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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

万事屋上海紀行・二日目 王道蛇道男々道(下)

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10.極悪の華



Side:魔幇・アナル部門



――時を遡ること、数分。
『红虎』と『万事屋』の死闘を、上空から見下ろす二つの怪しい影があった。


一つは、尻を上に突き出した奇妙な恰好で飛んでいる男――
魔幇に急遽新設された『アナル部門』の一員、アナルカナリ・タカ。
彼の肛門部は鷹に似た姿となり、羽ばたきと滑空を繰り返している。


もう一つは、彼に抱きかかえられた恰好で下の様子を窺う、巨大な臀部を持つ青年。
同じく魔幇・アナル部門の一員、レアナルド・デカプリケツオである。


「……情報通りだな、あの红虎が余所者の女とバトってやがる」
「そのようだね、タカ……ケッ着がついたら、手筈通りに」
「オーケイ、二人が油断した隙にお前の巨尻で二人まとめて潰せば、労せずしてダイヤが手に入るって寸法だな」
「そうすりゃアナル部門の名声は上がり、俺たちは晴れて幹部昇進ってワケだ」
「周りにいる連中も、お前が落ちてきて驚いた隙に俺が空から急襲すれば片がつく。
 ……っと、そろそろケッ着みたいだな、いくぜ相棒」
「“Hey,Siri”!」


二人の戦いが終ケツしたと同時に、美しくも大きいレアナルドの尻が更に一回り膨らむ。
同時に、タカが軽く反動をつけながらレアナルドを二人目掛けて投下する。


――巨大なヒップが、疲弊した二人を圧し潰―― 




「「……邪魔すんじゃねえええええ!!」」




二人が息を合わせるかのように、落ちてきたレアナルドのケツを蹴り上げる。
魔人二人の蹴りの勢いに、黒羽が叩き込む【吹き飛ぶ】のイメージと炎嵐の怒りの熱が合わさったツープラトンが
レアナルドの尻に叩き込まれ――急襲者を真上に吹き飛ばす。


「え?」


外野へと狙いを定めようとしたタカが気づいた時には、相棒の大きな尻が眼前に迫り――
そのまま身体全体で衝撃を受け止める羽目になった。


「ガハッ!?」「へぶっ!?」


当然のように撃ち落とされたタカと、タカに命中し再び重力に従って落ちるレアナルド。
――落下地点は、二人から離れた、路地裏のゴミ箱だった。


魔幇のケツ気盛んな新進気鋭、アナル部門の自称幹部候補二人は無様に腫れあがった尻を晒して
二人仲良く戦闘から離脱したのだった。


レアナルド・デカプリケツオ:戦線離脱
アナルカナリ・タカ:戦線離脱




Side:劉炎嵐



……なんだったんだ、今のケツ野郎どもは。


「おおかた、ダイヤを漁夫の利しようとした安直な生活態度の連中だろうよ。
 ……影と気配でバレると思わなかったのかね、連中」


……だが、これでハッキリしたな。
今回の騒ぎ――裏で魔幇の連中が絵図を描いてやがる。


蛇絡の奴は、俺を誘い出すためにいいように使われた……ってところだろう。
癪だが、万事屋の言う通り――アイツは、俺に本気で殺されたがってた。
そんな奴が、俺を嵌めようと画策したり他の連中と手を組んだりするとは考えにくい。
通信妨害も、考えてみれば奴だけでは出来ない芸当だ――


……万事屋がこのタイミングで切札を切って戦闘を手打ちにしたのも、襲撃者に対処するためだろうな。
コイツの想像力なら、俺をブッ倒せるくらいできてたはずだ。
こんなアホの鉄砲玉二人で終わるとは思えない――


「ヤサイマシニンニクアブラぁ!」


突然、野太い男の声があたりに響く――その直後、盛大な音と共にギャラハッドが地面に叩きつけられる。


「がぁっ……!?」
「ギャラハッドさん!? な、何が――」


俺がギャラハッド達に気を向けた一瞬の隙に、今度は俺に向かって迫る影があった。
……だが、対応できない速度じゃあない。
空気を読まない襲撃者どもへの怒りを熱に変えて、勢いのままに拳を――


――小さな違和感があった。
腹の底から湧き上がるはずの怒りが、燻ったように煙る。
身体の動きが、いつもよりも鈍くか細いように感じる。
その躊躇が、更に身体の動きにラグを生む――


――襲撃者の拳が、俺の身体を打ち据えて軽々と吹っ飛ばしていった。


「炎嵐!? ……っあぁっ!」


一拍遅れて、万事屋の悲鳴が耳に入る。
俺は咄嗟に受け身の姿勢に入ろうとするが、やはり身体がどこか鈍い。
万事屋との戦闘のダメージを考慮しても、明らかに……身体能力が落ちている。


考える間に、無人となった屋台に叩きつけられる。
一秒後、万事屋の身体が更にぶつかり――屋台が崩れ、ガレキが降り注ぐ。


「ハァーッハッハァ! 弱い、弱いなァ劉炎嵐!」
『当然の結果です――私の完璧な頭脳が組み立てた作戦ですので』


ガレキの向こうに、高笑いする大男の影が見える。
それに続けて、複数名の気配と声―― 魔幇の連中か。
側にはドローンも何台か飛び回っているようだ。


「あはっ♡ ハイドおにいちゃん流石~」
「おっと、私の人事配置の的確さもお忘れなく……くくく」
「ブフゥ、良きお客様を始末するのは少ぉし心が痛みますがねえ……」


痛む身体を起こし、集まった襲撃者を見る。
――その中に、信じられない人物がいた。


「……双葉(シャンイェ)


俺の仕事仲間、上海きっての情報屋・デンシャオ(電梟)――王双葉(ワン・シャンイェ)が。
魔幇の連中に混じって、眼鏡越しに冷たい目線を送っていた。


……冷静に考えてみれば、予感はあった。
むやみやたらに連絡すれば、通信を辿られるリスクがあるので連絡は最低限にしていた――
実際、ギャラハッドとの面会の連絡は入れてたわけだしな。
だが、いくらなんでも。
白髪黒羽が事務所に侵入してくるという、特大のイレギュラーをあいつが無視するわけがねえ。


それに、この襲撃もそうだ。
体格的に不利な万事屋はさておき、俺をここまで容易に吹き飛ばし痛手を負わせる。
同様に、ギャラハッドを一撃で沈める――俺たちを封殺できる奴らが出張ってきている。
電梟の情報収集能力がなければ、ここまでピンポイントの対策はできない。


だが――俺は知っている。
王双葉という女が、俺の惚れこむ最高の女が……魔幇に下るわけがねえ!


