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ダンゲロスSS上海
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メーメーの無敵の矛

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 穏やかで過ごしやすい秋は間もなく終わる。上海の冷たい冬は、もうすぐそこだ。
 でもそれは、地上の話。都市の地下深くを流れる下水道では年間を通じて温度変化は小さく、冬でも比較的快適に過ごせる。幼い頃のことはもう覚えてないけど、たぶん最初は死ぬほど辛かったと思う。でも、今ではすっかり久居則安《すめばみやこ》だ。

 外灘《ワイタン》地区の大通りの下に敷設された大口径の幹線内に潜み、危機の報せがないか気を張りながら待機する。メーメーの今夜の客は、日本から訪れた商社の男だ。
 商社の男。もしかしたら、ベッドの上などではなく商談のテーブルで差し向かっていたかもしれない相手だ。彼女はどんな気持ちで男と過ごしているのだろうか。
 そんな疑問を投げ掛けても、メーメーは笑って答えるだろう。大丈夫だよ、私はこの仕事けっこう好きだから、と。本心だろうか。鱗語交流《リンゴトーク》でどこまで情報を伝えるかの決定権はメーメーにあるから、本当のことはわからない。たぶん全部が嘘ではない、とは思う。

 僕の名前は、スパイク。上海の地下深く、下水道に住んでいるヨウスコウアリゲーター。小さい頃に下水に流されて、それからずっとここに居る。
 町の人たちは僕のことを『透明ワニ』って呼んでるらしい。透明になんてなれないのに変だよね。でも、できるだけ姿を見せないように気をつけてるから、そう呼ばれるのは上手くできてる証拠なので嬉しい。
 メーメーと再会してからは、食事を貰えるようになったので厨房とかを荒らすのは控えめにしてる。危ないしね。今の僕のお仕事は、メーメーの護衛。何かあったらすぐに駆けつけるよ。

(はーい、仕事終わったよ! これから下に降りて家に帰るね)

 メーメーからの連絡だ。今夜も特に何事もなかったみたい。良かった。

(おつかれさま!)

 鱗語交流《リンゴトーク》は、爬虫類とテレパシー会話することができる魔人能力。射程は2km。遮蔽物による影響はほとんど無いみたいで、地下深くの下水管の中とホテルの高層階でも問題なく会話できる。

(メーメー、お仕事つらくなかった?)

(もー、スパイクは心配性なんだから。ぜんぜん平気だよ? それより見てこれ。コスプレ指定すっごいの!)

 視界共有でトートバッグの中に入っている赤くて四角い箱を見せてくる。なんだろこれ? 革製のバックパックのように見えるけど?

(これはね、日式小学生カバンだよ。ヤバイよね。このおっぱいで小学生は無理でしょ! なんだか日本のお客さん、ロリコン多い気がするなあ)

(そ……そうかも……?)

 人間の中でもメーメーはかなり小さい。身長だけなら、小学生でもギリギリ通じるかもしれない。でも、体格は小学生と言うには成熟しすぎていると思う。まあ僕はワニだから人間の感覚は良くわからないけど。
 ただ、繁殖のことを考えるなら、年齢的には若い方がいいし身体的には成長している方がいい。哺乳類的な感性はわからくても、メーメーが魅力的に見えるのは理屈では納得できることだ。

(ほほう? スパイク君はロリ巨乳派ですね? えー、嬉しいけど困ったなー、君は大切な友達だけど異性としては見てなかったなー)

(違っ、やめてよ心の中を勝手に読むの)

 鱗語交流《リンゴトーク》による情報コントロールは、完全に一方的だ。望むならばメーメーは、僕の心の中を全部覗き見することができる。でも、僕が本当に嫌がるような使い方はしないと言うことは信用できる。……信用できるよね?

