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EP1.八極拳3~アマゾンの刺客~

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【魔幇】・特殊執行部隊【黑闇劍(ヘイアンジェン)】傘下
魔人化学研究施設第3号ラボ焼失事故報告書


 ■■■■年■月■日に発生した魔人化学研究施設第3号ラボ(以下3号ラボ)焼失事故の経緯を以下に記載する。内容は当時の責任者の証言と避難した実験担当研究員数名の証言に基づく。


■■■■年■月■日 【清王朝のダイヤ】の化学組成及び結晶構造分析のため、30日間の期限付きで【魔幇】上層部から3号ラボに移送。

■■■■年■月■日 【清王朝のダイヤ】の化学組成が地球上に存在する全ての鉱物と一致しないことを確認。結晶構造はダイヤモンドと酷似。

■■■■年■月■日 【清王朝のダイヤ】内部から、魔人能力の発現を促進するμ(ミュー)エネルギー波が放出されているというデータを検出。急遽予定を変更し、人造魔人適合実験体を使った照射実験のプランを立てる。

■■■■年■月■日 【清王朝のダイヤ】から放出されるμ(ミュー)エネルギー波の照射実験により、実験体3名に魔人能力が発現。うち1名は能力負荷に耐えきれず死亡。死亡した実験体の魔人能力は【■■■】によって保存の後、後日詳細分析予定とする。

■■■■年■月■日 実験体を使った2度目の照射実験中【清王朝のダイヤ】のエネルギー量が突如増大。実験体1名を蒸発させたのち、爆発を伴う火災が発生。3号ラボが全焼し、隣接する4号ラボも半焼。研究員5名と実験体12名(蒸発した1名を含む)の計17名が死亡。【■■■】4体(初回実験で魔人能力を保存した個体を含む)も焼失。【清王朝のダイヤ】は実験中止と共に直ちに回収され、【魔幇】上層部に返却。

■■■■年■月■日 【清王朝のダイヤ】暴走事故発生の事後処理として、3号ラボ責任者■■■を拘束の後、誅殺処分。後任に■■■を任命。■日現在、【清王朝のダイヤ】の暴走原因は不明。


※【清王朝のダイヤ】分析および実験が非公式のものとなるため、この報告書も非公開として【魔幇书库(モーパンシュークー)】第6資料室にて厳重に保管するものとする。

■■■■年■月■日


EP1.#1  これってもしかして映画デートってやつじゃね?


 上海郊外、朱家角。
 上海市街中心部から西に50km、レトロじみた街並が特徴的な水郷古鎮。その川縁を望む家々の一角に俺のボスである【点心會】スーシェン会長の隠れ家があった。
 ボスの隠れ家はここ以外にも何箇所かあるが、とりあえずこれから3日間はこの場所で身を潜めることになるだろう。

 隠れ家にはあらかじめボスが用意してくれた3日分の食料品があり、電気や水道等のインフラも生きている。しかも俺ん家より大分広いときていた。

「至れり尽くせりアルね。ボスさん、何だかんだでグイェンに甘いアル」
「そーだな。定時連絡でお礼言っとかなきゃなあ」

 【点心會】の面々とは毎日決まった時間に連絡を取り合い、情報を交換する事になっている。とは言え、【魔幇】の秘宝(清王朝のダイヤ)に誤認されてしまう能力を持ったタオマオを迂闊に一人にすることはできないため、俺ができる情報収集は専ら馴染の解決屋が頼り。

(こりゃある程度長期戦も覚悟しなきゃいけねーか……?)

 そう思っていた矢先、何と2度目の定時連絡で、まさかのボスからダイヤの有力情報が舞い込んで来た。

「カルミア・チャムリーという商家の令嬢が、ダイヤの秘匿情報というカードを忍ばせ上海進出を狙っておるらしい」

 聞けばカルミア・チャムリーなる人物は阿片戦争時代の貿易商をルーツとする英国企業の香港支社CEOで、【百年節】の賓客として招かれているらしい。
 しかしその野心を隠そうともしない彼女は、独自の情報網を駆使してこの度のダイヤ盗難の噂を嗅ぎつけ、遂には公に知られていないダイヤの秘匿情報にたどり着いたのだという。

「馬鹿かそいつ。上海の外の人間がそんな派手な振る舞いをしたら、命がいくつあっても足りないでしょう?」
「そこは彼女も危惧していたようで、最近姜芽芽(チャオヤーヤー)という優秀な護衛を雇ったという話じゃ」
「姜芽芽……名前は聞いたことがあるな」

 俺は【魔幇】に属する有力魔人を頭に思い浮かべる。もし姜芽芽があの辺りの化け物共に匹敵するほどの護衛ならば、強引な接触はよろしくない。出来れば友好的に近づきたい。

「それでボス、そのカルミアって奴の足取り、掴めたんですよね?」
「ふむ。彼女は明日の夜、HOTEL GOLDMAN上海で、新作映画の発表会にVIPゲストとして出席するらしい」
「流石ボス。抜かりないっすね」

 ボスは既に潜入のための偽造ペアチケットを用意しているから取りに来いと俺に言った。ん? ペアチケット?

「ちょっと待ってください、もしかしてタオマオも連れてけって言ってんすか? 危険ですよ!」
「ヌシの心配もわかる。じゃがこちらには現状カルミアに接触する伝手がない。ならばタオマオを連れて行き、無理にでも向こうの興味を引かせないといかんだろうに」
「それは……」

 ボスの言い分は正しい。向こうもダイヤの行方を追っているのならば、『見た人間が望むモノ』の姿に見えてしまうタオマオの存在は絶対に無視できないはずだ。だがそれは彼女を囮に使うことと同義、護衛の難易度も一気に跳ね上がる。

「それとも自信がないのか? 敵地に飛び込んでタオマオを護り抜く自信が」
「で……できらぁ!!!」
「それじゃタオマオに代われ。一応本人の了承も必要じゃろ」
「チッ……分かったよ!」

 完全に乗せられてしまった俺はスマホをタオマオに渡し、ボスの説明を受けさせる。彼女は時折こくりと頷きながら、ボスの作戦に相槌を打っていた。

「分かったアルよ! 潜入捜査、頑張るネ!」

 そう言うとタオマオは俺にスマホを返す。

「もしもし、話はついたみたいっすね」
「うむ。儂もヌシらが上手く相手方と接触できるよう祈っておる。くれぐれも恋心にかまけて浮かれ過ぎんようにな」
「からかうなジジイ! もう切るからな!」

 俺は捨て台詞と共にスマホを切る。あのジジイ、今後もタオマオのことでウザ絡みして来そうだ。頭痛くなってきた。

「つーわけでタオマオ。悪いが明日夜は俺と一緒に来てくれ。って、何ニヤけてんだよ」
「んふー、高級ホテルで新作映画の発表会イベントに参加だなんて……」

 ニヤついた表情のタオマオは突然顔を近づけ、俺の耳元でこう囁いた。

「何だか、デートみたいアルね♡」
「デッ……!!!」

 不意打ち止めろ! 極力意識しないように心がけている俺の努力を一瞬で無に返すな!! あーもう可愛いな!!

