ダンゲロスSS上海
怒りとともに去りぬ!!!!!!
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dangerousss_shanghai
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【弄堂無しに上海も上海人もありえない】
そんな言葉があるように、表立った輝かしい通りとは少し逸れた弄堂(小さな裏路地)にこそ、上海らしい熱気が満ちている。肩と肩がぶつかりそうになる狭い通りには、人々の生活の匂いとどこか危険な熱が常に駆け巡っていた。
その弄堂に、更なる熱気が漂い始めた。
その熱気は例え としての熱気ではない。
物理的な熱さであった。
その熱気は
物理的な熱さであった。
ズン ズン ズン
身体の芯に響くような重低音が路地を揺らす。
それは、大型の肉食獣の足音を思わせた。
それは、大型の肉食獣の足音を思わせた。
ギリ ギリ ギリ
硬い物同士を強く潰し合わせるような、摩擦音が耳を震わせる。
それは、強靭な顎をもって鋭い牙を噛み締めている音に聞こえた。
それは、強靭な顎をもって鋭い牙を噛み締めている音に聞こえた。
ミチ ミチ ミチ
肉体が強く軋む音が空気ごと締め上げる。
それは、しなやかな四肢を持つ密林の王者が襲い掛かる直前の気配を想起させた。
それは、しなやかな四肢を持つ密林の王者が襲い掛かる直前の気配を想起させた。
そして、弄堂に漂う熱帯林を思わせる、むせかえるような熱気。
何も知らないものからすれば、まるでいつの間にやら熱帯林に迷い込んでしまい、今まさに獰猛な大虎に狙いをつけられている…そう錯覚してしまうほどの異様な気配。
音の主は红虎 と呼ばれる大男。
上海随一の解決屋、劉炎嵐 。
赤銅色に焼けた肌と逆立った金髪は、その異名の通り獰猛な虎を思わせた。
上海随一の解決屋、
赤銅色に焼けた肌と逆立った金髪は、その異名の通り獰猛な虎を思わせた。
弄堂を揺らした重低音は、肉食獣の足音ではない。
炎嵐の激しく脈打つ心臓の鼓動音である。
炎嵐の激しく脈打つ心臓の鼓動音である。
弄堂に響いた摩擦音は、牙を噛み締める音ではない。
炎嵐が奥歯を強く噛み締める溜めに響いた音である。
炎嵐が奥歯を強く噛み締める溜めに響いた音である。
弄堂の空気を軋ませたものは虎の筋肉ではない。
炎嵐が強く強く握りしめた拳の余波である。
炎嵐が強く強く握りしめた拳の余波である。
今日も相変わらず、红虎は怒っていた。
■■■
「よう!炎嵐!今日も相変わらず怒ってんなあ~。それ以上熱くされたらうちの果物が傷んじまう!勘弁してくれ!」
猛烈な怒気にもなれたもの。弄堂の住人は軽口を怒れる大男に飛ばす。
「…ああ、悪ぃ。ついな~…抑えるわ。親父さん、そこのリンゴ一つ。詫び代として!」
「あいよ!」
店の中年はリンゴを投げ、炎嵐は小銭を投げた。
二人は同時に投げられたものを受け取り、軽く笑いあった。
二人は同時に投げられたものを受け取り、軽く笑いあった。
「ところで炎嵐さあ、上海大賽に出るってのはマジかい?ま、お前さんなら十分上を狙えるんじゃねえの?」
「耳が早いなぁ親父さん!そこは嘘でも優勝間違いなしとか言ってくれや。…ま、俺も絶対勝てるとかは己惚れてないけどな。やれるだけやるさぁ」
「へへへ、上海で生きてくには情報が命だからねぇ。情報と言えば炎嵐、お前さんの事務所に依頼人が来てたっぽいぞ?寄り道せずに戻ったらどうだい?」
