「こちらは『オンリーユーシアター』。貴方にとって特別な『誰か』とふたりっきりで『映画鑑賞』をできる場所でございますニャ。」
「な、なんですか……? この猫みたいな喋る動物は……。」
放送を迎えて間もなくした頃だった。あてもなく歩いている私たちの前に見えたのは、どこか歪な奇妙な建物と、案内人のようにその前に立つ黒猫のような生き物。
「あなたも、何でそんなに冷静でいられるんですか。」
辺獄で見る景色のような、浮世離れした光景に見覚えがある私でも少なからず困惑している。だというのに、隣を歩く少年、ラッセル・シーガーは全く動じていないように見える。
「だって……一応、知り合いだし。」
「知り合いって……この生き物と、ですか?」
「まあ……うん。ニャン族っていうよく分からない生き物だよ。」
詳しく追求する気はないが、ラッセルも普通に生きてきた人とは違うのだろうか。死後の世界であると同時に人の精神を反映した世界でもある辺獄は、人の想像力が無限である以上、どんな形にも変容し得る。そんな何でもありな舞台が私たちの生きる世界には内包されているのだ。ラッセルが何を知っていようと、何ら不思議ではない。
「ところで……入らない?」
「えっ!?」
「オンリーユーシアター。変なとこだけど……たぶん気休めにはなる……と思う。」
「気休めって……ええ……?」
ニャン族とやらは映画鑑賞、とか言っていたか。ラッセルはやけに乗り気だが、殺し合いを命じられたというのに、あまりにも悠長ではないだろうか。
……いや、おかしいのは私、なのだろうか。辺獄という世界をなまじ知っているばかりに、おそらくはラッセルや他の人たち以上に、この殺し合いを真剣に捉えているのだろう。アナムネシスによって初めて辺獄に引きずり込まれた時の私だって、わけもわからぬままに彷徨い続けるばかりだった。
「……ちょっと待ってください。ふたりっきりで?」
「その通りですニャ。それ以上の人数は入れない仕組みになってるし、何かのフシギなパワーで外からの干渉も受け付けないオトク仕様ニャ。」
「つまり、外部からの攻撃からは安全ってことですか?」
「そうですニャ。何なら映画中におっぱじめても構わないニャよ。」
「えっ……! い、いえ。そういうのはしませんけど……。」
「……ま、いいニャ。どうせなら入っていくといいニャよ。」
「ええっと……。」
この世界でも私の目標はひとつだ。みらいを取り戻すこと。メフィスとフェレスの二人と契約したあの時から、私の根幹は何も変わらない。
……だけど。辺獄の時はわけも分からぬままに行動し、それによってみらいとはぐれることになったのは紛れもない事実。今まで保留していたが、どこかで腰を据えて決めなくてはならないのだ。私はこの殺し合いの地で、どう動くべきであるのか。
「……分かりました。」
フシギなパワーとやらがどこまで信ぴょう性のあるものであるかはともかく、それを決めるに当たって外から見つかりにくい場に身を置きたいのは間違いない。身の安全もままならない状態では考え事にふけるのは危険だ。それにラッセルも入りたがっていることだし、同行関係を築くのにもちょうど良い。
「行きましょうか。映画……でしたっけ?」
「ええ、今から始まるのは『テメェの名は』というロマンス映画ですニャ。」
「……まあ、何でもいいですけど。では、ラッセルさん。」
「うん……。」
二人が入場の合意を取った瞬間に、オンリーユーシアターの重い扉が開かれる。
「さ、入るニャよ。」
「さ、入るニャよ。」
慣れた足取りでラッセルはつかつかと足を運ぶ。零もまたその後に続き、二人が入場したと同時にその扉は再び閉ざされた。
「……鍵がかかってるんでしょうか。」
試しに戻ろうとしてみたが、扉が開く気配はない。今気が変わったとしても、大人しく映画を観るしか道は残されていないようだ。内部からの脱出のしにくさは外部からの侵入のしにくさでもあるという意味では、むしろ安心というべきか。
部屋の広さは、二人用の部屋と言うのに相応しい程度の間取りだ。中にあるのは、前方に大きく主張するスクリーンと、それを眺めるための、横幅1メートル半程度の長椅子がひとつだけ。それを見たラッセルは「今日はニャン族はいないのか」みたいなことを呟いている。
――パッ。
「ひゃっ!?」
間もなくすると、照明が落ちて暗転する。放送後に配られた名簿に目を通していたため驚きの声を上げてしまったことに紅潮しながら、大人しく部屋の中央の長椅子についた。
そしてスクリーンに映画が映し出され、上映が開始される。
「これってもしかして……」
「私たち……」
「「殺し合ってる~!?」」
「私たち……」
「「殺し合ってる~!?」」
殺し合っている男女が次第に恋に落ちていくアニメ映画のようだ。だけど、今考えるべきは映画のことではない。みらいを助けるために、この殺し合いに乗るべきか乗らないべきか、どうするのが正解なのか。
放送を迎えたことによってあえて状況が変わったとするならば、ここに招かれたのが私だけではないということが判明したことだ。名簿には共に辺獄の代行者として戦ってきた幽鬼の777の名前と、かつて親友だった少女、水無乃有理の名前があった。
(分かりません……777はともかく、どうして有理が……?)