「あははっ! 照れてるアル! 可愛い♪」
「照れてませんがー! 言い掛かりはやめてもらえませんかー!」
「あははははは! 今の顔スマホで撮ってもいいアルか?」
「ダメ!」

 ジジイに続いてタオマオにもからかわれる。俺一応地元ではそこそこ怖がられてるヤクザ者なんだが……。
 タオマオはひとしきり笑った後、俺にある質問を投げかけてきた。

「そういえばグイェン、新作映画ってどんな作品アルか?」
「ああ、そういえば聞いてなかったな……いや……ちょっと待て……?」

 つい最近、俺の大好きな映画のそういったニュースを聞いたような気がする……?
 俺は少し緊張しながら、HOTEL GOLDMAN上海の公式ページにアクセスし、イベント一覧を調べる。もしかしたら……。
 そしてその映画のタイトルが判明した瞬間、俺は興奮が抑えきれなくなる。

「まさか……マジかよ……!」
「どうしたアル? グイェン」
「どうしたもこうしたもねぇよ! 『八極拳』の最新作だぞ! コイツぁやっべえ!! 最高だぜ!!」

 急にハイテンションではしゃぎ回る俺を、タオマオが嗜める。

「ちょっと落ち着くアル! その『八極拳』って、そんなに凄い映画アルか?」

 ほほう、ここに『八極拳』ミリしら勢という人生の10割を損している方が1名いらっしゃる。ならばこの俺が責任を持って沼に引きずり込まねばなるまい。
 俺は無言でTVの電源を入れ、iQIYI(サブスクch)のアクセスボタンを押す。最近のTVはワンタッチで配信動画が観られるので便利だなと思いつつ、お目当ての映画に辿り着く。

「実際見たほうが手っ取り早いからな。ほれ、一緒に見ようぜ」

 俺がソファーに腰掛けると、タオマオもその隣にちょこんと座る。
 俺はリモコンの再生ボタンを押す。即座に画面が本編へと切り替わり、俺の『人生』とも言える功夫アクション超大作の幕が上がった。

『八極拳〜龍虎闘劇〜』は、主人公のブレイブ・(チャン)が、拳聖の証である宝玉を巡って、『武神旅団』という闇の武闘派組織と闘うストーリーだ。
 本格派格闘アクションと王道エンタメ全開脚本の両軸が高い水準で纏まり、あらゆる年代の人々の心を掴んでいる。
 主演のジェット・ワンも、この『八極拳』が出世作となり、今やハリウッドで様々なアクション映画に出演している程のスーパースターだ。
 『八極拳』真の魅力をここで語ろうとするならば、SSが本筋そっちのけで30000字くらいになるので割愛するが、隣にいるミリしら勢のタオマオが早くも画面に釘付けになっていることからも、この映画の素晴らしさが窺い知れるだろう。

 そして何を隠そう俺の喧嘩スタイルはジェット・ワンの八極拳をベースにしている。まあそれはどうでもいいことだが、とにかく『八極拳』はそれくらいの神映画だってことだ。

 タオマオは映画の名シーンごとに、俺の期待通りのリアクションをする。ある時は拳を握り締め、またある時はうっすらと目に涙を浮かべ、コミカルなシーンではくすりと笑っていた。
 緊張感が高まるシーンで、隣にいる俺の手を強く握って来た時はこっちの心臓が止まるかと思った。何か出会って数日なのにやたら距離感が近いよねこの娘。

 やがて126分の至高の時間が過ぎ去ると、タオマオは俺の思惑通り『八極拳』の虜となっていた。

「うおおお! 八極拳最高! 八極拳最高! グイェンも八極拳最高と叫びなさい!」
「八極拳最高! 八極拳最高!」
「めっっっっっちゃ面白かったアル! この映画見てない人って人生の10割損してるアルね!」
「そうだろそうだろ? 更に明日はコイツの続編がお披露目なんだ! 最高だろ!」
「最高アル! 今から明日が楽しみ過ぎるアル!」


 こうしてボスの懸念とはやや違う形で、俺とタオマオは浮かれに浮かれ次の日を迎えるのであった。


EP1.#2 浸食! 密林の伝道師!



 HOTEL GOLDMAN上海。
 上海中心部に位置するこの三ツ星ホテルでは、間もなく新作映画『八極拳2~拳聖誕生~』の発表会が行われる。
 俺とタオマオはVIPゲストとして招かれている『カルミア・チャムリー』なる人物に接触するため、ホテルのイベントホールへと足を運ぶ。

 どれほどの効果があるのかはわからないが、タオマオには会場にたどり着くまでサングラスとマスクで変装してもらい、護身の為にNP34(ピストル)を持たせた。やはり彼女は黒社会の人間らしく、射撃の心得はあるようだ。会場内で変装を解いてからは【玄武印】を押印しておく。
 俺も懐にNZ75(別の銃)を忍ばせ、奇襲に備える。タオマオを囮にするということは、ダイヤに目の眩んだ敵も引き寄せる結果になるかも知れないからだ。用心に越したことはない。

「グイェン、カルミアって人、見当たらないアルね」
「ビュッフェ形式のイベントだからな。参加者が動くんで見つけにくいな」

 俺はスマホに転送されたカルミアの写真を眺めながら辺りを見回す。かなりの美人なので他の参加者の視線を集めていたら良かったのだが、そううまくはいかないようだ。

「あれれ? なんか向こう側が騒がしいアルね」

 タオマオが会場内の異変に気付く。俺らもそちらの方へ向かうと、一人の女が観衆の注目を集めていた。

「なんて可愛いんだ。あの子絶対新作のヒロイン枠だよ」
「でもスタッフらしい人とか居ないけど? 発表会の直前なのにこんな所に居るか?」
「韓国か日本のモデルかも。どの道あの可愛さで一般人は無理でしょ」