本当に耳の早い親父さんだと、呆れたように肩をすくめて炎嵐は弄堂の奥に構える事務所に戻った。『炎嵐』とだけ書かれた看板を掲げる簡素な事務所であるが、ここが上海随一の実力を持つ解決屋、劉炎嵐の事務所である。
「ただいま」
ぶっきらぼうに帰ってきた炎嵐に、大きなメガネの光る白衣の女性からニシシと気軽な笑い声が返される。
「お帰り~ホェンちゃん。依頼人が来てるよん」
「…その、ホェンちゃんってやめてくれねえかなぁ。解決屋には面子も重要だからよぉ!」
「ひ…!うひ!じゃ、じゃあそんなに大きい声出すのやめてよう…相変わらず怒ってんだから…」
言葉の主は電梟 、王 双葉 。
情報戦の女王であり、数年前に縁があり共に働いている炎嵐の良き相棒である。
情報戦の女王であり、数年前に縁があり共に働いている炎嵐の良き相棒である。
双葉は根っからの陰キャであり、本人曰く「ホェンちゃんのようなヤンキータイプは苦手っす!」とのことだが仕事上の相性は抜群であるためコンビを組んで事務所運営をしている。
双葉の言葉の通り、事務所の椅子には少女が一人震えて座っていた。
年のころは10ほどであろうか、細い体には栄養が足りていないようだ。
全身を生傷で染めた悲壮な少女は半泣きで炎嵐に訴えた。
年のころは10ほどであろうか、細い体には栄養が足りていないようだ。
全身を生傷で染めた悲壮な少女は半泣きで炎嵐に訴えた。
「お…お姉ちゃんを助けてください…!」
■■■
上海某所。
コンクリート造りのビル。
教団『愛愛猫々』の拠点で教祖である愛爛々 は笑う。
コンクリート造りのビル。
教団『愛愛猫々』の拠点で教祖である
「オッホホ!今日も爆儲け!僕ちん天才的だよねぇ~!女抱いて女抱かせて、愛を与えて与えられて!こんなに楽しくお金稼いでいいのかしら?愛、最高!!」
愛爛々は女衒宿の出である。
魔人能力者ではないが、弁舌の巧みさと裏社会のパイプをフル活用し、一大宗教団体を築いていた。
女をシャブ漬けにしたうえで適当な教義で依存させ、非常な快楽の伴なう売春行為を行わせる。女どもは快楽と教義に溺れながら金を生み出す。
魔人能力者ではないが、弁舌の巧みさと裏社会のパイプをフル活用し、一大宗教団体を築いていた。
女をシャブ漬けにしたうえで適当な教義で依存させ、非常な快楽の伴なう売春行為を行わせる。女どもは快楽と教義に溺れながら金を生み出す。
最悪の女衒として上海を蝕んでいた。
「ウフフ!今日はどのカワイ子ちゃんを仕込もうかねえ?」
堕落しきった腹を揺らしながら舌なめずりをする教祖。
その楽しみを邪魔するかのようにバタバタと足音が響いた。
その楽しみを邪魔するかのようにバタバタと足音が響いた。
「ボス!ちょっと不味いことになりましたよぉ!」
教祖の右腕である巨大な水太りした大男が部屋に駆け込んできた。
「いいかげんボスって呼ぶのやめろや。僕ちんはもう教祖様。信者もこのビルにはいるんだからよぉ昔の呼び方をするなよぉ」
不機嫌そうにする教祖を無視して、大男は続ける。
「‥今日攫ってきた女の妹が红虎の事務所に逃げ込みました」
空気が静まりかえる。
───红虎を怒らせるな
上海の裏で働くものであれば、誰でも知っている言葉である。
红虎に沈められた組織は数知れず。
その中には武闘派として名高かった連中も多くいた。
红虎に沈められた組織は数知れず。
その中には武闘派として名高かった連中も多くいた。
だが、教祖:愛爛々は特に慌てなかった。
「ふ~む。それは確かに怖いねぇ…でもさ、逆に言えば怒らせなければ問題ないってことでしょう?」
にやりと笑って続ける。
「とりあえず今日攫った女には手を付けないで、红虎が来たら無傷で渡してお帰り願いましょ!」
