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ドイツから日本へ
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dannocomachi
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ドイツから届いた箱
「シュトレンさん、その箱は何ですか?」
昼休み。
私が机の上へ置いた白い箱を見て、チョコちゃんが尋ねました。
箱の側面には、ドイツから発送されたことを示すラベルと、父のお店の名前が印刷されています。
「昨日、ドイツから届いたの。父のお店のお菓子だよ」
「わぁ、シュトレンちゃんのお家のお菓子!」
フィナンシェちゃんが、すぐに身を乗り出しました。
「開けてもいい?」
「もちろん。二人と一緒に食べるために持ってきたから」
箱を開けると、焼き菓子が一つずつ丁寧に包装されていました。
バターの香りがするクッキー。
ナッツを使った小さな焼き菓子。
粉砂糖をまぶした丸いお菓子。
一番上には、二つ折りのカードが入っています。
チョコちゃんがカードへ目を向けました。
「お手紙も入っていますね」
「これは……たぶん、リリアちゃんから」
カードを開くと、予想どおり見慣れた字が並んでいました。
昼休み。
私が机の上へ置いた白い箱を見て、チョコちゃんが尋ねました。
箱の側面には、ドイツから発送されたことを示すラベルと、父のお店の名前が印刷されています。
「昨日、ドイツから届いたの。父のお店のお菓子だよ」
「わぁ、シュトレンちゃんのお家のお菓子!」
フィナンシェちゃんが、すぐに身を乗り出しました。
「開けてもいい?」
「もちろん。二人と一緒に食べるために持ってきたから」
箱を開けると、焼き菓子が一つずつ丁寧に包装されていました。
バターの香りがするクッキー。
ナッツを使った小さな焼き菓子。
粉砂糖をまぶした丸いお菓子。
一番上には、二つ折りのカードが入っています。
チョコちゃんがカードへ目を向けました。
「お手紙も入っていますね」
「これは……たぶん、リリアちゃんから」
カードを開くと、予想どおり見慣れた字が並んでいました。
''Für Ren.''
''Teil das Gebäck ordentlich mit deinen neuen Freundinnen.''
''Wenn du alles allein isst, schicke ich dir nächstes Mal nichts.''
Lilia
(レンへ。
新しい友達に、ちゃんとお菓子を分けること。
一人で全部食べたら、次は送らないからね。
リリア)
「レン?」
フィナンシェちゃんが、楽しそうに繰り返しました。
「シュトレンちゃんのこと?」
「うん。リリアちゃんだけは、昔から私をそう呼ぶの」
「かわいい呼び方ですね」
チョコちゃんが微笑みます。
「マリーでも、シュトレンでもなくて、レンなんですね」
「最初に名前を教えた時、勝手に決められたの」
「嫌ではなかったんですか?」
「最初は少し不思議だったけど、今はリリアちゃんにそう呼ばれない方が落ち着かないかな」
フィナンシェちゃんが、カードをもう一度見ました。
「新しい友達に分けることって書いてあるけど、シュトレンちゃん、私たちのこと話してたの?」
「少しだけ」
「どのくらい?」
「入学式で友達ができたことと、三人で出かけたことと、フィナンシェちゃんが予定を決めるのがすごく早いこと」
「最後の情報いる?」
「大事な特徴だと思う」
チョコちゃんも、私の隣で小さく頷きました。
「事実ではありますね」
「チョコちゃんまで」
三人で笑います。
フィナンシェちゃんは少し不満そうな顔をしましたが、すぐに箱の中のお菓子へ視線を戻しました。
「それで、リリアちゃんってどんな人なの?」
「ドイツにいた頃の友達。しばらく同じ部屋で暮らしていた、私のルームメイトでもあるよ」
「ルームメイト?」
二人の声が重なりました。
「シュトレンさん、ドイツではご家族と暮らしていたのではないんですか?」
「最初はそうだったよ。でも、学校へ通い始めてからは、リリアちゃんの家でお世話になっていた時期が長かったの」
私は箱の中から、一枚の写真を取り出しました。
カードの下に入っていたものです。
ドイツで使っていた部屋。
窓際の椅子へ腰かけ、こちらを見ているリリア・シュネーバル。
長い濃紺の髪。
青い瞳。
白と黒の短い上着に、動きやすそうな服。
写真を撮った時も、彼女は普段と変わらない、少しだけ余裕のある笑顔を浮かべていました。
「きれいな方ですね」
チョコちゃんが写真をそっと受け取ります。
「少し大人っぽい」
フィナンシェちゃんも、隣から写真を覗き込みました。
「シュトレンちゃんとは、どうやって友達になったの?」
「最初に会ったのは、現実のドイツではなかったんだ」
「え?」
「バーチャル世界にあった、母のお店」
私は焼き菓子を三人分に分けながら、少しずつ昔のことを思い出していました。
父のお店。
画面の向こうのドイツ。
初めて会ったリリアちゃん。
そして、日本へ帰ることを決めた日。
「少し長くなるけど、聞く?」
「聞きたいです」
チョコちゃんは、迷わず答えました。
「私も」
フィナンシェちゃんが、自分の椅子を少し近づけます。
「じゃあ、一番最初から話すね」
フィナンシェちゃんが、楽しそうに繰り返しました。
「シュトレンちゃんのこと?」
「うん。リリアちゃんだけは、昔から私をそう呼ぶの」
「かわいい呼び方ですね」
チョコちゃんが微笑みます。
「マリーでも、シュトレンでもなくて、レンなんですね」
「最初に名前を教えた時、勝手に決められたの」
「嫌ではなかったんですか?」
「最初は少し不思議だったけど、今はリリアちゃんにそう呼ばれない方が落ち着かないかな」
フィナンシェちゃんが、カードをもう一度見ました。
「新しい友達に分けることって書いてあるけど、シュトレンちゃん、私たちのこと話してたの?」
「少しだけ」
「どのくらい?」
「入学式で友達ができたことと、三人で出かけたことと、フィナンシェちゃんが予定を決めるのがすごく早いこと」
「最後の情報いる?」
「大事な特徴だと思う」
チョコちゃんも、私の隣で小さく頷きました。
「事実ではありますね」
「チョコちゃんまで」
三人で笑います。
フィナンシェちゃんは少し不満そうな顔をしましたが、すぐに箱の中のお菓子へ視線を戻しました。
「それで、リリアちゃんってどんな人なの?」
「ドイツにいた頃の友達。しばらく同じ部屋で暮らしていた、私のルームメイトでもあるよ」
「ルームメイト?」
二人の声が重なりました。
「シュトレンさん、ドイツではご家族と暮らしていたのではないんですか?」
「最初はそうだったよ。でも、学校へ通い始めてからは、リリアちゃんの家でお世話になっていた時期が長かったの」
私は箱の中から、一枚の写真を取り出しました。
カードの下に入っていたものです。
ドイツで使っていた部屋。
窓際の椅子へ腰かけ、こちらを見ているリリア・シュネーバル。
長い濃紺の髪。
青い瞳。
白と黒の短い上着に、動きやすそうな服。
写真を撮った時も、彼女は普段と変わらない、少しだけ余裕のある笑顔を浮かべていました。
「きれいな方ですね」
チョコちゃんが写真をそっと受け取ります。
「少し大人っぽい」
フィナンシェちゃんも、隣から写真を覗き込みました。
「シュトレンちゃんとは、どうやって友達になったの?」
「最初に会ったのは、現実のドイツではなかったんだ」
「え?」
「バーチャル世界にあった、母のお店」
私は焼き菓子を三人分に分けながら、少しずつ昔のことを思い出していました。
父のお店。
画面の向こうのドイツ。
初めて会ったリリアちゃん。
そして、日本へ帰ることを決めた日。
「少し長くなるけど、聞く?」
「聞きたいです」
チョコちゃんは、迷わず答えました。
「私も」
フィナンシェちゃんが、自分の椅子を少し近づけます。
「じゃあ、一番最初から話すね」
画面の向こうのお菓子屋
私の父は、コンディトア――ドイツの菓子職人です。
私がまだ小さかった頃から、ドイツで働いていました。
最初は小さな工房を借りて、一人で焼き菓子を作るところから始めたそうです。
少しずつお客さんが増え、やがてカフェを併設した自分のお店を持つようになりました。
父にとっては、ずっと目指していた夢です。
もちろん、私も嬉しかったです。
ただ、小さい頃の私は、父に会える時間があまり多くありませんでした。
日本とドイツは遠く、父は簡単には帰ってこられません。
電話で声を聞くことはできます。
映像越しに顔を見ることもできます。
それでも、一緒のテーブルへ座ったり、焼き上がったばかりのお菓子を食べたりすることはできませんでした。
そこで母が、バーチャル世界のドイツ管理サーバーに、父のお店と同じ名前の店を作りました。
外観も。
店内の棚も。
テーブルや椅子も。
現実のお店を再現したものです。
現実のお店で販売しているお菓子を確認し、そのままオンラインで注文することもできます。
父も仕事が終わると、時々その店へログインしてくれました。
現実では離れていても、バーチャル世界の店なら同じテーブルへ座れます。
「Ist die Torte heute nicht ein bisschen anders?(今日のケーキ、少し形が違わない?)」
私が尋ねると、父は決まって嬉しそうに説明してくれました。
「Dir ist es aufgefallen? Heute habe ich die Creme ein bisschen anders gemacht.(気づいたか? 今日はクリームの配合を少し変えたんだ)」
「Schmeckt sie dann auch anders?(味も変わるの?)」
「Ein bisschen. Beim nächsten Mal schicke ich dir etwas nach Japan.(少しだけ。今度、日本へ送るよ)」
父の話を聞く時間が、私は好きでした。
母が接客をしている間は、私も店を手伝いました。
商品の説明を表示したり。
届いた質問を確認したり。
お客さんを空いている席へ案内したり。
まだ難しいことはできませんでしたが、お店の中にいると、父の仕事へ少しだけ近づける気がしました。
リリアちゃんと出会ったのも、その店です。
最初に彼女が来た時、私は焼き菓子の棚を整理していました。
濃紺の長い髪を揺らしながら店へ入り、商品を一つずつ眺めていた彼女は、しばらくして私へ声をかけました。
「Welches davon ist am wenigsten süß?(この中で、一番甘くないのはどれ?)」
「Etwas, das nicht so süß ist?(甘くないものですか?)」
「Ja. Ich mag Süßes, aber heute möchte ich nur ein bisschen.(うん。甘いものは好きだけど、今日は少しだけでいい気分)」
私は棚を確認しました。
「Dann würde ich dir dieses mit Nüssen empfehlen. Es ist schön aromatisch und nicht so süß.(でしたら、こちらのナッツを使ったものがおすすめです。香ばしくて、甘さは控えめです)」
「Dann nehme ich das.(じゃあ、それにする)」
リリアちゃんは商品を注文すると、近くの席へ座りました。
普通なら、それだけで終わるはずでした。
けれど、彼女は届いたお菓子を一口食べると、もう一度私を呼びました。
「Das ist lecker. Danke für die Empfehlung.(おいしい。選んでくれてありがとう)」
「Freut mich, dass es dir schmeckt.(気に入ってもらえてよかったです)」
「Arbeitest du hier?(店員さんなの?)」
「Ich helfe nur mit. Das ist das Geschäft meines Vaters.(お手伝いをしています。父のお店なので)」
「Dann kennst du alle Süßigkeiten hier?(じゃあ、ここのお菓子は全部知ってる?)」
「Nicht alle, aber die meisten.(全部ではありません。でも、だいたいは)」
「Dann suchst du mir beim nächsten Mal wieder etwas aus.(じゃあ、次に来た時も選んで)」
それから、リリアちゃんは何度もお店へ来るようになりました。
最初は、お菓子の話だけでした。
次は何を食べるか。
季節限定の商品はいつ出るのか。
ドイツのお店と、バーチャル世界のお店では何が違うのか。
けれど、少しずつ学校のことや、好きな音楽の話もするようになりました。
「Wie heißt du eigentlich?(名前、何ていうの?)」
ある日、リリアちゃんに聞かれました。
「Ich heiße Marie Stollen.(マリーシュトレンです)」
「Ganz schön lang.(長いね)」
「Findest du?(そうでしょうか)」
「Marie nennen dich bestimmt schon viele.(マリーって呼ぶ人、多そう)」
「Zu Hause nennt man mich so.(家では、そう呼ばれます)」
「Dann nenne ich dich Ren.(じゃあ私は、レン)」
「Ren?(レン?)」
「Vom Ende von Stollen. Kurz und leicht zu merken.(シュトレンの最後。短いし、覚えやすい)」
「So nennt mich sonst niemand.(その呼び方をする人はいません)」