 それはアニメキャラのコスプレのような風貌の女だった。
 ピンクのグラデーションヘアをツインテールに結び、首にハート型のチョーカーを付け、派手なフリルが特徴的なピンクと黒の2トーンワンピースを身に纏う。
 細く白い十指はカラフルな指輪で彩られ、歩きにくそうな厚底ブーツを物ともせずに履きこなしている。
 何より俺が驚いたのは、その顔の良さ。きゅるんとした目は大きく、慎ましやかな鼻と口、丸い輪郭が幼さを強調する。しかし単なる童顔ではない。彼女はドールのようなメイクによって、その裏に秘められた色気をも最大限に引き出していた。
 俺はいつの間にか女から目が離せなくなっている。そしてまるで魔法にかけられたように「太可愛了……」と呟いていた。

「グイェン、ひょっとしてあの女に見とれているアルか?」
「えっ? ば、馬鹿、ンなわけあるかよ!」

 タオマオがジト目でこちらを見ていた。何だか凄く後ろめたい。
 女は注目の視線を浴びつつ、誰かを探しているような素振りで歩いている。だがすぐにビュッフェのケーキが置かれているテーブルへと歩いて行った。どうやら目当ての人物を見つけたようだ。

「グイェン! あの女の向かってった先!」
「ん?」
「ほらほら! あれ、カルミアじゃないアルか?」
「マジか!?」

 何とあの女が探していたのは俺らのお目当ての人物でもあるカルミア・チャムリーその人であった。つまりあの可愛い女はボスが言っていた姜芽芽とか言う凄腕の護衛って事か?

「四の五の言っても始まらねぇ。タオマオ、行くぞ」
「了解アル!」

 俺たちは意を決してカルミアの方に歩き出す。すると向こうも俺たちが近寄ってくる足音に気付いたのか、視線をこちらに向ける。そしてタオマオの姿を見るや否や、二人そろって驚きの表情を浮かべた。

「すみません、カルミア・チャムリーさんとお見受けしますが」
「……なあに? 私の雇い主に何か用かしら?」

 カルミアに先立って芽芽が牽制をする。

「用件は……お分かりでしょう? 貴方がたの目がそう言っている」
「……!」

 俺は精一杯のブラフをかます。慣れないことをしているせいで背中は汗びっしょりだ。
 だが向こうも同じくらい動揺している。カルミアは努めて冷静さを装うが、タオマオの方に視線が泳ぐ。芽芽の方はもっと露骨で、値踏みをする様にタオマオを睨んでいる。

「失礼、俺は【点心貿易有限公司】の郭というものです。以後お見知りおきを」
「私はタオマオアル」
「……驚いたわね。風の噂で『清王朝のダイヤは生きている』というものがあったけど、まさか本当だったなんて」

 やはりカルミアにはタオマオの姿が【清王朝のダイヤ】に見えるようだ。だが——

「ちょっと待って、一体どういうこと? この私そっくりの美少女(・・・・・・・・・)が【清王朝のダイヤ】って……」
「えっ?」

 芽芽が口を挟むと、カルミアが困惑の表情を見せる。彼女にはタオマオが自分自身に見えるのか……?
 だがこれは逆に好都合かもしれない。二人の認識に齟齬があれば、こちらの説明も素直に聞いてもらえる可能性が高い。少なくともジゥファンの時のように問答無用で襲われることはなさそうだ。

「お二方の疑問については、俺の方から説明させていただきます」

 俺は、タオマオの能力について二人に説明をすることにした。勿論重要なことは隠しつつ、だが。




『見た人間が望むモノ』の姿に見える魔人能力。
 つまりここにいる私そっくりの女は、私にとっての理想の私(・・・・)

(自分自身が一番のライバル、とはよく言ったものね)

 芽芽の心がざわつく。芽芽がその容姿に関してどれ程の称賛を浴びようとも、『可愛い』の追求を怠らないのは、『究極にかわいい理想の私』像を常に頭の中でイメージしているからだ。そう、私の【可愛い】はまだ発展途上。これからもどんどん進化を続けていく。

 そこに突然、自身が追い求めている【理想の私】が形をもって姿を現したのだ。

 無論それが【魔人能力】による虚構の可愛さであるのは重々承知である。だが、そんなことは大した問題じゃない。

『現時点で私より可愛いものが、この世に存在している』

 芽芽にとって許しがたいその事実が、彼女の心を大きく揺さぶったのである。

(いいわ。不本意だけど貴方をライバルとして認めるわよ)

——ならば、この心のざわつきを抑えるには……。

(超えるしかないわね。この【理想の(可愛い)】を……)




 俺の説明中にイベントは始まり、ステージの上には『八極拳』のキャスト陣が勢ぞろいしていた。あちらは大いに気になるが今は我慢だ。

「それで貴方は、何が目的なのかしら?」
「本物のダイヤの手掛かりが欲しい。このタオマオはダイヤが盗まれたせいで、ダイヤを追い求める奴らから狙われている」
「……見返りは何かあるのかしら?」

 カルミアは当然の疑問を口にする。こちらも彼女と共闘できるカードをディールしなければならない。

「あんたはダイヤを手に入れ、上海マーケット参入の足がかりとして【魔幇】に恩を売りたいんだろう? 俺らがダイヤを手に入れたらそれをあんたに渡そう」
「なるほど。貴方はその娘の安全が確保されれば、誰がダイヤを手にしても構わないというスタンスなわけですのね」
「そういうことだ。ならばお互い協力はできるだろう」
「……いいでしょう。けれどもいざダイヤを手に入れた途端、行方を眩まされても困りますわ。ここはビジネスパートナーらしく契約書を交わす形でよろしくて?」
「ああ、構わない」

「ちょっと待ってもらっていい?」

 ここで芽芽が口を挟んできた。今の共闘条件に何か不満でもあるのだろうか?

