ロザリア王国の歴史古代紀元前820年〜2022年までの歴史である。
古代
紀元前820年頃にフラネス山脈レンネ山洞窟奥に『レンネの壁画』が描かれる。
紀元前610年頃現在のルーヌ地方にたくさんの村ができる。
紀元前580年頃初めての村同士の争いが起こり、負けた村の長は後のヴァノン朝の祖先だと言われている。その長は他の村に逃亡した。
紀元前300年ルーヌにある村を全てまとめ上げたバーラ帝国が築かれる。
紀元前240年バーラ帝国が崩壊し、バーラ帝国、ノザンヌ王国ルナ王国の3つの国に分かれる。
そのときバーラ帝国は弱っており、隙をついたノザンヌがバーラ帝国に攻め込みそれを併合。
紀元前69年ルナがノザンヌに攻め込み、都のノザールまであと数kmだったが、危機を感じた農民達が団結し、ルナの兵を押し戻し、ルナの都ルカを占領し併合して、見事ルーヌ地方を統一した。
203年ノザンヌ王国の王であるノーヌ王がいたが病にかかり、死亡した。(死因は未だ不明)
205年ルーヌ王位継承内戦が起こり、当時約20万人の人口から6万人へと減少した。(当時の人口は15万人という説もあり、減少した後の人口は8万人という説もある。)
紀元前610年頃現在のルーヌ地方にたくさんの村ができる。
紀元前580年頃初めての村同士の争いが起こり、負けた村の長は後のヴァノン朝の祖先だと言われている。その長は他の村に逃亡した。
紀元前300年ルーヌにある村を全てまとめ上げたバーラ帝国が築かれる。
紀元前240年バーラ帝国が崩壊し、バーラ帝国、ノザンヌ王国ルナ王国の3つの国に分かれる。
そのときバーラ帝国は弱っており、隙をついたノザンヌがバーラ帝国に攻め込みそれを併合。
紀元前69年ルナがノザンヌに攻め込み、都のノザールまであと数kmだったが、危機を感じた農民達が団結し、ルナの兵を押し戻し、ルナの都ルカを占領し併合して、見事ルーヌ地方を統一した。
203年ノザンヌ王国の王であるノーヌ王がいたが病にかかり、死亡した。(死因は未だ不明)
205年ルーヌ王位継承内戦が起こり、当時約20万人の人口から6万人へと減少した。(当時の人口は15万人という説もあり、減少した後の人口は8万人という説もある。)
空白の4世紀
ルーヌ王国の時代
中世
679年にヒールラン1世が死亡。ヒールラン1世は未婚だったため、国民投票で
スローラ2世が即位した。この結果が後の、フラールース2派戦争の火種となる。→ヴァージュラ朝(ロザリアとの戦争で負けるまで続く)
682年スローラ2世が現在のペンネを都市開発を始める。
スローラ2世が支持するルース派とルーヌ市民が支持するフラー派が対立し、
764年にフラールース2派戦争が勃発。ルース派が勝利し、フラー派の市民は、
現在のリーウ地方へ亡命して、769年、ネールル3世がフラース王国を建国する。→フルレア朝(ネールル5世まで続く)
首都をリーウと定め、発展していく。
スローラ2世が即位した。この結果が後の、フラールース2派戦争の火種となる。→ヴァージュラ朝(ロザリアとの戦争で負けるまで続く)
682年スローラ2世が現在のペンネを都市開発を始める。
スローラ2世が支持するルース派とルーヌ市民が支持するフラー派が対立し、
764年にフラールース2派戦争が勃発。ルース派が勝利し、フラー派の市民は、
現在のリーウ地方へ亡命して、769年、ネールル3世がフラース王国を建国する。→フルレア朝(ネールル5世まで続く)
首都をリーウと定め、発展していく。
ロザリア統一へ
***ルーヌ戦争
ルーヌ王国vsロザリア王国
811年にルーヌ王国に侵攻する。
812年7月にルーヌ東部を併合。
812年7月に北部に侵攻するが大敗する。
812年12月にルルーヌの戦いが起きるが1713年の2月まで、両者とも
攻撃をしなかったが、ルーヌ側が攻撃を開始したことにより戦闘が始まった
→365日の睨み合い戦争
814年5月にルルーヌの戦いに勝利し、都のルルーヌを占領。
このとき、ルーヌにいたラファエール・ヴェルニーナが『槍の雨』を描く。
814年の7月には西部をウェストルーヌの戦いで勝利して、
815年にルルーヌを併合する。
817年に、西部でウェストルーヌで反乱が起きるが、鎮圧して、
反乱軍のリーダーを処刑した。
ルーヌ王国vsロザリア王国
811年にルーヌ王国に侵攻する。
812年7月にルーヌ東部を併合。
812年7月に北部に侵攻するが大敗する。
