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ダンゲロスSS上海
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ダンゲロスSS上海

EP2.黑闇劍の執行者

最終更新:

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EP2.#Ex ■■■■年■月■日~■■■■年■月■日



——時は遡る。

 度重なる非人道的な人体実験により、哀れな人造魔人候補の女が死んだ。
 だが研究者たちは、【清王朝のダイヤ】の輝きによって彼女が発現させた貴重な魔人能力を惜しんだ。そしてその能力の「保全」に取り掛かる。
 【ウーズ】と呼ばれる、死んだ魔人能力者を丸ごと取り込んでその能力のみを抽出し保全する意思なき人工生命体。
 彼女の朽ちた身体は闇に沈んだ意識と共に【ウーズ】に溶かされ、新たな人造魔人を形成する原材料(まじんのうりょく)となるはずだった。
 だが、偶然の事故によって運命は覆る。それはダイヤが(もたら)した第二の『奇跡』だったのだろうか。

「え……私、何で……生きて……」

 自我を持たぬ人口生命体の身に、女の意識が宿(もど)る。
 炎に包まれた研究所。何かが爆発したことによって破壊された、強化ガラスの培養槽(カプセル)
 そこかしこに横たわる研究員や実験体(なかまたち)の成れの果て。炎が回り燃えている者もいた。
 施設は既に放棄され、生きた人間の姿は無かった。

 女は思う。今こそここを抜け出す千載一遇のチャンス。そう、私はもう自由なんだ。一人の人間としてようやくやり直せる。様々な悪意によって奪われ続けた人生を、今度こそ取り戻すんだ。

 そんな彼女の淡い希望は、新たな一歩を踏み出した瞬間に打ち砕かれる事となった。

「え……何、これ……」

 足が上手く上がらない。いや違う。今の彼女には、元々そんなものは存在しない(・・・・・・・・・・・・・)。無いものを動かそうとしてたたらを踏むと、ふと近くにある割れた姿見に気付く。彼女は恐る恐るそれを覗く。


 そこに映し出されたのは、丸みを帯びた青いゼリーのバケモノ(自分自身)だった。

「い……いやああああああ!!!」

——悍ましい化生の叫びが燃える研究所に響き渡る。

 悪夢のような現実に現状認識が追いつかない。ただ一つ言えることは、最後の記憶となったあの実験でそのまま死んでいた方が、はるかに幸せだっただろうという事だけだ。

(噓噓嘘……ウソ!? あれが……あのバケモノが、私なの!?)

「ああああああああああ!!!」

 彼女は混乱し、咄嗟に魔人能力を発動させる。
 すると、青いバケモノの身体が光に包まれ、徐々に人間の姿へと形を変えてゆく。
 やがて光が薄らぎ、変身を終えた自身の姿を鏡で見ると、彼女は驚きの表情を見せる。

「え……? あ……貴方は……」

 それは彼女の心の中に大切に置かれた、優しい少年。独りぼっちの彼女を仲間に引き入れてくれた、唯一無二の輝き。
 そして、この地獄の日々を耐え抜く心の支えとなった人。今の彼女にとって、一番そばにいて欲しかった存在だった。

「グイェン……ううっ……」

 鏡に映る少年の懐かしい名前を口にした途端、涙が止まらなくなった。彼女の艱難辛苦の生涯において、たったひとつの暖かな心の拠り所。

「うう……うわあああああ!!!」

 鏡に映る少年が声を上げて泣く。
 バケモノに成り果ててしまった自分の呪われた運命。
 たとえ幻でも、二度と会えぬと思っていた彼の顔を一目でも見れたこと。
 悲喜こもごもの感情が大きな渦となり、その心を搔き乱す。
 理性のタガが外れ、狂ったように喚き散らし涙を流す。

 しかしその号泣は、焼けた天井が崩れかかる音によって中断された。この場に留まるのはもう危ない。

「うう……っ……!」

 やがて、彼女の瞳に決意の炎が灯る。

——逢いたい。彼に逢いたい。

 少年の姿を纏った彼女はゆっくりと歩き出す。
 当てなんてない。自分自身の未来すら定かではない。
 それどころかもう自分は人ですらない。

——それでも。

(ここで終わるわけにはいかない。こうなってしまったのは、きっと意味がある(・・・・・・・・)

「でなければ、私はとっくに終わっていた命。あの煌めく宝石の力が、私にチャンス(・・・・)をくれたんだ……」

 愛しい少年への想いが、彼女に勇気を与える。怪物に身を堕としたこの絶望すら希望に転化する。
 まだ「詰み」じゃない。歩き出せば、道は見えてくる。大丈夫、この能力があれば姿だけは取り繕える(・・・・・・・・・)のだから。

 彼女は自身の能力を本能的に理解していた。自分を溶かしたこの不定形の細胞(うつわ)が、開花した異能を記憶しているからだ。

 これは私が「幸せ(ダイヤ)」を掴むための能力。名付けるならば——



——閃耀的鑽石鏡(ブリリアント・ミラー)。私はこれを使って、必ず貴方を見つけ出す。





 彼女が研究所を逃げ出してから半年。

 彼を見つけ出すため、上海各地を流れ歩く日々。

 人の欲望は止まることを知らず、能力のせいで時には命を狙われることすらあった。
 彼女はその度に希望を失いかけた。だけど鏡に映る少年の姿と、放浪の最中に芽生えたもう一つの希望が彼女を突き動かしていた。

 【清王朝のダイヤ】と呼ばれていたあの煌めく宝石。
 私の意識を繋ぎ止めてくれたあの奇跡の力を今一度手にすることが出来たならば、元の人間に戻れるかもしれない(・・・・・・・・・・・・・・)、と。

 無論何の根拠も無い希望的観測を秘めた彼女の推論である。そんな奇跡が二度も起こる可能性などゼロに近い。

 それにあの宝石は【魔幇】究極の至宝、本来ならば厳重に封印され、彼女が二度と目にすることが出来ぬ代物である。

だが、それでもかすかな希望は残されていた——

(どういうこと? 【清王朝のダイヤ】が盗まれたって……)

 百年節を間近に控えた今、上海は一触即発の剣呑な雰囲気に包まれていた。
 【魔幇】の威信を揺るがす、【清王朝のダイヤ】盗難事件。
 上海黒社会の勢力図が大きく変容しかねないこの一大事に、魔都の住人達は思い思いの野望を抱き動き出す。
 それは同時に、欲望のままにダイヤを追い求める魔人達によって、彼女の身の安全が益々脅かされる事と同義であった。

 何度も追われた。
 何度も死にかけた。

 けれども、彼女はその絶望を希望に転化した。
 追われているということは未だダイヤは見つかっていない。ならば私にもダイヤを手に入れるチャンスはあるはずだ、と。

 そんな折、遂に彼女は運命の再会を果たす——

「グイェン……見つけた……!」

 解決屋の有力な証言を頼りに、辿り着いた街区。
 【魔幇】のとある末端組織に彼はいた。
 夢にまで見た少年はあの頃の顔のまま、とても大きく成長していた。
 すぐに声を掛けようとしたが、その身体は硬直する。

(彼は私のこと……どう見えるのだろう……?)

