アットウィキロゴ
ダンゲロスSS上海
掲示板 掲示板 ページ検索 ページ検索 メニュー メニュー

ダンゲロスSS上海

Live a lieブリュリュ!!!

最終更新:

dangerousss_shanghai

- view
管理者のみ編集可
 この世に生きる人間は三種類に分けられる。
 一つ、縛るもの。
 一つ、囚われるもの。

 そして最後の一つ、うんこ――である。


1,キュアアースホール、youtuberを志す。



 冷たくかび臭い地下の一室に、茶山明日歩、もといキュアアースホールと斎藤和夫はいた。

「最近、若者の間では配信というものが流行っているらしいわね」

「え、なんですかいきなり」

 茶山明日歩は高校一年生である。急に老人のような語り口で話されて和夫は軽く混乱した。
 そして警戒心を露わにした。

 茶山明日歩が行うことはいつでもいきなりで、毎回予想外のことばかりだからだ。
 それが和夫にとって良い方に転がるか、悪い方に転がるかは彼自身の対応に左右される。
 和夫はそれをきちんと理解していた。
 その前触れを一切見逃してはならないのだ。気づいたときにはもう手遅れとなりかねない。

 いや、既に手遅れになっているような気がする。

「絶賛、監獄にぶち込まれ中なんですけど」

 和夫の目の前には無慈悲に立ちはだかる鉄格子。人力で破ることは不可能。
 地面と壁は金属製だ。まさに鉄壁の牢獄。
 備品はベットが二つ。トイレ、手洗い場、鏡が一つずつ。

 ここは上海にある入ったら誰にも抜け出せないと言われている某監獄である。特別な名前はない。ただの監獄。
 主にマフィアではなく、彼らの秩序を乱す者が入れられる。マフィアとの非常に強い癒着がある。明日歩とうんこと同じぐらいの癒着度合いだ。
 マフィアと言えば監獄。明日歩と言えばうんこである。

「どうしてこんな目に……」

 アマゾンから脱した茶山明日歩と斎藤和夫の二人は、本来の目的である斎藤あやめの所在情報を収集していくと不思議とその周辺がうんこまみれになっていった。

 和夫には本当に不思議でたまらないのだが、普通に応対してくれる人、マフィアのようなダイヤを狙う人物、街の掲示板に至るまで、何故か最後にはうんこまみれになるのだ。

 余罪ありまくりの現行犯逮捕。連続糞放出犯として捕まったのだ。
 和夫は何故か連帯責任でという名目で連れてこられたのである。そして何故か同じ牢獄に閉じ込められる始末。
 普通男女分かれているものではないか。
 しかし、今の上海に普通を求めても、意味のないことである。

 この現実を無視して明日歩は一体何を話そうというのか。あるいは無視したいから話すのか。
 和夫は明日歩の心情を察するとか、考えるとか、そういう慮るようなことを半ば諦めている。彼女に対して何を考えても仕方がない。

「中でもVtuberというものが流行っているらしいじゃない」

「そうですね。僕もたまに切り抜きで見ますよ」

 こんな状況でも日常会話を続けることができるのは、ある種の胆力なのか。それとも何も考えていないだけか。何も考えていないだけだろうな。

「顔を隠して活動するなんて、考えられないわね」

「そこに鏡ありますよ?」

 魔法少女も同じようなものだ。魔法少女は変身するとまるで別人のようになる。どんな作品でもそうであり、明日歩もそうだ。和夫の姉である斎藤あやめも魔法少女に変身した写真があるが、本当によくよく見ないとわからない。

 和夫はそういえばと思い返す。
 明日歩の変身前の姿を見ていない。出会ってから一週間以上経つが、一度も和夫の前で変身を解いていない。
 お風呂に入っているときは変身を解いているそうだが、それを確認する勇気はない。必要もないと思っている。明日歩は恩人である。恩を仇で返すような真似はしない。
 素顔は気になるけれど、見せないのならそれでいい。

 和夫の姉、斎藤あやめも魔法少女であることを和夫に明かさなかった。
 魔法少女がどういう立場の存在なのか、未だに理解していないが、あまり理解する必要もないと和夫は思っている。
 家族にも隠すようなものだ。知る必要もないだろう。

 ちなみに和夫にも家族には知られたくない顔がある。それはネット掲示板でジャンプ漫画の最強キャラになりきって会話をすることである。
 妙に楽しくてやめられないのだ。あの楽しさは一体どこからくるものなのだろうか。

「私も魔法少女として配信した方がいいのかしら」

「はぁ、需要はあるんじゃないですか?」

 ただの世間話だ。ここには電子機器の一つすらない。配信などできるなら、簡単に助けを呼べるのだ。だからこれは全く関係のない話だと切り捨てる。

「(切り捨てていいですよね?)」

 不安になりながら自分で自問する。
 自問した結果、今より状況が悪化することはないかと考えることを放棄した。

「動画配信をやってる魔法少女は結構いるプ」

「あぁ、シニョ~さん」

 黄色と茶色の毛並みが宙に現れる。うんこの妖精シニョ~だ。
 頭のソフトクリームのような形が、うんこにみえる。首にはうんこのネックレス。ふわふわの手足。
 多分、この妖精の体はうんこで出来ている。血潮はうんこで心もうんこ。幾たびの洗浄を越えて腐敗。そんな臭さである。

 かび臭いこの部屋にキツイうんこ臭が充満し始める。
 茶山明日歩が隣にいるだけでうんこ臭はするのだが、この妖精は更にきつい。スカトールが異常分泌されているのだろう。
 なるべく出てこないで欲しい。

 それでも和夫が不満を言わないのは、このシニョ~が明日歩の活動資金を担っているからだ。
 和夫が上海で生活する資金はすべてシニョ~の言う”経費”によって賄われている。文句の一つも言えない関係なのだ。
 無償で斎藤和夫の姉、斎藤あやめを探してくれている。
 それを言うと、僕の護衛を無償でやってくれている明日歩にも頭が上がらない。

「はい、今、緊急で動画を回してるんですけど」

「え、え、なんですか」

「今までに見たことのない素晴らしいトイレを見つけたんです」

 シニョ~がスマホで明日歩を撮りだした。
 明日歩は幾度となく普通のことを誇張し、緊急として動画を撮ってきた貫禄のあるyoutuberのような佇まいであった。

「スマホあるんじゃないですか!」

 監獄に入るとき、電子機器の類はすべて没収された。
 けれどシニョ~は消えていたので、シニョ~の持っているスマホは取り上げられなかったのだ。

「見てくださいこの便器。緩やかで柔らかな曲線。外観はゆで卵のような白さ。なんといってもその中身。その道、十年の職人が施した黒き装飾」

「ただの十年物のカビですそれ」

「ゆとりのあるこの広い空間」

「監獄ですここ」

「なんとベットまでついてるトイレなんです」

「24時間セキュリティ付き」

 シニョ~の撮影はうまかった。妖精は宙に浮いているため、ドローンのようにどこからでも撮影できる。
 紹介する明日歩の周りを縦横無尽に駆け巡り、ハリウッド映画のワンカット撮影のような出来栄えだった。
 シニョ~と明日歩はきゃいきゃいと自身の撮った動画を見ている。

「あの、動画はいいですけど早くそのスマホで助けを求めませんか?」

「動画にすると私が私ではない感じがするわね……。視聴者にはありのままを伝えたいわ。もっと編集で胸を盛りましょう」

「偽ってるじゃないですか」

 虚栄心属性の魔法少女である。

「編集したりすると時空がゆがんだりして直すの大変なんですよ」

「時空がゆがんで何が悪いのぉ~? 顔が良くて胸が大きくみえればそれでよくな~い?」

「それもそうですね」

 なんでそこだけギャルみたいな感性なんだこの魔法少女は。と和夫は思ったが、同意した。
 同じ若者として共感できる部分がある。自分をよく見せるのは悪いことじゃない。

 でも将来見返すときに加工後の顔しかないと、それはそれで残念に思うとSNSでインフルエンサーが言っていた。
 数千枚、青春の写真は撮ってきたけど、加工がないのは卒業アルバムの集合写真の一枚だけなんてよくあることだ。
 ギャルっぽく写真を撮り始めた明日歩。SNSにでもあげるのだろうか。その通信で今すぐにでも助けを呼んでほしい。

 キィと廊下の奥で鉄の扉が開いた音。
 誰か来たのだ。闖入者でなければ、囚人であっても看守が付いている。

「ま、まずいです。早くスマホ隠してください」

 和夫は小声で精一杯の注意を促す。

「ブンツクパンツカ、チカヅクパンツカ」

 明日歩は動画の続きを撮っていた。

「ボイスパーカッションやってる場合じゃないですよ!」

「ブンブンハロー。チャンネル登録よろしくね!」

「完全にパクリなのでやめてください」

 どこまで自由なのだろうかこの魔法少女は。
 もう魔法少女と言うのもオマージュのラインを越えていつパクリと言われるか冷や冷やするのだ。少しは自重してほしい。
 けれど、この魔都上海でここまでのパクリキャラはそうそういないだろう。
 彼女だけに注視しておけば、大丈夫なはずだ。なんら問題はない。

 足音が近づいてくる。
 明日歩は直前になってシニョ~にスマホを渡す。慣れた手つきだった。
 シニョ~は光とうんこの粒を残して消える。完全な証拠隠滅。バレることは万が一にもないだろう。

 足音は一つ。いや、二つ。廊下の暗闇から、看守と思われる男が現れた。

「オッス! オラ、メカ妊娠願望マン1号!」

「パクリキャラが来ちゃった……!」

 声の主はやたらと特徴的にツンツンした黒い髪。山吹色の道着。胸には『孕』の文字。背中には大きく『妊』の文字。腰に青い紐を巻いている。
 右腕がメカハサミ、左手がロボットアーム、左顔面がメカになっており、背中にジェット噴射口を搭載している。下半身は三脚戦車。この三足のため和夫は足音が二つと勘違いしたのだ。ご丁寧に靴まできちんと三つ履いているのだ。一足と半足。

「本名は己我晴巳(おらがはらみ)ってんだ。よろしくな」

 そういって軽快な動作で大きなメカハサミを挙げる。敬礼ではない、囚人に敬礼する看守はいない。挨拶だ。それでも身体がゴツすぎて軽い気持ちで見ていられない。

 完全にジャンプの世界から飛び出してきたかのような人物だが、身体が全然違う。完全なサイボーグだ。よく見れば視線も合っていない。和夫の後ろにある鏡をずっと見ている。

「7つのタマタマ集め、頑張ってっか。全部集めると願いが叶うんだろ?」

 いろいろ間違えている。ジャンプの世界に引きずられている。

「いや、願いが叶うのは清王朝のダイヤですよ」

「そっか、ドラゴンボールじゃなくて清王朝ボールか。オラの望みはな、つえー奴と戦いてェんだ。そんでもってつえー奴の子を孕みてェんだ。知らねえか?」

「は、孕み……? すみませんが、あなたは女の方ですか?」

 サイボーグに一体何を聞いているのだろうと和夫は思った。混乱していたのだ。混乱しないはずがない。彼の姿をみたら誰だって叫びたくなる。和夫が無為に叫ばずに応対できているのは、ここ上海に来て、理解不能な魔法少女の隣にいたからである。強靭なメンタルというよりかは、諦念。そういうこともあるよねという気持ち。