「Dann bin ich die Einzige.(なら、私だけだね)」
そう言って笑った顔を、今でも覚えています。
その日から、リリアちゃんは私をレンと呼ぶようになりました。
お店の営業が終わったあと、一緒にバーチャル世界の街を歩くことも増えました。
広場で開かれている小さなお祭り。
季節ごとに景色が変わる公園。
音楽を聴けるカフェ。
私は日本の家から接続していました。
リリアちゃんはドイツの自宅から。
現実では遠く離れていましたが、その頃から彼女は私の一番身近な友達でした。
私がまだ小さかった頃から、ドイツで働いていました。
最初は小さな工房を借りて、一人で焼き菓子を作るところから始めたそうです。
少しずつお客さんが増え、やがてカフェを併設した自分のお店を持つようになりました。
父にとっては、ずっと目指していた夢です。
もちろん、私も嬉しかったです。
ただ、小さい頃の私は、父に会える時間があまり多くありませんでした。
日本とドイツは遠く、父は簡単には帰ってこられません。
電話で声を聞くことはできます。
映像越しに顔を見ることもできます。
それでも、一緒のテーブルへ座ったり、焼き上がったばかりのお菓子を食べたりすることはできませんでした。
そこで母が、バーチャル世界のドイツ管理サーバーに、父のお店と同じ名前の店を作りました。
外観も。
店内の棚も。
テーブルや椅子も。
現実のお店を再現したものです。
現実のお店で販売しているお菓子を確認し、そのままオンラインで注文することもできます。
父も仕事が終わると、時々その店へログインしてくれました。
現実では離れていても、バーチャル世界の店なら同じテーブルへ座れます。
「Ist die Torte heute nicht ein bisschen anders?(今日のケーキ、少し形が違わない?)」
私が尋ねると、父は決まって嬉しそうに説明してくれました。
「Dir ist es aufgefallen? Heute habe ich die Creme ein bisschen anders gemacht.(気づいたか? 今日はクリームの配合を少し変えたんだ)」
「Schmeckt sie dann auch anders?(味も変わるの?)」
「Ein bisschen. Beim nächsten Mal schicke ich dir etwas nach Japan.(少しだけ。今度、日本へ送るよ)」
父の話を聞く時間が、私は好きでした。
母が接客をしている間は、私も店を手伝いました。
商品の説明を表示したり。
届いた質問を確認したり。
お客さんを空いている席へ案内したり。
まだ難しいことはできませんでしたが、お店の中にいると、父の仕事へ少しだけ近づける気がしました。
リリアちゃんと出会ったのも、その店です。
最初に彼女が来た時、私は焼き菓子の棚を整理していました。
濃紺の長い髪を揺らしながら店へ入り、商品を一つずつ眺めていた彼女は、しばらくして私へ声をかけました。
「Welches davon ist am wenigsten süß?(この中で、一番甘くないのはどれ?)」
「Etwas, das nicht so süß ist?(甘くないものですか?)」
「Ja. Ich mag Süßes, aber heute möchte ich nur ein bisschen.(うん。甘いものは好きだけど、今日は少しだけでいい気分)」
私は棚を確認しました。
「Dann würde ich dir dieses mit Nüssen empfehlen. Es ist schön aromatisch und nicht so süß.(でしたら、こちらのナッツを使ったものがおすすめです。香ばしくて、甘さは控えめです)」
「Dann nehme ich das.(じゃあ、それにする)」
リリアちゃんは商品を注文すると、近くの席へ座りました。
普通なら、それだけで終わるはずでした。
けれど、彼女は届いたお菓子を一口食べると、もう一度私を呼びました。
「Das ist lecker. Danke für die Empfehlung.(おいしい。選んでくれてありがとう)」
「Freut mich, dass es dir schmeckt.(気に入ってもらえてよかったです)」
「Arbeitest du hier?(店員さんなの?)」
「Ich helfe nur mit. Das ist das Geschäft meines Vaters.(お手伝いをしています。父のお店なので)」
「Dann kennst du alle Süßigkeiten hier?(じゃあ、ここのお菓子は全部知ってる?)」
「Nicht alle, aber die meisten.(全部ではありません。でも、だいたいは)」
「Dann suchst du mir beim nächsten Mal wieder etwas aus.(じゃあ、次に来た時も選んで)」
それから、リリアちゃんは何度もお店へ来るようになりました。
最初は、お菓子の話だけでした。
次は何を食べるか。
季節限定の商品はいつ出るのか。
ドイツのお店と、バーチャル世界のお店では何が違うのか。
けれど、少しずつ学校のことや、好きな音楽の話もするようになりました。
「Wie heißt du eigentlich?(名前、何ていうの?)」
ある日、リリアちゃんに聞かれました。
「Ich heiße Marie Stollen.(マリーシュトレンです)」
「Ganz schön lang.(長いね)」
「Findest du?(そうでしょうか)」
「Marie nennen dich bestimmt schon viele.(マリーって呼ぶ人、多そう)」
「Zu Hause nennt man mich so.(家では、そう呼ばれます)」
「Dann nenne ich dich Ren.(じゃあ私は、レン)」
「Ren?(レン?)」
「Vom Ende von Stollen. Kurz und leicht zu merken.(シュトレンの最後。短いし、覚えやすい)」
「So nennt mich sonst niemand.(その呼び方をする人はいません)」
「Dann bin ich die Einzige.(なら、私だけだね)」
そう言って笑った顔を、今でも覚えています。
その日から、リリアちゃんは私をレンと呼ぶようになりました。
お店の営業が終わったあと、一緒にバーチャル世界の街を歩くことも増えました。
広場で開かれている小さなお祭り。
季節ごとに景色が変わる公園。
音楽を聴けるカフェ。
私は日本の家から接続していました。
リリアちゃんはドイツの自宅から。
現実では遠く離れていましたが、その頃から彼女は私の一番身近な友達でした。
ドイツの教室
父のお店は、少しずつ忙しくなっていきました。
店を訪れるお客さんが増え、父一人ではすべての仕事を回せなくなります。
母も、現地で店を手伝うことになりました。
私が中学二年生になる頃、家族で話し合い、私もドイツへ移ることが決まりました。
父と一緒に暮らせる。
現実の店を手伝える。
そして、リリアちゃんにも直接会える。
不安もありましたが、それ以上に楽しみでした。
ドイツへ到着した日。
待ち合わせ場所には、リリアちゃんがいました。
画面越しでは何度も会っています。
それでも、現実で見る彼女は少し違って見えました。
長い濃紺の髪。
青い瞳。
こちらを見つけると、大きく手を上げてくれます。
「Ren!(レン!)」
「Lilia!(リリアちゃん!)」
近づくと、リリアちゃんは私を上から下まで見ました。
「Du bist ja wirklich Ren.(本当にレンだ)」
「Natürlich bin ich das.(当たり前でしょう?)」
「Auf dem Bildschirm wirkst du größer.(画面で見るより小さく見える)」
「Das liegt bestimmt an der Darstellung.(それは表示倍率の違いではありませんか?)」
「Das ist das Erste, was du zu mir sagst?(最初に会って言うことが、それ?)」
二人で笑いました。
その時は、これから始まる生活を素直に楽しみにしていました。
けれど、学校へ通い始めると、思っていたより難しいことがたくさんありました。
途中から転校したクラスでは、すでに人間関係ができあがっています。
長く同じ学校へ通っている生徒も多く、休み時間になれば、いつもの友達同士で集まります。
私に意地悪をする人がいたわけではありません。
声をかければ、普通に答えてくれます。
授業で同じ組になれば、必要な会話もできます。
それでも、そこから先へ入るきっかけが、なかなか見つかりませんでした。
何を話せばいいのか。
どのくらい近づいていいのか。
考えているうちに、休み時間が終わってしまいます。
リリアちゃんは、できる限り私と一緒にいてくれました。
けれど、すべての授業が同じではありません。
クラスが違う時間もあります。
彼女にばかり頼ることも、少し申し訳なく感じていました。
父のお店から学校までは、通学にも時間がかかります。
父と母は朝早くから仕事を始め、帰りも遅くなることが増えていました。
学校でうまく話せず。
家へ帰っても、一人でいる時間が長い。
最初の頃は、大丈夫だと思っていました。
ですが、少しずつ疲れていたのだと思います。
ある日の放課後。
リリアちゃんと二人で歩いていると、突然聞かれました。
「Sag mal, Ren. Macht dir die Schule Spaß?(ねえ、レン。学校、楽しい?)」
「Warum fragst du so plötzlich?(急にどうしたの?)」
「Weil du in letzter Zeit gar nichts mehr von der Schule erzählst.(最近、学校の話を全然しないから)」
「Ich muss mich nur noch daran gewöhnen.(まだ慣れていないだけ)」
「Wirklich?(本当に?)」
「Ja.(うん)」
うまく笑えているつもりでした。
けれど、リリアちゃんにはわかっていたようです。
少し黙ったあと、彼女は言いました。
「Ren, willst du nicht von uns aus zur Schule gehen?(レン、うちから学校へ通わない?)」
「Was?(え?)」
「Von meinem Haus aus. Es ist näher an der Schule, und wir können uns ein Zimmer teilen.(私の家から。学校に近いし、同じ部屋も使える)」
「Aber so plötzlich…(でも、急にそんなこと……)」
「Ich habe meine Familie schon gefragt.(もう家族には聞いた)」
「Wann denn?(いつの間に?)」
「Bevor du ablehnen konntest.(レンが断る前)」
「Das ist doch die falsche Reihenfolge.(順番が逆ではありませんか?)」
「Wenn ich vorher frage, hast du einen Grund weniger, Nein zu sagen.(先に聞いておいた方が、断る理由が一つ減るでしょ?)」
リリアちゃんらしい言い方でした。
「Ich sage es, also ist es in Ordnung. Wenn du nicht willst, zwinge ich dich natürlich nicht.(私が言ってるんだから、大丈夫。嫌なら無理には言わないけど)」
家へ帰り、父と母にも相談しました。
二人とも、私が学校に馴染めずにいることを心配していたようです。
リリアちゃんの家族も、快く受け入れてくれました。
こうして私は、平日の多くをリリアちゃんの家で過ごすようになりました。
彼女と同じ部屋で暮らし、そこから学校へ通う生活が始まったのです。
店を訪れるお客さんが増え、父一人ではすべての仕事を回せなくなります。
母も、現地で店を手伝うことになりました。
私が中学二年生になる頃、家族で話し合い、私もドイツへ移ることが決まりました。
父と一緒に暮らせる。
現実の店を手伝える。
そして、リリアちゃんにも直接会える。
不安もありましたが、それ以上に楽しみでした。
ドイツへ到着した日。
待ち合わせ場所には、リリアちゃんがいました。
画面越しでは何度も会っています。
それでも、現実で見る彼女は少し違って見えました。
長い濃紺の髪。
青い瞳。
こちらを見つけると、大きく手を上げてくれます。
「Ren!(レン!)」
「Lilia!(リリアちゃん!)」
近づくと、リリアちゃんは私を上から下まで見ました。
「Du bist ja wirklich Ren.(本当にレンだ)」
「Natürlich bin ich das.(当たり前でしょう?)」
「Auf dem Bildschirm wirkst du größer.(画面で見るより小さく見える)」
「Das liegt bestimmt an der Darstellung.(それは表示倍率の違いではありませんか?)」
「Das ist das Erste, was du zu mir sagst?(最初に会って言うことが、それ?)」
二人で笑いました。
その時は、これから始まる生活を素直に楽しみにしていました。
けれど、学校へ通い始めると、思っていたより難しいことがたくさんありました。