 末端組織とはいえ、今の彼は【魔幇】の息がかかったヤクザ者。
 彼が上の指示でダイヤを追い求めている状況ならば、接触するのも危険が伴う。

 しかし彼女の最後の一歩を押したのは、ダイヤを追い求める者達の声だった。

「ダ……ダイヤだ! あそこにダイヤがあるぞ!!」

 この日の朝方絡まれた、ダイヤ狙いのチンピラ共に見つかった。もう迷っている暇はない。
 一旦能力を解き、人が通れぬ狭い壁の隙間に不定形の身体を滑らせて隠れる。

「あれ!? ダイヤが無ぇ!」
「本当にあったのかよ? 見間違いじゃねーのか?」
「確かに見たんだ! 間違いねぇ!」
「向こう側も見てみよう!」

 追手をやり過ごし、彼の入って行った路地裏へと駆け出す。しばらく進むと彼の大きな背中が再び見えた。

——もう躊躇わない。私は貴方に会う為にここまで来たのだから。

——閃耀的鑽石鏡(ブリリアント・ミラー)

 彼女は能力を発動し、彼の追い求めるモノへと姿を変える。

 これはある種の賭けだ。
 鑽石鏡を通した私は、彼の目にどう映るのか。
 彼女は祈りながら、その背中に声を掛けた。

「そ……そこのお兄さん!」

——だけど。

「あぁ?」

——きっと大丈夫、貴方は私の希望なのだから。


EP2.#1 午睡のまどろみの中で



 HOTEL GOLDMAN上海のアマゾン騒動から二日。
 俺は約束通りカルミアと書面で契約を交わし、一つの資料を入手した。
 資料のコピーを【点心會】に送ると、早速虎眼(フーイェン)から電話が掛かってきた。

「グイェンの兄貴! お疲れっス! 送られてきた資料は皆で確認したっス」
「大分ヤバそうな資料だからな。ボスは何て言ってる?」
「また特大の厄ネタ持ってきおって、と渋い顔っスね」
「まあそうだろうな」

 【魔幇】・特殊執行部隊【黑闇劍(ヘイアンジェン)】傘下
魔人化学研究施設第3号ラボ焼失事故報告書

 そこには、【清王朝のダイヤ】が秘密裏に研究施設へと運ばれ、化学的に分析されていたこと、ダイヤのエネルギーで人造魔人を作ろうとするも、エネルギーの暴走により爆発火災事故が起きてしまったことが事務的かつ物騒な文言で記載されていた。

「兄貴、【魔幇】で人造魔人を作ってるって噂、マジだったんスね」
「俺もそこにまず驚いたわ。だけど要点はそこじゃねぇ」

 カルミアがこの資料を提供した理由。そもそも一連のダイヤ盗難騒動は、警察関係者をも動員させた厳重な警戒態勢の中で起きてしまった『ありえない犯行』なのだ。
 積み荷の内容物は現場の誰一人として知らされておらず、輸送ルートの情報も外部に漏れぬよう、特定の幹部しか知りえない。にもかかわらず積み荷は奪われ、ダイヤは闇の中へと消えた。

 つまり、【魔幇】幹部の中に犯行を手引きした『裏切り者』が居ない限り、今回の事件は起こりえない。所謂(いわゆる)獅子身中の虫が紛れ込んでいたというやつだ。

「んで、この資料に書かれている【黑闇劍(ヘイアンジェン)】ってのが、火災事故の時と今回、ダイヤ移送の大元を取り仕切っていたらしいんだ」
「へぇ、でも何で前回やらかした部隊に今回もダイヤ移送を任命したんスか?」
「まあ、ダイヤ移送のノウハウがあり、かつ秘匿性の高い組織ってのは限られて来るからな。それにこのやらかしはこうやって資料が流出しない限り発覚しねぇもんだしよ」
「なるほど」
「けれども今回、それが裏目に出た。組織の裏切り者によるダイヤ盗難って最悪の形でな」
「とばっちりで処刑された現場の人間も、浮かばれないっスね」
「とにかく、この【黑闇劍(ヘイアンジェン)】ってきな臭い組織を追っていけば、何らかのダイヤの手掛かりに結び付くんじゃねぇかってのが、カルミアの見解だ」

 だが事はそう簡単なものではない。【黑闇劍(ヘイアンジェン)】って組織は、独自の研究施設を持つほどのでかい規模のようだが、公には知られていない。
 組織の拠点や資料に書かれた研究施設がどこにあるのか、皆目見当がつかないのだ。
 資料をくれたカルミアも調査が難航しているのだろう。だからこそ彼女はこの資料を俺らにも預け、人海戦術で【黑闇劍(ヘイアンジェン)】を追うことにしたのだ。

「了解っス。あっし達もこの資料で新たに分かったことがあれば、そっちに連絡するっス」
「頼む。俺も新しい隠れ家へと移るから、ボスに伝えといてくれ」

 俺はフーイェンにそう告げて、スマホを切る。
 次の潜伏先は旧フランス租界エリアの一角、衡山路(こうざんろ)沿いのとあるアパートだ。

 今日のタオマオは少し疲れているのだろうか、昨日から何処となく元気がない。まああれだけ異常な騒動があった後だし無理もないか。

「さて、そろそろ出るか。タオマオ、準備は良いか?」
「オッケーアル」

 俺らは市街地方面行きの地下鉄に乗って、ボスの指定した次の隠れ家へと向かう。

 【魔幇】の影で、様々な汚れ仕事を請け負っているとされる、執行部隊【黑闇劍(ヘイアンジェン)】。俺は否応無しに、巨大な陰謀の渦中に飛び込んで行くような感覚に陥っていた。



 旧フランス租界。
 かつての外国人居留地であったこのエリアは、プラタナスの並木道に並ぶレトロな洋館や煉瓦造りの民家で彩られたクラシカルな街並と、洋館をリノベーションしたレストランやオープンカフェが異国情緒を漂わせている。

 目的地の隠れ家は、このエリアのランドマークの一つである蔦に覆われた教会の近くにあった。
 中に入ると、朱家角ほどの広さは無いものの、歴史ある高級ホテルのような内装と、アンティークな家具の数々が俺らの視線を釘付けにした。

「うちのボス、改めて何者だよ……。こんなリッチな隠れ家持ってるなんて」
「ひょっとしておじいちゃん、昔【魔幇】の大幹部だったアルか?」
「知らねぇ。あのジジイの経歴については謎に包まれてる部分が多くてな」