「……テメェら。双葉に何をした」


絞り出すように、怒りを連中に向ける。
それに答えたのは、どこぞの企業の中間管理職といった風体の男だった。


「くくく、何もしていませんよぉ。
 我々の仲間として、お仕事をしていただいたまでのこと!」


「……ふざけんな。双葉が魔幇に力を貸すわけがねえ!」


「くくく、そう思いますよねぇ。
 ……ですが! この通り、ちゃぁんと履歴書もありますよぉ~?」


中間管理職男が懐から紙束を取り出し、その中の一枚を見せつける。
……双葉の履歴書のようだが……アイツがそんなもん真面目に書くタマかよ。


「アホか。マフィアにいちいち履歴書出す奴はいねーだろ」


横にいた万事屋が当然至極の指摘を飛ばす。


「……多分、テメーの能力は『魔幇のメンツを呼び出して操る』ってトコだろ。
 書類を偽造して、形式上だけでも所属してることにすりゃあ
 事実上どこの誰でも操り放題……違うかい?」


万事屋の推理に、中間管理職男がぎくりと反応する。……わかりやすくて助かるな。


「く、それがわかったところで問題ありません……
 私、王人事(オウ・ジンジ)の『ハイチオールシー(上海全域配置術)』で電梟を我が魔幇に引き入れたことに変わりはないのですからねえ!」


「せっかくだから俺も名乗っておこうかぁ!
 双子布(ふたごの)ロデム! 劉炎嵐、テメエは俺がボロ雑巾にしてやるぜえ!」
『ドローン越しにて失礼……双子布ハイド、魔幇の電子部門の者です』


銀髪の筋肉男が猛々しく叫び、傍らのドローンから電子音声が響く。
電子部門……通信妨害は奴らの仕業か。


「アタシは明朱垣(ミン・ジューユェン)――
 そこのザコお兄ちゃんたちの始末はアタシと豚おじちゃんがしてあげるわ♡」


金髪の少女が、無邪気とは程遠い表情で蛇絡たちを見ながら笑う。


「わたくしは豚増増(トン・マシマシ)……魔幇『ラーメン二郎』部門長です。
 あなた方を始末すると同時に、ウチの拉麺の宣伝もさせていただきましょう……!」


上等そうなスーツで身を固めた巨漢が、ぱきぱきと拳を鳴らす。


「……かはは、丁寧に名乗ってくれるとはね。わざわざやられフラグ立ててくれたな」


万事屋が強がって笑う……だが、その声はか細い。


「くくく、まだ終わりませんよぉ……
 少々そちらの頭数が増えているようですからねえ、こちらも増員させていただきましょう……!」


王人事が、もう一枚履歴書を取り出すやいなや……新たな人影が湧き上がる。
……その人影を見た万事屋と、その連れだった少女……日ノ御子神楽の顔色が変わった。


「……うそ、なんで」
「……オイオイ、再生怪人まで来ンのかよ」


漆黒の近未来的なアーマーに、胸と顔面に赤く輝く×型のパーツ。
噂に聞き及んだことがある―― 上海に潜む『最悪の始末屋』χ。
口元から微かに聞こえるのは、呼吸音……いや、機械音か。
だとすれば、狙いは…… 


そこまで考えたところで、俺は結論付ける。
……この状況を打破するためには、怒り任せでは無理だ。
少なくとも、俺がまともに怒ることさえできない現状では。


俺は咄嗟に、そばに転がっていた小麦粉の袋を敵連中目掛けてブン投げる。
態勢を整え直す一瞬を作るための、即席の煙幕……屋台の主には後で詫びておこう。
小麦粉の袋は簡単に破れ、中身が一気に広がり、俺たちの姿を隠す。


「! 小癪なマネをぉ……!」


筋肉男――双子布ロデムが迫ってくる気配が近づく。宣言通り、奴の狙いは俺らしい。






「……万事屋、お前は蛇絡たちの方を頼む!」


白煙の向こうで、影が揺らめき……離れていく。
……折角万事屋が生かした命を、カスどもの好きにさせる義理はねえからな。


――こうして、魔幇の連中との乱戦が幕を開けた。




11.FIRE FIRE



Side:双子布ロデム vs 劉炎嵐



「逃げようとでも思ったか? 無駄、無駄ムダムダァッ!」


「……くっ……!」


双子布ロデムの猛攻の前に、劉炎嵐は防戦一方であった。


理由は、双子布ロデムの能力『ボディ&ブレインサラダサージェリィ(恐怖の脳筋革命)』にある。
身体的能力と頭脳的能力の比率を自在に変動させる――そして対象はロデム本人に限らない。
ロデムが相対した相手の身体と頭脳の比率もまた変動させることができる。
つまり――今の炎嵐は、ロデムの能力によって筋力を最低に、頭脳を最高に変えられている。
この状態ではロデムにパワーで負けている以上、喧嘩殺法による力押しが通用しない。
頭脳の回転が速くなったことで、辛うじてロデムの動きを読むことができるものの――
回避するための動きに身体がついていかず、攻撃が何度も掠めている。


さらに悪いことに、頭脳が過剰に明晰になった分――冷静になっている。
つまり――怒りに身を任せることができず『THE・炎怒』の熱源を絶たれている。
熱による攻撃も封じられた上、劈掛拳での攻撃も威力が足りていない。
故に、劉炎嵐は攻めあぐねている――!


「ハァッハッハッハァ! 红虎の怒りとやらも大したことがねえなあ!」


「――!」


煽り文句に対しても十分に立腹できない炎嵐を前に、ロデムは攻撃を続ける。
炎嵐の反撃を受けるものの、フィジカルの差で決定打にはなり得ない。


(フフン、痛打を的確に何度も当てれば勝てる――そう思っているでしょうが、甘い甘い。
 今の奴は筋力0、対して私は今や通常の奴の倍以上の筋力。
 何発貰おうが痛くもかゆくもありません、それに比べこちらの攻撃は致命傷レベル。
 向こうが百発重ねる前に、私の数発の拳で红虎を狩り殺せますとも!)


ロデムは炎嵐を攻め立てながら、攻撃と攻撃の狭間で冷静に分析する――


双子布ハイドと双子布ロデム、彼らは兄弟ではない。
一人の人間が『恐怖の脳筋革命』で頭脳派の兄と肉体派の弟に扮しているのである!
ハイドとして活動するときは、同じ頭脳派の相手を筋肉バカに変えて知略で嵌め殺す。
ロデムとして活動するときは、同じ肉体派の相手をモヤシっ子にして暴力で潰し殺す。


炎嵐を攻め立てる合間合間で、瞬間的に頭脳にリソースを割いて次の手を予測する。
ハイドの優れた頭脳は、一手先二手先の未来さえ見通す――
瞬時に練った策をロデムの圧倒的身体能力で実行に移す。
攻防に隙の無い、完璧な布陣――!


「ハァッハァ! まともに拳も受けられねえ状態でいつまで持つかなァ!」


ロデムが腕を引き絞り、渾身のストレートを放つ――計算上、回避は間に合わない。


「……出ろ」


だが、炎嵐は――右手を突き出すとともに、『清王朝のダイヤ』を出現させた。
ロデムの拳が、突如現れた宝玉に命中する寸前で止まる。
ロデムの怪力で殴れば、万に一つダイヤが砕ける可能性がある――
ボスの指令が奪還である以上、傷一つでもつけるわけにはいかない。


「……な! テメェ、卑怯だぞ!」


「人が弱ってるトコにぞろぞろ団体で攻め入る奴らに卑怯を語られたくねえな」


ダイヤを再び引っ込め、炎嵐が体勢を整え直す。
だが、今の炎嵐に双子布ロデムを倒す手段がないことに――変わりはない。






Side:豚増増 vs ギャラハッド・ソネット



「ぐ、ああっ…… 重てぇ……っ!」


ギャラハッドは地面にうつ伏せになった状態で、身動きが取れない。
その様子を見下すように、豚増増がギャラハッドの背中を踏みつける。


「ブフン、私の『天地返し』のお味はどうです?
 朝からいい食べっぷりを見せてもらったお礼ですよぉ……!」


豚増増の能力『天地返し』は――コールと共に相手の摂取カロリーに応じて重力を増幅する。
『ファイアーボイス』の発動準備としてカロリー摂取が必須となるギャラハッドの天敵ともいえる能力であった。
しかもギャラハッドは、増増の店で一日の摂取目安カロリーを超えるラーメンを平らげた状態である。
のしかかる重圧のせいで立ち上がることはおろか、身体を起こすことすらできなくなっていた。
うつ伏せゆえに口からのファイアーボイスは相手に届かず、切札である尻からの噴射も
悪臭と炎で周囲の人間を巻き込むことを考えると、みだりには使えない。
――事実上の封殺である。