812年12月にルルーヌの戦いが起きるが1713年の2月まで、両者とも
攻撃をしなかったが、ルーヌ側が攻撃を開始したことにより戦闘が始まった
→365日の睨み合い戦争
814年5月にルルーヌの戦いに勝利し、都のルルーヌを占領。
このとき、ルーヌにいたラファエール・ヴェルニーナが『槍の雨』を描く。
814年の7月には西部をウェストルーヌの戦いで勝利して、
815年にルルーヌを併合する。
817年に、西部でウェストルーヌで反乱が起きるが、鎮圧して、
反乱軍のリーダーを処刑した。
***フラネス戦争
931年マルネ地方にマルネ王国ができる。王朝はルネース朝
949年に現在のフラネス地方にロアース王国ができる。ネースズ朝
1032年マルネ王国がロアース王国に宣戦布告
1032年〜1033年フラネス山脈の戦い
1033年マルネ軍がフラネス山脈を占領する
1034年ロアース王国首都ティールを占領し併合する。
同年、ロザリア王国がマルネ王国に宣戦布告しわずか1ヶ月で元ロアース王国領を占領し
それを併合。
1035年マルネ王国を併合
931年マルネ地方にマルネ王国ができる。王朝はルネース朝
949年に現在のフラネス地方にロアース王国ができる。ネースズ朝
1032年マルネ王国がロアース王国に宣戦布告
1032年〜1033年フラネス山脈の戦い
1033年マルネ軍がフラネス山脈を占領する
1034年ロアース王国首都ティールを占領し併合する。
同年、ロザリア王国がマルネ王国に宣戦布告しわずか1ヶ月で元ロアース王国領を占領し
それを併合。
1035年マルネ王国を併合
1465年に未開墾地だった現在のロザーズ地方にロザリア人が多く移住する。→1521年にロザリア領に。
近世
ロザリア文学の発展
1513年にガルドール・ヴェーダの『リーウの街』が描かれる
1521年ロザリアを旅したローズ・ネイル・ドールのローズ旅行記が出版されたことにより、旅をする人が増える。
1528年エリヴァ空想旅行記(未作成)、レチクルネーヴ(未作成)が出版
→ロザリア文学の発展
1521年ロザリアを旅したローズ・ネイル・ドールのローズ旅行記が出版されたことにより、旅をする人が増える。
1528年エリヴァ空想旅行記(未作成)、レチクルネーヴ(未作成)が出版
→ロザリア文学の発展
絶対王政の時代
1563年にスローラ12世がロザリア王国と改名する。このときに4部会をつくる。→ヴァノン朝
4部会の構成は、国王、聖職者、貴族、第一平民、第二平民
1678年にスローラ14世が即位して、4部会を開かずに独裁を始める。
→絶対王政
1682年リーウ郊外のアンジュにアンジュ宮殿を着工する。
1701年にアンジュ宮殿が完成する。
→アンジュ宮殿がロザリア経済の中心地に。
1703年にフルート・ソルレを乗せたフルート号が現在のミシェル地方に漂流する。
スローラ15世が1732年に即位する。
4部会の構成は、国王、聖職者、貴族、第一平民、第二平民
1678年にスローラ14世が即位して、4部会を開かずに独裁を始める。
→絶対王政
1682年リーウ郊外のアンジュにアンジュ宮殿を着工する。
1701年にアンジュ宮殿が完成する。
→アンジュ宮殿がロザリア経済の中心地に。
1703年にフルート・ソルレを乗せたフルート号が現在のミシェル地方に漂流する。
スローラ15世が1732年に即位する。
1737年に、ロザリアの通貨『ローヴル』を制定し、1832年のMUに加盟するまで使用された。
1741年現在のミシェル地方で親ロザリア教育が始まり、ペンネ15世はそれを支持した。
1742年、フルート王国(ミシェル王国)が傀儡国になる。
スローラ16世が1759年に即位する。
1741年現在のミシェル地方で親ロザリア教育が始まり、ペンネ15世はそれを支持した。
1742年、フルート王国(ミシェル王国)が傀儡国になる。
スローラ16世が1759年に即位する。
**ロザリア革命(未作成)
1762年2月王室の財政難で税を増やす。→国民の反感を買う
1762年8月リーウのパレードにてトリド・メバルが王妃を暗殺しようとして
王妃未遂事件が起こる。
→財政難なのにパレードを開き、さらに国民を処刑したことにより国民の
不満が高まる。
1762年2月王室の財政難で税を増やす。→国民の反感を買う
1762年8月リーウのパレードにてトリド・メバルが王妃を暗殺しようとして
王妃未遂事件が起こる。