 俺がボスについて知っていることと言えば、十年前の魔人抗争で大きな活躍をし、その代償に家族を失ったことと、地元周りの組織や商店街の組合、果ては警察関係者にまでやたらと顔が広いことくらいだ。
 そう考えるとタオマオの言っていることもあながち間違いではないのかもしれない。

「まあとにかく、こんな良い部屋をあてがって貰ったんだ。タオマオは少し仮眠をとったらどうだ?」
「え……?」
「疲れてんだろ。何か元気無ぇように見えるぜ」
「グイェン……」

 今後どう動くにしても体力は回復しとかなければならない。拠点の移動も完了したし今日はこのまま休養日としよう。俺はタオマオにそう提案した。

「ありがとう、グイェン」
「夕飯はそこら辺を歩いて適当な店に入ろう。いいレストランも多そうだしな」
「ねぇ、グイェン……」
「ん?」
「グイェンもずっと気を張り詰めてて、疲れて無いアルか?」
「ああ、まあ俺はまだ平気だが……」

 するとタオマオは、蕩けるような甘い声で俺に囁いた。

「一緒にお昼寝……しよっか♡」
「な”っっ!」

 この娘何とかしろよ! また性懲りもなく核ミサイルぶち込んできましたよ!

「あはっ♪ 捕まえた~」
「ち……ちょっと待て!」

 タオマオはたじろぐ俺の腕を引き、布団の中に連れ込もうとしてくる。バカヤロウ! そんな事をされたらですね、色々とセンシティブな問題が発生するでしょうが!

「グイェンと一緒じゃなきゃ、疲れが取れ無いアルぅ……♡」
「!!」

 猫撫で声×上目遣い×おねだり=破壊力!!

 こいつ反則技の重ね掛けしてきやがった。無敵すぎて草。
 いや草じゃねぇよ!! タオマオの寝顔のヤバさはもう知ってるんだって!! しかも前回と違って今度は布団が一緒で色々当たるとまずいところが密着とかこれ実質彼氏彼女と言っても過言ではないよねでもまだちゃんと手順を踏んでないだろとひとかけらの理性を働かせている中いつの間にか俺の身体が布団の方に引き寄せられてるしもう……もう、どうなってもいいや……。

 俺は彼女が待つ布団の中へと真っ逆さまに落ちて行って、無重力Midnight 逃避行……




 ……すぐに眠ってしまったらしい。どうやら俺も相当疲れが溜まっていたみたいだ。




 夢を見た。

 古びた廃ビル。薄汚れた蛍光灯の明かり。
 孤児たちが寄り添って集まった、秘密の拠点。
 少年時代の仲間たちと、石油ストーブを囲みくすねた包子(パオズ)を分け合って食べる。

 その傍らには、俺が仲間に引き入れた一人の少女が肩を寄せていた。
 俺より五つ年下のこの少女は、とある魔人抗争によって両親を失ったという。

 他の仲間も似たような境遇の奴が多い。それだけ当時の上海の治安は狂っていた。
 俺らのような孤児が己の身を守るには、互いに協力し日々の脅威に立ち向かうしかなかった。
 その絆がこの過酷な環境を生き抜く原動力となる。俺らは強かに、逞しく、魔都の吹き溜まりを自由に駆け抜けていった。

 傍らの少女に視線を向ける。目が合うと、彼女は包子(パオズ)を頬張った顔ではにかむ。

 その顔が、とても可愛らしく映る。それは俺の遅咲きの初恋だったのかもしれない。
 俺はこの笑顔を護るために、強く大きくなってやると誓ったんだ。


玲紗(リンシャ)……」




 ぼそりと呟いた自らの声で目が覚めた。ほぼ密着状態の目の前でタオマオが眠っている。
 一瞬どきりとしたが、あどけない寝顔が、リンシャの面影と重なる。

(何で今、夢に出てきた……? あの日の傷が)

 リンシャはある日、燃料の調達に行ってくると言って、それっきり帰ってこなかった。

 俺ら孤児仲間は必死になってリンシャを探したが、街中を(しらみ)潰しに当たっても彼女を見つけることはできなかった。
 何であいつを一人で行かせたんだ!? 俺は後悔と自己嫌悪のあまり怒りの叫び声をあげる。
 けれど起きてしまったことは覆らない。いつかひょっこり帰ってくるのではないかという俺の願いも空しく、彼女は二度とこの街に姿を現すことはなかった。

 やがて俺が黒社会の住人となってもなお、彼女の足取りを掴むことはできなかった。
 そして積み重なる年月とともに、いつしか俺の後悔は過去の古傷となっていった。

「グイェン……?」

 タオマオがいつの間にか目を覚ましていた。起き抜けのアンニュイな表情で俺の顔を見つめている。

「どうしたアル……? 何か……怖い夢でも見たアルか?」
「いや……何でもねぇよ」

 俺は取り繕うように重い体を起こし、布団を出る。添い寝してたら他の女の夢を見たなんて、口が裂けても言えない。
 窓の外を見ると、辺りは大分薄暗くなっていた。どうやらそれなりに仮眠は取れたようだ。心なしか身体も軽い。

「んん……ふかふかのお布団、気持ち良かったアル」

 タオマオもいくらか元気を取り戻したようだ。そろそろここを出てレストランを探すのも良い頃合いだろう。

「そんじゃタオマオ、支度して飯屋を探そう。何が食いたい?」
「うーん、雰囲気の良い洋食屋さんが多いから、ステーキの気分アル」

 疲れた時には肉をキメるに限る。タオマオ、分かってるじゃねぇか。

「ねぇ、グイェン」
「ん?」
「また一緒にお昼寝……しようネ♡」

 心臓が締め付けられる気分だった。はにかんだ顔の雰囲気が、あまりにもリンシャに似ていたからだ。


EP2.#2 国際礼拝堂、集結する思惑



 洋館風のレストランでいただいたステーキディナーは絶品だった。
 普段このような店に入り慣れていないせいか、少し緊張気味だったが、タオマオとの何気ない会話がその緊張感を和らげてくれた。

 デザートに出てきたラズベリーのソルベを二人で堪能していると、スマホの着信音が鳴り出す。

「ん? ボスからか」

 俺はボスからの着信に応答する。

「おお、グイェン。今平気か?」
「ええ、大丈夫っす。何かありました?」
「実は儂の情報網に、ちと興味深い噂が引っかかってのう」
「マジっすか? この短時間で?」

 このジジイ、ヤクザなんて止めて解決屋になった方がいいんじゃねぇか? そう思いながら、ボスの言う『噂』とやらに耳を傾ける。

「今のお前の隠れ家の近くに、国際礼拝堂ってのがある。数日前の深夜その礼拝堂にフルスモークの黒い車が数台、人目を避けるように入っていったらしい」
「数日前って……もしかして」
「そう、【清王朝のダイヤ】が盗まれたあの日じゃ」

