警告:このSSは「テウルギア」の設定が完全に構築される前に作成された、プロトタイプSSです。最終的な世界観・設定とは齟齬がある可能性をご了承ください。
Dancing_on_hands; -04-
written by せれあん
「スカウト2、エコー3侵入まで5、4、3、2、1、作戦エリアL8Sに侵入……エコー3をロストしました」
「シグマ5より、エコー1が着地。ポイントF4Eを道路に沿って低速で北上しています」
「なるほど……。シグマ・チーム、ポイントF2Nあたりに移動、全力で。エコー3にさえ気取られなければいい」
「了解しました」
「ラムダ・チーム、移動するぞ。ポイントF3Sだ」
「了解」
部下を連れて外に出る。先ほどより幾許か、砂嵐が弱まったようで、空の色は黄土色から乳白色に変わっていた。
日々の訓練やトレーニングを怠っているわけではないが、流石に齢40を過ぎたチェンドラ自身は、体の衰えを感じなくはない。それでも、中程度の装備を担いで、市街地の裏道を走り抜けるだけなら、余程の距離でなければ問題なく可能だ。
移動は500m程。さて、エコー1……いや、レッド・サーフェスはこちらの意図を察してくれるだろうか。
「……っ!?」
肌が焼けるような痛みを感じる。熱線、いや、これは……。
「隊長、エコー1に着弾。頭部が吹っ飛んでいます。プラズマ兵器の類と考えます」
「迷惑な話だ」
単純に、走りながらの会話は肺への負担が大きくなる。そも、プラズマ兵器など、直撃を喰らったら人間は跡形も残らず消し飛ぶのがオチだ。どうにかなるものでもない。
「エコー1浮上、低空を飛行しています」
「……ふむ」
テウルギア単体の戦術で考えれば、火力で負けている機体が、わざわざ市街地戦で敵に身をさらす理由はない。むしろ不利になるだけだ。
にもかかわらず、レッド・サーフェス(エコー1)が浮上したということは。敵の着弾による、我々歩兵への被害を懸念し、敵の射線が上に向くことを狙ってくれたのだろうか。
これが明確な友軍であれば、そう断定するところだが、かいかぶりすぎという可能性もある。だが、少なくとも今のところは、レッド・サーフェスと利害が一致している以上、テウルゴスが「こちらへの配慮」をしてくれている可能性を、わざわざ否定する必要はない。
「今のうちに突破するぞ、急げ」
部下を鼓舞し、廃墟となった街を駆け抜ける。
レッド・サーフェスの発砲音に続いて、道路に薬莢が転がる音が聞こえる。形状こそ歩兵のライフルと大差ないが、大きさは比較にならない武器だ。薬莢だけでも直撃すればただでは済まない。
交戦範囲を大通りだけに絞ってくれているのがわかる。間違いない、レッド・サーフェスは我々が配置する準備を整えている。
――ならば。
信頼、と言うには立場が違いすぎる。
信用、と呼べるほどの状況ではない。
それでも、レッド・サーフェスのテウルゴスとは、ある種の「絆」ができている。命のやりとりをしたからこそ、相手の技量を認め、それに頼ることができる。それは「絆」と言って良い関係性のはずだ。
チェンドラは、そう感じていた。
「エコー1、ポイントF3Cに擱座!」
ラムダ・チームの全員が想定ポイントに到達したのと、ラムダ3が叫んだのがほぼ同時だった。目をこらすと、レッド・サーフェスが巻き上げた砂埃の反対側に動く人影がある。シグマ・チームも目標ポイントに到達した証だ。
「さあ、仕上げだ……」
レッド・サーフェスは左足が吹き飛ばされた状態で、未だに煙を噴いている右足だけで片膝建ちのような体勢になっている。他方、エコー3……ライコウは、レッド・サーフェスの攻撃によりプラズマライフルを破損していた。どうやって当てたかまでは見ていないが、実弾ライフルだけで、高機動型に位置する敵テウルギアの武器を破壊してのける腕は、やはり凡庸ではない。
エコー3が近接戦闘用のブレードを展開し、接近してくる。ライフルで応射するレッド・サーフェス。
けん制攻撃を避け、一旦、ガラス張りのショーウィンドーが残っているビルの影に着地。その瞬間、レッド・サーフェスのライフルが乾いた音を立てる。弾切れだ。