「教祖様、どうしてそんなに余裕を…」
愛爛々は葉巻に火をつけて笑った。
「あの红虎は凄い気分屋の上にがめついことで有名なのよ。この前児童買春で失脚した政治家…名前なんだっけ?にはいくら金を積まれても仕事を受けなかったらしいし、サイバー企業の社長からの護衛の依頼には2億ふっかけたらしいのよぉ。駆け込んだ妹?が红虎の満足する額出せるわけないじゃない!」
それに、と続ける。
「仮に依頼を受けてこちらに来るとしても…红虎が怒りを力に変えることは有名よ…この上海で女を攫って金に換えるなんてそういうもの でよくある話。一々怒るほうが馬鹿でしょ?依頼人の姉を渡して手打ちでおしまいよぉ」
上海の常識に照らし合わせて教祖は笑う。
右腕の大男も「そりゃそうか」と笑う。
右腕の大男も「そりゃそうか」と笑う。
この目論見が甘いと知らされるのは、ほんの一時間後のことであった。
■■■
「来ないとは思うが、もしも红虎が来たら、女を渡して穏便に返すように」
信者たちにその指令は伝わっていた。
信者たちも教祖と考えが同じであったので、红虎は来ないものと思っていたし、来たとしても女を渡せば終わるものと楽観視していた。
信者たちも教祖と考えが同じであったので、红虎は来ないものと思っていたし、来たとしても女を渡せば終わるものと楽観視していた。
教祖の部屋に電子音が響く。
教団の入り口を固める信者からの通話だった。
教団の入り口を固める信者からの通話だった。
「…教祖様。無理です…」
前置きを無視したか細い悲鳴が教祖に届いた。
信者たちはブルブルと震えあがっていた。
信者たちはブルブルと震えあがっていた。
「あれ が…女を受け取ってそのまま帰るなんてありえません!!」
信者の悲鳴を耳にしながら、教祖は入り口付近の防犯カメラの映像を覗いた。
「ヒッ…!?」
カメラ越しでも分かる、絶望的なまでの怒りに教祖は震えた。
裏社会が長い身であるからこそ、炎嵐の怒りが本物であることがすぐ分かった。
裏社会が長い身であるからこそ、炎嵐の怒りが本物であることがすぐ分かった。
それは、
母を殺された息子のような
娘を犯された父のような
不倶戴天の敵を見るかのような、純然たる怒りに満ちた燃える瞳であった。
母を殺された息子のような
娘を犯された父のような
不倶戴天の敵を見るかのような、純然たる怒りに満ちた燃える瞳であった。
ズン ズン ズン
红虎の足音とともに、炎嵐は教団に到着した。
この瞳の持ち主相手に対話など無意味。
虎と対話を試みるようなものだ。
虎と対話を試みるようなものだ。
怒りと身近な世界の住人であるからこそ、教祖は困惑した。
これだけの純粋な怒りをぶつけられる理由が思い浮かばなかったからだ。
少しの困惑の後、教祖は叫んだ。
少しの困惑の後、教祖は叫んだ。
「こいつは完全にキレてる!!ぶっ殺せ!!」
教祖の号令に従い、信者たちが汗だらけになりながら放った弾丸は、ぺチャリと頼りない音を立てながら、劉炎嵐に張り付いた。
既に炎嵐の血液の温度は1500度を超えていた。
鉄を容易く溶かす温度にまで上がった血液に耐えるために、血管は硬くしなやかになっていた。鉛玉はその血管が張り巡らされた皮膚に傷一つ付けることが出来ず、溶けてしまったのだ。
鉄を容易く溶かす温度にまで上がった血液に耐えるために、血管は硬くしなやかになっていた。鉛玉はその血管が張り巡らされた皮膚に傷一つ付けることが出来ず、溶けてしまったのだ。
「てめぇら…この程度の豆鉄砲で俺をどうにかできるとでも思ってんのか?…ムカつくなオイ!!」