 その三脚戦車の下半身で一体何を妊娠するというのだろう。およそ生殖に適している体とは思えない。しかし外見や服装はとりあえずサイヤ人に似ているため、男と認定したのだ。

 最近は男に見えても実は女でしたなど、よくある話だ。逆に、女に見えても男であるというのもよくある話。
 だが、孕みたいというのは女性の欲求だろうと中学一年生の小さな頭をフル回転させて、たどり着いた結論である。

「オラ、男だぞ。見ればわかるだろ?」

「????」

 その言葉は和夫を更に混乱させた。中学一年生の頭では理解ができなかった。これが大人の世界なのか。初めて大人のビデオを見た時と同じ衝撃を抱いた。男なのに孕みたい。強者と孕みたい。ここ上海では常識が通じない。普通が通じない。わかっていた。頭ではわかっていたのにわかっていなかった。変人の巣窟、上海。

「あ、あなたは……!? もしかしてうんこ(いち)武リュリュ会の常連優勝者の己我晴巳(おらがはらみ)さんですか!?」

 明日歩が有名人を見る目で驚いていた。
 ショートしかけた和夫の頭に『うんこ一武リュリュ会』という単語が突き刺さる。もうやめて欲しかった。これ以上理解不能で刺激的な単語を突き刺していくのは勘弁してくれと叫びたかった。

「お、オラのこと知ってるのか。嬉しいなァ~」

「一緒に写真撮っていいですか?」

「おっ、いいぜ」

 消えていたシニョ~が出てきて、隠していたはずのスマホを取り出して檻越しに写真を撮る。

 ハイ、ピースでメカ妊娠願望マン1号は右腕のメカハサミをジャキンと動かす。粋の良いファンサービスだった。もう既に限界に近かった和夫はスマホを出さないでと止めることもできなかった。もうだめだ。おしまいだ。助けは呼べない。和夫は完全に絶望していた。

「ありがとうございます!」

 上気した顔で明日歩は頭を下げる。
 その姿をみて明日歩との脱出は不可能であることを悟った。
 しかし、メカ妊娠願望マン1号はスマホについて何も言わなかった。
 明日歩は楽しくメカ妊娠願望マン1号と会話している。

「ほぉ~配信活動をしてェのか」

「はい。そうなんです!」

「普段どんな動画を見るんだ?」

「猫動画とかよく見ます」

 嘘である。明日歩がよくみる動画は物をプレス機で潰す動画と、肛門括約筋で水の入った2Lペットボトルを持ち上げる動画である。

「有名人ってのはてェへん(大変)だぞ? どこに行っても監視される地獄。監獄になっちまう」

「そうなんですね。気を付けます!」

 和夫は明日歩から出会って初めて『気を付ける』という言葉を聞いた。とてつもない猫かぶりだ。

「それじゃ、またな! 監獄から出るときはオラに声掛けてくれよな! 殺すから」

「はい、また会いましょう!」

 もう二度と会いたくないと和夫は切実に思う。殺害予告を聞いて平然としていられる明日歩。和夫が応対していたらとても普通ではいられなかっただろう。

 メカ妊娠願望マン1号は別れ際に一人芝居を始めた。

「オッス! オラ、メカ妊娠願望マン1号! じっちゃん。紹介するよ。息子の己我晴晴(おらがはらはら)
「成長したなぁ」
「んだおめぇ」
「思い出せ己我晴巳(おらがはらみ)宇宙一の戦士、サイヤ人としての誇りを!」
「えぇ!? 次回、清王朝ボールZ。史上最強は己我晴巳の兄だった!」
「父さん……。僕、本当に偉い学者さんになれるかなあ?」

 コツコツと三つの足を動かして帰っていった。

「一話切り確定の次回予告だ……」

 多分、アニメ一話のオマージュをやったのだろう。何故別れ際に次回予告をしたのか、さっぱり理解できなかった。二度と会いたくない。
 訳のわからないものに耐えることがこれほどまでに苦しいものなのか。和夫はベットに倒れながら心底思い知るのだった。

 明日歩はベットに座る。上機嫌でスマホを見た。画面には先ほど撮った写真。ツーショットだ。明日歩のピースとメカ妊娠願望マンのピースが映っている。
 メカ妊娠願望マン1号はカメラに目線を向けず、相変わらず鏡を見ていた。

 シニョ~が枯葉のようにひらひらと地面に落ちる。普段は軽々と周囲を飛び回ってうんこ臭をまき散らしているのに、今は随分と不安定な挙動だった。

「ば、ばけものプ……」

 小さな妖精は震えていた。ここまで狼狽するシニョ~は、和夫はもちろん、明日歩も初めて見た。

「シニョ~どうしたの?」

「メカ妊娠願望マン1号の推定うんこ力。53万を超えていたプ……」

「そんな……」

 和夫は推定うんこ力ってなんだよ。サイボーグがうんこなんて出来るわけないだろ。うんこ力を確かめたところで一体何になるんだ。便所の詰まりが起きやすくなるだけだろと。普段なら突っ込むところだ。しかし今は、そんな気力はない。

「メカ妊娠願望マン1号じゃなくて、53万(ゴミマン)1号ってことじゃない……」

 明日歩は頭を抱えた。いつもやけに前向きというか、現実を見ているようで見ていない明日歩がここまで落ち込むとは、和夫にとって意外だった。それほどまでにメカ妊娠願望マン1号は彼女にとって大きな存在だったのだろう。多分。

 しかし53万って。それって強いのか。それとも弱いのか。どっちなんだ。

「ありえない。うんこ一武リュリュ会の常連優勝者が、そんな……」

 強いの。弱いの。どっちなの。

「ガガガ、ガーベッジブンツカパンツカ、ムカツクパンツカ、チャンネル登録よろしく!」

 どっちなの。



 **2,メカ妊娠願望マン1号

 刑罰。

 メカ妊娠願望マン1号である己我晴巳の状況を、誰かがそう評した。

 明日歩と会話した後、監視室前に戻ったメカ妊娠願望マン1号。
 一人の囚人が暴れていた。看守が三人がかりで抑えきれていない状況だ。警棒ありきで、無手の相手に苦戦する者達。

 二流未満の武力。それを三流未満の看守が抑え込む構図。
 最強の人物と至高の戦いをし、孕みたいという欲望を持つ彼にとって、今の状況はあまりにも無為であった。

 囚人とは誰かに負けて捕まった人物である。
 どう考えても最強とは程遠い。最強であるならば誰にも捕らえることができない。
 強い人物がここに来ることはない。

 メカ妊娠願望マン1号の姿を見た看守がほっと顔を綻ばせる。その隙をついて囚人が看守の顔面に強い一撃。看守の一人が倒れる。元々苦戦していた状況が更に悪くなり、一気に崩れた。囚人は他二人も気絶させる。

 メカ妊娠願望マン1号はそれをサイボーグ特有の、機械的な冷めた目で見ていた。あるいは見ていなかったのかもしれない。ほとほとどうでもいいことだった。彼にとって看守は仲間ではなかった。

「ぜぇ、ぜぇ、てめえ。さっきから何見てんだ……!」

 虚勢で吠える囚人。メカ妊娠願望マン1号の特異な姿を見てもなお、張れる虚勢がある人物は久しぶりだった。

 このゴツいだけの体。生きるために高級メンテナンスが必要で、彼をここに縛り続ける呪いの体。それを見て皆恐怖している。

 メカ妊娠願望マン1号はその呪いを理解すらしていない。縛られていることにも気づいていない。馬鹿だからである。

「うらぁぁぁ!」

 囚人が向かってくる。
 汗と油に塗れて疲弊しきった体。少し押したら崩れそうな足取り。蛮勇。無謀。

 地獄。
 ポンコツを監視し続けなけばならない地獄。監獄だった。

 メカ妊娠願望マン1号は生前、日本に生まれ、拳法を極めた。
 充分すぎるほどの研鑽を積み、日拳にこの人ありと謳われた格闘家となった。
 更に強さを求めて中国に来訪し、そこで出来た家族も養ってきた。癌により妻を亡くし、凶行した息子に殺された。

 幸せだった。
 自身の息子に殺される。武術家としてこれ以上ない幸せな結末だった。にも関わらず、魔幇によってサイボーグとして復活させられた。激昂し、反抗したが、当時は慣れない体で制御が難しく、あえなく敗北した。隙あらば首領を殺すことを条件に忠誠を誓ったが、配属はこの監獄だ。首領から程遠い。遠すぎる。

「あああっ!」

 メカ妊娠願望マン1号の目の前では囚人が拳を掲げて向かってくる。

 まだ届かないのか。遅すぎる。三歩の距離を詰めるのに一体いつまで待てばいいのだろう。回想を挟んでしまった。
 足も、反応も、戦略も、判断力も、何一つ足りない。

 左腕に搭載されたロボットアームで腹を殴りつける。気を失った囚人は人形のように倒れた。

「ガハハハッ、さすがだな」

 粗野で乾き切った賞賛の声。
 落雷磊落(オチライライラク)だ。この監獄で一番上位の地位、看守長の男。メカ妊娠願望マン1号の上司にあたる人物。

 金と黒の縞模様に染め上げたオールバックの髪、少しクマのある切れ長の目を隠す円いサングラス、雷紋を金糸で刺繍した黒いスーツ。どこから見てもマフィアといった趣の青年。

 彼の能力電気人形(エレディスコ)。電気系統全般を操る便利な能力だ。彼の能力のため、メカ妊娠願望マン1号は武力で対抗できない。体が乗っ取られるのだ。

 それでいて簡単なメンテナンスには彼が必須となる。人間には歯磨きが必要であるのと同じだ。彼がいなければメカ妊娠願望マン1号は万全の状態を維持できない。

「もっとつェ〜奴はいねェのか? これじゃ体がなまっちまうよ」

「んあ? メンテナンスはしっかりしてんだろうが」

 落雷は円いサングラスをクイとあげる。粗暴な口調にも関わらず、常に冷静を崩さない男だ。

「かーッ、そういう意味じゃねえぞォ!」

 強者との戦い。このサイボーグの体をどうしようもなく熱くさせる戦い。強者の子を孕み、もう一度強者との戦いで孕んだ息子に殺される。
 求めているのはそれだけだった。

「もうすぐ用意できるぞ。貴様の満足に足る戦いが」

「おめェ、そればっかじゃねェか。前回はそれで10秒も耐えられなかったからな?」

「あれでも大陸で10本指に入る人物だったんだがなあ。ま、今回は一味ちげぇぞ。古の中国人はこういった。待てば甘露の日和ありってな。ガハハハッ」

 妖しく、豪快に落雷は笑う。メカ妊娠願望マン1号はその表情を認識することはない。興味もない。
 落雷は看守長室に入っていった。

「オラオラオラオラァァァ!」

 叫びながら監視室に入る。自分でも何がオラなのかわからなかった。オラがオラでオラオラしてオラなのだ。
 モニターの前に備えつけられた背もたれのない円椅子に座った。簡素だが三つ足でも座れるものだ。

 監視モニターを無視し、窓の外。
 上海を飛び去る飛行機を見つめていた。

 彼の能力は『内練武功』。強者との戦いにより絶頂したとき、孕む。サイボーグ化により妊娠の過程を飛ばしたメカ妊娠願望マン1号は身体が丈夫なうちに、未来から息子がやってきてメカ妊娠願望マン1号を殺すのだ。