「私、【清王朝のダイヤ】に興味があるの。私個人がダイヤを手に入れた場合、その処遇は好きにさせてもらうわよ」
「おい待てよ、そうなると話が変わってくるだろう!」

 カルミア側の最大戦力はこの芽芽と言って間違いない。そいつが共闘に非協力的ならば、そもそもこの契約は成立しない。

「焦らないで。私は『好きにさせてもらう』と言っただけよ」

 そう言うと芽芽は急に近づいて両手を伸ばし、俺の頬にそっと触れる。

「私、貴方にも興味があるの。貴方がどうしてもって頼みこんでくれれば、貴方の言うとおりにするわ」
「なっ……!」

「……ねぇ、どうして欲しい?」

 芽芽の大きな瞳が上目遣いでこちらを見ている。待ってどういうこと? 心なしか顔を赤らめてる気がするし、手のひらの感触めっちゃ柔らかいし近くで見ても顔が良すぎるしヤバいヤバいヤバイヤb

「グイェン」

 ナイフで刺すような冷たい声で、俺は我に返る。声の主のタオマオがものすごい顔でこちらを睨んでいた。

「わ、分かった。あんたがダイヤを手に入れた場合に限り、個別交渉に移ろう」
「ありがとう。下の名前、グイェンって言うのね。私のことは芽芽って呼んでね♡」

 芽芽はそう言うと、にっこり笑ってウインクした。……ひょっとして俺、モテ期来てる?




「はい! 深林さぐり、インザ上海であります!!!!!」

 天凌学園2年生、観光客のSちゃんこと深林さぐりは文化祭の福引で当てた『祝・百年節&『八極拳』新作発表! 上海3泊5日の旅』のプラチナチケットで、ここHOTEL GOLDMAN上海を訪れていた。

「いやー、無限億円の総資産を持つ阿保坊くん主催の福引の特賞、流石と言ったところですね! ホテルは当然のようにスイートルームだし、ビュッフェの食事は絶品オブ絶品!!」

 さぐりはそう言って3段重ねに盛ったアイスクリームに舌鼓を打つ。

「そして何より! 『八極拳』の新作発表で生ジェット・ワンを拝見できるのが素晴らしい! うおおお! 八極拳(アマゾン)最高! 八極拳(アマゾン)最高! オマエも八極拳(アマゾン)最高と叫びなさい!」

 何か八極拳とアマゾンがごっちゃになってる気もするが、今のさぐりはそれ程までにテンションが高かった。
 そんな中、イベントホールが暗くなり、ステージの方にスポットライトが当たる。

「それでは皆様お待たせいたしました! 只今より新作映画『八極拳2~拳聖誕生~』の制作発表会を開始致します!」

 ファンならば100万回は聞いているだろうお馴染みのテーマソングと共に、監督とキャストが壇上に上がる。
 司会進行がメンバーの紹介をすると、キャスト達の挨拶が始まった。

「ブレイブ・張役のジェット・ワンです。今日お越しいただいた皆様には、劇場公開に先立って興奮と感動渦巻く激闘エンターテイメントの一部を、ここでご覧に入れましょう」
「シャオラン・リー役のキャサリン・ミュウです。今回私はブレイブの仲間でありながら元『武神旅団』の凶手ということで、物語のカギを握る重要なヒロインとなるでしょう」

 キャストの挨拶が一通り終わると、いよいよ特別編集のPVが始まる。舞台上のスクリーンに制作会社のオープニングロゴが映し出され、その後クレジットと共に『八極拳』の新規映像が流れ出した。
 この日のプラチナチケットを手に入れた幸運な観衆は、5年ぶりに戻ってきた新たなる『八極拳』の世界に酔いしれ、ボルテージを上げる。

 ここで問題である。イベント開始前から「八極拳(アマゾン)最高!」と奇声を発し、既にテンションがおかしかった『密林の伝道師』深林さぐりがこのような劇物を(チョク)で摂取したら一体どうなるか?
(ヒント:さぐりちゃんはちょっと特殊な能力を持っていて、周囲一帯の空間をアマゾンの奥地っぽい異空間に変貌させ周りの人間もろともそこへと引きずり込むんだってさ! 最悪か?)


答え。



   マ

   ゾ  













 かくして、我々探検隊はアマゾンの奥地へと向かった——

 これぞ百年節スペシャル魔都アマゾン探検隊シリーズ!!! HOTEL GOLDMAN上海は暴走したさぐりの能力によって浸食され、巨大なアマゾン要塞へと大変貌を遂げた!!
 それはかつて日本で起きたとされる、『アマゾナイト・デーモンコア事件』の再来と言っても過言ではない!! 迷惑千万だバカヤロウ!!


EP1.#3 進撃! 肥溜めアマゾン探検隊!



 カルミアとの共同戦線も取り付け、俺らはようやく『八極拳』イベントの方に目を向けることが出来た。だが——

「ねえグイェン? この後暇? お近づきの印にどこかで飲み直さない?」
「いや、それはちょっと……」
「申し訳ないアル。グイェンは貴方と違って忙しいアル。イベントが終わったら速攻でお暇させてもらうアルよ」
「貴方には聞いてないわよ。タオマオ」
「私はグイェンのパートナーアル。グイェンにアポを取り付けたいなら、私を通すアルよ」
「二人とも……もう少し仲良く……」
「「あら。私たち、とっても仲良し(アル)よ♡」」

 二人はお互い俺の両腕に抱き着き、バチバチと火花を散らせていた。何だこれ天国に見せかけた地獄か?
 カルミアは俺に同情の眼差しを向けている。きっとこの人も普段の芽芽に手を焼いているんだなぁ。決して助けてはくれないけど。

 ステージ上ではキャストの挨拶が終わり、『八極拳2』のPVが映し出される。
 流石の二人もこの時ばかりは喧嘩をやめ、壇上の新規映像に釘付けとなる。俺も最新作のバトルエンターテイメントに興奮が止まらなくなる。だが——

——ホールの何処かで、少女の奇声が響き渡る!

——ズゴゴゴゴゴゴゴ!!!

「何だ……うわっ!!!」

——突如、地鳴りと共にイベントホールの床が割れ、下から熱帯の樹木が次々と伸び生える!

——スクリーンの裏側から鉄砲水のように大量の水が流れ出し、河川を形成する!

——苔むした謎の石像っぽいやつがタケノコのように何本も生え、ホールの天井を突き破る!