「うわぁぁぁあああああ!!」
銃弾の効かない化け物。
そのありえない存在に恐怖しながら信者たちは必死に引き金を引いた。
それが無駄だと理解しながら。
そのありえない存在に恐怖しながら信者たちは必死に引き金を引いた。
それが無駄だと理解しながら。
「ドゴォラァ!!」
裂ぱくの気合とともにロケットのような勢いですっ飛んだ炎嵐は、周囲を囲む信者を無慈悲に蹴散らした。猛烈な熱と勢いを持った拳は信者たちの意識を瞬時に刈り取った。
門番役の信者を一周して突き進む炎嵐の前に、巨大な水太りした大男が立ちふさがった。
190を超える炎嵐から見てもさらに一回り大きく見える巨漢の名は水坊主。
教祖:愛爛々の右腕である。
190を超える炎嵐から見てもさらに一回り大きく見える巨漢の名は水坊主。
教祖:愛爛々の右腕である。
「ぶしゅるうううう!」
問答無用とばかりに、何も会話を交わさないまま水坊主は高圧の水を口から吹き出した。
体内で水を生成し高圧で発射することが水坊主の魔人能力。
勿論水坊主はそれで上海に名高い红虎をどうにかできるなど思っていない。
体内で水を生成し高圧で発射することが水坊主の魔人能力。
勿論水坊主はそれで上海に名高い红虎をどうにかできるなど思っていない。
規格外の高温により、水坊主の吐き出した水はあっという間に蒸発。
水蒸気と化して周囲を埋め尽くした。
水蒸気と化して周囲を埋め尽くした。
(これが狙い…視界を奪って追加攻撃…無理はせずに時間稼ぎぃ~!ブヒュヒュ!こう見えても私は身軽さが自慢!足音ひとつ立てずに翻弄して見せますよぉ!)
内心で自信を持つだけあって、水坊主の身体さばきは流麗たる見事なものであった。
巨体を感じさせぬ滑らかな足さばきによる摺り足からは、如何な物音も聞こえてこなかった。その上で更に無音で水弾を放つ。
巨体を感じさせぬ滑らかな足さばきによる摺り足からは、如何な物音も聞こえてこなかった。その上で更に無音で水弾を放つ。
初手に声を出して水を放ったのは、無音で打てないと思わせるための布石。
(红虎何するものぞ!時間を稼げば教祖様は逃げ切り私も離脱…また別の場所でメスガキ沈めてボロ儲けですよぉ~!)
浮かれる水坊主の足は、ぐちゃりと嫌な音を立てて止まった。
「え?…あ、あ、あああ熱いいいいぃぃ??!」
先ほどまで滑らかに移動できていたはずの床。
その床は高温によってどろりと溶けていた。
炎嵐の視界を奪うはずの水蒸気は、水坊主自身の視界を奪ってしまい、床の変化に気が付くことが出来なかった。
その床は高温によってどろりと溶けていた。
炎嵐の視界を奪うはずの水蒸気は、水坊主自身の視界を奪ってしまい、床の変化に気が付くことが出来なかった。
それにしても恐るべきは红虎、劉炎嵐の高熱。
コンクリートは1200度で融解するといわれているが、これほどの速度で広域のコンクリートを溶かすとはどれほどの温度になっているのであろうか。
コンクリートは1200度で融解するといわれているが、これほどの速度で広域のコンクリートを溶かすとはどれほどの温度になっているのであろうか。
「お、そこにいたか水デブ!ちょこまかしてんじゃねえぞ!ゴラァ!」
悲鳴とともに足を止めた水坊主に、炎嵐が襲い掛かる。
豪という爆発音とともに迫りくる暴威は、却って水坊主を冷静にさせた。
豪という爆発音とともに迫りくる暴威は、却って水坊主を冷静にさせた。
(大丈夫…見る限りこいつの攻撃は直線的喧嘩殺法…!一発躱したら全力で水を吐いて水流の勢いで逃げる!もう時間稼ぎとかどうでもいい…自分の命最優先!)