途中から転校したクラスでは、すでに人間関係ができあがっています。
長く同じ学校へ通っている生徒も多く、休み時間になれば、いつもの友達同士で集まります。
私に意地悪をする人がいたわけではありません。
声をかければ、普通に答えてくれます。
授業で同じ組になれば、必要な会話もできます。
それでも、そこから先へ入るきっかけが、なかなか見つかりませんでした。
何を話せばいいのか。
どのくらい近づいていいのか。
考えているうちに、休み時間が終わってしまいます。
リリアちゃんは、できる限り私と一緒にいてくれました。
けれど、すべての授業が同じではありません。
クラスが違う時間もあります。
彼女にばかり頼ることも、少し申し訳なく感じていました。
父のお店から学校までは、通学にも時間がかかります。
父と母は朝早くから仕事を始め、帰りも遅くなることが増えていました。
学校でうまく話せず。
家へ帰っても、一人でいる時間が長い。
最初の頃は、大丈夫だと思っていました。
ですが、少しずつ疲れていたのだと思います。
ある日の放課後。
リリアちゃんと二人で歩いていると、突然聞かれました。
「Sag mal, Ren. Macht dir die Schule Spaß?(ねえ、レン。学校、楽しい?)」
「Warum fragst du so plötzlich?(急にどうしたの?)」
「Weil du in letzter Zeit gar nichts mehr von der Schule erzählst.(最近、学校の話を全然しないから)」
「Ich muss mich nur noch daran gewöhnen.(まだ慣れていないだけ)」
「Wirklich?(本当に?)」
「Ja.(うん)」
うまく笑えているつもりでした。
けれど、リリアちゃんにはわかっていたようです。
少し黙ったあと、彼女は言いました。
「Ren, willst du nicht von uns aus zur Schule gehen?(レン、うちから学校へ通わない?)」
「Was?(え?)」
「Von meinem Haus aus. Es ist näher an der Schule, und wir können uns ein Zimmer teilen.(私の家から。学校に近いし、同じ部屋も使える)」
「Aber so plötzlich…(でも、急にそんなこと……)」
「Ich habe meine Familie schon gefragt.(もう家族には聞いた)」
「Wann denn?(いつの間に?)」
「Bevor du ablehnen konntest.(レンが断る前)」
「Das ist doch die falsche Reihenfolge.(順番が逆ではありませんか?)」
「Wenn ich vorher frage, hast du einen Grund weniger, Nein zu sagen.(先に聞いておいた方が、断る理由が一つ減るでしょ?)」
リリアちゃんらしい言い方でした。
「Ich sage es, also ist es in Ordnung. Wenn du nicht willst, zwinge ich dich natürlich nicht.(私が言ってるんだから、大丈夫。嫌なら無理には言わないけど)」
家へ帰り、父と母にも相談しました。
二人とも、私が学校に馴染めずにいることを心配していたようです。
リリアちゃんの家族も、快く受け入れてくれました。
こうして私は、平日の多くをリリアちゃんの家で過ごすようになりました。
彼女と同じ部屋で暮らし、そこから学校へ通う生活が始まったのです。
同じ部屋の友達
リリアちゃんの部屋には、ベッドが二つ並んでいました。
片方は彼女が使っていたもの。
もう片方は、私が来るために用意してくれたものです。
机も二つ。
クローゼットの中も、半分空けてありました。
「Kann ich das hier wirklich benutzen?(本当に、ここを使っていいの?)」
「Dafür habe ich Platz gemacht. Es wäre eher ein Problem, wenn du ihn nicht benutzt.(そのために空けたんだから、使わない方が困る)」
リリアちゃんはそう言いながら、自分の服を一つ、私の側へ置きました。
「Was ist das?(これは?)」
「Aus Versehen.(間違えた)」
「Ich habe gesehen, wie du es gerade hingelegt hast.(今、置いたところを見ていました)」
「Du bist kleinlich, Ren.(細かいね、レン)」
「Und du bist ein bisschen zu unordentlich.(リリアちゃんが少し大雑把なんです)」
「So ist es genau richtig.(それくらいが、ちょうどいいよ)」
一緒に暮らし始めると、バーチャル世界で会っていた時にはわからなかったことが、たくさん見えてきました。
リリアちゃんは朝が強いです。
目覚ましが鳴れば、ほとんど一度で起きます。
その代わり、夜は眠くなると急に動かなくなります。
椅子へ座ったまま眠りかけることもありました。
服を選ぶのは早いのに、脱いだ上着を椅子へ置いたままにします。
私が片づけると、翌日また同じ場所へ別の上着が増えていました。
「Lilia.(リリアちゃん)」
「Was?(何?)」
「Gestern hast du deine Jacke auch schon hier liegen lassen.(昨日も、ここに上着を置きましたよね)」
「Ich brauche sie heute wieder.(今日も使うから)」
「Du kannst sie auch benutzen, wenn du sie in den Schrank hängst.(クローゼットへ入れても使えます)」
「Dann muss ich sie wieder herausholen.(出す手間が増える)」
「Gibst du mir nicht gerade die Mühe des Aufräumens weiter?(片づける手間を、私へ渡していませんか?)」
「Hast du es gemerkt?(気づいた?)」
「Natürlich merke ich das.(気づきます)」
そんなやり取りをしながら、二人で笑いました。
私が父のお店で覚えたお菓子を作ると、リリアちゃんは必ず最初の試食役になりました。
「Und? Wie schmeckt es?(どう?)」
「Lecker.(おいしい)」
「Wirklich?(本当に?)」
「Ja.(うん)」
「Das hast du letztes Mal auch gesagt.(前回も、同じ答えでした)」
「Braucht etwas Leckeres eine andere Antwort als ‚lecker‘?(おいしいものに、おいしい以外の答えいる?)」
「Ich möchte etwas über die Konsistenz oder den Duft hören.(食感や香りの感想がほしいです)」
「Dann nehme ich noch eins.(じゃあ、もう一つ食べる)」
「Das ist keine Antwort.(感想になっていません)」
けれど、なくなる速さを見れば、気に入ってくれていることはよくわかりました。
学校でも、リリアちゃんは私が会話へ入りやすいように、自然に話を振ってくれました。
「Ren kann Klavier spielen.(レンはピアノ弾けるよ)」
「Lilia, sag das nicht so plötzlich.(リリアちゃん、急に言わないで)」
「Aber es stimmt doch.(本当でしょ?)」
「Schon, aber…(そうだけど……)」
「Spiel uns doch demnächst etwas im Musikraum vor.(今度、音楽室で聴かせて)」
そうして少しずつ、話せる人も増えていきました。
休日には、リリアちゃんがいろいろな場所へ連れていってくれました。
小さな書店。
静かな公園。
パンや花が並ぶ市場。
店先の装飾がきれいな通り。
観光地として有名な場所ではなく、彼女が普段から好きな場所です。
「Ich habe doch gesagt, ich zeige dir, was an Deutschland schön ist.(ドイツの楽しさを教えるって言ったでしょ?)」
「Wann hast du das gesagt?(いつ言ったの?)」
「Noch gar nicht. Ich habe es gerade beschlossen.(言ってないけど、今決めた)」
「Gerade eben?(今なんですね)」
学校だけを見ていた時よりも、ドイツでの暮らしが好きになりました。
学校で失敗した日も。
うまく言葉を返せなかった日も。
部屋へ戻れば、リリアちゃんがいます。
机を並べて宿題をし。
お菓子を食べ。
夜遅くまで話す。
その時間があったから、私はドイツで過ごしていけたのだと思います。
片方は彼女が使っていたもの。
もう片方は、私が来るために用意してくれたものです。
机も二つ。
クローゼットの中も、半分空けてありました。
「Kann ich das hier wirklich benutzen?(本当に、ここを使っていいの?)」
「Dafür habe ich Platz gemacht. Es wäre eher ein Problem, wenn du ihn nicht benutzt.(そのために空けたんだから、使わない方が困る)」
リリアちゃんはそう言いながら、自分の服を一つ、私の側へ置きました。
「Was ist das?(これは?)」
「Aus Versehen.(間違えた)」
「Ich habe gesehen, wie du es gerade hingelegt hast.(今、置いたところを見ていました)」
「Du bist kleinlich, Ren.(細かいね、レン)」
「Und du bist ein bisschen zu unordentlich.(リリアちゃんが少し大雑把なんです)」
「So ist es genau richtig.(それくらいが、ちょうどいいよ)」
一緒に暮らし始めると、バーチャル世界で会っていた時にはわからなかったことが、たくさん見えてきました。
リリアちゃんは朝が強いです。
目覚ましが鳴れば、ほとんど一度で起きます。
その代わり、夜は眠くなると急に動かなくなります。
椅子へ座ったまま眠りかけることもありました。
服を選ぶのは早いのに、脱いだ上着を椅子へ置いたままにします。
私が片づけると、翌日また同じ場所へ別の上着が増えていました。
「Lilia.(リリアちゃん)」
「Was?(何?)」
「Gestern hast du deine Jacke auch schon hier liegen lassen.(昨日も、ここに上着を置きましたよね)」
「Ich brauche sie heute wieder.(今日も使うから)」
「Du kannst sie auch benutzen, wenn du sie in den Schrank hängst.(クローゼットへ入れても使えます)」
「Dann muss ich sie wieder herausholen.(出す手間が増える)」
「Gibst du mir nicht gerade die Mühe des Aufräumens weiter?(片づける手間を、私へ渡していませんか?)」
「Hast du es gemerkt?(気づいた?)」
「Natürlich merke ich das.(気づきます)」
そんなやり取りをしながら、二人で笑いました。
私が父のお店で覚えたお菓子を作ると、リリアちゃんは必ず最初の試食役になりました。
「Und? Wie schmeckt es?(どう?)」
「Lecker.(おいしい)」
「Wirklich?(本当に?)」
「Ja.(うん)」
「Das hast du letztes Mal auch gesagt.(前回も、同じ答えでした)」
「Braucht etwas Leckeres eine andere Antwort als ‚lecker‘?(おいしいものに、おいしい以外の答えいる?)」
「Ich möchte etwas über die Konsistenz oder den Duft hören.(食感や香りの感想がほしいです)」
「Dann nehme ich noch eins.(じゃあ、もう一つ食べる)」
「Das ist keine Antwort.(感想になっていません)」
けれど、なくなる速さを見れば、気に入ってくれていることはよくわかりました。
学校でも、リリアちゃんは私が会話へ入りやすいように、自然に話を振ってくれました。
「Ren kann Klavier spielen.(レンはピアノ弾けるよ)」
「Lilia, sag das nicht so plötzlich.(リリアちゃん、急に言わないで)」
「Aber es stimmt doch.(本当でしょ?)」
「Schon, aber…(そうだけど……)」
「Spiel uns doch demnächst etwas im Musikraum vor.(今度、音楽室で聴かせて)」
そうして少しずつ、話せる人も増えていきました。
