すらしていなかった事態だ。
「敵輸送ヘリが何らかの攻撃を受けて空中で爆散しました……いえ、これは……テウルギアです、テウルギアを1機視認。こちらに向かってきます、エンゲージまで90」
「スカウト2、可能な限りで敵機を照合。EAAの奴らか……!?」
 単純な消去法ではある。こちらの友軍であれば、わざわざこのタイミングで仕掛けてくる可能性は低いし、もっとマトモな連携がとれる。当面の敵であるクリストファー・ダイナミクス系の機体であれば、奴らにとっての仲間を撃墜する理由がない。少なくとも「高度に絡み合った政治的理由」とでも言うようなイレギュラーでもなければ。
「シグマ・チームは待機、エコー1への攻撃は待て」
「シグマ1了解、待機します」
「スカウト2より、照合……データベースにありました、おそらくEAA系カルタガリア兵工廠所属、ライコウです。データベースをPIDに展開します。以後、エコー3としてマークします」
 同時に、タブレット端末およびゴーグルに情報が展開される。
 テウルギア、ライコウ。テウルゴスおよびレメゲトンの詳細は不明。背面武装を長距離用ブースターで固定し、電撃戦を得意とする機体。
 ――なるほど、この状況にはもってこいか。つまり、レッド・サーフェスを狙っているのだろう。
「さて、どう動くか……」
 そうチェンドラが呟いたのと、ラムダ2が叫んだのは、ほぼ同時だった。
「オープンチャンネルによる無線通信を検知……これは、エコー1がこちらとの交信を求めています」
「何……ふむ……」
 無線による回線を開けば、こちらからも電波を発信することになる。完全な特定は困難にせよ、敵にとってこちらの潜伏場所が把握できるわけだ。
 逆に言えば、こちらからすれば、余程の酔狂でなければ敵と交信などする理由はない。だが、この状況であれば――。
「……回線を開け」
 一瞬の逡巡はあったが、そう言い切る。何かを言いたげなホセ(ラムダ2)の顔を、あえて無視する。
 通信機から聞こえてきたのは、やや低めの、若い男の声だった。
「……こちらレッド・サーフェスのテウルゴスだ。規定により今は名乗れない。手短に言う。貴君の戦術と腕を借りたい。こちらには投降する準備がある」
 すなわち。共闘して、新たに現れたテウルギアを撃破してくれれば投降する、ということだ。

 ――さて、どうするか。選択肢は2つ。レッド・サーフェスを撃墜し、状況を注視すること。おそらく敵の狙いはレッド・サーフェスだけで、我が社の囮部隊に釣られた可能性は低い。そういった欺瞞情報を、わざわざEAAにまで流してはいない。
 であれば、エコー3……ライコウのテウルゴスも、ある程度の状況は把握している筈だ。その上で、どこから歩兵に撃たれるかわからない市街地に踏み込むよりは、レッド・サーフェスを討ち取ったことのみを戦果として帰還する方が理にかなうだろう。
 だが、万が一にも、エコー3が「我々も」ターゲットと見なしている場合、もはやジリ貧ですらない。攻撃力が半減した我らでは、どうにもならない可能性が高い。

 あるいは、レッド・サーフェスと共闘するか。レッド・サーフェスは遠距離砲撃と、こちらからの攻撃により武装の多くを失っている。だが、歩兵との連携で市街地戦に持ち込むなら、勝機はなくもない。
 問題はその後……奴の言う、投降が本気かどうか。如何せん、口約束レベルでしかない話だ。国際条約などというルールは、既に形骸化している。何しろ違反した者が居ても、公平に制裁を下せる存在がこの世には居ないのだ。

 つまるところ。
「どちらのテウルギアに協力したところで、潰されるリスクはありますな」
 ラムダ1、すなわちチェンドラの副官……もとい課長補佐を務めるダグラスが呟く。長い付き合いであり、この程度の思考は共有できてると言っても過言ではない。

 数秒、考える。レッド・サーフェスはアルファ・チームの仇ではある。
 だが、奴にはある種の、「戦場における常識」や「戦士として完成されている」素養があることはわかった。であれば――。
「受諾しよう、レッド・サーフェス。こちらの攻撃可能なユニットの位置を送る」
 PIDを操作する。部下の表情がこわばるのは見えているが、隊長として、こうすべきと考えた。
「――感謝する。貴君等に期待する」
 僅か30秒程度だった通信が、切断された。



最終更新:2017年07月17日 18:03