「あなたはそこで潰れてなさい――お仲間がいたぶられる様を眺めながらねぇ!」


動けぬ弱者にはもはや構わず、増増は明朱垣らのいる方へと進んでいく。


「……行かせるかよ……っ!」


ミシミシと全身を苛む重力に耐えながら、ギャラハッドが増増の足首を右手で掴んで引き留める。
だが――蟷螂の斧に過ぎない抵抗だ。


「邪魔ですよ、くたばり損ないが!」


拘束を力で振り解き、ついでにギャラハッドの右手に体重をかけて踏みにじる。
苦悶の悲鳴を上げながら、ギャラハッドは増増の背中が離れていくのを見つめるしかなかった。


Side:明朱垣/χ vs 灰蛇絡/日ノ御子神楽/死神



「あっはははは! ザコが必死になっちゃってみっともなぁい♡」


朱垣が鞭を振りかぶり、神楽と死神めがけて振る――否。
真の狙いはそれを庇おうとする、灰蛇絡のほうだ。


「ぐ……あぁっ……!」


先の戦いで焼け爛れた皮膚に、容赦のない鞭打が飛ぶ。
激痛に顔をゆがませながらも、二人の少女を庇おうと必死に立ちはだかる蛇絡を
朱垣は嬉々として甚振(いたぶ)る――


「……や、やめてください……!」


庇われている少女の一人、日ノ御子神楽は涙を浮かべていた。
――その声は、鞭を振るう幼女へのものか、身を挺する青年へのものか。
もう一人の少女、死神は表情を変えぬまま、じっと朱垣を見据える。


「あはっ♡ いいわよぉ、やめたげる。 ……アタシはね」


にぃ、と朱垣が意地悪く微笑むと同時に――χが赤く輝く剣を振るう。


「――×刀(バットウ)・『治癒禁止』」


ざん、と蛇絡が袈裟懸けに切り裂かれ――深い裂傷が、僅かな時間差と共に刻まれる。
更に傷の上から、赤い×印が蛇絡に張り付く。
強烈なダメージに、がくがくと蛇絡が痙攣しながら崩れ落ちる。
その様子を満足げに眺めながら、朱垣は敗者を煽り立てる。


「あははっ♡ もう虫の息でびくびくしちゃってる♡ ざぁこざぁこ♡
 ……でも、まだ死なせてあーげなぁい!」


朱垣が蛇絡に向かって手をかざし、自らの能力『延長戦(オーバータイム)』を発動する。
致命傷を負った人間を生かし続ける、朱垣の悪意を具現化した能力が
失われるはずの蛇絡の命を、魂を――ずたずたの肉体に縛り付ける。
朱垣が多種多様な凶器を取り出し、蛇絡を更に痛めつけにかかる――


「蛇絡さんっ!! ……あ、ああ……!」


神楽は惨劇を前に、身体が竦んで動けなくなっていた。
目の前の無慈悲な『始末屋』を見て、彼女自身の悪夢(トラウマ)がフラッシュバックする。
一昨日、地下大放水路で自分から引き剥がされて無力化したはずの、忌まわしき拘束着。
なぜ、自分という中身が失われてなおも動いているのかという疑問が混乱に拍車をかける。
その隙を始末屋は見逃さない――


「……嬢ちゃん!」


咄嗟に白髪黒羽が割って入り、神楽を庇う。
防御に回した右腕を切りつけられ、更に×印を張り付けられる。


「……お前の相手はこっちだ、鎧野郎!」


×印を次々に受けるのもお構いなしに、黒羽がχを引き剥がす。


「なんで、アイツが―― だって、あれはもう……」


恐怖の余りに呼吸を乱し、涙をこぼしながら……神楽が、離れていく黒羽を見る。
その傍らに、死神が寄り添い……そっと抱きしめる。


「……うん。あれは、ただの機械。中身のない、人形」
「…… 機械……人形?」


死を経験した重みからか、あるいは彼女だけに見える何かから感じ取ったか――
死神はχが自動操縦の機械人形であることを見破っていた。


===


『最悪の始末屋』χ――
本来の正体は、日ノ御子神楽がパワードスーツを纏った姿であった。
搭載された制御装置によって神楽の自由意思を奪った状態で稼働する反面、
神楽がいなければただのパワードスーツでしかなかった。


だが、一昨日の地下大放水路での戦いにおいて――予期せぬ事態が発生していた。
地下大放水路で万事屋らと共闘した殭屍(キョンシー)女陰黄泉(ヨニヨニ)
彼女自身も自覚せぬ能力、『律令(ルール)』。
彼女が思いつく理屈はあり得るものとして世界に固定化され、
彼女が思いつかない理屈はあり得ないものとして世界から消滅する――
物理法則や現実性さえも揺るがしかねない、危険な能力である。


χを撃破した際、中から現れた神楽を見て黄泉はこう考えた。
『⊕χの正体は彼女ではなく、周囲のアーマーだった』と。
神楽の外見が極めて普通の少女だったことで、黄泉の中で神楽=χの図式が成り立たなかったからだ。


この瞬間、χの外殻に過ぎなかったパワードスーツは、一個の自立した存在へと変化した。
その結果――パワードスーツ自体が、AI制御により稼働する自動人形と化したのだった。
χの存在は組織の中でも秘されていたために、王人事はχと日ノ御子神楽を結びつけることができなかった。
王人事の能力で、神楽が呼び出されて操られなかったのは幸いではあったが――
現状だけを見れば、むしろ事態は悪化していた。


――機械は幻想(イメージ)を見ない。
今のχは、白髪黒羽にとっての天敵となっている――!


===


「……待って、それじゃあ……万事屋さんが危ない……!」


神楽も、すぐにその可能性に思い至る。だが、今の彼女に戦う力はない――
攻撃のために力を振るおうとするたびに、χの影がちらつく。


“お前はやはり『始末屋』だ” “その力でまた人を害するのか”……
幻聴だとわかっていても、振り払えない。
幻覚だと理解していても、振り解けない。


「――大丈夫。『それ』はそばにいるだけ。……無害だから」


震える神楽を、なおも死神は抱きしめて言葉をかける。
死者とは思えぬ温もりを感じ、神楽は恐る恐る顔を上げる。


“……”


幻影のχ――神楽の黒物子は、ただ神楽のほうを向いている。
何も言わずに、ただ傍らにいる。それだけだ。


「……」


神楽は、どこか拍子抜けしたような感覚に包まれる。
――『これ』は確かに無害だ。何もしてこない、何も言わない。
なら、今まで私が感じていたものは――他でもない。


――私が想像(イメージ)した、肥大化した悪夢(トラウマ)の片鱗に過ぎない。


力を恐れていたから勝手に声を聴き、
行いを悔いていたから勝手に姿を見ていた。


「……わたしも、この間、すごく怖かったことがあります。
 自分が自分でなくなるかもしれない、いやなものを見ました」


死神が、ぽつりぽつりと語りかける。


「……正直、まだ気持ちの整理はついていません。
 でも、わたしは。今できることを、やることにしました」


死神が神楽から離れ、ボウルと泡立て器を改めて構える――
作りかけのバターは、炎嵐と黒羽の戦いの熱で溶けてしまっていた。


「……自分たちに害をなす悪い人たちを、ブッ飛ばす。
 それがわたしの今やること、です」


泡立て器を向けた先には――すでに臨戦態勢の豚増増が控えていた。


「お嬢ちゃん、大人をからかうもんじゃあないねえ……
 悪いがウチの店じゃあバターはトッピング不可だ、背脂なら大歓迎だがね」


「……あの人はわたしが引き受ける。
 神楽さんは、あなたができることを、してください」


「! ……わかりました」


死神に促され、神楽は黒羽と交戦するχの元へと向かう。
増増がそれを阻もうと横から襲い来る――その顔面目掛けて、死神が溶けたバターをぶちまける。
その隙をついて、神楽は走り去っていく――!


