戦火の禍々しい黒と赫の色に染まった者達の決戦。
暴虐と暴虐、ここに決着する。
「どうしようもなく気に入らないが、道理は曲げねえ……背負ってやるさ。
悪趣味極まる無口な鋼に、今から墓標をくれてやらァ───ッ!!」
当初学習機能と再生機能により、優勢を保っていた機械兵。
だが、憎悪を燃料にかつてない出力を引き出し続ける
異形の機獣の猛攻は、両者の性能差を急速に埋め始め拮抗状態へともつれ込む。
───荷電粒子砲の雨が手足を消した。
───可変回転刃が装甲を切断した。
───鉄片が舞い、砲火がそれを飲み込み消し去る。
───そしてまた次の瞬間、次の瞬間、次の瞬間瞬間と……
死闘円舞は異形同士の共喰いの様相を呈しており、二機の鋼は一秒ごとに激しく、搭載された殲滅機能を駆使して互いの全てを否定し続ける。
結果――巻き起こる破壊現象は、互いの再生の限界を突破し始める。
機械兵は搭載されたその電脳回路の演算から、
戦鬼はその身に刻んできた血と硝煙の経験から、
両者ともに防御を捨て、全力による敵手の破壊活動に突入するのだった。
多脚の特性を最大限活かし、あらゆる方向から砲火と鉄爪を絶え間なく繰り出すイヴァン。
だが、もうそれは見切ったと言わんばかりに、ネイムレスは切断された自身の躯体を即席の弾丸として射出。
着弾した個々のパーツを捕食活動に使い、その排除のために動きが止まる事まで計算し、
限界まで出力を引き出す機兵。
なおも食い下がろうと突撃したイヴァンの左腕の爪は──しかし届くことなく動きを読んだネイムレスに斬り飛ばされてしまう。
餓えたる機兵は失った肉体を補填するかの如く、蜘蛛の躯を急激な速度で捕食し始める。
全身が喰われるまで、一分と猶予もない。反撃による勝利も望むべくもないと、
イヴァンは冷静な戦術眼で見立てながらも……次の瞬間、浮かべたのは。
「ハッ。舐めるんじゃねえって、言ったろうが……ッ!」
未だ戦意を失わぬ獰猛なる笑み。そのまま彼は力を振り絞り、自らの肉体ごと機械兵を己が左腕に串刺したのである。
ネイムレスの頭脳に負の火花が飛び散る。
不具合、不具合……理解不能。
活動源たる三基の刻鋼式心装永久機関が的確に貫かれたという結果が、鋼鉄の合理性についに罅を刻む。
「グッ、カハッ……覚えとけ。お利口ちゃんな機械風情が、
人間様の大馬鹿を読めるものかよ。なァ、そうだろうが」
そう、先程までネイムレスは相討ち程度の結果ならば読むことができていた。
オルフィレウスから打ち込まれた情報、これまで学習してきた情報から総合し、人間とはすぐ諦めたがる生き物だと判断した。そして死に様を飾りたがろうとする行為も、知った上で対策していた。
この状況で、自らの背後に対象の主兵装が墜落したという情報を確認した時から、それを狙ってくるであろうと理解していた。
故に、殲滅には捕食という確実な手段を選んだ。抵抗の力を完全に奪い去り、万全に標的の排除を終えようとしていたはずなのに……
イヴァン・ストリゴイは平然とその読みの上を行った。
如何に獰猛な獣でも、食事の瞬間は鈍る。それを直感で見抜いた彼は躊躇いなく残った自らの右腕をネイムレスに叩き込み喰わせた。
捕食活動の均衡を僅かに崩された結果、完璧なはずの演算結果は綻び……機兵の頭脳は、予期せぬ異常に処理を割かねばならなくなる。
そうしてイヴァンは電脳回路が「戸惑った」刹那を決して逃さずに、鋼鉄の躯体の芯を鉄爪により貫いてみせたのだ。
捕食により齎される、刻鋼人機すら発狂死する激痛。その中で実行された、狂的ながらも正確な判断力。
機械という精神なき存在相手にすらわずかな情動を見抜く戦闘感覚。
他の何者であっても不可能な絵空事と断じるであろう、まさしく魔業。
それを成し遂げたイヴァンの勝因とは――
「逃げんなよ……一緒に逝こうぜ?」
それは、人としての精神力の有無。
今もまた欠伸と共に胆の中に残った四脚を無理やり捻じ込み、骨を喰い潰されながらも拘束を解かせない。
そんな信じがたい行為を成し遂げる、圧倒的なまでに強固な意思……“人”としての矜持が性能上の差をこの土壇場で覆したのだった。
そして…心無き無名の機兵は、それが欠片も分からない。明晰な頭脳を埋め尽くすのは、理解不能という効率性の残骸だけだから。
「ここまで来ると、いっそ憐れだな。お前さんは……」
呟きながら、残ったエネルギーを両者の身体を深々と貫いた
凶爪へと注ぎこむイヴァン。
一度粒子砲が放たれれば、互いの心装永久機関は消し飛ばされるという
結末を悟りながら──
男はただ
「関係ない」と笑い飛ばすだけだった。
ああ無念。しかしこの無情さも、また人生の一幕だ。
いいや、むしろ運がいい。訳も分からず死ぬに非ず。
己はこうして確かな個我に基づいて、勝利と死を得られるのだと。
僥倖を噛み締め、道連れとなる、もがき抗う機械兵を苦笑と共に見下ろし―――
「それじゃあ――あばよ、欠陥だらけの未完成品。
人の精神を搭載できたら、そんときゃ愉しく踊ってやるさ」
決着を告げたその瞬間……鮮烈な光が一条、夜空の星へと迸った。
- これも来たか……。「――消えろ名無し。戦の華に無銘の鋼は必要ない」が来たら一連の流れが全部網羅されちまう…… -- 名無しさん (2019-06-03 21:02:35)
- この場面とかカレンとの決着とか、イヴァンさんはトドメを狙いに来た相手へのカウンターがずば抜けているイメージがあるなぁ。 -- 名無しさん (2020-08-16 08:54:51)
最終更新:2024年04月04日 21:25