 つまり、メカ妊娠願望マン1号は強者との戦いで絶頂したその時。
 未来から息子を召喚して彼を殺すよう強制するのだ。

 明確な自死の能力。体が衰えていない間に、息子に超えられたいという欲望。
 戦士が突き詰めた末に得た一つの終着点のような能力。

 それでいてメカ妊娠願望マン1号は、息子との戦いで必ず敗北し死ぬことを自覚していない。
 敗北し殺されたい欲望は自覚している。だが、必ず殺されるところまでは知らないのだ。

 望まず生かされる余生。あの絶頂をもう一度。

 孕め、オラ。




 **3,騙し合い

 メカ妊娠願望マン1号と会話を交わし、看守長室に戻った落雷磊落(オチライライラク)は、そこで縛られている一人の少女を見つめた。

「待たせたな」

「ん〜!」

 ベッドの上で縛られている少女、恋辻(こひつじ)メーメーである。口に貼られたガムテープが、彼女の声をふさぐ。

 魔幇が取り仕切る高級デリバリーサービスの人気嬢。組織が誇る合法ロリ巨乳21歳だ。
 髪型は素朴な三つ編みにして、幼く無邪気な雰囲気をまとっている。これは顧客の好みに合わせた姿であるためらしい。
 仕事着の淡い色の透けチャイナドレス。柔らかい胸のふくらみが縛られた縄で強調されている。縄で擦れた部分の赤み。身をよじるたびに揺れる身体と透ける服。自然と目が吸い寄せられる。並みの男なら煽情的な光景に乗ってしまうだろう。

 落雷は違う。
 こんなものに乗ってしまう程度の男なら、魔幇の幹部になることはできない。

 まるで無邪気な少女のように、怒りの視線を落雷に向けている。完全に無力な子供を演じないところが、上等だ。
 情報がなければ警戒心の強い落雷であっても、この少女を簡単に御することができると思っただろう。

 騙されてはいけない。その実、計算高い女狐なのだ。今もどうにかしてこの窮地を脱しようと画策している。

 何処からか飛ばされたナイフが落雷を襲おうとしていた。
 罠が仕掛けてあったのだ。
 ゴムの張力を利用した罠だ。扉を開けた瞬間に落雷の首めがけて放たれるナイフ。
 しかし落雷は能力を発動させて、ナイフを宙で止めた。磁力だ。

「いけねえな。勉強不足だ。俺の能力は電気を操る能力だって知られてるが、磁力も操ることができるんだよ」

 嘘である。
 彼の能力、電気人形(エレディスコ)は周囲の『電気で動くモノ』を操る能力である。電気を操る能力でも、磁力を操る能力でもない。黒いスーツの中に磁力を発生させる小道具を持っているだけなのだ。

 問題はこの罠を縛られた状態でどう設置したのか。協力者か、能力か。

 この部屋には窓はない。出入口は落雷が入ってきた扉のみ。天井に排気口はあるが、人が通れるほど大きくない。能力者用にセンサーもついている。温度、重量、赤外線。通れば強烈な電流が侵入者を焼く。

 では何かしらの能力かと落雷は結論づける。落雷はメーメーの能力を知らない。警戒しなくてはならない。

「んん~!」

「何かしゃべりてえようだな。いいぜ」

 ガムテープを引っ張りはがす。
 白く甘い息が、彼女の柔らかな口から漏れ出る。

「わたしをどうする気なの。こんなことをして、上が黙ってないはず」

 メーメーは落雷と同じ魔幇のメンバーである。
 同組織の抗争はご法度。もともと一枚岩ではない組織であったが、ダイヤ捜索に力を入れるための臨時的な方針。これは魔幇首領からの命令であるため、構成員に強い拘束力をもたらしている。

 落雷は確かに焦っていた。
 ご法度を犯してもやらなければならなかった。
 監視網をすり抜けてダイヤが消えたことで電子部門の責任が問われており、組織の中でも立場はやや危ういためだ。
 どんな手でも尽くさなければならなかった。図星を点かれた落雷は小さな反論をする。

「上ってなぁ。おまえ、魔幇がどうなってもいいと思ってんだろうが。それで組織に守ってもらおうなんざ、虫が良すぎるんじゃねえのか。虎の威を借る狐のくせして、虎を狩れると思っていやがる」

 メーメーは目を見開く。
 この表情は嘘である。メーメー自身は狙われる理由に大方の予想はついていた。表情に出やすい人物なのだと落雷に誤解させるための演技。

 落雷も、もちろん気づいている。この女は嘘をつく。この女から取れる情報のすべては疑ってかからなければならない。
 しかし落雷はこの女からある情報を引き出さなければならなかった。噓に塗れた女から真実を取らなければならない。

「んじゃ、ダイヤについて知ってることを吐いてもらおうか」

「何も知らない!」

「ま、それでもいいけどな。お待ちかねの拷問タイムだ」

 落雷はスーツの中からスタンガンのようなものを取り出す。ばちばちと蒼い電流がほとばしる。
 妙に構造が凝ったスタンガンだった。裏の組織にいたメーメーも初めて見る代物。

「痛みになんて負けないわ」

「ガハハハッ、みんなそうさ、けどなぁ、笑いはどうだ?」

「な……なに?」

「痛みを訓練して耐性をつける奴は多い。けど、笑いに耐性をつける奴はいねえ。それに子供ってのは、笑っているべきだとは思わないか?」

 彼の言葉を理解したメーメーは顔を青くする。これも演技だった。
 これから行われる地獄。笑い続けなければならない地獄を予感した。その辛さは想像を絶する。
 けれど、それで顔を青くする女ではない。どこまでも演技だ。ここは敵地。メーメーは相手を騙すことしか考えていない。

「そんな、い、いや……!」

 がたがたと身をよじる。
 あれは絶対に触れてはならないものだとメーメーは直感で理解した。
 だからこれは演技ではない。けれど演技だったのかもしれない。どちらでもいい。ここには合理的な選択肢なんてない。万策が尽きている。今すぐにこの体を縛っている縄をほどかなければならない。ほどけない。逃げられない。

「助けて、助けて、いやぁぁぁぁっ!」

 無造作にスタンガンが近づけられる。
 この男は何も思っていない。人を破壊することを特別何も思っていないのだ。彼にとっては日常で、当然のことだと思っているのだ。そう察して恐怖に顔をにじませた。真っ暗な未来に絶望する。

 ――それも、演技であった。

(……今だよ!)

 メーメーは能力、リンゴトークで仲間に指令を送る。この通信は誰にも気づかれることはない。

 しかしその瞬間、落雷は気づいた。
 魔幇の幹部まで登り詰めた男が最大限(・・・)の警戒をして、メーメーに宿る意思の目を見て、ようやく気づいた。
 こいつには協力者がいる。能力で落雷に反撃をするというのなら、扉を開けた瞬間が一番の好機だった。あんなチャチな罠だけなのはおかしい。脱出せず捕まったままというのは、協力者がいる他にありえない。

 そこまでは理解した。
 しかしそこから先がわからない。出入口は扉のみ。排気口には罠がある。いつでも電気人形(エレディスコ)で起動できる罠だ。落雷が意識的に起動しなくても、侵入者が通れば自動で発動する。

 いや、センサーでも感知させない能力を持った協力者か。

「排気口か!」

 手に持ったスタンガンを天井の排気口に向けた。

「ガァァッ!」

 ベッドの足から飛び出した白いワニが飛び出した。

「な、なんだと!?」

 天井の排気口に意識を向けていた落雷は完全なる奇襲を許す。下からの攻撃には全く意識を割いていなかった。
 体長5m、ヨウスコウアリゲーターの獰猛な牙が落雷の首に襲い掛かる。約1トンもの力にたまらず持っていたスタンガンを地面に落とした。首に牙が食い込んでいる。

「ご、ぁぁあっ!」

 落雷は痛みに叫ぶが、喉が潰されてまともな声が出ない。腕を回してワニの顎を外そうとするが、外れない。

 透明ワニ、スパイクの能力。下水鱷魚(シーワーゲーター)は質量保存の法則を無視してどんな配管でも通ることができる。
 管があればどこでも潜伏することができるのだ。彼が管を下水と認識する必要があるが、彼はベットの足も下水管と認識した。

 このワニはパイプで作られたベッドの足の中に潜伏し、絶好の機会を待っていたのだ。

「待てば甘露の日和あり、だったかしら」

 倒れたベッド。縛られながらも、女の鋭い視線が落雷を射抜く。

 そこには先程までの弱弱しい姿をした女は何処にもいない。
 あるのは燃え滾る闘志を胸に、この上海を闊歩する復讐者。両親を殺された復讐を行う覚悟の表情。

「……ぁ」

 もう落雷は声も出ない。完全に動かなくなった。

 メーメーは眉をひそめる。
 幹部であるならば魔幇の首領の情報も聞き出せると思っていたのだが、聞き出す前に殺してしまった。

(メーメー、ごめん。壊しちゃった)

「ううん、ありがとうスパイク」

 少しでも油断していれば敗北するところだった。
 決して楽な勝ち方をしたわけじゃない。一歩間違えれば、自身があのスタンガンの餌食になっていた可能性だって充分にあった。

「早く出ましょう。ここには監視カメラがある」

 この監獄には監視カメラがかなり多い。
 死角になる部分がほとんどない。看守長室にも監視カメラがあるという徹底ぶり。マフィアに反抗した人物が収容されるのだ。その中には強力な能力者だっている。そのためこれでも足りないぐらいなのだろう。

(でも、おかしかったなあ)

「……どうかした?」

 美味しかったではなく、おかしかった。
 スパイクは遠回しな言葉が得意なわけではない。いつも直球で本当のことしか言わない。考える頭が足りていないのだ。おかげで扱いやすく、好いている。この性格でなければ親友だと思わなかっただろう。

(噛んだ感じが、なんか変だよ)

 倒れている落雷の死体をみる。
 首から血が漏れ出て、地面に広がっている。しかし妙に血の量が少ない。
 人を嚙み殺したら、このような量ではすまないはずだ。何度もマフィアを嚙み殺したことがあるので間違いない。確かに何かがおかしい。違和感を受け取ったメーメーはその正体を確かめるため、スパイクに指示する。

「この首、千切って」

(わかった!)