「一体何が起こっているアル!?」
「全く可愛くない奇襲ね。カルミア、私から離れないで」
「ええ、分かりましてよ」

 一分も経たないうちにイベントホールは破壊し尽くされ、俺たちの目の前の景色は完全な熱帯雨林へと変貌を遂げていた。

「これは……大変なことになったぞ」

 俺はもちろん、この場にいた全ての人間がこの状況に戸惑い、動揺を隠せずにいた。
 ダイヤを狙ってくる刺客の存在は予測していた。だが、周囲の人間すら巻き込んでこんな大規模な攻撃を仕掛けてくる馬鹿が居るなんてのは想定外だ。
 俺はスーツの中に仕込んだショルダーホルスターからNZ75(ピストル)を抜き、タオマオに指示する。

「タオマオ、お前も銃を抜いとけ。敵はどこから来るか分からんぞ」
「分かったアル」

 タオマオも懐からNP34(ピストル)を取り出し、周囲を警戒する。
 すると10メートル程先から、誰かの叫び声が聞こえた。

「ば……化け物だぁ……!!」
「何なの! こっち来ないで!」

 巻き込まれた客の何人かがこちらに逃げて来た。間を置かず密林の奥から、見るからに凶暴な赤いパンダが姿を現した! 鋭い爪からは血が滴っている。あの毛皮、返り血で染まっているのか?

「赤パンダアル!」
「タオマオ! 撃ちまくれ!」

 俺とタオマオはパンダの化け物に向かって9ミリの鉛弾を一斉射する。しかし乾いた血でコーティングされた硬く厚い毛皮に対して、拳銃弾程度のパワーではあまり効果がないようだ。

「みんな下がってろ。俺が行く!」

 俺は自分自身に【玄武印】を押印し、赤パンダの前に立ちはだかる。印が上書きされたため、タオマオの【玄武印】がパキリとひび割れ消滅する。

「うおおおお!!」

 俺は真正面から突撃する。赤パンダは二足で立ち上がり薙ぎ払うように前爪を繰り出してきたが、絶対防御の【玄武印】に弾かれる!
 俺はその隙をついて赤パンダの懐に潜り込む。密着する程の超接近戦こそ八極拳の真骨頂! 赤パンダの胸骨の中心に向け外門頂肘(肘打ち)を叩き込む!
 メキリと骨にひびが入る音と共に赤パンダがよろめく!

「とどめ!」

 俺は更に震脚で強く踏み込み、追撃の冲捶(縦拳)を放つ。その直前——

「必殺、プープダイナマイトォォ!」

 俺の視界は真茶色に覆い尽くされた。




 突如密林の奥から噴き出してきた茶色の奔流がグイェンと赤パンダを飲み込む!
 泥のような奔流はそのままもりもりと積み重なり、小山ほどの量となった。

「グイェン!!」
「な、何よこれ……」

 茶色の小山は耐え難い程の異臭を放っていた。牧場とかド田舎のボットン便所とかそういう系の異臭だ。

「うっ……! これ……もしかして……」
「……臭っさ! うんこアル!!」
「キャアアア! 汚いっ!」

 カルミアが思わず悲鳴を上げる。

「ふう! 何とか謎の密林ホテルに潜入成功ね!」
「今思いっきり人巻き込んでたよね!? 助けてあげなさいよ!」

 大量のうんこが噴出したところから、一組の少年少女が姿を現す。少女の方は芽芽から彩りを全て消し去った様な茶色いフリルドレスを纏い、クラシックの指揮棒を彷彿とさせるステッキを握っていた。
 そして側にはチョコソフトみたいな頭をした薄汚い謎生物が浮いている。あれ何?

「あんたら何者アル!? グイェンに何てことを!」
「ごめんなさい! コレには訳があって……って、姉ちゃん!?」
「ふぇ?」
「何でこんな場所に!? てか明日歩さん引き強っ!? この広い上海でこんな簡単に姉ちゃんが見つかるなんて!?」
「ちょっと少年落ち着くアル! 私は君の姉ちゃんじゃ……」

 少年はタオマオを見て涙ぐむ。だがこれはタオマオの能力が見せる少年の姉であり、本物では無い。

「ああ! 何て事なの?」

 少女も少女で、何故かタオマオに感動の眼差しを向けている。

「貴方のお姉さんが、こんな立派な一本糞だったなんて!」
「おい今のはライン超えだぞ! 流石の僕でも助走つけて殴るよ!?」
「2人とも落ち着くプ! 何で札束相手に姉ちゃんだの一本糞だの言ってるプ?」

 側にいる謎生物が2人を嗜める。どうやらコイツは銭ゲバらしい。
 喧嘩を始める少年少女、戸惑うタオマオ、ばっちいので遠目に様子を伺う芽芽とカルミア。そして——

「ウガアアァァァァッ!」

 うんこの山の中から、グイェンが不死鳥の如く蘇った! 【玄武印】のおかげでうんこは完全ガードしているぞ! 良かったね!




 俺は糞まみれにされた怒りを抑え、ひとまず大人の対応をする。

「私は、大地に産み落とされた、ひとつなぎのうんこ。キュアアースホール!」
「要約すると、うんこの魔法少女らしいんですこの人。あ、僕は斉藤和夫と言います」
「ぼくはうんこの妖精、シニョ~だプ」

 大量のうんこと共に乱入してきた三人は、和夫の姉を探す為、上海中を奔走していたそうだ。
 そしてたまたまこの密林化したホテルを見つけ、「めっちゃ面白s……いえ、何か匂うわ」という魔法少女の勘に従い、うんこで木々をなぎ倒しながら無理矢理ここまでやって来たという。

「あの……その人、本当に僕の姉ちゃんじゃないんですよね?」
「ああ。残念だけどな」

 俺は芽芽たちに伝えた時と同じ様に、タオマオの能力の事と現状を簡単に説明した。すると和夫は【清王朝のダイヤ】のフレーズに反応した。

「おじさん達、ダイヤを探しているってことは、上海の裏社会に詳しいんですか?」
「ああ、まぁ少しくらいは」

 流石に本職のヤクザだということは伏せておく。カタギの人間を無闇に巻き込むことはうちの組織ではご法度だ。

「それじゃあ、この人みたいな魔法少女の噂を聞いたことはありませんか? 僕の姉ちゃんもどうやら魔法少女みたいなんです!」
「どうも彼のお姉さんもダイヤに関わってるらしいのよね。初対面の時、彼はダイヤ狙いっぽいチンピラ共に襲われてたの」

 俺は少し記憶を辿ってみたが、そんな噂の聞き覚えはなかった。

「いや、そう言った話は……カルミアさんはどうだ?」
「私も聞いたことが無いですわね。上海は広いし、小さな噂まではとても……」

 和夫は肩を落とし、ため息をつく。だが——

『失踪したお姉さんの行方……それを知る手掛かりは、アマゾンにありッッ!!!』

——場の空気を乱す謎の声が、この異空間全体に響き渡った!