休日には、リリアちゃんがいろいろな場所へ連れていってくれました。
小さな書店。
静かな公園。
パンや花が並ぶ市場。
店先の装飾がきれいな通り。
観光地として有名な場所ではなく、彼女が普段から好きな場所です。
「Ich habe doch gesagt, ich zeige dir, was an Deutschland schön ist.(ドイツの楽しさを教えるって言ったでしょ?)」
「Wann hast du das gesagt?(いつ言ったの?)」
「Noch gar nicht. Ich habe es gerade beschlossen.(言ってないけど、今決めた)」
「Gerade eben?(今なんですね)」
学校だけを見ていた時よりも、ドイツでの暮らしが好きになりました。
学校で失敗した日も。
うまく言葉を返せなかった日も。
部屋へ戻れば、リリアちゃんがいます。
机を並べて宿題をし。
お菓子を食べ。
夜遅くまで話す。
その時間があったから、私はドイツで過ごしていけたのだと思います。
有名なお店の娘
父のお店は、さらに大きくなっていきました。
紹介記事が出て。
店の前へ列ができて。
予約しなければ買えない商品まで増えました。
バーチャル世界の店舗にも、お客さんが一気に増えました。
最初は、とても嬉しかったです。
父が長い時間をかけて作ってきたお菓子を、たくさんの人が好きになってくれた。
母が整えてきたバーチャル店舗も、多くの人に利用されるようになった。
私も店の娘として、誇らしく思っていました。
学校でも、お店のことを褒められました。
「Das Geschäft deines Vaters ist wirklich toll.(お父さんのお店、すごいね)」
「Ich war neulich dort. Es war wirklich lecker.(この前食べたけど、本当においしかった)」
そう言われることは、嬉しいことです。
けれど、少しずつ会話が変わっていきました。
「Kannst du mir das neue limitierte Gebäck früher besorgen?(今度出る限定品、先に買えない?)」
「Kannst du für mich eine Reservierung machen?(予約、取ってもらえる?)」
「Bring die neuen Sachen doch mal mit in die Schule.(新作、学校へ持ってきてよ)」
悪意があるわけではないと思います。
ただ、私と話したいのか。
お店へ近づきたいのか。
わからなくなることが増えました。
今まであまり話したことのなかった人から急に誘われ、少し嬉しく思ったあとで、
「Ach, übrigens, ich wollte dich wegen des Geschäfts deines Vaters um etwas bitten.(そういえば、お父さんのお店のことでお願いがあるんだけど)」
と言われることもありました。
期待した分だけ、少し寂しくなります。
いつの間にか学校では、
マリーシュトレンではなく。
有名なお菓子屋の娘として見られている気がしました。
「Ren.(レン)」
部屋へ戻ったある日。
リリアちゃんが、椅子へ横向きに座りながら私を見ました。
「Was?(何?)」
「Du erzählst schon wieder nichts von der Schule.(最近、また学校の話をしなくなったよね)」
「Findest du?(そうかな)」
「Ja.(そうだよ)」
「Es gibt einfach nichts Besonderes zu erzählen.(特に話すことがないだけ)」
「Lüg nicht.(嘘)」
「Lilia.(リリアちゃん)」
「Wenn es dir schlecht geht, tust du immer so, als wäre alles in Ordnung.(レンは、困っている時ほど大丈夫な顔をするから)」
「So ist es nicht…(そんなこと……)」
「Doch.(ある)」
リリアちゃんは椅子から立ち、私の隣へ座りました。
「Was ist passiert?(何があったの?)」
しばらく黙っていました。
言葉にすると、父のお店を嫌がっているように聞こえる気がしたからです。
「Ich freue mich wirklich, dass das Geschäft bekannter geworden ist.(お店が有名になったのは、嬉しいの)」
「Mhm.(うん)」
「Ich weiß, wie hart Papa dafür gearbeitet hat. Und ich weiß auch, wie beschäftigt Mama ist. Ich möchte ihnen helfen.(父が頑張ってきたことも知ってる。お母さんが忙しくしていることも。私も手伝いたいと思ってる)」
「Mhm.(うん)」
「Aber in der Schule fühlt es sich an, als wäre ich selbst nur noch ein Teil des Geschäfts.(でも、学校では私まで、お店の一部みたいになってきた気がするの)」
リリアちゃんは、途中で口を挟まずに聞いてくれました。
「Ich weiß nicht mehr, ob jemand mit mir reden will oder nur etwas vom Geschäft möchte. Und ich mag es nicht, dass ich die Leute schon vorher verdächtige.(誰かに話しかけられても、またお店のことを頼まれるのかなって先に考えるようになって。そんなふうに疑う自分も嫌で……)」
「Verstehe.(そっか)」
リリアちゃんは、自分の肩を私の肩へ軽く当てました。
「Du bist nicht das Geschäft, Ren.(レンは、お店じゃないよ)」
「Das weiß ich.(わかってる)」
「Aber es tut trotzdem weh, oder?(わかっていても、つらいんでしょ?)」
「Ja…(うん……)」
「Dann musst du nicht so tun, als würdest du dich darüber freuen.(じゃあ、無理に嬉しいふりをしなくていい)」
「Aber es ist Papas Geschäft.(でも、父のお店なのに)」
「Das Geschäft zu mögen und in der Schule ständig nur als die Tochter dieses Geschäfts gesehen zu werden, sind zwei verschiedene Dinge.(お店が好きなことと、学校でずっとお店の娘として見られることが嫌なのは、別でしょ?)」
その言葉で、少しだけ息がしやすくなりました。
リリアちゃんは、父のお店と関係なく私と友達になってくれた人です。
バーチャル世界で初めて会った時も。
ドイツで同じ学校へ通った時も。
同じ部屋で暮らすようになってからも。
私をレンとして見てくれました。
だからこそ、彼女の言葉を信じられました。
紹介記事が出て。
店の前へ列ができて。
予約しなければ買えない商品まで増えました。
バーチャル世界の店舗にも、お客さんが一気に増えました。
最初は、とても嬉しかったです。
父が長い時間をかけて作ってきたお菓子を、たくさんの人が好きになってくれた。
母が整えてきたバーチャル店舗も、多くの人に利用されるようになった。
私も店の娘として、誇らしく思っていました。
学校でも、お店のことを褒められました。
「Das Geschäft deines Vaters ist wirklich toll.(お父さんのお店、すごいね)」
「Ich war neulich dort. Es war wirklich lecker.(この前食べたけど、本当においしかった)」
そう言われることは、嬉しいことです。
けれど、少しずつ会話が変わっていきました。
「Kannst du mir das neue limitierte Gebäck früher besorgen?(今度出る限定品、先に買えない?)」
「Kannst du für mich eine Reservierung machen?(予約、取ってもらえる?)」
「Bring die neuen Sachen doch mal mit in die Schule.(新作、学校へ持ってきてよ)」
悪意があるわけではないと思います。
ただ、私と話したいのか。
お店へ近づきたいのか。
わからなくなることが増えました。
今まであまり話したことのなかった人から急に誘われ、少し嬉しく思ったあとで、
「Ach, übrigens, ich wollte dich wegen des Geschäfts deines Vaters um etwas bitten.(そういえば、お父さんのお店のことでお願いがあるんだけど)」
と言われることもありました。
期待した分だけ、少し寂しくなります。
いつの間にか学校では、
マリーシュトレンではなく。
有名なお菓子屋の娘として見られている気がしました。
「Ren.(レン)」
部屋へ戻ったある日。
リリアちゃんが、椅子へ横向きに座りながら私を見ました。
「Was?(何?)」
「Du erzählst schon wieder nichts von der Schule.(最近、また学校の話をしなくなったよね)」
「Findest du?(そうかな)」
「Ja.(そうだよ)」
「Es gibt einfach nichts Besonderes zu erzählen.(特に話すことがないだけ)」
「Lüg nicht.(嘘)」
「Lilia.(リリアちゃん)」
「Wenn es dir schlecht geht, tust du immer so, als wäre alles in Ordnung.(レンは、困っている時ほど大丈夫な顔をするから)」
「So ist es nicht…(そんなこと……)」
「Doch.(ある)」
リリアちゃんは椅子から立ち、私の隣へ座りました。
「Was ist passiert?(何があったの?)」
しばらく黙っていました。
言葉にすると、父のお店を嫌がっているように聞こえる気がしたからです。
「Ich freue mich wirklich, dass das Geschäft bekannter geworden ist.(お店が有名になったのは、嬉しいの)」
「Mhm.(うん)」
「Ich weiß, wie hart Papa dafür gearbeitet hat. Und ich weiß auch, wie beschäftigt Mama ist. Ich möchte ihnen helfen.(父が頑張ってきたことも知ってる。お母さんが忙しくしていることも。私も手伝いたいと思ってる)」
「Mhm.(うん)」
「Aber in der Schule fühlt es sich an, als wäre ich selbst nur noch ein Teil des Geschäfts.(でも、学校では私まで、お店の一部みたいになってきた気がするの)」
リリアちゃんは、途中で口を挟まずに聞いてくれました。
「Ich weiß nicht mehr, ob jemand mit mir reden will oder nur etwas vom Geschäft möchte. Und ich mag es nicht, dass ich die Leute schon vorher verdächtige.(誰かに話しかけられても、またお店のことを頼まれるのかなって先に考えるようになって。そんなふうに疑う自分も嫌で……)」
「Verstehe.(そっか)」
リリアちゃんは、自分の肩を私の肩へ軽く当てました。
「Du bist nicht das Geschäft, Ren.(レンは、お店じゃないよ)」
「Das weiß ich.(わかってる)」
「Aber es tut trotzdem weh, oder?(わかっていても、つらいんでしょ?)」
「Ja…(うん……)」
「Dann musst du nicht so tun, als würdest du dich darüber freuen.(じゃあ、無理に嬉しいふりをしなくていい)」
「Aber es ist Papas Geschäft.(でも、父のお店なのに)」
「Das Geschäft zu mögen und in der Schule ständig nur als die Tochter dieses Geschäfts gesehen zu werden, sind zwei verschiedene Dinge.(お店が好きなことと、学校でずっとお店の娘として見られることが嫌なのは、別でしょ?)」
その言葉で、少しだけ息がしやすくなりました。
リリアちゃんは、父のお店と関係なく私と友達になってくれた人です。
バーチャル世界で初めて会った時も。
ドイツで同じ学校へ通った時も。
同じ部屋で暮らすようになってからも。
私をレンとして見てくれました。
だからこそ、彼女の言葉を信じられました。
日本へ行きたい
それから私は、自分が高校で何をしたいのかを考えるようになりました。
父のお店を嫌いになったわけではありません。
お菓子を作ることも好きです。
いつか家族の仕事を手伝いたいという気持ちも、変わっていません。