「ブッ! ……よくもスーツを…… 許してもらえると思うなよ、ガキが!」
「あいにく、現世にいる期間ならあなたより長いです」


付着した乳脂肪の液体を乱暴に袖で拭い、増増が死神と対峙する――!




===


魔幇の幹部級数名による、ダイヤ奪還計画。
その悪意の罠と連携の前に、解決屋たちは苦戦と防戦を強いられていた。


――だが、強固に築かれた城砦も、蟻の開けた巣穴一本で崩れ去ることがある。
そして、その穴は――既に穿たれていた。






12.TOXIC VIBRATION







Side:双子布ロデム vs 【劉炎嵐】





攻撃を辛うじて捌いていたように見えた炎嵐だったが――
それこそが双子布ハイド・ロデムの最後の罠だった。


屋台街の奥、路地の最奥――行き止まり。
もはや逃げることも、攻撃を受け流して離れることもできない。


「ガァッハッハッハァ! 鬼ごっこはこれでオシマイだなァ!」


壁に背をつく炎嵐を前に、ロデムが力を溜める。
腰だめに腕を引き絞り、トドメの一撃を放つ体勢のまま逃げ場を奪う。


「……そうだな、これでオシマイだな」


炎嵐が諦めたかのように溜息をつき――右手から『清王朝のダイヤ』を再び取り出す。


「フン、また盾にする気か! もうその手は食わん、貴様の腹をブチ抜いてやるわァ!」


ダイヤを見つめながら、鼻で笑うロデム。
後を追ってきたドローンは、魔幇各地のアジトにリアルタイム映像を配信している。
『红虎』と呼ばれた男の最期というには、あまりに情けないが――むしろ無様な姿を喜ぶ者も多いだろう。


「じゃあな、红虎! ダイヤは有難く俺が貰ってやるから往生しなァ!!
 チェック!メイトだああああッ!!!」


ロデムの筋骨隆々の両腕が、溜めから解放される――
筋力を極限まで落とされた炎嵐には、逃れるすべはない。


劉炎嵐には(・・・・・)


「……やめときな。アンタじゃ【红虎の怒りに触れる】のがオチだぜ」


その瞬間――『清王朝のダイヤ』に付与された想像(イメージ)が着火する。


「は―― ガボアァッ!?」


ロデムの顔面がぐしゃりとひしゃげ、体勢を崩したロデムが元来た路地を吹き飛ばされていく。
その顔は火箸を叩きつけられたかの如く、拳型の火傷が刻まれている――!


「ば、バカな! 貴様の筋力は女子供並まで下げたはず!
 ましてや!こんなに熱く怒れるはずがねえ……!」


「かはは。そうだな、今のベニトラ(・・・・)はこんなパンチ打てねえだろうな」


狼狽えるロデムに、女の声が応える――女?


「だが――そこまでメタるってことは。
 テメエ自身がそんだけ恐れてる(・・・・・・・・・・・・・・)ってコトだ。
 イメージだけでガチ火傷しちまうくらいになあああ!」


毒と疲労と激痛を押し殺すように――白髪黒羽(・・・・)が、高らかに笑う。


「な―― バカな、まさか―― ……あの時か……!」


「頭がいいってのは有難いね、説明の手間が省けるぜ」


ハイドは狼狽えながらも、頭脳をフル回転させて思い出す。
――一見破れかぶれに見えた、小麦粉の煙幕。あれが、布石だったと。


===


――時は少し遡る。


小麦粉の煙幕の影で、炎嵐と黒羽は密かに作戦会議(ブリーフィング)を行っていた。


「……お前の能力で、俺とお前を入れ替えて錯覚させることはできるか?」


「? ああ、できっけど……なんでだ?」


「おそらくだが…… 俺らの情報が洩れてる。
 ギャラハッドが一撃でやられて、俺もこのザマだ。
 このまま奴らのマッチアップに付き合ったら、各個撃破されるのがオチだ」


「……なるほどね。多分アタシの能力が通じない相手も用意されそうだ」


「だから、そっちを俺がやる。お前はあの筋肉ダルマをやってくれ。
 多分奴が俺を封じてる、奴さえ倒せば全力を出せるはずだ」


「オーライ。……でもお前に扮したアタシがダイヤを持ってないことがバレたら、この作戦はすぐ瓦解するぜ?」


「その心配はねえよ。もう渡してる(・・・・・・)


「……マジで?いつ?」


「さっき握手したときだ」


「……いいのか? 持ち逃げすっかもしんねーぞ?」


「それをするタマなら、蛇絡を庇ったりしねえだろ。……頼むぞ、万事屋」


作戦を伝え聞いた黒羽が炎嵐に触れ、【白髪黒羽】のイメージを。
自分の体に触れ、【劉炎嵐】のイメージを刻む。


そして、劉炎嵐に扮した黒羽が叫ぶとともに、炎嵐が蛇絡らの元に向かい――χと対峙したのである。


「……万事屋(・・・)、お前は蛇絡たちの方を頼む!」


===


劉炎嵐は、身体能力を最低レベルに下げられていた一方で――
思考能力を最高レベルに引き上げられていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
双子布ハイド・ロデムの失敗は、ただ一つ。
劉炎嵐ほどの身体能力を持つ相手に『恐怖の脳筋革命』を適用すれば、その頭脳は
ハイドに匹敵、あるいは凌駕するレベルになるということを失念していたことだった。
故に、炎嵐は魔幇の策を見抜き、そこに風穴を開ける一手――
白髪黒羽(イレギュラー)を利用する策での反撃を試みたのだった。


===


「あんな短時間で、俺らの策を見抜くとは――
 だが!種はもう割れた以上、死ぬのが一歩遅れただけに過ぎん!」


双子布ロデムは鼻血を指先で拭うと、再度目の前の相手を屠るべく進撃する。
そのうえで『恐怖の脳筋革命』も発動、黒羽の筋力を最低レベルへと引き下げる。
イメージで多少強力な攻撃が飛んで来ようとも、油断さえなければロデムの筋力で
強引に押し通せる――!


「いーや、チェックメイトだよ。
 アンタが红虎の怒りを【想像】した時点でな」


『万事屋』白髪黒羽は――こちらに突進してくるロデムに対し、何かを投げつけた。
先程屋台に吹き飛ばされたときに、咄嗟にひっつかんでポケットに入れていた塩だった。


ばさぁ、と力士の土俵入りのように塩の粒が舞う。
目潰しにしては心もとなく、攻撃としてはあまりに貧弱な道具――


当然、ロデムが怯むはずもない。
万に一つも目に入らぬよう、塩粒の流れを引き上げた動体視力で追う――
……目で追う、だと?


