戦地に赴き、戦って、戦って、そうして戦い抜いた果てに腕や脚を失った戦士を、人々の見知らぬところで支援する元艦長がノイエインダストラールの郊外にいる。半生体義肢などを提供する「戦線区私設廃兵院」の代表を務めるニック・(フォン・)ビリヒーハハ氏(53)。「自分も脚を2回失い、左腕をなくし、心臓も壊されたことがある。そんな時に助けてくれたのが生体義官。自分はこの義官をより広くの戦士に、より迅速に供給して助けたい」。そんな思いで仕事をしている。
無駄のないスリムなデザインと所々に見られる機械的構造。ビリヒーハハ氏の会社が作る義肢はパンノニア由来の機械技術と洗練された生体技術とのミックスだ。「接合部分や構造的に負荷がかかるところなどを金属的な機械式にして、それ以外を生体式にすることで拒絶反応を全く出さずに、かつ簡易に生体義肢の取り換えが可能になる。」
主に国家破城槌部隊や空軍の空挺部隊などの損耗が激しい部隊に半生体義肢は供給され、苛烈を極める戦場での戦いをサポートしている。そのほかにも多くの兵士に愛用されており、それらの兵士の要望に応じたオーダーメイド製品を提供し、機械部分の点検などメンテナンスも定期的に行う。
ビリヒーハハ氏は士官学校を出た後、当時帝国で最強と謳われたガルフォン艦隊に所属するクライプティア級「イーウィグス・ジッチェン」の少尉として軍歴を始めた。
元帝都艦隊所属で、他の艦より劣化が激しいという理由でガルフォン艦隊にやってきたクライプティア級の17番艦に配属された当初は「こんなオンボロに割り当てられるなんて。」と思った。だが、いざ戦闘に出ると認識を改めざるを得なくなった。他の艦より劣化が激しいということは他の艦より一際活発的で、運動性が高いという事。ビリヒーハハ氏にとって初めての戦闘となる第31次グランパルエ河口会戦で敵艦隊に単艦で切り込んだ際に後部発令所の近くに直撃弾を受け、そこにいたビリヒーハハ氏は両足を喪失した。戦いの後、ガルフォン艦隊に追従していた病院船へ運ばれ、そこで最初の義肢手術を受けた。「まるで何事もなかったかのように脚があって、素晴らしい技術だと感動した。」その後、長征作戦時にエクナン半島で反転して撤退していく敵の艦隊を追撃する際にも被弾を受け、この時は左腕を喪失した。
36歳、ビリヒーハハ氏は順調に戦果を重ねて少佐になり、愛着が沸いたということで「イーウィグス・ジッチェン」の艦長になっていた。そんな時に発生したリューリア戦役において、帝都に向かって前進している連邦軍第四艦隊を最初に受け止めるイスタシア・ガルフォン戦隊に組み込まれる大役を授かった。しかし、旗艦を先頭に突進してきた第四艦隊に戦隊は半時間と持たず壊滅。イスタシア氏は戦死され、「イーウィグス・ジッチェン」も艦首から敵巡空艦の衝角攻撃を受けて艦橋が潰され、ビリヒーハハ氏は全身を潰された。生存は絶望的に見えたが、かつて義肢を施術してくれた病院船の院長によって心臓などを義官化し、奇跡的な回復を遂げた。軍務には復帰できなかったものの、同戦闘で著しく損害を負った病院船を貰い受け、六王湖へと移るガルフォン艦隊残党と共に戦線区に移住。病院船を落着させ、生体義肢の製造・提供と施術を専門とする病院兼工場を始めた。
同院は今や帝国軍の精鋭部隊が信頼を寄せるメーカー。ただ、ビリヒーハハ氏はより多くの人に使ってもらえるようにこだわった。本来、個人個人に合わせて調整する義肢に機械的な接合部を取り付けた。パンノニアからやってきた職人の手を借り、試行錯誤して産み出された共通の規格。欠損した部位に応じて作られた腕や脚など約150種類を揃えることによって、損傷した人間の部位にあったものをより迅速に、より安く提供することができる。
事業を始めて3年がたったころに、傷兵の復帰のための民兵組織を立ち上げた。そこで得た経験と長年、兵士として戦った経験を生かして顧客と向き合っている。
「国のため、家のため、自分のために働く人間は美しい。だからその美しさを損なわないように、出来る限りの支援を提供したい」とビリヒーハハ氏。戦災や労災などで腕や脚を失い、働けなくなった人の復帰を願っている。
|