(できるできる。本当に読まれたら嫌だなって場所は、読む前に分かるから読ま――)

 突然、テレパシー通信が途切れた。メーメーの声が聞こえない。意図的に打ち切った様子ではなかった。ノイズで掻き消されたような……何者かの通信妨害? 非常事態だ!
 細い下水配管の支流を素早く登りメーメーの元へ。もうホテルからは出て裏手の路地にいるはずだ。マンホールの隙間から目だけ出して様子を伺う。

 メーメーの側に、黒い車が止まっている。黒い服の男が3人、剣呑な雰囲気で彼女と相対している。車の中にも更に3人。
 するり、とマンホールの小さな空気抜きから外に出る。低い姿勢でアスファルトを這い、男たちの死角から襲い掛かろうとした時。メーメーが視線で制止の合図を送ってきた。僕は配管に潜り込み、再び姿を消す。
 妨害された時は驚いたけど、テレパシーが無くても僕とメーメーの意志疎通に問題はなかった。普段からお互いの意識をテレパシー共有している経験から、僅かな身振りでその意図を正確に理解することができた。
 そして僕は配管の中に潜み、メーメーからの指示を待つことにした。


△▽△▽△▽


 男たちに囲まれたメーメーは、カバンに取り付けていた防犯ベルに手を伸ばす。ただの防犯ベルではない。ボタン一つでデリバリー事務所に連絡が飛び、魔幇の構成員がすぐに駆けつける連絡装置である。

「あなたたちは誰ですか? 人を呼びますよ!」

「そんなに怯えなくても良いぞ。俺たちは、むしろ君の味方かもしれないぜ? ここでは人目につく。ゆっくり話ができる場所に移動しようじゃないか」

 黒服の男が語りかける。穏やかな言い回しだが、その口調には凄みがあり、抵抗すれば身の保証はできないと言外に告げているようだ。

 メーメーは、防犯ベルのボタンを押した。
 カチリ……反応がない。

「えっ、嘘?」

 カチリ、カチリ。
 何度ボタンを押しても反応しない。

「やだ、壊れた? 嘘でしょ!?」

「ククク……俺の能力『圏外OMG《ケンガイオワタ》』で通信は全て封じさせてもらってるぜ」

 メーメーは悲鳴を上げて逃げ出そうとした。どちらもできなかった。
 男たちは彼女の身体を押さえ付け、口を塞ぎ、力ずくで車の中へと押し込む。ドアが乱暴に閉められる。そして、黒い車は外灘の路地裏から走り去った。

「わたしを、どうする気なの?」

 どこかへと向かって走る車の中。震える声で、目隠しをされたメーメーが訊ねる。

「あんたの両親は、魔幇《モーパン》に殺された――そうだろ、張琅月《チャン・ランユエ》?」

 誰にも教えてないはずの本名で呼び掛けられ、メーメーは身を固くした。

「まだ、死んだとは決まって……ない……!」

「ああ、死体は出てないな。貿易商として頭角を現したあんたの父親は、魔幇に目を付けられ、薬物の密輸に協力させられたあげくに裏切られて破滅させられた」

「……」

 メーメーはうつむき、強く歯を噛み締める。もう戻らない幸福だった日々。公安局の捜査で荒らされた自宅に、更に押し入ってきた魔幇の連中から受けた仕打ちは絶対に忘れることのできない屈辱だ。スパイクみたいに忘れることができたら良いのに、とメーメーは思う。

「どうして魔幇に目を付けられたか。実は商売の話じゃあない……おっと着いたな」

 車が停止し、メーメーは両脇を屈強な男に押さえられながら部屋へと連れ込まれる。目隠しを外されると、そこは窓の無い殺風景な部屋だった。
 潮の香りがする。黄浦沿いの遺棄された港湾施設のどこかだろうか、とメーメーは推測する。

「教えて。何が狙いなの?」

「『清王朝のダイヤ』だ。なぜ魔幇はダイヤに拘るのか。それは、ダイヤが秘めた真の力を恐れているためだ。そして、真の力を引き出す方法を知る者……あんたら張一族を恐れている」