→財政難なのにパレードを開き、さらに国民を処刑したことにより国民の
不満が高まる。
1784年9月マルネとフラネスが連合を組み、ロザリアから独立を求め、
11月ロザリアは財政難な影響もあり、独立を認める
→マルネ条約
1786年リーヴでスローラ16世が税を更に上げるため4部会を開催
特権階級の意見しか聞いてくれず平民は4部会会場の近くにあった
バドミントンコートにてバドミントンの誓いが行われ、
1789年ロザリア革命が起こる
→ リーウやルーヌ市民の反乱からロザリア全土に広がる
国民は革命政府をつくり、それが後のロザリア政府になる。
革命軍がアンジュに侵攻して、アンジュ宮殿を占領する。
スローラ16世と王妃のマレー=フェルネットが革命軍に捕まる。
1795年4月にスローラ16世を処刑、その後の9月には王妃を処刑する。
1795年革命を止めようとするロアース王国軍との戦争になる。
1795年6月、マルネに革命軍が侵攻してマルネの戦いが起こる
→7万vs2万3000人という不利な状況だったが、シャルル・エーデルルイス
11月ロザリアは財政難な影響もあり、独立を認める
→マルネ条約
1786年リーヴでスローラ16世が税を更に上げるため4部会を開催
特権階級の意見しか聞いてくれず平民は4部会会場の近くにあった
バドミントンコートにてバドミントンの誓いが行われ、
1789年ロザリア革命が起こる
→ リーウやルーヌ市民の反乱からロザリア全土に広がる
国民は革命政府をつくり、それが後のロザリア政府になる。
革命軍がアンジュに侵攻して、アンジュ宮殿を占領する。
スローラ16世と王妃のマレー=フェルネットが革命軍に捕まる。
1795年4月にスローラ16世を処刑、その後の9月には王妃を処刑する。
1795年革命を止めようとするロアース王国軍との戦争になる。
1795年6月、マルネに革命軍が侵攻してマルネの戦いが起こる
→7万vs2万3000人という不利な状況だったが、シャルル・エーデルルイス
の指揮によって大勝する。
このとき、画家のウィルレーヌ・セーヌが『英雄の戦い』を描いて、
その後エーデルルイスにこの絵を送っている。
1795年9月にはフラネス南部の戦いが起こる
犠牲者を多く出させたが失敗に終わる
1796年の12月にフラネス北部の戦いが起こる
多くの犠牲者を出したが勝利する。
1797年にフィール湖水戦が起こる。
シャルル・エーデルルイスの活躍により大勝する。
マルネ王国が降伏し、
1804年にシャルル・エーデルルイスがロザリア共和国を建国し、革命の終わりを宣言
マルネとフラネスを併合する。
その後エーデルルイスにこの絵を送っている。
1795年9月にはフラネス南部の戦いが起こる
犠牲者を多く出させたが失敗に終わる
1796年の12月にフラネス北部の戦いが起こる
多くの犠牲者を出したが勝利する。
1797年にフィール湖水戦が起こる。
シャルル・エーデルルイスの活躍により大勝する。
マルネ王国が降伏し、
1804年にシャルル・エーデルルイスがロザリア共和国を建国し、革命の終わりを宣言
マルネとフラネスを併合する。
近代
帝国主義時代
芦寧戦争
ネージュ帝国vsロザリア
1823年にロザリアは宣教師をマルーズ王国に派遣したが、マルーズ軍が殺害したため、
(芦寧宣教師殺害事件)ロザリアはマルーズ王国に宣戦布告する。
→第一次芦寧戦争(1821)
9月ネーヴ湖沖の戦いでロザリア軍が大勝する
10月ネーヴ平野の戦いで圧勝
カロス条約を結ぶ→内容は、ネーヴ地方をロザリア領にするなど、
ロザリア国内でマルーズからの旅行者サール・ルフがロザリア人を無差別で人体実験をしたため、ロザリアはマルーズに宣戦布告する。(サール事件)
→第二次芦寧戦争(1826)
3月第一次セントラルバトルで大量の犠牲者をだしながらもネージュ軍が勝利するが
ロザリア軍によるバックル川奇襲作戦で敗退。
その後セントラ山脈をロザリア軍が占領する。
4月にバックル条約を結ぶ→内容は、賠償金2億ロア、関税自主権を失うなど、
マルーズ王国の国王が軍備を増やして国民が反乱を起こしたのを見て、マルーズに侵攻する。
→第三次芦寧戦争(1830)
1月第二次セントラルバトルでネージュ軍がセントラ山脈の一部を爆破させるなど抵抗したが、ロザリア軍の勝利に終わる
3月にジュアンシーは無抵抗で占領される。→市民が歓迎してロザリア軍を迎えた。