ただ、それしか知らないまま将来を決めることに、少し不安がありました。
母が作ったバーチャル店舗は、現実の店を遠くの人へつなげました。
日本にいた私と、ドイツの父を同じ場所へつないでくれました。
リリアちゃんとも、そこで出会いました。
私はバーチャル世界のことを、便利なものだとは思っていました。
けれど、どう作られているのか。
どうすれば安全に使えるのか。
現実の仕事と、どう結びつけられるのか。
詳しいことは、ほとんど知りません。
そんな時、だんのこまち第一高等学校の案内を見つけました。
現実の校舎と、バーチャル世界の校舎。
学校用アバター。
DPo-X。
授業を通して、バーチャル世界の仕組みや活用方法を学べる学校。
そこへ通えば、いつか父のお店を、今よりもっと良い形で手伝えるかもしれません。
それと同時に。
日本で、誰も私の家の店を知らないところから、高校生活を始めてみたい。
友達と同じ教室へ通い。
部活動を見学し。
放課後に寄り道をして。
家族の店とは関係なく、私自身として友達を作りたい。
それが、私の望んでいることだと気づきました。
父と母へ話した時、二人は驚きました。
「Du willst in Japan auf die Oberschule gehen?(日本の高校へ行きたいのか?)」
父が聞きます。
「Ja.(うん)」
「Magst du es nicht mehr, im Geschäft zu helfen?(店を手伝うのが嫌になった?)」
「Nein.(違うよ)」
私はすぐに首を横へ振りました。
「Ich mag das Geschäft. Ich möchte euch auch weiterhin helfen. Aber gerade deshalb möchte ich die virtuelle Welt richtig verstehen und darüber lernen.(お店は好き。これからも手伝いたい。でも、そのためにもバーチャル世界のことをきちんと勉強したいの)」
「Ist das der einzige Grund?(それだけか?)」
父は、私の顔を見ていました。
たぶん、ほかにも理由があると気づいていたのだと思います。
私は、学校で感じていたことも話しました。
有名店の娘として見られること。
自分と店の境目が、少しわからなくなっていたこと。
父は黙って聞いていました。
そして、少しだけ申し訳なさそうな顔をしました。
「Ich habe das Geschäft nicht aufgebaut, um dein Leben festzulegen.(店は、マリーの人生を決めるために作ったんじゃない)」
「Papa…(お父さん……)」
「Es würde mich freuen, wenn du mir hilfst. Noch mehr würde es mich freuen, wenn wir eines Tages zusammenarbeiten. Aber diese Entscheidung musst du selbst treffen.(手伝ってくれたら嬉しい。いつか一緒に働けたら、もっと嬉しい。でも、それを選ぶのはマリーだ)」
母も頷きました。
「Wenn du in Japan lernst und dieses Wissen eines Tages mit zurück ins Geschäft bringst, wäre das wunderbar.(日本で学んで、それをいつかお店へ持ち帰ってくれるなら、素敵だと思うわ)」
二人が理解してくれたことで、決心は固まりました。
けれど。
一番伝えるのが怖かった相手が残っています。
リリアちゃんです。
父のお店を嫌いになったわけではありません。
お菓子を作ることも好きです。
いつか家族の仕事を手伝いたいという気持ちも、変わっていません。
ただ、それしか知らないまま将来を決めることに、少し不安がありました。
母が作ったバーチャル店舗は、現実の店を遠くの人へつなげました。
日本にいた私と、ドイツの父を同じ場所へつないでくれました。
リリアちゃんとも、そこで出会いました。
私はバーチャル世界のことを、便利なものだとは思っていました。
けれど、どう作られているのか。
どうすれば安全に使えるのか。
現実の仕事と、どう結びつけられるのか。
詳しいことは、ほとんど知りません。
そんな時、だんのこまち第一高等学校の案内を見つけました。
現実の校舎と、バーチャル世界の校舎。
学校用アバター。
DPo-X。
授業を通して、バーチャル世界の仕組みや活用方法を学べる学校。
そこへ通えば、いつか父のお店を、今よりもっと良い形で手伝えるかもしれません。
それと同時に。
日本で、誰も私の家の店を知らないところから、高校生活を始めてみたい。
友達と同じ教室へ通い。
部活動を見学し。
放課後に寄り道をして。
家族の店とは関係なく、私自身として友達を作りたい。
それが、私の望んでいることだと気づきました。
父と母へ話した時、二人は驚きました。
「Du willst in Japan auf die Oberschule gehen?(日本の高校へ行きたいのか?)」
父が聞きます。
「Ja.(うん)」
「Magst du es nicht mehr, im Geschäft zu helfen?(店を手伝うのが嫌になった?)」
「Nein.(違うよ)」
私はすぐに首を横へ振りました。
「Ich mag das Geschäft. Ich möchte euch auch weiterhin helfen. Aber gerade deshalb möchte ich die virtuelle Welt richtig verstehen und darüber lernen.(お店は好き。これからも手伝いたい。でも、そのためにもバーチャル世界のことをきちんと勉強したいの)」
「Ist das der einzige Grund?(それだけか?)」
父は、私の顔を見ていました。
たぶん、ほかにも理由があると気づいていたのだと思います。
私は、学校で感じていたことも話しました。
有名店の娘として見られること。
自分と店の境目が、少しわからなくなっていたこと。
父は黙って聞いていました。
そして、少しだけ申し訳なさそうな顔をしました。
「Ich habe das Geschäft nicht aufgebaut, um dein Leben festzulegen.(店は、マリーの人生を決めるために作ったんじゃない)」
「Papa…(お父さん……)」
「Es würde mich freuen, wenn du mir hilfst. Noch mehr würde es mich freuen, wenn wir eines Tages zusammenarbeiten. Aber diese Entscheidung musst du selbst treffen.(手伝ってくれたら嬉しい。いつか一緒に働けたら、もっと嬉しい。でも、それを選ぶのはマリーだ)」
母も頷きました。
「Wenn du in Japan lernst und dieses Wissen eines Tages mit zurück ins Geschäft bringst, wäre das wunderbar.(日本で学んで、それをいつかお店へ持ち帰ってくれるなら、素敵だと思うわ)」
二人が理解してくれたことで、決心は固まりました。
けれど。
一番伝えるのが怖かった相手が残っています。
リリアちゃんです。
約束して
その夜。
部屋へ戻ってからも、なかなか言い出せませんでした。
リリアちゃんはベッドへ腰かけ、端末で何かを見ています。
私は自分の机へ座り、開いてもいない教科書を眺めていました。
「Ren.(レン)」
「Was?(何?)」
「Du starrst seit zehn Minuten auf dieselbe Seite.(さっきから十分も、同じページを見てる)」
「Ich lese.(読んでるよ)」
「Du hast kein einziges Mal umgeblättert.(一回もめくってないけど)」
「…Ich habe nachgedacht.(……考えごとをしてたの)」
「Geht es um etwas, das du mir erzählen willst?(私に話すこと?)」
やはり、隠せません。
私は椅子ごとリリアちゃんの方へ向きました。
「Lilia.(リリアちゃん)」
「Ja?(うん)」
「Ich möchte in Japan auf die Oberschule gehen.(私、日本の高校へ行こうと思う)」
しばらく、返事はありませんでした。
リリアちゃんは端末の画面を消し、私を見ています。
「Du gehst zurück nach Japan?(日本へ戻るってこと?)」
「Ja.(うん)」
「Wann?(いつ?)」
「Nach meinem Mittelschulabschluss.(中学校を卒業したあと)」
「Hast du es schon entschieden?(もう決めたの?)」
「Ich habe mit meiner Familie darüber gesprochen.(家族には話した)」
「Mir sagst du es als Letzter.(私には最後なんだ)」
その言葉に、胸が痛くなりました。
「Ich wollte es dir nicht zuletzt sagen.(最後にしたかったわけじゃないの)」
「Aber ich war die Letzte.(でも、最後だった)」
「Es tut mir leid…(ごめん……)」
リリアちゃんは、少しだけ視線を逸らしました。
怒っているというより、急に言われたことを整理しようとしているようでした。
「Magst du es hier nicht mehr?(ここが嫌になった?)」
「Nein.(違う)」
「Gehst du, weil du die Schule nicht magst?(学校が嫌だから?)」
「Nicht nur deswegen.(それだけでもない)」
「Reicht es dir nicht, dass ich hier bin?(私がいても、残りたくない?)」
一番聞かれたくなかった言葉でした。
「Weil du hier bist, habe ich so lange gezögert.(リリアちゃんがいるから、ずっと迷ってたの)」
「Wirklich?(本当?)」
「Fast alles, was in Deutschland schön war, war schön, weil du dabei warst. Ich konnte zur Schule gehen und hier leben, weil du bei mir warst.(ドイツで楽しかったことは、ほとんどリリアちゃんが一緒だったから。学校へ通えたのも、ここで暮らせたのも、リリアちゃんのおかげ)」
「Warum dann?(じゃあ、どうして?)」
「Ich möchte herausfinden, ob ich auch mit anderen Menschen von ganz vorne anfangen und selbst Freundschaften schließen kann.(リリアちゃん以外の人にも、何もないところから自分で話しかけて、自分の友達を作れるか試したいの)」
言葉にすると、少し怖くなりました。
「Hier bin ich irgendwann nur noch die Tochter aus Papas Geschäft geworden. Natürlich gehört auch das zu mir. Aber ich möchte herausfinden, wer ich außerdem noch bin.(ここでは、私はお父さんのお店の娘になってしまった。もちろん、それも私なんだけど……それだけじゃない自分も、ちゃんと見つけたい)」
リリアちゃんは、しばらく何も言いませんでした。
やがて、小さく息を吐きます。
「Wenn ich dich bitten würde zu bleiben, würdest du bleiben?(私が止めたら、残る?)」
「…Ich weiß es nicht.(……わからない)」
「Ehrlich.(正直だね)」
「Ich will dich nicht anlügen.(嘘は言いたくないから)」
「Verstehe.(そっか)」
リリアちゃんは立ち上がり、私の前へ来ました。
「Ich werde dich nicht aufhalten.(私は止めない)」
「Lilia…(リリアちゃん……)」
「Wenn du hier nicht glücklich bist, kann ich dir nicht sagen, dass du bleiben sollst. Aber ich habe Bedingungen.(レンがここで楽しくないなら、残れとは言えない。でも、条件がある)」
「Bedingungen?(条件?)」
「Du meldest dich auch aus Japan bei mir.(日本へ行っても連絡すること)」
「Ja.(うん)」
「Wenn du Probleme hast, beendest du nicht alles mit ‚Es ist schon in Ordnung‘.(困ったことを、全部『大丈夫』で終わらせないこと)」
「Ich werde es versuchen.(努力します)」