水坊主は必死に自分にとって都合のいい未来を妄想した。
当然そのような浅い妄想は叶うはずもない。
当然そのような浅い妄想は叶うはずもない。
大きく弧を描くように繰り出された鞭のような打撃は、視界の外から襲い掛かり水坊主の意識を刈り取った。鍛えぬいた劈掛拳 の一撃であった。
劉炎嵐は、直線的な喧嘩殺法と曲線的な劈掛拳を組み合わせることで、戦法に無限の幅を生んでいた。
打撃の当たる直前に温度を下げる炎嵐の慈悲が無ければ、水坊主の頭部はあっけなく蒸発していたことだろう。
《ホェンちゃん、そいつ以外は強敵いなそうよん。教祖と女の子たちの位置データ送るからよろしく!》
双葉の支援を受け、教祖断罪のため炎嵐は走った。
■■■
「ひぃ…ひぃ…どうして?なんでぇええ?なんであんなに怒ってるのぉ??」
金庫前。
汗と涙で醜く身体を汚しながら教祖:愛爛々は自身のため込んだ財産を搔き集める。
汗と涙で醜く身体を汚しながら教祖:愛爛々は自身のため込んだ財産を搔き集める。
「逃げなきゃ…逃げなきゃぁあ!?なんだよアイツううう??」
当然、堕落の極みで肥え太った教祖に素早く逃げる能力などあるはずもない。
気が付けばひいひいと喚く教祖の道を阻むかのごとく、炎嵐が仁王立ちしていた。
気が付けばひいひいと喚く教祖の道を阻むかのごとく、炎嵐が仁王立ちしていた。
炎嵐の背後にはぶちのめされて気を失った信者の山と水坊主。
自身が最後の一人であることは明白だった。
自身が最後の一人であることは明白だった。
「…よぉ、教祖様。見ての通り全員ぶっ飛ばさせてもらったぜ。ついでに、女どもも逃がしておいた。馴染みの機関に連絡しといたから薬抜きもスムーズに行われるだろうさ」
炎嵐の口調こそ軽かったが、怒りが収まっていないのは明白であった。
ズン ズン ズン
红虎の足音が教祖の弛んだ肉体を震わせる。
「な…なんなんだよお前ぇえええ!!?」
腐っても教団の頭。恐怖にまみれながらも教祖は唾を飛ばしながら炎嵐を怒鳴りつけた。
「なんなんだよ!僕がなにしたってんだよ!お前に関係ないだろ!なんでそこまで怒るんだよ!何が悪かったんだよ!!」
ギリギリと空気が軋む。
炎嵐の目はつり上がり、犬歯がむき出しになる。
怒りが更なる怒りを生んでいることは明白であった。
炎嵐の目はつり上がり、犬歯がむき出しになる。
怒りが更なる怒りを生んでいることは明白であった。
ボッ、と熱い息を吐いて炎嵐が吼えた。
「そんなもん…【世界が平和でないせい】に決まっているだろうがぁ!」
怒れる虎、红虎、劉炎嵐。
彼は本気で、世界はもっと平和になれると思っていた。
彼は本気で、世界はもっと平和になれると思っていた。
■■■
物心ついたときから、劉炎嵐という男は何でもできた。
恵まれた体格と、抜きんでた才覚。
おそらくどんな道を選んでもある程度以上に大成をし、巨万の富を築いたことだろう。
恵まれた体格と、抜きんでた才覚。
おそらくどんな道を選んでもある程度以上に大成をし、巨万の富を築いたことだろう。
しかし彼は、誰にでも出来る簡単なことが出来なかった。
どこかの国で、飢えた子供が路地裏で誰にも看取られずに死ぬこと。
親に殴られて育った子供が歪んだ成長をし、今度は自らの子供を殴ること。
毎日懸命に生きてきた老婆が必死に築いた財産が、どこかの悪人に騙し取られること。
酒に酔ったまま運転して人を撥ねた男が「気が付きませんでした」と嘘をつくこと。
健やかに愛されて成長するはずだった少女が、下種の悪意に穢されて終わること。
親に殴られて育った子供が歪んだ成長をし、今度は自らの子供を殴ること。