ダウンバトルでネージュ軍が大敗する。
カロス平野の戦いでネージュ軍と衝突する
5月にジュアンシー、トレーウにいたネージュ軍が占領地域に侵攻してくる。
→その影響でロザリア軍は苦戦する。
7月にセントラ山脈、ネーヴ湖からロザリア軍が反撃を開始する。
12月カロス平野以外を全て占領
1831年にカロス平野を占領して全土を占領する。
ネージュを傀儡国化する。
2月にマールズ12世を処刑する。
ネージュ帝国vsロザリア
1823年にロザリアは宣教師をマルーズ王国に派遣したが、マルーズ軍が殺害したため、
(芦寧宣教師殺害事件)ロザリアはマルーズ王国に宣戦布告する。
→第一次芦寧戦争(1821)
9月ネーヴ湖沖の戦いでロザリア軍が大勝する
10月ネーヴ平野の戦いで圧勝
カロス条約を結ぶ→内容は、ネーヴ地方をロザリア領にするなど、
ロザリア国内でマルーズからの旅行者サール・ルフがロザリア人を無差別で人体実験をしたため、ロザリアはマルーズに宣戦布告する。(サール事件)
→第二次芦寧戦争(1826)
3月第一次セントラルバトルで大量の犠牲者をだしながらもネージュ軍が勝利するが
ロザリア軍によるバックル川奇襲作戦で敗退。
その後セントラ山脈をロザリア軍が占領する。
4月にバックル条約を結ぶ→内容は、賠償金2億ロア、関税自主権を失うなど、
マルーズ王国の国王が軍備を増やして国民が反乱を起こしたのを見て、マルーズに侵攻する。
→第三次芦寧戦争(1830)
1月第二次セントラルバトルでネージュ軍がセントラ山脈の一部を爆破させるなど抵抗したが、ロザリア軍の勝利に終わる
3月にジュアンシーは無抵抗で占領される。→市民が歓迎してロザリア軍を迎えた。
ダウンバトルでネージュ軍が大敗する。
カロス平野の戦いでネージュ軍と衝突する
5月にジュアンシー、トレーウにいたネージュ軍が占領地域に侵攻してくる。
→その影響でロザリア軍は苦戦する。
7月にセントラ山脈、ネーヴ湖からロザリア軍が反撃を開始する。
12月カロス平野以外を全て占領
1831年にカロス平野を占領して全土を占領する。
ネージュを傀儡国化する。
2月にマールズ12世を処刑する。
1848年にミリバイアド連合に加盟(MU)
1865年ロザリア新聞社ができる。
1865年ロザリア新聞社ができる。
現代
白恐戦争
白練首長国連邦vsオソロシア連邦
1942年3月 白練首長国連邦がオソロシア連邦に対し宣戦布告、艦隊でのワスクモ砲撃などの軍事侵攻を始める。
1942年4月 オソロシア連邦が同盟国に参戦を要請、しかし距離があり軍は間に合わなかった。←このときロザリアも宣戦布告した。
1942年5月 白練首長国連邦によりオソロシアの主力戦車3000両全てが破壊される。
1942年6月 大量の歩兵により白練軍による侵攻を停滞させる。
1942年9月 オソロシア連邦が白練首長国連邦に宣戦布告、報復として陸軍による侵攻を開始する。在白ロザリア人のルドウィル・ジェーズが『戦争の悲惨さ』 を描いた。
1943年3月ロザリア国にて講和会議、白練側がオソロシア連邦とオーシア公国、ロザリア共和国に対し賠償金を支払う。
1962年ドールトンネル開発中に爆破事故が起きる。(ドールトンネル爆破事件)
1972年マリー・ローネヌ大統領(未作成)が暗殺される。
→リーウからルーヌに行く途中、ペンネのローネヌ通りで暗殺
される。
白練首長国連邦vsオソロシア連邦
1942年3月 白練首長国連邦がオソロシア連邦に対し宣戦布告、艦隊でのワスクモ砲撃などの軍事侵攻を始める。
1942年4月 オソロシア連邦が同盟国に参戦を要請、しかし距離があり軍は間に合わなかった。←このときロザリアも宣戦布告した。
1942年5月 白練首長国連邦によりオソロシアの主力戦車3000両全てが破壊される。
1942年6月 大量の歩兵により白練軍による侵攻を停滞させる。
1942年9月 オソロシア連邦が白練首長国連邦に宣戦布告、報復として陸軍による侵攻を開始する。在白ロザリア人のルドウィル・ジェーズが『戦争の悲惨さ』 を描いた。
1943年3月ロザリア国にて講和会議、白練側がオソロシア連邦とオーシア公国、ロザリア共和国に対し賠償金を支払う。
1962年ドールトンネル開発中に爆破事故が起きる。(ドールトンネル爆破事件)
1972年マリー・ローネヌ大統領(未作成)が暗殺される。
→リーウからルーヌに行く途中、ペンネのローネヌ通りで暗殺
される。