「な…… 貴様、まさか!」


「あ、気づいちゃった? ……ご愁傷様ー」


ロデムは――ハイドは、気づいてしまった。
白髪黒羽は塩の粒一つ一つにイメージを込めたのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、と。
優れた動体視力と反射神経が、飛び交う物体を無視することを許さない。
見えた粒全てのイメージを一度に叩きつけられる(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
かといって身体能力を落とし頭脳に回すのはもっと悪い。
優れた頭脳は素早く回転し、次の一手先二手先を読む――想像してしまう(・・・・・・・)
強度の下がった肉体で、想像の攻撃を受けて耐えることは……できそうにない。


「さてここで問題です。……アタシが塩の粒に込めたイメージは何でしょう?」


白髪黒羽の、意地の悪い声が響く。
ばらまいた塩粒、全769粒。その全てに、こうイメージが刻まれていた。


【もう一回】【もう一回】【もう一回】【もう一回】
【もう一回】【もう一回】【もう一回】【もう一回】
【もう一回】【もう一回】【もう一回】【もう一回】――


ロデムがその意味を把握した瞬間――恐怖のあまりに絶叫した。
そのイメージの意味を、こう解釈してしまった。


もう一回同じ想像を食らう(・・・・・・・・・・・・)】――【红虎の怒り】を。


――狭い路地に、猛烈な勢いで殴打音が響く。
769発に及ぶ【红虎の怒り】――劉炎嵐の本気の拳を想像した男が、想像に殴り飛ばされていく音だった。


「……イタリアならアリーヴェデルチ、って言うトコなんだがな」


魔幇の恐るべき筋肉処刑人・双子布ロデムと電子部門の右腕・双子布ハイド。
一人二役の奇才は、己の策に溺れた末に敗れ去ったのだった。


そして、この戦いの決着が――戦況を大きく変えていくことになる。




双子布ハイド/ロデム:戦闘不能




13.BLACK.by X-Cross Fade



Side:χ vs ???



【白髪黒羽】――もとい、劉炎嵐は微動だにできずにいた。
χとの交戦により、身体にはあちこちに刀傷ができている。それらの傷の周囲には、
多くの×印が不気味に張り付いている。


『回避禁止』『攻撃禁止』『防御禁止』『回復禁止』――
ありとあらゆる行動を禁止され、今や劉はχの前に立つ木人同然だった。


(……普段通りなら、もう少し粘れたんだがな……クソッ!)


『発言禁止』により、声を出すこともままならない。
冷徹な機械人形は、もはや興味がないかのように死刑の執行手続きに入った。


「――供儀×刀(クギバットウ)――『生存禁止』」


赤光を放つ剣が、一段と禍々しく枝分かれし――七支刀じみた異形の剣へと変貌する。


(……万事屋は、間に合わなかったか――すまねぇ、双葉。救ってやれなくて)


筋力が戻っていても、過剰なほどの禁止項目がある状況では、もはやどうにもならない。
己の運命に怒ることもできぬまま、潔く受け入れるほかなかった――


がきん。
χが振るった刃は、しかし炎嵐の命を刈り取ることはなかった――


「……!」


炎嵐の目前には――赤色の剣を構え、傀儡の振るう処刑剣を受け止める少女の姿があった。
――日ノ御子神楽である!


「……耐えさせてごめんなさい、炎嵐さん」


「――妨害を感知――天×敵面(テンバツテキメン)・スタンバイ――」


χがぎこちなく動きながら、胸部の×型アーマーにエネルギーを充填する。
高出力のビームで二人まとめて消し飛ばさんと、字義通りの必殺技を構える。


だが、そんな相手の様子に怯むことなく――
神楽は少女とは思えぬ力でχの刀を押し返し、そして――打ち砕く。


「……お前は私だったかもしれない、けどもう違う!」


幻想との決別のため。己を害するものとの決着のため。
――日ノ御子神楽は、怒りの炎を自分のエンジンに灯した。


「……がらんどうの人形が、私のマネなんかするんじゃない!」


その目には力強い光が宿り――呼応するように、握りしめた×型の剣も輝く。
自分の抜殻が必殺技のチャージを負える、その刹那――
一気に刀を振り抜き、斬りつける。


「――私は! お前の『禁止』を『禁止する』!」


神楽の一太刀は、物理的な損傷は一切与えなかった――
だが、χの胸元の×印は、その上から神楽が与えた『禁止禁止』の×印に覆い隠されていた。
充填したエネルギーが霧散し、消失していく。


「――ERROR:禁止剣生成不能、ERROR:エネルギー低下――」


日ノ御子神楽の『罰天令(バッテンレイ)』を解析し、動力に変換していたχ。
そのエネルギー源である『禁止能力』を『禁止』され、全機能がシャットダウンしつつあった。
だが――完全停止を前に、χは残されたエネルギーを強制的に変換していく。


「――ERROR:ERROR:×:×:ERROR――」


エラー音をけたたましく鳴り響かせながら、眼前にいる人間――
分かたれた本来の中身である神楽を排除せんと、最後の唸りをあげる。


「……よくやった、嬢ちゃん。
 だが……俺にも一発殴らせてくんな」


一太刀を浴びせた神楽をねぎらうように、劉が割って入る。
――双子布ハイド・ロデムが敗れたことで普段の筋力を取り戻し、
神楽の『禁止禁止』によって、χに付与された×印の枷も既にない。


ギリ ギリ ギリ


そして、何より――彼の怒りを押しとどめる、無用の理性も。


ミチ ミチ ミチ


「……ポンコツは大人しく壊れやがれええええええっっっ!!!」


――『红虎』の怒りが、パワードスーツを打ち据え、装甲を割り砕き、内部基盤を焼き焦がす。
『損壊禁止』の防御も『禁止』されているχに、怒りの正拳突きを止める手段はもはやなかった。


「ピ……ピガガーッ!」


感情や感覚を持たぬはずのAIが断末魔をあげ――各所の基盤が連鎖的に爆発する。
上海を震撼させた『最悪の始末屋』の――本当の、最期だった。




χ:完全破壊・機能停止


14.DEADROCK



Side:明朱垣 vs 灰蛇絡



――それは戦いと呼ぶには、あまりにも一方的だった。


地面に横たわる男の両手両足からは、爪が全て剝がされている。
両掌と両足首は大型のナイフで地面に縫い付けられ、腱も切られている。
重い火傷で赤く爛れた肌の上から、何十発何百発もの鞭打を受けて筋肉も断裂している。