毎日懸命に生きてきた老婆が必死に築いた財産が、どこかの悪人に騙し取られること。
酒に酔ったまま運転して人を撥ねた男が「気が付きませんでした」と嘘をつくこと。
健やかに愛されて成長するはずだった少女が、下種の悪意に穢されて終わること。
世界のどこかで、まさにこの瞬間も、起きてしまう悲劇。
それらを、そういうものだと流すこと が、劉炎嵐にはどうしても出来なかったのだ。
子供が飢えて死ぬ。
誰かが食事を差し伸べることが出来たはずだ。
誰かが食事を差し伸べることが出来たはずだ。
子供が殴られる。
誰かが止めることが出来たはずだ。
誰かが止めることが出来たはずだ。
そばにいる隣人が、ほんの少しの善意と好意を持ちさえすれば、避けられる悲劇がこの世には多すぎる。
それが炎嵐には我慢が出来ない。
勿論炎嵐は年齢を重ねた大人であるので、世の中が自分の思う綺麗ごとで回らないことなど分かっている。誰かに手を差し伸べることを、誰にも強要するなど傲慢だと分かっている。
勿論炎嵐は年齢を重ねた大人であるので、世の中が自分の思う綺麗ごとで回らないことなど分かっている。誰かに手を差し伸べることを、誰にも強要するなど傲慢だと分かっている。
しかしそれでも、怒ることを止められないのだ。
ほんの一人でも誰かが助けを差し伸べれば避けることが出来た悲劇が
ほんの少しでも優しさを持てば留まることが出来た悪意が
この世にのさばり、当たり前のような顔をしていることに心底腹が立つのだ。
ほんの一人でも誰かが助けを差し伸べれば避けることが出来た悲劇が
ほんの少しでも優しさを持てば留まることが出来た悪意が
この世にのさばり、当たり前のような顔をしていることに心底腹が立つのだ。
────早い話が、劉炎嵐という男は、人間を過大評価しているのだ。
もっと優しくなれるはずだ。
もっと他人に寄り添えるはずだ。
全力でなくてもいい、ほんの少し誰かに手を差し伸べるだけで、世の中はもっと素敵になるはずだ。
人間は、もっと素敵な世界を作れるはずだ。
もっと他人に寄り添えるはずだ。
全力でなくてもいい、ほんの少し誰かに手を差し伸べるだけで、世の中はもっと素敵になるはずだ。
人間は、もっと素敵な世界を作れるはずだ。
それは、「全ての人間が交通ルールを守れば全自動運転のシステムは明日からでも実用可能です」とでも言うような夢想。
夢想ということは本人が一番分かっている。
それでも炎嵐は出来る範囲のことをやってきた。
解決屋という職業は、弱い誰かを助けつつ、強い誰かから大金を絞ることが出来る職業であると炎嵐は思っている。彼は出来る範囲で人々を助け、稼いだ資金は然るべき教育機関や医療機関に寄付している。
その金額は莫大で、彼のおかげで救われた人々は山ほどいる。
それでも炎嵐は出来る範囲のことをやってきた。
解決屋という職業は、弱い誰かを助けつつ、強い誰かから大金を絞ることが出来る職業であると炎嵐は思っている。彼は出来る範囲で人々を助け、稼いだ資金は然るべき教育機関や医療機関に寄付している。
その金額は莫大で、彼のおかげで救われた人々は山ほどいる。
しかしそれでもなお、世の中から悲劇は消えない。
どこかの誰かの悲劇を聞くたびに、流すことが出来ずに炎嵐は燃えるような怒りを胸に宿す。
どこかの誰かの悲劇を聞くたびに、流すことが出来ずに炎嵐は燃えるような怒りを胸に宿す。
劉炎嵐は、もっと素晴らしくなれるはずの世界と…何より、まだまだ力の及ばない小さな自分自身に怒り続けているのだ。
■■■
「你他妈的 !!水を生み出す?そんな便利な能力がありながら、お前は何故人を傷つけることにしか使えないんだ!?我都腻了 !マジで!」