「Nicht versuchen. Versprich es.(努力じゃなくて、約束)」
「…Ich verspreche es.(……約束します)」
「Wenn ich nach Japan komme, zeigst du mir alles.(私が日本へ行ったら、ちゃんと案内すること)」
「Natürlich.(もちろん)」
「Und wir treffen uns wieder und unternehmen etwas zusammen.(それから、もう一度会って遊ぶこと)」
私は立ち上がりました。
「Ich verspreche alles.(全部、約束する)」
「Wirklich?(本当に?)」
「Ja.(うん)」
リリアちゃんの目に、少しだけ涙が浮かんでいました。
私も同じだったと思います。
「Hör nicht auf, meine Freundin zu sein.(友達、やめないでね)」
「Das würde ich nie.(やめるわけないよ)」
私はリリアちゃんへ抱きつきました。
彼女も、強く抱き返してくれます。
「Wenn du in Japan keine Freunde findest, kannst du zurückkommen.(日本で友達ができなかったら、戻ってきてもいいから)」
「Unterstütz mich bitte unter der Annahme, dass ich welche finde.(できる前提で応援して)」
「Das liegt an dir.(それはレン次第)」
「Ist das nicht ein bisschen streng?(少し厳しくない?)」
「Du brauchst nur lange, bis du jemanden ansprichst.(レンは、話しかけるまでが遅いだけだから)」
「Genau das ist das Schwierigste.(それが一番難しいの)」
「Dann findest du am ersten Tag eine Person, die dich interessiert, und sprichst noch am selben Tag mit ihr.(じゃあ、教室で気になる子を一人見つけたら、その日のうちに話しかける)」
「Gib mir nicht plötzlich Aufgaben.(急に課題を出さないで)」
「Das kommt zu unserem Versprechen dazu.(約束に追加)」
「Mach es nicht länger.(増やさないでください)」
泣きながら笑いました。
あの時は、まさか日本の教室で、ちょこんと座っていたチョコちゃんへ、本当に自分から話しかけることになるとは思っていませんでした。
部屋へ戻ってからも、なかなか言い出せませんでした。
リリアちゃんはベッドへ腰かけ、端末で何かを見ています。
私は自分の机へ座り、開いてもいない教科書を眺めていました。
「Ren.(レン)」
「Was?(何?)」
「Du starrst seit zehn Minuten auf dieselbe Seite.(さっきから十分も、同じページを見てる)」
「Ich lese.(読んでるよ)」
「Du hast kein einziges Mal umgeblättert.(一回もめくってないけど)」
「…Ich habe nachgedacht.(……考えごとをしてたの)」
「Geht es um etwas, das du mir erzählen willst?(私に話すこと?)」
やはり、隠せません。
私は椅子ごとリリアちゃんの方へ向きました。
「Lilia.(リリアちゃん)」
「Ja?(うん)」
「Ich möchte in Japan auf die Oberschule gehen.(私、日本の高校へ行こうと思う)」
しばらく、返事はありませんでした。
リリアちゃんは端末の画面を消し、私を見ています。
「Du gehst zurück nach Japan?(日本へ戻るってこと?)」
「Ja.(うん)」
「Wann?(いつ?)」
「Nach meinem Mittelschulabschluss.(中学校を卒業したあと)」
「Hast du es schon entschieden?(もう決めたの?)」
「Ich habe mit meiner Familie darüber gesprochen.(家族には話した)」
「Mir sagst du es als Letzter.(私には最後なんだ)」
その言葉に、胸が痛くなりました。
「Ich wollte es dir nicht zuletzt sagen.(最後にしたかったわけじゃないの)」
「Aber ich war die Letzte.(でも、最後だった)」
「Es tut mir leid…(ごめん……)」
リリアちゃんは、少しだけ視線を逸らしました。
怒っているというより、急に言われたことを整理しようとしているようでした。
「Magst du es hier nicht mehr?(ここが嫌になった?)」
「Nein.(違う)」
「Gehst du, weil du die Schule nicht magst?(学校が嫌だから?)」
「Nicht nur deswegen.(それだけでもない)」
「Reicht es dir nicht, dass ich hier bin?(私がいても、残りたくない?)」
一番聞かれたくなかった言葉でした。
「Weil du hier bist, habe ich so lange gezögert.(リリアちゃんがいるから、ずっと迷ってたの)」
「Wirklich?(本当?)」
「Fast alles, was in Deutschland schön war, war schön, weil du dabei warst. Ich konnte zur Schule gehen und hier leben, weil du bei mir warst.(ドイツで楽しかったことは、ほとんどリリアちゃんが一緒だったから。学校へ通えたのも、ここで暮らせたのも、リリアちゃんのおかげ)」
「Warum dann?(じゃあ、どうして?)」
「Ich möchte herausfinden, ob ich auch mit anderen Menschen von ganz vorne anfangen und selbst Freundschaften schließen kann.(リリアちゃん以外の人にも、何もないところから自分で話しかけて、自分の友達を作れるか試したいの)」
言葉にすると、少し怖くなりました。
「Hier bin ich irgendwann nur noch die Tochter aus Papas Geschäft geworden. Natürlich gehört auch das zu mir. Aber ich möchte herausfinden, wer ich außerdem noch bin.(ここでは、私はお父さんのお店の娘になってしまった。もちろん、それも私なんだけど……それだけじゃない自分も、ちゃんと見つけたい)」
リリアちゃんは、しばらく何も言いませんでした。
やがて、小さく息を吐きます。
「Wenn ich dich bitten würde zu bleiben, würdest du bleiben?(私が止めたら、残る?)」
「…Ich weiß es nicht.(……わからない)」
「Ehrlich.(正直だね)」
「Ich will dich nicht anlügen.(嘘は言いたくないから)」
「Verstehe.(そっか)」
リリアちゃんは立ち上がり、私の前へ来ました。
「Ich werde dich nicht aufhalten.(私は止めない)」
「Lilia…(リリアちゃん……)」
「Wenn du hier nicht glücklich bist, kann ich dir nicht sagen, dass du bleiben sollst. Aber ich habe Bedingungen.(レンがここで楽しくないなら、残れとは言えない。でも、条件がある)」
「Bedingungen?(条件?)」
「Du meldest dich auch aus Japan bei mir.(日本へ行っても連絡すること)」
「Ja.(うん)」
「Wenn du Probleme hast, beendest du nicht alles mit ‚Es ist schon in Ordnung‘.(困ったことを、全部『大丈夫』で終わらせないこと)」
「Ich werde es versuchen.(努力します)」
「Nicht versuchen. Versprich es.(努力じゃなくて、約束)」
「…Ich verspreche es.(……約束します)」
「Wenn ich nach Japan komme, zeigst du mir alles.(私が日本へ行ったら、ちゃんと案内すること)」
「Natürlich.(もちろん)」
「Und wir treffen uns wieder und unternehmen etwas zusammen.(それから、もう一度会って遊ぶこと)」
私は立ち上がりました。
「Ich verspreche alles.(全部、約束する)」
「Wirklich?(本当に?)」
「Ja.(うん)」
リリアちゃんの目に、少しだけ涙が浮かんでいました。
私も同じだったと思います。
「Hör nicht auf, meine Freundin zu sein.(友達、やめないでね)」
「Das würde ich nie.(やめるわけないよ)」
私はリリアちゃんへ抱きつきました。
彼女も、強く抱き返してくれます。
「Wenn du in Japan keine Freunde findest, kannst du zurückkommen.(日本で友達ができなかったら、戻ってきてもいいから)」
「Unterstütz mich bitte unter der Annahme, dass ich welche finde.(できる前提で応援して)」
「Das liegt an dir.(それはレン次第)」
「Ist das nicht ein bisschen streng?(少し厳しくない?)」
「Du brauchst nur lange, bis du jemanden ansprichst.(レンは、話しかけるまでが遅いだけだから)」
「Genau das ist das Schwierigste.(それが一番難しいの)」
「Dann findest du am ersten Tag eine Person, die dich interessiert, und sprichst noch am selben Tag mit ihr.(じゃあ、教室で気になる子を一人見つけたら、その日のうちに話しかける)」
「Gib mir nicht plötzlich Aufgaben.(急に課題を出さないで)」
「Das kommt zu unserem Versprechen dazu.(約束に追加)」
「Mach es nicht länger.(増やさないでください)」
泣きながら笑いました。
あの時は、まさか日本の教室で、ちょこんと座っていたチョコちゃんへ、本当に自分から話しかけることになるとは思っていませんでした。
最後の夜
日本へ帰る日が近づくと、部屋の中から私の物が少しずつ減っていきました。
服を箱へ入れ。
本をまとめ。
机の引き出しを空にします。
「Ren, nimmst du das wirklich mit?(レン、それ本当に持っていくの?)」
リリアちゃんが、大きなマグカップを指しました。
「Natürlich.(持っていくよ)」
「Es könnte kaputtgehen.(割れそう)」
「Ich packe es gut ein.(きちんと包むから大丈夫)」
「In Japan gibt es auch Tassen.(日本にもマグカップはあるよ)」
「Aber diese passt zu deiner.(リリアちゃんとお揃いだから持っていくの)」
「…Dann darf sie auf keinen Fall kaputtgehen.(……なら、絶対割らないで)」
「Eben wolltest du noch, dass ich sie hierlasse.(さっきまで置いていけと言っていたのに)」
「Der Grund hat sich geändert.(理由が変わったから)」
荷造りの合間には、二人で父のお店へ行きました。
閉店後の厨房を借り、焼き菓子を作ります。
何度も一緒に作った、特別ではないクッキーです。
リリアちゃんが生地の形を揃え。
私が焼き時間を見ます。
「Machst du die auch für deine Freunde in Japan?(日本の友達にも作るの?)」
「Wenn ich welche finde.(友達ができたらね)」
「Du findest welche.(できるよ)」
「Vorhin hast du noch gesagt, es hängt von mir ab.(さっきは私次第って言ったのに)」
「Du findest welche, aber wenn du nichts tust, dauert es länger.(できるけど、レンが動かないと時間がかかる)」
