あとは、おまえの番だぜ……角鹿、彰護――



トゥルールート、『糞のような』昔語りを終えて……ブライアンは己の肉体から宿敵である角鹿の躰へ、妖蛆の細胞を移植していく。
目玉と触手を生やした異形の肉塊は瀕死の角鹿の傷口に入り込み――激痛を与えながら新たな宿主の綻びを繕っていった。
苦痛は消え、銃創は見る間に塞がる。立ち上がる角鹿は、己が既に人ではない……別の生物の理に支配され始めている事を自覚する。

だが、その選択に迷いも躊躇もない。救いたいと誓った者がいるから。
往くべき場所。悪意の根源。スラムビルへと向かおうとする彼に、ブライアンは疲れ切った貌で告げる。


「さっさと行け……行っちまえ。その面を見るのは、もううんざりだ……」


それに対し、地獄への片道切符を得た角鹿も別れの言葉で応じる。


「礼を言っておこう……もう一度会う機会はないだろうからな」

「さらばだ――ブライアン・マックール」


人としての生を投げ棄てた男は、挑むべき最期の戦場へと歩を進めていった。
やがて……足音が聞こえなくなってから、ブライアンは独り、呟く。


「ああ、そうさ……もう俺たちが会うことはない」


彼が宿敵に渡したのは、実は強靭な生命力の根源だった妖蛆本体の細胞株。
夜を徹しての死闘は互いの肉体を徹底的に破壊しており、角鹿彰護が再び立ち上がるには最早それを丸ごと移植する以外に手立てがなかったのだ。
―――代償として、抜け殻となったブライアンの肉体は超常的な回復力を失い、流れ出る命の雫は止まらない

……自ら底に堕ち、人としての正道に背を向けた存在だと語っていたブライアン。
そんな彼が何故、殺し合った宿敵に命を譲るという行為に出たのか。
ただ分ることは、死にゆく彼の表情が奇妙な充足感に満ちたものだったという事


「ああ………どうにか……うまく終われた……かな……」


まるで遊び疲れた子供が眠るように。粛かに、その沼色の瞳から光が消えていく。


「あとは、おまえの番だぜ……角鹿、彰護───」


宿敵の名を呟き、夜明けの空を瞳に映しながら。
ブライアン・マックールという一人の蛆虫は、その生涯を終えたのだった。




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最終更新:2021年11月16日 23:20