幽鬼となった有理のことは、私が間違いなくこの手で殺した。あの感触と、涙に流しても消えてくれない激情が、今でもずっと私の中に残っている。魂を破壊したのだからヨミガエリすらもできるはずがなく、この場に呼ばれているのはおかしい。
だとしたら、同姓同名でもない限りこの名簿がデタラメと考えるのが真っ当な筋だ。だがしかしそうなると、主催者はこのデタラメによって私の心を惑わすことができると大なり小なり認識している人物であるということになる。
「もしかして……アナムネシス?」
小さく声を上げた私へのラッセルの視線を感じた。『幽鬼の姫』である彼女が起こしたバス事故によって死んだ有理。辺獄でも有理への干渉があったようで、アナムネシスと有理の間にも何かしらの繋がりがあるのは分かっている。
(それなら……小衣さんや千さんが連れてこられていないのも頷ける……。)
アナムネシスは、何故か私に執着していた。みらいをヨミガエリさせたとしても、アナムネシスが辺獄に存在し、いつでも私たちを辺獄に引きずり込める以上は元の日常に帰ることはできない。だから、私の目標は厳密にはみらいを助けるのみでは足りず、アナムネシスの撃破も含まれている。小衣さんと利害が一致しているのもその点だ。
(もし、主催者側にアナムネシスがいたとしたら……)
もしもの話でしかない。しかし、突如としてこの会場に送られていたそのやり口が、辺獄に引きずり込んだやり方と酷似しているのは確かだ。
この想像が真実であった場合、仮に私が優勝したとしてみらいのヨミガエリという願いを彼女が素直に叶えるだろうか?
いや、仮にアナムネシスでなかったとしても、だ。いつでも私や、そしておそらくはみらいをも、このような殺し合いの場に引きずり込める人物が現実としてこの世界に存在している事実に変わりはない。それならば、元の日常に帰るためにはアナムネシスを放置できないのと同様に、この主催者も放置しておくわけにはいかないのではないか?
(やっぱり……現状を見るに殺し合いに乗るのは得策ではない気が……。)
楽観的に見積って、どの参加者も自分と同じ程度の戦力であるとしよう。その上で、人数的に勝ち残れる確率は2%ほどしかない。
それならば、ラッセルのように協力できる人と協力して主催者に反逆する、もしくはメフィスとフェレスといった他の誰かの助けを待つ方が、よほど生きて帰り、みらいのヨミガエリに着手できる確率は高いと思える。先ほど引っかかったエロトラップのような独力では脱出の難しいものを前にした時を考えても、誰か他の人物は隣にいてほしいという気持ちもある。
(決まり……ですね。)
企画の動き方次第で転がる可能性もあるが、殺し合いには乗らない、という結論に終わった。
スクリーンに目を移すとちょうど映画の方も終わっていたらしく、エンドロールが流れていた。
「どう? いい気晴らしにはなったでしょ?」
「は、はい……そう、思います……。」
何も観ていなかったのを気まずそうに返す。場合によってはラッセルを殺すやもしれぬ算段を立てていたなど、結論がその逆であったとしても言いにくいものだ。
「……でも、そうですね。少し吹っ切れたと言いますか……。確かに、気晴らしにはなったんじゃないでしょうか。」
――パッ。
――パッ。
スクリーンが切れ、照明が点く。明るくなってみれば思っていたよりも近くに、こちらを見つめるラッセルの顔があった。
「……っ!ㅤと、とにかく!ㅤ終わったのなら出ませんか!?」
慌てて長椅子から飛び出して、早足でラッセルから離れていく。そして、出入口の扉に手をかけて――そして同時に気付く。
「あれ? 開かない……。」
映画が終わったら開くはずの扉が、開かないのだ。この施設を知っているはずのラッセルもその様子を不思議そうに見ている。この事態は想定外、ということだろうか。
「って……ちょっと……。」
しかし私の視線は、ラッセルではなくその背後。いつの間にか新たな文字が映し出されているスクリーンに吸い込まれていた。
認識が追いつかない。いや、書いてあることは単純明快であり十全に理解できる、のだが……。
『セックスしないと出られない部屋
~ 2時間以内に出ないと首輪がバクハツニャ ~』
~ 2時間以内に出ないと首輪がバクハツニャ ~』
脳がそれを理解したくないと、拒んでいるのだ。
「えぇ……?」
【B-3(オンリーユーシアター)/深夜/1日目】
【ラッセル・シーガー@END ROLL】
[状態]:健康
[装備]:ほんもののナイフ@UNDERTALE
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
基本:殺し合いには乗らず、HAPPY DREAMを完遂する。
1:レイは一体、何者なんだろう。
[備考]
※罪悪値が20を超えて、6日目開始地点からの参戦です。
※殺し合いの世界を、HAPPY DREAMの世界だと勘違いしています。
[状態]:健康
[装備]:ほんもののナイフ@UNDERTALE
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~2
[思考]
基本:殺し合いには乗らず、HAPPY DREAMを完遂する。
1:レイは一体、何者なんだろう。
[備考]
※罪悪値が20を超えて、6日目開始地点からの参戦です。
※殺し合いの世界を、HAPPY DREAMの世界だと勘違いしています。
【幡田零@CRYSTAR -クライスタ-】
[状態]:(身体は)健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~3(未確認)
[思考]
基本:生き残り、幡田みらいのヨミガエリを果たす
1:殺し合いに乗らず、主催者を倒す。
2:何にせよ、エロトラップとやらはもうこりごりです……。
[備考]
※第8章「失われた未来を手に」からの参戦です。
※貞操は無事です、今はまだ。
[状態]:(身体は)健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、不明支給品0~3(未確認)
[思考]
基本:生き残り、幡田みらいのヨミガエリを果たす
1:殺し合いに乗らず、主催者を倒す。
2:何にせよ、エロトラップとやらはもうこりごりです……。
[備考]
※第8章「失われた未来を手に」からの参戦です。
※貞操は無事です、今はまだ。
010:結果など論じなくたってご覧のとおり | 投下順 | 012: |
時系列順 | ||
C019:この罪悪は涙に流せない | ラッセル・シーガー | |
幡田零 |