――今だ。おそらく、エコー3のテウルゴスの注意は、最大限にレッド・サーフェスに向いている筈だ。最大の好機だからだ。
「撃て!煙幕展開!」
言い終わる前に、周囲から射出音と、強烈な熱風が襲いかかる。バックファイアを仲間に当てるような粗忽者は居ないにせよ、周囲の建造物などに反射した熱風は避けられない。多少の火傷などはこの仕事では避けられないし、今はそれを気にする時ではない。
同時に手持ちのランチャーを、やや水平より下に向けて撃つ。煙幕グレネードは射出後、コンマ1秒程度で煙幕を出すので、「狙う」必要はない。
目の前に白い煙が広がる。状況を確認する暇などない。ただ、事前に打ち合わせした退避経路から、地下の複合通路――ガスや下水管などを通した共同溝に逃げ込むだけだ。戦闘の行方は追って確認する以外にはない。
「では、貴官の身柄を拘束させていただく」
弾倉を抜いた軍用拳銃を預かりながら、そう宣言する。チェンドラの、テウルゴスへの印象は、「律儀な男だ」というものだった。
拘束は必要ないだろう。武装解除したパイロット1名に後れを取ることは流石にないし、味方を巻き込んで自爆するなら彼にとっていくらでも機会はあった筈だ。
「約束だ、異存ない」
シンプルな返答もまた、その評価に足るものだと感じた。
その後の顛末はこうだった。スカウト2が戦闘の煙がなくなったことを確認後、無線封鎖を解除し、レッド・サーフェスに通信を呼びかけたものの、反応はなかった。
そのため共同溝から出て慎重に接近したところ、動力部が大破し、上半身が消失したエコー3……ライコウと、ライコウによる最後の反撃だったのか、あるいは爆風の余波かで、機能を停止したレッド・サーフェス、そしてコクピットを解放し、そのハッチの上に座るテウルゴスが居た、という状況だ。
思っていたより若い、20台半ばだろうか。この年齢で戦士として熟練しているのは、素質と訓練の賜か、あるいは余程の若さから戦場に身を置いていた少年兵上がりなのか。興味はあるが、今聞く話でもないだろう。
設置した長距離無線設備で本部に回収を要請する。ことは全て終わった。
「撤収するぞ。囮部隊には適当に連絡をいれておけ。周囲の索敵は厳に。どこから敵襲があるかわからん」
――あるいは、「もう街の中には敵が居ない」という判断、それ自体が慢心だった、と言われればそうかもしれない。
唐突に、複数の銃声が響き渡る。
撃たれて倒れる部下。とっさに小銃で反撃を行う、別の部下。
チェンドラ自身も拳銃を抜いて応戦する。奇襲を受けても、心が驚愕するより前に反撃を行う。訓練の賜物であり、チェンドラを今まで生かしてきた技術だ。
「ラムダ2、ダウン!」「エコー4、ダウン!」「エネミーダウン!」
報告が飛び交う中、撃ち倒した相手を確認する。
……当初の情報とは違い、支援火器とボディーアーマーで重武装した、技術者と護衛とされていた兵士だった。
「どういうことだ、これは……いや、それはいい。負傷者の救援を急げ。被害状況は?」
大凡、状況を察しつつも、ため息とともに吐き出すように呟く。
「ラムダ2、エコー4ともに重傷ですがおそらく問題ないかと。エコー1が軽傷。あとは……」
ラムダ1が地面を銃口で指し示す。
「……すまないことを、したかな、これは」
その銃口の先で、アスファルトの地面に倒れたテウルゴスは、頭部と腰に銃創が穿たれ、既にかなりの血が流れている。致命傷どころか、即死なのは明らかだった。
奇しくも砂埃に混ざった空に照らされる血の色は、彼の機体と殆ど同じ色だった。
撤収から約18時間後。
報告書の作成や部下のケア、その他もろもろの雑務をこなしたあと、10時間ほど泥のように眠ったチェンドラが、目を覚ましたのは夕刻だった。
そのまま管理職用の――昔で言うなら「将校用」にあたる――バーに足を運んだ。
節制と、アルコール中毒への危惧から、普段は飲まないことにしている。
だが、飲まずにはいられない、そういう日もあった。
ウィスキーをロックで。人によって表現は違うだろうが、チェンドラはウィスキーの香りを、土の香りだと思っている。
土に帰った仲間を弔うのには、一番いいのではないか。そんな感傷からの選択だ。
「……よう、やはりここか」