――誰が見ても、致命傷以上の怪我を負っている。


「あははっ! 気分はどう? ま、いいわけないかぁ、ざこお兄ちゃん♡」


明朱垣にとっても、これは戦いではない。
自分よりも下の人間を、気が済むまで甚振る遊びに過ぎない。


延長戦(オーバータイム)』で無理矢理に延命し、終わりのない苦痛を与える。
相手が泣きながら死を願うのを笑い飛ばし、飽きたら『延長戦』を切って殺す。


朱垣は、蛇絡が無様に命乞いならぬ死に乞いをする様を今か今かと待ちわびていた――


――だが、蛇絡の口から出たのは、朱垣の期待とは逆の言葉だった。


「……死にたく、ねえ……」


「だよねー♡ 苦しいから早く楽に…… はぁあ?」


朱垣はひねくれた返答に機嫌を損ね、蛇絡をピンヒールで思い切り踏みつける。
苦痛に呻きこそするものの、悲鳴をあげない蛇絡に対してさらにいら立ちが募る。


「違ぇだろ! 死んだほうがマシなくらい痛めつけてやってんだぞ!
 このありさまで、なんでまだ命乞いなんかしてんだよ、ばぁか!」


イライラに任せて、朱垣が何度も何度も剥き出しの傷を踏み躙る。
だが、それに構わず――絶え絶えの息で、蛇絡が語る。


「……つい少し前まで、死にたいと、思ってたさ……でもな」


目の焦点がもう合わないほど、体力も尽きている――
視界の端に【白黒の姿】を見つけ、そちらをぼんやりと見つめる。


「今日会ったばっかなのに、さんざんひどいことしたのにさ……
 俺に『死ぬな』って……言ってくれた、人がいるんだ」


今度こそ正しく生きて、恩返しがしたかった。
それはもはや叶わないかもしれない、それでも――
もう自分から、あきらめたくはなかった。


「だから、俺は……その人の為にも、死にたくない、な……」


どこか満足げな表情を浮かべながら、蛇絡は最後まで――足掻き、藻掻き、生きようとした。


「……あっそ。つまんねぇの、もういいや」


――そんな男の小さな意地を蹂躙するように、朱垣の非情な言葉が響く。
『延長戦』の解除宣言――


手足や皮膚、裂けた筋肉から血が溢れる。
いかに魔人の高い身体能力といえど―― 待っているのは、死しかなかった。


がくり、と項垂れて動かなくなった蛇絡を、心底つまらなさそうに見下し――
軽蔑のまなざしを一瞬向けて、背を向ける。


「……ったく、つまんないったら。……まぁいいや、次はビクついてたガキをいじめて……」


呟いたところで、朱垣が異音に気づく。
ざ、ざざ、ざ―― 何かが、大量に、這いずるような音。


思わず、背筋に寒気を感じながらも振り向く。


「……え? 
 ちょ、なんで…… なんで、まだ生きてんの……?」


朱垣が見たのは――『延長戦』が終わり、死という試合終了を迎えたはずの男が、
ゆらりと立ち上がり、こちらを幽鬼のごとく睨みつける様だった。


「……っもういい! 死ね! 死んじゃえ! ……死んで!お願いだから!」


何度も何度も、解除したはずの『延長戦』を更に解除する――
だが、朱垣は知らない。 今、蛇絡を生かしているのは『延長戦』ではなく――
日ノ御子神楽によって、自殺防止の印として刻まれた『死亡禁止』だということを。


もちろん『死亡禁止』も、本来ならばただ生かすだけの力だ――
腱を切られ、手足を磔にされた蛇絡が立ち上がることなど、できはしない。
今、彼が立ち上がっているのは彼自身の『堕落蛇道』、もう一つの蛇――
血液を媒介に生み出す赤蛇の力によるものだ。


髪から生まれ、毒を持つ黒蛇に対し……血から生まれた赤蛇は筋力に優れる。
その赤蛇が、何十、何百と絡み合い、互いに支え合うことで――
彼の四肢の代用たるに十分な筋肉量を確保していた。


「ひ……っ! やだ、蛇キモい! 来ないで、来ないでえええ!!」


朱垣は、手足を無数の蛇で補った異形の姿となった蛇絡を見て、恐慌状態に陥る。
彼女にとって、これは戦いではない。自分より格下を嬲り、痛めつける遊びだった。
だが――蛇絡にとっては違う。これは己の命を嗤うものへの――復讐だ。


朱垣とて、メスガキ部門を任される幹部だ――
平時であれば、精神状態を切り替えて戦闘にあたることもできただろう。
だが、自ら命の灯を踏み消したはずの人間が、死ぬことなく怨嗟を向けてくるなど。
彼女の中では『あり得ない』ことだった。故に、パニックに囚われた。


「……どうしたよ、さっきまで元気そうだったじゃあねえか……
 俺から命を奪おうとしたんだ……だったらよ……」


蛇絡が、思い切りドスの利いた、恨みと怒りを練り込んだ声音で呟きながら朱垣に迫る。
朱垣はもはや言語にならぬ悲鳴を上げながら、鞭をむやみやたらに振り回すが――
文字通り一心同体となった赤蛇の腕が、鞭を掴んで彼女の手から引き剥がした。


「……俺が奪っても、文句は言わねえよなあああああああああ!」


未だ燻り、なお消えぬ命の炎に、怒りという薪をくべて。
蛇絡は、赤蛇数百頭の群体をしならせ、朱垣目掛けて振り下ろした――!


「~~~~~~~~~~~っ! ご、ごめんなさい!ごめんなさい!
 ごめんなさいおにいちゃん、ざこなんていってごめんなさいいいいいいいい!!!」


明朱垣は――灰蛇絡に、骨の髄まで屈服した(わからされた)
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を地面にこすりつけ、必死に命乞いをする。


どごん、と蛇腕が朱垣の真横10cmの地点を激しく叩きつけるとともに――
朱垣は口から泡を吹いて、完全に気絶した。


「……誰が殺すかよ…… 奪われるのも、奪うのも……もう御免なんだ……」


……蛇絡は人事不省に陥った朱垣に一瞥もくれず、皆の元へとゆっくり向かっていった。


明朱垣:戦闘不能


15.此岸の戯事



Side:豚増増 vs 死神



巨漢と少女、階級差の激しい両名の戦いは――意外にも拮抗していた。


「……ブフン、なかなかやりますねえお嬢ちゃん」


「……鍛えてますから」


豚増増は『天地返し』を使うことなく、目の前の少女に相対していた。
『天地返し』は直前24時間の摂取カロリーに応じた重力を相手に付与する能力だが、
死神の幼げな見た目から、十二分な効果は得られないと判断した。
コールの隙が命取りになりかねないと考えた彼は、もう一つの武器で挑むことにした。


増増はラーメン屋店長として働く中で最適化された筋肉を一段とパンプアップさせ、
羽と尻尾を持つ解決屋少女に向かって、特異な構えを取る。
貫手にした両腕を突き出し、指先を上に向け、腕全体を反らす――
これぞ中国の歴史の闇に紛れた伝説の獣臨拳(じゅうりんけん)の一つ・八猪拳(ハッチョケン)
猪の姿を象り、腕を牙と見立てて敵に猛進する剛の拳である!


対する死神は――これといった構えは見せない。自然体である。
解決屋として50年以上のキャリアを持つ彼女であるが、魂を縛る今の肉体は
極めて頑強にできているがゆえに、身体能力のみである程度の荒事はこなせてしまう。
型を持たぬ故に不安定、魂は縛られども構えは自在――


どう、と増増が足腰のバネを生かして突撃する。
死神は軌道を見切り、横にひらりと回避する――だが、横合いから増増の左腕がしなやかに突きを繰り出す!
八猪拳は猪突猛進を旨とするが、ただ突撃するだけでは只の猪にも劣る。
だが、相手の回避に合わせて体幹の捻りや腕による貫手の突きを二の矢として繰り出し、
そこから相手の懐に飛び込み続けるクリンチ型の近接戦闘を強いる――
縄張りを巡って身体をぶつけ合う猪が如き力強さと、それを支える細やかな技が八猪拳の真髄である!


死神も落ち着き払って、突き出された左腕を弾いて反らす。
相手の突きの勢いを利用し、左腕に絡むように回って増増の顎を狙った蹴りを繰り出す。
増増も咄嗟に顎を締めて痛打を回避し、そのまま左腕に半ばしがみついた格好の死神を
身体を大きくスピンさせて振り解く。
死神が弾かれながら、受け身の体勢を取って着地する。


互いに譲らず、それゆえに決定打が入らない……千日手にも近い状況になっていた。
そんな中、増増には焦りの色が浮かび始めた。


(……このままではロットが、乱れてしまう……!)


増増は、戦闘の時間を15分単位で管理している――
表稼業の麺の茹で時間、これを『ロット』として数える癖があった。


自分の胃袋の限界を見誤り、食べるペースが鈍化して席を占領するものがいれば
それは次の客への商品提供に支障が出るのみならず、その後の調理にもズレや不協和を
起こしかねない。故に、彼はロットの乱れを許容できないのだ。
それは魔幇としての荒事でも同じだ――15分を超える長期戦は、彼の性分に合わない。
ロットの乱れを感じたとき、彼は八猪拳をかなぐり捨て荒々しく暴れまわる暴君と化す。


(だが、目の前の相手にそれは悪手――なら、ここで決める!)