「誰アル!?」

 声はすれども姿は見えず。だがその声はこの異変の切っ掛けとなった先程の奇声の主と同じような気がする。

『名乗るほどの者でも無いですが、仮に観光客のSちゃんとでも呼んでください!』

「テメェか!? こんな珍妙な空間を作り出したのは! 目的はダイヤか!?」
「姉ちゃんの行方……知ってるんですか!?」
「こんな可愛くない手段で私たちを閉じ込めて、どうするつもり!?」

 みんな思い思いの質問を投げかけるが、声の主はひたすらマイペースに対応する。

『ダイヤ! 即ち秘境に眠る財宝! 良く分からないけどその辺りは我がアマゾンの得意ジャンル! きっと貴方がたのダイヤとやらも見つかるでしょう! ついでにお姉さんも! 何故なら全ての答えはアマゾンに繋がっているのですから!』
「僕の姉ちゃんの方がついでかよ!」

 あ、こいつ【清王朝のダイヤ】とは無関係の狂人だわ。俺はそう確信する。

「とにかくすぐにコレを何とかしろ! 今なら半殺しで許してやっからよ!」
『それがですね、このアマゾン、謎や疑問がいい感じに解けないと帰れない仕様でして。その証拠に今しがた無理矢理乱入してきた人の進入路、もう塞がってるでしょ?』

 マジで塞がってた。よし殺す。

『それに今回【八極拳】を通じて私は思ったのです! 血沸き肉躍る最高の闘争が見たい(・・・・・・・・・)! と。ねえ今のダンゲロスSSっぽくないですか?』
「うるせぇよ!!」
『そんなわけで謎を解き明かしたい貴方がたと闘争を求める私の思惑が一致。今回の『八極拳(アマゾン)大冒険ツアー』となったのです!』
「ここまで何一つ一致してないの、逆に凄いわね」
『てなわけで皆さん、頑張ってこの先の遺跡の奥にいる私のもとへたどり着いてくださいね! アデュー!』
「あ! ちょっと待つアル!」

 だが声の主は、そのまま返答を返すことはなかった。



 俺たちはようやくこの異常事態に慣れ始め、今の状況を整理する。

「まあ大体のルールは把握した。要は先に進んであの声の主をぶっ飛ばせってことだな」
「私の予想通り、面白くなってきたわね。便意が高まってきたわ」
「野グソはやめてね。ホテルのトイレはギリ残っていたから」

 そんな中、芽芽は意外な言葉を口にする。

「だったら私、ここに残るわ。グイェン達は声の主をお願い」
「ん? どういうことだ?」
「ここにはジェット・ワンや、巻き込まれたお客もたくさんいるでしょ? 私はそっちの救出にあたるわ」
「!」

 流石プロの解決屋。この異常な状況で全体が良く見えている。俺はいたく感心した。

「……分かった。じゃあ芽芽、そちらは任せた」
「ええ、任せなさい!」
「あんた、思ってた以上にいい女だな。見直したぜ」
「……当たり前じゃない。世界一可愛い解決屋をなめないで!」

——だが、そんな言葉を交わしたその瞬間。

「危ないアル!!」

 芽芽は、突如飛んできた大岩の直撃によって、上半身を押し潰される!

「芽芽!!」

 大岩が飛んできた方を見ると、別の大岩を担いだ原住民らしき集団がこちらを狙っている。ただし頭が爬虫類系の化け物ではあるが。

「あれって……恐竜人(ディノサウロイド)アルか!?」
「コレの何処がアマゾンですのよ!?」
「畜生、よくも芽芽をやってくれたな!」

 俺はたった今芽芽を殺した恐竜人に殺意を向ける。アイツら絶対生かして帰さねぇぞ、そう思った矢先。

「だ〜か〜ら」
「えっ!?」

「世界一可愛い解決屋をなめないでって言ってるでしょっ!!」

 地面と大岩の隙間から、芽芽が上半身を引っこ抜いて起き上がる。驚いたことにその身体には傷一つ無い!

「あの……芽芽さん、何で生きてるんスか? てかノーダメ……?」
「当然よ! あんな可愛くない攻撃で私を倒そうなんて100万年早いわ!」

 こいつ無敵か? 頼もしいを通り越して怖い。

「とにかく、ここは私に任せてサッサと行きなさい!」
「ご武運を祈っておりますわ。さあ!」
「お、おう!」

 俺たちは芽芽とカルミアにこの場を任せ、先を急ぐ。本当にこの人達を敵に回さなくて良かったな、と俺は心から思った。

 密林をかき分け、川を遡上し、時には巻き込まれた客の避難を誘導する。そうしてしばらく行くと、石造りの巨大な遺跡に辿り着いた。

「この遺跡の中に全ての元凶が居るプ……」
「うんこ塗れの罠の臭いがぷんぷんするわね」
「何でうんこ塗れ前提なの?」

 だが怖気づいて歩みを止めてる暇はない。俺たちは意を決して中に入る。
 そして予想した通り、遺跡内部には様々な罠が張り巡らされていた。

——羽の生えた悪魔の石像が動き出し、空中を舞いながら襲い掛かる!

「ガーゴイルだ! 気を付けろ!」
「あの蠅野郎!すばしっこいわね! ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!(ブリブリブリブリュリュリュリュリュリュ!!!!!!ブツチチブブブチチチチブリリイリブブブブゥゥゥゥッッッ!!!!!!! )

「当たらないからってうんこ撒き散らすな! 臭いがヤバいんだよ!」

——足元の怪しげなスイッチを踏んだ瞬間、痺れ矢の弾幕が放たれる!

「そんなもの、【玄武印】の前では無力なんだよ! って、痛ぇ!」
「グイェン! 平気アルか?」
「残り1発って時に丁度【玄武印】が割れた。体が痺れるアル……」

 ——アマゾンに巣くう大小様々な危険生物が、謎の声の大号令で牙をむく!