 その車が本当にダイヤを載せたものなのかは分からない。だが調べる価値はありそうだとボスは言う。

「【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者がそこに……?」
「礼拝堂の一般開放も日曜に限られるからのう、そういった意味でも儂はかなり怪しいとみておる」
「分かったっす。それじゃこれから調べに行って来ます」
「気を付けるんじゃぞ。待ち伏せはないと思うが、忍び込めばそこはもう敵地である可能性が高い」
「大丈夫っすよ。これでもそれなりに修羅場をくぐって来てるんで」

 俺はボスに礼を言うと、スマホの電源を切る。
 タオマオにも今の話を伝え、先に帰るように言い含めようとしたが……

「偵察任務アルね! 私も頑張るアル!」
「お、おい。ちょっと」
「パートナーを置いてきぼりはダメアルよ。グイェン君」

 微笑んではいるが目が笑ってない。俺は諦めてタオマオを同行させることにした。

「はい、素直でよろしいアル」




 上海国際礼拝堂。
 衡山路と烏魯木斉南路との交差点に位置する英国風ゴシック建築の礼拝堂である。
 煉瓦造りの建物の外壁はツタで覆われ、荘厳な歴史の重みを形作る。
 日曜日には施設が無料で開放され、特に正午からは中国語、英語、ドイツ語など外国語でもミサが行われ、様々な人種の観光客や地域住民たちに愛されている。
 しかし平日の夜ともなるとそのような表の顔は鳴りを潜め、固く閉ざされた鉄の門扉と黒いツタのシルエットが畏怖を煽る不気味な雰囲気を醸し出していた。

 グイェン達がこの施設を訪れる数十分前、ある一組の男女が宵闇に紛れてこの敷地内へと侵入していた。ナイフを持った金髪の少年と、腰まで伸ばした黒髪が印象的なアジア人の美女。その手にはサプレッサー付きのUZI PRO(短機関銃)が握られている。

「それじゃあ、行ってくるよ。所謂『強行偵察』ってやつにさ」
「ダイヤの情報を取得するまでターゲットの神父は生かしとけよ。俺は外で出入口をマークしている」

 彼らは五年ほど前から上海で活動し、最近頭角を表しつつあるフリーランスの解決屋。名を『カムパネルラとジョバンニ』という。
 二人はグイェン同様、黒い車の噂を聞きつけこの場に訪れていた。
 これ以上噂が広まらぬよう、情報提供者の処遇は仲間のカズマに任せたが、まあ適当に口封じしてくれるだろう。

「かしこまっ! 神父の仲間たちが現れたら対処のほう、よろしくね」
「ああ、他にも何かしら異変が起きたらその都度連絡を入れる」

 軽薄そうな金髪の少年、カムパネルラは単騎で建物の裏手にある窓の方へと向かう。そしてマイナスドライバーを用いてガラスを破り、小さく開いた穴からクレセント錠を解錠する。

「オッケー。今から侵入するよ」
『油断すんなよ。ダイヤを奪った連中は【魔幇】の汚れ仕事を担う魔人部隊の裏切り者との噂だ』
「ぼくが殺されるようなことはないさ。それはきみが一番よく知ってることだろ?」

 二手に分かれた両者は念話を通じてコミュニケーションをとる。カムパネルラはジョバンニの魔人能力【銀河鉄道の夜(ハレルヤ・ハレルヤ)】で生まれた具現体。故に思考と感覚を共有することが可能なのだ。
 礼拝堂の外陣を進むと、ジョバンニがカムパネルラと共有した感覚である異変に気付く。

『何だ……この香気は……』
「甘い匂い……アロマでも焚いているのかな?」

 香気の出所を辿り、祭壇の方へと慎重に歩を進める。暗がりの中、微かに人の気配がする。
 更に進み、祭壇手前の内陣に注目すると、倒れ伏す人影が目に映る。

(へえ、似非神父とは聞いていたけど、正面切って神に中指立てるなんて、中々ロックじゃん)

 それは堕天使に捧げられた『贄』を想起させる光景だった。
 乱暴に引き裂かれたチュニック。乱れたベール。そして露わとなった肢体。あられもない姿で打ち捨てられていたのはこの礼拝堂で奉仕活動をしていたシスターだ。
 シスターは下着を脱がされ秘部を濡らしたまま、恍惚の表情で事切れている。

 その奥には、片膝をつき祭壇に向かって祈りを捧げる黒い人の影。何者かと思った瞬間、礼拝堂の燭台が一斉に灯る。

「ふふふ、こんな夜に無断侵入なんていけない子だな」

 黒い人影は立ち上がり、こちらを振り返る。それは漆黒のローブを纏った巨軀の神父であった。

「ごめんね、お楽しみ中のところ。でもアンタにどうしても用があるからさ」

 カムパネルラは哀れな犠牲者に(おのの)く様子もなく内陣のほうへと近づく。
 彼がその見た目通りの無邪気な少年でないことは明らかだ。神父は彼の動きに注意を払いつつ、その目的を問う。

「ほう、一体私に何の用かね? 心当たりがないわけではないが……」
「アンタたちが隠し持っているお宝。僕も少し興味があってね」

(情報流出が想像以上に早い。【魔幇】の追手やダイヤ狙いの有象無象を止める為、ここに残る選択をしたのは正しかったようだな)

「君の求めているモノは、既にここにはない。諦めたまえ」
「え~? つれないなあ。じゃあお宝の在りか、ぼくにこっそりと教えるってのはどう?」
「……君は何を言っているのかね?」

「……ぼくも疲れるのは嫌だし、君も痛い目に合うのは嫌でしょ?」

 カムパネルラがナイフを抜くと神父は確信する。彼がここに来た目的は、ダイヤの行方を知る者への尋問だ。

「やれやれ。大胆不敵というか命知らずというか……。だが君のような少年を天にも昇るような快楽で『分からせ』るのは、嫌いではない!」

 神父はローブの懐から、黒いバイブを取り出す。バイブのスイッチを入れ、頭上に掲げて高らかに叫ぶ!

——アクメチェンジ!! 

 神父の身体が輝きを放ち、その容姿が一瞬で変化する。屈強な肉体はダークカラーのスーツで覆われ、頭部を覆うヘルメットには『死』の白文字が刻まれている。
 日本の戦隊ヒーローのような出で立ちだが、2m超のマッシブなシルエットと勃起した股間のせいで、印象はむしろ悪の怪人のそれに近い。

「性戯の味方……デスアクメマン、推して参る!」

(思ったよりヤバいのが出てきたな……どうすんだこれ)




「ぴきーん!? めくるめく欲望のにおいを察知……って……あれ?」

 何かレンガ造りの良さげな寝床があるぞと、教会の天井裏を勝手に間借りしていたトラブルメーカー系人造魔人の双喜は、礼拝堂の方に溢れかえる突出した欲望を感じ取る。

「流石上海! これからディナーに出かけようかと思っていましたが、ルームサービスまで充実してるとは!」

 人々の欲望は彼女にとってのエネルギー源。はてさてこの神聖なる教会にどんな業突く張りさんがいるのかと礼拝堂へ向かい、物陰からコッソリと様子を伺う。
 すると、戦隊ヒーロー風のコスチュームを着た大男と金髪碧眼の少年が、堂内で戦闘を開始していた。
 フィジカルで勝る大男の攻撃を巧みなナイフ捌きでいなす少年。大男は切り札とみられる能力を叩き込む機会をうかがっているが、溜めの動きに反応した少年がそうはさせじとナイフをねじ込んでゆく。

 双喜はまず、黒スーツの大男に意識を向ける。大男は人間の三大欲求の一つである性欲をむき出しにして、少年を攻め立てている。

(むむ、あの大男……後天的に異能を植え付けられていますねぇ。私と同じ人造魔人なのでしょうか?)