 スパイクは大きな口を開いて頭を噛む。そのまま回転させて、首を外した。
 首の骨。頸椎のあたりに金属のようなものが埋め込まれていた。いや、よくみると埋め込まれているわけではない。骨が金属なのだ。

 サイボーグではない。アンドロイドだ。
 人造の機械人形。血液だと思っていたものからは、血の匂いがしない。血液を模した何か別の赤いの液体だ。

 何かがおかしい。その違和感は大きくなっていく。
 この体は落雷の能力、電気人形(エレディスコ)によって動かされていた電気人形。何処から動かしていたのか。スパイクに周辺の索敵をさせていたが、それらしい場所は見つからなかった。排気口がまったくない場所は存在しない。人には呼吸が必要だからだ。建物内でスパイクのいけない場所はない。

 何処かに本体がいるはずだ。この監獄内ではない。もっと遠くだ。
 しかしどうやって操作するのか。
 遠くのものを操作する能力は難しい。判断する材料を送受信しなくてはならないからだ。
 メーメーの能力、鱗語交流(リンゴトーク)は2kmだ。メーメーからしか送信できず、受信ができない一歩通行の会話でようやくその長さなのだ。

 それなのに意識があるような口ぶりだった。
 これは視覚情報、聴覚情報が必須。
 メーメーの口のガムテープを狙って正確に剥がすこともやった。触覚情報まであるのだ。これは遠隔操作では考えにくい。

 自我を付与する能力か、その可能性は充分にある。物にその場で判断する力を与えるのだ。それならば説明がつく。
 問題は自我を付与するときの条件。遠くの物には自我を付与できないなど制限があればいいのだが、それは希望的観測か。

 ふと、監視カメラが目についた。
 死角のない監視カメラ。この監獄ではあれに映っていない場所は一つも存在しない。

「まさか……」

 頭の中をよぎる一つの可能性。
 何故気づかなかった。落雷は電子部門の幹部だったんだ。もっと早くその事実に目を向けるべきだった。

「スパイク、――ああっ!」

(メーメー!)

 スタンガンがメーメーを襲う。
 誰かが触ったわけではない。スタンガンがひとりでに浮いて起動し、彼女の背中に向かって突っ込んだのだ。

 倒れるメーメーを見てスパイクは元凶であるスタンガンを即座に獰猛な牙で徹底的に破壊した。

(メーメー! メーメー!)

 スパイクは倒れ伏す少女を前足で抱きかかえる。
 外傷はない。縄で擦れた後はあるけど、スタンガンでの傷はなかった。

 少女は目を開ける。
 気絶したのは一瞬のことだったのだ。
 ほっと息をつく。外傷がなく、意識があるならとりあえず問題はない。

 それは浅い考えだった。

「あはははっ!」

(……メーメー?)

「あはははは、あはははは! あははははは!」

(メーメー、どうしたの? なんでそんなに大声で笑ってるの? 看守に気づかれちゃうよ?)

「あははは、あはははははは、あははははははははは!!!!」

(メーメー、何かされたんだね? メーメー、どうすればいい? 鱗語交流(リンゴトーク)で伝えてよ)

 一縷の望みをかけて能力を使って彼女の心を聞き出す。基本的に一方通行であるため、発信されていなければ読み取ることもできない。
 受信したいつもの感覚がスパイクの脳裏を走る。
 一瞬、安堵した。

 でも間違いだった。

 (あははは、あははははは、あはははははははは!!)

 能力の通信内でも笑い続けていた。心の底から笑っているのだ。

(ねえ、教えてよ。どうすればいいの? メーメー!)

「あはははははははは!!」

 メーメーは笑い続けていた。

 嘘をつき続けた少女は、遂に笑うことしかできなくなった。
 彼女が心の底から出す純粋な笑顔。その表情を、スパイクは彼女と出会ってから一度も見たことがなかった。
 今、初めて見たのだ。

 スパイクは呆然とその様子をしばらく見守ることしかできなかった。




 魔幇本部。
 高級なベッドからむくりと体を起こす男がいた。落雷である。

「チッ、あの女狐め。俺の電気人形ダメにしやがった。胴体部分はまだ生きてるが、ありゃ使い物にならねぇか。頭部のネット送受信機が外れちゃあな」

 ベッド前に置かれている数々のモニターには監獄のすべてが映っている。死角をなくすよう徹底して仕掛けたカメラだ。見えるものから、見つからない隠しカメラ。看守の体に仕込んだカメラまである。これは気づかれないようするのに苦労した。

 彼の電気人形(エレディスコ)はネットに繋がっていれば何処からでも操作できるのだ。
 そこに距離制限などない。ネットの繋がらない場所は制限があるだろうが、そんな場所はこの上海の何処にもない。
 この上海のすべてはこの男の監視下にある。ネットが生じているかぎり、あらゆる電子機器がネットに繋がっている限り、この男からは逃げることができない。

 看守長。兼電子部門の魔幇幹部。
 この上海すべてがこの男の監獄である。

「わりぃな女狐。通信は俺の専売特許なんだぜ」

 ちなみに、メーメーの物に自我を付与する能力だという考察は間違っている。電気で動くモノを操作する。それだけだ。
 嘘と真実を混ぜる。これが効果的に相手を陥れる方法なのだ。

 暗示は仕掛けてある。後は女狐を監視するだけで、いつか情報を吐くはずだ。

 能力のわからない人物を最大限に警戒するとは即ちこういうことなのだ。
 リスクを限りなく抑える。アンドロイドが死んだとしても、後を追うことはできない。絶対に。



 **4,嘘の関係

 かび臭い地下の一室に槌唄塔也(ツチウタトウヤ)はいた。
 部屋の中には何もなかった。金属製の壁と床。床のつなぎ目に雑草が生えているぐらいだ。

 塔也は自身の天然パーマを揺らしながら、独りでギターを弾く。

「~♪」

 歌詞はない。もう忘れてしまったのだ。父から教わった曲。メロディーだけは覚えている。

 明日、彼は仇敵を撃つ。
 父を殺したメカ妊娠願望マン1号をこの手で復讐するのだ。その機会を伺うため牢獄の中にいる。
 おそらく死ぬだろう。しかし、止まることはできない。

 静かな部屋に弦の音が響く。緊張する心を抑えるために持ってきたギターだ。
 まるで音色がひとつひとつ溶けていくようだった。この音のように彼自身もこの世から消えていくのだろう。

「やっと見つけた」

 彼の幼馴染にして相棒。倉森七歌が檻の外で彼に声を掛ける。
 セミロングの黒髪は乱れ、スーツはしわくちゃになっている。上海中を駆けずり回っていたのだ。

 塔也のギターの手が止まる。見つかりたくはなかった。自分が明日死ぬとわかっているのに、合わせる顔がない。

「ねえ、どうしていきなり社長を降りたりなんてしたの」

 心配そうに声を掛ける。そこに嘘はない。幼馴染として。解決屋トラブルバスターズ槌歌の仲間として心配しているのだ。

 解決屋トラブルバスターズ槌歌。彼が設立した会社だ。
 上海における複数のマフィアが抗争していた領地に飛び込み、『仲裁』したことである種の中立地帯を形成。トラブルバスターズ槌歌および互いを攻撃する依頼はしないということを条件に、解決屋の仲介請負業を始めた。

 社員は主に、人身売買などで行き場をなくした孤児。
 魔人能力に目覚めたばかりで持て余している若人だ。

 今の上海はゴタついているが、事業としては軌道乗って幾分か経つ。もう塔也がいなくても充分に機能するだろう。

 塔也は後任を指名して姿を消した。
 突然だっただろうなと彼も思っている。死ぬことは前からわかっていた。覚悟していたことだったのにも関わらず、直前まで言い出せなかったのだ。

「ねえお願い。戻ってきて。わたしね。塔也が続けるべきだろ思う。ここまで会社が大きくなったのはあなたのおかげ。みんな塔也に助けられたから、塔也のこと信頼してるし、助けたいと思ってる。わたしたち家族でしょ。もし辛いことがあったら言って? 塔也の力になりたいの」

「……」

 塔也は迷った。何も言わずに死ぬと覚悟を決めていたはずなのに、彼女の声を聞き、揺らいでしまっている。自分がどれだけ彼女のことを大切に思っているのか。自分でも内心驚いている。

 打ち明けたらどうなるか。同情して、寄り添うだろう。彼女は優しいから。

 今も彼女は檻の外で待っている。
 その気になったら能力深く昏き森(ダーケストフォレスト)で檻を簡単に壊すことができるのだ。
 七音/七音の一組の言葉を唱えれば、半径10mの道理を歪めることができる強力な能力だ。

 彼女が檻を壊さないのは、塔也の意思を尊重しているからだ。
 何か理由があって、行動していると信じているのだ。

 信頼に応えるべきか。
 それは甘えではないだろうか。
 伝えたところで明日死ぬことは変わらない。一体何になる。

「俺は、明日。親父の仇を取りにいく……。そして、多分、死ぬ」

 口に出していた。
 今の状況は彼がひとりで耐えられるものではなかった。あるいは七歌がそうさせたのか。

「なんですって……!?」

 七歌は驚きに目を見開く。
 塔也が隠している事実はこれだけではない。

 倉森七歌(くらもりななか)。彼女は塔也の幼馴染ではない。嘘なのである。

 上海における複数のマフィアの抗争を仲裁しているとき、塔也は彼女と出会った。
 彼女は抗争により、家族を、親戚を、親友を亡くして心を壊した。この世のすべてを憎んだ。

 この世のすべてを自分の思い通りにしてやる。
 その強い想いが彼女の能力として顕現した。
 (ダーケストフォレスト){深く昏き森}。もともとは七音/七音の一組の言葉も半径10mの制限もなかった。
 純粋に、この世を自身の思い通りにする能力だったのだ。強すぎる能力はすぐに暴走する。実際に顕現してすぐ七歌は暴走した。

 暴走する能力を必死に抑えようと奮闘するうちに、七歌は塔也の幼馴染という形に収まったのである。
 狙って出来たわけではない。彼女が強い繋がりを欲していたから、そういうことになったのだ。

 マフィアの抗争を『仲裁』したのはその功績が最も大きい。マフィアからすると、道理を歪ませる核爆弾よりも恐ろしいものがあるのだ。手を出せるわけがない。

 幼馴染という楔を外してしまえば、彼女は独りになってしまう。
 だから塔也はトラブルバスターズ槌歌を作った。家族を作った。自分がいなくても問題なく生きていけるように。

 もちろん彼女のためだけではない。自分のためでもある。
 人々の助けになりたい。両親を殺された彼は自身のような境遇を子供にさせないため、できるだけ多くの人を救おうと解決屋に望んでいたのだ。

「事情はわかった……。だったらお願い。わたしを最後まで塔也の側に居させて。幼馴染だから、いいでしょ……?」

 打ち明けなくて本当にいいのだろうか。
 嘘の関係で本当にいいのだろうか。
 いいに決まっている。いいはずだ。本当のことを言っても彼女を悲しませるだけ。まるで突き放すようじゃないか。何も関係ない赤の他人でしたなんて。
 だからこれは俺が墓まで持っていく嘘なのだ。

 かすかに音が響いた。

「……誰だ?」

 音と音が掛け合わさっている。セッションのようだ。こんな監獄で一体誰が。

 気になって、塔也は立ち上がった。
 彼の尻で下敷きになっていた雑草が起き上がる。

 檻の前に近づいて塔也は能力を使う。痛みの塔(ペインタワー)。床から底面1平方メートルほどの立方体ブロックを発生させる能力だ。盛り上がった床に檻は耐えられず、歪んでいく。そのままブロックを天井まで上げて、檻を潰した。ブロックを消滅させる。檻は天井で潰れたまま動かない。塔也は檻から身を出す。

「塔也……?」

 檻の前で待っていた七歌が塔也の様子を伺う。彼女にも音は聞こえていた。静かな監獄に音が響くのは珍しい。しかしそこまで重要なものだとは思っていなかった。

 塔也はその音に釣られて歩いていく。




 **5,結成

 笑い続けるメーメーをどうすればいいのかわからなかったスパイクは、メーメーを背負って部屋を出た。
 発達した聴覚と視覚を使って看守に見つからないよう動くのは簡単だった。少女が笑うのを抑えて、四つ足で這いずり続けた。