「知らない! わたし、そんなの知らないよ! 本当だよ!」

 父親は、何か知っていたのかもしれない。だが、メーメーはダイヤの秘密など聞かされたことはなく、張一族の秘伝とやらも単なる都市伝説だと思っている。

「まだ時間はたっぷりある。ゆっくり思い出すといい。手荒な方法で、思い出す手伝いをしてやってもいいぞ? 両親の敵討ちになるんだから悪い話ではないだろう? 協力してもらうよ」

 敵討ち。メーメーとスパイクは、自分たちから幸福な生活を奪い去った魔幇に復讐するためにこれまで生きてきた。
 メーメーは、自分の周囲に立つ男たちの様子を改めて見る。魔幇に属さない、チンピラ紛いの解決屋といった所か。部屋に待機していた者と、車にいた者を合わせて総勢14人。魔幇と事を構えるつもりなら、ほぼ全員が魔人だろう。

「うん……わたしは、お父様とお母様の敵を討ちたい……! でも……」

 メーメーは椅子から立ち上がり、脚を左右に大きく広げて地を這うような低い姿勢を取った。そして叫んだ。

「スパイク! 赤髪の男!!」

 叫ぶと同時に椅子を掴んで一番体格の良いチンピラ目掛けて投げ付け、すぐさま床の上を滑るような体制でリーダー格の男へ接近するメーメー。屈強な男のガードで椅子が砕けるが、ダメージはほとんどない。メーメーは跳ね上がり、リーダーの腕に組み付く。形意拳・鱷形《ウォウゼン》!
 突然暴れだしたメーメーに男たちの意識が集まる中、その背後にあった排水口から、白い巨大なワニが現れる。ワニは大きく顎を開き、赤髪の男を含む3人の頭部をひとくちで噛み砕く。

(よし! 鱗語《リンゴ》が戻った! 不自然にスマホを弄ってたこいつが術士と読んで正解!)

(メーメーお待たせ! 暴れるよ!)

 リーダー格の男は、メーメーの細腕をたやすく振りほどく。当然ながら彼女の拳法は武闘派魔人に通用するような域には無い。
 スパイクが長大な尾を薙ぎ払い、6人の男を弾き飛ばす。そのうち半数は一撃で絶命する。尾の一撃と同時に顎の中で即死した男たちの死体を投げ捨て、死体をぶつけられた男たちに数名が転倒、負傷する。
 メーメーは鱷形拳の地を這う動きで部屋の壁沿いまで待避し、全体を見渡す。魔人能力を発動しようとする者、拳銃を抜こうとしている者を見定める。

(攻撃優先順位! コイツとコイツ!)

(オッケー! メーメーはリーダーの動きに気を付けて!)

 鱗語交流《リンゴトーク》完全同期《フルアクセス》。メーメーとスパイクの視界が共有されてお互いの死角を補い、メーメーの理知とスパイクの野生が織り成されて行動指針を策定する。
 スパイクとメーメーは二人でひとつ。四つの目とふたつの脳とふたつの身体を持つ、ひとつの戦闘者である。

 銃声が響く。能力による炎が燃え上がる。だが、その程度の攻撃はスパイクの強靭な鱗に僅かな傷を付けるのみであった。スパイクの牙が、爪が、尾が、男たちの命を次々に奪ってゆく。

「この雌豚がッ! 『無敵鉄人《ウーティアイゼン》』ッ!」

 リーダーの全身が黒い鋼の肉体に変わる。鉄拳がメーメーを襲う。メーメーは床の上を滑るように変則的な鱷形拳の歩法で鉄拳をかろうじて回避する。
 回避に徹すれば、メーメーの功夫でも数発の鉄拳を凌ぐことができた。それで十分だった。

 ガキン!