増増が覚悟を決め、腰を中腰に落とし、丹田に気を巡らせる。
死神も、ただならぬ気配を感じて増増の必殺の一撃に備える。


――どこかで、炸裂するような音が聞こえたのを合図に、
増増が溜めた力を爆発させ、一気に死神目掛けて突撃する!


死神は迷うことなく、大きく横にサイドステップを踏んで回避の構え。
増増は自らの速度と歩幅を瞬時に判断し、死神に向き直るタイミングを計る。


――だが、増増の計算は予想外のトラブルで狂うことになった。


「!!!!……ァァァァアアアアアアアャギ」
「……は…… !?」


どごん、と背後に強烈な衝撃を食らい――突進が急激に加速する。
死神の回避は既に済んでいる――追撃のタイミングが、完全にズレてしまった。


一体何が―― 首をひねり、背中にぶつかってきたものを確認する。


――【红虎の怒り】の疑似体験を数百回おかわりさせられ吹き飛んできた、双子布ロデムであった。
ロデムの体格は増増以上に大きく質量がある――そんな筋肉の塊が、自動車並みのスピードで
吹き飛ばされてきたのだから、そのダメージと勢いの加算たるや、想像に難くない。


「ブッヒイィィィィイィィィ!?」


豚増増は、不運にも仲間の撃墜の巻き添えを食らい吹き飛んでいったのだった。


Side:ギャラハッド・ソネット&死神



「……あれは……なんだったのでしょう」


偶然ながらも戦闘に勝利した死神は、呆ける暇もなく移動する。
そこには、地面に半ば埋もれ始めていたギャラハッドの姿があった。


「生きてますか、ギャラハッドさん」


「……なん、とかね」


死神の呼びかけに、ギャラハッドが身体を起こす。
豚増増が吹き飛んでいったことで、彼のかけた『天地返し』の効果もひとまず切れたらしい。


「ごめんよ、巻き込んだ上に……神楽ちゃんを守ってもらって」


「……いえ。わたしは、ほんの少しだけ。お手伝いをしただけですので」


ギャラハッドが、己の不甲斐なさに俯いた――そのときだった。


「……許さんぞ…… 許さんぞ、貴様らァァ~~~~~ッ!!!


双子布ロデムの巻き添えで吹き飛んだ豚増増が、戦線に復帰してきた。
既に時間は15分を超え、ロットは乱れ切っている――
型をかなぐり捨てた四足ダッシュで近くの屋台や残骸を弾き飛ばしながら、真っ直ぐに
ギャラハッドと死神の元へと突進してくる――


「……リベンジマッチ、させてもらうよ」


死神を手で制し、ギャラハッドが突っ込んでくる豚増増目掛けて――一息吸い、一気に吐く。


「……ファイアァァァーッ!」


ギャラハッドの能力『ファイアーボイス』――朝食のカロリーを消費し、高火力の火炎を口から噴き出す!


「!? グアアァ!熱っあちゃあああぁぁぁっ!?」


頭に血が上るあまり、直線的な行動しかとれない増増は炎に自ら突っ込んでいく。
上等のスーツに引火し、火を消そうと体当たりの勢いはそのままに、ゴロゴロと身体を回転させて
ギャラハッドにカウンターの火炎体当たりを目論む!


「お前も道連れにしてやるゥ、燃えろ燃えろォッ!」


「やなこった、焼豚には一人でなっててくれよ!」


増増が迫った瞬間、ギャラハッドは地面の方を向いてファイアーボイスを発動する。
炎の噴射の勢いで体を浮かせ、転がる増増をアクロバティックに回避してみせる。
更に、噴射した炎はギャラハッドの下をくぐる形となった増増の身体をさらに焼いていく!


「ギャアアアアッ! おのれ、おのれおのれえぇぇぇっ!
 ロット破りの放火魔めがあああああああっ!!!!」


火達磨になり、もはや理性のタガも外れた増増が、三度ギャラハッドへと突撃する。
だが、もはや勝負はついた――


「……残念だよ、ラーメン折角旨かったのに。もう食えそうにねえな……」


ファイアーボイスを増増と逆向きに噴き出し、加速。
相手の速度と重さをも利用し、背中からの体当たりではじき返す。
いわば、ファイアーボイス鉄山靠!


「プギャアァァァァッ!?」


会心の一撃に、ついに豚増増は四たび吹き飛び――死神ちゃんの屋台に頭から突っ込んでいった。


「……あ」


熱で溶けたバターが増増の服の炎に引火し、さらなる大炎上を生んで――
今度こそ、豚増増は意識を完全に失った。


「……ごめん、あとで作りたてバター、キロ買いするから」


ギャラハッドが気まずそうに、バターの焦げる香りが漂う屋台の方を眺めた。




豚増増:戦闘不能(ナイスクッキング)


16.焔極OVERKILL



Side:ALL



「な、な、な――」


王人事は目の前で起こる戦いの様子を、信じられないといった呆けた表情で眺めていた。


むろん、彼自身も決して無能ではない。戦闘系魔人を相手に立ち回る心得くらいはある。
とはいえ――それはあくまで一対一、それも自分が生き残ること優先の話である。
故に、戦闘は他のものに任せ、自分はあくまで指揮に回るつもりであった。
ところが今や、連れ立った幹部クラスがことごとく壊滅し、残るは王人事一人のみ。
新たな人員を呼び出そうにも、王双葉とχを呼び出すために能力を使ったために再起時間(クールタイム)がまだ残っている。
その時間が明けるまで、全員の猛攻を凌ぐことは――不可能だ。通常ならば。


「お、お前たち動くな!動けばこの娘の命が――」
「ひ、ひぇえっ……!?」


袖口に仕込んでいたナイフを咄嗟に取り出し、双葉を人質に取る――
衝撃で正気を取り戻したようだが、むしろ好都合だ。怯えてくれた方が人質としての効果は高い。
彼女が手元にいる限り、少なくとも红虎が手を出してくることはない。
他の連中が人質に構わず攻撃してくれば、そいつが红虎の怒りに触れる。
そうやって攻めあぐねている間にこの場をひとまず離れ、能力が使えるようになり次第
今度は红虎の履歴書を偽造し操れば――奴らを壊滅させられる。
追い詰められた王人事の頭脳は、まさに悪魔のような策を瞬時に練り上げた。


惜しむらくは――遅すぎたことだ。
せめて戦闘開始の時点で実行していれば、炎嵐を止められたかもしれない。
他の解決屋にしろ、人命が掛かった状態で複数名がかりの侵攻をかければ
どうにか凌げたかもしれない。だが――もう遅い。


劉炎嵐の怒気を抑える理性の足枷も、
ギャラハッドの炎を潰す重力の軛も、
黒羽の想像力を止める現実の妨害も、
死神の魂を縛り付ける迷いと憂いも、
神楽の拒絶の力を阻む過去の呪縛も、
蛇絡の生きる意志を奪う悪意の鎖も――とうに無い。


「その言葉、そっくりそのままテメエに返すぜ。
 双葉に傷一つでもつけたら、明日の朝日は拝ませてやらねえぞ……!」


「……多くの人間を巻き込んだんだ、そのツケは他の連中ともども払ってもらうよ」


「アタシの好きな言葉、パート2。『悪人に人権はない』だ、覚えとけ」


「最後にあなたをブッ飛ばす、それが『わたしたち』の今やることですから」


「人質を取るなんて――そんな非道、私が『禁止』します」


「……もう俺の前から何も奪うんじゃあねえ……!」


――一斉に燃える怒りの火の前に、王人事は情けなく震えるしかなかった。


「ひ、ひいいい!やめろ、近づくんじゃ……」


「……悪いね、こっからは――総攻撃のお時間だ!」


黒羽が二丁の拳銃を人事に向け――『創造上の想像力(イマジナリーファイア)』を着火する。
――【武装解除(ホールドアップ)】。
銃に付与されたイメージを叩きつけられた人事の手が弾かれ、双葉の首筋に向けていたナイフがあっけなく取り落とされる。
その瞬間、死神が素早く動き――人事の手から双葉を引き剥がし、奪還する。