 やがて下水の匂いがした。
 我が家と同じ匂いに釣られたスパイクはそちらに歩き出す。考えなしのようで、合理的だった。
 下水に住んでいたのは人が寄り付かないためだ。比較的安全に待つことができる。待てばメーメーの病気も治るかもしれない。新たな病気を生む可能性はあったが、そこに至るまでスパイクは思考を巡らせることができない。

「メーメー、大丈夫だからね。安全なところまで運ぶからね」

「んふふふ! んふふふふ!」

 スパイクはメーメーが捕まっていたときの縄を使っていた。看守長室にあるものがこれしかなかったのだ。
 縄でメーメーを自身に括り付け、口はガムテープで塞ぐ。一度外したテープだから粘着力が足りない。すぐに外れてしまうが、ないよりマシだった。

「くっ……!」

 涙が出そうになるのをこらえて這いずる。
 ワニに手はない。あるのは四つの足だけだ。目を拭う余裕などないのだ。涙を流すくらいなら、走り続けなければならない。

「こっち……!」

 下水の匂いが濃くなっていく。
 下水管で暮らしていたスパイクでも嗅いだことのないぐらい強烈な匂いだった。
 一体どれだけ安全な場所なのだろう。この先には何が待っているのだろう。きっと誰もいない場所なのだ。二人でゆっくり過ごせる場所なのだ。ほとぼりが覚めたら、お医者さんに連れていこう。それで治るはずだ。悪いところがあれば、お医者さんに見せれば治るとメーメーは言っていた。
 だから、この先で待つのだ。待てばなんとかなのだ。

「プ?」

 匂いの主はぬいぐるみだった。檻の中に浮かんでいる。
 もう二人。珍妙な服装をした女と凡庸な子供も一緒に檻の中にいた。

 女は監獄の中だというのにスマホで電話をかけている。

「はい、はい。恋辻メーメーさんをお願いします。はい。SMコース、緊縛プレイで」

「あの、助けを呼ばずにデリヘルを呼ぶのやめてください。こんな監獄まで来てくれるわけないでしょ。しかも過激なコース。未成年でしょ明日歩さん」

 電話を切る前に女はスパイクを見た。
 女は驚きに目を見開く。その意味をスパイクは理解できない。

「店の名前、『因果逆転♡ロリママSMどっちどっち♡』っていうのは、つまりこういうことだったのね」

「いや何一つ理解できないんですけど」

「……?」

 スパイクも男の子同様、理解できなかった。

 ただ、この女ならばこの状況をなんとかしてくれそうな予感があった。
 この檻の中にいる下水の匂いがする女の中にある力。五感の発達したワニの神経を妙に震わせる。この力は一体何なのか。言語化ができない。メーメーならばそれを知っているだろうか。メーメーに聞いても、まだ答えは返ってこないだろう。

「あははは、あはははは!」

 メーメーにつけたガムテープが外れた。笑い声が静かな監獄に響く。

「え、その女の子、どうしたんですか? ……なんか服が透けてますけど」

 透けたチャイナドレスを見て男の子は少し顔を赤くした。

 女はメーメーを見ていた。奇妙な格好をした女の視線は、客が向ける視線とは異なるものだった。今までに見たことのない目線。


 その目線は、奇しくもスパイクが明日歩に向けたものと同じだった。
 期待。希望。可能性。そして運命。


 震える唇で明日歩は試してみることにした。

「ブンツカパンツカ、ムカツクパンツカ」

「あはははは! あはははは!」

「ボッツーカッツーボッツーカッツー」

「あはは、あはは、あはははは!」

 明日歩はもちろん、和夫も驚いていた。
 リズミカルなテンポは心地が良く、笑い声は今までに聞いたことのない音楽でありながら、原初的な音楽のようで本能に訴えるが如く耳に残る。

 今宵、上海の監獄で二人は運命の出会いを果たした。
 これが後に上海全土を震撼させる異色のロックバンド「UNKO」結成の瞬間だった。


 否。二人ではなく、三人だった。
 廊下の奥にこの小さな音楽を聞き惚れた人物がそこにいた。
 槌唄塔也(ツチウタトウヤ)。アフロ頭の彼は意気揚々とギターを構える。

 後に語り継がれる伝説のセッションが始まった。



 **6,緊縛プレイは気持ちいい

 「どうしてこうなったのか」

 和夫はつぶやいた。

 燃え上がる地下監獄(ライブハウス)
 二曲終わって、冷めやらぬ熱気が会場を埋め尽くしていた。むさくるしい。昨日までは静かな監獄だったのに、今日はけたたましい音楽が絶えず鳴り響いている。
 無機質な金属製の壁は『UNKO』によるバンドポスターに埋め尽くされていた。

 ここには囚人も看守も存在しない。縛るものも、囚われるものも、関係ない。だってUNKOなのだから。

「みんな、ありがとう!」

「「「ワァァァアー!!!」」」

 ボーカルの男、槌唄塔也(ツチウタトウヤ)が手作りのマイクを持って礼と共に手を挙げる。
 それだけで大きな歓声が巻き起こった。
 観客たちは皆手持ちの便ライトを持って振りまくる。便ライトはすべて明日歩が配ったものだ。元はブリキュアを応援するグッズらしい。

 塔也の能力痛みの塔(ペインタワー)を使い、地面を盛り上げて監獄の檻を破壊。広い空間を確保。その後、ペインタワーを広く浅く使って観客よりも高い場所を作る。これがライブステージとなった。
 ライトは監獄にあったものを寄せ集めた。一般的な電球に蛍光灯しかなかったが、工夫することで光の色も変えることができた。手作り感はぬぐえなかったが、決して本場のライブハウスよりも遜色ないステージに仕上がっている。
 音に関しては、スピーカーやアンプなどは必要なかった。金属製の床と壁が音の反響を許し、もともと外部の音は入ってこない環境のため、随分と響いた。

「みんな知ってるだろうが、メンバー紹介をするぜ。配信中だからな、視聴者のみんなにもわかって欲しいんだ」

 甘いマスクで観客に呼びかける。
 それだけで囚人や看守は女のみならず男まで倒れ始めた。
 宙を舞う妖精シニョ~がスマホで生配信をしていた。
 無音でドローンのように動けるシニョ~の撮影画角はアクロバティックであり、視聴者を大いに引き寄せた。
 異常なまでに下水の臭いが周辺には立ち込めていたが、みんな熱狂の前には気にしなかった。あるいは気づいた者から、その刺激臭に耐えられず倒れていった。

「さあ、いくぜ。まずはボイスパーカッション、キュアアースホールだ!」

「ブンツカパンツカ、ムカツクパンツカ」

 うんこの魔法少女がボイスパーカッションで応える。
 熱気は更に急上昇した。この上海では彼女のことを知らぬ人間はいない。上海音楽史上最高の栄誉、ウンコブリブリ賞、ブンツカパンツカ賞、ブリーフ賞を受賞している。数多くの賞を受賞した音楽界にこの人ありとうたわれる人物だ。

「いや昨日結成したばっかだよね!? 明日歩さんも昨日初めて音楽始めましたよね!? 大躍進しすぎでしょォォ!」

 和夫の叫びは観客の歓声によってかき消される。

「次は壁ドラム、落雷の体だ!」

「……!」

 ドドドドドドドドドッ!
 首無しアンドロイドはステージ上の痛みの塔(ペインタワー)により用意された壁を拳で殴りまくる。
 立方体は高さと厚みを変えることで殴ると音が変わる。それを利用して監獄に響く音階を出すことに成功したのだ。通常なら他の建物に響くため使えない楽器だ。けれどここは監獄。誰も文句はいわない。脱出不可能の建物だ。周辺の人物は一人もいない。

 操作しているのは塔也の幼馴染、倉森七歌だ。頭を失ったアンドロイドが動くことは通常あり得ざることだが、半径10mの道理を歪める彼女の能力によって完成した異色の楽器。
 アンドロイドの胴体には塔也の護衛対象である浅村育美(あさむらはぐみ)が抱きついている。彼女の能力、泪をみるひと(ティア・ゲイザー)のおかげで、壁を殴ることで破壊されたアンドロイドの拳を修復し続ける。無限壁殴り機の完成だ。

「え、えぇ……なんなのあれ……」

 和夫は壁を殴って音を出す首無しアンドロイドという意味の分からない紹介を受けて、ドン引きしていた。

「次はシンバル、便器だ!」

「なんで便器ィィ!?」

 ゴォォォォッ!
 ステージ上に置かれた便器のレバーが白いワニによって引かれる。大いなる水が流れた。
 取っ手を大に傾けた時の激流は、他の音を押し流すかのような力強さを持つ。
 youtuber明日歩の最初の動画でコラボしたことによって、便器としては圧倒的な知名度を誇る。

「最後はソプラノ、恋辻メーメーだ!」

「あはははは、あははははは!!!!」

 落雷の策略により笑うことしかできなくなった恋辻メーメー。
 しかし幅広い音階と、日頃の風俗業で鍛えた強力な腹筋により、他を圧倒する驚異的な呼吸の持続力と破壊力を持つ。
 それでいて笑い声を音楽に組み込むという新鮮さと、本能に訴える原初的な中毒感。透き通るような美声に観客は耳を奪われていった。更に透けチャイナドレスにより、男性陣は目も奪われている。

「アレ、そのままでいいのかなぁ……? 病気とかなんじゃないのかなぁ?」

 和夫はメーメーの状況を心配するが、治す方法に心当たりもないので黙っている。

「最後って、お前は誰なんだよー!」

 観客の一人が声を上げる。
 塔也は自身の紹介を完全に失念していたようで、大きく笑った。

「確かにそりゃそうだ! 俺は槌唄塔也。ボーカルとギターだ!」

 ジャカジャカとギターを弾く。
 彼の立ち上げた解決屋『トラブルバスターズ槌歌』の名前の元ともなったギターだ。それに父親との思い出が詰まったギターでもあった。

「みんな、聞いてくれ!」

 場の観客が静まり返る。

「今日、俺は死ぬかもしれない。両親を殺した仇を討つからだ。奴はあまりにも強い」

 塔也の父は大工だった。
 木材を組み立てて建物が建っていく姿を見て、憧れた。その憧れが塔也の能力痛みの塔(ペインタワー)を顕現させた源泉だったのかもしれない。
 しかし父は殺された。父はその昔、名のある傭兵だったのだ。強者を求めるメカ妊娠願望マン1号によって、勝負を仕掛けられて殺された。人質に取られた母親も殺された。

 父を殺された塔也は必死に逃げた。物陰の隙間から見ていたのだ。
 なんでも作れる父が、いとも簡単に殺されるのを見て恐怖した。
 まだ子供だったから、戦えなかった。戦うなんて考えもしなかった。それから毎日逃げ隠れるようにして生き延びた。
 収入はない。両親には親戚がなかったため、頼りにするところもない。生きるため、ごみを漁り、スリもやった。何度も捕まって殴り飛ばされた。何度も運命を憎んだ。

「負け犬なんだ。俺は」

 観客達はかける言葉を見失った。
 彼らもまた負け犬だからだ。この監獄に入れられたということは、誰かに捕まったということ。それは負け犬に他ならない。マフィアに抗ったが、負けた者達の墓場。それがこの監獄なのだ。