「Das kann ich nicht bestreiten.(否定できません)」
焼き上がったクッキーを、二人で店の奥へ座って食べました。
父と母は、少し離れたところから私たちを見守ってくれています。
「Und? Wie schmeckt es?(味、どう?)」
「Wie immer lecker.(いつもどおりおいしい)」
「Schon wieder nur das?(また、それだけ?)」
「Dann… ein Geschmack, den ich nicht vergessen werde, auch wenn du in Japan bist.(じゃあ……日本へ行っても忘れない味)」
その答えには、何も言い返せませんでした。
出発前の最後の夜。
リリアちゃんは、部屋の写真を撮りました。
二つ並んだ机。
半分空になった本棚。
私のベッドの上に置かれた荷物。
写真の端には、二人で使っていたマグカップも写っています。
「Wofür ist das Foto?(何のため?)」
「Damit du es nicht vergisst.(レンが忘れないため)」
「Ich werde es nicht vergessen.(忘れないよ)」
「Auch damit ich es ansehen kann, wenn ich dich vermisse.(私が寂しくなった時に見るためでもある)」
「Dann schick es mir auch.(それなら、私にも送って)」
「Natürlich.(もちろん)」
私たちはベッドへ並んで座り、いつもより遅くまで話しました。
日本の高校。
父のお店。
これからやりたいこと。
次に会った時、どこへ行くか。
話せば話すほど、離れる実感が強くなります。
それでも、最後まで「さようなら」とは言いませんでした。
出発の日。
空港で、リリアちゃんは私の手を握っていました。
「Schreib mir sofort, wenn du angekommen bist.(着いたら、すぐ連絡して)」
「Ja.(うん)」
「Denk an die Zeitverschiebung.(時差があるから、時間は見てね)」
「Schreib du nicht mitten in der Nacht.(リリアちゃんこそ、夜中に送らないで)」
「Wenn du wach bist, ist es kein Problem.(レンが起きていれば問題ない)」
「Ich werde schlafen.(私は寝ます)」
搭乗の案内が聞こえます。
私は、リリアちゃんの手を離しました。
「Ich gehe dann.(行ってきます)」
「…Komm gut an, Ren.(……いってらっしゃい、レン)」
日本へ帰るのに。
その言葉は、不思議とよく合っていました。
またここへ帰ってくる。
また会う。
そう約束した私たちには、別れの言葉よりも、ずっと合っていたのです。
服を箱へ入れ。
本をまとめ。
机の引き出しを空にします。
「Ren, nimmst du das wirklich mit?(レン、それ本当に持っていくの?)」
リリアちゃんが、大きなマグカップを指しました。
「Natürlich.(持っていくよ)」
「Es könnte kaputtgehen.(割れそう)」
「Ich packe es gut ein.(きちんと包むから大丈夫)」
「In Japan gibt es auch Tassen.(日本にもマグカップはあるよ)」
「Aber diese passt zu deiner.(リリアちゃんとお揃いだから持っていくの)」
「…Dann darf sie auf keinen Fall kaputtgehen.(……なら、絶対割らないで)」
「Eben wolltest du noch, dass ich sie hierlasse.(さっきまで置いていけと言っていたのに)」
「Der Grund hat sich geändert.(理由が変わったから)」
荷造りの合間には、二人で父のお店へ行きました。
閉店後の厨房を借り、焼き菓子を作ります。
何度も一緒に作った、特別ではないクッキーです。
リリアちゃんが生地の形を揃え。
私が焼き時間を見ます。
「Machst du die auch für deine Freunde in Japan?(日本の友達にも作るの?)」
「Wenn ich welche finde.(友達ができたらね)」
「Du findest welche.(できるよ)」
「Vorhin hast du noch gesagt, es hängt von mir ab.(さっきは私次第って言ったのに)」
「Du findest welche, aber wenn du nichts tust, dauert es länger.(できるけど、レンが動かないと時間がかかる)」
「Das kann ich nicht bestreiten.(否定できません)」
焼き上がったクッキーを、二人で店の奥へ座って食べました。
父と母は、少し離れたところから私たちを見守ってくれています。
「Und? Wie schmeckt es?(味、どう?)」
「Wie immer lecker.(いつもどおりおいしい)」
「Schon wieder nur das?(また、それだけ?)」
「Dann… ein Geschmack, den ich nicht vergessen werde, auch wenn du in Japan bist.(じゃあ……日本へ行っても忘れない味)」
その答えには、何も言い返せませんでした。
出発前の最後の夜。
リリアちゃんは、部屋の写真を撮りました。
二つ並んだ机。
半分空になった本棚。
私のベッドの上に置かれた荷物。
写真の端には、二人で使っていたマグカップも写っています。
「Wofür ist das Foto?(何のため?)」
「Damit du es nicht vergisst.(レンが忘れないため)」
「Ich werde es nicht vergessen.(忘れないよ)」
「Auch damit ich es ansehen kann, wenn ich dich vermisse.(私が寂しくなった時に見るためでもある)」
「Dann schick es mir auch.(それなら、私にも送って)」
「Natürlich.(もちろん)」
私たちはベッドへ並んで座り、いつもより遅くまで話しました。
日本の高校。
父のお店。
これからやりたいこと。
次に会った時、どこへ行くか。
話せば話すほど、離れる実感が強くなります。
それでも、最後まで「さようなら」とは言いませんでした。
出発の日。
空港で、リリアちゃんは私の手を握っていました。
「Schreib mir sofort, wenn du angekommen bist.(着いたら、すぐ連絡して)」
「Ja.(うん)」
「Denk an die Zeitverschiebung.(時差があるから、時間は見てね)」
「Schreib du nicht mitten in der Nacht.(リリアちゃんこそ、夜中に送らないで)」
「Wenn du wach bist, ist es kein Problem.(レンが起きていれば問題ない)」
「Ich werde schlafen.(私は寝ます)」
搭乗の案内が聞こえます。
私は、リリアちゃんの手を離しました。
「Ich gehe dann.(行ってきます)」
「…Komm gut an, Ren.(……いってらっしゃい、レン)」
日本へ帰るのに。
その言葉は、不思議とよく合っていました。
またここへ帰ってくる。
また会う。
そう約束した私たちには、別れの言葉よりも、ずっと合っていたのです。
友達ができたよ
「それで、日本へ帰ってきたんだ」
話し終えると、昼休みは残り少なくなっていました。
箱の中のお菓子も、三人でかなり食べています。
チョコちゃんは、リリアちゃんの写真をもう一度見ました。
「リリアさんは、シュトレンさんにとって本当に大切な方なんですね」
「うん。家族とは少し違うけど、ドイツにいた頃の家族みたいな人」
「今も、よく連絡するの?」
フィナンシェちゃんが聞きます。
「ほとんど毎日。時間が合わない日は、メッセージだけだけど」
「では、私たちのことも毎日報告されているのでしょうか」
チョコちゃんが尋ねました。
「毎日ではないよ」
「何を話したの?」
フィナンシェちゃんが少し身を乗り出します。
「チョコちゃんは、最初に自分から話しかけた友達だって」
「私が、最初だったんですか?」
「うん」
チョコちゃんは少し驚いたあと、照れたように微笑みました。
「では、リリアさんとの約束を守るために、私へ話しかけてくださったのでしょうか」
「約束を思い出したのは、話しかけたあとかな」
「どうして私だったんですか?」
「一人でちょこんと座っていたから」
「ちょこんと……」
「それと、少し緊張しているのに、ちゃんと周りを見ていたから。昔の自分に少し似ている気がしたの」
チョコちゃんは、髪の花へそっと触れました。
「話しかけてくださって、よかったです」
「私も」
フィナンシェちゃんが腕を組みます。
「シュトレンちゃんが最初にチョコちゃんへ話しかけて、私が二人の席へ行った。つまり、三人組ができた一番最初の原因はリリアちゃん?」
「原因という言い方は少し違う気がするけど……そうかもしれないね」
その時、私のDPo-Xが振動しました。
表示された名前を見て、思わず笑います。
「噂をしたからかな」
「リリアさんですか?」
「うん。映像通話」
私は一度、二人へ確認しました。
「出てもいい?」
「もちろんです」
「私も話してみたい」
通話をつなぐ前に、DPo-Xの同時翻訳を有効にしました。
リリアちゃんのドイツ語は日本語字幕として表示され、チョコちゃんたちの日本語も自動的にドイツ語へ変換されます。
画面の向こうに、リリアちゃんが現れました。
ドイツでは朝のようです。
長い濃紺の髪を下ろし、白と黒の上着を羽織っています。
まだ自分の部屋にいるらしく、後ろには見覚えのある机が映っていました。
「Ren, ist das Paket angekommen?(レン、箱は届いた?)」
「Ja. Wir essen das Gebäck gerade zusammen.(届いたよ。今、友達と一緒に食べてる)」
「Du hast wirklich geteilt.(本当に分けたんだ)」
「Hast du mir nicht vertraut?(信用してなかったの?)」
「Nur zur Hälfte.(半分くらい)」
「Ich esse doch nicht alles allein.(一人で全部食べたりしないよ)」
「Beim Backen hast du früher schon beim Probieren ziemlich viel gegessen.(お菓子を作ってる時、味見でかなり減らしてたでしょ)」
「Das ist lange her.(昔の話です)」
リリアちゃんの視線が、画面のこちら側にいる二人へ移りました。
「Sind das deine neuen Freundinnen?(その二人が、新しい友達?)」
「Ja. Ich stelle sie dir vor.(うん。紹介するね)」
私は端末の位置を調整しました。
「こちらがチョコちゃん」
「初めまして。チョコチップです」
チョコちゃんが、きれいに頭を下げます。
「Du bist also das Mädchen mit der Blume.(あなたが、花の子なんだ)」
「花の子……ですか?」
「写真を見せたから」
「そうだったんですね」
「Ren hat mehrmals erzählt, dass sie dich von sich aus angesprochen hat.(レンが、自分から話しかけたって何回も言ってた)」
「何回も?」
チョコちゃんがこちらを見ました。
「Vielleicht zweimal.(二回くらいだよ)」
「Ich glaube, es war öfter.(もっと聞いた気がする)」
「Lilia.(リリアちゃん)」
「War nur ein Scherz.(冗談)」
絶対に少し楽しんでいます。
「こちらが、フィナンシェちゃん」
「フィリスフィナンシェです。初めまして」
「Du bist diejenige, die Mode mag, oder?(服が好きな子だよね?)」
「そこまで話してるんだ」
フィナンシェちゃんが笑いました。
「リリアさんも、服がお好きなんですか?」
「Ja. Und ich entscheide mich schneller als Ren.(好きだよ。それに、レンより選ぶのは早い)」
「それは参考になりそうです。今度、三人で服を選びませんか?」
「Klingt gut. In der virtuellen Welt können wir das jederzeit machen.(いいね。バーチャル世界なら、いつでもできる)」
フィナンシェちゃんは、もう次の予定を考え始めた顔をしています。
「Lilia, mach nicht einfach Pläne mit meinen Freundinnen.(リリアちゃん、私の友達と勝手に予定を決めないで)」
「Du bist doch auch dabei. Dann ist es nicht einfach so beschlossen.(レンも入ってるから、勝手じゃないよ)」
「また予定が増えましたね」
チョコちゃんが楽しそうに言いました。
リリアちゃんは、少しだけ表情を柔らかくします。