炎嵐は、水坊主の頭を鷲掴みにして締め上げる。
髪を無造作に掴む拳の温度がどんどんと上がっていき、肌も焦げ始めた。
髪を無造作に掴む拳の温度がどんどんと上がっていき、肌も焦げ始めた。
「あ!あ!ヒギィ!」
水坊主の悲鳴を無視して、空いた手で愛爛々の頭を掴む。
「てめぇもだボケが!人心を掴むその手腕を、何に使ってるんだよ!!」
心底の怒りをぶつけながら、炎嵐は必死で抑えながら言葉を絞り出す。
「いいかてめぇら…一度だけ許してやる…今度、上海で同じような悪さしてみやがれ…その時は红虎がまたてめえらの前に現れるぞ」
言うが早いか、炎嵐は血液の温度を上げた。
水坊主と愛爛々の髪は灰となりボロっと崩れた。それと同時に二人は情けなく地面に伏した。金庫前には大型の肉食獣を思わせる怒気が満ち満ちていた。
水坊主と愛爛々の髪は灰となりボロっと崩れた。それと同時に二人は情けなく地面に伏した。金庫前には大型の肉食獣を思わせる怒気が満ち満ちていた。
「これが红虎の爪痕だ。刻んで生きて行け。少しでいい、正しく、他人様のために人生を送れ。」
炎嵐はその場の全員の顔面に、高温の掌を押し付けた。
肉の焦げる嫌な音と、汚い悲鳴、失禁による異臭が地獄を生む。
肉の焦げる嫌な音と、汚い悲鳴、失禁による異臭が地獄を生む。
「畜生…畜生…何が世界のためだ…何が正しくだ甘ちゃんが!!」
最後に残った愛爛々が吼える。
「人は正しく生きるより楽しく生きる方が愉快なんだよ!僕から見たらお前は正しさの奴隷だよぉ!人間らしい楽しさも快楽も、愛も知らずに囀るな!!!」
教祖の最後の叫びを、炎嵐は真正面から受け止めた。
「…決めつけられるのはムカつくなあオイ。俺は自分の出来る範囲で、全力で世の中を良くしていきてぇ。そうならないのはムカつくからな。」
先ほどまでの怒りを僅かに抑え、軽い笑いとともに炎嵐は続けた。
「ただ、それは自分が幸せになったうえで、に決まってんだろ?世界を良くするために不幸になるなんて馬鹿な話だ。美味い飯を食い、美味い酒を飲み、十分人生を楽しんだうえで全力で世界のために働いてんだよ」
そういうと、炎嵐はサポートを続けるために周囲を甲斐甲斐しく飛ぶドローンに向けて親指を指した。そうして、声を非常に小さくして教祖に耳打ちした。
(悪いな。俺なりに愛の素晴らしさも知ってるんだわ。…最高の女だろ?)
炎嵐の言葉が聞こえたか聞こえなかったか定かではないが、ドローンは珍しく飛行を乱した。
呆気にとられた教祖の顔面に、炎嵐の高温の掌による红虎の爪痕が刻まれた。
少なくとも教祖は、もう二度と上海では悪事をすることはないだろう。
少なくとも教祖は、もう二度と上海では悪事をすることはないだろう。
────この事件の後、海外に亡命をした教祖は夜毎「红虎が来るよ…!」と怯える日々を過ごしたという。怯えるくらいならばと、幻影を振り払うために偽善を自覚しながら善行をしているらしい。その自分本位な善行がどこまで続くかは誰も知らない。
誰も知らないが、どこかの誰かがその偽善に救われたであろうことは間違いない。
■■■
劉炎嵐は最強に興味はない。
しかし、と劉炎嵐は思う。
自分が愛するこの上海で、どこかの誰かが最強を謳ったとして、そいつが魔幇の一員だったらどうだろう。結局上海を牛耳るのは魔幇の暴力だと人々は思うのではないだろうか。
自分が愛するこの上海で、どこかの誰かが最強を謳ったとして、そいつが魔幇の一員だったらどうだろう。結局上海を牛耳るのは魔幇の暴力だと人々は思うのではないだろうか。