 相対する少年の方も普通の人間とは何かが違う。目的のものを得ようとする欲望の力が大きく働いているが、むしろそこに違和感を感じる。

(もしかしてあの少年……魔人能力で造られた具現体なのですか?)

 その在り方は双喜にとって、大きな興味をそそられるものであった。どちらも人のふりをしているような偽物の存在(ニンゲン)なのに、欲望だけが人間以上に肥大化している。

(いや~! これは珍しい催しもの! 見ごたえがありますね! いいぞもっとやれ~!)

 人生エンジョイ勢の双喜は、この極上のディナーショーを特等席で堪能する。だが彼女はまだ知らない。この激しい欲望のぶつかり合いが、単なる『前座』に過ぎないことに。




 煉瓦塀を乗り越え、俺とタオマオは国際礼拝堂の敷地内に侵入した。タオマオに【玄武印】を押印し、二人揃って銃を抜く。

「いいか、なるべく静かに進んでいくぜ。何があるか分からんからな」
「了解アル!」

 エントランス付近の防犯カメラを避け、頭をかがめて裏手にある中庭方面へと忍び足で向かう。
 窓を一つこじ開けて、施設内に侵入しようとしたところで、俺は危険を感じ取る。

「ヤバいぞタオマオ。この窓、既に破られた形跡がある」

——彼女に警戒を促した、次の瞬間。

 こもった三射の銃声。穿たれる煉瓦の壁。

「グイェン!!」
「中に入れ! 攻撃された!」

 俺達は破られた窓に飛び込み、建物の内部へと入る。
 追撃を警戒し、割れた窓ガラスの隙間から恐る恐る顔をのぞかせる。
 外は暗い。狭い視界の範疇で何かが動く様子はなく、襲撃者の状況は分からない。
 かといって、迂闊に出ていくわけにもいかない。

 俺はしばし相手の出方を待ったが、これ以降何も起きぬまま、3分が経過した。

「タオマオ、このまま進もう。ここを出るにしても、別の窓からだ」
「グイェン、撃たれてない?」
「ああ、大丈夫だ」

 そこが一番の疑問点だった。襲撃者は何故、俺を確実に殺せるような絶好のタイミングで銃撃を外してしまったのか。そしてそれ以降動かないのはどういう意図なのか?

(上等だ。罠ならば喜んで飛び込んでやるよ。どのみちこのまま手ぶらで帰るわけにはいかねぇんだ)

——俺が覚悟を決めた矢先に、礼拝堂から大きな音が響き渡った。




 ジョバンニは招かれざる侵入者を捕捉していた。UZI PRO(短機関銃)を構え、マイクロドットサイト越しに二人の侵入者の様子を確認する。
 一人はガタイの良い短髪の男。もう一人はローティーンの金髪の少年だった。

「え……っ!?」

 ジョバンニの心臓が跳ね上がる。何かの間違いかと思い、もう一度金髪の少年の方に注目する。

「嘘だろ……何で?」

——それは彼女の望み。

——それは【銀河鉄道の夜(ハレルヤ・ハレルヤ)】発現のきっかけとなった分岐点。

——それは彼女が生み出した具現体のモデルとなった最愛のパートナー。

 カムパネルラのオリジナルが、そこにいた。

『……バンニ、ジョバンニ! どうしたの?』

 感覚を共有するが故、カムパネルラはすぐさま彼女の異変に気付く。

『ジョバンニ!』

 ジョバンニはハッと我に返る。
 呆けている場合ではない。状況を伝えなければ。

「悪い、正体不明の二人組が敷地内へと侵入してきた。直ちに排除を……」
『こちらはターゲットと交戦開始。中に入れさせないようにしてね』
「分かってる、直ちに排除を……排除……?」

 殺すのか? カムパネルラを。一度失ってしまった俺の半身を、今度は自分の手で殺せというのか?

「はいじょ……この俺が……?」

 呼吸が浅くなる。引き金を掛けた人差し指が震える。赤い狙点の先にあるシルエットが、涙で滲んでゆく。

『ジョバンニ、どうしたんだ? しっかりしてよ!』
「はぁ……はぁ……」
『しまっ……!』

 彼女の動揺に気を取られたカムパネルラは淫靡なオーラを帯びたデスアクメマンの指先に触れてしまう!!

——デスアクメパワー!!

『うぐっ……ああっ♡』

 全身を震わせるような激しい快楽の波がカムパネルラを襲う! もしも彼が生身のティーンエイジャーだったならば、下半身を狂わす熱情に耐えられず、即座に果てていただろう。
 ならば生身の人間、感覚を共有しているジョバンニが、その暴力的な愛撫の洗礼を無防備なまま唐突に受ければどうなるのか!?

「ひあっ……あはあぁぁぁ♡」

 普段の彼女からは想像もつかないほどの嬌声が喉の奥から漏れる。全身が性感帯と化した錯覚に陥り、発情する身体のコントロールが効かない!
 そして彼女は無意識のうちに、痙攣した人差し指でUZI PRO(短機関銃)の引き金を絞ってしまう!

 サプレッサーからのこもった銃声と共に、狙点のずれた3連射が放たれる! 9ミリの銃弾は狙うべきターゲットの上部を抜けて、煉瓦の壁に突き刺さる!

「くっ……しまっ……♡」

 取り落としかけた銃を握りなおすが、既に二人組は窓から建物の中へと逃げ込んでしまう!

 ジョバンニは二人が入った窓を目掛けて、銃撃を浴びせようと再び構える。しかし再度、デスアクメマンの愛撫がカムパネルラに襲い掛かる!