 他の男たち全てを倒し尽くしたスパイクの顎が、リーダーのことを挟み込んだ。

「ハッ! 俺の『無敵鉄人』はダイヤすらも通さん! ケダモノの牙ごとき!」

「ふーん、無敵ね……ちょっと硬いぐらいで無敵は言いすぎじゃないかな?」

 荒れた息を整えながらメーメーは立ち上がり、しゃんと背を伸ばして『鉄人』に最後の言葉をかける。

「復讐のお手伝い、申し出いただきありがとうございます。でも、残念ですが貴方たちは弱すぎて、軽率すぎます。もっと紳士的なアプローチでしたら一考の余地はありましたが」

 優雅な仕草でメーメーは一礼する。

「それでは、ごきげんよう。無敵とはどのようなものか、スパイクが教えてくれるでしょう。地上では単なる強いワニですけど、下水の中なら本当に無敵なんですよ」

 スパイクは、鉄人化した男を咥えたまま小さな排水口へ滑るように入っていく。

「どうする気だ!? やめ――」

 男の台詞が終わる前に、巨大なワニは男と共に姿を消した。部屋には、小柄な女性一人と、男たちの死体だけが残された。
 『下水鱷魚《シーワーゲーター》』による変形・高速移動を常時使用できる下水の中にあっては、スパイクを無敵と形容するのはあながち白髪三千丈の誇大広告ではない。鉄壁の防御など、いかようにも崩すことができるだろう。

「清王朝のダイヤ……」

 争いの焦点たる秘宝の名を、メーメーは口にした。ダイヤの真の力など心当たりはないが、ダイヤを奪うことができれば魔幇は混乱し、復讐を達成できるかもしれない。
 そして、魔幇の内側に入り込んだ自分なら、ダイヤを盗む機会もあるだろう。百年節の祝祭まであと数ヶ月。式典ではメーメーも来賓をもてなすためのコンパニオンとして参加する予定だと聞いている。
 復讐が上手く行くのかどうか、それはわからない。だが、長く続いた潜伏の時が、ようやく終わりを迎えようとしているのだ。


△▽△▽△▽


 今日は、メーメーの声が聞こえなくなって大変だったな、と『透明ワニ』ことスパイクは思い返す。人に見られて、もう『透明ワニ』では居られなくなるとこだった。メーメーに止めてもらえて良かった。
 あれが一番大変だった。敵は多かったし、銃や炎はちょっと痛かったけど普通に薙ぎ倒すだけだったし、最後の硬いリーダーも下水の中に数分浸しておいたら動かなくなった。

 メーメーの声が聞こえないと、自分で考えなきゃいけないのが難しい。
 車が走り出しそうな時、ちゃんと前に練習してた通りにエンジンの配水管に素早く入って一緒に行けたの、メーメーあとでいっぱい褒めてくれるかな?
 え、エンジンの配水管は下水管じゃあないって? それは人間が勝手に決めた分類だから、ワニの僕には関係ないよ。建物の配水管も人間の分類では下水じゃないよね? そこを通れるのと同じことだよ。

 食べ物がたくさん手に入ったのも良かった。新鮮な肉! 一度にこんなたくさん手に入るのは珍しいことだ。とっといても古くなっちゃうから、しばらくは食べ放題!

 ……それにしても、メーメーと認識の完全同期をする度に感じるのは、彼女の心に深く刻み込まれた悲しみだ。悲しい記憶なんて全部忘れて、どこか遠くでのんびり暮らせたら良いのに。
 でも僕は、メーメーの復讐を叶えてあげたいと思う。そうしないと、悲しい記憶を過去のことになんてできないだろうから。

 僕の名前はスパイク。
 上海の地下深くに住んでいる、誰も見たことの無い透明ワニ。
 メーメーの親友で、メーメーの願いを叶える無敵の矛。
 たとえどんな敵が相手だろうとも必ず噛み砕いて、ダイヤを奪い取ってやる。
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