別に、正義は勝つとか青臭いことを言うつもりはない。自分は誰にも負けたことはないし、今後も負けるつもりなどないが、だからといって最強を嘯くつもりもない。自分より強い存在が上海にいてもおかしくないと思っている。
ただ、もしも自分が最強の称号を得たのなら…ほんの少し、世界を更に優しく出来るとは思う。今回のような事件がまた起きた時、上海最強の称号を背負っていればもっと早く解決できるだろう。红虎の目の届く範囲は今より悪事が減ることだろう。
「…じゃあ、上海大賽に参加しねえ理由はないよな」
そして何より、魔幇が我が物顔で富と強さを誇示し、優しい人々が涙を堪える世界は、ハラワタが煮え繰り返る。死ぬほどムカつく。
子供が素直に笑えず
力なき市民が魔幇に怯え
楽しく生きていけるはずの人々が泣いている。
そんなことが存在する世界に劉炎嵐は苛ついて仕方がない。
子供が素直に笑えず
力なき市民が魔幇に怯え
楽しく生きていけるはずの人々が泣いている。
そんなことが存在する世界に劉炎嵐は苛ついて仕方がない。
ズン ズン ズン
心臓が激しく脈を打ち空気を揺らす。
ギリ ギリ ギリ
強く握られた拳が空気を軋ませる。
抑えきれぬ怒りが、熱を高める。
红虎が上海全土を駆けるのは、もう間もなくである。
红虎が上海全土を駆けるのは、もう間もなくである。
■■■
双葉は教団を潰した炎嵐を迎えに行き、色々と後処理をした。
作業は思ったより量があり、気が付けば夜になっていた。
作業は思ったより量があり、気が付けば夜になっていた。
上海の深い夜の中、二人は事務所に戻る。
煌々とした青い月が二人の裏路地を照らした。
煌々とした青い月が二人の裏路地を照らした。
「そ、そういえばさあ、ダイヤの噂が今上海に満ちてるじゃん?」
双葉はオドオドと炎嵐に話しかけた。
「し、上海大賽に出るならさ、そこらへんも絡んできそうだけど、ホェンちゃんはその辺りどうするつもり?」
劉炎嵐はダイヤに興味はない。
しかし、仮にダイヤを悪党が手にして笑う世界が来たらと思うと血管が切れそうなほど怒りがわく。そんな未来が来るくらいならば、自分が奪い取った方が良いだろう。
しかし、仮にダイヤを悪党が手にして笑う世界が来たらと思うと血管が切れそうなほど怒りがわく。そんな未来が来るくらいならば、自分が奪い取った方が良いだろう。
「そうだな…クソどもにダイヤを渡すのはムカつくから…俺が奪って、然るべき施設に売却して保管してもらうかな。どこかの博物館の目玉になって、多くの人の目を癒すのが一番だ。」
「ふひ…そう言うと思った…」
「もしくは、めちゃくちゃに高く買い取ってくれる好事家を探して…そこで手にした資金で世界をもっとよくするのもいいな…」
ただ、と炎嵐は顔を赤くして言葉を続けた。
その赤さは魔人能力のせいかは分からなかった。
その赤さは魔人能力のせいかは分からなかった。
「売る前にさぁ、一回お前に贈らせてくれよ。派手な宝石は好きじゃないと分かってるけどよ、出来る限り最高の物を贈りたいってのは漢の浪漫だからよぉ…」
最後のほうはボソボソと小さな声になっていた。
それでも、双葉の耳にはしっかりと届いた。
それでも、双葉の耳にはしっかりと届いた。
「ふ…ほぇえええ??」
双葉は炎嵐に負けないくらいに赤くなった。
炎嵐は必死に能力をコントロールし、温度を抑えた状態で双葉の頬を撫でた。
壊れ物を扱うように、優しく、ゆっくりと。
炎嵐は必死に能力をコントロールし、温度を抑えた状態で双葉の頬を撫でた。
壊れ物を扱うように、優しく、ゆっくりと。
「お!熱いね!お二人さん!!」
無遠慮な裏路地の住人のヤジが響いた。
「喧しいぞボケども!!」
劉炎嵐は、久々に世界と自分と悪事以外にキレた。