『ああ、悲しいな秋月凌駕。そのような目で見ないでくれ』
最愛の女性・
リーザの助けを得て、機構最強を謳われる“英雄”アレクサンドルを撃破した凌駕。
共に疲弊の極みにありながらも、二人の男女は互いを抱擁し合い、生き残ることができた喜びを確かめ合ったが……
僅かな余韻すら感じる事も許されず、彼らは闇の奥から別の存在を感じ取り戦闘態勢を取るのだった。
そこで彼らが目にしたのは、機械と生身が混じり合った、不気味な外見を有する仮面の男の姿。
「―――おまえは何者だ」
凌駕の問いに、仮面の男は仰々しく答える。
『“おまえは何者か”───と?』
『その問いはあまりにも科学的ではない。有史以来、あらゆる哲学者が挑み続けてなお、その解は万華鏡の如く千差万別なのだから』
『我々が生きている世界の戒律……科学とはその逆、万象を単一の解にて定義する事。
科学という支配者の箱庭に生きる私と君の間で交わすのに、相応しくはない命題だ。そうは思わないかい?』
『ただし。“いま目に見えているものが何か”と言う意味に限っては、一言で答えるのも吝かではないな』
『《預言者》───お見知り置きを。己の運命を超越せしものよ』
“アポルオン”……その名称を聞いたエリザベータの表情に隠せない動揺が浮かぶ。
彼女の口から語られるのは、眼前の存在こそが
機構の最終意思を伝える存在であり、
ギアーズも彼の
預言に従い
作戦行動を展開してきたという重大な事実。
突然現れた
未だ謎に包まれし機構上層部、その核心に近いであろう重要な存在。
さらに、凌駕達の驚愕は続く。
アポルオンの傍に降り立った機兵――それは、これまで死闘を繰り広げてきたネイムレスだったのである。
一切暴走の兆しを見せず、
アポルオンを主とするように佇む無名体の姿に、謎ばかりが膨らんでいく。
今すぐ
全ての真相を明らかにせんとする凌駕に、アポルオンは
“私は君の敵ではない”と語る。
偽りのない、何処か不思議な説得力を感じずにはいられない雰囲気を漂わせて。
そして、次に仮面の男が凌駕達に告げたのは、この邂逅の驚くべき目的だった。
『秋月凌駕。エリザベータ・イシュトヴァーン。時計機構は君たちの人生から手を引くことを約束しよう』
世界の管理者たる時計機構の手から逃れられる……などという希望は絶対に不可能であると考え、
それ故に闘い続けるという覚悟を固めていた凌駕や、エリザベータはその言葉に絶句せざるを得なかった。
『それだけの価値ある対価は、既に受け取らせてもらったという事だ。
君たちは、世界を回す歯車としての己の出自を越え、もはや二人といない何者かに成った』
『その一部始終、この目でしかと見届けさせてもらった───おめでとう、君たちは卒業だ』
『その胸に宿した永久機関も、もはや君たちの健やかなる生には必要あるまい。
返上するのであれば申し出たまえ。その時はまた、私の方から出向こうではないか』
『安心したまえ、私はいつでも、君たちを見ている――では、さらばだ』
最後にそう告げて、『彼』はネイムレスと共に、蒼い闇の彼方へ立ち去っていったのだ………
最終更新:2021年11月28日 22:31