『うっ……くうっ……♡』
「らめぇ……ふうあぁぁぁ♡」

 今度こそ腰砕けとなったジョバンニはその場に座り込み、渦巻く快楽の嵐にしばし悶え狂う。
 いつの間にか指先で触れていた、愛液で湿った股間の感覚に屈辱感を覚える。
 しかし彼女は最後の気力を振り絞り、カムパネルラに念話を試みた。

「カムパネルラ……悪い、二人組は中に入っていった。撤退するぞ……!」
『だめだ……まだ目的を果たしていない。ここでこいつを逃がすわけにはいかない……』
「カムパネルラ……二人組の片方は、お前のオリジナルの姿をしていた……何かがヤバい」
『なるほど。きみが動揺するわけだ。だけど安心して。ぼくがまとめて巻き返す』
「カムパネルラ!」
『感覚共有を切るよ。これ以上あいつに触れたら、ジョバンニの身体が持たない』

 カムパネルラからの念話が打ち切られる。ジョバンニは疼く身体に抗いつつ、自分自身への怒りで地面に拳を打ち付けた。

「くそっ!!」

 ジョバンニがその気になれば、能力でカムパネルラを消去し、撤退することは可能だ。だが彼女はカムパネルラの決意を汲んで彼の好きにさせることにした。無論自らの怒りも彼に託して。

「俺をコケにした落とし前……つけさせてもらうぞ……!」


EP2.#3 玲紗(リンシャ)



 俺は大きな物音がした礼拝堂の方まで慎重に歩を進める。
 タオマオは後方を警戒し、銃撃を仕掛けてきた何者かの襲撃に備える。

 礼拝堂が近づくにつれ、争うような物音が顕著になってゆく。半開きになった扉から、礼拝堂の外陣へ至ると、俺の目の前で大男と子供が戦いを繰り広げていた。

「おいてめぇら、そのまま動くな!」

 俺はNZ75(ピストル)を構え、二人を牽制する。この二人のどちらかがダイヤの行方を知る【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者の可能性が高い。
 俺に続いてタオマオも礼拝堂の中へと入る。彼女は祭壇の方に目を向けると、小さな叫び声をあげた。

「グイェン……あの人……」

 タオマオが指し示した場所には、着衣の乱れたシスターが倒れていた。青白い肌からは生気が感じられず、恐らく既に事切れているだろう。

「ひでぇ事しやがって……カスがよ……!」

 だけど俺らの目的は彼女を悼むことじゃない。【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者を見つけ出し【清王朝のダイヤ】の行方を問いただすことだ。

「答えてもらおうか? 【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者ってのは、お前ら二人の内のどっちだ?」
「……ぼくは違うよ。ただのしがない【解決屋】さ」
「……本当だろうな?」
「信じる信じないは君の勝手だけど、それよりも後ろにいる僕そっくりの子って、いったい何者?」

 カムパネルラの目に映るタオマオの姿は、能力者(おや)であるジョバンニの望むモノの姿に準ずる。

「今は黙ってろ。俺はもう一人のこいつと話がある」
「もう、仕方ないな」

 俺は大男の方に向き直り、銃を突きつけ問い詰める。

「おい、俺の質問は馬鹿でもわかる単純なやつだ。てめぇらが盗んだ【清王朝のダイヤ】、どこへやった?」

 だが、黒スーツの大男は、こちらの質問に答えようともせず表情が分からぬヘルムの内側で、ぶつぶつと何かを呟いていた。

「てめぇ、人の話を聞いているのか!?」
「そんな……まさか……」

 大男は既に俺を見ていなかった。視線の先にはタオマオが居る。

「生きていたのか……信じられない......!」
「何をぶつぶつ言ってやがる!!」

玲紗(リンシャ)! 君に再び出会えるなんて!」


——は?


黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者は、居なくなった俺の妹分の名前を突然口にした。




 というわけで実況の双喜でございます。只今現場はカオスな状況となっています。
 極上のディナーショーであった偽人間たちの欲望バトル! そこに突如乱入した謎の二人組! 完全に出るタイミングを失ったけど、結果欲望エネルギーを不労所得している私! 果たして一触即発のこの状況、どうなってしまうのでしょうか?

(しかし乱入してきた二人組も大変興味深い。特にあのスライムちゃん(・・・・・・・)のほう……)

 双喜の視点から見たタオマオの姿は、その正体である【ウーズ】そのものであった。
 彼女は強欲な人間を愛するが、特定の人やモノに執着することはめったにない。欲望にまみれた大衆を平等に(・・・)愛し、刹那の生を謳歌している。
 故に彼女には、見た者の望む姿に映るタオマオの魔人能力が効力を発揮しないのである。

 もしも彼女が何者かに執着を抱くとするならば、同類のホムンクルス、もしくは血を分けた妹のような存在なのかもしれないが、今のこの場では知る由もない。

(あれは偽人間ですらない、その前の段階の原材料みたいな存在。本来ならばあれが意志を持って動くなんてありえないのですが、いったいどういう理屈なのでしょうか?)

 双喜は【ウーズ】の特性をも瞬時に理解していた。清の時代にこのような人口生命体は居なかったのだが、魔人能力を抽出する器の発想は当時から理論として存在していた。
 双喜の完成を経て人造魔人の研究が進んだことにより、後の人口生命体や人造魔人につながっている。
 そう言った意味で双喜は、この場にいるタオマオやデスアクメマンの大元の祖ともいえる存在なのだ。

(とにかくこの昼ドラじみた展開、ますます目が離せませんねぇ~)




 この大男は、リンシャの名前を口にした。
 いや、リンシャなんて名前、さして珍しくもない。同名の別人だろうと俺は自分に言い聞かせる。

「生憎だけどよ、こいつはタオマオってんだ。お前の言ってるリンシャってやつとは別人なんだよ」
「ほら、リンシャ、私だよ。聖樹(シォンシュ)だよ! 今はこんな姿だけどさ!」

 埒が空かねぇ。俺はタオマオに別人であることを直接伝えるように促す。

「おい、タオマオ。こいつに言ってやれ。私はリンシャなんかじゃねぇって」
「そ……そうアルね……」
「ん? どうした?」

 タオマオは少し青ざめたような表情をしている。何か様子がおかしい。まさかタオマオ……お前……


「何でも無いアル。あんな奴、知らないアル!」

 タオマオは俺の一歩前に出て、大男に宣言する。

「お前なんか知らないアル! 私はタオマオ! リンシャなんてとっくに死んでるアルよ!」

 そうだそうだ、リンシャなんてとっくに死んで……って、え?