小太りで、細長い眼鏡をかけた神経質そうな、白人の男が横に座る。
チェンドラの同期であり、情報部に所属するロドリゴという男だ。
彼の部下を除けば、全幅の信頼とまではいかにせよ、余程のことがない限り、チェンドラを裏切ることはないであろう数少ない、仲間と呼べる長い付き合いの男である。
「……お前か。その様子だと話は聞いてるか」
「むしろお前に詫びに来た」
「構わんよ。お前が俺を嵌めたとは思わん。であれば、お前も騙された側だ」
「まあ、な。だが、騙されましたで許されんのが情報部だからな」
「……何か頼め、俺だけ飲むのは居心地が悪い」
あえて謝罪に対しては何も言わない。
受け入れるかどうかに拘わらず、謝罪したことは奴の職務としてのケジメだと理解している。そして、職務という点においては、チェンドラにとって、謝罪を受け入れることも、あるいは拒否することも、筋が通るわけではない。所詮はお互いに末端の人間だ。
「そうだな……ギムレットを」
「……」
「奴らな、EAAに寝返ってたよ」
「だろうな」
単純な話だ。囮とされていた部隊は、何らかの情報漏洩により、それを認識していた。そして作戦の情報を手土産に、EAAに離反する手はずを整えていたのだろう。先に裏切ったのはアレクトリスの上層部なのだから、非難される筋合いはないだろうが。
「とはいえ、お前さんの部隊を甘く見すぎていたな。最もレッド・サーフェスとお前さんが共闘するとは思ってなかったから、損害を見誤ったのだろうが」
「……」
「で、そのお前さんと共闘したレッド・サーフェスのことで相談なんだが」
「なんだ?……というか、何故俺に?」
「あれのレメゲトンが、お前さんとの対話を求めている。場合によってはお前をテウルゴスにしたいと」
「……何?」
「レッド・サーフェスの『元』テウルゴスがな、お前は信用できる優秀な戦士だと言っていたらしいんだ。機体を停止させる直前までな」
「……そうか」
結果論とはいえ、共闘した戦友を死なせてしまった事実が、殊更に心を重くする。
「レメゲトンが許可しなければテウルギアは使えない。物理的に修復したところでどうにもならない以上、上層部はお前さんに話を持って行くだろう」
「勝手にしてくれ……。テオ-リアとの関係も含めて、どうなるかはわからんぞ」
どちらにせよ、拒否権はない。が、テオ-リアと友好な関係を築く義務もない筈だ。そんなものは勝手にやればいい、と最初は思った。……この考えは、割とすぐに訂正されることになるが。
「あとな、お前さん、昇進するぞ。何せ機密情報を入手がてら、特務部隊を率いて、敵対するテウルギアを1機鹵獲、1機堕とした英雄様だからな」
「やめてくれ、部下を4人と……戦友を1人、喪ったんだ。だいたい機密情報はフェイクだろ」
「部下については……そうだな、すまん。だが、機密情報の入手は本物だ」
「……何?」
「機密情報そのものは実在したんだよ。但し入手元は件のシェルターじゃない。我らが盟主、アレクトリスの諜報部さんがクリストファー・ダイナミクスから盗んできたのさ」
「なるほど、つまり今回の作戦そのものが、クリストファーに居る内通者の存在を隠蔽する意味もあった、と」
「そういうことだ。今の話は明日にはレイヤ5の機密になる、多少フライングでお前さんが知っても問題がない情報だ」
「そうか、まぁ、そうだろうな」
「そんなわけでな、覚悟しとけ。悪いが英雄として目立って貰う必要がある」
「それも仕事か。ふざけた話だ」
「いつものことだろ」
「……まあ、な」
会話が途切れ、グラスの氷が溶けて立てる音だけが耳に残る。
今更、胸糞が悪い、とは言うまい。
――どいつもこいつも、誰かの手のひらの上で踊ってやがる。ならば俺はどうすればい、上手に踊ればいいのか、あるいは――。
そう、あるいは。あのレッド・サーフェスに乗っていた男と同じ世界を見れば、変わるのだろうか。
今まで心に溜め込んでいた「上層部」への反抗心が、レメゲトン、そしてテウルギア――今までは「自分とは違うレイヤーの兵器」でしかなかった存在――への興味へ変わっていくことを、確かにチェンドラは感じ取っていた。
最終更新:2017年07月17日 21:54