「これはもう心の何処かで無理だって諦めたんだ。受け入れてたんだ。でも違った。出会ってしまった」

 ステージ上のメンバーを見渡す。あれは運命の出会いだった。
 夢中になって作曲した。すべてを忘れてセッションした。あんな体験は久しぶりだった。死期が近づくにつれて自分が死ぬことばかり考えていた。最後に何ができるのかということばかり考えていた。残せるものは何か。意味のあることは何か。

 このメンバーと共にバンドを結成したのは意味があるからではない。純粋に楽しかったからだ。
 ただ全力でやって楽しかったからここにいる。
 運命に縛られた彼は、運命によって救われたのだ。

「俺は運命を恨んじゃいないよ。――なぁ、己我晴巳(おらがはらみ)

 観客席の奥。
 一人の男が三つ足で立っていた。
 メカ妊娠願望マン1号だ。やたらと特徴的にツンツンした黒い髪。山吹色の道着。胸には『孕』の文字。背中には大きく『妊』の文字。腰に青い紐。
 右腕にメカハサミ、左手にロボットアーム、左顔面がメカ。背中にジェット噴射口を搭載している。下半身は三脚戦車。

「オッス! オラ、己我晴巳! おめェ、さっきからうるせェぞ~! 知ってっか。監獄ってのは私語厳禁ってやつなんだぜ?」

 塔也は口端をにやりと吊り上げる。マイクの前で大きく叫ぶ。

「行くぞオオォォォォォォ!!!」

 次の曲。
 『因果逆転♡パパママSMどっちどっち♡』

 観客のボルテージはかつてないほど急上昇した。
 塔也の人生最期のライブが今、始まった。



 下っ腹を圧する壁ドラムとギター。合わせたボイスパーカッションとリズミカルな笑い声。
 いきなり始まった音の集中砲火が、メカ妊娠願望マン1号を貫いた。彼は思わず一歩後ろに下がる。

 メカ妊娠願望マン1号は驚いた。一歩下がった自分に驚いたのだ。
 強者の一人もいない負け犬の墓場で、まさか自分が下がるなど電脳の演算結果に一度も表示されたことはなかった。

 和夫はその様子を見て、もしかしてと期待を寄せる。

 メカ妊娠願望マン1号を倒さなければここにいる囚人達は外に出ることができない。
 このライブが成功したらメカ妊娠願望マン1号を倒すことができるのではないか。
 武力ではきっと勝ち目がない。だから別の力を使って勝利に導ける。そんな希望が見えてきた。

 激しい伴奏から綺麗にボーカルの塔也が歌い出す。

「セックスしよう! 緊縛プレイで!♪」

「なんて歌い出しだよ!?」

 曲名からして危ない予感はしていた。何を思ってそんな曲を製作したんだこのUNKOは。

「俺がお前を縛り、お前が俺を縛る。縛り合えばどちらも動かない♪」

「それセックスになってるの……?」

 訳の分からない歌詞に和夫は混乱していた。

「互いに囚われた二人。焦って110番通報♪」

「何やってんのぉ!?」

 何故こんな歌詞にしたのか。和夫は呆れていた。
 こんな歌では観客は響かない。メロディは確かに良いが歌詞が圧倒的にダメだ。もっと観客の魂に訴えるような、共感を誘うような歌詞でなければならないだろう。
 しかしその予想は完全に外れた。

「うん……うん、わかるよ……! 焦って110番通報しちゃうよね。そんなところまで歌詞にするの、神だ……」

「えぇ……?」

 隣の観客はまだ序盤だというのに泣き崩れていた。
 和夫は混乱した。まるで自分が別世界にいるように感じた。

 こんなアホみたいな歌詞だ。
 強者を求める武術家、メカ妊娠願望マン1号には共感されないだろう。

「ああああああああああっっ!!」

「え絶頂してるぅぅ!!??」

 メカ妊娠願望マン1号はそのサイボーグの体を小刻みに揺らしてイっていた。
 何をどう考えたのか中学一年生の和夫にはまったく理解できなかったが、とにかくメカ妊娠願望マン1号は絶頂していた。

 しかしまだメカ妊娠願望マン1号は孕まない。
 強者との戦いによって絶頂しなければ、孕まないのだ。
 これはまだ歌詞に共感して絶頂しただけのこと。

「認めねェぞ……! おめェらが強者だなんて……!」

「絡み合う二人の視線♪ 覚悟の炎が宿る♪ 例え死のうとも、抗う心は強者の証♪」

「ああああああああああああっっっっっ!!!」

「えまた絶頂してるぅぅ!!??」

 メカ妊娠願望マン1号は歌詞に自身の境遇を重ねていた。

 彼は一度死に、サイボーグとなって蘇った。
 そして組織によって傀儡のごとき扱いを受けていたのである。
 抗いたい心はあった。しかし能力の相性が悪い落雷には絶対に敵わない。
 純粋に強者を求めるのなら、落雷も強者として認めるべきなのだ。

 対戦すれば、メカ妊娠願望マン1号は必ず手足の動きを封じられる。戦いにもならない状況となるのだ。そこに絶頂はない。
 しかし諦めなければ、絶頂の可能性はあったのかもしれないのだ。サイボーグだからと諦めず、対策を講じて動けたかもしれない。

 諦めた。その罪悪感が感動を呼び寄せて、彼を絶頂へと導いたのだ。

「あの日みた夢を♪」

「あああああっっっ!!」

「諦めきれない♪」

「あああああっっっっ!!」

「俺はママになりたい♪」

「あああああああっっっっっ!!」

「ラララ~♪」

「あああああっっっっ!!」

「イきすぎでしょ、このサイボーグ……」

 ラララで絶頂するのなら、もう何を言っても絶頂するのではないだろうか。和夫はそう思わずにはいられなかった。

「はぁ……はぁ……おめェは、強者じゃない……! 絶対に認めねェ……!」

 今ここでメカ妊娠願望マン1号が否定したい理由はただ一つだった。
 仮に孕むのだとしたら。
 ここで強者と認定するのはバンド『UNKO』である。
 そうなると、メカ妊娠願望マン1号は文字通りうんこの子供を孕むことになる。
 それは絶対に避けたいことだった。

「強者と認めろ!♪」

「認めねェ……!」

「孕め!♪」

「孕まねェ!」

「孕めェェェェェェオラァァァァ!!!!♪」

「孕まねェェェェェオラァァァァ!!!」

「いやどういう歌詞なの?」

 見事に観客とのコールが決まる歌詞だった。

「これはもしかして……」

 塔也も、和夫も気づいていた。
 あともう少しでこの男は孕む。
 しかしその最後の一歩が足りない。着床までのピースがどうしても足りないのだ。
 それを見つけなければ、メカ妊娠願望マン1号は絶対に孕まない。

 ゴォォォォッ!
 ステージ上に置かれた便器のレバーが白いワニによって引かれる。大いなる水によって他の音を押し流していく。

「(……そうか!)」

 塔也は気づいた。足りない最後の一撃。

 塔也は明日歩を見た。便器で思いつくのは彼女しかいない。彼女が最後の壁を越える唯一の突破口なのだ。

 明日歩はスマホで電話していた。

「はい、絶頂代行サービス、モーイクです」

「え、何してるんですか明日歩さん」

 ライブ中にボイスパーカッションを中断し、一体何をしているのかと和夫は思った。
 それほどまでに重要な相手なのか。というか絶頂代行サービスって何。

「あ、代行をお願いしたいんですけど」

 通話相手はメカ妊娠願望マン1号だった。
 普段の悟空みたいな喋り方ではなく、声の高い敬語だった。電話中は声が高くなる母親のようなサイボーグ。

「15分の小コース、30分の中コース、そして習〇平コースがございます。どのコースをご所望でしょうか?」

「習近〇コースでお願いします」

「かしこまりました。ご契約ありがとうございます」

 電話を切った明日歩は、ステージを降りてメカ妊娠願望マン1号の隣に移動した。
 そして絶頂し始めた。

「あああああっっっ!! イクイクイク!!!」

「何してんのォォ!!明日歩さぁぁぁん!!」

 メカ妊娠願望マンは大きく笑う。

「へっへっへっへ!!」 

 ボイスパーカッションが居なくなったことで音楽による圧が減った。加えて彼はもう絶頂しない。肩代わりするサービスを得たからだ。
 例え相手を強者と認めたとしても、絶頂に至ることはない。
 圧倒的な差が生まれてしまった。

「そうか、おめぇ、あの馬鹿大工の息子か」

 メカ妊娠願望マン1号の記憶媒体の片隅に、埃を被ったデータがあった。

「……何?」

「名ばかりの傭兵で、すっげぇ弱かったぞぉ~。最後に家族だけは~!家族だけは~!とか、きめぇ言葉ばっか吐きやがって」

「てめぇ……!」

 塔也の額に青筋が浮かぶ。ボーカルで歌うよりも遥かに低い、怒りの声が漏れ出した。

「かわいそうだから、おめぇの父ちゃんを犯してやったぞォ。おめぇの母ちゃんの目の前でな! オラが勝者なのに、敗者の要求に答えて上げるなんてオラって優しいなぁ~」

 塔也はピックを握る手が次第に強くなる。拳から血が垂れ始めた。

「そうしたら、おめぇの母ちゃん。それが浮気だとかいって、ヒスっちまった。おめぇの父ちゃんを殺してから、自死しちまった。負け犬のじんせぇってのはすげぇ大変だなァ」

「てめえ今すぐぶっ殺してやる!」

「塔也、やめて!」

 手に持ったギターを鈍器に襲い掛かろうとして、倉森七歌が羽交い締めにして止めに入る。
 しかし事務仕事専門の七歌と、暴力担当の塔也では力の差がある。止められない。七歌は首無しアンドロイドを操作して、なんとか一緒に塔也を抑えた。

「放せ七歌!」

「やめて! 運命に抗うんでしょ、わたし塔也にはまだ死んでほしくない!」

「こいつは俺がこの手でぶっ殺してやらないと気が済まねえ! 殺す、殺す、殺す! その首ねじ切ってションベンかけて踏みつぶしてぶっ殺す!」

 七歌は驚いた。
 いつも優しい塔也がそんなことを言うとは思わなかったのだ。メカ妊娠願望マン1号はこの男の人生をどれだけ狂わせたのだろう。憎しみはこんなにも人を侵すのか。今思えばおかしな行動は多かった。育美の護衛中なのに解決屋トラブルバスターズ槌歌抜けるのも、普段では考えられない行為。

 普段の塔也は責任感のある強い人間だ。
 人に優しく、孤児を助け、能力者を助け、トラブルバスターズ槌歌という受け皿を作り、人のためなら危険を犯してマフィアの抗争にまで首を突っ込んだ。
 真っ直ぐで正義感があって、他人の正義も許容できる。そんな人間だと思っていた。

「放せ! あいつは絶対にこの手で始末してやる。絶頂なんて馬鹿みたいなことはさせねえ。一番つまらねえ人生の終わり方をさせてやる!」

 でも違った。
 そんな完璧な人間はいなかった。
 裏返しなのだ。自分が受けた暴力による憎しみに苦しんだ。それを他人に返してはいけないという理性。強力なまでの自制と優しさ。これが彼の顔を形作っていたのだ。七歌はその表面だけしか見ていなかった。