「グイェンさん! その『アマゾングレートヤモリ』には気を付けて! 猛毒があります!」
「和夫君? 何でここの危険生物に詳しいの?」
「さっき宝箱で拾った『アマゾン生態系図鑑』に載っていたんです。ちなみに最初にエンカウントした赤パンダはアマゾンオオクマネコと言うそうです」
「変なところで親切だなこの遺跡!!」

 一歩間違えば全滅必至のスリリングな遺跡探索、だが幸運なことに、不思議と死人は出ていない。
 そしてようやく、俺たちは遺跡の最深部、謎の声の主と邂逅した。


EP1.#4 激突! にわか八極拳VSにわか八極拳!



 この珍妙な異空間の主は、一人の少女だった。
 濃いグレーの髪と小麦色の肌が特徴的な、アホっぽい少女だ。ってか多分アホだと思う。

「素晴らしい! よくぞここまでたどり着きました。ここが最後の試練となります!」
「うるせぇよ! 早く俺らを開放しやがれ!」
「グイェン! あそこに誰か倒れているアル!」
「え?」

 少女の側には一人の男が力なく倒れていた。俺はその姿を確認すると、驚きのあまり声を上げた。

「ジ……ジェット・ワン!?」

 そう、倒れているのは【八極拳】主演俳優、ジェット・ワンその人だった!

「……てめぇ、もしかしてジェット・ワンを……!」
「いやいやいや! 彼は生きてます! 命に別状はありません!」
「本当かてめぇ……?」
「当たり前じゃないですか! こんな世界的スーパースターにかすり傷一つつけるわけにはいきません! ただ彼は問答無用で私に襲い掛かってきたため止むを得ず……」
「やむを得ず?」
「大昔に突如対面SSから生えた、密林のエナジードレイン効果で眠ってもらっただけです!」
「何だとぉ……?」

(さぐりは元々体の弱い少女だった。しかし魔人能力が発現し、アマゾン送りにした人々から無意識のうちにエネルギーを取り込んでいた結果、健康体を取り戻した過去があったのである。今はその能力をコントロールし封印しているのだが、アマゾン内で対処できない敵が現れた場合に限りこの能力を開放しているのだ)

「しかし先ほど取り込んだジェット・ワンのエネルギーは凄まじいです。今の私ならば一時的に彼の八極拳を使いこなすことが出来るかもしれません」
「そうか、奇遇だな。俺の喧嘩スタイルもジェット・ワン仕込みの八極拳なんだよ」

「グイェン……」

「……いいか、誰も手を出すな。八極拳同士の一騎打ちだ」

 俺は再び自分に【玄武印】を押印し、戦闘態勢に入る。
 腰を落とし、半身に構える。最短最速で相手に飛び込むための基本姿勢だ。
 相手方も鏡合わせのような姿勢で対峙する。同じ人物の拳法がベースになっている以上、構えが似通うのも道理である。

 体格もリーチもこちらの方が圧倒的に勝っている。おまけに【玄武印】で防御面もカバー。本来ならばこの勝負、俺の方が圧倒的に有利なのだが、ジェット・ワンのエネルギーを取り込んだと宣う相手方の拳には、唯ならぬ『氣』が満ちている。先手を取りたいが、打ち込む隙が無い。

「はあっっ!!」

 少女の矢のような飛び込み。考えてしまったが故に一瞬の判断が遅れる! 気が付いた時には、懐へ潜り込まれていた! 小さな体で張り付かれればその有利不利は逆転する。そして相手の拳法は俺と同様、この超近接での間合いを得意とする!

——寸勁! 【玄武印】が少女の縦拳を弾くが、彼女はその勢いを利用し、独楽のように回り込み俺の後ろに張り付く。その身軽さを利用して、片足を軸に俺の後頭部を強襲する!

——旋風脚! たった2発の攻撃で俺の【玄武印】は割れる! ジェット・ワンの『氣』が満ちた少女の攻撃がいかに凄まじいかを実感する。だが空中で攻撃が弾かれた少女は大きく体勢を崩す。俺は着地の隙を捉え、反撃に移る!

——鉄山靠! 俺は背中からそのまま大きく踏み込んだ体当たりを浴びせ、少女を吹き飛ばす! しかし俺は打ち付けた背中に刺されたような痛みを感じた! 何かが肩の下に刺さっている……?

「これは……鏃?」
「痛たた……服の中に仕込んでいたのが功を奏しましたね……その鏃に見覚えはありませんか?」

 吹き飛ばされた少女がゆらりと立ち上がる。『氣』で咄嗟に防御したおかげで、致命的なダメージは受けていないようだ。だが、問題はそこではない。

「これは……まさか……?」

 確かにこの形状には見覚えがあった。遺跡の道中で俺の防御を割ったあの痺れ矢だ。

「くっ……しまった……!」

 じわりと全身に痺れが広がる。これでは力を込めることも踏み込むこともままならない!

「密林のハンター相手に罠を警戒しないのは迂闊でしたね! やはり八極拳(アマゾン)は最高にして最強なのです!」
「うるせぇな……たった一発入っただけでいい気になるんじゃねーよ」
「ならば、八極拳(アマゾン)の素晴らしさを今一度叩き込んであげましょう!」

 少女が再び腰を落とし、ジェット・ワン仕込みの構えをとる。そしてここからの攻防は、一方的な展開へと変わり始めてゆく。

 痺れた身体では相手の飛び込みに対応することが出来ず、嵐のような打撃を受け続ける。
 『氣』のこもった一打一打が身体の芯に響き、俺の体力を削る。

「グイェンさん! このままじゃ死んじゃうよ!」
「あんなに打たれちゃ、もう肛門から実がはみ出てるかもしれないプ!」
「こっちも脱糞準備はできてるわ! あとは任せて下がりなさい!」

「まだだ! コレは俺が憧れた男の【八極拳】同士の闘い、ならば【八極拳】以外の要素で負ける訳にはいかねぇんだよ! 黙って見てろ!」

 俺は精一杯の強がりを見せながら相手の攻撃に必死で耐える。八極拳は本来一撃必殺を旨とする破城の剛拳。そんなものを何発も食らえば、いかに強靭な俺の身体とていずれ限界を迎える。だが、まだ勝ち筋は潰えていない——

「姉ちゃ……タオマオさん! グイェンさんを止めて! 本当にヤバいよ!」
「少年、グイェンは諦めていないアル。ならば私はグイェンを信じるしか無いアルよ!」

「そろそろ止めです!!! 食らえ!! ブレイブ式猛虎硬爬山!!!」

 それは【八極拳】でブレイブ・張が放った必殺のコンビネーション!! ライフル弾のような縦拳から相手のガードをこじ開けるコンビネーションを経て、フィニッシュブローの榴弾掌底を炸裂させる絶技である!