「Ren.(レン)」
「Ja?(うん?)」
「Hast du jetzt das normale Oberschulleben, das du wolltest?(普通の高校生活、できてる?)」
あの部屋で、日本へ行きたいと話した夜。
リリアちゃんは、私が何を望んでいたのかを知っています。
私はチョコちゃんとフィナンシェちゃんを見ました。
入学式。
放課後の寄り道。
初めての友達。
三人で食べる昼食。
週末の買い物。
バーチャル世界での小さな冒険。
私が想像していたものより、少しだけにぎやかで。
少しだけ変わっていて。
ずっと楽しい毎日です。
「Ja.(うん)」
私は頷きました。
「Es ist eine Schule, die viel weniger normal ist, als ich gedacht habe.(思っていたより、普通じゃない学校だけど)」
「Dann war das wohl ein Fehlschlag?(それ、失敗じゃない?)」
「Aber es macht mir sehr viel Spaß.(でも、すごく楽しいよ)」
「Dann ist es gut.(ならいい)」
リリアちゃんは、安心したように笑いました。
「Du hast dein Versprechen gehalten.(約束、守れたね)」
「Ja. Ich habe dir sofort erzählt, als ich Freunde gefunden habe.(うん。友達ができたら、最初に報告したからね)」
「Das war nicht das einzige Versprechen.(私との約束は、それだけじゃないよ)」
「Mich bei dir melden. Probleme nicht verstecken. Dir Japan zeigen. Und dich wiedersehen und zusammen etwas unternehmen.(連絡すること。困ったことを隠さないこと。日本を案内すること。また会って遊ぶこと)」
「Du erinnerst dich wirklich an alles.(ちゃんと覚えてる)」
「Wie könnte ich das vergessen?(忘れるわけないでしょう?)」
昼休みの終了を知らせる音が、教室に流れました。
「そろそろ授業が始まるよ」
「Dann bis später.(じゃあ、またあとで)」
「Ja. Bis später, Lilia.(うん。またね、リリアちゃん)」
「Bis später, Ren.(またね、レン)」
通話が終了します。
画面が消えたあとも、少しだけドイツの部屋が残っているような気がしました。
「リリアさん、素敵な方ですね」
チョコちゃんが言います。
「うん」
「いつか、直接お会いしてみたいです」
「約束が一つ増えたね」
「私も会いたい」
フィナンシェちゃんは、すでに予定表を開いていました。
「リリアちゃんが日本へ来る時、三人で案内しよう」
「気が早いです」
チョコちゃんが言いました。
「早めに考えた方が、たくさん回れるでしょ?」
「それはそうですけど」
私は二人のやり取りを見ながら、箱の蓋を閉じました。
私は、ドイツを捨てて日本へ来たわけではありません。
父のお店。
母が作ったバーチャル店舗。
ドイツの街。
同じ部屋で過ごした時間。
リリアちゃんとの約束。
その全部を持って、日本へ来ました。
そして今。
ドイツで得たものの上に、また新しい時間が重なり始めています。
「シュトレンさん、次の授業へ行きましょう」
チョコちゃんが言います。
「遅れると、先生に目をつけられるよ」
フィナンシェちゃんも立ち上がりました。
「うん。今行く」
三人で教室を出ます。
一人で始めようと思っていた、日本での高校生活。
けれど今は、隣に二人がいます。
そして、遠く離れたドイツにも。
今までと変わらず、私をレンと呼んでくれる友達がいました。
話し終えると、昼休みは残り少なくなっていました。
箱の中のお菓子も、三人でかなり食べています。
チョコちゃんは、リリアちゃんの写真をもう一度見ました。
「リリアさんは、シュトレンさんにとって本当に大切な方なんですね」
「うん。家族とは少し違うけど、ドイツにいた頃の家族みたいな人」
「今も、よく連絡するの?」
フィナンシェちゃんが聞きます。
「ほとんど毎日。時間が合わない日は、メッセージだけだけど」
「では、私たちのことも毎日報告されているのでしょうか」
チョコちゃんが尋ねました。
「毎日ではないよ」
「何を話したの?」
フィナンシェちゃんが少し身を乗り出します。
「チョコちゃんは、最初に自分から話しかけた友達だって」
「私が、最初だったんですか?」
「うん」
チョコちゃんは少し驚いたあと、照れたように微笑みました。
「では、リリアさんとの約束を守るために、私へ話しかけてくださったのでしょうか」
「約束を思い出したのは、話しかけたあとかな」
「どうして私だったんですか?」
「一人でちょこんと座っていたから」
「ちょこんと……」
「それと、少し緊張しているのに、ちゃんと周りを見ていたから。昔の自分に少し似ている気がしたの」
チョコちゃんは、髪の花へそっと触れました。
「話しかけてくださって、よかったです」
「私も」
フィナンシェちゃんが腕を組みます。
「シュトレンちゃんが最初にチョコちゃんへ話しかけて、私が二人の席へ行った。つまり、三人組ができた一番最初の原因はリリアちゃん?」
「原因という言い方は少し違う気がするけど……そうかもしれないね」
その時、私のDPo-Xが振動しました。
表示された名前を見て、思わず笑います。
「噂をしたからかな」
「リリアさんですか?」
「うん。映像通話」
私は一度、二人へ確認しました。
「出てもいい?」
「もちろんです」
「私も話してみたい」
通話をつなぐ前に、DPo-Xの同時翻訳を有効にしました。
リリアちゃんのドイツ語は日本語字幕として表示され、チョコちゃんたちの日本語も自動的にドイツ語へ変換されます。
画面の向こうに、リリアちゃんが現れました。
ドイツでは朝のようです。
長い濃紺の髪を下ろし、白と黒の上着を羽織っています。
まだ自分の部屋にいるらしく、後ろには見覚えのある机が映っていました。
「Ren, ist das Paket angekommen?(レン、箱は届いた?)」
「Ja. Wir essen das Gebäck gerade zusammen.(届いたよ。今、友達と一緒に食べてる)」
「Du hast wirklich geteilt.(本当に分けたんだ)」
「Hast du mir nicht vertraut?(信用してなかったの?)」
「Nur zur Hälfte.(半分くらい)」
「Ich esse doch nicht alles allein.(一人で全部食べたりしないよ)」
「Beim Backen hast du früher schon beim Probieren ziemlich viel gegessen.(お菓子を作ってる時、味見でかなり減らしてたでしょ)」
「Das ist lange her.(昔の話です)」
リリアちゃんの視線が、画面のこちら側にいる二人へ移りました。
「Sind das deine neuen Freundinnen?(その二人が、新しい友達?)」
「Ja. Ich stelle sie dir vor.(うん。紹介するね)」
私は端末の位置を調整しました。
「こちらがチョコちゃん」
「初めまして。チョコチップです」
チョコちゃんが、きれいに頭を下げます。
「Du bist also das Mädchen mit der Blume.(あなたが、花の子なんだ)」
「花の子……ですか?」
「写真を見せたから」
「そうだったんですね」
「Ren hat mehrmals erzählt, dass sie dich von sich aus angesprochen hat.(レンが、自分から話しかけたって何回も言ってた)」
「何回も?」
チョコちゃんがこちらを見ました。
「Vielleicht zweimal.(二回くらいだよ)」
「Ich glaube, es war öfter.(もっと聞いた気がする)」
「Lilia.(リリアちゃん)」
「War nur ein Scherz.(冗談)」
絶対に少し楽しんでいます。
「こちらが、フィナンシェちゃん」
「フィリスフィナンシェです。初めまして」
「Du bist diejenige, die Mode mag, oder?(服が好きな子だよね?)」
「そこまで話してるんだ」
フィナンシェちゃんが笑いました。
「リリアさんも、服がお好きなんですか?」
「Ja. Und ich entscheide mich schneller als Ren.(好きだよ。それに、レンより選ぶのは早い)」
「それは参考になりそうです。今度、三人で服を選びませんか?」
「Klingt gut. In der virtuellen Welt können wir das jederzeit machen.(いいね。バーチャル世界なら、いつでもできる)」
フィナンシェちゃんは、もう次の予定を考え始めた顔をしています。
「Lilia, mach nicht einfach Pläne mit meinen Freundinnen.(リリアちゃん、私の友達と勝手に予定を決めないで)」
「Du bist doch auch dabei. Dann ist es nicht einfach so beschlossen.(レンも入ってるから、勝手じゃないよ)」
「また予定が増えましたね」
チョコちゃんが楽しそうに言いました。
リリアちゃんは、少しだけ表情を柔らかくします。
「Ren.(レン)」
「Ja?(うん?)」
「Hast du jetzt das normale Oberschulleben, das du wolltest?(普通の高校生活、できてる?)」
あの部屋で、日本へ行きたいと話した夜。
リリアちゃんは、私が何を望んでいたのかを知っています。
私はチョコちゃんとフィナンシェちゃんを見ました。
入学式。
放課後の寄り道。
初めての友達。
三人で食べる昼食。
週末の買い物。
バーチャル世界での小さな冒険。
私が想像していたものより、少しだけにぎやかで。
少しだけ変わっていて。
ずっと楽しい毎日です。
「Ja.(うん)」
私は頷きました。
「Es ist eine Schule, die viel weniger normal ist, als ich gedacht habe.(思っていたより、普通じゃない学校だけど)」
「Dann war das wohl ein Fehlschlag?(それ、失敗じゃない?)」
「Aber es macht mir sehr viel Spaß.(でも、すごく楽しいよ)」
「Dann ist es gut.(ならいい)」
リリアちゃんは、安心したように笑いました。
「Du hast dein Versprechen gehalten.(約束、守れたね)」
「Ja. Ich habe dir sofort erzählt, als ich Freunde gefunden habe.(うん。友達ができたら、最初に報告したからね)」
「Das war nicht das einzige Versprechen.(私との約束は、それだけじゃないよ)」
「Mich bei dir melden. Probleme nicht verstecken. Dir Japan zeigen. Und dich wiedersehen und zusammen etwas unternehmen.(連絡すること。困ったことを隠さないこと。日本を案内すること。また会って遊ぶこと)」
「Du erinnerst dich wirklich an alles.(ちゃんと覚えてる)」
「Wie könnte ich das vergessen?(忘れるわけないでしょう?)」
昼休みの終了を知らせる音が、教室に流れました。
「そろそろ授業が始まるよ」
「Dann bis später.(じゃあ、またあとで)」
「Ja. Bis später, Lilia.(うん。またね、リリアちゃん)」
「Bis später, Ren.(またね、レン)」
通話が終了します。
画面が消えたあとも、少しだけドイツの部屋が残っているような気がしました。
「リリアさん、素敵な方ですね」
チョコちゃんが言います。
「うん」
「いつか、直接お会いしてみたいです」
「約束が一つ増えたね」
「私も会いたい」
フィナンシェちゃんは、すでに予定表を開いていました。
「リリアちゃんが日本へ来る時、三人で案内しよう」
「気が早いです」
チョコちゃんが言いました。
「早めに考えた方が、たくさん回れるでしょ?」
「それはそうですけど」
私は二人のやり取りを見ながら、箱の蓋を閉じました。
私は、ドイツを捨てて日本へ来たわけではありません。
父のお店。
母が作ったバーチャル店舗。
ドイツの街。
同じ部屋で過ごした時間。
リリアちゃんとの約束。
その全部を持って、日本へ来ました。
そして今。
ドイツで得たものの上に、また新しい時間が重なり始めています。
「シュトレンさん、次の授業へ行きましょう」
チョコちゃんが言います。
「遅れると、先生に目をつけられるよ」
フィナンシェちゃんも立ち上がりました。
「うん。今行く」
三人で教室を出ます。
一人で始めようと思っていた、日本での高校生活。
けれど今は、隣に二人がいます。
そして、遠く離れたドイツにも。
今までと変わらず、私をレンと呼んでくれる友達がいました。