 悲しくなった。
 その道は絶対に苦しくなる。
 他人の幸せを見て、自分の過去の苦しみはなんだったのかと考えるようになる。自分が苦しい想いをしたのなら、他人にもそれを強要してしまうのが人間だからだ。
 この復讐が終わっても、苦しみは続く。塔也はその苦しみを一生背負って生きていくのだ。逃れることのできない鎖。

「(わたしにできることは何……?)」

 きっと何をしても解放されないだろう。
 七歌はその苦しみをよく知っている(・・・・・・)から。
 わたしだったら、何をしてほしいだろう。何をされたいだろう。

 答えはすぐに出た。

「塔也!」

「なんだっ、……っ!」

 七歌は塔也にキスをした。
 身長差のある七歌は飛び込むように、抱きつくように口づけをする。ぐっと首に腕を回して引き寄せた。

「……っ!」

 塔也は驚きに目を見開く。突然起こった出来事に頭が真っ白になった。

 やがて七歌は押さえつけた唇を放す。

「わたしの家族になって。本当の家族に」

「え……でも七歌」

 塔也は目をそらした。
 七歌の顔が近くにあるということもあるが、こんなにも真っ直ぐに目を向けられたのは初めてのことだった。だから自分が隠している事実に感づかれるのではないかと不安になったのだ。

「心配してるのは、わたしが塔也の幼馴染じゃないってこと?」

「……気づいていたのか?」

「会社の事務仕事って個人情報も管理するし、気づくよ。そりゃあね」

 解決屋トラブルバスターズ上海支部で、税金や保険関係の整理をしていくうちに自然と気づいた。自分の記憶と記録がまったく合わないのだ。
 加えて、前々から自分の能力には違和感があった。能力範囲制限の10mを超過して、電波の届かない場所を無線でつないだりしたこともあったのだ。普通はそんなことできない。能力について知るうちにこの違和感はどんどん大きくなっていった。

「ねえ塔也。わたしの旦那さんになりなさい」

 七歌は微笑みかける。

 その過去が。その苦しみが。逃れることのできない鎖なら、わたしが新たに縛ろう。
 わたしたちは、どうせ自由になれないのだ。
 だったら縛り合おう。
 縛り合って、お互いに動けなくなったその時は。
 慌てて一緒に110番通報でもしよう。

「わかった。七歌、俺の嫁さんになれ」

 塔也もわざと命令口調でプロポーズした。

「わかったわ」

 お互いに向き合って再びキスをした。お互いにもう二度と解放してやらないと誓った。

 観客からフゥゥゥゥ~~!!や、キャァァ~~!!と黄色い歓声が沸き上がる。

「へっへっへっへ!!」

 メカ妊娠願望マン1号は大きく不敵に笑う。

「まさかオラの目のめぇでこんなことが起こるとはなァ。いいぜェ。おめェを強者と認めよう。おめぇの父ちゃんでも得られなかった称号だ。そんでもっておめェを犯してやるよ」

「ハッ。そいつはどうも。でも犯される気はないな」

 塔也はメカ妊娠願望マン1号の挑発を鼻で笑う。
 頭は随分と冷静になっていた。怒りはまだある。けれど、向こう見ずに突っ込むほどじゃない。状況を見極めることはできていた。

 塔也は腕の七歌を下ろしてギターを構える。七歌は首無しアンドロイドと共に壁ドン配置に戻った。

「さぁ、フィナーレだ! 全部を晒して生きてやる!」

 次の曲。
 『嘘を抱いてうんこを投げよう』



 序盤と違ってしっとりとした落ち着く前奏だった。
 こんな導入でメカ妊娠願望マン1号は止められない。
 やはり音楽で絶頂させるなど不可能だったのだ。彼はほくそ笑む。

 右腕のメカハサミがステージ上で演奏する塔也に襲い掛かろうとして。

「何も聞こえない~暗闇を彷徨い、出会った~小さな光に~♪」

「ぐああああっっ!!」

 落ち着く音からのボーカルの歌い出し。圧倒的な美声が起こす衝撃にメカ妊娠願望マン1号は一歩下がるどころか、吹き飛ばされていた。壁の『UNKO』ポスターを機械仕掛けの背中でぐちゃぐちゃにする。
 音圧でカバーできない代わりに歌声にのみ頼る曲だ。ボーカルの実力がなければ観客が即座に解散してしまう。
 しかし実力があれば、それは爆発的な力を持つ。

「な、なんて力だ……」

 絶頂代行サービスがなければこの一撃で終わっていた。メカ妊娠願望マン1号は金属製の額から出ないはずの冷や汗をかく。

「なんで、歌で吹っ飛んでるのこのサイボーグ……」

 和夫はこの場で何が起きているのか理解できなかった。達人同士の戦いは素人に理解することができないと言われているが、これはその類いなのだろうか。

「あああああああっっ! イクイクイク!!」

「ほんと、この魔法少女は何をしているの……?」

 明日歩はイき狂っていた。絶頂代行サービスってなんだろう。

 変身をし続けた少女は、遂にイき狂うことしかできなくなった。
 彼女が心の底から出す純粋なイき顔。その表情を、和夫は彼女と出会ってから一度も見たことがなかった。
 今、初めて見たのだ。

 和夫は呆然とその様子をしばらく見守ることしかできなかった。

 和夫の隣にスパイクがやってきて頬を鼻で擦った。和夫は驚き、くすぐったさに笑みがこぼれる。
 スパイクは同じ状況を経験した者として、和夫を慰めたのだ。

「夢中になった、全力を出せる姿勢が、俺を救った♪」

「ぐぅぅ……!」

 塔也が歌うたびにメカ妊娠願望マン1号は圧を感じる。初めて師の下で武術を学んだ時以来の衝撃。
 全く近づくことができないのだ。これでは得意の武術も使うことができない。

「いいぜ……。よくぞここまで鍛えたな。おめェに褒美を取らしてやる……。オラの最強技、受けてみよ……!」

 精一杯の啖呵。けれど確信があった。
 この技を放てばUNKOは跡形もなく散る。監獄はその役割を果たせなくなるだろうが、関係ない。

 右腕のメカハサミと左腕のロボットアームを合わせる。ハサミとアームが変形して合体する。両腕が一つの腕となった。
 得意の武術が十全に発揮できない姿。この技が失敗に終われば、大きな不利を背負うことになる。
 合体した腕は元に戻らない。別の腕を換装することになる。莫大な資金が必要になるし、また体になじむまで時間もかかる。それでもよかった。この戦いにはやる価値がある。

 合体した腕を腰に持ってくる。掌にエネルギーを集めていく。

「か~め~」

 どっ。周りの観客がそちらを向いた。ほとんどの人が直感で気づいたのだ。
 これから起こるのは能力者同士の戦いではない。もっと規模の大きい暴力による殺戮。国家やそれに属する技術が個人を蹂躙するような、一方的な戦い。

 これはシャレにならない。観客が悲鳴を上げて逃げ出す。

「濁った俺を砕いてくれ。うんこは全力だ。出し切らなければ気持ち悪ィだろ!♪」

 しかし逃げ出す観客を繋ぎ止めたのは、他でもない。塔也の歌だった。誰もが聞き惚る声。それだけではない。

 覚悟だ。
 死ぬことを覚悟した。でもまだ生きたい。
 愛する者のために生きていかなくちゃいけない。彼にかけられた縛りが生への執着に繋がって、生への覚悟となった。
 人々の心を透き通り、突き刺さる。これが彼の覚悟の叫び。

 塔也の魂をかけた全力の叫びだった。
 明日歩のイき狂いを通り越して、気絶までさせれば絶頂代行サービスは効力がなくなる。
 最大限の出力を持って明日歩を落とそうとしていた。その声はバイノーラルASMRの如き、絶頂へと導く。

「は~め~」

 メカ妊娠願望マン1号の腕に溜められたエネルギーが膨れ上がる。その力はあまりにも膨大だ。いつ暴走するかわからないほどの力を電脳のCPUをフル稼働させて維持している。

「ブンツカパンツカ、ハメパンツズラスカ」

「え?」

 先程までイき狂いしていた明日歩が、ボイスパーカッションをやっている。
 思わずメカ妊娠願望マン1号は疑問がこぼれた。

「おめェ、絶頂代行サービスはどうした?」

「終わりましたよ」

 何を言っているのか。メカ妊娠願望マン1号は言葉を疑った。まだ10分も経っていない。
 電脳に内蔵された電子時計が指し示している。間違いない。小コースでも15分だったのだ。習〇平コースで契約したのだから、もっと時間があっていいはずだ。

 明日歩は丁寧にお辞儀をする。高級レストランのウェイターのようだった。

「いえ、習〇平コースは一番小さな器のコースですよ」

「そんな店潰れちまエェェェェェェ!!」

「UNKOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!♪」

「ああああああああああっっっっっ!!!!!」

 メカ妊娠願望マン1号は絶頂した。

 その瞬間、メカ妊娠願望マン1号は能力を発動した。『内練武功』。強者との戦いで絶頂したサイボーグの体に、UNKOの遺伝子が着床した。

 そして未来から、メカ妊娠願望マン1号とUNKOの子供たちが召喚された。




 **7,人間の間の部分にUNKOを詰めよう 

 未来から召喚されたUNKOの子供達は、まるでUNKOの鏡写しのような姿だった。

 塔也、七歌と操作している首無しアンドロイド、キュアアースホール、恋辻メーメー、透明ワニと便器。
 とても似ている。和夫が見比べてもほとんど違いがわからない。

「え、なんで便器もあるのぉ!?」

 便器も産んだということなのか。あまり想像したくない。

 召喚された子供達がやることは速かった。
 鏡写しの恋辻メーメーと鏡写しのキュアアースホールが、絶頂しているメカ妊娠願望マン1号の耳元で囁き始める。

「ジェエーケーパンツカ、ディーケーパンツカ」

「あはは~ん。あはは~ん」

 強烈な美女二人によるバイノーラルASMR。エネルギーを無駄にためてから絶頂していたメカ妊娠願望マン1号の痛んだサイボーグの体へ、非情な追い込みをかけた。

「あああっ、やめてくれ……!」

「5、4、3」

 鏡写しの塔也が後ろで魂を込めた声でカウントダウンをする。

「それだけは、頼む……やめてくれ!」

「2、1」

 そしてその時はやってきた。

「0、0、0、0、0、0」

「あああああ、が、っ……あぁ……ぁ、ぅ」

 メカ妊娠願望マン1号は倒れた。
 カウントダウンは永遠なる睡眠導入音声となって彼を襲った。


 ――メカ妊娠願望マン1号、テクノブレイクにより死亡――


 サイボーグの死亡を見届けた鏡写しのUNKO達は、UNKOに向き直る。
 何をするのかと観客達は身構えたが、メンバーは親と子供。なんとなく通じ合っていた。

 鏡写しの塔也が能力痛みの塔(ペインタワー)で地面を盛り上げてステージをもう一つ作る。

 鏡写しの塔也が挑発的に笑う。

「戦う理由、必要か?」

 同じく塔也が答えた。

「まさか。必要ない。そうだろ?」

 お互いに楽器(武器)を構えた。

 今宵、上海史上最高の対バンライブが開催された。
 二つのUNKOによるバイノーラルライブ。観客は熱狂の渦に包まれた。





 魔幇本部。
 高級なベットの上で暴れまわる男がいた。落雷磊落(オチライライラク)である。

「やめろおおお、やめろおおおっ!」

 落雷は上海全体までも監視している男である。

 彼の能力、電気人形(エレディスコ)はネットに繋がっていれば何処からでも『電気で動かせるモノ』を操作できる能力だ。
 それを有効活用するため上海中にネットを張り巡らしている。
 看守長。兼電子部門の魔幇幹部。この上海すべてがこの男の監獄である。