 だが俺もこの技を待っていた。【八極拳】ファンならば、必ず最後はこの技で来ると信じていたからだ!!
 俺は『武神旅団』拳王、パニッシャー・ホーのアクションを思い出し、ブレイブの技に重ね合わせる! 同じようにカウンターの拳打を放ち、同じようにガードを破られる。そして——

——ホーの命脈を断ち切った、榴弾掌底が襲い掛かる!!

「グイェン!! いけえぇぇぇ!!!」
「ここだああぁぁぁ!!!!」

 俺はホーより深く沈み込み(・・・・・・)、背中で掌底をいなす! 稲妻のような震脚によって、浮いた相手の懐に潜り込む! そして最後のピースは、攻撃に耐え抜いた時間が齎してくれた、三度目の【玄武印】!

「うおおおお!! 玄武鉄山靠ォォッ!!!」

「ほんぎゃああぁぁぁぁ!!!!!」

【玄武印】の反発力と俺の全体重を乗せた靠撃が、爆音と共に少女の全身を打ち砕く! 少女はそのまま20mほど吹き飛び、後ろの石壁に激突した。やべ、ちょっとやり過ぎたか?
 石壁にめり込んだままの少女が、か細い声でつぶやく。

「な……なるほど。これが貴方にとっての【八極拳】(アマゾン)、既に答えを得ていたわけですね……!」
「……ああ、お前の【八極拳】も、中々の功夫だったぜ! あの猛虎硬爬山の再現性は完璧だった」

「さ、最後に同じ映画のファンとしてこれだけは伝えたい……【八極拳】(アマゾン)、最k」
「だが、それはそれとして罰は受けてもらう。魔法少女カモン」

「合点承知!! プープダイナマイトォォ!!!」


 大量のうんこが石壁を覆いつくし、このはた迷惑な異界化事件はようやく終わりを告げたのだった。(後で聞いた話だが、奇跡的に犠牲者も出なかったらしい)




 その後、ジェット・ワンを始めとしたホテルの客たちは無事に保護され、アマゾンの少女は警察にしょっ引かれていった。
 俺たちは厄介ごとが増えると面倒なので、そそくさとホテルを後にしたのだが。

「それじゃあ、契約書を作ってくるから明後日に私が指定した店でね」

 事件が終わり、カルミア達とは契約の為また会う約束を取り付けた。

「ねえグイェン! この異界化事件を解決するなんて。貴方のこと、ますます気に入ったわ!」
「芽芽、あんたいい加減にするアル」
「あら、私は結構本気よ。貴方のライバルとして立候補してあげる♡」
「うう~、さっさと帰れアル!」

 タオマオとの仲は心配だが、芽芽とは頼れる解決屋として今後も仲良くしたい。

 キュアアースホールたちは引き続き、少年の姉を見つけるために上海中を奔走するそうだ。

「じゃあ、何か分かったら君の電話にかけるよ。和夫君」
「有難うございます! グイェンさん!」
「うんこある所に私あり。いずれ再開する日が来るかもしれないけど、その時まではさよならね」
「それじゃ、さよオナラプ~!」

 こいつひょっとして俺のこと煽ってない? どうにも掴めないトリオだった。



 ホテルからの帰り道。
 タオマオがぼそりと呟く。

「ねえ、グイェン。もしもだよ」
「うん?」
「もしも今の私の姿が、全く違うものに見えたら、グイェンはどうするアル?」
「え?」
「だって、私の姿って見る人によって全然違うんだよ。だから本当の私を、誰も知らないアル」
「バカヤロウ。たとえどんな姿だって、タオマオはタオマオだろ?」
「グイェン……」
「不安なら約束するぜ。俺はタオマオの正体が何だろうが構わない。最後まで護り抜いてやるよ」
「……ありがとう、グイェン」

 タオマオは瞳に涙を溜め、俺に笑いかけた。そんなタオマオに、俺は微かな胸騒ぎを感じた。


EP1.#Ex ▆▇▅▇▃の夜



 弓張月が煌々と輝く夜。窓の外では穏やかな川の流れの水音が聞こえる。

 人の欲するモノを映し出す鏡の女はその変身を解く。
 かつて男に語った彼女の言葉には偽りがあった。彼女が持つこの擬態能力は、任意で解除できる(・・・・・・・・)。出来るのだが……。

「ふふっ、今の私を見たら、グイェン卒倒しちゃうアルね……」

 自分の本当の姿を知れば、きっと彼は私を拒絶するだろう。私はもう、人間ではないのだから。
 自嘲気味に笑おうとするが、身体の震えは止まらない。

「……嫌だ。他の誰にだって嫌われてもいい。だけど、貴方に拒絶されるのだけは死んでも嫌だ」

 死ぬ様な思いを何度もして、やっとの思いで見つけ出したのだ。
 彼はこれまでも、そしてこれからも私の唯一の希望の光。

「グイェン、きっと覚えていないだろうけど、私は貴方に救われたんだよ」

 遠い昔の記憶がよみがえる。孤児の私が生きるには余りにも過酷なこの魔都で、唯一手を差し伸べてくれた貴方。
 人身売買ブローカー(ひとさらい)に捕まり売られて、人造魔人の適合実験体としての日々を送る中でも、貴方のことを想うだけで生き抜く勇気が持てたのだ。

「……だからもう少しだけ、貴方のタオマオでいさせてください」

 月明かりに照らされ、床に映し出された影は人のカタチをしていなかった。正確に言えば、その身に宿る魔人能力無くば人の姿を保てぬ程、女はイキモノとして終わっている。

 骨格は無く、筋肉も存在しない。太古の昔に先祖返りしたような半液状の体組織。
 シアンに染まったゲル状の体表から微かに見える臓腑。その中心で鈍く光る核が彼女の生命力の源泉である。
 伸縮させた仮足で床を滑るように這い、何かを求めるように体表から生やした触手を伸ばす。
 ヒトならざる、悍ましい不定形のクリーチャー。それがタオマオと名付けられた女の正体だった。
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