「タオマオ、お前何でそんな事を」
「あいつはストーカー気質っぽいアル。あれ位言わないと多分諦めてくれないアルよ」
「そ……そうか。そうだな」

 俺は無理矢理納得しようとしたが、頭を渦巻く疑念が晴れない。

「こ、これで分かっただろ! こいつは見た者の望む姿になる魔人能力を持っている! つまりお前の知り合いとは別人なんだよ!」
「なるほど。だからぼくやジョバンニの目からは、オリジナルのぼくに見えるのか」

 少年の方も得心がいったようなリアクションをする。
 だが大男の方の反応は、俺の想定していたものとは全くの逆だった。

「これで確信したぞ。やっぱり君はリンシャなんだな……!」
「何だとぉ……?」
「リンシャ、私は研究員たちの話をこっそりと聞いたんだ。【清王朝のダイヤ】を使った、人造魔人の実験で君が獲得した能力を」

 タオマオは黙って俯いている。死刑宣告を受ける直前の被告人のように。

「それこそが、今この男が言った『見た者の望む姿になる』魔人能力だったんだよ!」

「!!」

 ある日突然姿を消したリンシャ。もしもあいつの言うリンシャが、俺の知っているリンシャと同一人物だとしたら……

「あの実験で君は能力開花の負荷で命を落としたと聞いた。だが生きていたんだな! 私は嬉しいぞ!」
「違う……違うアル……」
「タオマオ……」
「私はリンシャなんかじゃ……!」

 タオマオは咄嗟に駆け出し、礼拝堂を出ようとした。だが——

——『欲心流路!』

 物陰から何者かが物凄いスピードで飛び出し、タオマオの行く手をふさぐ!

「いや~、大男さんの欲の流れで間一髪追いつきました! ここで逃げるのは流石に『ナシ』ですよ~!」
「誰だてめぇは!」
「お初にお目にかかります! 私、『百年節』のダブル・ハピネス・キャンペーン担当、双喜という者です!」

 ダブル・ハピネス・キャンペーンというふざけたフレーズで思い出す。数日前に動画サイトの生配信で、自分自身を懸賞にしていた、清の時代の人造魔人がいたというニュースを。

「タオマオさんと言いましたっけ? 同じ人造魔人のよしみで、私と組みませんか?」
「……」
「貴方には人の欲望を集める素敵な力がある! もしも私と組んでくださるのなら、祭りの最終日に私の身体をお譲りしましょう! どうです? 悪い話じゃないでしょ?」
「うるせぇよ! ちったぁ空気読め!」

「隙あり!!」

 俺が一瞬目を離した刹那、大男は一気に距離を詰めてきた!

「気を付けて! そいつに触れられたらヤバい!」
「何っ!?」

 少年の助言で、俺は大男の攻撃をぎりぎりかわす。
 反撃の9ミリを、大男は会衆席の裏に隠れて防ぐ。

「タオマオ、ここを離れるな! 話は後で聞く!」
「……」
「そこの金髪! 解決屋なんだろ? 後で報酬を払うからタオマオを頼む!」
「え? ぼく?」
「そこの双喜ってやつを監視してろ! 奴とは俺がやる!」
「分かったよ。あいつとやるにはあんたの方が相性よさそうだ」

 俺は銃を構えながら、大男を狙える位置まで走る。

「喰らえっ! デスアクメパワー!!」

 大男はオーラを纏った両手を振り回し、掴み掛かろうとする。俺はその攻撃をバックステップでかわし、拳銃をぶっ放す。
 大男はその銃弾を左腕でブロック。常人の肉体を遥かに凌駕する戦闘型魔人の強化された筋肉は9ミリの銃弾をいとも容易く止める!

「くそっ! 硬ぇな!」

 玄武印が使えればもう少し有利に立ち回れるが、金髪の少年を完全に信用することが出来ない中、タオマオの印を剥ぎ取るのはリスクが高い。
 俺は少年にあることを確認する。

「おい! 金髪! あいつの両手に触れるとどうなるんだ!?」
「……言いづらいんだけど、性的快感で全身の力を持ってかれるんだ」

 何だそりゃ? だからデスアクメパワーって言ってたのか? だが、それならば——

「即死コンじゃねぇなら、根性で何とかなるって事だよなぁ!!」

 俺は銃をしまい、ジェット・ワン仕込みの八極拳の構えを取る。多少の被弾は覚悟の上、得意の超接近戦で決着をつける!

「おらあぁぁぁ!!」

 迫り来る右腕を左肘でかち上げ、中に踏み込む勢いを使って冲捶を放つ!

「がはっ!!」

 たたらを踏んで後ずさる大男を更なる踏み込みで追いかけ、その脇腹目掛けて拳を叩き込もうとしたが、大男は意外な反撃に出る!

 ヒーロー風のヘルムで覆われた硬い頭を金槌のように振り下ろし、俺の脳天に打ち付けて来たのだ!

「あがっ!」

 脳を揺らされフラつく身体、大男はその隙を逃さず快楽の両手を解き放つ!

——デスアクメパワー!!

 歯を食いしばり、肚を据えて大男の攻撃に備える! こいつを耐えて、鳩尾に裡門頂肘を——

「はわあっっっ♡」

 大男の手が俺に触れた瞬間、想像を絶する性的快感が全身を蝕む!
 息遣いが乱れ、身体が熱く燃える。本能の疼きが、下半身に血流を集めてゆく。
 そして俺は無様にも漆黒のダークヒーローの前で膝をついてしまう。

「ナメて貰っては困るなぁ。私のデスアクメパワーを」

 大男が更にひと撫ですると、2度目のエクスタシーが全神経を駆け巡り、俺の下半身は暴発してしまう。

「くう……あっ♡」
「私はずっとリンシャを求めていた。人造魔人の実験体として人間以下の日々を過ごしていた時から、彼女を死ぬほど犯し尽くしたいと思っていたのだよ!!」

 何を言っている? このクズ野郎は……?

「その想いと、【清王朝のダイヤ】が齎した奇跡がこの私にデスアクメパワーを授けてくれた! 言わばこの力は私とリンシャの愛の結晶なのだ!!」
「……ぶち……殺してやる……」
「その様でか? ぶち殺されるのはむしろ君の方だろう! だが極上の快楽と絶頂の中で果てることができるのだから、私に感謝して欲しいくらいだがな!」

 大男が再びデスアクメパワーを発動する。禍々しいピンク色のオーラは、今度こそこの俺を本来の意味で昇天させるだろう。

「フィニッシュだ! イキたまえ!」

「ダメっ!!」


——薄明かりの礼拝堂に、銃声が響く。


 硝煙の苦い匂いが、辺りに漂う。

「酷いじゃないか、リンシャ。いきなり頭を撃つなんて……」

 大男のヘルムに浅い銃痕が刻まれている。撃ったのはタオマオ。彼女は涙を溜めて大男と俺の間に割って入る。

「グイェンは、殺させない」
「リンシャ……?」

「リンシャは死んだの。今からその証拠を見せてあげるわ」


 タオマオはそう言うと、自らの意思で擬態の異能を解いた(・・・・・・・・・・・・・・・)