 この上海のすべてはこの男の監視下にある。ネットが生じているかぎり、あらゆる電子機器がネットに繋がっている限り、この男からは逃げることができない。

 そのはずだった。

「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」

「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」

 モニターと彼のネットワークから供給される耳障りな歌と歓声。
 対バンライブは上海中に配信されて、今や上海すべてを熱狂の渦に取り込んでいる。

 落雷はライブを配信しているスマホを操作して、配信を止めようと何度も試みた。だがあの不思議な妖精の持っているスマホだけはどうやってもハッキングできない。電気で動いていないスマホなのだあれは。だから止められない。

「ぐああああっ! もうやめてくれええええ、もうUNKOと言わないでくれえええええ」

「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」
「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」
「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」

 彼は常時、上海ネットを監視するため、あるいは魔幇でのし上がっていくため、多くの情報を受け取っていた。
 しかし今、その情報がUNKO一色になっている。
 UNKOが彼の脳内を汚染していた。

「頼むうう、お願いだああ!!」

「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」
「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」
「UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!UNKO!」

 一般人なら、このような場合オフラインにすればいいだけである。
 彼はオフラインにすることができなかった。ネット断ちができない身体になっていたのである。
 重度のネット依存症。
 大量の情報に晒され続けた彼は少ない情報量では、体を保つことができない。
 しかしネットに接続すれば、とめどなく溢れるUNKOの嵐。

「がああああああっ!!」

 ネットを使って上海を縛っていた男は、その実、ネットに縛られていたのだ。


 ――落雷磊落、UNKO脳内汚染により死亡――





「まだまだ行けるよなお前らァァァァ!!」

「「「ワァァァアーー!」」」

 一日経っても熱狂は続いていた。
 親世代UNKOと子世代UNKOの対バンライブ。
 人々は一時的に時間を忘れ、仕事を忘れ、責任を忘れ、立場を忘れた。
 日々、囚われていたものから解放されたのである。

 この世に生きる人間は三種類に分けられる。
 一つ、縛るもの。
 一つ、囚われるもの。

 そして最後の一つ、うんこ。解放するものである。

 解放を歌う者は囚われていた。誰かを強く縛ってもいた。鎖がなければ解放を叫ぶことはできなかっただろう。

 塔也は地下の|監獄《ライブハウス》で歌い続ける。
 鏡写しの塔也も負けじと歌い続けていた。現状は子世代UNKOが劣勢だ。

「言葉にするたびに、嘘になる。本音なんて何処にもない~♪」

 塔也は度重なる歌を交わしたことで気づいていた。
 鏡写しの塔也もまた囚われていたのだ。彼にも人生がある。
 メカ妊娠願望マン1号の強力な能力によって時間逆行することを運命の如く定められたのだ。鏡写しの塔也は嘆いているように見えた。

 塔也は少し同情する。
 自分の生きた時間を捨てて過去に逆行させられるなんて、確かにたまったものではない。
 でも、そうじゃないだろう。

「だから俺が求めるのは嘘だ。噓を抱いて、愛して、重ねて、踊ろう~♪」

 集中しろ。よそ見をするな。夢中になれ。
 お前が好きだって思ったもの、決めたもの、大事なものは運命程度に負けるものだったのか。違うはずだ。

 塔也は勝った。運命に勝ったのだ。
 歌を通して叫ぶ。
 お前はどうなんだ。息子、娘であるお前たちはそこで負けてしまうのか。

「……くっ」

 鏡写しの塔也は必死にマイクへ唾を吐き続けている。
 けれど出力が足りない。現状、親世代のUNKOに押し負けている。結成から一日だけのバンドとは到底思えない。テクニックは間違いなくこちらの方が上だった。なのに何故押し負けるのか。こちらのUNKOに無くて、あちらのUNKOにあるものはなんだ。何が足りない?

 子供の頃からずっと苦楽を共にしてきた家族のUNKOバンドより勝っているなんて、信じられなかった。

 ゴォォォォッ!
 鏡写しの塔也はその音に振り返る。同じく鏡写しのメンバーである便器だ。
 俺達を信じろ。お前は構わず叫べ。そう言っている気がした。

 同じく鏡写しのメーメーも、明日歩も、首無しアンドロイドも、これに抱き着いている育美も、七歌も、同じ気持ちだった。

 鏡写しの塔也は大きく息を吸って叫んだ。

「生きたああああああああああいい!!!!!」

「UNKOOOOOOOOOOOOOOO!!!」

 親世代UNKOの塔也も呼応して叫んだ。

 子世代UNKOのメンバーに足りないもの。それは全力であることだった。UNKO。出し切らなければ気持ち悪い。UNKOの名を冠しておきながら、それがわかっていなかったのだ。俺達はUNKOで繋がっている。

 通じ合ったUNKO達は笑い合う。

 上海全土に広がった歓声は、どこまでも遠くに響いていくのだった。



8,エピローグ


 夜が明けて間もない頃。日が昇り、空が紅く染まる。
 眩い光がUNKOのメンバーを照らす。

 UNKOのメンバーは監獄の表出口から脱出していた。彼らを止めるものは誰もいない。多くの人達に惜しまれたが、彼らにはそれぞれ目的があった。
 今は子世代UNKOのメンバーがワンマンライブをやっているところだろう。

 うぁぁぁ、と七歌は大きくゾンビのような呻きをあげながら伸びをする。能力で繋がっている首無しアンドロイドも伸びをしていた。

 あの後、三日三晩ぶっ通しでライブを続けたのだ。いくら能力者といえど、さすがに体力の限界がある。

「特に塔也はやりすぎよ」

「う、うぅん」

 ボーカルの塔也は喉を使い潰す勢いで歌っていた。現在、育美が抱き着いて回復している。
 この能力があるからと多少は無茶していい理由にはならないと思うが、全力を尽くす彼の姿を止めたくない気持ちもあった。だから七歌は小言をこの程度にとどめておく。

「ねえ、本当に行っちゃうの?」

 七歌はメンバーを見る。特にメーメーと明日歩だ。

「トラブルバスターズ槌歌に入らない? いい待遇を約束するけど」

「遠慮しておくわ。まだ斎藤あやめのうんこを見つけていないし」

 明日歩は意味の分からない文句を並べていたため、七歌はそれが本当のことだとは少しも思わなかった。
 これが全く嘘をついていないと知るのは、随分と後のことになる。

「私も、やることがあるから」

 恋辻メーメーも断った。
 彼女の笑い続ける症状は、七歌の能力深く昏き森(ダーケストフォレスト)により道理を歪めることで一時的に改善した。
 一時的となっているのは、能力との相性が悪かったためだ。
 明確な病気であるならば、育美の能力でも治ったのだろう。

 けれど厄介なことに、この変化は人の成長として分類されていた。だから治すことができない。
 一日経てばまた笑い続ける状態に戻ってしまうだろう。そうなったらもう二度と七歌達でもその笑いを止めることはできない。それを了承して、彼女はこの一日を手にしたのだ。

「一日を掛けてスパイクに伝えるわ。ずっと一緒にいて欲しいって」

「……そう」

 その場にいるメンバーは皆なんとなく理解した。彼女は嘘しかついていない。
 側に居る白いワニだけは、小さく首を傾げる。

 七歌は塔也を見た。
 これで本当にいいのだろうかと目線で問う。

 塔也は言葉なく首を振った。

 七歌は塔也と隠していたことを言い合って縛り合った。
 対称的に、メーメーはスパイクに嘘を言って自由にさせる気なのだ。

 それがいいことなのか。七歌にはどうにも思えなかったが、人には人の考えがある。
 後一日しか本音を言えるチャンスがなくても、メーメーは嘘をつき続ける。

 いや、きっと、本音なんてないのだ。
 想いは表現するたびに嘘となる。
 だから人は人を縛るのだ。嘘を繰り返して本当になるように。

「じゃあ、また会いましょう」

「生きていたらまたいつか」

 七歌、塔也、育美はそれぞれ別れを言って、日の当たる方へ去っていった。
 メーメーとスパイクも別れを告げて一番近い建物の影へ消えていく。

「みんな行っちゃったわね。あなたはどうするの?」

 残された明日歩と和夫。それに便器。

 便器は明日歩の問いに答えるようにゴォォォォッ!と水を流す。

「そう、ここに残るのね。あなただけはここで生まれたものね」

「いや、なんで便器と会話してるんですか明日歩さん」

 ちょろちょろとトイレタンクに水が流れている。

「泣かないでよ。……いつだって会えるじゃない。ぐすっ」

 明日歩は泣いていた。

「まるで意思があるかのように会話するの、やめてもらいます?」

「大丈夫よ。私達はいつでもうんこで繋がっている」

「そりゃそうでしょうね。うんこするときに座るんだから」

 明日歩は和夫に向き直る。
 かつてないほど真剣な表情に気づいた和夫は、居住まいを正す。

「斎藤あやめのうんこ、手掛かりを見つけたわ」

「え!? 本当ですか!?」

 斎藤あやめ。行方不明になった和夫の姉だ。和夫は彼女を追ってこの混沌溢れる上海に来たのだ。

 その問いに答えるように便器はゴォォォォッ!と水を流す。

「斎藤あやめのうんこを流したことがあるのよ。このトイレは」

「それは本当ですか!?」

「斎藤あやめの尻は柔らかくて最高だったって」

「えぇ……。なんなのこのエロ便器」

 和夫はドン引きしたが、この上海で情報を集め続けてやっと手にした数少ない手掛かりだ。これを有効活用しなければ。

「ふむふむ。三ヶ月前にここでうんこしたのは覚えている。それ以外は知らないですって」

「……そうなんですね」

 情報が少ない。けれど全くないよりはマシだ。一歩前進。三ヶ月前、監獄にいたことがある。それだけでも手掛かりと言えるだろう。
 でも、それにしたって少なすぎる。なんたってこんなに少ないのか。

「それにしたってあの白く柔らかでいい尻は、なかなかお目にかかれない、そこから出てくる実は意外にも芳醇な香りをしていて、思わず水が漏れそうになった……。ですって」

 和夫は絶句した。

「明日歩さん」

 中学一年生が出すにしては、異様に低い声だった。

「何かしら」

「今回はアレ、やってませんでしたよね。やっちゃってください」

 明日歩はステッキを手に取った。

 これからされることを予感したのか。便器が震えだす。
 命乞いする時間も与えなかった。

「必殺、プープダイナマイトォォ!!」

「ゴオオオオオオォォォォッ!!!」

 うんこの大本流が便器を襲う。
 便器はうんこが詰まって二度と流れることはなくなった。



記事メニュー
最近更新されたスレッド
ウィキ募集バナー