「くっ、人質が……返せえ!」


死神が双葉の手を引いて飛び退くのと入れ替わりに、神楽が突き進み――
×印を束ねて作った棍棒――供儀×刀改め『供儀罰刀』をフルスイングする。


「逃げるのも逆らうのも歯向かうのも、みんなまとめて『禁止』します!」
「げふっ!? な、何だコレ……!?」


殴られた衝撃と同時に、身体中にいくつもの×印を刻まれてなすすべのない人事目掛け、
今度は蛇絡が赤蛇の腕を振りかぶる。


「ま、待って……ぷげぇっ!?」


顔面をしたたかにぶん殴られ、グロッキー状態の人事の前に――熱が迫る。


「――俺の!女に! 二度と手ぇ出すんじゃねえ!!!!!」


劉の渾身の劈掛拳で下からカチ上げられて、もはや悲鳴すらあげられない人事が
上空へと吹き飛ばされる。その先には、ギャラハッドが噴き出した炎が火球となって待ち構える――!


「……こういうの、日本のマンガだとこう言うんだっけ。汚ねぇ花火だ、ってな」


人事と火球がぶつかり、大きく爆ぜ―― 彼が懐に持っていた履歴書の束も一枚一片残らず焼滅する。
……数瞬後、黒焦げになった人事が地面に叩きつけられ、人型の凹みを通りのど真ん中に作り上げたのだった。




王人事:戦闘不能




17.Rejoin



Side:白髪黒羽





さて、これにて一件落着――と行きたいところだったが。
アタシの手には『清王朝のダイヤモンド』が残ったままだった。


つーことで、ベニトラ……もとい、炎嵐に返そうとしたのだが、固辞されちまった。
おいおい、いいのかい?
『红虎』が負けたって噂になりゃー、アンタの評判に傷がつくんじゃねえの?


「舐めるなよ、『万事屋』。
 お前は俺が“認めた”相手だ、他の連中に文句は言わせねえ」


……かはは、言うねえ。
で、ギャラちんはどうする? バトっとく?


「……勘弁してくださいよ、こんな状況でダイヤを奪って壊そうとするほど堕ちてません」


まー、ご先祖様の不名誉を晴らすにゃあ、コイツが何なのか白黒ハッキリつけとかねえとな。
アタシの仮説はあくまで仮説だし、もしかしたらもっと厄い正体とやらがあるのかもしんねえけど。
ひとまずはアタシのモンってことで。


「……わたしも、やめておきます」


ありゃ、死神ちゃんもダイヤ欲しがりさんだったか。何でまた?


「借金が少しばかりありまして。ダイヤを売れば返済できるかと思っていたのですが」


借金ねえ。ダイヤはくれてやれねえけど、神楽ちゃんを前向かせてくれた礼と
巻き込んだお詫びってことで『世界二位の司法書士』を紹介してやんよ。
……育休取ってるけどな。まあ、親友からの紹介を反故にするほど性格悪くはねーだろ。
あー、借金相談なら弁護士のほうがいいかな?まあどっちでもなんとかなるだろ。
いつでもどこでもなんでもかんでも世界二位になれる探偵殿だし。


「……ええと、ありがとうございます」


いえいえ。……まあ、百年節も折り返しってトコだし。
縁があったらまた会うかもな。そんときゃダイヤブン獲りに来てもいいぜ、ただしアタシが勝つけどな。




……さて、今回の騒動の発端となった灰蛇絡についてだが。
本人の希望で、罪をちゃんと償いたい……とのことだった。
だが……これもなんの因果なのやら。つっちー達が向かった監獄での、壮絶な戦いの結果――
そりゃあもう酷いことになったらしい。
それについては、アタシの口から語ることは避けておこう――
うっかり聞いた奴に『創造上の想像力(イマジナリーファイア)』が働こうものなら、とんでもないことになっちまうレベルでやべえことになってることだし。
それに、まだ魔幇が健在の現状では真っ当な司法の裁きを受けられるか怪しいところだろう。
その前に始末されるリスクも高すぎる……ってことで、こういうときこそ頼むぜガンちゃん。


「……ちゃん付けで呼ばれるほど親密度を稼いだ記憶は一度たりとしてないのだが」


『清海』リーダーがちっちぇえコト言うなよー、秘密を語り明かした仲じゃん?


「貴様が一方的にしゃべらせたのだろうが!……しかもダイヤの『本体』まで手にしているとは……
 何で貴様と話すたびに頭痛の種が増えていくんだ……!」


かはは、ちゃーんと情報共有したんだからこれでチャラにしてくんな。
つーわけで、蛇絡は清海預かりの身となったのだった。


「……本当に、すまない……ありがとう、⼩姐」


ま、暫くは監視の目もあるし、前以上に冷たい目線に晒されることも多いだろう。
……けど、きっと大丈夫だろうさ。


で、今回襲ってきた魔幇の連中は――全員もれなくしょっぴかれていった。
ついでと言っちゃあなんだが、今回のバカ騒ぎの責任を全部おっかぶせることにした。
なにしろ蛇絡が放った蛇が皆を襲ったのは事実、このままじゃ再起しようにも
みんなの反感は火を見るよりも明らかだかんな。


「やー、それにしても厄介モノだったよなー。王人事とか言ったっけか。
 魔幇でねえ人間を勝手に洗脳して手先にするとか、実に手ごわい奴だったよなー。
 ……だよなー、ベニトラ?ギャラちん?」


「……で、デスネー…… イヤー、人質まで取るなんてなー……あはは……」
「まったくだなあ、どこぞの白黒女みてえに性格のヒン曲がった野郎だったな……
 ……大根芝居に俺を巻き込みやがって……
「ホ、ホェンちゃん、抑えてよう……あ、あたしもネットで拡散しとくねぇ」


流石に余所者のアタシ一人が吹聴したって効果がねえもんな、これは。
つーわけでガンちゃんルートからもカバーストーリーよろー。


「……そろそろ真剣に依頼料を徴収することを考慮させてもらうぞ、万事屋」


え、目がマジなんだけど……えっと、なんかごめんね?


「……万事屋さん。護衛してもらっている身でなんですが、その媚び方は……ええと。
 今後『禁止』させてもらって構いませんか?」


……か、神楽ちゃんに言われるとすんげえクるんだけど……
あーもう、アタシをかわいいっつってくれるのはダーリンだけかよー。んもう。


ま、過程はともあれ――アタシの手が届いた奴が、少なくとも一人いる。
それだけでも今日一日の働きには過ぎたくらいのご褒美だ。


……よーし、屋台ちゃっちゃと治してみんなでメシだメシ!


===


――上海に、一人の悪人がいた。
薄気味の悪い、恐ろしい魔人だった。


彼は己の性を恐れていた。
人から奪わねば、害さねば生きていけないことに絶望した。
そして红虎を待っていた。
正しく生きられなかった自分を罰し、殺してもらうために。


だが、彼は――死ぬことをやめた。
红虎の怒りを買ってまで、見ず知らずの自分のために命を賭す一人の変わり者がいた。
まだ自分のために、何かを差し出してくれる人がいることを知ったからだ。


だから、それに報いるために。
捨てさせてもらえなかった命を、いつか誰かのために使えるように。
その時まで、男は正しく生きてみようと思ったのだった。


――悪人だった男の名は、灰蛇絡という。
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