——半液状の体組織。

——透き通る外皮から微かに見える、収縮する臓腑。

——そして、不定形の中心で鈍く光る心核。

 タオマオの姿は、丸みを帯びた大きなゼリー状のバケモノと化していた。
 一人(双喜)を除いたここの全員がその悍ましさに戦慄の表情を浮かべる。

「【ウーズ】が……意志を持っている……?」

 デスアクメマンは、【黑闇劍(ヘイアンジェン)】魔人化学研究所の実験体だった過去を持つ。
【ウーズ】が意思なき生命体であることを、一番よく知っている男だった。

「シォンシュ、貴方は知っているでしょう?【ウーズ】がどういう生命体なのかを」

 死んだ魔人の肉体を取り込み、その能力のみを抽出する人口生命体。
 この個体がリンシャの魔人能力を取り込んだ【ウーズ】ならば、リンシャ本人は既に死んでいることを意味する。デスアクメマン(シォンシュ)は突きつけられた事実に愕然とする。

「そんな……バカな……」
「シォンシュ、【黑闇劍(ヘイアンジェン)】の裏切り者の中に貴方がいたということは、【清王朝のダイヤ】はあの人(・・・)が盗んだのね」
「……」
「私はどうしてもそれが欲しい。必ず見つけ出して、会いに行くわ」
「リンシャ……それはダメだ。たとえお前だろうと、あの人の元には行かせない!」

 デスアクメマンがタオマオに掴みかかろうとする。しかしタオマオは仮足を滑らせ一歩後ろへ後ずさる。
 そして渾身の力を込め、黒い巨体にその身を丸ごとぶつけて行った!!

 タオマオの身体は、水の砲弾と化し、【玄武印】の反発力と共にデスアクメマンを大きく吹き飛ばす!

「ぐあっ!!」

 倒れこんだデスアクメマンに対し、タオマオは大きく跳躍、宙を舞う【ウーズ】は、デスアクメマンの喉元を踏み潰すように降り立った!

「おごっ!!」

 【玄武印】の反発力が黒い巨体の上半身を地面に埋め込む。屈強な戦闘型魔人でなければ、首の骨は完全に粉砕されていただろう。そこまでは行かなくとも、この踏みつけはデスアクメマンの意識を刈り取るのに十分なダメージであった。


「玄武鉄山靠。覚えておいて良かったわ」


 そう呟くと、タオマオは再び魔人能力を発動し、擬態した姿に戻る。

「ヤクザのお兄さん、この娘、ぼくが守る必要なかったよね?」

 カムパネルラが埋まった大男を見る。半ば呆れ顔なのが見て取れる。
 だがグイェンは彼のぼやきに反応することはなく、青ざめた顔でタオマオに問いかける。

「……タオマオ、お前、やっぱりあの(・・)リンシャなのか?」

「……言ったでしょう? リンシャは死んだって。今の私は、名前の無い……只のバケモノ」

「タオマオ……」

「……ごめんなさい、今まで騙していて」

「そんなことはどうだっていい! 俺はお前の正体が何だろうと構わないって言っただろう!」

「ありがとう、でも……私は貴方の側にいる資格なんてなかったの」

「タオマオ!」

「こんなバケモノが……貴方を好きになって、ごめんなさいアル」

 そう言うと、タオマオは歩いて出口へと向かう。
 そして扉を塞いでいた双喜にタオマオは言う。

「双喜って言ったわね。貴方の提案、乗ることにするわ。私一人じゃあの人には辿り着けない」
「おお! 毎度あり! この街の業突く張りを集めてくれるなら、私も協力を惜しみませんよ!」
「人でなしの人造魔人同士、仲良くしましょう」

「タオマオ! 行くな!」

 追いかけようとしたグイェンに、タオマオは拳銃を突きつけた。追ってくるなという、強い意思表示だった。

「さようなら、グイェン。本当に……本当に幸せな数日間だったアルよ」

 か細く震える声。

 今にも壊れそうなこころ。

 ぽろぽろと涙をこぼしながら、彼女は強がって笑顔を作る。
 その仕草は、グイェンの知るかつてのリンシャそのものだった。




 そして俺は、この数日の間で二度目の失恋をしたのだった。


EP2.#Ex2 再び出会うまで



 タオマオの行方を追うため、俺は縛り上げたデスアクメの男をヤクザの流儀で尋問する。

「答えろよ。てめぇの言っていた、あの人ってのは誰なんだ?」
「……」
「よく躾られた忠犬だな。おい、カムパネルラ」

 俺の合図に応じて、カムパネルラが男の指の爪を一つ剥ぐ。これで4枚目、男は苦痛で涙を滲ませる。

「ぐううっ……!」
「ねえ、そろそろ吐いた方がきみのためだよ。グイェンさん、相当キレてるからさ」
「なあカムパネルラ、次はどうする?」
「どうする……って?」
「手足の爪20枚剥いだ後だよ。特別にお前に決めさせてやるよ」
「わーい! 楽しそう! 何がいいかな~!」

「わ……分かった! 話す! 話すから!!」

 終わらぬ地獄を悟ったのか、デスアクメの男は俺に黒幕の情報を洗いざらい吐いた。

「だが、ダイヤは既にあの人が最も信頼する者の手に預けてあるかもしれない。私ですら知らない人物だが……」
「関係ねぇよ。俺がダイヤを追っていれば、必ずタオマオと出会うはずだ」

 そう、俺はタオマオを取り戻す。リンシャの生まれ変わりだからだとか、俺を好きになってくれたからだとかそんな事すらどうでもいい。いや、どうでもいいってのは語弊があるが。

 俺がタオマオを取り戻す理由はただ一つ。

 俺があいつを大好きだからだ。絶対に放したくない!

 俺はそのためならば、上海の全てを敵に回したって構わない!!

 待っててくれなんて贅沢なことは言わない、俺が必ず見つけ出してやるから!!

 あんな悲痛な涙、二度と流させはしないから!!




 最愛の人を追いかける男は、決意新たにこの場を去っていった。
 拷問の跡が残る小部屋に、ヒールの足音が響き渡る。
 金髪の少年はパートナーである黒髪の女と落ち合い、にっこりと笑う。

「……全て終わったようだな」
「うん。意外とあの侵入者さん、いい人だったよ」
「カムパネルラ、あまり人を信用しすぎるな。命取りになるぞ」
「んで、必要な情報も概ね手に入れた。後はこいつの処遇だけど……」
「ひっ……!!」

 黒髪の女、ジョバンニはおもむろにUZI PRO(短機関銃)を取り出し、マガジンの中の全弾を、デスアクメマンの頭部に叩き込んだ。無論声を上げる暇もなく、即死である。

「やっぱそうなるよね~」
「当たり前だ。こいつには散々世話になったからな」
「でもさ、ぼくちょっと思ったんだけど」
「……?」
「あんな可愛い声を上げちゃうジョバンニも、意外とそそるよね~」
「マセガキが! こいつと同じ目に遭いてぇか!?」

 ジョバンニはマグを再装填し、カムパネルラに狙いをつける。

「わわっ! 冗談だって! ごめんごめん!」
「……ったく、とっとと撤収するぞ。もうこんな場所に用はない」
「は~い」



 斯くして、解決屋『カムパネルラとジョバンニ』はダイヤの輝きを求め、再び宵闇へと消えてゆくのであった。
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