こんなことがお前の求めたものなのか? らしくないじゃないか、分かるんだよ。
お前自身の手で、やるべきだった。誰かの真理なんて、頼るべきでも作り出すべきでもなかった。
それこそが、お前の選んだ真理だろう。
確かに、その意見については全面的に同意しよう。全ては私の不徳が発端。
己一人では永久機関にしか到達できない、矮小なこの身が罪なのだ。
しかしそれで? 効率的な手段に切り替えただけのこと、いったいそれの何がおかしい?
よもや、科学如きに全てを捧げる歪んだ魔人と嗤うかね?
――いいや、まったく。
むしろ、感じる想いはその逆だ。
「今なら分かるんだよ、お前が大衆から求められている存在だという事が。その選択もまた、悔しいけれど間違ってはいないという事が……」
オルフィレウスは唯一無二だからこそ、時計機構を創設できた。しかし唯一無二であり続ければ、その真の願いは叶わない。
今まではそれを否定できた。超越者の理屈に巻き込むな、お前は単なる偏屈者だと……雄々しく言い放つことができたのに。
「そう、常に恩恵を受けるのは探求者自身ではない。有象無象の大衆こそが、科学に多大な信仰を捧げている。異常なほどにね」
利得にだけあやかりたいと願う者こそが世を占める大勢であり、“科学”は彼らの欲望を満たす器となっているのだと、気づいてしまったから。
……世界は昔、個人の素質で支えられていた。
強き者が弱きものを従えて群れを成し、争いと統合を繰り返して、やがては国を形作っていたが。
それは、科学という新たな宗教に覆された。
「断言しよう。純粋な弱者など、社会が高度になるほど発生率が減っていく」
「努力し、足掻きながら報われぬ者など一握の例を除いてまずいない。
弱者とは大半が利得を貪る白蟻だ。餌と温床を求め、『私は弱い』と恥知らずにも大言している」
真に不幸な人間は逆だ、自分は弱いと叫べすらできない。境遇故、救いを求めながらただ朽ちていくんだ。
そして……これから先、科学が発展すればするほど、そんな偽物は多くなっていくのだろうか?
「大衆は文句を言わない、繁栄の裏にある犠牲を容認し続ける。切り捨てられる寸前になって、お前は間違っていると賢ぶる」
「ならば甘えているのが悪かろう?牙を捨て、弱者という防御を選択したのは、彼ら自身の責任だ」
「だから反旗すらも翻さない」
「何処かで大きな犠牲が出た? ああそうかと、どこまでいこうが他人事。これまでと変わらず、己が身を餌を待つだけの駄犬と処すことだろうよ。自分達の番まで犠牲が回ってくるその時まで」
「弱者が弱者であることを盾にしたまま、己を成長させようと望むことなく、“強者の没落”のみを容認して信仰する社会の残骸……端的に言ってそんな未来は地獄だとも。醜い衆愚が跋扈するだけの、浅ましい、見るに耐えない社会形態だ。無論、それも上手く掌握させてもらうが……」
「理解できるとも、その葛藤。私も幾度か思ったものだ……何故、私はこうなのかと」
「我々は紛れもなく、根底の所で近しい存在だ。共に生来の超越者。
意味も理由もなく、遺伝子の理屈すら飛び越えて正解を目指せる形に生まれている」
「いや、あるいは欠陥品かな? 諦めや怠惰を持たないだけの狂人かもしれん。欠点が欠けている」
「そう、右と左は同時に向けない。人の顔は一つしかない。
強者として生きると選択したその瞬間から、弱者に戻ることは可能であっても、どちらでもあることだけは絶対的に不可能だ」
右を選べば左に行けず、左を選べば右の可能性を切り捨てている。
二つの行き先に同時に存在するなどということは、誰であろうと出来よう筈がない。
だとしたらこの男、オルフィレウスの選択とは―――
「私は遠い昔に選んだよ、人類科学を先導する存在になることを」
「間違ったのなら改めて、愚かだったなら賢くなろう」
「成すべきことは全て成す。その道程で犠牲を出すこともあるだろうさ。謝罪はするとも、しかし悔いなど残さない。残してならない」
今回のように犠牲はあったろう。だがそれでも、こいつは止まらなかったのだ。
それだけのことを続けてきた想いの強さだけは、恐らく誰も否定はできまい。
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